新選組の本を読む ~誠の栞~

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 草森紳一『歳三の写真』 

表題作「歳三の写真」は中編小説。そのほか、史論やエッセイ4編を収録する。

歳三の写真
中編小説。箱館戦争を背景に、土方歳三が写真師・田本研造と出会い、肖像写真を撮らせる顛末を描く。

明治元年11月15日、旧幕脱走軍の旗艦開陽が、江差沖で座礁する。
脱出の努力もむなしく沈没していく様子に、人見勝太郎や松岡四郎次郎らは嘆きを禁じえない。
しかし歳三は、自分でも意外なほど冷静に事実を受けとめていた。

蝦夷へ渡る前、歳三は幕医・松本良順から肖像写真を撮るよう、強く勧められる。
良順から聞いた話を頼りに、箱館で写真師・田本研造を探すと、彼は同業の木津幸吉のもとにいた。
そこには先客として榎本武揚もおり、田本を従軍写真師として雇いたいと持ちかけたという。

歳三は、木津の写場を何度も訪ね、田本と語らったり、仕事ぶりを見物したりする。
しかし、自身の肖像撮影にはなかなか踏み切れないまま、箱館の冬を過ごす。
そして日を重ねるうち、新政府軍の侵攻は目前に迫るのだった。


著者が本作を描いたきっかけは、歳三の写真を見て「ある種の近代性の匂い」を感じとったこと、だとか。
これについては、巻末の著者あとがき、もしくは解説に詳しいので、ぜひ一読されたい。

写真に撮られるという行為は、現代においても、単に見られるのとは違った意味合いがある。
写真の黎明期・幕末にはなおさら、人は様々な思いを抱きつつ被写体となったことだろう。
本作は、歳三の写真がどのように撮られたか、当人の心理、田本研造との関係に焦点を当てて描いている。
歳三の生き方や、肖像写真を残すという行為の解釈は哲学的で、何か深淵を覗き込むような感覚すらおぼえる。
もっとも、そこまで深く考えず、単純にストーリーを楽しんでもよいと思う。

本作の歳三像は、生身の人間らしい親しみやリアリティを感じさせる。
写場(撮影スタジオ)で撮影の様子を見物したり写真機(カメラ)を覗いたり、宮古湾海戦の失敗を悔やんだり、二股台場山でクマに追いかけられたりといった場面には、特によく表われている。
最期は、馬上で督戦中に遂げるのではなく、まったく別の状況が描かれる。筆致は抑制的で、ヒーロー的な華々しさや感動を煽る要素はないにもかかわらず、妙に印象的で忘れがたい。

田本研造は、頑固で無愛想な職人気質の男として造形されている。
同時代の写真師たちも、木津幸吉のほか、紺野治重、横山松三郎、武林盛一が登場して、興味深い。

旧幕軍諸士では、榎本武揚の登場が多い。ただし、周囲の反発を買うなど、あまり良い扱いをされない。
ほかにも、林董三郎、中島三郎助、伊庭八郎、甲賀源吾、大鳥圭介などが出てくる。
新選組隊士は、市村鉄之助、立川主税、野村利三郎らが登場。

朝涼や人より先へ渡りふね
エッセイ。副題「伊庭八郎の『征西日記』の韜晦について」。
日記史料に窺える八郎の心理と、その生涯を考察する。

伊庭八郎は、言わずと知れた心形刀流・伊庭秀業の嫡子であり幕臣。
戊辰戦争では、箱根山崎の戦いで左手を失いながらも蝦夷地へ渡り、木古内の戦いで被弾、箱館で亡くなった。
本作のタイトルは、八郎が同日記に書き留めた発句を転用している。

『征西日記』は、正確には「御上洛御共之節旅中並在京在坂中萬事覚留帳面」と称する。
元治元年、上洛する将軍家茂を八郎が奥詰(親衛隊)として警護した、約半年間の記録史料である。
この日記は、友人かつ同僚の中根香亭により明治期に出版され、世に知られている。

日記の内容は京坂滞在中の出来事だが、政情や任務にはあまり触れず、食事や名所見物、買い物の記述が多い。
そのため「危機感に欠ける」などと批判されることもある。
しかし著者は、八郎が幕臣としての忠信や覚悟を意図的に記さなかったと捉える。
八郎に対する著者の評は、ごく客観的なようでいて、好意がそこはかとなく伝わってくる。

重い羽織
エッセイ。副題「新選組の「誠」」。
新選組の隊服「ダンダラ羽織」の成立過程と意義を、歴史的・社会学的・心理学的な見地から解き明かす。
隊旗、すなわち「誠の旗」にも言及している。

」という言葉は、決して新選組の専売特許ではなく、当時多くの人々が使っている。
ただ、新選組の場合は「誠」を旗印や隊服にあしらい視覚化、これでもかと見せつけた。
それが、他者とは大きく異なる点であり、近代的宣伝術の走りであると、著者は指摘する。
批判的ともとれる表現もあるが、全体としてはごく客観的な考察として読める。

高台寺残党
史論。油小路事件の後、御陵衛士の面々がどのように行動したか、全9章にわたって考察する。

油小路事件で死亡した伊東甲子太郎らの遺骸は、後に光縁寺から戒光寺へ改葬された。
その葬列に200人もの「供卒」が従ったことが、記録に残っている。
本編は、この改葬がタイミング的にいつ行なわれたか、「供卒」とは何者なのか、なぜこのような人数を仕立てることが可能であり、その必要があったのか、を探る。
同時に、鈴木三樹三郎や篠原泰之進が赤報隊の成立・活動とどのように関わっていたか、相楽総三の言動と比較しながら、かなり克明に追っている。

中盤では、油小路事件や墨染狙撃事件にも言及する。
阿部十郎、加納道之助、富山弥兵衛たちの言動、その裏にある心理や薩摩藩との関係を子細に探っていく。

御陵衛士の研究書というと市居浩一『高台寺党の人びと』を思い出すが、本編もかなり詳しく勉強になる。
彼らに関心のある向きにとって必読、と言ってもよさそう。

「斜」の視線
エッセイ。副題「新選組副長土方歳三の「書体」」。
発句(俳句)や書簡の内容と、そこに残された筆跡を手がかりに、土方歳三の生き方を探る。

俳句には兵法に通じる側面がある、という。
俳人の祖父や兄を持つ歳三は、自身も句作に親しむ機会に恵まれていた。
彼の人格形成には、俳句と剣術に出会ったことが大きく影響している。

歳三のスタイリッシュな筆跡は、単に文字を書くというだけでなく、デザイン的な意図をうかがわせる。
著者の考察は、適確かつ奥深いと思えた。

---
本書の初版は1978年。小説は別として、エッセイや史論は歴史研究として最新でない部分もある。
しかし、全体としては古さを感じさせず、むしろ高い普遍性がうかがえる。
著者の見解は、かなり真相に肉迫しているのでは、と思えた。
また、幅広い知識に裏づけられたユニークな視点は、参考になるところが多い。
文体には「品格」ともいうべき魅力があり、文章書きとして見習いたいほど感銘を受けた。

本書は、下記のとおり初版と増補版とが出版されている。

『歳三の写真』
1978年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」の4編と、著者あとがき「『歳三の写真』ノート 自跋をかねて」を収録。

『歳三の写真〔増補版〕』
2004年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」「「斜」の視線」の5編と、縄田一男の解説「エスプリと諧謔にみちた土方歳三像」を収録。

いずれも版元は新人物往来社、体裁は四六判ハードカバー。カバーデザインが異なる。
(※本項は『歳三の写真〔増補版〕』を参考として記述した。)

ちなみに、中編小説「歳三の写真」は下記アンソロジーにも収録されている。
『新選組傑作コレクション 興亡の巻』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 河出書房新社 1990
『新選組興亡録』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 角川文庫 2003

歳三の写真
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 吉川永青『闘鬼 斎藤一』 

長編小説。生と死のはざまに立って闘うことを、無上の悦びとする新選組隊士・斎藤一。
その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。

ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。

成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。

そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。

相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。


主要な登場人物は、以下のとおり。

斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。

沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。

土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。

近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。

山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。

永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。

芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。

伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。

小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。

---
本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓

◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。

◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。

一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓

◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。

闘いとは、明確な意思を持った者だけがそこに望むものを言う。だからこそ斬り合って勝つことに意味があり、己が生を讃じられるのだ。戦争は違う。鉄砲という利器は、言ってしまえば「その意思」がなくとも扱える。そして否応なしに多くを巻き込む。
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)

斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。

◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)

◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。

◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。

◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)

◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。

◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。

---
本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。

終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。

作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。

また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。

本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。

2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。

闘鬼 斎藤一
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 中澤琴と新徴組 

2017年1月14日(土)、時代ドラマ「花嵐の剣士 ~幕末を生きた女剣士・中澤琴~」がNHK-BSプレミアムにて放送される(21:00~、90分枠)。
また、ドラマに先立って1月12日(木)「もう一つの新選組 ~“新徴組”と幕末の江戸~」という予習番組も放送される(21:00~、60分枠)。
中澤琴と新徴組がこのように大きく取り上げられることを、感慨深く思った。

ドラマの宣伝文句のとおり、中澤琴(なかざわこと)は実在の人物である。
出身は上野国利根郡穴原村。
父の中澤孫右衛門は、法心流という剣術の道場を開いていた。
その父に学び、やがて薙刀を執っては勝るとも劣らぬ腕前になった、という。

文久3年、兄の良之助(貞祇)が浪士組に応募して京へ上る時、琴も男装してついていった。
ただし、浪士組の名簿に彼女の名前はない。
女子が単身、男子集団に立ち交じり長旅をするのは無理なので、道中は別行動をとったのだろうか。

周知のとおり、浪士組は上京直後、一部の残留者(のち新選組を組織)を除いて江戸へ戻ることになった。
良之助は帰還組に属しており、琴もまた江戸へ戻った。
(※琴に「新選組の女隊士」という惹句が付される場合があるが、そういう事実はない。)
帰還者たちはその後、庄内藩預かりの「新徴組」として再出発する。

新徴組は、江戸の治安部隊として活動した。
慶応3年12月には、江戸擾乱の浪士一味が拠点とした薩摩藩屋敷を攻撃する。
翌年の戊辰戦争でも、庄内において新政府軍と戦う。

中澤良之助がその一員であったことは諸史料から確認されるものの、琴については詳細不明。
ただ、彼女も新徴組の活動に携わり、薩摩藩邸攻撃や戊辰戦争において果敢に戦った、という説がある。
いつごろか兄と郷里に戻り、昭和2年まで存命だったそうだから、地元に遺談や伝承が残ったのだろう。
今回のドラマは、そうして伝わった説に拠る企画のようだ。

ドラマ情報には原作の表示がなく、ストーリーのもとになった小説やマンガなどは存在しない模様。
それはそれとして、中澤琴について書かれた出版物がないかと探してみた。
見つかったのが、以下の2冊。

『新選組の舞台裏』 菊地明 新人物往来社 1998 四六判ハードカバー
タイトルのとおり、新選組に関する考証本。
全34章のうち「女剣士中沢琴のこと」と題する章がある。
4ページと手短ながら、『日本女性人名事典』『甲子雑録』『群馬国人記』等々史料文献も引いて、わかりやすくまとめられている。
(※本項も、主にこの章を参考として記述した。)

本書は20年近く前に出版され、現在では最新の研究と言えない部分も散見される。
しかし、参考として役立つところも多く、読んでみて損はないと思う。

『初夏の幻想』 石村澄江 上毛新聞社事業局出版部 2013 四六判ハードカバー
生憎と実物をまだ見ていないのだが、短編小説集であるらしい。
収録作12編の中に「利根法神流の麗華・中澤琴女」と題する1編がある。

なお、下記の本も挙げておきたい。
『新徴組』 佐藤賢一 新潮社 2010 (新潮文庫 2013)
沖田総司の義兄・沖田林太郎を主人公として、その奮闘を描く長編小説。
林太郎も浪士組に参加した後、新徴組へと転身した人物である。
この本は、いずれ当ブログで詳しく紹介したい。

ちなみに、沖田林太郎と長男・芳次郎について、江戸の新徴組屋敷にいたころの逸話が、子母澤寛『剣客物語』に収録されている。

新選組の舞台裏
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初夏の幻想
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新徴組
(新潮文庫)
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 深川十万坪/新門辰五郎と彰義隊/山田吉亮 

前回、高橋由太『新選組ござる』を紹介した。
この小説を読み、興味を感じて調べた事柄を、覚え書きとして残しておく。
お時間のある方は、おつきあいいただければ幸い。

深川十万坪(ふかがわじゅうまんつぼ)
『新選組ござる』では、上野戦争の後、新門辰五郎が彰義隊の墓を深川十万坪に建立した、と設定されている。

深川十万坪とは、実在した埋立地。現在の東京都江東区石島・千田・千石のあたりに該当する。
江戸市中から出る膨大な量のゴミと、河川を浚渫した土砂とを有効利用し、造成された。
一部は、享保8~10年(1723-25)に新田開発がなされて、千田新田となる。
寛政8年(1796)頃、一橋家の抱屋敷が設置された。
幕末の切絵図を見ると、北西の縁に一橋家や会津松平家の下屋敷があり、そのほかは新田とされている。

初代歌川広重の名画に「名所江戸百景 深川洲崎十万坪」がある。
ワシが翼を広げ飛ぶ眼下に、荒涼として人の気配などない原野が描かれている。
これは寛政3年(1791)、台風による高波で深川洲崎の一帯に被害が出たため、幕府が居住禁止区域に指定したことを反映しているらしい。

十万坪が新田としてどのくらい利用されたのか、残念ながらよくわからない。
人気の少ない場所だったというのは、おそらく事実だろう。
ただ、広いとはいえ深川の一部であり、すぐ北側や西側には武家屋敷や寺社、景勝地があった。
周辺では、参詣人や行楽客を目当ての料理屋や船宿も営業していた様子だ。
永代寺の周辺には岡場所があった。しかも、吉原が火災に遭うたび仮宅(臨時営業所)が設置されている。
永倉新八らが訪れた品川楼も、深川洲崎の仮宅にあった。→ 『維新侠艶録』『新選組奮戦記』

ちなみに、明治11年(1878)の地図では、十万坪はまだ大半が新田である。
しかし中期には、養魚場や木材加工所が設置され、積極的な土地活用が始まっていた様子が窺える。

新門辰五郎(しんもんたつごろう)と彰義隊
辰五郎は、浅草の侠客であり、江戸町火消「を組」の頭である。
一橋慶喜の信任を受け、子分200人を率いて京都へ上り、御所や二条城の防火にあたった。
鳥羽伏見戦争の直後、大坂城に置き忘れられた徳川家「金扇の馬印」を辰五郎が取りに行き、東海道を走って江戸へ持ち帰ったことは、よく知られている。
その後も水戸や駿府へと慶喜に随従し、晩年江戸へ戻った。
また、辰五郎の娘お芳は、慶喜に側妾のひとりとして仕えていた。

辰五郎が彰義隊に協力したことは、事実のようだ。
弾除けにする古畳や空俵を上野へ運んだ、子分が彰義隊とともに銃を取り戦った、などの伝承がある。

ただ、「辰五郎が彰義隊の墓を十万坪に建立した」というのは、おそらく創作だろう。
一橋家の屋敷が十万坪の縁にあったこと、慶喜と辰五郎とが懇意だったことから、作者が考えたように思える。

実際のところ、上野で戦死した彰義隊隊士の埋葬は、どのようになされたのか。
  • 侠客・三河屋幸三郎が、三ノ輪円通寺の仏磨和尚と相談して266体を集め、山王台で荼毘に付し埋葬。その後、寛永寺寒松院と護国院の両住職が、小さな墓碑を建立した。
  • 山王台から遺骨の一部を移して、円通寺に「死節の墓」が建てられた。
  • 蔵前の西福寺にある墓は、寛永寺の山守・高木秀吉が、摺鉢山あたりで132体を集め火葬したもの。
――などと伝わっている。
このあたりの経緯は、森まゆみ『彰義隊遺聞』が詳しい。

山田吉亮(やまだよしふさ)
この名に聞き覚えがなくとも「首斬り浅右衛門」こと「山田浅右衛門」を知る人は多いだろう。
初代浅右衛門貞武(1657-1716)から、およそ200年続いた試刀家である。
試し斬りに刑死者の遺骸を用いたことから、斬首刑の執行にも携わることとなった。
吉亮もまた、その一族だった。

幕末の七代浅右衛門吉利は、「名人」と称され、頼三樹三郎や橋本左内、吉田松陰の刑も執行している。
人柄は穏やかで、特に明治2年(1869)に隠退してからは慈悲に満ちていたという。
  • 寺参りを欠かさなかった。
  • 物乞いを度々自宅に連れてきて、食事や衣類を与えて帰した。
  • 縁の下のネズミ、軒先のスズメに毎日エサを与えたので、ネズミやスズメが慣れて側へ寄ってきた。
――などの逸話が残っている。

七代吉利の後、家督を継承したのは子息の吉豊だった。
しかし、家業にあまり力を入れなかったようで、明治7年(1874)に隠退。
その跡を吉亮(吉利の三男、吉豊の弟)が継ぐ。

吉亮は、父ゆずりの遣い手であった。
慶応元年(1865)12歳の時から父や兄を助け、明治14年(1881)の斬刑廃止まで務めた。
それを理由に、自ら実質的な「八代目」と称している。
ただ、研究家によっては吉亮を「閏(じゅん)八代目」「九代目」とする場合もある。
(※「閏」は「正統でない位」の意味)
吉亮が斬った被刑者には、雲井龍雄、夜嵐おきぬ、武市熊吉ら9人(岩倉具視暗殺未遂事件)、井口慎次郎ら3人(思案橋事件)、島田一郎ら6人(大久保利通暗殺事件)、高橋お伝などがいる。

山田家に関しては巷間、怪談のような噂が流布していた。
  • 麹町平河町の山田邸には、幽霊が出る。うなされたり怯えたりする声が、一晩中聞こえてくる。
  • 刑の執行日には、被刑者の数と同じ本数のロウソクを、仏壇に灯す。刑場で被刑者が死ぬごとに、そのロウソクの火が端から1本ずつ消えてゆく。最後の1本が消えると、浅右衛門が帰宅する。
しかし、これは単なる噂だろう。
吉亮自身「幽霊を見たことはない。斬った人数はかなり多いので、いちいち取り憑かれていたら、今頃は自分の命がなくなっているはず」と語っている。

ただ、吉亮の神業ともいうべき腕前は、真実だったらしい。
大雨の中で、左手に傘を差したまま、右から逆手で斬るという離れ業を見せたという。

吉亮の執行手順は、以下のようだった。
  1. 準備が整うまでは、被刑者を見ない。出番まで、空や草木を眺めている。
  2. 執行の段には、いきなり被刑者の前に出てにらみつけ「汝は国賊なるぞ!」と言い、1歩進む。
  3. 呼吸を量るため、心の中で涅槃経四句「諸行無常 是生滅法 生滅滅為 寂滅為楽」を唱え、それに合わせ刀の柄に指をかけていき、抜いて振り下ろす。

明治14年(1881)の執行を最後に、斬首刑は廃止され、山田浅右衛門家はその世職を失う。
吉亮は、明治44年(1911)58歳にて、急病のため世を去る。
山田家の正統は、十代愛之助(吉豊の孫)をもって終わった。

吉亮の遺した談話は、篠田鉱造『明治百話』(初版1931)に収録されている。
また、吉亮を主人公とする長編小説に綱淵謙錠『斬』がある。

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調べるうち、これらの事柄がアレンジされ『新選組ござる』に反映されたと推察できて、面白かった。
他の作品を読んだ時にも、こうした発見は少なからずある。
捨てがたい事柄は紹介記事に盛り込む場合もあるが、あまり長くなると読みづらい。
そういう次第で、今回初めて独立記事として書いてみた。

彰義隊遺聞
(新潮文庫)
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明治百話 (上)
(岩波文庫)
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斬 (文春文庫)
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まとめ そのほかの関連記事

 高橋由太『新選組ござる』 

長編小説。武士になりたい一心で新選組に入隊した少年、市村鉄之助。
奮闘のうちに不可解な事件に巻き込まれていく、オカルトファンタジー。

市村鉄之助は、言うまでもなく実在の新選組隊士である。諸研究家の報告によると↓

父親は美濃大垣藩士だったが、安政5年に追放処分となって近江国国友村に住まい、文久3年に他界した。
鉄之助は、慶応3年秋頃、兄の辰之助とともに入隊する。
14歳という若年のため両長召抱人(小姓のような役目)となり、辰之助は局長附人数(仮同志)となった。
戊辰戦争勃発後、辰之助は綾瀬付近で離隊するも、鉄之助は箱館まで従軍。
明治2年4月、土方歳三の命令により箱館を脱出し、日野の佐藤彦五郎家へ歳三の遺品を届ける。
しばらく佐藤家に留まり、明治4年3月に大垣の親戚宅へと帰っていった。


本作は、上記の事柄が多少反映されるものの、大半はオリジナル設定で、創作性の高いストーリーが展開する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

鉄之助は、武士になりたいと切望し、郷里の美濃を出て京に上り、新選組に入った。
勝手についてきた飼い犬のモモも、なりゆきで入隊(?)する。

噂に聞く新選組一の天才剣士・沖田総司は、とても人斬りとは思えない、優しげな外見の持ち主。
人柄も穏やかで、冗談好きだった。
ところが秋の頃、その総司が隊を離れて、姿を見せなくなる。
「労咳のため」と言われたが、直前まで元気な姿を見ていた鉄之助には、とても信じられない。

やがて戊辰戦争が始まり、新選組は多くの同志を失いながら転戦、ついに箱館で終焉を迎える。
味方を救援すべく五稜郭を出撃する土方歳三に、鉄之助は強引に付き従う。
彼らの前に出現したのは、正体不明の不気味な敵だった――
そして、負傷した鉄之助が新政府軍に囲まれ、死を覚悟した時、思わぬ味方が出現する。


この後、ストーリーは明治の東京に舞台を移し、展開していく。
主な登場人物は、以下のとおり。

市村鉄之助
本作の主人公。直情径行型の熱血少年。
生家は美濃の山奥にあり、家業はインチキくさい拝み屋(祈祷師・霊媒師)だった。
しかも、「先祖は妖怪ぬらりひょん」という、由来不明の怪しい看板を掲げていた。
10歳の時、両親が病没し、隣家の老婆に引き取られる。
村人たちに愚弄された悔しさから、武士となり堂々と生きたいと望み、14歳にして新選組に入った。
奇しくも箱館戦争から生還し、明治の東京で新選組を再興しようと決意する。

モモ
大きな白い犬。鉄之助が美濃にいた時、どこからともなくやってきて鉄之助の家に居着いた。
京へ上る時にもついてきてしまい、以来どこへ行くのも一緒。
性格は温順だが、頼りない。あまり賢くもなく、鉄之助に「アホ犬」呼ばわりされる。
しかし人の言葉を理解しており、幽霊や妖怪とも意思を通じるなど、侮れない面もある。

九郎
700年前の鎌倉時代に死んだ、九郎判官こと源義経の幽霊。
名刀「薄緑」に宿っており、鉄之助に解放されて以来、ずっとついてくる。
烏帽子に狩衣姿の美男子だが、一般人には感知されない存在。
鉄之助やモモとは会話できて、なぜか語尾に必ず「ござる」を付ける。(本作タイトルは、この口癖が由来と思われる。)のんびりマイペース、いざとなると無敵の剣士に変貌するところも含めて、『るろ剣』の緋村剣心を連想させるキャラ。
モモとは良いコンビ。両者であれこれ余計なことまで喋り、鉄之助をイラつかせる場面が多い。

沖田総司
天然理心流・試衛館の門弟時代から名を馳せた、新選組随一の遣い手。
女と見間違うほどの優男だが、長大な振棒を軽々と降ってみせるなど、剣の実力は本物。
鉄之助をからかっては面白がり、モモをなぜか「辰之助」と呼ぶ。
「労咳のため死んだ」というのは意図的な情報操作で、維新後も生きのび東京に潜伏していた。
新政府の追及をかわすためだけでなく、何やら複雑な事情がある様子。
鉄之助が新選組の再結成を訴えても、「もう終わったこと」とまったく乗り気でない。
その重大な秘密は、本書の終盤近くで明かされる。

土方歳三
新選組の鬼副長。目つきの鋭い悪人顔の二枚目。
感情をあまり出さず、威圧感を漂わす。鉄之助も初めは怖れていたが、次第に慕うようになった。
佩刀は和泉守兼定、通称「ノサダ」。(※「之定」こと二代関兼定の作、ということらしい)
箱館戦争で命を落とす。敵の正体を鉄之助は知らなかったが、歳三にはわかっていた。

相馬主計
新選組の最後の隊長。
箱館で歳三が亡くなった後、隊長として投降。すべての責任を一身に負い、新島に流罪となった。
その後、東京に現れ、鉄之助に郷里へ帰るよう諭す。
総司の秘密を知っている様子。

(ふき)
東京深川の牛鍋屋もず亭で働く少女。15歳。
母を早くに亡くす。父は彰義隊に加わり、上野で戦死した。
そうした境遇にも挫けず、健気に日々を生きている。思いやり深く、鉄之助やモモにも親切。
深川十万坪に密葬された彰義隊の墓に、朝な夕な参るのが習慣となっている。

お芳
牛鍋屋もず亭の女主人。煙管のよく似合う、色っぽい美女。
実は新門辰五郎の娘であり、親譲りの侠気の持ち主。
ただ、父親のことも自身のこともほとんど語りたがらず、過去は謎めいている。
行く当てのない鉄之助とモモを、もず亭に置いてやる。

ぬらりひょん
鉄之助が出会った妖怪。見た目は、頭がやけに大きい禿げた爺さん。
鷹揚で太っ腹な物腰のとおり、江戸妖怪の総大将であったが、一時期その地位を退いていた。
理由は人間の娘と恋仲になったためで、両者の間に生まれた子が鉄之助の祖先だという(マジか)。
やがて明治の東京に舞い戻り、妖怪たちを相手になぜか西洋料理屋を営む。
料理の腕は確かで、「らいすかれい」「アイスクリン」など最先端のメニューも出す。
つかみどころのない存在だが、さりげなく鉄之助の力になる。

お歯黒べったり
鉄之助が出会った妖怪。
見かけは役者のような二枚目の男だが、派手な女の着物を着て、お歯黒を塗ったオカマ。
オネエ言葉を話し、何かにつけ鉄之助に迫り、邪険にされ罵られてもまったく堪えない。
ぬらりひょんとは長いつきあいらしい。

近藤勇
天然理心流・試衛館の道場主。文久元年、先代の周助から道場を引き継いだ。のち新選組局長。
剣は強いが不器用。若い頃は力加減ができず、稽古で道場をぶち壊すのでは、と懸念された。
ウソかまことか、三刀流が使えるという(『るろ剣』のみならず『ONE PEICE』もネタにされたか)。

近藤周助周斎
試衛館の先代道場主。道場経営に何かと苦労してきた。
総司の剣才に目をつけ、内弟子として入門させる。これが、思わぬ運命を呼び寄せることに。

勝麟太郎海舟
言わずと知れた、その才覚で幕府を支える旗本。
文久元年11月のある日、試衛館を訪ねてきて頼み事をする。その内容は驚くべきものだった。

山田吉亮(よしふさ)
山田流居合術の遣い手。
年齢は鉄之助と同じだが、外見は子供。12歳の時から身体が成長しなくなったという。

以上紹介のとおり、本作は奇想天外な時代ファンタジーである。
史実との違いを云々してもあまり意味がないので、やめておく。
ただ、それを抜きにしても、合理性を欠いたところがあって気になった。例えば――

◆鉄之助が箱館の戦場で気を失い、目覚めた時にはすべてが終わっていた、とある。
 その間どこに寝かされていたのか、降伏人として扱われたのか、だとすればいつ釈放され日野へ行かれたのか。
 具体的な状況がまったく示されない。

◆新選組結成の目的が設定のとおりだとすると、京都に上り留まる必然性がない。
 新徴組(しんちょうぐみ)と同様、江戸に本拠を置いたほうがずっと目的にかなうと思われる。

とは言え、勢いで読ませる作品なので、そこまで深く考えずに楽しむべきなのだろう。

この話をもしもシリアスに書いたら、不気味で残酷な怪奇譚になりそう。
コミカルな要素を多くして、あまり深刻にならず読める娯楽作に仕上げたのは良かったと思う。

本作のストーリーは、本書だけでは完結していない。
ひとまず危機が去ったものの解決には至らず、末尾は「事件は、まだ始まったばかりだった」と結ばれている。
この後に回収されるべき伏線と思われるものも、多く残る。
続きが気になるなら、続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』の2作も読む必要があろう。

本作は、書き下ろし作品。
2015年、新潮文庫『新選組ござる』が出版された。
同年中に続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』も刊行されている。

本作に関する余談を「深川十万坪/新門辰五郎と彰義隊/山田吉亮」にまとめた。
併せてご一読いただきたい。

作者の新選組関連著作には『斬られて、ちょんまげ 新選組!!!幕末ぞんび』(双葉文庫/2014)もある。
2015年公開の映画「新選組オブ・ザ・デッド」の原作かと思ったら、特に関係なかった(笑)

新選組ござる
(新潮文庫)
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新選組はやる
(新潮文庫)
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新選組おじゃる
(新潮文庫)
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