新選組の本を読む ~誠の栞~

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 望月三起也『俺の新選組』 

長編マンガ。土方歳三を中心に、浪士組の京都入りから近藤派が新選組を掌握するまでを描く。

人気アクションシリーズ「ワイルド7」を代表作とする望月三起也は、力強いペンタッチ、ダイナミックなアクション、大胆な構図、奇抜なアイディア、シリアスの中にもユーモアを交えたストーリーが特徴的なマンガ家。
その作者が、実力を惜しみなく発揮して描いたのが本作「俺の新選組」である。

発表直後は生憎きちんと読む機会がなく、断片的な印象にとどまったまま時が流れてしまった。
2017年8月~2018年5月、eBOOKJapan「なつかしまんが全話読破」の一環として無料配信された。この機会に読んでみて面白かったので、今回紹介する。

文久3年、中山道の本庄宿。
京を目指す浪士組一行の宿泊地となったこの夜、大事件が起きていた。
芹沢鴨が、近藤勇の宿割りの不手際に腹を立て、宿場の真ん中に大きな焚き火をはじめたのだ。
押っ取り刀で飛び出した土方歳三は、謎の刺客たちに襲撃され、行く手をはばまれてしまう。
あわや大火災か斬り合いかという危機を収拾したのは、芹沢にさりげなく焼き芋を勧めた沖田総司。
試衛館の同志たちは、沖田の不思議な人柄を、仲間ながら改めて称賛する。
一方、芹沢の暴挙を面白がって煽り立てていた新見錦は、騒ぎが鎮火してつまらないと不満がる。
芹沢ひとりが、沖田の並々ならぬ剣才を鋭く見抜いていた。

着京した浪士組は、まもなく江戸へ帰還することになる。
清河八郎と袂を分かった近藤らと芹沢らは、残留を決意。
紆余曲折の末、なんとか一隊をまとめ、会津藩お預かりという地位を獲得する。
しかし、近藤派と芹沢派との間で、隊の実権をめぐる軋轢が顕在化、次第に激しくなっていく。


基本的に、独自の設定や展開を主とする、自由な作品。
特にアクションシーンは、奇想天外なアイディアを迫真の描写で見せる。よく考えれば現実には不可能なことも、なんとなく納得して読めてしまう。時には血腥い残酷シーンもあるものの、全体としては面白い。

実在人物のキャラクター設定にもオリジナリティが加味されている。目立つ特徴としては↓

土方歳三がクールな主役なのに対し、原田左之助が熱血漢の主役タイプに造形された。当時は目新しい。
沖田総司は、目を細めた猫のような印象の若者。つねに柔和な物腰で、すべてを柳に風と受け流す。
藤堂平助は、力士ふうの巨漢で、坊主頭と丸メガネが特徴。島田魁か松原忠司かと思いたくなる。
山崎蒸は、なんと美少女。裕福な商人・山崎屋の娘で、本名お糸。会津藩の重役によって送り込まれた。
 いつも振袖を優雅に着こなしているが、鉄火肌のおてんば。
 潜入捜査のため男子が女に変装、という名目で入隊。屯所でなく自宅で暮らしている様子。
 名前は「山崎嬢」→ヤマザキジョウ→「山崎蒸」という、近藤の勘違いから決まった。
 京都の事情に不慣れな土方たちを助け、幅広い人脈を活かして活躍する。

金も身分もない近藤や土方たちが、強い信念と剣の腕をもって戦い、自らの存在意義を確立していく、というのが全体の大きな流れ。これを主軸として、様々なエピソードが展開される。主な話を挙げると↓

◆江戸にいた頃の回想。試衛館の面々が、花火見物の宴席に乗り込み、ご馳走をただ食いする顛末。
◆反徳川の暗殺集団「黒い狐」30人と、原田・沖田・永倉・藤堂・山南5人との、息詰まる戦い。
◆土方と、そうとは知らず出会った草餅売りの娘との淡い恋。しかし、新見らの陰謀によって悲劇に。
◆土方の命を狙い、江戸から派遣されてきた謎の暗殺者たちの暗躍。
◆博奕で負けて片腕を切り落とされそうになる原田と、救出しようとする仲間たちの葛藤。
◆武装蜂起を企む過激派のアジトに、弱兵ばかりを率いて討ち入る土方の激闘。その窮地に駆けつけるのは……。
◆町人の暮らしを嫌い、武士に憧れて入隊した少年、安吉と留作。しかし、苛酷な運命が待ち受けていた。


本作の土方は、芹沢派の執拗かつ巧妙な嫌がらせに、さんざん煮え湯を飲まされる。
しかし、内紛を起こせば隊の存続が危うくなるので、我慢に我慢を重ねるしかない。
仲間たちは、そんな苦衷を察して助けたり、時にはなぜ反撃しないのかと反発したり。
そうして極限まで屈辱に堪え続けた土方たちが、ここぞというとき一気に無念を晴らすことになる。
そのカタルシスが最大の見どころ。

「俺の新選組」というタイトルには、土方が新選組に賭けた思いと同時に、作者自身が造り上げようとする新選組、という意味も込められている。

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作者の望月三起也は、もともと新選組に対して愛着が深かった様子。
幼少期にチャンバラ映画を見て、新選組はたとえ悪役扱いでもカッコイイと憧れる。
司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964)と、それをきっかけとするブームに触れ、本格的に熱中。
子母澤寛の新選組三部作、村上元三『新選組』などの関連書に親しむ。
特に、社会的に軽んじられた者たちが屈辱をバネに意地で成り上がる、という姿に共感。
一方、プロデビューし「秘密探偵JA」(1964)などで好評を博した後、新選組を描こうと考えた。
しかし、出版社からは、前作同様の現代アクションものを要望される。
そこで、新選組に独自のアレンジを加えて「ワイルド7」(1969)を創出するに至った。
やがて、読み切り作品「ダンダラ新選組」(1973-74)を経て、「俺の新選組」(1979)連載を開始。

また、マンガを発表するほかにも、『月刊歴史読本』(新人物往来社)の新選組特集に登場、思いを語っている。
■1980年7月号 …各界著名人が寄せたエッセイ特集「新選組へのメッセージ」(各1頁)に寄稿。
■1989年2月号 …「土方歳三は「ワイルド7」ばりのハードボイルドでなければならない」
 6頁にわたるイラストと文章を交えたエッセイ。
 白刃をふりかざしバイクで疾駆する新選組に、“私にとって新選組は時代劇の「ワイルド7」”とキャプション。
 ほかにも、宮古湾海戦や最後の戦いに臨む土方歳三の姿などが描かれている。
■1999年11月号 …各界著名人のインタビュー&エッセイ(各2頁)に「組織の崩壊と哀感」と題して参加。

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本作「俺の新選組」全42話は、1979年7月~1980年6月『週刊少年キング』(少年画報社)にて連載された。
単行本もたびたび刊行されている。
1980年 少年画報社 ヒットコミックス 全5巻
1989年 勁文社コミックス傑作選 上・下巻
2003年 集英社 ホームコミックス 全3巻
2004年 ホーム社 SHUEISYA HOME REMIX(ムック本) 全3巻
2009年 ぶんか社コミック文庫 上・下巻
2017年 宙出版 ミッシィコミックス 上・中・下巻
2017年 eBookJapan Plus(電子書籍) 全5巻

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本作に先駆けて発表された読み切り作品「ダンダラ新選組」については、以下のとおり。

「ダンダラ新選組」
1973年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)に「第1回愛読者賞」エントリー作品として発表。
賄い方として入隊した主人公(架空の人物)が、生き別れの妻子を捜すという秘めた目的のため苦闘する。

「ダンダラ新選組 炎の出発(たびだち)
1974年、『別冊少年ジャンプ』に発表。試衛館一党が京へ上る直前の物語。
天然理心流をつぶそうとする勢力の陰謀に陥った土方歳三が、仲間たちとともに戦い、危機を脱する。

単行本は、朝日ソノラマ サンコミックス(1975)、ぶんか社コミック文庫(2009)など。
また、ミッシィコミックス『俺の新選組』下巻(2017)に、2編とも収録されている。

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作者は2016年4月3日、肺腺がんのため亡くなった。享年77。
2010年、肺がんと診断されるも、治療を受け、執筆活動や趣味のサッカーができるまでに回復していた。
2015年11月、再発。「長くて1年、短くて半年」と余命宣告された事実を公表。
当時、本作の続編として「新選組を題材とする作品を描きたい」と語った。
そもそも「俺の新選組」連載終了も、本人の意向というより、出版社の都合が優先された結果だったらしい。
続編では、箱館戦争の土方歳三を描く構想だったとか。その後、この続編執筆に全力を注いだ様子だが、惜しくも完成に至らなかった。
新選組への情熱を傾ける最中に旅立ったことは、故人にとって幸福であったなら……と祈るのみである。

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 しんせんぐルメ 誠メシ! 

新選組の隊士たちは、日々どんなものを食べていたろうか。

こういう些細なことが、意外とわかりにくい。
大きな出来事はともかく、ありふれた日常を記録に残そうとする人物が、隊内や周辺にいなかったためだろう。
前回『幕末単身赴任 下級武士の食日記』を紹介するにあたり、改めて調べてみたが、確実と思える情報は見つからなかった。

とは言え、手がかりは皆無ではない。目についた事柄をいくつか挙げてみよう。

みそづけ
沖田総司が宮川音五郎(近藤勇の実兄)に宛てた、慶応3年11月12日付の書簡がある。
その一節に「何より之味噌漬被下、難有奉存候」と、味噌漬けをもらったことへの謝辞が記される。

この味噌漬けは、江戸へ出張した土方歳三と井上源三郎が京都へ戻る際、音五郎が托したものらしい。
わざわざ持たせるからには、沖田(あるいは近藤らも含めた面々)の好物だったのだろう。
ただ残念ながら、何を漬けたものか明記がない。野菜、魚肉、それ以外……想像をめぐらすのみである。
(※参考『土方歳三・沖田総司全書簡集』

あひる
慶応3年元旦、伊東甲子太郎が永倉新八と斎藤一、そのほか腹心たちを引き連れて島原の角屋へ出かけた。
その日、廓内は休みであったので、「途中から家鴨十羽買い込み」持っていった。

この家鴨を料理させて、酒肴とする意図であったようだ。
生憎と調理法は不明だが、焼き物にでもしたのだろうか。
(※参考『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』

うなぎ
戊辰戦争が続いていた頃のこと。
永倉新八は、同志の芳賀宜道と連れ立って、米沢から東京へ密かに舞い戻った。
浅草へ着いて山野の重箱で久しぶりで江戸前の鰻で」腹を満たした、という。

「重箱」とは、寛政年間から続く蒲焼きの老舗。現在は、赤坂で本格的料亭として営業しているとか。
永倉らがこの店へ立ち寄ったのは、店の者と顔見知りだったなど、安心できる理由があったのだろう。
(※参考『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』

たくあん
小野路の小島家に伝わる逸話。
土方歳三は、小野路・橋本家の自家製の沢庵が大好きで、訪問のたび山盛りの沢庵をパリポリ食べていた。
ある時など、樽ごと担いで帰ったという。

農家が漬け物を作る樽は、かなり大きい。
例えば四斗樽なら、高さも直径も約60センチ、容量は約72リットル。さらに大きいものが使われることもある。
沢庵がぎっしり詰まっていたら、独りで担ぐのは困難なのでは。
小さい樽に移してもらったのか、それとも「これほど好物だった」という誇張が入っているのか。
(※参考『新選組余話』

とろめし
これも小野路の小島家に伝わる逸話。
近藤勇が上溝村の佐藤為彦を訪問した折、先客の鷹取胖斎と会った。
夕食の時、とろめし(とろろかけご飯)の大食い対決をすることになり、ふたりは競って食べた。
近藤は19杯、鷹取は20杯食べて、勝負がつく。負けず嫌いの近藤も兜を脱いだ、という。

上溝村は相模国高座郡(現在の相模原市)であり、小野路村とは近い。
佐藤為彦は、上溝村の名主。小野路の小島家や橋本家、近藤一門とも交流があった模様。
鷹取胖斎は、上溝村在住の蘭方医。佐久間象山の門人であり、師匠に劣らぬ奇人であったと伝わる。
近藤も鷹取もとろめしが好物だったそうだが、それにしてもよくこれだけ食べられたものだ。
(※参考『新選組余話』

伝承の類いは、どこまで正確な事実なのか、検証が難しい。
しかしながら、当人と面識・交流のあった人々が伝えた話は、それなりの信憑性を感じさせる。

小野路 小島資料館の門
↑小野路 小島家(小島資料館)の門

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 葉室麟、木下昌輝ほか『決戦!新選組』 

アンソロジー。6人の作家による新選組の短編小説を収録。
作家6人は、葉室麟、門井慶喜、小松エメル、土橋章宏、天野純希、木下昌輝。
本書の責任表示にも「著者」として6人が列記されている。ただ、当記事タイトルには全員を書き切れないので、便宜的に最初と最後の2人を挙げた。悪しからずご了承いただきたい。

収録作品6編は、以下のとおり。

葉室麟「鬼火」
沖田総司は、少年期の忌まわしい体験によって心的外傷を負う。
以来、感情をうまく表わせない、人に心を許すことができない性格となり、そのまま成長した。
試衛館一党が浪士組に加わって京に上った後、残留者同士の間で勢力争いが起きる。
邪魔者を粛清するよう命じられた総司だが、敵に後れを取ってしまう。その危機を救ったのは芹沢鴨だった。
芹沢は、壬生浪士組を土台に「尊王義軍」を組織しようと、様々な方策を果敢に断行していく。
一方、富商からの押し借り、大坂力士との乱闘事件、大和屋焼き討ち事件などで、乱暴者と恐れられた。
芹沢の優しさを知る総司は、彼の生き方に惹かれ、その行く末を見届けたいと思う。ところが――


本作の沖田総司は、周囲の人間に心から打ち解けられない。土方歳三に対しても、常に距離をおいている。
そんな総司が、芹沢鴨に対して単なる親愛以上の感情を抱く展開は、珍しいと思う。

本作の芹沢鴨は、武田耕雲斎や藤田小四郎と連携して攘夷を実行するため、浪士組に加わった。
壬生浪士組を「尊王義軍」にするため、戦闘集団として組織編成し、鉄の規律を設けたのも芹沢である。既成の作品では、土方が組織編成や法度の制定を行なったとされる例が多い。しかし、本作では「農民出身の近藤や土方にできることではなかった」と記述されている。
芹沢が有栖川宮に接近したのも、攘夷を実行するための一方策。
これほど具体的な目標を持ち、ひたすら努力・邁進する芹沢の人物造形は、ユニークで興味深い。

ちなみに、作者が新選組を描いた作品に、篠原泰之進を主人公とする長編『影踏み鬼』がある。
作者はおそらく、近藤・土方体制に従わない人物のほうが好きなのだろう。

門井慶喜「戦いを避ける」
元治元年6月5日の夜。
近藤勇は、わずかな人数を率いて、池田屋へ御用改めに立ち寄る。
思いがけずここが過激志士らの会合場所と知ったとたん、不本意ながら戦闘に突入してしまう。
焦燥の中、養子の周平が一刻も早くこの場へやってくるよう、ひたすら念じた。
近藤が谷三兄弟の末弟・喬太郎こと周平を養子に迎えたのは、ある大きな計画のためであった。
それは、この皇国(日本)を革めること、そのため新選組を強力な組織に仕立てて資することに他ならない。
やがて土方歳三のグループが駆けつけ、周平もようやく姿を現すが――


大坂にある谷道場を、近藤と原田左之助が訪問する場面が印象的。
本作の谷三十郎は、備中松山の元藩士というより、まるで「浪花の商人」。近藤とのやりとりがユーモラス。
万太郎と喬太郎が評価されると、すかさず自分も売り込む抜け目なさに、近藤もたじたじ。

近藤と周平との関係を描く小説は複数あるが、本作の場合は、板倉勝静(老中、備中松山藩主)が関連した新選組増強計画のあたりにオリジナリティを感じる。
司馬遼太郎「槍は宝蔵院流」、早乙女貢「槍の三十郎」、小松エメル「流木」などと読み比べるのも面白い。
また、近藤の熱しやすく醒めやすい性格は、作者の『新選組颯爽録』にも描かれている。

小松エメル「足りぬ月」
藤堂平助は、幼少期「藤堂和泉守の御落胤」を口実に実母から厄介払いされた、と信じて成長した。
人に必要なのは才と運。運はあれど才が今ひとつ及ばない己には、才のある誰かが必要だった。
山南敬助と出会い、彼の力量を頼みにして、いつか成功を得ようと決める。
山南の伝手で知りあった伊東甲子太郎は、さらに優れた容姿と文武の才を持つ魅力的な人物であった。
それに引き換え、近藤勇は剣・学問・要領・容姿いずれも秀でたもののない凡庸な人物、と目に映る。
やがて「夜道を照らす月」とも頼んだ山南を失った時、伊東を新選組にぜひ入隊させようと企図する――


本作の平助は、複雑な生い立ちから、人間関係を益になるか否かで判断する習慣がある。
損得ぬきの信頼なぞ理想論に過ぎないと思ってきたが、心の奥底では何よりそれを渇望していた。

プライドが高い一方で自己評価の低い平助が、それを自覚しないまま人生を模索する姿は、苦しく切ない。
得がたいものを得ようとする努力は大切だが、すでに得たものの価値に気づかず投げ捨てて「もっと素晴らしい何か」を探し求める生き方は不幸だ。
ただ、それは平助に限った話ではなく、人はこうした面を多かれ少なかれ持っている気がする。

こういう人柄の平助を、卑小な者ではなく共感できる主人公として描いた、作者の力量を感じる。
そのほか、近藤勇、伊東甲子太郎、斎藤一といった脇役の人物も魅力的。
作者の『夢の燈影』『総司の夢』とのつながりを見出すのも、楽しめると思う。

「足りぬ月」というタイトルは、少しだけ欠けた姿の月を意味している。
昨年12月13日の当方ツイートを引用しておく↓

【慶応3年11月18日=1867年12月13日・京都の夜空】
現地時刻で月出18:54、月没9:10(翌日)、月齢16.9(右側が少し欠けている)。
嵯峨實愛の日記によると、18日は晴れて雲が南へ行くのが見えたとか。
油小路事件の時、雲さえ無ければ月もよく見えたはず。
>>Twitter「誠の栞」‎@bkmakoto 2016/12/13

完璧なものだけに価値があるのではなく、多少不足があっても素晴らしいものは素晴らしい。
そのことに平助が気づいたのは、命が尽きようとする瞬間だった。

土橋章宏「決死剣」
慶応3年末、新選組を含めた幕府勢力は京都を引き払う。
永倉新八は、愛する内妻の小常を亡くし、生後まもない娘お磯とも別れ、戦いに臨む覚悟を決める。
負傷した近藤勇、病状が進んだ沖田総司は、戦列を離れた。
布陣した伏見で戦端が開かれると、ここを死に場所と定めた新八は、獅子奮迅の戦いを繰り広げる。
新八にとって、時流も政治も思想も関係ない。剣を極め、信頼する仲間とともに戦うこと、先行きはわからなくても命あるかぎり今を生きることが、何より大切だった――


戦いの描写は迫力満点。
沖田が得意の三段突きを凌駕する必殺技を繰り出したり、新八が剣で薩摩の銃隊を圧倒したり、アクション映画的な味わいがある。

鳥羽・伏見戦争の場面で、新政府方の先込ミニエー銃に対し、新選組は火縄銃を装備している。
幕末、短期間に銃器が目覚ましく発展したのは事実。とはいえ、火縄銃から一足飛びにミニエー銃が導入されたわけではない。時期や地域によって、ゲベール銃やヤーゲル銃が用いられもしたし、幕府方にもミニエー銃・ドライゼ銃・シャスポー銃などを導入していた部隊はあった。
幕府や会津藩が軍制改革を進めていたのだから、新選組もゲベール銃くらいは装備していたと思う。
戊辰戦争で火縄銃が投入されたのは、軍備が遅れていた小藩の勢力、もしくは装備や人員が極端に不足した局面ではなかろうか。

新八の、同志たちと別れても戦いぬき、時代の移り変わりを見つめつつ、己の生を全うした生涯。
本人に「死に遅れた」という思いはあったかもしれないが、亡き盟友たちの分まで生きた、と感じられた。

天野純希「死にぞこないの剣」
会津にやってきた斎藤一は、土方歳三の代理として新選組隊長の任に就く。
松平容保に初めて親しく言葉をかけられ、この主君のために戦おうと決意を新たにした。
白河の攻防戦では、同盟軍の一翼を担って戦い、敵を退ける。しかしその後、新たに着任した総督の指揮が振るわず、劣勢に陥り撤退を余儀なくされた。
次いで、母成峠の守備につく。ところが、傷が癒えて戦線に復帰した土方は、会津藩の敗北を予言する。
曰く、兵員不足の母成峠は突破され、城下戦になる。そうなれば同盟は瓦解するだろう。
「会津を出て蝦夷地へ渡り、徳川旧臣による新政権を樹立する」という壮大な計画に誘われ、一の心は迷う。
やがて、霧を衝き山中の険路を踏破した敵軍が、猛攻を開始する。応戦する守備勢だが――


斎藤一の視点から、会津戦争の苦しさが描写される。
軍事能力より家柄を重視した同盟側の人事。たとえ能力があろうと、軽格者の進言は採用されない。
それらが影響して敗色が濃くなると、ついに心が離れていく者も出る。
このような状況の中、一が敢えて会津に残り戦い続けるに至った理由は、単純だけれども深く大きい。

土方は、合理的な判断から見切りをつけ、新天地を求める。
ただ本作では、一と対比させるため、このように描かれているのだろう。
実際のところ、当初は救援要請が第一だったと思われる。最初から旧幕海軍との合流が目的ならば、新選組を大鳥圭介に預けて米沢方面へ向かう必要はなかった。

戊辰戦争後、明治を生きる一の心境には、土橋章宏「決死剣」の永倉新八に似通ったものを感じた。
性格や生き方はそれぞれ違っても、生き残り幹部としての精神には共通項がありそうだ。
戦後にこのふたりが会ったとしたら、どんな話をしたのか……そんな想像をせずにいられない。

木下昌輝「慈母のごとく」
土方歳三は、鳥羽・伏見の戦場で、旧幕将兵の士気がまったく振るわず、逃げ出すさまを多く目撃する。
やはり鬼となって叱咤激励する指揮官がいなければ、勝てはしない。己は、部下に怯懦の振る舞いを許さない。
近藤勇は、そんな歳三を「厳しいだけでは人はついてこない」と諫める。
それでも歳三は、自分の正しさを信じて疑わなかった。
流山で敵に包囲された時、近藤は指揮官として責任を取り、武士として死ぬため、切腹しようとする。
それを止めた歳三は、一か八かの起死回生に賭け、新政府方へ出頭せよと勧める。
やむなく応じた近藤は、別れ際、歳三にある「約束」をさせるのだった――


「鬼」と畏れられた土方歳三が、戊辰戦争の中で「仏」に変わり部下たちから慕われるようになった経緯の裏には、近藤勇との「約束」があった、という物語。
歳三は、近藤を死なせた償いとして「約束」を守るが、最後の戦いでは破らなければと心に決めた。
ところが激戦の最中、目の当たりにしたのは、歳三のそんな思いとはまったく裏腹な光景だったのだ。
予測が外れてむしろ良かったと思わせる結末が、切なくも温かい。

脇役の野村利三郎と島田魁が、それぞれ妙味を見せている。
野村は、意欲的だけれど強情な性格。何かにつけ他人の非を糺しては叱りつける。しかし、戦いでは常に危険な役回りを引き受けるので、人望がある。
島田は、野村をかつての歳三に似ていると評するが、歳三は「俺はあんな馬鹿じゃない」と不満顔。
そして宮古湾海戦では、やはり野村が真っ先に敵艦へ飛び込んでゆくのだった。

歳三が宇都宮戦で味方の兵を斬ったこと、二股台場山で部下たちを労ったこと、いつしか子に慕われる「慈母」の如く配下の者たちに慕われたこと、箱館市街戦で「退く者は斬る」と宣言したことなど、多くの史料や通説を採り入れつつ、巧みに独自の展開へ落とし込んでいる。
その手法は、『人魚ノ肉』でも活かされていた。

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収録作品の初出は、『日刊ゲンダイ』2016年11月8日~2017年5月1日。
本書は2017年5月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。電子書籍もある。

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 逢坂剛『果てしなき追跡』 

長編小説。負傷し記憶を失った土方歳三が、図らずも箱館を脱出してアメリカへ渡り、異国で生き抜くために闘い続けるアクション西部劇。

ストーリーの舞台は、箱館と航海中の船内が前半1/3を占め、残りはアメリカ西部の町々と荒野。
箱館戦争の描写などに史実を採り入れているが、大半はオリジナルのストーリーが展開する。全49章。
冒頭のあらすじは、以下のとおり。

明治2年5月10日、箱館。
戦争は、いよいよ末期にさしかかっていた。
旧幕方の時枝新一郎は、妹ゆらと話し合う。
数日前、土方歳三から新一郎にある命令が下された。それは、単身で箱館を脱出し、アメリカへ渡って見聞を広め、いずれ故国の発展に尽くせ、というものだった。
しかも、アメリカの商船で密航できるよう、すでに手筈が整えられている。
歳三の下を離れるなど不本意に思う新一郎だが、背くわけにゆかず、従う決心を固めた。
ゆらは、その時が来たら兄を送り出そうと覚悟を決める。

翌11日。いよいよ新政府軍の箱館総攻撃が開始される。
土方歳三は一隊を率い、一本木関門へ向かう。新一郎は、その麾下に加わった。
ゆらは、離れた場所から戦況を窺う。
関門を死守する歳三は、馬上から「進め、引く者は斬り捨てる」と隊士らを叱咤激励していた。
その時、ひときわ大きな銃声が響き、歳三の体が地に落ちる。
ゆらも新一郎も、我を忘れて駆け寄った――


主な登場人物は、以下のとおり。

隼人(ハヤト)=土方歳三
箱館戦争で負傷し、記憶喪失となってしまう。
時枝新一郎の計らいで、アメリカ商船セント・ポール号に乗せられる。
身元を隠すため、「内藤隼人」通称「ハヤト」と名乗ることに。
過去の出来事は思い出せないものの、言葉や一般常識、習慣的行動や技能は失っていない。
冷静沈着でストイックな性格もそのまま。
剣技の冴えも衰えず、和泉守兼定の一振りを常に持ち歩く。
加えて、敵の機先を制するための、ある特殊なわざを身につけている。
なかなか記憶を取り戻せないうち、過去にこだわらず、現在の環境に順応して生きていこうと心に決める。

時枝新一郎(ときえだしんいちろう)
武州日野の豪農に生まれる。28歳。努力家で行動力がある。義理堅い。
同郷のよしみで、子供時代から歳三に懐いていた。
新選組入隊を希望するも却下され、勉学に励めと勧められて、長崎へ留学し英語を習う。
慶応4年、旧幕軍に合流し、通詞や英語教師として協力。
歳三から渡米するよう命じられるも、歳三こそが「失われてはならない有為の人」と信じて行動する。
戦後、アメリカ貿易会社の日本支店に雇われ、横浜で通弁として働く。

時枝ゆら
新一郎の妹。18歳。兄と同じく勉強家で行動力がある。機転が利き、物怖じしない。
過酷な境遇にあっても挫けない芯の強さがある。
幼い頃から、歳三を慕っていた。兄といっしょに、長崎で英語を学び、旧幕軍に従軍する。
歳三を助けてともにアメリカへ渡るが、離ればなれになってしまう。

ジム・ケイン
商船セント・ポール号の船長。大男。40歳くらい。思慮深く、頼りがいのある人物。
隼人とゆらをアメリカへ密航させる。当初は報酬のためだったが、やがて好意から援助することに。

ピンキー(ヘンリー・トマス・ピンクマン)
黒人青年、19歳。明るく、働き者で、知恵がまわる。
テキサス州の牧場で奴隷の家系に生まれ、南北戦争のため家族と離れて以来、自力で生計を立てている。
セント・ポール号には、船長付の給仕兼雑用係として乗り組んだ。
さまざまな局面で隼人やゆらを助けるうち、強い絆で結ばれていく。

アレクス・ワイリー
セント・ポール号の甲板長。頼りになる男。
日本語が片言ながら話せる(ジョセフ・ヒコから教わった様子)。

ビル・マーフィ
セント・ポール号の甲板員。女好き。金銭に汚い。

エドガー・ノートン
セント・ポール号の船医。31~32歳くらい。長身で痩せ形。誠実な人柄。
隼人の傷を治療する。

クレア・シモンズ
セント・ポール号の看護婦。30代半ば。長身。有能。勝ち気で、プライドが高い。
南北戦争に出征して行方不明になった弟を探している。

マット・ティルマン
粗野で無愛想なガンマン。巨漢。40代半ば。尊大で威圧的。執念深い。
若い頃はアリゾナで保安官を務めるかたわら、酒場や賭博場を経営していた。
その後、船舶会社に雇われ、セント・ポール号に警備責任者として乗務。
賞金欲しさに、密航・密入国する者を捕えて入国管理局に引き渡そうと画策する。
やがて船を下り、連邦保安官を称して、個人的な怨恨から隼人やゆらをつけ狙う。

グロリア・テンプル
下宿屋グロリアズ・ロッジの女主人。50代半ばくらい。体格が良い。
昔気質。夫を亡くした後、自力で下宿屋を経営してきた女丈夫。
ジム・ケイン船長と旧知の間柄。隼人とゆらを匿い、何かと便宜を図る。

バーバラ・ロウ
グロリアに仕えるメイド。雇い主と同じくらい体格が良い。
料理や雑用もこなす律儀な働き者。

エリック・バートン
カースン・シティ・ホテルに勤務するフロントマン。小柄な男。30代半ばくらい。
事務的なようで、実は人情味のある男。

リグビー
オースティン・グランド・ホテルに勤めるフロントマン。老人。
日本からの外交使節団を自分の孫娘が世話したことから、日本びいきになった。

ロリー・サマーズ
リーノウ(ネヴァダ州の町)在住、厩舎のオーナー。女カウボーイ。

ポカリ
インディアン(ネイティブアメリカン)、ショショニ族の戦士。英語が少し話せる。
隼人やピンキーと偶然に出会い、浅からぬ因縁で結ばれることに。

トマス・フィンチ
ビーティの町にあるサルーン「ネヴァダ・パレス」のバーテンダー。口髭を整えた洒落者。
愛想はないが人情を知る男。

高脇正作(たかわきしょうさく)
もとは伊勢奥松家の下士。慶応4年、藩内抗争により恭順派の重役を斬った。
箱館で新選組に加わり、新一郎に英語を習う。戦後、旧主家の恭順派に狙われ、各地を転々。
新一郎の世話で、貿易会社に雇われ、研修を名目に渡米する。
隼人とゆらの安否確認を依頼されており、その消息をあちこち尋ねてまわる。
ゆらに対して一方的な好意を持っているが、隼人が土方歳三その人だとは知らない。

---
ページ数が多いものの、ストーリーに引き込まれて予想より早く読了した。
敵と味方が追いつ追われつ、はぐれたり行き違ったり再会したり、スリルに富んだ逃亡&追跡劇が展開する。

隼人とゆらにとって、当面の目標は、異国の地アメリカで生きていくことである。
官憲に捕えられ日本へ強制送還されないよう、身元を隠したまま、平穏な日常生活を手に入れたい。
何事か起きても公に訴え出ることはできないから、自分の身は自分で守らなければならない。
長期的、具体的な目標は、さしあたって持たない。

このような主人公たちを能動的に動かすのは、けっこう難しいのではないだろうか。
具体的な最終目標(敵のラスボスを倒すとか、古代の秘宝を手に入れるとか)を持つ者の話に比べると、受動的で地味になりがちのような気がする。
しかし本作では、主人公たちが次々と難局に直面する。降りかかる火の粉を払うため、大人しくしてなどいられない。必然的に、波瀾万丈の冒険をくりひろげることになる。
そうした展開に持っていく筋運びは、リアルで無理がなく、巧いと感じた。

隼人が記憶を失う設定は、「いつどのようにして回復するのか」「回復したらどうなるのか」という読者の興味をそそるためと思うが、それだけではなさそうな気がする。
幕末維新史になじみのない読者に対して時代背景を説明しやすい、という側面もあるのではなかろうか。

巻頭に、以下の図表類が載っている。
  • 主な登場人物の一覧
  • 作中世界の地図(当時のカリフォルニア州、ネヴァダ州、ユタ州などアメリカ西部)
  • 関連年表(1860~78年、作中の出来事、アメリカと日本それぞれの大きな出来事を併記)
  • 距離の換算表(尺貫法とヤードポンド法の長さを、それぞれメートル法に概算したもの)
特に地図は、ストーリーを把握するため必須なので、助かった。
贅沢を言えば、箱館の地図もあればもっと良かったかも(笑)

船舶のしくみやアメリカ史についても、よく考証されている。
セント・ポール号の船内構造と、そこで過ごす乗組員たちの生活ぶりが、面白い。
アメリカ西部の町や自然、人々の暮らしといった描写にも、リアリティを感じる。
当時の世相、例えばゴールドラッシュ、南北戦争の後遺症、人種間の差別と軋轢、大陸横断鉄道の開通など文明化の加速ぶりといった要素が、ストーリーに反映されているのも興味深い。

日米の文化の違いと、それをめぐる人物たちの心理や反応も、見どころと言える。
「袖留め(女子の成人式)を終えた自分はもう大人」と主張するゆらと、「アメリカでは十代の男女を成人扱いしない」と困惑するケイン船長のやりとりは、どちらの主張も理解できる。
アメリカに上陸し、ガス灯や鉄道などを初めて目にするゆらと隼人の戸惑いは、さもありなんといった感じ。

逆に、国が異なろうと似たような制度や習俗もある。
ポリスマンを「捕り手の役人」、ホテルのフロントマンを「宿屋の番頭」とする隼人の言い換えが、面白い。

南北戦争のために家族を失ったり、平穏な日常を奪われたりした者たちが登場する。
彼らが戦争の傷跡に苦しみながらも日々の生活を取り戻し、社会を復興することによって、アメリカは新しい国に生まれ変わっていく、という歴史が窺える。
戊辰戦争後の日本も同じような過程を経て近代国家となっていったことが、想起された。

本作のストーリーは、この1巻のみでは完結していない。
最後の場面に、続編への引きを盛大に残して、「第一部 完」としてある。
続編の有無について調べてみたら、本作は下記のとおりシリーズものであることがわかった――

作者はかつて、長編『アリゾナ無宿』と、その続編『逆襲の地平線』を発表した。
舞台は、本作から6年後のアメリカ西部。「サグワロ(大型サボテンの一種)」と名乗るサムライが登場する。
彼は剣の達人で、日本のハコダテからやってきたというが、過去の記憶を失っている。
この「サグワロ」が土方歳三、という設定は当初からあった。ただ、その正体が明かされる前にシリーズが中断してしまい、本作でようやく再開に至ったと、作者は語る。
本作の続編となる第2部は、『中央公論』誌上にて今夏から連載を始める予定だとか。
(参考:YOMIURI ONLINE「土方歳三、アメリカ西部を駆ける」2017年2月3日)

――というわけで、既刊『アリゾナ無宿』『逆襲の地平線』を未読にしている読者は、続編の発表・完結を待つあいだに読んでおくとよいかもしれない。

2017年、中央公論社より、単行本が刊行された。四六判ハードカバー。
読売新聞の会員制ウェブサイト「読売プレミアム」に2015年8月から2016年10月まで連載された『果てしなき追跡』を加筆・修正したものと、巻末にある。

同じ「賞金稼ぎ(バウンティハンター)」シリーズの既刊は、下記のとおり出版されている。
『アリゾナ無宿』… 新潮社2002/新潮文庫2005/中公文庫2016
『逆襲の地平線』… 新潮社2005/新潮文庫2008/中公文庫2016

果てしなき追跡
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アリゾナ無宿
(中公文庫)
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逆襲の地平線
(中公文庫)
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 草森紳一『歳三の写真』 

表題作「歳三の写真」は中編小説。そのほか、史論やエッセイ4編を収録する。

歳三の写真
中編小説。箱館戦争を背景に、土方歳三が写真師・田本研造と出会い、肖像写真を撮らせる顛末を描く。

明治元年11月15日、旧幕脱走軍の旗艦開陽が、江差沖で座礁する。
脱出の努力もむなしく沈没していく様子に、人見勝太郎や松岡四郎次郎らは嘆きを禁じえない。
しかし歳三は、自分でも意外なほど冷静に事実を受けとめていた。

蝦夷へ渡る前、歳三は幕医・松本良順から肖像写真を撮るよう、強く勧められる。
良順から聞いた話を頼りに、箱館で写真師・田本研造を探すと、彼は同業の木津幸吉のもとにいた。
そこには先客として榎本武揚もおり、田本を従軍写真師として雇いたいと持ちかけたという。

歳三は、木津の写場を何度も訪ね、田本と語らったり、仕事ぶりを見物したりする。
しかし、自身の肖像撮影にはなかなか踏み切れないまま、箱館の冬を過ごす。
そして日を重ねるうち、新政府軍の侵攻は目前に迫るのだった。


著者が本作を描いたきっかけは、歳三の写真を見て「ある種の近代性の匂い」を感じとったこと、だとか。
これについては、巻末の著者あとがき、もしくは解説に詳しいので、ぜひ一読されたい。

写真に撮られるという行為は、現代においても、単に見られるのとは違った意味合いがある。
写真の黎明期・幕末にはなおさら、人は様々な思いを抱きつつ被写体となったことだろう。
本作は、歳三の写真がどのように撮られたか、当人の心理、田本研造との関係に焦点を当てて描いている。
歳三の生き方や、肖像写真を残すという行為の解釈は哲学的で、何か深淵を覗き込むような感覚すらおぼえる。
もっとも、そこまで深く考えず、単純にストーリーを楽しんでもよいと思う。

本作の歳三像は、生身の人間らしい親しみやリアリティを感じさせる。
写場(撮影スタジオ)で撮影の様子を見物したり写真機(カメラ)を覗いたり、宮古湾海戦の失敗を悔やんだり、二股台場山でクマに追いかけられたりといった場面には、特によく表われている。
最期は、馬上で督戦中に遂げるのではなく、まったく別の状況が描かれる。筆致は抑制的で、ヒーロー的な華々しさや感動を煽る要素はないにもかかわらず、妙に印象的で忘れがたい。

田本研造は、頑固で無愛想な職人気質の男として造形されている。
同時代の写真師たちも、木津幸吉のほか、紺野治重、横山松三郎、武林盛一が登場して、興味深い。

旧幕軍諸士では、榎本武揚の登場が多い。ただし、周囲の反発を買うなど、あまり良い扱いをされない。
ほかにも、林董三郎、中島三郎助、伊庭八郎、甲賀源吾、大鳥圭介などが出てくる。
新選組隊士は、市村鉄之助、立川主税、野村利三郎らが登場。

朝涼や人より先へ渡りふね
エッセイ。副題「伊庭八郎の『征西日記』の韜晦について」。
日記史料に窺える八郎の心理と、その生涯を考察する。

伊庭八郎は、言わずと知れた心形刀流・伊庭秀業の嫡子であり幕臣。
戊辰戦争では、箱根山崎の戦いで左手を失いながらも蝦夷地へ渡り、木古内の戦いで被弾、箱館で亡くなった。
本作のタイトルは、八郎が同日記に書き留めた発句を転用している。

『征西日記』は、正確には「御上洛御共之節旅中並在京在坂中萬事覚留帳面」と称する。
元治元年、上洛する将軍家茂を八郎が奥詰(親衛隊)として警護した、約半年間の記録史料である。
この日記は、友人かつ同僚の中根香亭により明治期に出版され、世に知られている。

日記の内容は京坂滞在中の出来事だが、政情や任務にはあまり触れず、食事や名所見物、買い物の記述が多い。
そのため「危機感に欠ける」などと批判されることもある。
しかし著者は、八郎が幕臣としての忠信や覚悟を意図的に記さなかったと捉える。
八郎に対する著者の評は、ごく客観的なようでいて、好意がそこはかとなく伝わってくる。

重い羽織
エッセイ。副題「新選組の「誠」」。
新選組の隊服「ダンダラ羽織」の成立過程と意義を、歴史的・社会学的・心理学的な見地から解き明かす。
隊旗、すなわち「誠の旗」にも言及している。

」という言葉は、決して新選組の専売特許ではなく、当時多くの人々が使っている。
ただ、新選組の場合は「誠」を旗印や隊服にあしらい視覚化、これでもかと見せつけた。
それが、他者とは大きく異なる点であり、近代的宣伝術の走りであると、著者は指摘する。
批判的ともとれる表現もあるが、全体としてはごく客観的な考察として読める。

高台寺残党
史論。油小路事件の後、御陵衛士の面々がどのように行動したか、全9章にわたって考察する。

油小路事件で死亡した伊東甲子太郎らの遺骸は、後に光縁寺から戒光寺へ改葬された。
その葬列に200人もの「供卒」が従ったことが、記録に残っている。
本編は、この改葬がタイミング的にいつ行なわれたか、「供卒」とは何者なのか、なぜこのような人数を仕立てることが可能であり、その必要があったのか、を探る。
同時に、鈴木三樹三郎や篠原泰之進が赤報隊の成立・活動とどのように関わっていたか、相楽総三の言動と比較しながら、かなり克明に追っている。

中盤では、油小路事件や墨染狙撃事件にも言及する。
阿部十郎、加納道之助、富山弥兵衛たちの言動、その裏にある心理や薩摩藩との関係を子細に探っていく。

御陵衛士の研究書というと市居浩一『高台寺党の人びと』を思い出すが、本編もかなり詳しく勉強になる。
彼らに関心のある向きにとって必読、と言ってもよさそう。

「斜」の視線
エッセイ。副題「新選組副長土方歳三の「書体」」。
発句(俳句)や書簡の内容と、そこに残された筆跡を手がかりに、土方歳三の生き方を探る。

俳句には兵法に通じる側面がある、という。
俳人の祖父や兄を持つ歳三は、自身も句作に親しむ機会に恵まれていた。
彼の人格形成には、俳句と剣術に出会ったことが大きく影響している。

歳三のスタイリッシュな筆跡は、単に文字を書くというだけでなく、デザイン的な意図をうかがわせる。
著者の考察は、適確かつ奥深いと思えた。

---
本書の初版は1978年。小説は別として、エッセイや史論は歴史研究として最新でない部分もある。
しかし、全体としては古さを感じさせず、むしろ高い普遍性がうかがえる。
著者の見解は、かなり真相に肉迫しているのでは、と思えた。
また、幅広い知識に裏づけられたユニークな視点は、参考になるところが多い。
文体には「品格」ともいうべき魅力があり、文章書きとして見習いたいほど感銘を受けた。

本書は、下記のとおり初版と増補版とが出版されている。

『歳三の写真』
1978年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」の4編と、著者あとがき「『歳三の写真』ノート 自跋をかねて」を収録。

『歳三の写真〔増補版〕』
2004年刊行。「歳三の写真」「朝涼や人より先へ渡りふね」「重い羽織」「高台寺残党」「「斜」の視線」の5編と、縄田一男の解説「エスプリと諧謔にみちた土方歳三像」を収録。

いずれも版元は新人物往来社、体裁は四六判ハードカバー。カバーデザインが異なる。
(※本項は『歳三の写真〔増補版〕』を参考として記述した。)

ちなみに、中編小説「歳三の写真」は下記アンソロジーにも収録されている。
『新選組傑作コレクション 興亡の巻』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 河出書房新社 1990
『新選組興亡録』 司馬遼太郎ほか著 縄田一男編 角川文庫 2003

歳三の写真
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