新選組の本を読む ~誠の栞~

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 早乙女貢『残映』 

長編小説。「死に損ない」の異名をとる快男児・原田左之助の活躍を、慶応4年(1686)から明治3年(1870)にかけて描く冒険譚。

新選組草創以来の幹部隊士・原田左之助は、いまさら言うまでもなく実在した人物。
ただ、慶応4年、永倉新八とともに新選組を脱退、靖共隊を結成した後の行動は、謎に包まれている。
靖共隊を離れて単身江戸へ引き返した理由を、永倉は「余儀なき用事」(「浪士文久報国記事」)とも「妻子の愛着にひかされ」(『新撰組顛末記』)とも述べている。
明治期、元新選組隊士・岸島芳太郎が左之助の妻まさを訪ねてきて、左之助が彰義隊と共に上野で戦い、銃創のため死んだことを報告したという(『新選組遺聞』)。
その一方、左之助は生き延びて満州へ渡り、日清・日露戦争で日本軍に貢献し、明治40年頃に郷里松山を訪れ実弟に会った、という伝承も残されている(『史談会速記録』内藤素行談話)。

本作は、そうした謎の部分に大胆な創作を交えた、娯楽小説である。

「抵抗するならば江戸でしてこそ意味がある」との意地ゆえに、江戸へ舞い戻った左之助。
新政府軍に追われるところを、謎の女お佳代に助けられ、療養中の沖田総司を見舞った。

まもなく上野戦争が勃発、彰義隊に加わっていた左之助は、ここを死に場所と決め果敢に戦う。
ところが戦火の中、味方になりすました新政府軍の密偵・植村徳太郎が、活気隊隊長・蒲生三郎を射殺し逃走。
左之助は、仇を討つべく植村を追って、上野を落ち延びた。
負傷しながらも、神保伯耆守の屋敷~伯耆守の別宅~瓦職人の窯元と行く先々で出会った人たちに助けられ、新政府軍の追及を辛くも免れる。
途中、たまたま知りあった若き医師・袴田順一の人柄と挙動が、左之助に不審の念を抱かせた。

フランス人アルフレッド・ジェラールの助けによって、横浜の外国人居留地へ逃げ込んだ左之助は、偶然にもお佳代に再会する。
そこで、彼女と組んで、アメリカ商人相手に新式銃の闇取引をした。
さらに、手に入れた銃を会津へ運ぼうと無謀な輸送作戦を試みたあげく、船を撃沈されてしまう。

しかし左之助は死なず、奥羽から箱館まで戦いつつ流浪を続けた。
戊辰戦争終結後、再び江戸へ戻ると、そこはすでに東京となっていた。
そして、ひょんな事から出会った旧旗本らに、不穏な計画への協力を求められる。

実在の左之助は、色白の美丈夫で、性格は短気、意地っ張り、向こう見ず、豪胆、型破りと伝わる。
作者はおそらく、そうした彼のイメージを好ましく思い、幕末維新の動乱を背景とした冒険活劇の主人公に相応しいと考えたのだろう。
本作の左之助も、じっと落ち着いておられず次々とやらかしてくれるので、ストーリー展開が面白い。

外見も性格も男前の左之助は、モテまくる。
謎多き女お佳代、西洋医を目指して勉強中のお蘭、瓦職人の養女おしの、といった女たちと出会い、好意を寄せられ、時には深い仲にもなる。新聞(一般紙)の連載小説にしては、きわどい描写もあり。
左之助の離脱を「妻子恋しさ」とする永倉新八の推測は本作にも書かれているが、このお盛んぶりを読むとその推測は外れたな、と思えてしまう。
モテるのは魅力の証拠だし、色恋沙汰のひとつもないでは小説として面白くないだろう。
ただ、京都時代に多くの幹部隊士が内妻や妾を持った中で、まさを正妻として迎えた左之助の律儀さが今日多くの女子に愛されている面でもある。そうした女子ファンにとって、本作は容認しがたいかも。

本作の岸島芳太郎(作中では由太郎)は、上野から落ち延びた左之助を敵と見誤って撃ってしまい、介抱しながら一緒に神保邸へ避難するも、新政府軍に踏み込まれ別れ別れになる。
その後は登場しないが、左之助が死んだものと思い込んで妻まさに報告したであろうことが想像できる。
巧く工夫された展開と感じた。

左之助と戊辰戦の最中に出会った多くの男女・敵味方とは、奇縁によって戦後に再会する。
それぞれの関係にそれぞれの結末が描かれており、潔い終わり方と感じた。
沖田総司の死にまつわる疑惑を左之助が晴らすことによって、かつて世話になった女の運命を変えてしまうという巡り合わせの皮肉さも、心に残る。

作者の幕末維新物の例外に漏れず、新政府に対する批判が随所に見られる。
ストーリーの邪魔になるほどではなく、適度にスパイスが利いている感じ。
旧幕時代にさんざん「攘夷」を叫んで不穏な活動をしていた者が、新政府を樹立したとたん諸外国になびく無節操ぶり等々、批判したくなる気持ちはわかる。

左之助が何処へともなく去っていく終幕は、切なく寂しい。
敗者の側に立たされた人間の挫折感や空虚さが伝わってくる。
それでも、もし彼が戊辰戦争で死に損ない生きていたとしたら、明治3年時点ではまだ満30歳でもあることだし、新天地で新たな生き甲斐を見出して欲しいと思った。

本作は、1976年1月20日から9月11日、読売新聞に198回にわたって連載された。
読売新聞社から単行本『残映』(1976)、徳間書店から徳間文庫『残映』(1985)が刊行された。
また、学陽書房から人物文庫『新選組 原田左之助 残映』(2001)と改題し、出版されている。

ちなみに、左之助生存説を採った短編小説に、中村彰彦「明治四年黒谷の私闘」『新選組秘帖』収録)がある。
こちらでは、左之助は京都へ舞い戻り妻子と暮らしていた。

新選組 原田左之助
残映
(人物文庫)




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 藤本義一『壬生の女たち』 

短編小説集。新撰組の面々に関わった女たちの愛憎と、彼女らの目に映った男たちの姿を描く7編。

「血の花が散る」
菱屋の妾お梅と、芹沢鴨の物語。
お梅を我がものにしておきながら、次々と他人の女に気を移し、佐々木愛次郎の恋人あぐりにも目をつける芹沢。
それを恨みに思いつつ、自らも菱屋太兵衛と絶縁できないお梅の、複雑な心の内。
芹沢暗殺の際、お梅は巻き添えにされない展開となっている。

「風ぐるまの恋」
子守娘お琴と、沖田総司の物語。
山南敬助と明里の仲睦まじさを見て、自分も沖田と添いたいと密かに願うお琴。
やがて、脱走した山南を沖田が追うことに。
同行したお琴は、激しく喀血した沖田を助けようと、思い切った行動に出る。

「尻まくりお伊都」
祇園の茶屋で仲居として働くお伊都が、壬生心中の顛末を目撃する。
桂小五郎を逃がすため、新撰組隊士達の前であられもない姿を見せたお伊都。
それが縁となり、知りあった松原忠司は、己の苦しい胸の内を彼女に告白する。
彼女は、安西某の未亡人お房に同情し、松原には安西殺害の真相をお房に明かさないよう忠告した。
しかし、事実を知ってしまったお房は…

「吹く風の中に生きた」
菅原まさと、原田左之助の物語。
商家の箱入り娘まさが、原田に愛され、所帯を持って子供を育てつつ、男の生き方、女の生き方を様々に考える。
まさと楢崎お龍とが旧知の間柄であることから、新撰組と坂本龍馬との対立関係が、まさの心にも大きな波紋を投げかける。
伏見の寺田屋で坂本龍馬を襲ったのが新撰組、という設定になっている。

「赤い風に舞う」
但馬出石の豪商宅に奉公する娘お鈴と、山崎烝との出会い。
主人・広戸甚助と八重の兄妹が桂小五郎を匿うことになり、協力するお鈴。
桂を追ってきた新撰組とも知り合い、いつしか山崎烝と相思相愛になるものの、桂の潜伏先は言えずに苦しむ。
一方、遙々京都からやって来た幾松は、桂が八重と生活している姿を見て傷つく。
しかし八重もまた、桂に去られることになるのだった。
お鈴は、いつか迎えに来るという山崎の言葉を信じて、ひたすら待ち続けるが…

「あてを過ぎた男」
島原の若太夫・深雪と、近藤勇斎藤一との物語。
落籍され愛妾となった深雪だが、妹お孝にその座を譲り、近藤と手を切る。
その後、斎藤と一緒に暮らすものの、彼の素性も心も謎めいてわからない。
斎藤とも別れて、大坂の商人に嫁ぎ、新撰組の存在はいつしか遠い記憶となった時、偶然に再会したのは…

「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、横倉甚五郎との物語。
反幕浪士らに辱められたおみのは、復讐のため、反幕派の情報を新撰組に流す密偵となる。
その傍ら、横倉から告白されて恋仲となり、彼への操と、女の武器を使った諜報活動との矛盾に悩む。
そして密偵であることが露見してしまった時、悲劇の結末が待っていた。

全編、女主人公が回顧談を語り聞かせるという、一人称形式で描かれている。京言葉の語り口調が、味わい深い。
性描写が多く、いわゆる官能小説に分類されるものと思うが、心理描写やストーリー展開も巧みである。
本作の女たちは、男に従属しているかのように見えても、自らの力で嫋やかに強かに生きている。
そして、彼女らの心に焼き付けられた男たちの生き方もまた、印象的である。

ちなみに、仲居のお伊都が桂小五郎を新撰組から助ける顛末、菅原まさと楢崎お龍が旧知の間柄という設定は、童門冬二『新撰組の女たち』と共通の要素である。
調べてみたところ、初出は『新撰組の女たち』が1981年、本作は1985年という。
つまり、作者は『新撰組の女たち』から得た着想を採り入れて、本作を書いたのだろう。
それぞれ味わいが異なり、双方を読み比べてみても面白いと思う。

作者の藤本義一は、多彩な才能の持ち主。
井原西鶴など近世上方文学の研究で知られる一方、舞台脚本や作詞も手がけ、放送作家として自らテレビ出演していた時期もある。
著作は、エッセイや自己啓発本のほか、本作のような官能小説も数多い。

1985年、徳間書店より文庫オリジナル版として刊行された。

「夕焼けの中に消えた」は、『誠の旗がゆく』(細谷正充編/集英社文庫/2003)にも収録。
「赤い風に舞う」は、『血闘! 新選組』(池波正太郎ほか/実業之日本社文庫/2016)にも収録されている。

壬生の女たち
(徳間文庫)




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 池波正太郎「ごろんぼ佐之助」 

短編小説。自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。

「ごろんぼ」とは、伊予松山あたりの言葉で、ごろつきならず者悪漢を意味する。
松山藩の足軽の家に生まれた佐之助は、両親に似ない子であった。
実の父親は藩主の側近であると思い込んで気位を高くし、喧嘩を繰り返す。
長じても、足軽奉公もままならない。
ついには、些細な口論から切腹未遂事件を起こし脱藩。
かつて在勤した江戸へ出て、試衛館に住みつくようになった。
その武芸の腕は、近藤勇にも高く評価される。

浪士組加盟、新選組結成、京都での闘いの日々が続く中で、妻を娶り子供をもうけた。
しかし、戊辰の戦乱によって妻子と生き別れになり、新選組をも離れることに。
上野の彰義隊戦争に参戦して、佐之助は死んだ。誰もがそのように信じて疑わなかった。

ところが明治39年、愛媛県松山市に住む佐之助の実弟を、ひとりの老人が訪ねてくる…

新選組の副長助勤、十番組長として知られる原田佐之助(左之助)の波瀾万丈の生涯を、壮快に描いている。
(名前の表記は、現在「左之助」が主流だが、古い史料文献では「佐之助」も多く見かける。)
独自の設定や展開として、以下の点が印象に残った。
  • 佐之助が、自身の出生にずっと疑念を抱き続ける(終盤で真相が明かされる)。
  • 松山にいた頃、長沼正子という女性に迫って、ふられた。
  • 芹沢派粛清の時、土方歳三永倉新八をも粛清の対象にしようとしたが、佐之助が庇った。
  • 妻まさと知りあったのは、東洞院五条上ルの古着屋・山崎屋で負傷の手当てをした時。

永倉新八との友情は、永倉を主人公とする池波の長編小説『幕末新選組』とも共通するモチーフである。

作者は本作執筆にあたり、『史談会速記録』の内藤素行の談話や、永倉新八『新撰組顛末記』、子母澤寛『新選組遺聞』『新選組物語』などを参考にした模様。

内藤素行の談話は、『新選組証言録』でも読める。原田佐之助生存説は、この談話が根拠。
事実かどうか傍証は得られていないが、彼らしい勇壮なロマンを感じさせる説ではある。

初出誌は、講談社『日本』1963年8月号。
本作を収録している書籍(の一部)を、下記に挙げる。

『炎の武士』 角川文庫 初版1979/改版2007 ※「色」収録
『剣客群像』 文春文庫 初版1979/改版2009
『秘伝 剣客小説集 池波正太郎短篇コレクション』 立風書房 1992
『完本池波正太郎大成 第25巻(時代小説 短編 二)』 講談社 2000
『誠の旗がゆく』 細谷正充編 集英社文庫 2003
『ごろんぼ佐之助 池波正太郎短篇ベストコレクション』 リブリオ出版 2008

炎の武士
(角川文庫)




ちなみに、原田佐之助(左之助)に関する種々の本については、別項にまとめている。
ご興味があれば併せてご覧のほどを → >>原田左之助の本

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 南原幹雄『新選組情婦伝』 

短編小説集。新選組の男達の陰で、愛に燃え散っていった女達を描く連作6編。

「血汐首 芹沢鴨の女」
芹沢鴨との愛欲に身を滅ぼしたお梅の業。

江戸の筆屋に上女中として奉公していたお梅。
戸ヶ崎道場に届け物に行ったおり、師範代・下村継次に体を無理やり奪われてしまう。
以来、度々呼び出されるが、そうした生活に倦んだ彼女は、奉公先を去った。
そして、郷里の母に無心された金を用立てるため、品川の遊郭へ身を売る。
やがて、太物問屋・菱屋平兵衛に見初められ、請われて妾となり、京都へ移り住んだ。
ここで、図らずも下村こと芹沢鴨に再会。さらに、幼なじみの常吉が、彼女を取り戻すべくやってくる。
お梅は悩んだ末、常吉とともに江戸へ去ろうと決めた。
その前夜、最後の機会と思い、屯所に芹沢を訪ねていく。

女としての立場の弱さに翻弄され続ける、お梅の境遇が哀れ。
母と同じような人生を送りたくないと密かに願いながら、結局は同じような道を辿っていく様がやりきれない。

「女間者おつな 山南敬助の女」
山南敬助のため、自ら進んで密偵となった女の悲惨な最期。

江戸で山南と知りあったおつなは、彼が浪士組に加わって京へ上った翌年、後を追って念願の再会を果たす。
その頃、新選組の内部では、山南と土方歳三との対立が深刻化していた。
おつなは、山南の立場を守るため手柄を立てさせようと、倒幕派が集まる旅宿に女中として住み込む。
そして、桂小五郎の動静を探るべく、その部下に身を任せたものの、密偵であると見破られ、捕えられてしまう。

山南の女性関係というと明里を想起するが、本作にも彼女は登場し、おつなと話す場面がある。
新選組の内情が倒幕派に筒抜け。もし実際にそういう状態だったら、山南の死に関する真相も何らかの記録が残り、現代に伝わっているだろうと思えた。

「血染め友禅 藤堂平助の女」
染物職人おあいが、藤堂平助との残酷な別れに直面する。

おあいは、藤堂平助と幼なじみであり、長じて恋人同士となった。
しかし、江戸前友禅の家業を継ぐため、他の男と結婚し、それが破綻してからは京都へ修業に来ていた。
ここで、久々に藤堂と再会するも、彼が同志と新選組を脱隊したと聞いて、その身を案じる。
そんな時、土方歳三が密かにおあいを訪ね、ある依頼を持ちかけた。

江戸前友禅を京や加賀に負けないものにしたい、と願って修業するおあいのひたむきさが良い。
土方の約束は嘘だったのかどうかわからないが、わざわざ謝罪しているところを見ると、最初から守る気がなかったわけでもなさそうに思える。

「壬生心中 松原忠司の女」
生まれついての凶運に苦しむおいねが、夫を殺した松原忠司との行き場のない愛の果てに命を絶つ。

おいねは、紀州の藩籍を剥奪された安西慧と、江戸から京都へ移り住む。
原因は、彼女を巡る争いから安西が相手の男を斬ってしまったことだった。
ところが、その安西もまた、急死する。
そして、安西を連れ帰り、おいねを気遣う松原忠司も、切腹により命を落としかける。
かつて、自分と深く関わった者は破滅する、と言った易者の言葉どおりになろうとしているのを、おいねは感じ取っていた。

子母澤寛『新選組物語』所収の「壬生心中」を、作者なりにアレンジした内容。
おいねは、別に生まれつき不運だったわけでなく、占いに頼りすぎるのが良くなかったのでは、とも感じた。

「おいてけぼり、お京 原田左之助の女」
原田左之助を愛しながら置き去りにされ、それでもなお諦め切れない女の凄惨な末路。

江戸の松山藩邸へ行儀見習いに上がったお京は、そこで中間奉公していた原田と出会い、忍び逢う仲となる。
しかし、原田は京都へ去り、彼女は紆余曲折を経て、金貸し利兵衛の妾になっていた。
鳥羽伏見戦で敗退した新選組が江戸に帰還し、再会を果たしたふたりだが、それを知った利兵衛は激怒。
報復を恐れたお京は、原田の後を追って会津へ向かおうとする。

原田左之助が靖共隊を途中で抜けて江戸へ戻った理由は、お京の身を案じたためと設定されている。
彼女に対する誠意のなさを、ここで払拭しようとしたものか。

「総司が惚れた女 沖田総司の女」 
茶屋を切り盛りする未亡人おえいは、体調を崩した青年武士を助ける。

青年は沖田総司と名乗り、以後訪ねてくるように。やがて、ふたりは恋仲となる。
しかし、おえいの父は、倒幕派浪士と深く関わっていた。
沖田はやむなく、彼女の父を斬る。父を殺されたおえいは、沖田との関係を清算しようと決意する。

沖田のほうも、おえいとの関係に何らかの形でけりをつけるつもりだったようだが、何を望んだのかわからないまま、気を持たせる終わり方をしている。

どの話も、性描写が露骨。
しかも、「血染め友禅」を除く全話で、女主人公が性的な屈辱あるいは虐待を受ける場面があって、その上に不幸な最期を遂げてしまう。
娯楽小説と割り切って気にしなければよいのだろうが、なんとなく後味が悪い。

土方歳三がおつな、おあいに恨まれている以外は、新選組の面々が好意的に扱われている。
悪者扱いでないところには救われた。

立風書房(1977)、角川文庫(1989)、徳間文庫(1996)、学研M文庫(2003)が出版された。

収録作の、他の書籍への所収は下記のとおり。

「血汐首 芹沢鴨の女」
『新選組傑作コレクション 烈士の巻』 河出書房新社 1990
『情炎 時代小説の女たち』 縄田一男編 角川書店 1992
『新選組烈士伝』 縄田一男編 角川文庫 2003

「血染め友禅 藤堂平助の女」
『江戸おんな八景』 祥伝社文庫 2011

「女間者おつな 山南敬助の女」
『血闘! 新選組』 実業之日本社文庫 2016

新選組情婦伝
(学研M文庫)




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 山村竜也『新選組証言録』 

史料と解説。副題『『史談会速記録』が語る真実』。
談話者の証言の中から、新選組に深く関わるものを抜粋収録し、解説を加えたもの。

「史談会」は、明治22年に設立された。
生存者から幕末維新期に関する証言を集め、史料として残すことを目的とした任意団体である。
編集委員会によって例会が随時開催され、招かれた談話者が体験を語り、内容は速記録としてまとめられ、後に刊行された。
その刊行物を題して『史談会速記録』という。

『史談会速記録』は、明治25年から昭和13年までの46年間、第1~411輯が発行された。
幕末時の主義や身分の違いにかかわらず、多くの談話者が参加しており、中には新選組隊士に直接関わった人物、自身が新選組に籍を置いたことのある者も見られる。
時期が時期だけに、新選組に対しては好評より悪評のほうが遙かに多いが、それも当時の当人の認識であり、貴重な証言であることは間違いない。
研究の分野でも、参考として頻繁に用いられている。

本書内容は「上洛立志篇」「分裂決闘篇」「北征奮闘篇」の全3章で構成され、元浪士組幹部・石坂周造の結成にまつわる話(明治34年)から、旧伊予松山藩士・内藤素行の伝える原田左之助生存説(大正12年)まで、全18編を収録している。
登場する談話者は、以下のとおり。

「上洛立志篇」
 石坂周造  明治34年3月9日採録 明治34年6月11日発行・第103輯収録
 中村維隆  明治36年3月30日採録 明治36年5月19日発行・第126輯収録
 俣野時中  明治28年12月14日採録 明治29年3月17日発行・第41輯収録
 柴太一郎  明治33年12月採録 明治34年1月22日発行・第98輯収録
 旭形亀太郎 明治31年10月8日採録 大正5年2月8日発行・第274輯収録
 田尻佐   大正11年5月採録 大正11年5月30日発行・第327輯収録
 内藤素行  明治40年6月15日採録 大正7年1月19日発行・第297輯収録

「分裂決闘篇」
 秦林親   明治32年1月14日採録 明治32年4月11日発行・第78輯収録
 秦林親   明治32年1月27日採録 明治32年6月25日発行・第80輯収録
 阿部隆明  明治32年6月2日採録 明治32年9月17日発行・第83輯収録
 阿部隆明  明治33年3月17日採録 明治33年5月3日発行・第90輯収録
 加納通広  明治34年4月13日採録 明治34年7月17日発行・第104輯収録

「北征奮闘篇」
 坂本柳佐  明治27年3月22日採録 明治27年8月14日発行・第23輯収録
 田島応親  大正3年6月20日採録 大正3年8月7日発行・第256輯収録
 人見寧   明治34年4月13日採録 明治34年7月17日発行・第104輯収録
 安部井磐根 明治25年7月11日採録 明治25年9月9日発行・第1輯収録
 田村銀之助 大正9年採録 大正9年11月25日発行・第309輯収録
 内藤素行  大正12年採録 大正12年7月30日発行・第340輯収録

新選組から御陵衛士となった秦林親(篠原泰之進)、阿部隆明(阿部十郎)、加納通広(加納道之助)や、12歳で新選組に入隊した田村銀之助の談話は、特に興味深い。
文体は、談話者の話し言葉そのままであり、理解しやすい上、採録当時の人々の言葉遣いもわかる。
文語体で筆記されたものより、生き生きと伝わってくる感じがする。
さらに、著者によって談話に付された脚注、談話者の略歴・解説が、理解の助けとなっている。

なお、『史談会速記録』は昭和46~51年、原書房より全44巻(+総索引1巻)として複製発行されており、大きな図書館などで閲覧可能である。
そういう意味で言えば、本書は必須ではない。
ただし、厖大な量の中から目的の箇所を探し出して閲覧・複写する場合、相応の手間暇を要する。
重要な箇所を抜粋してある本書は、その省力化の意味でありがたい。
もっと詳しく調べたいと思った時の、手がかりとしても有用である。
新選組関連書に見られる説の多くが『史談会速記録』を根拠としている事実がわかり、また改めて発見することも多かったので、個人的にとても貴重な1冊と思っている。

2004年、PHP新書として出版された。

新選組証言録
(PHP新書)




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