幕末~明治の実在人物を主人公とする時代小説集。中編1作+短編3作を収録。
収録作のうち新選組に関わるものは、中編「高台寺の鵺」と短編「最後の御殿医」「青嵐独歩録」

「高台寺の鵺(ぬえ) 伊東甲子太郎」
伊東甲子太郎が近藤勇の勧誘により加盟上京してから暗殺されるまでを、土方歳三ら新選組、大久保一蔵ら薩摩藩との、虚々実々の駆け引きを交えて描く。
藤堂平助の推薦によって加盟した伊東を、土方は自身より上位の参謀職に就ける。
まもなく、西本願寺への屯所移転をめぐり、山南敬助が脱走、切腹した。土方にとっては、山南とよく話し合おうとしていた矢先の出来事であり、伊東が山南を煽動した結果と受け止めざるをえなかった。
伊東は、新選組参謀として活躍し、勤王論者として京洛に知られていく一方、幕威の凋落を実感する。
そんな時、土方は伊東に、分派して薩摩の情勢を探って欲しいと依頼。伊東も了承した。
薩摩の大久保一蔵は、富山弥兵衛を新選組に潜入させるため伊東の協力を得ていたものの、伊東が頻りに面会を求めてくるようになった意図を計りかねる。
そして慶応3年の正月、伊東と永倉新八、斎藤一の3人が島原の角屋に流連、無断外泊して隊務懈怠を問われるという事件が起きる。

史実の裏にはこのような経緯があったと、独自の推理を交えて展開するスリリングな陰謀劇。
伊東の分離脱盟は、土方との密約による諜報活動とされている。さらに島原流連事件は、土方が斎藤に授けた秘策であり、伊東はそうと気づかなかった(事件自体は実際にあったらしく、永倉新八『新撰組顛末記』に記述されている)。真相は不明だが、ひょっとするとこれらが事実だったかも、と思わせる。
また、土方が山南の死を悔やむ場面は、印象的。自ら追っ手となって逃がそうとしたのに、山南が連れ戻されることを望んだために、喪う結果となってしまった。

作者の時代小説は、会話と地の文とが混じり合うような独特の文体で書かれることが多い。本作では特にそれが際立ち、慣れないと読みづらいかもしれない。しかし、古典文学にも似た味わいがある。
本書のための書き下ろし作品であり、他書には収録されていない様子。

「最後の御典医 松本良順」
将軍家茂・慶喜に仕えた典医であり、近代医学発展に努めた松本良順の生涯を描く。
戊辰戦争に際して会津へ赴き、負傷者の治療に尽くした時期に重点を置いている。
近藤勇との初めての出会い、西本願寺屯所の訪問と助言、沖田総司の肉食嫌い、会津での土方歳三との再会、仙台での別離など、新選組と関わる場面も多い。良順が新選組の面々に寄せた愛惜が、よく伝わってくる。
初出は新人物往来社刊『歴史読本』昭和51年(1976)9月号。

「青嵐独歩録 山岡鉄舟」
新政府軍による江戸総攻撃をやめさせた真の功労者、幕臣・山岡鉄舟の生涯を描く。
前半は、清河八郎との出会い、浪士組取締役として上京・東帰したこと、暗殺された清河の首級を隠したことが中心。後半は、前将軍慶喜の意を受け、江戸へ進攻してくる東征軍の西郷隆盛と恭順交渉をしたことが中心となっている。
浪士組上京の途次に起きた本庄宿の大篝火事件、浪士組東帰と芹沢・近藤派の残留、甲陽鎮撫隊のことなど、新選組に関連した場面がある。
初出は旺文社刊『ブレーン・歴史にみる群像 3』(1986)。

「松籟颯々 頭山満」
自由民権運動の壮士、福岡玄洋社のリーダーであった頭山満の生涯を描く。新選組は登場しない。
初出はTBSブリタニカ刊『日本のリーダー 11』(1983)。

書名の「きこつ」は、「気骨」あるいは「奇骨」と表記されるのが一般的であろう。巻末解説を書いた郷原宏は、作者が「鬼骨」とした理由を「気骨のある鬼才」の意味と推測している。

作者の新選組登場作では『適塾の維新』(1976)、『洛陽の死神』(1977)、『沖田総司恋唄』(1977)、『土方歳三散華』(1978)、『新選組風雲録』(1987-89)に続き、本書は1993年、富士見書房・時代小説文庫として刊行された。
現在は版元品切れ、中古のみ流通している。

余談だが、作者が「最後の御典医」を含む新選組関連作品で参考とした松本良順の回顧録「蘭疇自伝」は、平凡社の東洋文庫『松本順自伝・長与専斎自伝』(1980)に収録されている。近藤勇や土方歳三の逸話が松本順(良順)自身の言葉で語られ、なかなか興味深い。
ただ、この本も現在は版元品切れとなっているようで、残念に思う。



松本順自伝・長与専斎自伝 (東洋文庫 386)
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短編小説集。タイトル読みは「あいづざんてつふう」。
幕末の実在人物を主人公とする時代ミステリーの連作5編。
沖田総司、土方歳三、市村鉄之助が登場。新選組のほかにも、十一代和泉守兼定や佐川官兵衛など、関連人物が活躍する。各編の内容は、以下のとおり。

「会津斬鉄風」 金工師・河野春明は、20年前の会津で恋人に自作の鐔を贈り、当地を去った。
晩年を迎えた安政4年、再び会津に来て、その鐔を持った若き刀匠の訪問を受ける。刀匠・古川友弥は、それを「母の形見」と言いつつ、なぜか偽物と疑っていた。しかし、春明の鑑定では正真作に間違いない。ところが直後、会津藩の剣術師範が、そっくりな偽物を本物と信じて持ち込んでくる。
2枚の鐔と、それを巡る錯綜した人間関係を解明するため、春明は手がかりを探し歩く。

「妖刀愁訴」 慶応2年、十一代和泉守兼定(=古川友弥)は、会津藩のお抱え刀工として京都で仕事をしていた。その兼定の作が「妖刀」であるという噂が立つ。
噂の素は、会津藩士・浜田崎丈平の求めに応じて打った刀だった。この刀によって、浜田崎の妻と、妻の実兄が相次いで落命する。しかも、2年前の禁門の変では、長州志士の山田虎之助を斬ってもいた。
兼定は、浜田崎の上司・井深宅右衛門の意を受けて、連続不審死事件の謎を解くべく国元へ帰った。
会津では、佐川官兵衛の協力を得て、浜田崎の過去を密かに調査する。

「風色流光」 慶応3年、京都在勤中の佐川官兵衛は、見知らぬ女に襲撃される。
女は、かつて米国総領事ハリスに仕えた吉であった。「唐人お吉」の誹りに耐えかねて下田を離れ、京都に流れてきた彼女は、料亭の板前と一緒に暮らすようになる。その板前が、坂本龍馬の暗殺に絡んで殺害された。容疑者は「佐川官兵衛」を名乗ったという。
事情を聞いた官兵衛は、板前を殺した真犯人を突きとめようと捜査を開始。沖田総司や土佐藩士・鷹野光馬の協力を得て、薩摩へ与した会津脱藩士の所在をつかむ。

「開戦前夜」 慶応3年12月、は京都を離れ下田へ帰る途次、伏見にいた。伏見では、薩摩兵と幕府軍とが睨み合い、今しも戦端が開かれようとしている。
同じ旅籠には、下田から新選組隊士の夫を訪ねてきたという身重の妻・奈美が泊まっていた。幕軍兵に襲われた吉と奈美を救ったのは、土方歳三率いる新選組。奈美は、夫・相曾一之介との面会が叶う。
元旦、奈美が無事出産。吉は新選組本陣へ知らせにいき、歳三に会った。そこで、一之介の旧知からたまたま聞いた人物評は、現在の彼とは別人としか思えない話だった。吉と歳三は、不審を抱く。

「北の秘宝」 慶応4年(=明治元年)、旧幕脱走軍として蝦夷地へ渡った土方歳三は、松前を攻略し、当地の福山城で戦後処理にあたっていた。
その最中、松前藩主の側室・祥子の訪問を受ける。松前家に伝わる埋宝のありかを示した絵図とそれを収めた手箱が、落城の混乱で行方不明となったため、探して欲しいとの依頼だった。重要なのは鎌倉時代に作られた金蒔絵の手箱であり、絵図は報酬として譲るという。
歳三は、実在のあやふやな埋宝に興味はなかったが、了承した。そして、額兵隊隊長・星恂太郎が発見した手箱を、約束どおり祥子に渡し、引き替えに絵図を受け取る。
ところが、その絵図が松前脱藩士らに強奪された。

各編の主役がリレーのように交代していく趣向。実在の人物や事件と、創作との融合が楽しめる連作集である。ミステリーとしての筋立ても面白い。
「会津斬鉄風」「妖刀愁訴」の2編は、話がややこしい上に文章も凝りすぎの感じで、ストーリーを正確に把握するにはそれなりの集中力を要する。他の3編は、さほどのこともなくスムースに読めた。

各編とも、末尾に「付記」として後日談が書かれている。作者が史実をよく調べていることを窺わせると同時に、時代の勝者たり得なかった人物たちへの追悼と感傷を感じさせる。
「北の秘宝」で、市村鉄之助が日野の佐藤家に伝えた「松前藩主の奥方」の逸話や、榎本武揚が北海道で熱心に行った砂金調査を、巧みに関連づけた工夫は心憎い。

巻末解説によると、作者は刀剣愛好家であり、自ら金工師として刀装具の製作も行うという。
作者がこの世界に入ったのは、もともと土方歳三への思い入れがきっかけであったとか。
土方歳三の遺品として伝わっている刀と同じ、十一代兼定の慶応3年の作を所蔵し、しかもまったく同じ拵えを5年かけて誂えたという情熱がすごい。
技術を凝らし作り出された名物・名品とそれに込められた思いは、時代を超えて伝わっていく。その素晴らしさと一種の切なさが本作に感じられるのも、この情熱ゆえであろう。

集英社から単行本(1996)と文庫本(1999)が出た。現在は、版元品切れ、中古のみ流通している。

余談だが、作者の『マンハッタン英雄未満』は、ベートーベンと土方歳三が時空を超えて現代に出現し悪魔と戦う、という小説である。ジャンルとしては「冒険ファンタジー」か。
新潮社から1994年に出版されたものの、やはり版元品切れして中古のみとなっている様子。

会津斬鉄風 (集英社文庫)
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エッセイ集。幕末・明治を描いた司馬作品を中心に、その原点となった考察の数々を集成したもの。
内容は、以下のとおり。

新選組
土方歳三の家
幕末のこと
竜馬の死
維新の人間像―萩原延寿氏との対談
  『燃えよ剣』と志士の美意識/幕末の時代と人間/明治維新の性格/日本人の特質/
  明治維新とフランス革命/幕末の日本人/政治と精神の分裂/徳川将軍と大名/西郷隆盛/
  鳥羽・伏見の戦い/坂本竜馬と陸奥宗光/坂本竜馬の役割/精神の自立と思想の内容/
  幕末のナショナリズムとインターナショナリズム
清沢満之のこと
ある情熱
市民の独語
  あたらしい通念/軽い国家/軽薄へのエネルギー/秩序について/僻地にいると/だけの人間
日本史のなかで暮らして思うこと
  めでたき百年目/明治百年/明治の若者たち/この気違い勉強/江戸幕府の体質/米のこと/
  京の味/
先祖ばなし
  穴居人/長髄彦/播州の国/大和竹ノ内/出雲の不思議/ある明治の庶民/酒郷側面誌
旅のなかの歴史
  近江の古社/京の翠紅館/三草越え/上州徳川郷/土佐の高知で/葛飾の野/五稜郭百年/
  草創のころの海軍/海流が作った町/出石の兄弟/肥前五島/新選組の故郷
軍神・西住戦車長
歴史小説と私
  大衆と花とお稲荷さん/わが小説―梟の城/私の小説作法/
  歴史小説を書くこと―なぜ私は歴史小説を書くか
日本語について
むだばなし


このうち、新選組に関わるものは以下のとおり。

「新選組」 昭和37年、『中央公論』4月号に掲載された。初出タイトルは「新選組新論」。発足から終焉までを概説しつつ、新選組という組織の本質を明らかにする。
現実の武士以上に武士たろうとした」リーダーのもと、武士になりたいと集まった者の集団、という捉え方が、同年に連載開始された『新選組血風録』 『燃えよ剣』にも鮮明に反映されている。

「土方歳三の家」 土方歳三生家を訪問した体験談。日野市制が始まる昭和38年より前の、東京都南多摩郡日野町の頃である。『手掘り日本史』所収「トシさんが歩いている」と共通する部分もあるが、こちらは生家に辿り着くまでの過程に、より重点を置いている。地元の人々とのやりとりが楽しい。

「維新の人間像―萩原延寿氏との対談」 『遠い崖 アーネスト・サトウ日記抄』の著者である歴史家と、語りあった内容。土方歳三を主人公として『燃えよ剣』を書いた理由に言及している。美を求める生き方が端的に表れたモデルとして、土方歳三が至当だったという。

「旅のなかの歴史」 あちこちの史跡を訪れた体験に絡めつつ、その場所にまつわる歴史的事件や人物について語ったもの。
「葛飾の野」は、近藤勇の流山投降と刑死について。
「五稜郭百年」は、厳寒に対する和洋の文化の差と、箱館戦争、五稜郭について。
「新選組の故郷」は、新選組という機能的組織と土方歳三の組織力の起源について。「トシさんが歩いている」と共通する部分あり。
特に、五稜郭と榎本武揚に対する評価は手厳しく、思わず考え込まされてしまう。

このほか「竜馬の死」「日本史のなかで暮らして思うこと」にも、新選組について言及した箇所がある。

司馬作品の原点に触れられると同時に、司馬作品が後年の新選組もの(文学やマンガなど)に及ぼした影響までも窺い知ることができる一冊である。

本書は、河出書房新社より単行本(1969)が出版された。のち改訂版(1982)が出た様子。前者は中古のみ、後者は新品あり。
また、集英社文庫(1979)もあり、のち改訂改版(2006)が出た。カバーデザインが新しく、活字が大きく、目次が詳しくなったが、内容に大きな差違はなさそう。こちらも前者は中古のみ、後者は新品あり。

歴史と小説 (集英社文庫)
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長編マンガ。激動の幕末を生きる新撰組、沖田総司の青春を描くシリーズ。全10話が発表されている。

『スケバン刑事』『超少女明日香』『ピグマリオ』などを代表作とする作者としては、異色とも言える時代物。
白泉社のマンガ誌『LaLa』もしくは『花とゆめEPO』への掲載が初出。以下、発表の順番に列記する。

「風車」 (1976 読み切り)
元治元年春の設定。シジミ売りの佐平が何者かに斬殺され、一人娘お美津は衝撃のあまりなすすべもない。佐平と親しかった総司は、お美津に自分が犯人だと告白し、仇を討ちたければ自分を正面から憎めるようになって来い、と叱る。内気で引っ込み思案のお美津だったが、自らを励まし自立しようとする。
一方、長州藩士・桂小五郎は、「無辜の町人を殺害した新撰組を討つべし」と同志らを煽動していた。

「試衛館の鷹 第1章」 (1976 読み切り)
文久元年初秋の設定。宗次郎(元服前の総司)は、高尾山で関宿藩の姫と乳母に出会い、ふたりの命を狙う同藩の反主流派と戦うはめになってしまう。浮き世離れした姫の言動に手を焼きながらも、いつしか互いの心は通いあう。幼い日の出会いの記憶が甦った時には、別れが待っていた。

「試衛館の鷹 第2章」 (1977 前後2回)
文久元年冬と推測される話。初めて人を斬った宗次郎は、苦悩のあまり惑乱。小石川養生所に担ぎ込まれ、年若い女医チエと出会う。そして、宗次郎に斬られた浪人も、養生所での治療により命を取り留め、快方に向かっていた。浪人は、宗次郎の人柄と天賦の剣才を知って復讐の気持ちをなくす一方、悪性腫瘍を患っており、医師から余命宣告される。

「試衛館の鷹 第3章」 (1977 前後2回)
文久2年早春と推測される話。原田左之助が富くじで20両を当て、試衛館一同は吉原遊郭へ繰り出す。無理やり連れていかれた宗次郎は、吉原の大門組一家を束ねる女親分・竜子と出会う。
竜子に紹介された見世に上がり、こざと太夫を敵娼とされ、ふと気づいた時には逃げ場を失っていた。
その時、酔った侍客が見世に押しかけ、刀を抜いて騒ぎを起こす。

「試衛館の鷹 第4章」 (1977 前後2回)
文久2年春と推測される話。土方歳三は、ヤクザに追われる幼い少女を偶然に救った。何も語ろうとしない少女につきまとわれ、困惑する歳三の胸に、過去の思い出がよみがえると共に、将来への展望を持てない鬱屈と苦悩がのしかかる。

「試衛館の鷹 第5章」 (1977-78 全3回)
文久2年夏の設定。江戸に麻疹が流行り、小石川養生所には薬を求める人々が殺到。宗次郎はチエの薬草探しを手伝った後、自分も出稽古先で発病してしまう。布田宿の古寺に伏せるが、病状は重かった。
そこへ、姉ミツに似た女性が現れ、宗次郎に薬を飲ませる。

「水鏡」 (1978 読み切り)
文久3年初冬の設定。新参ながら腕の立つ隊士・本間丈太郎は、快活な性格で皆に好かれる。総司とも親しかったが、些細な誤解から反発し、総司に恋する娘お吉を強引に手に入れた。しかし、頻発する辻斬り事件の犠牲となる。犯人の正体に気づいたのは、総司ひとりだった。

「風のまつり唄」 (1978 全4回)
文久2年暮れから翌3年、試衛館一党が、浪士組に加盟して京へ上る物語。芹沢鴨との出会い、本庄宿での篝火騒動、清河八郎の策謀、芹沢・近藤らが残留し会津藩預かりとなる経緯を描く。
総司が、江戸へ去る清河に渡した餞別は、百人一首(歌がるた)の右近の札だった。

「菊一文字」 (1988 前後2回)
元治元年春と推測される話。戦いの中で愛刀を損じた総司は、橋の下に住む刀剣商・茂兵と知り合い、赤錆びた刀を無料で譲り受ける。それを研ぎに出したところ、名刀・菊一文字と判明。正当な対価を支払おうと思うものの、茂兵は何者かに殺害される。
一方、会津藩の周旋により、篠原咲之進と名乗る美形が入隊する。総司は、彼が実は女であることに気づいていた。

「夢桜」 (1989-90 全3回)
元治元年初夏と推測される話。新撰組の幹部らは、咲之進が男を装い入隊してきた意図を計りかねる。土方は、会津藩から送り込まれた調査役かと疑う。
咲之進から真剣勝負を挑まれた総司は、人目につかない杉木立の中、季節外れの花を咲かせる桜の木の下へと連れていった。咲之進は、亡き芹沢鴨の仇を討つと宣言し、刀を抜く。

沖田総司が悩み傷つきながらもまっすぐに成長し、活躍する姿を描いた作品。シリアスなストーリーものだが、適度にギャグもあり、悲愴なだけの話にはなっていない。
天真爛漫な総司、知謀家の土方歳三、朴訥な近藤勇といった人物造形は、司馬遼太郎『新選組血風録』 『燃えよ剣』の影響を感じさせる。

土方や近藤、同志らが総司を見守る視線は、厳しくも温かい。総司のキャラクターや活躍に加え、試衛館一党の人間関係、男の友情を爽やかに描いたところも、本作が人気を博した理由だろう。

作者は執筆当時、本シリーズをライフワークとする意気込みを語っていたが、結果的に中断したままとなった。10年の間を空けながら続編を発表しているので、意欲を失ったわけではなさそう。
中断の理由について、新撰組研究が進み新事実が次々発表されるため当初の設定が時代遅れになったとか、時代物ゆえに背景を描く手間暇が大変だったとか、編集部とのトラブルがあったとか、様々な噂を聞くものの真相は不明である。

作者が2011年7月、急病により61歳で世を去ったことは惜しまれる。当時も雑誌連載を持ち、現役活躍中だった。存命であれば、本シリーズ新作が発表される可能性もあったろう。

本シリーズの単行本は、白泉社から下記7タイトルが出版されている。
LaLaデラックスコミックス 『あさぎ色の伝説 1 試衛館の鷹』 1977
 「試衛館の鷹 第1章」「試衛館の鷹 第2章」「試衛館の鷹 第3章」「風車」を収録。
LaLaデラックスコミックス 『あさぎ色の伝説 2 試衛館の鷹』 1978
 「試衛館の鷹 第4章」「試衛館の鷹 第5章」「水鏡」を収録。
花とゆめコミックス 『あさぎ色の伝説 風のまつり唄』 1979
 「風のまつり唄」「水鏡」と年譜を収録。
花とゆめコミックス 『あさぎ色の伝説 1』 1979
 「試衛館の鷹 第1章」「試衛館の鷹 第2章」「試衛館の鷹 第3章」を収録。
花とゆめコミックス 『あさぎ色の伝説 2』 1979
 「試衛館の鷹 第4章」「試衛館の鷹 第5章」「風車」を収録。
花とゆめコミックス 『あさぎ色の伝説 3』 1979
 『あさぎ色の伝説 風のまつり唄』の改題であり、内容は同じく「風のまつり唄」「水鏡」と年譜を収録。
花とゆめコミックス 『あさぎ色の伝説 4』 1990
 「菊一文字」「夢桜」を収録。
いずれも版元品切れ、中古のみ流通している。復刊を望む声も大きく、何とかならないものだろうか。



【お知らせ】
2012年8月まで、更新のペースをダウンします。楽しみにしてくださっている皆様には大変申し訳ございませんが、よんどころない事情につき、何卒ご容赦ください。
その後はまた頑張りたいと思いますので、よろしくお願い申し上げます。


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長編小説。京都の遊里、島原の妓女・糸里(いとさと)を中心として、芹沢鴨暗殺事件を描く群像劇。

孤児おいとは6歳で島原の輪違屋(わちがいや)に売られ、「糸里」と名付けられる。以来、芸事や作法に厳しい精進を重ね、天神の位にまで出世した。糸里を指導してきた姉芸妓は、島原一の傾城と謳われる音羽太夫である。16歳になった糸里も、近く太夫に昇格し、音羽の跡取りとなるよう期待されていた。
文久3年7月、壬生浪士組の首魁・芹沢鴨が、音羽太夫を無礼討ちにするという、前代未聞の事件が起こる。島原衆は悲憤に駆られ、事件は京都中に知れ渡るが、芹沢は守護職に譴責されたのみで釈放された。副長・土方歳三が得意の弁舌によって弁護し、事態を収拾したと思われた。
事件の前から、糸里は土方の馴染みであり、時々廓外で会ってもいた。ただ、土方は兄妹のように接するばかり。糸里は片想いのまま、音羽の死後も、土方を嫌ったり憎んだりはできなかった。
事件後、謹慎していた芹沢だったが、翌月には大和屋焼き討ち事件を起こす。今度こそ芹沢は断罪され、あるいは壬生浪士組の幹部全員が処分されるのではと目された。
ところが数日後、御所警衛のため緊急出動の命令が下り、見事な采配をふるった芹沢の評価は急上昇、壬生浪士組は「新選組」の隊名を賜る。処分される気配などは微塵もない。
そんな時、糸里が土方に呼び出され会いにいくと、土方と共に芹沢が待ち受けていた。芹沢は、旧来の部下・平間重助が糸里に懸想しているので受け入れてやって欲しい、と言う。さらに、土方までもが口を添える。予想外の事態に困惑する糸里だったが、心密かに決意を固め、承諾するのだった。
やがて、すべては運命の日、運命の時間の一点へ向けて、集束していく。

作者の新選組小説としては、『壬生義士伝』に次ぐ2作目。
前作よりも前の、文久3年7月から3~4ヵ月間の物語。短期間ながら、ストーリーは濃密。多くの登場人物が、それぞれの事情を抱えて生き、それぞれの立場から出来事に関わっている。
込み入った筋立てを破綻なく、味わい豊かに描いた作者の力量は見事。

芹沢暗殺事件は、子母澤寛『新選組始末記』以降、小説にも様々に取り上げられてきた。しかし、本作ほど多角的に、なおかつ深く掘り下げた作品はなかったろう。
被害者側の芹沢鴨とお梅、加害者側の近藤勇や土方歳三らだけでなく、共に殺害された平山五郎、当時現場にいたとされる糸里や吉栄、平間重助、事件を目撃したという八木家のおまさなど、それまで重視されなかった人物も、本作では立体的な造形がなされ、各々の個性が際立って妙味を見せる。

その中でも、糸里を主人公に据えた着眼点は斬新と言えよう。
年若い糸里が、姉と恃む音羽を失い、無理難題を突きつけられ、芹沢暗殺計画に加担させられるなど、数々の困難に遭いながらも気概をもって乗り越え、最後には立派な太夫として一本立ちする。本作は、彼女の成長物語でもある。
また、菱屋の妾お梅、八木家当主の妻おまさ、前川家当主の妻お勝、島原桔梗屋の吉栄といった女たちも、ストーリー上重要な役割を演じる。彼女らもまた、自分なりの(刀や槍ではない)武器を以て闘い、男と同等、時にはそれ以上に力強く生きている。

お梅と糸里とは、境遇が似ている。双方とも頼れる身内の一人もおらず、自分の才能と努力によって現在の地位を掴み取った。ところが、物語の後半から、それぞれ正反対の道を辿っていく。
お梅は、真心を裏切られて命を奪い、唯一残った男の優しさにすがり、共に破滅する。
糸里は、身を挺して命を救い、好いた相手と添う道を捨て、自分にしかできない生き方を選ぶ。
何がふたりの明暗を分けたのか。糸里を導いたのは、音羽が遺した「だあれも恨むのやない。ご恩だけ胸に刻め」という言葉だったように思える。

本作では、芹沢派と近藤派との対決が、武士と百姓との対決と位置づけられている。守護職の密命による暗殺は、近藤派が百姓で終わるか、真の武士となるかの試金石だった。
ただ、土方が周到に練り上げた暗殺計画は、武士らしい闘争ではなく、ひたすら合理性を追求したものだった。彼らは芹沢派を壊滅させるが、それで真の武士と成り得たのだろうか、考えさせられた。

両派の対決のみならず何かにつけて、武士と農民・商人との身分差、意識の違いが強烈に打ち出されている。現代に生きる我々には実感しにくいが、封建社会では至極当然のことだったのだろう。
そして、体面や矜持に縛られた武士の不自由な生き方は、哀しく、時には滑稽なものとして描かれる。
これらは、『壬生義士伝』との共通項でもある。

最後の場面に登場する母子の様子は、かつてのおいとと亡き母もそのようであったろうと窺わせる。母の記憶を持たない糸里にも、母の愛は注がれていた、と感じた。

初出は『週刊文春』の連載。文藝春秋社から、単行本(2004)と文庫本(2007)が出ている。いずれも上・下巻の2冊構成。共に新品が流通している。

下巻の巻末に、作者と輪違屋の当代当主との対談が収録されており、興味深い。
ちなみに、当主にも『京の花街「輪違屋」物語』という著書があり、併読するとより楽しめる。

なお、本作を原作とするテレビドラマ「二夜連続ドラマスペシャル 輪違屋糸里 ~女たちの新選組~」が、2007年9月、TBS系で放送された。DVDなどの映像ソフトは、発売されていない模様。

輪違屋糸里 上 (文春文庫)
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輪違屋糸里 下 (文春文庫)
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