長編小説。陸奥盛岡を脱藩し、新選組隊士となった吉村貫一郎の生と死を描く。

慶応4年(1868)1月7日夜、大坂北浜、盛岡南部藩の蔵屋敷に、満身創痍の侍がたどり着いた。新選組の隊服を着用する彼は、「南部脱藩、吉村貫一郎」と名乗り、平伏して帰参を願い出る。
数日前に鳥羽伏見戦争が勃発し、旧幕方はすでに敗走を始めていた。情勢は混沌とし、諸藩は去就に迷う。盛岡藩も中立の立場をとっており、敗残者を匿うのは非常に危険だった。
応対に出た差配役・大野次郎右衛門は、吉村の幼なじみであり、また元上司(組頭)でもあった。しかし、吉村を叱りつけ、その必死の願いを冷たく斥ける。なおもすがる吉村に、「それでは、武士の情けとして奥の一間を貸すから、潔く切腹せよ」と厳命する。
奥座敷でたった独り、死を目前にした吉村貫一郎は、来し方を振り返る。そして懐かしい故郷と、そこに残してきた妻子への未練に苛まれ、深く苦悶する――
――世の中が大きく変わって久しい大正4年(1915)。吉村を知る関係者を訪ね、インタビューする者がいた。
語り手は、旧新選組隊士の某(姓名不詳)、稗田利八(池田七三郎)、藤田五郎(斎藤一)、旧南部藩士の桜庭弥之助、大野千秋(次郎右衛門の嫡子)、大野家に仕えた元中間の佐助などである。
彼らの回想・告白によって、吉村と大野の人物像、ふたりの間に何があったのか、吉村の妻子がどのような運命をたどったのか、次第に明らかとなっていく。

吉村貫一郎という隊士に初めて触れた出版物は、西村兼文『新撰組始末記』であろう。子母澤寛も、これを手がかりに取材し、『新選組物語』の「隊士絶命記」に吉村を取り上げた様子。
これらの素材を膨らませ、この長編に書き上げた浅田次郎の手腕は、さすがと言える。

序章のみが三人称、その後は登場人物それぞれの視点(一人称)で描かれる。
死にゆく吉村の独白と後年の関係者達の談話とが、交互に配された構成。話が慶応明治と大正とを行き来してもわかりやすく、事実が明かされていく過程が巧みで、技術の確かさを感じる。
また、新選組について、幕末の身分制度や経済のしくみについてなど、よく調べて反映させている。

娯楽作品として楽しめると同時に、侍にとって「義」とは何か、ひいては人が生きる上で大切なものは何か、といった命題を投げかけてくる哲学性もある。
隊内で「金の亡者」「守銭奴」と蔑まれる吉村が、実は愛しい妻子のために羞恥や恐怖に耐え働き続けていたと判明するにつれ、社会の矛盾、命の重みなどを考えさせられる。
さらに、吉村を疎み人間すべてを憎んでいた斎藤一が、吉村との関わりによって心境の変化を見せるさまには、清と濁、強と弱の間を絶えず揺れ動く人の心の不思議さを思わずにいられない。

南部盛岡(岩手県)の、厳しくも美しい風土の描写が鮮やか。
この故郷に、吉村貫一郎の魂がようやく帰り着いたと感じさせる結末にも、胸打たれる。

新選組では、土方歳三、沖田総司、永倉新八、原田左之助、近藤勇なども出番が多い。
酒井兵庫の処分、谷三十郎の暗殺、坂本龍馬の暗殺、油小路事件、天満屋事件などに独自の設定や展開があり、興味深い。
そのほか、箱館戦争で活躍する旧幕臣・中島三郎助の勇姿も、注目どころ。

作中、関係者達にインタビューしてまわる人物が何者かは明示されない。本作の連載終了後、作者が明かしたところによると、子母澤寛をモデルにした新聞記者だとか。面白い趣向である。

ちなみに作者は、三船敏郎主演の映画「新選組」(1969/S44)を観て新選組にハマったそうで、マニアを自認している。本作執筆当時、オススメ本として『新選組日誌』 『新選組戦場日記』を挙げていた。

本作の出版データは、下記のとおり。
初出誌 『週刊文春』 1998年9月3日号~2000年3月30日号
単行本 『壬生義士伝』 上・下巻 2000年4月 文藝春秋刊 中古品のみ
文庫本 『壬生義士伝』 上・下巻 2002年9月 文春文庫 新品あり

本作を原作とする映像作品やマンガも、発表されている。
・テレビドラマ 新春ワイド時代劇「壬生義士伝 ~新選組でいちばん強かった男~」
 (2002/テレビ東京/出演:渡辺謙、渡辺大、竹中直人ほか)
・映画 「壬生義士伝」(2003/松竹/監督:滝田洋二郎/出演:中井貴一、佐藤浩市ほか)
・マンガ 『壬生義士伝』(2007~/作画:ながやす巧/角川書店、講談社)

壬生義士伝 上
(文春文庫 あ 39-2)
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壬生義士伝 下
(文春文庫 あ 39-3)
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