新選組の本を読む ~誠の栞~

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 逢坂剛『果てしなき追跡』 

長編小説。負傷し記憶を失った土方歳三が、図らずも箱館を脱出してアメリカへ渡り、異国で生き抜くために闘い続けるアクション西部劇。

ストーリーの舞台は、箱館と航海中の船内が前半1/3を占め、残りはアメリカ西部の町々と荒野。
箱館戦争の描写などに史実を採り入れているが、大半はオリジナルのストーリーが展開する。全49章。
冒頭のあらすじは、以下のとおり。

明治2年5月10日、箱館。
戦争は、いよいよ末期にさしかかっていた。
旧幕方の時枝新一郎は、妹ゆらと話し合う。
数日前、土方歳三から新一郎にある命令が下された。それは、単身で箱館を脱出し、アメリカへ渡って見聞を広め、いずれ故国の発展に尽くせ、というものだった。
しかも、アメリカの商船で密航できるよう、すでに手筈が整えられている。
歳三の下を離れるなど不本意に思う新一郎だが、背くわけにゆかず、従う決心を固めた。
ゆらは、その時が来たら兄を送り出そうと覚悟を決める。

翌11日。いよいよ新政府軍の箱館総攻撃が開始される。
土方歳三は一隊を率い、一本木関門へ向かう。新一郎は、その麾下に加わった。
ゆらは、離れた場所から戦況を窺う。
関門を死守する歳三は、馬上から「進め、引く者は斬り捨てる」と隊士らを叱咤激励していた。
その時、ひときわ大きな銃声が響き、歳三の体が地に落ちる。
ゆらも新一郎も、我を忘れて駆け寄った――


主な登場人物は、以下のとおり。

隼人(ハヤト)=土方歳三
箱館戦争で負傷し、記憶喪失となってしまう。
時枝新一郎の計らいで、アメリカ商船セント・ポール号に乗せられる。
身元を隠すため、「内藤隼人」通称「ハヤト」と名乗ることに。
過去の出来事は思い出せないものの、言葉や一般常識、習慣的行動や技能は失っていない。
冷静沈着でストイックな性格もそのまま。
剣技の冴えも衰えず、和泉守兼定の一振りを常に持ち歩く。
加えて、敵の機先を制するための、ある特殊なわざを身につけている。
なかなか記憶を取り戻せないうち、過去にこだわらず、現在の環境に順応して生きていこうと心に決める。

時枝新一郎(ときえだしんいちろう)
武州日野の豪農に生まれる。28歳。努力家で行動力がある。義理堅い。
同郷のよしみで、子供時代から歳三に懐いていた。
新選組入隊を希望するも却下され、勉学に励めと勧められて、長崎へ留学し英語を習う。
慶応4年、旧幕軍に合流し、通詞や英語教師として協力。
歳三から渡米するよう命じられるも、歳三こそが「失われてはならない有為の人」と信じて行動する。
戦後、アメリカ貿易会社の日本支店に雇われ、横浜で通弁として働く。

時枝ゆら
新一郎の妹。18歳。兄と同じく勉強家で行動力がある。機転が利き、物怖じしない。
過酷な境遇にあっても挫けない芯の強さがある。
幼い頃から、歳三を慕っていた。兄といっしょに、長崎で英語を学び、旧幕軍に従軍する。
歳三を助けてともにアメリカへ渡るが、離ればなれになってしまう。

ジム・ケイン
商船セント・ポール号の船長。大男。40歳くらい。思慮深く、頼りがいのある人物。
隼人とゆらをアメリカへ密航させる。当初は報酬のためだったが、やがて好意から援助することに。

ピンキー(ヘンリー・トマス・ピンクマン)
黒人青年、19歳。明るく、働き者で、知恵がまわる。
テキサス州の牧場で奴隷の家系に生まれ、南北戦争のため家族と離れて以来、自力で生計を立てている。
セント・ポール号には、船長付の給仕兼雑用係として乗り組んだ。
さまざまな局面で隼人やゆらを助けるうち、強い絆で結ばれていく。

アレクス・ワイリー
セント・ポール号の甲板長。頼りになる男。
日本語が片言ながら話せる(ジョセフ・ヒコから教わった様子)。

ビル・マーフィ
セント・ポール号の甲板員。女好き。金銭に汚い。

エドガー・ノートン
セント・ポール号の船医。31~32歳くらい。長身で痩せ形。誠実な人柄。
隼人の傷を治療する。

クレア・シモンズ
セント・ポール号の看護婦。30代半ば。長身。有能。勝ち気で、プライドが高い。
南北戦争に出征して行方不明になった弟を探している。

マット・ティルマン
粗野で無愛想なガンマン。巨漢。40代半ば。尊大で威圧的。執念深い。
若い頃はアリゾナで保安官を務めるかたわら、酒場や賭博場を経営していた。
その後、船舶会社に雇われ、セント・ポール号に警備責任者として乗務。
賞金欲しさに、密航・密入国する者を捕えて入国管理局に引き渡そうと画策する。
やがて船を下り、連邦保安官を称して、個人的な怨恨から隼人やゆらをつけ狙う。

グロリア・テンプル
下宿屋グロリアズ・ロッジの女主人。50代半ばくらい。体格が良い。
昔気質。夫を亡くした後、自力で下宿屋を経営してきた女丈夫。
ジム・ケイン船長と旧知の間柄。隼人とゆらを匿い、何かと便宜を図る。

バーバラ・ロウ
グロリアに仕えるメイド。雇い主と同じくらい体格が良い。
料理や雑用もこなす律儀な働き者。

エリック・バートン
カースン・シティ・ホテルに勤務するフロントマン。小柄な男。30代半ばくらい。
事務的なようで、実は人情味のある男。

リグビー
オースティン・グランド・ホテルに勤めるフロントマン。老人。
日本からの外交使節団を自分の孫娘が世話したことから、日本びいきになった。

ロリー・サマーズ
リーノウ(ネヴァダ州の町)在住、厩舎のオーナー。女カウボーイ。

ポカリ
インディアン(ネイティブアメリカン)、ショショニ族の戦士。英語が少し話せる。
隼人やピンキーと偶然に出会い、浅からぬ因縁で結ばれることに。

トマス・フィンチ
ビーティの町にあるサルーン「ネヴァダ・パレス」のバーテンダー。口髭を整えた洒落者。
愛想はないが人情を知る男。

高脇正作(たかわきしょうさく)
もとは伊勢奥松家の下士。慶応4年、藩内抗争により恭順派の重役を斬った。
箱館で新選組に加わり、新一郎に英語を習う。戦後、旧主家の恭順派に狙われ、各地を転々。
新一郎の世話で、貿易会社に雇われ、研修を名目に渡米する。
隼人とゆらの安否確認を依頼されており、その消息をあちこち尋ねてまわる。
ゆらに対して一方的な好意を持っているが、隼人が土方歳三その人だとは知らない。

---
ページ数が多いものの、ストーリーに引き込まれて予想より早く読了した。
敵と味方が追いつ追われつ、はぐれたり行き違ったり再会したり、スリルに富んだ逃亡&追跡劇が展開する。

隼人とゆらにとって、当面の目標は、異国の地アメリカで生きていくことである。
官憲に捕えられ日本へ強制送還されないよう、身元を隠したまま、平穏な日常生活を手に入れたい。
何事か起きても公に訴え出ることはできないから、自分の身は自分で守らなければならない。
長期的、具体的な目標は、さしあたって持たない。

このような主人公たちを能動的に動かすのは、けっこう難しいのではないだろうか。
具体的な最終目標(敵のラスボスを倒すとか、古代の秘宝を手に入れるとか)を持つ者の話に比べると、受動的で地味になりがちのような気がする。
しかし本作では、主人公たちが次々と難局に直面する。降りかかる火の粉を払うため、大人しくしてなどいられない。必然的に、波瀾万丈の冒険をくりひろげることになる。
そうした展開に持っていく筋運びは、リアルで無理がなく、巧いと感じた。

隼人が記憶を失う設定は、「いつどのようにして回復するのか」「回復したらどうなるのか」という読者の興味をそそるためと思うが、それだけではなさそうな気がする。
幕末維新史になじみのない読者に対して時代背景を説明しやすい、という側面もあるのではなかろうか。

巻頭に、以下の図表類が載っている。
  • 主な登場人物の一覧
  • 作中世界の地図(当時のカリフォルニア州、ネヴァダ州、ユタ州などアメリカ西部)
  • 関連年表(1860~78年、作中の出来事、アメリカと日本それぞれの大きな出来事を併記)
  • 距離の換算表(尺貫法とヤードポンド法の長さを、それぞれメートル法に概算したもの)
特に地図は、ストーリーを把握するため必須なので、助かった。
贅沢を言えば、箱館の地図もあればもっと良かったかも(笑)

船舶のしくみやアメリカ史についても、よく考証されている。
セント・ポール号の船内構造と、そこで過ごす乗組員たちの生活ぶりが、面白い。
アメリカ西部の町や自然、人々の暮らしといった描写にも、リアリティを感じる。
当時の世相、例えばゴールドラッシュ、南北戦争の後遺症、人種間の差別と軋轢、大陸横断鉄道の開通など文明化の加速ぶりといった要素が、ストーリーに反映されているのも興味深い。

日米の文化の違いと、それをめぐる人物たちの心理や反応も、見どころと言える。
「袖留め(女子の成人式)を終えた自分はもう大人」と主張するゆらと、「アメリカでは十代の男女を成人扱いしない」と困惑するケイン船長のやりとりは、どちらの主張も理解できる。
アメリカに上陸し、ガス灯や鉄道などを初めて目にするゆらと隼人の戸惑いは、さもありなんといった感じ。

逆に、国が異なろうと似たような制度や習俗もある。
ポリスマンを「捕り手の役人」、ホテルのフロントマンを「宿屋の番頭」とする隼人の言い換えが、面白い。

南北戦争のために家族を失ったり、平穏な日常を奪われたりした者たちが登場する。
彼らが戦争の傷跡に苦しみながらも日々の生活を取り戻し、社会を復興することによって、アメリカは新しい国に生まれ変わっていく、という歴史が窺える。
戊辰戦争後の日本も同じような過程を経て近代国家となっていったことが、想起された。

本作のストーリーは、この1巻のみでは完結していない。
最後の場面に、続編への引きを盛大に残して、「第一部 完」としてある。
続編の有無について調べてみたら、本作は下記のとおりシリーズものであることがわかった――

作者はかつて、長編『アリゾナ無宿』と、その続編『逆襲の地平線』を発表した。
舞台は、本作から6年後のアメリカ西部。「サグワロ(大型サボテンの一種)」と名乗るサムライが登場する。
彼は剣の達人で、日本のハコダテからやってきたというが、過去の記憶を失っている。
この「サグワロ」が土方歳三、という設定は当初からあった。ただ、その正体が明かされる前にシリーズが中断してしまい、本作でようやく再開に至ったと、作者は語る。
本作の続編となる第2部は、『中央公論』誌上にて今夏から連載を始める予定だとか。
(参考:YOMIURI ONLINE「土方歳三、アメリカ西部を駆ける」2017年2月3日)

――というわけで、既刊『アリゾナ無宿』『逆襲の地平線』を未読にしている読者は、続編の発表・完結を待つあいだに読んでおくとよいかもしれない。

2017年、中央公論社より、単行本が刊行された。四六判ハードカバー。
読売新聞の会員制ウェブサイト「読売プレミアム」に2015年8月から2016年10月まで連載された『果てしなき追跡』を加筆・修正したものと、巻末にある。

同じ「賞金稼ぎ(バウンティハンター)」シリーズの既刊は、下記のとおり出版されている。
『アリゾナ無宿』… 新潮社2002/新潮文庫2005/中公文庫2016
『逆襲の地平線』… 新潮社2005/新潮文庫2008/中公文庫2016

果てしなき追跡
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アリゾナ無宿
(中公文庫)
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逆襲の地平線
(中公文庫)
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 伊藤春奈『幕末ハードボイルド』 

研究本。副題『明治維新を支えた志士たちとアウトロー』。
維新という革命に参加した人々の中でも「博徒」「侠客」「遊侠」などと呼ばれる階層に着目し、彼らが歴史の中で果たした役割を解説する。新選組に関連した項目あり。

博徒や侠客と、新選組との間にいかなる関わりがあったのか。
とっさに閃かなくとも、「会津の小鉄」や「水野弥太郎」の名を思い出せたら合点がいくだろう。
彼ら幕末アウトローの実像とその社会的背景について、本書はわかりやすく説明している。

内容は全5章。各章が4~7節に分かれ、さらに各節は数項目に分かれている。
各章の大まかな内容は、以下のとおり。

第一章 幕末――やくざの時代
博徒や侠客が日本社会に誕生した経緯と、その活動が幕末に活発化した事情。
反社会的な存在であるにもかかわらず、民衆にもてはやされた理由。

第二章 「諸隊」の誕生――武士の身代わりとして
幕末、武士以外の階層が政治的発言力を獲得。多くの諸隊が誕生し、そこに博徒・侠客が所属した。
  • 高杉晋作の奇兵隊(長州藩)
  • 大鳥圭介の伝習隊(幕府陸軍)
  • 古屋佐久左衛門の衝鋒隊(幕府陸軍)
  • 細谷十太夫の「からす組」こと衝撃隊(仙台藩)
  • 近藤実左衛門と集義隊(尾張藩)
  • 黒駒勝蔵と赤報隊(草莽、薩摩藩系)

第三章 片肌脱いで武士を助ける
日柳燕石… 高杉晋作など多くの志士を援助。富商、教養人、讃岐博徒の親分でもあった異色人物。
大分の灘亀… 彼の世話になった井上馨が、後年ゆかりの人々を訪問した事情。
水野弥太郎… 高台寺党(御陵衛士)との結びつき。赤報隊に加わった顛末。
新門辰五郎… 勝海舟に協力し、新政府軍の江戸城総攻撃に備え、江戸市中の治安や防災に努める。
口入屋「相政」相模屋政五郎… 土佐藩主・山内容堂と親交を結ぶ。稼業を通じて人足たちを救済した。

第四章 「遺体の埋葬」というタブーを打ち破る
会津の小鉄… 会津藩出入りとなった経緯。鳥羽・伏見に参戦後、会津・桑名藩の戦死者を埋葬した。
清水次郎長… 咸臨丸の幕兵遺体処理。山岡鉄舟との出会い。大親分・安東の文吉よりも有名になった事情。
三河屋幸三郎… 八丈島生まれ、神田育ちの侠商。彰義隊の戦死者を埋葬。『説夢録』の原稿を託される。
柳川熊吉… 大岡助右衛門とともに、箱館戦争後の旧幕戦死者を埋葬、地元の発展に尽くす。榎本武揚との親交。
明石屋万吉(小林佐兵衛)… 大坂の賭場荒らし、米相場潰しで名を上げ、治安や消防にも尽力。毛利家の依頼により、長州藩士の遺骨を回収。

第五章 アウトローの明治維新――破壊から再生へ
幕末から明治初期にかけての混乱期、社会奉仕や貧民救済を行なうアウトローが現われた。
近代化の過程における崩壊と再生の中、「公共」の担い手が不足した時期に、彼らがその役割を果たした。
大前田英五郎、飯岡助五郎、小金井小次郎、清水次郎長、会津の小鉄、小林佐兵衛(明石屋万吉)といった実例を挙げる。

このほかに「コラム」と銘打った別項5編が収録されている。
おおよその内容は、下記のとおり。

講談から時代劇へ
アウトローの活躍を描いた講談が、浪曲、時代小説、映画やドラマなどへ発展。
大衆文化に多大な影響を及ぼしてきた。

浪士組上洛の道中で起きた「抗争」
江戸帰還後の浪士組において、山本仙之助(祐天仙之助)が「父の仇」として大村達尾に討たれた経緯。
士分でなくとも剣術を学び、政治参加を目指す人々が増加した、幕末の実情。

お台場の裏面史に名を残した「台場やくざ」
品川沖に台場の築造を急ぐ工事に際し、多数の人足を調達した「大場の久八」。
そこには、代官・江川太郎左衛門英龍の優れた人材登用術があった。

義侠の僧、地元の戦死者を弔う
国定忠治ゆかりの僧・田村仙岳の生涯。元治元年の下仁田戦争後、高崎藩の戦死者を供養した。
また、明治2年、年貢軽減を求めた農民たちの一揆・五万石騒動では、交渉役として奔走した。

再び戦地へ――近代やくざとメディア戦略
昔ながらの親分衆が現役を退いて以降の、時代の推移とアウトローの変容。
産業(土建・炭鉱)、政治(自由民権運動)、軍事(西南戦争・日清戦争・日露戦争)との関わり。

---
一般的に「博徒」「侠客」と聞いてイメージしやすいのは、時代劇の義侠的ヒーロー、もしくはイカサマ博打をしたり匕首を振り回したりするチンピラだろうか。
しかし実際は、そうしたパターンに収まりきれない多様な面を持っている。

そもそも彼らアウトローは、体制からはみ出しながらも、地域共同体の一員であった。
彼らと堅気との間に、黒白はっきりした区別はない。表向き正業を持ちつつ裏世界で活動する者も多く、表裏を巧みに使い分けていたようだ。社会の側も、さまざまな理由からそれを容認していた。
(新選組の面々も、彼らと隣り合わせに生きていた、と言えよう。)
このあたりの事情は、本書を読むとわかりやすいと思う。

博徒や侠客に関して、信頼できる史料は少ない。
反社会的な側面を忌避され、記録に残されず忘れられていくケースが多いのだろう。
ヒーロー扱いの有名人の場合も、記録には脚色が交じり、どこまでが事実かわかりにくい。
いきおい、この分野の研究は困難にならざるをえないが、その中で本書は丹念に調査された労作と感じた。

読者の理解を助ける工夫もされている。
関連年表(文化2年の関東取締出役設置から明治26年の清水次郎長死去まで)と、幕末期の日本地図(旧国名、主要な街道・地名・藩名を記載)が巻頭に載っており、なかなか重宝する。

個々の人物や出来事については、より詳細に記述した類書もあるだろう。
ただ、本書は多くの実例から「幕末アウトロー」の体系化を試みている様子で、その点が優れていると思えた。
頭の中の漠然としたイメージやまとまりのない情報が、本書によってかなり整理された気がする。

本書は、「幕末アウトロー」を徒に美化しておらず、善悪の二元論で断じてもいない。功罪両面を客観的に指摘し、どちらともつかない実像をありのまま提示している。
また、著者の主観に偏らず、多くの史料文献にあたり、歴史的事実を描き出そうとしている。かといって、学術論文のように取っつきにくいわけでなく、読みやすい上、そこはかとない余韻を残す。
バランスの良さを感じた。

余談ながら、会津の小鉄が会津藩や新選組の情報収集、諜報活動に関わっていたとすれば、その実態がいつか解明されて欲しいと思った。
諜報活動が秘密裏に行われる以上、そんな記録はなかなか残らないだろうが。

2016年、原書房より刊行された。四六判ソフトカバー。

※本書に用いられている漢字「俠(イ+夾)」は環境依存文字であるため、本項では「侠」で代用した。

※幕末の博徒・侠客に興味を持たれた向きには、以下もオススメ。
子母澤寛『新選組始末記』… 祐天仙之助の前歴や討たれた経緯を詳述した章がある。
子母澤寛『行きゆきて峠あり』… 榎本武揚の前半生を描く長編小説。柳川熊吉について詳しい。
飯干晃一『会津の小鉄』… 小鉄の生涯を描いた長編小説。新選組の面々も登場。
北方謙三『草莽枯れ行く』… 赤報隊の相楽総三と清水次郎長が主軸の長編小説。黒駒勝蔵や新門辰五郎も登場。
司馬遼太郎『アームストロング砲』… 侠客・鍵屋万助を描く短編「侠客万助珍談」を収録。万助のモデルは明石屋万吉。その後、万吉を主人公とした長編「俄 浪華遊侠伝」も著わされた。

幕末ハードボイルド
明治維新を支えた
志士たちとアウトロー
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 沖田総司の写真…ではなかった 

沖田総司の肖像写真というものは、周知のとおり、未だ発見されていない。
テレビ番組などで見かけるふっくら顔の画像は、子孫(総司の姉ミツの孫)をモデルとした絵画である。
また近年、剣を八相にかまえたポーズの画像(とそのバリエーション)を歴史雑誌で見かけるが、これも本物ではなく、どこぞのイケメン青年の古写真を加工して作ったものという。

ところで、『激録 新撰組』(原康史、東京スポーツ新聞社出版部)なる書籍がある。
新聞の連載をまとめたもので、1977年に上・中・下の3巻が、1978年に別巻が刊行された。
新選組の興亡を描いた大衆的な読物、「実録ふうの小説」といった感じである。

出版当時、新選組ファンの間で物議を醸したという。
それを知ったのはすでにかなり後年のことだったが、古本屋で実物を見かけ、手に入れた。

激録新撰組 全4巻

特に注目されたのは、この本のカバー表紙(全4巻が同じデザイン)だった。
中央に若い侍の画像が配置され、周囲を細かい活字の文章が取り巻く。
文意を手短にまとめると、こんな感じだ。
  • この写真の主は誰だかわからないが、もしかすると沖田総司かもしれない
  • 箱館戦争の後、土方歳三の遺品の中から発見されたと伝わる
  • 大鳥圭介という説もあるが、既存の写真と比べると顔立ちが違う
  • この写真が仮に沖田でなかったとしても、沖田はこういう顔だったような気がする

要するに「明確な根拠はないが沖田の写真っぽい」と言いたいのだろう。
この思わせぶりな書き方に、「ホンモノかも?」と期待を抱いた向きは少なくなかったようだ。
当方も、この説を肯定も否定もできなくて、もどかしい思いをした。

その後しばらくして、『幕末の素顔 日本異外史』(毎日新聞社編・発行)なる写真集を古本屋で見つけた。

幕末の素顔 表紙

1970年発行。
幕末~明治に撮影されたらしい風景や人物の写真が、多数載っている。
扉に「アメリカ・ワシントン「米国国会図書館」に秘蔵されていた幕末日本の写真記録から」編集されたもの、と説明がある。

かつて来日外国人向けに販売された「お土産写真」の数々、と見受けられた。
大半は、被写体の具体情報が不明のようで、キャプションが付されていない。
その代わり、被写体には直接関係なく、永六輔による幕末史エッセイを併載している。

興味を感じてページをめくっていると、見覚えのある写真が目にとまった。

幕末の素顔 若侍の写真

これは、あの『激録 新撰組』の若侍ではないか!
思わず財布を握りしめてレジへ走り、購入してしまった。

どこの何者、という説明は一切されていない。
脇の文章は「五稜郭の戦い始末」と題するエッセイで、土方歳三に言及した部分はあっても、沖田総司に関しては一言も触れていない。
けれども、出版年次といい画像のトリミング状態といい、『激録 新撰組』の元ネタと考えて間違いなさそうだ。
どうやら「土方の遺品」説は事実でなく、「アメリカ議会図書館の所蔵品」というのが真相らしい。

後から思えば、「土方の遺品」説は合理性に乏しい。
もし事実なら、その来歴を関係者が多少なりと語り伝えていそうなものだ。しかし、それらしい話はいっこうに聞こえてこなかった。
素人はともかく、研究家諸氏がまともに取り上げてこなかったのも、つまりはそういうことだろう。

ちなみに、写真の真偽について「小袖の紋所が沖田の家紋ではない」という意見も聞く。
確かにそのとおりで、写真の紋が何か識別しにくいものの、楓や羽団扇に似た感じであり、「丸に糸輪木瓜」「子持ち輪に木瓜」などといわれる沖田家の木瓜紋と異なることは見て取れる。
着物は他人から借りるケースも考えられるが、当人がわざわざ安くもない費用を出して写真を撮るなら、借り着で写ろうとはしないだろう。

被写体の人物が本当は何者か、それはわからない。
ただ「お土産写真」を撮る写真師にモデルとして雇われた青年、と想像されるのみである。

それはそうと、いつの日か沖田総司の本物の写真が発見される可能性も、否定はできまい。
この世のどこかに存在するとしたら、ぜひ見てみたいものだ。

幕末の素顔
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激録新撰組〈下〉
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 草森紳一『歳三の写真』 

表題作「歳三の写真」は中編小説。そのほか、史論やエッセイ4編を収録する。

歳三の写真
中編小説。箱館戦争を背景に、土方歳三が写真師・田本研造と出会い、肖像写真を撮らせる顛末を描く。

明治元年11月15日、旧幕脱走軍の旗艦開陽が、江差沖で座礁する。
脱出の努力もむなしく沈没していく様子に、人見勝太郎や松岡四郎次郎らは嘆きを禁じえない。
しかし歳三は、自分でも意外なほど冷静に事実を受けとめていた。

蝦夷へ渡る前、歳三は幕医・松本良順から肖像写真を撮るよう、強く勧められる。
良順から聞いた話を頼りに、箱館で写真師・田本研造を探すと、彼は同業の木津幸吉のもとにいた。
そこには先客として榎本武揚もおり、田本を従軍写真師として雇いたいと持ちかけたという。

歳三は、木津の写場を何度も訪ね、田本と語らったり、仕事ぶりを見物したりする。
しかし、自身の肖像撮影にはなかなか踏み切れないまま、箱館の冬を過ごす。
そして日を重ねるうち、新政府軍の侵攻は目前に迫るのだった。


著者が本作を描いたきっかけは、歳三の写真を見て「ある種の近代性の匂い」を感じとったこと、だとか。
これについては、巻末の著者あとがき、もしくは解説に詳しいので、ぜひ一読されたい。

写真に撮られるという行為は、現代においても、単に見られるのとは違った意味合いがある。
写真の黎明期・幕末にはなおさら、人は様々な思いを抱きつつ被写体となったことだろう。
本作は、歳三の写真がどのように撮られたか、当人の心理、田本研造との関係に焦点を当てて描いている。
歳三の生き方や、肖像写真を残すという行為の解釈は哲学的で、何か深淵を覗き込むような感覚すらおぼえる。
もっとも、そこまで深く考えず、単純にストーリーを楽しんでもよいと思う。

本作の歳三像は、生身の人間らしい親しみやリアリティを感じさせる。
写場(撮影スタジオ)で撮影の様子を見物したり写真機(カメラ)を覗いたり、宮古湾海戦の失敗を悔やんだり、二股台場山でクマに追いかけられたりといった場面には、特によく表われている。
最期は、馬上で督戦中に遂げるのではなく、まったく別の状況が描かれる。筆致は抑制的で、ヒーロー的な華々しさや感動を煽る要素はないにもかかわらず、妙に印象的で忘れがたい。

田本研造は、頑固で無愛想な職人気質の男として造形されている。
同時代の写真師たちも、木津幸吉のほか、紺野治重、横山松三郎、武林盛一が登場して、興味深い。

旧幕軍諸士では、榎本武揚の登場が多い。ただし、周囲の反発を買うなど、あまり良い扱いをされない。
ほかにも、林董三郎、中島三郎助、伊庭八郎、甲賀源吾、大鳥圭介などが出てくる。
新選組隊士は、市村鉄之助、立川主税、野村利三郎らが登場。

朝涼や人より先へ渡りふね
エッセイ。副題「伊庭八郎の『征西日記』の韜晦について」。
日記史料に窺える八郎の心理と、その生涯を考察する。

伊庭八郎は、言わずと知れた心形刀流・伊庭秀業の嫡子であり幕臣。
戊辰戦争では、箱根山崎の戦いで左手を失いながらも蝦夷地へ渡り、木古内の戦いで被弾、箱館で亡くなった。
本作のタイトルは、八郎が同日記に書き留めた発句を転用している。

『征西日記』は、正確には「御上洛御共之節旅中並在京在坂中萬事覚留帳面」と称する。
元治元年、上洛する将軍家茂を八郎が奥詰(親衛隊)として警護した、約半年間の記録史料である。
この日記は、友人かつ同僚の中根香亭により明治期に出版され、世に知られている。

日記の内容は京坂滞在中の出来事だが、政情や任務にはあまり触れず、食事や名所見物、買い物の記述が多い。
そのため「危機感に欠ける」などと批判されることもある。
しかし著者は、八郎が幕臣としての忠信や覚悟を意図的に記さなかったと捉える。
八郎に対する著者の評は、ごく客観的なようでいて、好意がそこはかとなく伝わってくる。

重い羽織
エッセイ。副題「新選組の「誠」」。
新選組の隊服「ダンダラ羽織」の成立過程と意義を、歴史的・社会学的・心理学的な見地から解き明かす。
隊旗、すなわち「誠の旗」にも言及している。

」という言葉は、決して新選組の専売特許ではなく、当時多くの人々が使っている。
ただ、新選組の場合は「誠」を旗印や隊服にあしらい視覚化、これでもかと見せつけた。
それが、他者とは大きく異なる点であり、近代的宣伝術の走りであると、著者は指摘する。
批判的ともとれる表現もあるが、全体としてはごく客観的な考察として読める。

高台寺残党
史論。油小路事件の後、御陵衛士の面々がどのように行動したか、全9章にわたって考察する。

油小路事件で死亡した伊東甲子太郎らの遺骸は、後に光縁寺から戒光寺へ改葬された。
その葬列に200人もの「供卒」が従ったことが、記録に残っている。
本編は、この改葬がタイミング的にいつ行なわれたか、「供卒」とは何者なのか、なぜこのような人数を仕立てることが可能であり、その必要があったのか、を探る。
同時に、鈴木三樹三郎や篠原泰之進が赤報隊の成立・活動とどのように関わっていたか、相楽総三の言動と比較しながら、かなり克明に追っている。

中盤では、油小路事件や墨染狙撃事件にも言及する。
阿部十郎、加納道之助、富山弥兵衛たちの言動、その裏にある心理や薩摩藩との関係を子細に探っていく。

御陵衛士の研究書というと市居浩一『高台寺党の人びと』を思い出すが、本編もかなり詳しく勉強になる。
彼らに関心のある向きにとって必読、と言ってもよさそう。

「斜」の視線
エッセイ。副題「新選組副長土方歳三の「書体」」。
発句(俳句)や書簡の内容と、そこに残された筆跡を手がかりに、土方歳三の生き方を探る。

俳句には兵法に通じる側面がある、という。
俳人の祖父や兄を持つ歳三は、自身も句作に親しむ機会に恵まれていた。
彼の人格形成には、俳句と剣術に出会ったことが大きく影響している。

歳三のスタイリッシュな筆跡は、単に文字を書くというだけでなく、デザイン的な意図をうかがわせる。
著者の考察は、適確かつ奥深いと思えた。

---
本書の初版は1978年。小説は別として、エッセイや史論は歴史研究として最新でない部分もある。
しかし、全体としては古さを感じさせず、むしろ高い普遍性がうかがえる。
著者の見解は、かなり真相に肉迫しているのでは、と思えた。
また、幅広い知識に裏づけられたユニークな視点は、参考になるところが多い。
文体には「品格」ともいうべき魅力があり、文章書きとして見習いたいほど感銘を受けた。

本書は、下記のとおり初版と増補版とが出版されている。

『歳三の写真』
1978年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」の4編と、著者あとがき「『歳三の写真』ノート 自跋をかねて」を収録。

『歳三の写真〔増補版〕』
2004年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」「「斜」の視線」の5編と、縄田一男の解説「エスプリと諧謔にみちた土方歳三像」を収録。

いずれも版元は新人物往来社、体裁は四六判ハードカバー。カバーデザインが異なる。
(※本項は『歳三の写真〔増補版〕』を参考として記述した。)

ちなみに、中編小説「歳三の写真」は下記アンソロジーにも収録されている。
『新選組傑作コレクション 興亡の巻』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 河出書房新社 1990
『新選組興亡録』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 角川文庫 2003

歳三の写真
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 吉川永青『闘鬼 斎藤一』 

長編小説。生と死のはざまに立って闘うことを、無上の悦びとする新選組隊士・斎藤一。
その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。

ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。

成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。

そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。

相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。


主要な登場人物は、以下のとおり。

斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。

沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。

土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。

近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。

山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。

永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。

芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。

伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。

小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。

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本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓

◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。

◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。

一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓

◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。

闘いとは、明確な意思を持った者だけがそこに望むものを言う。だからこそ斬り合って勝つことに意味があり、己が生を讃じられるのだ。戦争は違う。鉄砲という利器は、言ってしまえば「その意思」がなくとも扱える。そして否応なしに多くを巻き込む。
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)

斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。

◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)

◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。

◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。

◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)

◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。

◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。

---
本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。

終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。

作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。

また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。

本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。

2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。

闘鬼 斎藤一
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