新選組の本を読む ~誠の栞~

小説 史談 エッセイ マンガ 研究書など

 原田左之助の本 

原田左之助をテーマとする本を、以下にまとめてみた。
論考や短編小説など、その出版物の一部分であっても、興味深いものは取り上げている。

【ノンフィクション】

『史談会速記録』
旧松山藩士で俳人の内藤素行(俳号は鳴雪)による、左之助関連の談話が収録されている。
◆第297輯(1918)…左之助が江戸藩邸で小使いをしていた頃と、国許で若党をしていた頃の逸話。
◆第340輯(1923)…松山に伝わる左之助生存説を、渡辺実という新聞記者が取材した経緯。
これらは、山村竜也『新選組証言録』(PHP新書/2004)にも掲載されている。

子母澤寛『新選組遺聞』(万里閣書房/1929 中公文庫版/初1977/改1997)
「原田左之助」の章に「原田左之助未亡人まさ女談(昭和4年1月18日)」「永倉新八翁遺談(明治45年中)」があり、左之助の私生活や戊辰戦争中の動向が語られている。
また、「壬生屋敷 八木為三郎老人壬生ばなし」にも、左之助の人柄に関する証言がある。
史実かどうか微妙だが、関係者の聞き書きをもとにしているので、ノンフィクションに分類しておく。
そのほか本書については『新選組遺聞』を参照。

子母澤寛『新選組物語』(鱒書房歴史新書/1955 中公文庫/初1977/改1997)
「死損ねの左之助」の章は、『新選組遺聞』の記事に内藤素行の談話も加え、小説ふうに脚色してある。
やはり聞き書きがあり、根拠のない創作とは言い切れないので、ノンフィクションとした。
そのほか本書については『新選組物語』を参照。

万代修『新選組裏話』(新人物往来社/1999)
「原田左之助余話」と題して、壬生・南部家の通夜(文久3年12月)に左之助が参列したことを示す史料が紹介されている。

山村竜也『新選組剣客伝』(PHP研究所/1998 PHP文庫/2002)
「勇飛の剣 原田左之助」を含む、試衛館派の8人を取り上げた評伝集。
文庫版は、単行本に加筆・修正した内容。わかりやすくまとまっている。

新人物往来社編『別冊歴史読本(18) 新選組組長列伝』(2002)
ムック。清水隆「原田左之助夫人の生涯」は、妻まさの生涯を維新後にも焦点を当てて詳述。
同じく筆者の評伝「原田左之助」は、本文も興味深い上、妻まさ、長男茂の肖像写真など貴重な画像が載っている。

新人物往来社編『新選組銘々伝』第4巻(新人物往来社/2003)
清水隆「原田左之助」を収録。多数の史資料を駆使し、丹念に考証している。

菊地明『新選組十番組長 原田左之助』(新人物往来社/2009)
左之助だけを主題とする研究書では「唯一」というべき1冊。
月刊『歴史読本』2007年1月号から2008年12月号にわたり「原田左之助伝私記」のタイトルで連載された記事を加筆・訂正した内容。モノクロながら写真や図版も交え、詳述されている。

菊地明・伊東成郎・結喜しはや『土方歳三と新選組10人の組長』(新人物文庫/2012)
幹部隊士たちの評伝と、新選組の10大事件史をまとめた本。
伊東成郎「原田左之助」を収録し、生涯のほか、三条制札事件、坂本龍馬暗殺事件との関わり、妻まさとの関係をクローズアップ。短いながらもわかりやすくまとまっている。

【小説・エッセイ】

池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
短編小説。初出は講談社『日本』1963年8月号。
快男児・原田左之助の痛快一代記。多くの短編集やアンソロジーに収録されている。
詳しくは「ごろんぼ佐之助」を参照。

福田定良『新選組の哲学』(新人物往来社/1974 中公文庫/初1986/改2006)
短編小説ふうのエッセイ集。「原田左之助のエロ話」を収録。
詳しくは『新選組の哲学』を参照。

南原幹雄『新選組情婦伝』
 (立風書房/1977 角川文庫/1989 徳間文庫/1996 学研M文庫/2003)
短編小説集。「おいてけぼり、お京 原田左之助の女」を収録。
松山藩江戸藩邸に奉公する女お京との出会いと別れを描く。
詳細は『新選組情婦伝』を参照。

童門冬二『新撰組の女たち』(朝日新聞社/1982 旺文社文庫/1985)
形式的には長編小説だが、実質的には短編連作集といってよい作品。
何組かのカップルを描いており、左之助と妻まさを描いたパートがある。
詳細は『新撰組の女たち』を参照。

早乙女貢『新選組銘々伝』
 (徳間書店/1985 徳間文庫/1987 改題『新選組列伝』新人物往来社/2003)
短編小説集。「死に損ないの左之助」を収録。
気位が高く、女性にもてるがゆえに故郷を出奔するはめになった左之助の活躍。
詳細は『新選組銘々伝』を参照。

藤本義一『壬生の女たち』(徳間文庫/1985)
短編小説集。「吹く風の中に生きた」を収録。
商家の箱入り娘まさが、左之助と所帯を持ち、男の生き方と女の生き方について考える。
詳細は『壬生の女たち』を参照。

早乙女貢『残映』
 (読売新聞社/1976 徳間文庫/1985 改題『新選組原田左之助 残映』学陽書房人物文庫/2001)
長編小説。左之助の縦横無尽の活躍を描く。維新後も生き残り、不穏な事件に関与している。
詳細は『残影』を参照。

新宮正春『死に損ね左之助』(新人物往来社/2000)
短編小説集。表題作「死に損ね左之助」は評伝ふうの短編小説。
このほか「高台寺の間者」「大久保大和の首」「祐天斬り」「清河八郎謀殺」「上野寛永寺の錦旗」「慶喜要撃」を加えた全7編を収録する。

中村彰彦『新選組秘帖』(新人物往来社/2002 文春文庫/2005)
短編小説集。「明治四年黒谷の私闘」を収録。
主人公は水野八郎(橋本皆助)だが、出世のために原田左之助を捜し出し、討ち取ろうと企てる。両者の対決が息詰まる迫力。
詳しくは『新選組秘帖』を参照。

松本攸吾『原田左之助 新選組の快男児』(文芸社/2004)
長編小説。史実を活かしつつストーリー構築された作品。

【マンガ】

原田左之助を重要なレギュラーキャラとするマンガ作品は、数多くある。
ただし、単独で主人公とした作品には、今までお目にかかったことがない。
調べてみたが、生憎とそれらしい情報を見出せなかった。

左之助がマンガの人気者となったきっかけは、やはり『るろうに剣心』ではなかろうか。
彼をモデルとした相楽左之助は、剣心の頼もしい相棒としてシリーズ全編にわたり活躍する。

昨今は、乙女ゲーム発のメディアミックス作品『薄桜鬼』の左之助が圧倒的に人気の様子。
例えば「原田左之助 マンガ」で画像検索すると、結果は『薄桜鬼』が席巻。
その中に『るろ剣』『ちるらん』『アサギロ』『PEACE MAKER』『銀魂』『一の食卓』『風光る』『勿忘草』『とんがらし』などといった作品が散見される。

個人的には、『一の食卓』の原田左之助に期待したい。
維新後も生き残り、主人公の明や五郎(斎藤一)らのもとへ転がり込んできた。
せっかく加わった杉村義衛(永倉新八)が北海道へ帰ってしまったので、左之助は今後も五郎とともに活躍してもらいたい。
詳しくは『一の食卓』を参照。

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同人誌など自費出版物まではカバーできず、商業出版物に限って紹介した。
また、商業出版物でも雑誌(ムックを除く定期刊行物)掲載の記事は割愛した。
よろしくご了承いただきたい。また、他にも注目すべきものがあれば、ご教示いただきたい。

新選組組長列伝
別冊歴史読本 (18)



新選組十番組長
原田左之助




まとめ そのほかの関連記事

 門井慶喜『新選組颯爽録』 

短編小説集。タイトル読みは「しんせんぐみさっそうろく」。
新選組隊士たちの等身大の人物像と、その生き方、心の内を描き出す全6編。

「馬術師範」
安富才助は、大坪流馬術を修めていたため、入隊7ヶ月にして馬術師範に任命された。
それを嫉んだ阿部十郎は、剣術試合で恥をかかせたり、陰で嫌がらせをしたり、何かと才助に絡んでくる。
ある時、才助は近藤勇に請われて馬術を教えることに。
しかし、その稽古の日々も、土方歳三から勘定方を命じられたことで終わりを告げた。
かつて隊を脱けて赦された阿部は、伊東甲子太郎の分離脱退に従い、またも新選組を出ていくが……


本作の安富才助は、地道な努力家で、決して驕らず腐らない好人物。
それに対して阿部十郎は、信念がなく損得勘定に囚われる小人物、と設定されている。

才助が近藤に馬術を教えたのは短期間であったけれども、このことが後に近藤の危機を救った、という展開は巧みで、感動的と言える。伏見戦争で才助が阿部と対決する場面も、手に汗握る展開で面白い。

安富才助は維新後、東京で阿部に殺されたという通説が専らだったが、実際は郷里の備中足守へ帰って亡くなった。このことは、本作にも反映されている。

ちなみに馬術は、江戸期には武士の出世に無関係のため、まったく人気のない武芸であったという。
また、身分的に騎馬を許されたのは、旗本や隊の指揮者など上級武士のみ。
新選組の場合、組頭(副長助勤)以上の幹部だけが資格を有したと考えられる。
本書を楽しむのとは別に、こうした歴史的背景も知っておくとよいかもしれない。

瑣末なことながら、「四斤山砲」に「よんきんさんぽう」と読みがなをふってある。
実際は「しきんさんぽう」が正しい。(※参考:大森洋平『考証要集』)

「芹沢鴨の暗殺」
何かと世を騒がせる有名人の芹沢鴨と、まったく無名の近藤勇ら試衛館一党が、浪士組をきっかけに出会い、ともに京都で壬生浪士組を発足させる。
やがて、芹沢の素行の悪さを会津藩が問題視するようになり、排除の内意を示す。
しかし近藤は、芹沢を「天下の国士」と信頼し、庇うのだった。
土方歳三は、新選組という組織を維持していくため、そして試衛館派が組織を掌握するために芹沢を除きたいと思うが、近藤の意向を無視してまで手を出すわけにいかず、時機を待つ。
その時は意外に早く訪れた。8月18日の政変をきっかけに、近藤はそれまでの気持ちを大きく変える……


ずっと芹沢を重んじてきた近藤が、排除を推進する側へと豹変する。
動機がいかにも近藤らしく、また、人の心の移ろいやすさがリアルに描かれている。

沖田総司は、芹沢の剣技に注目し、自分も負けまいと対抗心を燃やす。
隊内政治にはまったく関心が無く、ただ強者と戦い制することに夢中なのは、やはり彼らしい。

「密偵の天才」
長州の陪臣だった村山謙吉は、藩内抗争のため命を狙われて脱藩し、新選組に入隊する。
そこで命じられたのは、間者として、中岡慎太郎率いる土佐陸援隊に潜入することだった。
陸援隊には、御陵衛士から送り込まれた水野八郎(前名は橋本皆助)がいた。
小心者の村山は、度胸があり有能な水野にはとても敵わない、と感じる。
そんなある夜、新選組の伍長・久万山要人が斬殺された。犯人が陸援隊の高落喜三郎であることを、ダブルスパイの水野から聞いた山崎烝は、水野に命じて高落を誘い出させる。
久万山が殺された場所で、高落を待ち構えていたのは沖田総司だった。


作中、人相書(手配書)に似顔絵が描かれている。
実際の人相書には、対象人物の特徴を言葉で説明してあるだけで、似顔絵はない。
作者はそうと知った上で、ストーリー展開の確実を期すためこのように書いたのだろうか。

村山謙吉が陸援隊に潜入したこと、間者とばれないよう新選組に別件逮捕されたこと、水野八郎が御陵衛士から陸援隊に送り込まれたことなどは、ほぼ事実。
本作は、それらを活かし、虚々実々の諜報合戦を描いている。
村山謙吉と水野八郎、それぞれがたどった運命の違いが興味深い。

「よわむし歳三」
土方歳三が、天然理心流三代目宗家の近藤周助に入門を願い出たのは、安政6年のことだった。
周助の跡継ぎ勝太(後の近藤勇)も沖田総司も、歳三には素質が乏しいとみなして賛成しない。
しかし、後援者・佐藤彦五郎の口添えがあるため、周助は断り切れず、入門を許した。
これを快く思わない原田左之助は、出稽古についていき、歳三を試合で叩きのめそうとして、勝太に叱られる。
惨敗した歳三は、左之助を石田村に呼び、牛革草の収穫作業を見せる。
歳三の合理的な人使いには、左之助も感心せざるをえない。
その用兵術は、やがて新選組に大きく役立つことになる。


左之助が歳三よりも半年早く試衛館に入門した兄弟子、ということになっている。
実際には、左之助は食客であって、門人ではない。
郷里松山を出奔したのは安政5年で、遅くとも文久2年には江戸の試衛館にいたようだが、当時の諸記録における存在感は歳三に比べるとだいぶ薄い。多摩へ出稽古に行った、という史料も見当たらない。

左之助は郷里の「松山」で谷万太郎に槍術を学んだ、というくだりもある。
しかし、左之助は「伊予松山」、谷万太郎は「備中松山」と出身地が違うので、ありえない話だ。
実際のところ、万太郎に槍術を学んだのは、試衛館に来る前、大坂の谷道場においてであろう。
槍術の修得にはそれなりの年月を要するはずで、歳三の入門よりも早く試衛館に来ていた可能性はさらに低い、と言わざるをえない。

歳三に剣才がない、という設定にも疑問を感じた。
もし本当にそうだとすれば、万延元年「武術英名録」に名前が載ることはなかろうし、文久3年4月16日に松平容保の前で武技を披露した顔ぶれに加わることもなかったろう。

天然理心流の稽古では特別に太い木刀を使用する、と作中に述べられている。
巷間に広く流布している説でもあるが、事実とは言い難いようだ。
真剣での戦いを想定して稽古する以上、木刀も真剣に近い重さ、柄の太さでなければならない。
特別に太い木刀は、筋力を鍛えるための素振りに使ったもの、とする説が順当であろう。

「石田散薬」の原料となる牛革草(ミゾソバ)の収穫作業について、さまざまに工夫されているのは面白い。
また、人はたとえ欠点があっても得意分野で才能を発揮できればよい、というテーマには深く共感できる。

「新選組の事務官」
尾形俊太郎は、武芸は苦手だが国学の教養があったため、草創直後の壬生浪士組に加盟した。
しかし入隊後、「学問だけの臆病者」という理由で近藤勇に粛清された殿内義雄の存在を知り、震え上がる。
事務方にもっと有能な者が入れば、自分も粛清されてしまうのでは…と怯えつつ、できるだけの仕事はしようと、隊士名簿や隊務日誌の作成に励むのだった。
そんな時、軍学者の武田観柳斎が入隊し、池田屋事件で手柄をあげる。
いよいよ取って代わられるかと覚悟する俊太郎だったが……


本作の尾形俊太郎は、もともと生活のために新選組に入隊したが、仕事ぶりは至って真面目。
それなのに、武芸が不得手なためにまったく評価されず蔑視されるという、不遇な役回り。
しかし、その地道な仕事が役立つ日が来るのだった。

対する武田観柳斎は、宣伝と保身が巧いだけで、武芸も学問も大した実力はない人物、と設定されている。
そういう観柳斎にのせられてしまう井上源三郎、決して許さない沖田総司、といった対応の違いが面白い。

最後に、観柳斎は『新選組始末記』と同様、斎藤一と篠原泰之進に斬られる。
日時は、作中には明示されないが、諸研究家の間では慶応3年6月22日説が有力。
その約3ヶ月前、斎藤も篠原も御陵衛士に移籍しており、新選組隊士としてこの暗殺を実行するはずはない。
あるいは作者は、観柳斎死亡が慶応2年9月28日という説を採ったのだろうか。

尾形俊太郎について、会津で新選組を離れて以降の消息がはっきりしなかったが、郷里の熊本に帰っていたことが近年判明した。それを反映させた本作の締めくくりは、余韻を感じさせる。

「新選組の事務官はみな早死にしている」という作者の主張も面白い。
ただ、これを定説として確立するには、「事務官」の定義をさらに明確にしていく必要があるだろう。

「ざんこく総司」
文久2年の暮れ、試衛館一党に浪士組加盟の話がもたらされた時、沖田総司は不参加を表明した。
彼には沖田家を継ぐ可能性が残されていたため、江戸へ残らざるをえなかったのだ。
しかし、山南敬助は総司の本心を見抜き、加盟の理由が立つよう、八百長試合を仕組んだ。
総司は、その八百長にはのらなかったものの、山南の厚意に応えて加盟を決意する。
上京後、豪商・岩城升屋を強請ろうとした不逞浪士らとの戦いで、山南は左肘に重傷を負う。
傷が癒えても、その剣の威力は大幅に低下していた。以来、山南が剣を執ることはなくなり……


導入部、テキ屋の路上賭博に総司が興じる場面は、時代の空気を感じさせて面白い。

総司と山南との関係は、多くの作家に取り上げられてきた題材である。
本作では、健康を失った(もしくは失っていく)者同士の共感に主眼が置かれている。
脱走した山南を連れ戻し、切腹の介錯をした総司は、涙を流さなかった。
それは、決して酷薄な心情の持ち主だからではない。
自身もやがて戦えなくなることを予感し、山南の姿が自らの行く末と重なって思えたからであり、そういう己の運命を嘆いて泣く気になれなかったからであろう。

作中、壬生で近隣の子供たちと遊んでやったのは、総司ではなく、山南だった。
子供たちは山南を慕って「しんせつ者は山南、さんなん」と歌う。
これは、『新選組物語』所収「壬生心中」の「親切者は山南松原」というくだりをアレンジしたのだろう。

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全体として、「歴史上の英雄」ではなく身近にいそうな人物たちが、弱みや欠点を抱えながらも、激動の時代を前向きに生きていく様子が描かれており、読後感は良い。
人物と人物との対比によってそれぞれの特徴が際立つところも、印象的でわかりやすい。

気になるのは、人物や出来事や当時の制度・慣習について、よく調査・反映されている箇所とそうでない箇所とがあること。その落差が大きく、アンバランスな印象を免れない。
ストーリーは面白いのに惜しいと思い、この記事もつい辛めになってしまった。

そもそも本書を読んでみようと思ったきっかけは、『週刊朝日』2016年1月1-8日号の「決定2015年歴史・時代小説ベスト10」である。記事中、評論家・縄田一男が下記のとおり解説していた。

2015年は司馬遼太郎を意識した野心作がかなりあったんですね。
この『新選組颯爽録』の仮想敵は『新選組血風録』です。
人を操ることにはすぐれていても剣にコンプレックスをもった土方歳三とか。
人間の負の側面が作品に出てくるのです。
それでも彼らは颯爽と生きている。新選組ものの新しい定番になるのではないでしょうか。

言われてみると『新選組血風録』にも史実に沿っていないところはある。それなのに、なんとなく納得させられてしまう。歴史・時代小説のリアリティとは、不思議なものだ。

本作が今後もシリーズとして続くのなら、ぜひ新しい定番を確立して欲しい。
いっそうのレベルアップを期待する。

それぞれの収録作は、『小説宝石』の各号を初出とする。
「馬術師範」    2013年10月号
「芹沢鴨の暗殺」  2013年12月号
「密偵の天才」   2014年3月号
「よわむし歳三」  2014年6月号
「新選組の事務官」 2014年9月号
「ざんこく総司」  2015年1月号

2015年、光文社より単行本(四六判ソフトカバー)が刊行された。

2018年、光文社文庫版が刊行された。
単行本6編のほか、「戦いを避ける」を加え、全7編を収録している。「戦いを避ける」は、アンソロジー『決戦!新選組』から転載された短編。
ごく一部に加筆・修正がある様子。

新選組颯爽録



新選組颯爽録
(光文社文庫)




短編小説の関連記事

 細谷正充編『誠の旗がゆく』 

アンソロジー。副題『新選組傑作選』。
14人の作家による、新選組を主題とした短編小説を収録している。
収録作品は、当ブログですでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。

池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。
詳細は池波正太郎「ごろんぼ佐之助」を参照。

宇能鴻一郎「豪剣ありき」
浪士組責任者である松平忠敏の目から見た、芹沢鴨の豪勇ぶりと、新選組結成の経緯を描く。
詳細は、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。

長部日出雄「近藤勇の最期」
近藤勇の、甲州勝沼戦争から刑死するまでの言動と心境を、主に永倉新八の視点から描く。
詳細は、長部日出雄「近藤勇の最期」を参照。

北原亞以子「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、夫をうしない、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
詳細は、北原亞以子『埋もれ火』を参照。

神坂次郎「影男」
佐久間象山の遺児・恪二郎が、新選組に入隊するも脱走する顛末と、その後の人生。
詳しくは、神坂次郎『幕末を駆ける』を参照。

子母澤寛「隊中美男五人衆」
新選組の中で特に美男子と称された楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人について実録ふうに描いている。取材によって得た情報に、創作を交えたものらしい。
底本については、子母澤寛『新選組物語』を参照。

津本陽「密偵」
新選組隊士・中島登の奮戦を、油小路事件から甲州勝沼戦争にかけて描く。
詳しくは、津本陽『密偵』を参照。

東郷隆「墨染」
御陵衛士残党の阿部十郎らが、近藤勇を墨染で襲撃する経緯を描く。
詳しくは、東郷隆「墨染」を参照。

中村彰彦「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、箱館降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。

羽山信樹「総司の眸」
兄とも慕う山南敬助と、その内妻お光との間に立って、ふたりの愛憎に戸惑う沖田総司の苦悩。
詳しくは、羽山信樹『幕末刺客列伝』を参照。

火坂雅志「祇園の女」
藤堂平助が、芸妓の君香と出会い休息所に迎えるものの、その愛の重さに耐えられなくなっていく。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。

藤本義一「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、新選組隊士・横倉甚五郎との、哀しい恋の結末。
詳しくは、藤本義一『壬生の女たち』を参照。

船山馨「雨夜の暗殺」
佐野七五三之助らが、新選組から御陵衛士への移籍を画策するものの、悲劇的な結末に至る。
詳しくは、船山馨『幕末の暗殺者』を参照。

三好徹「さらば新選組」
土方歳三の人物像を、近藤勇との対比によって解き明かそうとする。小説ふうの評伝というべきか。
詳しくは、三好徹『さらば新選組』を参照。

各作品の主人公は新選組隊士やその関係者だが、多様な人々を登場させた一冊となっている。
古典的名作から異色作まで、充実のラインアップ。

本書の紹介は、今まで藤本義一『壬生の女たち』の記事中に載せていた。
しかし、何かと不便なので、改めて独立記事とした次第である。ご了承いただきたい。

2003年、集英社より文庫本として刊行された。

新選組傑作選
誠の旗がゆく
(集英社文庫)




[追記 2021/01/23]
2020年、集英社文庫の再編集版が刊行された。収録されたのは、以下10編。

池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
宇能鴻一郎「豪剣ありき」
長部日出雄「近藤勇の最期」
北原亞以子「武士の妻」
子母澤寛「隊中美男五人衆」
津本陽「密偵」
中村彰彦「巨体倒るとも」
羽山信樹「総司の眸」
火坂雅志「祇園の女」
三好徹「さらば新選組」

つまり、旧版から神坂次郎「影男」、東郷隆「墨染」、藤本義一「夕焼けの中に消えた」、船山馨「雨夜の暗殺」の4編が割愛されている。活字を大きくしたものの、ページ数を増やせず収録量を減らした結果と思われる。

新選組傑作選
誠の旗がゆく
(集英社文庫)




短編小説の関連記事

 樹なつみ『一の食卓』 

長編マンガ。タイトル読みは「はじめのしょくたく」。
パン職人の少女・明(はる)と、元新選組の斎藤一こと藤田五郎が、明治の世を生きていくさまを描く。

樹なつみの作品は、少女マンガらしい華やかなキャラクターが印象に残る。
のみならずストーリーも面白い。特に、心理戦や政治的な駆け引きの描写が、個人的に好みだ。
主人公が一本気で正直な人物であっても、脇の味方や敵には権謀術数に長けた者がいて、目的達成のため様々な手段を用いて闘う。時には、世界規模の壮大な争いが繰り広げられる。
このような闘争を絵にするのは難しいだろうが、それを巧みに描き出すのが作者の才能と感じる。

この作者が、新選組の生き残り・斎藤一を登場させ時代ものを描くと知って、興味を惹かれた。

幕末の慶応4年(1868)、上野戦争によって戦災孤児となった少女・明。
仏人フェリに助けられ、彼の営むベーカリー「フェリパン舎」で働くことに。
懸命に修業し、15歳にしてパン職人の才能を開花させ、店を切り盛りできるまでに成長した。

そんな明治4年(1871)のある日。
築地ホテル館を訪ねた明は、岩倉具視からひとりの男を紹介される。
長身に黒衣をまとい、昏い眼をした無表情な男は、どこか狼を思わせた。
「下男でもよいから、この男をフェリパン舎に置け」と命令され、困惑し憂鬱になる明。
しかし男は、明が焼いたパンを完食した。当時、フランスパンは「皮が固く食べにくい」と不評だったにもかかわらずのことであり、これをきっかけに明の警戒心が解ける。

「藤田五郎」と名乗ったその男は、両刀を置き、身なりを改め、住み込みの下男となった。
納品(配達)や薪割りなど力仕事を任され、寡黙ながらよく働くものの、何やら隠し事がある様子。
ある日の夕方、新島原(新富町の花街)へ五郎を探しに行った明は、怪しい浪人の2人組に捕まる。
言いがかりをつけられ、斬り殺されそうになったところを救ったのは、五郎だった。

五郎には公にできない前歴や秘めた目的がある、と気づいてしまった明だが、本人にそれを問い質すことはできなかった。もし穿鑿すれば、この人は出て行ってしまう。二度と会えなくなる。
それならいっそ何も知らずにいたほうがよいと思うほど、明の心は彼に惹かれ始めていた。


主な登場人物については、以下のとおり。

西塔明(さいとうはる)
苦労に負けず前向きに頑張る、おきゃんな15歳。
もとは江戸・谷中の長屋に住む夫婦の一人娘。父親は、不忍池近くで水茶屋商売をしていた。
上野戦争の際、彰義隊の残党に両親を斬殺され、火の中に呆然と立ち尽くしていたところ、別の彰義隊隊士に救い出された。路傍で、たまたま通りかかったフェリに拾われる。
フェリの恩に報いようと懸命に働き、パン作りの秘伝を教わるほどになった。それを嫉んだ他の職人たちが「色仕掛けで取り入った」と中傷し出ていったため、人手不足の店を切り回すのに苦労している。
フランス料理も勉強中。フェリからもらった耳飾り(ピアス)をつけている。
名字を名乗ったのは明治3年から。「西塔」は、母の出身地の村名に因む。

藤田五郎
もとは新選組の三番組長・斎藤一。
会津には特別な思い入れがあるらしく、戊辰戦争では会津に残って戦い続けた。
降伏後、どういう経緯があったものか、薩摩藩・西郷隆盛の配下となり、西郷の命によって川路利良の密偵となる。しかも背後には大久保利通がいるという、複雑怪奇な立場に置かれている様子。
東京では本郷に住まいを持ち、新選組時代からの従者・清水卯吉に家内を任せていた。
任務のため、フェリパン舎に下男として入り込むが、同舎の人々を巻き込んではいけないと考える。
食べ物の味には執着しない性格。単に食事を残すのはよくないと思い、明の焼いたパンを完食した。
それがもとで明から好意を寄せられるが、乙女の恋心にはまったく気づかない鈍感ぶり。

フェリックス・マレ
スイス系フランス人。27歳。周囲からは「フェリ」「フェリさん」と通称されている。
パリで修業し、上海経由で幕末の横浜へやってきたらしい。
東京・築地の外国人居留地に築地ホテルが開設されると、その料理長として招聘された。
一方、居留地内に自分の店フェリックス・ベーカリー(通称フェリパン舎)を営む。
年齢や性別によって差別することなく、明の味覚とセンスを高く評価している。
一見クールな美形だが、感情の起伏がずいぶん激しい。明が作ったパンの出来に感激したり、フランスパンの良さが日本では理解されないことに憤ってみたり。
五郎の受け入れに当初かなり難色を示すものの、本人に会うと、真のサムライを間近に見た喜びに萌えまくる。

佐助
銀座丸木屋の跡取り息子。パン作りの修業と称してフェリパン舎に入り浸り、仕事を手伝う。
明に好意を寄せているが、明からは友達か兄弟、もしくは同業の同志としか思われていない。

徳三(とくぞう)
フェリパン舎の職人。温厚な人柄。一緒に働く明を、父のように優しく見守っている。

お吟
もとは柳橋の売れっ子芸者。高級料亭・富岳楼を、女将に代わって切り盛りするやり手。明の理解者。
人力車夫をしていた弟を亡くし、形見の衣類を五郎にゆずる。

岩倉具視
言わずとしれた明治政府の大立て者だが、依然として直衣に烏帽子の公家姿。
鷹揚な殿様として振る舞いながら、観察眼は鋭く、穏やかな口調で毒舌を吐く。
出店の便宜を図るなどフェリの後援者であるが、無理難題を押しつけることも多く、フェリには「今まで会った日本人の中で最も食えない人物」と評される。明にも、苦手な人と敬遠されている。

清水卯吉(しみずうきち)
元新選組隊士、年若い。斎藤一の従者として共に会津戦争を戦い、降伏後の斗南移封にも同行した。
(※実在人物。慶応3年秋頃に入隊、年齢や出身地は不詳。降伏後の消息も伝わっていない。)
五郎を今も「斎藤先生」と呼び、心服している。
郷里に帰るよう諭されても聞き入れず、五郎の身辺をあれこれ世話している。料理が得意。
密偵の任務に時間を充てたい五郎が、卯吉をフェリパン舎に連れてきてパン作りの手伝いをさせたところ、器用で飲み込みが早いため重宝される。

原田左之助
もとは新選組の十番組長。(※先年、新選組内の小隊は八番までだったとする考察が発表され、原田の役職は「小荷駄」の組頭から「七番」組頭に移行したと指摘されている。)
上野戦争に彰義隊の一員として参戦、死亡したと思われていたが、なんと生きていた。
突然に五郎を訪ねてきて、互いの無事を喜び合うものの、何やらワケありの様子。

永倉新八
松前脱藩、もとは新選組の二番組長。
戊辰戦争の折、新選組と決別し、靖共隊を組織して戦う。途中までは原田と一緒だった。
降伏後、松前藩への帰参が許され、藩医・杉村家の婿養子となり、福山(松前)に移り住んだ。
東京へ人捜しにやって来て、偶然に朋友の原田と再会する。

元新選組隊士では、ほかに「梶谷」「吉田」と呼ばれる2人組が登場。
食い詰めて過激攘夷派の用心棒に雇われ、五郎を探す明を見咎め、危害を加えようとする。
この2人は、戊辰戦争の際に銚子で高崎藩に降伏、放免後に勝海舟を訪れ金銭を借用したと伝わる梶谷麟之助と吉田泉(俊太郎)がモデルと推測される。

また、新選組時代の回想シーンに、土方歳三沖田総司が登場する。
土方は、怜悧な策士であり、斎藤に密偵役を命じた上司。
沖田は、ざっくばらんに振る舞いながらも、油断ならない雰囲気を漂わす同輩。
伊東甲子太郎は、1コマのみ登場するが、台詞はない。
近藤勇もちらっと出てくるが、台詞がない上、なぜか顔の下半分や後ろ姿しか見えない。

会津戦争・如来堂の場面では「新井」「池田」という隊士が出てくるが、かなり引きのコマなので容貌ははっきりしない。当地で戦死したと伝わる新井破魔男と、脱出して生きのびた池田七三郎(稗田利八)と推測される。
さらに、如来堂には前述の吉田俊太郎もいたはずで、よく見るとそれと思しき人物が描かれている。

新選組以外の実在人物では、過激攘夷派の愛宕通旭と外山光輔、古賀十郎、中村恕助、堀内誠之進が登場。彼らの密謀は、後に「二卿事件」として知られることに。
また、山縣有朋や中村半次郎(桐野利秋)も登場する。

連載7回までの登場人物はこういう状況だが、今後は上記の新選組隊士らが再登場するのか、あるいは新たに登場する元隊士もいるのか、楽しみである。
例えば、安富才助や中島登、島田魁、川村三郎(近藤芳助)、市村鉄之助、立川主税、三木三郎や阿部隆明あたりが出てきたら面白いだろう。
もしくは、永井尚志、榎本武揚や大鳥圭介など隊士を知る人物、佐藤彦五郎や沖田みつなど親類縁者も良さそう、などと想像をめぐらせてみる。

明にとって、フェリパン舎は唯一の居場所であり、共に働く奉公人たちは家族のような存在である。
だからこそ彼女は、まかない(食事)も自ら心を込めて作る。
五郎に不審な行動があっても何も聞かず、ただ「夕食は必ず皆で一緒に食べてください、それがフェリパンの掟です」と宣言して食事を出す。
食べ物の美味い不味いに興味のない五郎にも、明のパンや手料理の味わいは伝わるのだった。
この場面に込められた思いが、作品タイトル『一の食卓』の由来なのだろう。

明治初年、政治も人々の暮らしも安定しない新生日本が、本作には描かれている。
登場人物たちは、それぞれ経歴も境遇も異なるが、己の過去にどう区切りをつけ、新時代をどう生きていくのかを模索している、という点で共通している。
その中で、藤田五郎は何のために政府の密偵として働くのか、明やその他の人々との関わりによってどう変わっていくのか、今後の展開が興味深い。
行き場の定まらない清水卯吉や原田左之助も、自分なりの着地点を見出すことができればよいと思う。

明の片想いは、おそらく実らずに終わるのだろう。
それでも、めげずに日本一のパン職人を目指して、幸せになってもらいたい。
日本は、明のような人々の生きる力によって築かれた。そこに今、我々が生きている。

白泉社刊『メロディ』(偶数月刊)に、2014年8月号より連載中。
2015年3月、単行本(花とゆめCOMICS)第1巻が刊行された。
2015年9月、第2巻が発刊。
2016年3月、第3巻が発刊。
2016年11月、第4巻が発刊。
2017年5月、第5巻が発刊。
2018年2月、第6巻が発刊。

[追記 2017/12/11]
本作の連載は、『メロディ』2017年12月号をもって終了した。
作者コメントに「今回で一応、第一部終了という事で続きはまたいずれ」とある。

一の食卓 1
(花とゆめCOMICS)



一の食卓 2
(花とゆめCOMICS)



一の食卓 3
(花とゆめCOMICS)



一の食卓 4
(花とゆめCOMICS)



一の食卓 5
(花とゆめCOMICS)



一の食卓 6
(花とゆめCOMICS)




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 童門冬二『新撰組の女たち』 

長編小説。新撰組の面々と、彼らに関わった女たちとを中心として、在京期の新撰組の姿を、さらに幕末維新という時代を描き出す。

新撰組隊士の色恋、女性関係に焦点を当てた作品、もしくは作品集は多い。
すぐ思いつくものをざっと挙げただけでも、下記のとおり。ちなみに、すべて短編(もしくは短編集)である。

藤本義一『壬生の女たち』
南原幹雄『新選組情婦伝』
江宮隆之『女たちの新選組 花期花会』
童門冬二『維新の女たち』所収「地獄 芹沢うめ」「屈折 近藤たか」
早乙女貢『志士の女たち』所収「蚊帳の中」
船山馨『幕末の女たち』所収「真葛ヶ原心中」「ながれ藻」
北原亞以子『埋もれ火』所収「波」「武士の妻」
  〃  『降りしきる』所収「降りしきる」
徳永真一郎『江戸妖女伝』所収「火遊び」「女と金と侍」「悲恋の明里」「沖田総司の恋」
司馬遼太郎『新選組血風録』所収「沖田総司の恋」

おそらくこれ以外にも存在するだろう。
上記の中には扇情的描写が多いものもあるが、本作ではそういう要素は薄い。
また、本作は短編でなく長編小説だが、複数のカップルを登場させ、それぞれの愛の形を描いているところは、短編連作と同じ系統に属すると考えてよいと思う。

本作に描かれる男女関係は、以下のとおり。子母澤寛の新選組三部作に着想を得たものが多い。

沖田総司&お糸
お糸は壬生村の子守娘。声が美しく、歌が上手い。
壬生寺の境内で、子供らに交じって遊ぶ沖田と親しくなり、憧れにも似た恋心を抱くようになる。また、沖田が労咳を患っていると知って、密かに胸を痛める。
沖田もまた、お糸の美しい歌声に幾度となく心を慰められる。

お糸は本作の主人公でもあり、以下の男女の様々な局面を目撃する。
また終章では、明治期に壬生を訪ねてきた佐藤俊宣(土方歳三の甥)から、新撰組隊士たちのその後の消息を聞かされる。

芹沢鴨&お梅
菱屋太兵衛の妾お梅は、太兵衛の言いつけで、芹沢が買った衣服の代金を催促しに来た。
芹沢は、お梅の美貌と菱屋への当てつけから、強引に関係を持った。しかしお梅は、芹沢の秘めた人間性に惹かれていく。
一方の芹沢は、佐々木愛次郎の恋人あぐりを横取りしようと画策、見かねたお梅が窘めても聞く耳を持たない。
そんなふたりを、悲劇的な結末が待ち受けていた。

近藤勇がお梅を芹沢と同じ墓に埋葬させなかった理由に、独自の設定がされている。
曰く、芹沢は、商家からの押し借りによって隊の運営費を調達していた。近藤らは、芹沢の行為を批判しながらも結果的には依存していた。お梅がそれを指摘したため、近藤のプライドが傷ついたのだという。
少々穿ちすぎのようにも感じるが、口に出せないからこそ腹立たしいという心理描写は興味深い。

佐々木愛次郎&あぐり
子母澤寛『新選組物語』所収「隊中美男五人衆」を題材とする。
佐々木は色白の美男、あぐりは界隈で評判の美人、対の人形のように似合いのカップル。
しかし芹沢があぐりに横恋慕。追い詰められたふたりは、佐伯亦三郎に勧められて駆け落ちしようとするが…

ふたりが知りあったきっかけを「ある出来事」としか書いていないので、何だか気になってしまった。
書かないのだったら気を持たせないで、「ふとしたことで」などと誤魔化してくれたほうがいい。

田内知&おころ
子母澤寛『新選組始末記』『新選組物語』所収の関連エピソードを題材とする。
田内は、幹部ではなく平隊士であるにもかかわらず、八条村に妾を囲っていた。
妾のおころという名は、本人が考えた名乗りで、由来はころ柿(干し柿)。「渋皮をむかれて、陰干しにされて、さんざん苦労して甘味のある柿になる」ところが自分に似ている、などと称する。
気が強く我儘なおころは、田内をさんざん翻弄。田内も、いつしかそれが快感となってしまう。
おころの浮気に気づきながら証拠を押さえられずにいた彼は、ある日…

子母澤寛作品に女の名は出てこないので、おころというのは作者の創作だろう。しかし、名前の由来は干し柿でなくてすぐ転ぶところでは、と思えるくらいに放埒でエネルギッシュな様は、いっそ清々しい(笑)
切腹の介錯役は、『新選組物語』では谷三十郎だが、本作では武田観柳斎となっている。作者はおそらく、ここで武田凋落の理由を作っておきたかったのだろう。
ちなみに、司馬遼太郎もこの田内知の逸話をアレンジして『新選組血風録』の「海仙寺党異聞」を書いている。

松原忠司&安西某の未亡人
子母澤寛『新選組物語』所収「壬生心中」を題材とする。
些細な争いから相手を斬殺してしまった松原は、その事実を打ち明けられないまま未亡人や遺児と親しくなり、その愛着と自己嫌悪との板挟みとなって苦しむ。

松原の降格が、田内の心にますます暗い影を落とす。そして、田内の死を目の当たりにした松原は、自らの不始末を精算しようと決意したらしい。この連鎖反応的な展開は巧いと感じた。
未亡人宅の異変に気づいて知らせたのはお糸、という設定になっている。

山南敬助&明里
子母澤寛『新選組遺聞』所収「池田屋斬込前後」を題材とする。
明里は島原の天神(太夫に次ぐ娼妓の位)だったが、落籍されて中堂寺村の休息所に住まう。
山南は他の幹部らが休息所を保つことに批判的だったが、沖田や藤堂平助、井上源三郎らが山南のためを思ってお膳立てしたのだった。
土方歳三との確執に疲れ切った山南は、明里と過ごす時間に安らぎを覚えるものの、その苦悩を吐露することはない。明里は山南のため様々に尽くすが…

作者が山南を好きなせいか、『新選組遺聞』よりだいぶ詳しいストーリーとなっている。
山南の死後、郊外にひとりで暮らす明里を気遣って、沖田やお糸が何度か訪問する描写もある。

近藤勇&ツネ
ツネは万延元年に嫁ぎ、近藤が京へ上ってからは留守宅を守り、舅・周斎の世話にも気を配ってきた。
結婚の際に「慎ましやかで、養父によく仕え、貞淑な妻になるだろう」と望まれた時は嬉しかったものの、今にして思えば夫の勝手放題を許すためなのか、と虚しくなる。
そんな時、近藤が将軍上洛を幕閣に要請すべく、また隊士を新規募集すべく、東下してくる。

御用繁多と言いつつ複数の女に接している近藤に対して、恨みに思いながら何も言えないツネの心情がリアルであり、ユーモアとペーソスを感じさせる。
江戸では堅物だった夫が変わってしまったのは土方の影響か、と疑うくだりが可笑しい。

原田左之助&まさ子
子母澤寛『新選組遺聞』所収「原田左之助」に着想を得たと思われる話。
菅原まさ子は、仏光寺前に住む商人の娘。原田左之助に嫁ぐことになって、幼馴染みのお龍に「壬生浪は人斬りや、そないな男と一緒になってどないするのや」となじられ、喧嘩してしまう。
このお龍は、後に坂本龍馬の妻となるのだった。
原田は、まさ子を正式な妻として迎える。同僚たちは、こういう時勢だから後腐れのない関係にしておけばいいのに、と忠告。しかし原田は「後腐れを作ったからこそ、日々の隊務に力が入るんだ」と主張する。

まさ子が産んだ赤児(長男の茂)を、お糸がお守りする。
また、まさ子とお龍が旧知の間柄という設定は、藤本義一『壬生の女たち』所収「吹く風の中に生きた」にも見られる。

山崎蒸&おみの
子母澤寛『新選組物語』所収「隊士絶命記」に着想を得たらしい話。
髪結い職人の床伝は、土方歳三に雇われて密かに反幕派を探っていた。
その娘おみのも、女ならではの手管を用い、情報を得ては新撰組に提供した。そうした行為をむしろ楽しんでいたのに、山崎蒸を本気で好きになり苦しむ。
一方、反幕浪士らも情報漏洩は床伝父娘の仕業、と気づく。

山崎には妻がいたそうだが、本作では独身と設定されている模様。
ただ、明日をも知れない我が身を思うと、おみのの気持ちに応えることができない。

このほか、土方歳三、永倉新八、山野八十八の女性関係についても言及がある。
恋愛関係とは言えないが、若い隊士たちと、彼らが姉のように慕う太田垣連月尼との交流も面白い。

新撰組以外では、桂小五郎の女性関係にも触れた箇所がある。
祇園の茶屋に仲居として働くお伊都が、桂を新撰組から守ろうとする顛末は、藤本義一『壬生の女たち』所収「尻まくりお伊都」の展開とよく似ている。

ストーリーの合間に、京都の各所をはじめ舞台となった土地(出石・多摩・上関・下関など)の地誌や習俗などを説明する部分もあり、エッセイふう豆知識といった感じ。

作者の考察や雑感もあり、それなりに興味深い。ただ、やや疑問を感じる箇所もある。
たとえば、「新撰組ファンには年齢的なサイクルがあって、中学生から高校初年頃が最高潮で、やがて潮が引くように去って行く」とある。これは一面の事実ではあると思うが、いつまでも去らずファンであり続ける人々もいるわけで、その存在を知ってか知らずか無視するのはいかがなものだろう。

ちなみに、このような人々は増えつつあるようで、関連イベントでは老若男女の姿を見かける。
それでも、作者の認識は一貫して変わっていないらしい。2013年5月8日放送、BS-TBS「日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒」にゲスト出演した時は「土方歳三のファンは、中2から高2の女の子ばっかり。大学受験が近づくと皆どっか行っちゃう」と発言したとか。
しかし、土方歳三忌にでも実際に参加してみれば、そんなことは言えないはずだ(笑)

ストーリー全体として、純朴な隊士たちが複雑な政情や慣れない土地に戸惑いつつ、任務に恋に青春を燃焼させるものの、やがて歴史の激流に取り残され、古き時代とともに滅びていく様子は切ない。
そんな彼らを見守り、支え、あるいは一緒に滅びていく女たちの姿もまた哀切に満ちている。

本作は、朝日新聞社より単行本(1982)が出版され、旺文社から文庫本(1985)が刊行された。

新撰組の女たち





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