新選組の本を読む ~誠の栞~

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 森満喜子『沖田総司幻歌』 

短編小説集。沖田総司、あるいは彼と関わった人々を主人公とする6編を収録。

「百年の霧」
京都市、西京保健所の保健婦・岡田光子は、放射線技師らとレントゲン車で集団検診に向かった。
ところが、濃い霧に包まれ道を見失ったかと思うと、幕末の壬生、新選組屯所に着いてしまう。
山崎烝の出迎えを受け、隊士たちの胸部レントゲン撮影をするという、ありえない事態に。
後日、医師の画像読影により、結核に罹患している患者が見つかる。
その患者とは、沖田総司であった。そこで、再検査の必要を伝えることに。
再検査の当日、保健所のスタッフ一同は沖田らの来所を待ち受ける――


いわゆるタイムスリップもの。
保健所の医師として結核を担当した作者自身の経験から、医学的見地に基づいて書かれている。
作者あとがきによると、読者からの手紙に沖田の病状に関する質問が多いこと、現代なら沖田の病気は完全に治せたであろうにと思ったことが、執筆の動機とか。

作中の「現代」は、執筆・発表当時の昭和40年代後半(1970年代前半)。
そのため、新選組の活動期が「100年前」とあったり、女性保健師を「保健婦」と称したり。
ただ、結核治療の基本が抗生剤服用と安静なのは、現在とあまり変わらない様子。

光子をはじめ沖田に関わった人々は、なんとか彼を救いたいと親身になる。
しかし、100年を隔てた霧と「戦い続けたい」という沖田自身の意思に阻まれ、思うにまかせない。
そのもどかしさと無念さ、愛惜の気持ちが、温かくも切ない。

「苔の庭」
山南敬助は、新選組の現状と近藤・土方の組織運営に対し、強い不満を覚えるようになっていた。
その思いを打ち明けられた沖田は、山南の苦悩を理解したものの、共有するまでには至らない。
西本願寺への屯所移転問題をきっかけに、山南は書き置きを残して屯所を去る。
近藤と土方は、沖田に後を追うよう指示。
ただ、周囲の耳目をはばかって、互いの真意を充分に確認することはできなかった。
大津で出会った沖田と山南は、親しく語らった後、連れ立って屯所へ戻るが――


山南の脱走・切腹を主題とする物語。
あのような結末は誰ひとりとして意図せず、ちょっとした行き違いのせいでは――と作者は考え、本作を執筆したという。確かに、山南と土方の間に深刻な確執があったなどとする説は、事実かどうかわからない。
誰も意図しない結末なればこその悲劇に、打ちのめされる沖田の心痛は深い。

西芳寺(苔寺)の緑の苔、その上に舞い落ちる色づいた木の葉の鮮やかな描写が、効果的に使われている。

「京洛早春賦」
文久4年(元治元年)2月3日。壬生寺の節分会には、多くの老若男女が訪れる。
その中には、男女逆転の仮装した人々「お化け」も立ち交じる。
そこで藤堂平助は、わざわざ振袖や娘島田のかつらを借りてきて、誰かを女に仕立てようと言い出す。
女役のくじを引いてしまったのは、皆の期待どおり、沖田総司だった――


「節分おばけ」は、京都町衆の厄払いの風習。
花街では芸妓が仮装で客をもてなす。一般人が参加するコスプレイベントも開催されるとか。
本作は、その風習を取り入れコメディタッチに仕上げた、沖田の武勇談(?)。
気楽に読める話だが、後日談できっちりオチをつけたところが作者の手腕と感じる。

作中では、藤堂平助の名が「兵助」と表記されている。

草創初期の新選組の面々が前途洋々としているさまは、清々しく微笑ましい。

「萩咲く」
新選組隊士・田中寅蔵は、剣術の巧者であり、また非常に律儀な性格でもあった。
ある日、長州系浪士たちと、取り締まろうとした新選組との斬り合いが勃発。
戦いの後、浪士のひとりから最期の願いとして1通の書状を託された田中は、それを高杉晋作に届ける。
高杉は、死者のために単独で訪れた田中に警戒を解く。そして、「西洋列強の日本侵略を防ぐには、勤皇・佐幕の争いを一刻も早くやめて一丸とならなければ」と語る。
これに共鳴した田中は、新選組を攘夷の先鋒たらしめたい、と純粋な善意で考える。
沖田は、帰隊した田中から、いきなり「新選組は方針転換すべき」と説かれて困惑する――


田中寅蔵は実在の隊士。
品行方正で、撃剣師範に就任するほどの腕もあったが、過激な攘夷論を主張して切腹させられたと、西村兼文『新撰組始末記』に記されている。
死亡日は慶応3年4月15日、享年27。作中にも書かれているとおり、辞世の歌を遺した。

新選組は、実際のところ、攘夷の先鋒たらんとして発足した組織である。
「攘夷は日本が列強並みの軍事力を得てから実行する」「指揮は幕府が執る」という幕府の方針を支持した。
対して「攘夷は直ちに実行すべき」「日本が一丸となるため主導権は天皇が握るべき」と主張する勢力がある。
この考え方の違いが、親幕vs.反幕の争いの原因。
新選組は治安部隊として、幕府の方針に逆らう者と戦わなければならなかった。

沖田はどのような政治思想を持っていたのか、理想と行動とのギャップに悩んだりしたことはなかったのか、という読者からの問いをヒントとして、作者は本作を著わしたという。
田中を救いたいと腐心しつつ、彼の主張に賛成することはできない沖田の思いが哀しい。

「はんばあぐ・すてえき」
肥後の松田謹吾は、義兄・松田重助が池田屋事件で沖田総司に斬られたと知り、仇討ちを決意。
京へ上り、一対一の勝負を挑んだものの、あまりに技量が違いすぎ、あっさり退けられてしまう。
帰郷し、厳しい修業を積むうち3年が過ぎて、天下の情勢は大きく変わった。
京から大坂、江戸へと仇敵の消息を求めて、謹吾はようやく沖田の潜伏先を捜し当てる。
千駄ヶ谷へ向かう途中、西洋料理店を見かけ、仇討ちの前に腹ごしらえしようと思い立った。
初めて食べる旨い料理で心身を満たした後、ようやく沖田と対面すると――


松田重助は実在した志士だが、主人公の松田謹吾は架空の人物。
新選組が私情を交えず任務のため戦っていても、相手方の心に怨恨を生むことは少なからずあったろう。
実際の沖田は静穏な療養生活のうちに世を去ったが、もしも謹吾のような人物が押しかけてきたらどうなったかと、作者は想像して本作を書いたという。

闘争の日々の果てに、旧時代とともに世を去っていく沖田。
新時代に新しい生き方を感得し、己の運命を切り開こうとする謹吾。
ふたりの若者の姿が、作者の狙いどおり、時代の交代を象徴している。

美味しいものを食べることは、一見何気ない行為のようであるが、人の体と心を養い、時には人生を変えるほどの力を持つ。そうした「食の力」を、改めて考えさせる物語でもある。

「翡翠(ひすい)
秋田清之助は、旗本の五男坊。沖田総司とは江戸以来の友人であり、その伝手で新選組に入隊した。
ある日、沖田から女への贈り物を見繕って欲しいと頼まれ、清之助は買い物を手伝う。
沖田は、蘭の花を象った翡翠のかんざしを、費用を顧みず特注するのだった。
男ぶりが良く女性関係の盛んな清之助だが、荒物屋の娘・千枝と知り合い、行く末を真剣に考えるようになる。
ところが、油小路事件が原因となって、千枝から拒絶されてしまった。
新選組の伏見移転後、沖田の体調は目に見えて悪化し、清之助もその症状が肺結核と気づく。
まもなく鳥羽・伏見戦争が勃発。戦列を離れた沖田に代わり、清之助は無我夢中で戦うが――


新選組の慶応元年から4年までの動静を背景に、沖田総司の秘めた恋と、秋田清之助の青春を描く。
清之助は架空の隊士。
家を継ぐことなく、これといった志があるわけでもなく、なんとなく生きる目的を求めている若者。
そんな彼も、新選組に在籍したことで、否応なく動乱の渦中に巻き込まれていく。
そして、命の危機と絶望を乗り越えた末、幸福を得る。

沖田は、秘めた恋を成就させることなく、短い生を終えた。
「相手の親に反対された」と本人は語ったが、病気のため自ら身を引いたのではなかろうか。
その目撃者として配された清之助との対比が、際だっている。
沖田ももっと長く生きられたとしたら、いつか悲恋を忘れられる未来があったろう。
そんな日を迎えることなく他界した沖田への哀惜と、それを象徴する翡翠のかんざしが印象に残る。

作者が以前発表した「旅」では、沖田と愛しあった女との間に遺児がいた。(※『沖田総司抄』に収録。)
子孫筋から聞いた話をもとにした作品であるものの、読者の批判的な感想も寄せられた様子。
作者自身も、本作のほうが沖田の本当の恋に近いと思える、とあとがきに記している。

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本書は、『沖田総司哀歌』(1972)、『沖田総司抄』(1973)に続く、作者の沖田総司短編集の3冊目。
昭和49年(1974)、新人物往来社から単行本(四六判ハードカバー)が刊行された。
再版や文庫化はされていない様子で、もったいなく思える。

沖田総司幻歌


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 歴史時代作家クラブ編『新選組出陣』 

アンソロジー。歴史時代作家クラブに所属する作家9人が、新選組を題材とする短編小説を競作。
それぞれ興味のある隊士を選び、書き下ろした。
巻末に、執筆陣による座談会が収録されている。

「花は桜木 ―― 山南敬助」 天堂晋助
山南敬助は、なじみの遊女とめを連れて、新撰組を脱走した。
胸を患うとめは、故郷の山陰の海を見たいと言う。
その望みを叶えてやろうと旅路をたどりながら、山南は来し方を様々に思い返す。
江戸へ出て剣術修業をするうち、近藤勇ら試衛館の面々と出会い、浪士組に加わり、新撰組を結成し……
死を覚悟した戦いの日々も意欲に溢れていたはずなのに、その情熱はいつしか冷めてしまった。


山南と追ってきた沖田総司とのやりとりが、目新しく感じられた。
ただ、脱走の動機が今ひとつ呑み込めない。
健康上の問題を抱えているわけではなく、ただ「死に飽きた」と言う。また、大名然とふるまう近藤勇に対して、同志すべてが平等であるべき新撰組の在り方に反していると、不満を抱いた様子。
それらが理由ならば、単身脱走すればよいと思う。とめを救うにしても、逃亡の旅に連れ出すのは過酷。
合理的な判断ができないほど精神的に疲れ切っていた、と解釈すればよいのだろうか。

「終わりの始まり ―― 河合耆三郎」 響由布子
勘定方の河合耆三郎は、幼い頃から霊感があり、長じるにつれ霊能力を身につけた。
しかし、人に話しても理解されるどころか奇異の目で見られかねないので、秘密にしている。
新選組では、隊士に憑いた霊を除き、屯所の霊的守りを固めるなど、密かな役割を自主的に担っていた。
ただ、同じように霊感体質の松原忠司とは打ち解けて、何かと相談しあう仲になる。
ある日、西本願寺屯所に見知らぬ僧がやって来た。
この僧を怪しいと直感した耆三郎は、屯所の霊的結界を強化しようとするものの、怪異に襲われる。


新選組とオカルトを組み合わせたのみならず、河合耆三郎を主人公として、勘定方らしく算法の能力を霊的分野にも活かすところがユニーク。松原忠司とのコンビも面白い。
河合と松原について子母澤寛『新選組物語』を読んでいれば、なお楽しめよう。

フィクションを史実にリンクさせていく工夫が上手いと感じられた。
また、この事件が新選組だけでなく、幕府や日本全体に影響を及ぼすと予測させるスケール感もよい。
実際の歴史の裏にもこのようなことがあったかも、などと想像したくなる。

「京の茶漬け ―― 山崎烝」 飯島一次
慶応4年1月、新選組の伏見陣地は、開戦前の緊張感と一時の静けさに包まれていた。
2年半前に入隊した江戸出身の「俺」が独りでいるところへ、山崎烝が声をかける。
「おまはん、京の茶漬けて、知ってるかいな」
たわいない会話は、京坂と江戸との習慣の違いや、お互いの身の上話に及ぶが――


隊士「俺」の一人称で書かれている。その文体にまず仕掛けがあった、と気づかされるのは最後。
長閑な世間話が続くのに、いきなり真相が暴かれる急転直下は、直前まで予想できなかった。
よく考えれば陰惨な結末だが、まるで落語のオチのように軽妙な味わいを持たせたところが巧い。
山崎烝の人物像もなかなか魅力的。

「誠の桜 ―― 市村鉄之助」 嵯峨野晶
慶応3年、14歳にして入隊した市村鉄之助は、厳しい稽古や雑用にも懸命に取り組む。
内部粛正を目の当たりにして、新選組の現実を思い知りながらも、早く一人前になりたいと努めた。
病に伏した沖田総司の看病をするうち、鳥羽伏見戦争が勃発し江戸へ撤退することに。
兄・辰之助が脱走しても、自らは隊に残り、土方歳三の側付きとして奮闘する。
ところが、箱館の戦局が押し詰まった頃、土方から脱出するよう言い渡されるのだった。


前半では、馬越三郎が登場し、武田観柳斎の粛清が描かれる。
実際のところ、慶応3年にはふたりとも在隊していなかった可能性が大きいようだが、子母澤寛『新選組物語』のアレンジとして面白い。

オリジナルの登場人物・お佳代と織江の存在が、物語に奥行きと温かみを持たせている。
戊辰戦争終結後にも印象的な出来事がひとつあれば、いっそう良かったような気がした。

「竜虎邂逅 (りゅうこかいこう)―― 近藤勇」 岳真也
慶応3年11月、若年寄格・永井玄蕃頭尚志を訪ねた近藤勇は、偶然やって来た坂本龍馬と引き合わされた。
互いに変名を名乗りながらも相手の正体に気づいた上で、今後の政局について語りあう。
しかし、それからまもなく龍馬も近藤も世を去った。
永井は、蝦夷地へ渡り箱館戦争に参戦するも、終戦後の明治を生きて天寿を全うする。


永井尚志の視点から見た近藤勇と坂本龍馬、という捉え方は面白い。
ただ、本作の近藤は龍馬の発言に驚いてばかりで、いささか物足りない。
たとえ能弁でなくても、一言くらい鋭く切り返して、龍馬を感心させるところが見たかった。

全体として、もっと永井尚志の生き方に踏み込んでも良かったような気がするが、そうすると新選組の話ではなく「永井尚志伝」になってしまいかねないので難しいだろうか。

「最後に明かされた謎 ―― 土方歳三」 塚本青史
江戸帰還から甲州、北関東、会津、蝦夷地と、土方歳三は戦い続ける。
折々、郷里多摩時代のこと、新撰組結成以降の在京時代のことなど、過去の出来事が思い出された。
箱館で、見廻組・今井信郎と話すうち、話題は坂本龍馬の暗殺に及ぶ。
会津藩家老・西郷頼母や、元若年寄・永井尚志も加わって話すうち、事件の真相が見えてくる。


新撰組の歴史を振り返る描写が、やや冗長に感じられた。
詳しくない読者に対しては親切と思う。ただ、他の収録作は予備知識のある読者に向けて書かれているのに、なぜ……。ひょっとして、本作が他の作品の分まで解説を引き受けているのだろうか?

細かいながら、多少引っかかる点がいくつかあった。
例えば、歳三の郷里が「武州多摩郡桑田村石田」と書かれている。明治22年に石田村と近隣村々が合併し「神奈川県南多摩郡桑田村」が発足した事実はあるものの、幕末に桑田村は存在していない。
また、松前藩士・桜井某らを使者として派遣したくだりには、彼らを峠下で捕虜にしたとある。しかし実際、桜井長三郎たちは藩内抗争処理のため本州へ渡り箱館へ戻ってきただけで、戦闘の捕虜ではない。

坂本龍馬の暗殺は、直接関与したわけではない新撰組にも多大な影響を及ぼした、重要事件だとは思う。
ただ、「龍馬が存命なら戊辰戦争は起きなかった」とまで言えるのかどうか、考えてしまった。

「時読みの女(ひと) ―― 永倉新八」 鈴木英治
剣術修業のため諸国を廻り、江戸へ戻ってきた永倉新八は、本所亀沢町の百合元昇三道場に寄宿していた。
ある日の外出中、水路に転落しおぼれかけた女を救う。
お夕那と名乗った女は、新八に好意を寄せてくる。ふたりはやがてわりない仲となった。
しかし新八は、坪内主馬道場・師範代の座をかけた叢雨郷兵衛との試合を間近に控えており、色恋に迷っている余裕などはない。
そんな時、同門の片桐真之丞が、新八の命を狙う者がいるので用心するよう忠告にきた。
大坂で新八に斬られた強盗一味の頭目が、死の間際に刺客を雇ったのだという。
新八は、刺客の気配に気づきながら、お夕那への思いや試合への迷いも抱え、心を悩ませる。


文久元年頃の永倉新八を主人公とする、ミステリータッチの物語。
迷い悩みながら剣に情熱を注ぐ青春の日々が、活写されている。
親友の市川宇八郎も登場。沖田宗次郎(総司)は、時々訪ねてきて試合稽古をする仲。
お夕那に卜占の才能があり、その予言のとおりに新八が生きていくことを示唆して終わるのが面白い。

「天孤の剣 ―― 沖田総司」 大久保智弘
小野路の小島家へ出稽古に訪れた沖田総司は、同家屋敷の大屋根に上り、遠くを見渡していた。
「私たちの行く末を見たい」と言った彼が、そこで何を見たのかはわからない。
しかし、それを目撃した増吉少年(後の小島守政)は、夕陽に照らされた姿を心に深く刻む。
剣にかけては天才ながら、門人たちにつける稽古が荒っぽく、怖れられる総司。
山南敬助の優しく丁寧な指導とは、対照的だった。
そんな若い総司が、やがて試衛館の面々とともに京へ上り、目覚ましい活躍を見せる。
新選組の動向は、多摩にも手紙によって報告された。


沖田総司の生涯を、主に小島鹿之助と増吉父子の視点から描く。
近藤周斎、佐藤彦五郎、井上松五郎なども登場。近藤勇や土方歳三の前歴にも触れている。

多摩の剣法・天然理心流の興起と、それを支えた豪農層のつながりが、なかなか興味深い。
郷党の人々が、激動の時代における総司の生き方をどのように見ていたか、彼にどのような期待を抱いていたか、それらに焦点を当てたところがユニークと言えよう。
多摩の地理や風土も、現地取材の成果によってリアルで魅力的に描写されている。

タイトルを最初は「天狐の剣」と思ったが、よく見たら「天孤の剣」だった。
天に向かってひとり立つ、という意味らしい。
短い生涯の中で、彼は見たかった景色を見ることができたのだろうか、と思った。

「誠の旗の下で ―― 藤堂平助」 秋山香乃
藤堂平助は、尊皇の志を貫くため、伊東派の分離脱退に同行しようと決意する。
永倉新八は、そんな平助を呼び出して真意を糺し、苛立ちと無念を吐露する。
平助もまた、脱退は盟友らへの裏切りと感じていたが、かといって留まり続ければ自らの志を裏切ることになってしまう、という二律背反に苦しんでいた。
それでも、平助の決意は揺るがない。もし互いの組織が武力をかけて衝突する日が来たら、その時は新八に斬られて死ぬと、半ば冗談、半ば本気で言い置くのみだった。


伊東派の分離画策から油小路事件に至るまで、藤堂平助の生涯と苦悩を描く。
作者の初期長編『新選組藤堂平助』との共通項も多い。
ただ、前作にあった粗削りな面やそこはかとないBL風味は見られず、いっそう読みやすくなっている。
短編ながら、平助が新撰組を去り盟友らと戦うことになる心境はきっちり書かれており、深く共感できる。
永倉新八との友情が強調されているところも、興味深い。

新撰組を去ってもなお「誠の旗の下で」誓った志のために生き、「誠の旗の下で」戦い命を散らした平助の姿が、鮮烈な印象を残す。

【特別企画】「新選組誕生と清河八郎」展を観に行く 座談会 ―― 鳥羽亮・秋山香乃他
2013年、日野市立新選組のふるさと歴史館にて開催された特別展を見学しての座談会。
参加者は、本書執筆陣から鳥羽亮・秋山香乃・鈴木英治の3人と、清河八郎の直系子孫と、同館の学芸員。
特別展の感想、史実と創作との兼ね合い、作家9人が競作した本書の意義などを語りあう。

---
各作品に、主人公隊士の人物紹介が付いている。
150字程度の簡単な解説だが、読者に対する配慮として親切と思う。

「新選組」「新撰組」の表記は、収録作ごとに異なっている。
作家それぞれの方針を尊重し、本書全体で統一することは敢えて控えたのだろう。

2014年、単行本が廣済堂出版より刊行された。責任表示は、執筆作家9名すべてが列記されている。
2015年、徳間文庫版が出版された。責任表示は「歴史時代作家クラブ」のみ。文庫版解説は菊池仁が担当。

新選組出陣
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 門井慶喜『新選組颯爽録』 

短編小説集。タイトル読みは「しんせんぐみさっそうろく」。
新選組隊士たちの等身大の人物像と、その生き方、心の内を描き出す全6編。

「馬術師範」
安富才助は、大坪流馬術を修めていたため、入隊7ヶ月にして馬術師範に任命された。
それを嫉んだ阿部十郎は、剣術試合で恥をかかせたり、陰で嫌がらせをしたり、何かと才助に絡んでくる。
ある時、才助は近藤勇に請われて馬術を教えることに。
しかし、その稽古の日々も、土方歳三から勘定方を命じられたことで終わりを告げた。
かつて隊を脱けて赦された阿部は、伊東甲子太郎の分離脱退に従い、またも新選組を出ていくが……


本作の安富才助は、地道な努力家で、決して驕らず腐らない好人物。
それに対して阿部十郎は、信念がなく損得勘定に囚われる小人物、と設定されている。

才助が近藤に馬術を教えたのは短期間であったけれども、このことが後に近藤の危機を救った、という展開は巧みで、感動的と言える。伏見戦争で才助が阿部と対決する場面も、手に汗握る展開で面白い。

安富才助は維新後、東京で阿部に殺されたという通説が専らだったが、実際は郷里の備中足守へ帰って亡くなった。このことは、本作にも反映されている。

ちなみに馬術は、江戸期には武士の出世に無関係のため、まったく人気のない武芸であったという。
また、身分的に騎馬を許されたのは、旗本や隊の指揮者など上級武士のみ。
新選組の場合、組頭(副長助勤)以上の幹部だけが資格を有したと考えられる。
本書を楽しむのとは別に、こうした歴史的背景も知っておくとよいかもしれない。

瑣末なことながら、「四斤山砲」に「よんきんさんぽう」と読みがなをふってある。
実際は「しきんさんぽう」が正しい。(※参考:大森洋平『考証要集』)

「芹沢鴨の暗殺」
何かと世を騒がせる有名人の芹沢鴨と、まったく無名の近藤勇ら試衛館一党が、浪士組をきっかけに出会い、ともに京都で壬生浪士組を発足させる。
やがて、芹沢の素行の悪さを会津藩が問題視するようになり、排除の内意を示す。
しかし近藤は、芹沢を「天下の国士」と信頼し、庇うのだった。
土方歳三は、新選組という組織を維持していくため、そして試衛館派が組織を掌握するために芹沢を除きたいと思うが、近藤の意向を無視してまで手を出すわけにいかず、時機を待つ。
その時は意外に早く訪れた。8月18日の政変をきっかけに、近藤はそれまでの気持ちを大きく変える……


ずっと芹沢を重んじてきた近藤が、排除を推進する側へと豹変する。
動機がいかにも近藤らしく、また、人の心の移ろいやすさがリアルに描かれている。

沖田総司は、芹沢の剣技に注目し、自分も負けまいと対抗心を燃やす。
隊内政治にはまったく関心が無く、ただ強者と戦い制することに夢中なのは、やはり彼らしい。

「密偵の天才」
長州の陪臣だった村山謙吉は、藩内抗争のため命を狙われて脱藩し、新選組に入隊する。
そこで命じられたのは、間者として、中岡慎太郎率いる土佐陸援隊に潜入することだった。
陸援隊には、御陵衛士から送り込まれた水野八郎(前名は橋本皆助)がいた。
小心者の村山は、度胸があり有能な水野にはとても敵わない、と感じる。
そんなある夜、新選組の伍長・久万山要人が斬殺された。犯人が陸援隊の高落喜三郎であることを、ダブルスパイの水野から聞いた山崎烝は、水野に命じて高落を誘い出させる。
久万山が殺された場所で、高落を待ち構えていたのは沖田総司だった。


作中、人相書(手配書)に似顔絵が描かれている。
実際の人相書には、対象人物の特徴を言葉で説明してあるだけで、似顔絵はない。
作者はそうと知った上で、ストーリー展開の確実を期すためこのように書いたのだろうか。

村山謙吉が陸援隊に潜入したこと、間者とばれないよう新選組に別件逮捕されたこと、水野八郎が御陵衛士から陸援隊に送り込まれたことなどは、ほぼ事実。
本作は、それらを活かし、虚々実々の諜報合戦を描いている。
村山謙吉と水野八郎、それぞれがたどった運命の違いが興味深い。

「よわむし歳三」
土方歳三が、天然理心流三代目宗家の近藤周助に入門を願い出たのは、安政6年のことだった。
周助の跡継ぎ勝太(後の近藤勇)も沖田総司も、歳三には素質が乏しいとみなして賛成しない。
しかし、後援者・佐藤彦五郎の口添えがあるため、周助は断り切れず、入門を許した。
これを快く思わない原田左之助は、出稽古についていき、歳三を試合で叩きのめそうとして、勝太に叱られる。
惨敗した歳三は、左之助を石田村に呼び、牛革草の収穫作業を見せる。
歳三の合理的な人使いには、左之助も感心せざるをえない。
その用兵術は、やがて新選組に大きく役立つことになる。


左之助が歳三よりも半年早く試衛館に入門した兄弟子、ということになっている。
実際には、左之助は食客であって、門人ではない。
郷里松山を出奔したのは安政5年で、遅くとも文久2年には江戸の試衛館にいたようだが、当時の諸記録における存在感は歳三に比べるとだいぶ薄い。多摩へ出稽古に行った、という史料も見当たらない。

左之助は郷里の「松山」で谷万太郎に槍術を学んだ、というくだりもある。
しかし、左之助は「伊予松山」、谷万太郎は「備中松山」と出身地が違うので、ありえない話だ。
実際のところ、万太郎に槍術を学んだのは、試衛館に来る前、大坂の谷道場においてであろう。
槍術の修得にはそれなりの年月を要するはずで、歳三の入門よりも早く試衛館に来ていた可能性はさらに低い、と言わざるをえない。

歳三に剣才がない、という設定にも疑問を感じた。
もし本当にそうだとすれば、万延元年「武術英名録」に名前が載ることはなかろうし、文久3年4月16日に松平容保の前で武技を披露した顔ぶれに加わることもなかったろう。

天然理心流の稽古では特別に太い木刀を使用する、と作中に述べられている。
巷間に広く流布している説でもあるが、事実とは言い難いようだ。
真剣での戦いを想定して稽古する以上、木刀も真剣に近い重さ、柄の太さでなければならない。
特別に太い木刀は、筋力を鍛えるための素振りに使ったもの、とする説が順当であろう。

「石田散薬」の原料となる牛革草(ミゾソバ)の収穫作業について、さまざまに工夫されているのは面白い。
また、人はたとえ欠点があっても得意分野で才能を発揮できればよい、というテーマには深く共感できる。

「新選組の事務官」
尾形俊太郎は、武芸は苦手だが国学の教養があったため、草創直後の壬生浪士組に加盟した。
しかし入隊後、「学問だけの臆病者」という理由で近藤勇に粛清された殿内義雄の存在を知り、震え上がる。
事務方にもっと有能な者が入れば、自分も粛清されてしまうのでは…と怯えつつ、できるだけの仕事はしようと、隊士名簿や隊務日誌の作成に励むのだった。
そんな時、軍学者の武田観柳斎が入隊し、池田屋事件で手柄をあげる。
いよいよ取って代わられるかと覚悟する俊太郎だったが……


本作の尾形俊太郎は、もともと生活のために新選組に入隊したが、仕事ぶりは至って真面目。
それなのに、武芸が不得手なためにまったく評価されず蔑視されるという、不遇な役回り。
しかし、その地道な仕事が役立つ日が来るのだった。

対する武田観柳斎は、宣伝と保身が巧いだけで、武芸も学問も大した実力はない人物、と設定されている。
そういう観柳斎にのせられてしまう井上源三郎、決して許さない沖田総司、といった対応の違いが面白い。

最後に、観柳斎は『新選組始末記』と同様、斎藤一と篠原泰之進に斬られる。
日時は、作中には明示されないが、諸研究家の間では慶応3年6月22日説が有力。
その約3ヶ月前、斎藤も篠原も御陵衛士に移籍しており、新選組隊士としてこの暗殺を実行するはずはない。
あるいは作者は、観柳斎死亡が慶応2年9月28日という説を採ったのだろうか。

尾形俊太郎について、会津で新選組を離れて以降の消息がはっきりしなかったが、郷里の熊本に帰っていたことが近年判明した。それを反映させた本作の締めくくりは、余韻を感じさせる。

「新選組の事務官はみな早死にしている」という作者の主張も面白い。
ただ、これを定説として確立するには、「事務官」の定義をさらに明確にしていく必要があるだろう。

「ざんこく総司」
文久2年の暮れ、試衛館一党に浪士組加盟の話がもたらされた時、沖田総司は不参加を表明した。
彼には沖田家を継ぐ可能性が残されていたため、江戸へ残らざるをえなかったのだ。
しかし、山南敬助は総司の本心を見抜き、加盟の理由が立つよう、八百長試合を仕組んだ。
総司は、その八百長にはのらなかったものの、山南の厚意に応えて加盟を決意する。
上京後、豪商・岩城升屋を強請ろうとした不逞浪士らとの戦いで、山南は左肘に重傷を負う。
傷が癒えても、その剣の威力は大幅に低下していた。以来、山南が剣を執ることはなくなり……


導入部、テキ屋の路上賭博に総司が興じる場面は、時代の空気を感じさせて面白い。

総司と山南との関係は、多くの作家に取り上げられてきた題材である。
本作では、健康を失った(もしくは失っていく)者同士の共感に主眼が置かれている。
脱走した山南を連れ戻し、切腹の介錯をした総司は、涙を流さなかった。
それは、決して酷薄な心情の持ち主だからではない。
自身もやがて戦えなくなることを予感し、山南の姿が自らの行く末と重なって思えたからであり、そういう己の運命を嘆いて泣く気になれなかったからであろう。

作中、壬生で近隣の子供たちと遊んでやったのは、総司ではなく、山南だった。
子供たちは山南を慕って「しんせつ者は山南、さんなん」と歌う。
これは、『新選組物語』所収「壬生心中」の「親切者は山南松原」というくだりをアレンジしたのだろう。

---
全体として、「歴史上の英雄」ではなく身近にいそうな人物たちが、弱みや欠点を抱えながらも、激動の時代を前向きに生きていく様子が描かれており、読後感は良い。
人物と人物との対比によってそれぞれの特徴が際立つところも、印象的でわかりやすい。

気になるのは、人物や出来事や当時の制度・慣習について、よく調査・反映されている箇所とそうでない箇所とがあること。その落差が大きく、アンバランスな印象を免れない。
ストーリーは面白いのに惜しいと思い、この記事もつい辛めになってしまった。

そもそも本書を読んでみようと思ったきっかけは、『週刊朝日』2016年1月1-8日号の「決定2015年歴史・時代小説ベスト10」である。記事中、評論家・縄田一男が下記のとおり解説していた。

2015年は司馬遼太郎を意識した野心作がかなりあったんですね。
この『新選組颯爽録』の仮想敵は『新選組血風録』です。
人を操ることにはすぐれていても剣にコンプレックスをもった土方歳三とか。
人間の負の側面が作品に出てくるのです。
それでも彼らは颯爽と生きている。新選組ものの新しい定番になるのではないでしょうか。

言われてみると『新選組血風録』にも史実に沿っていないところはある。それなのに、なんとなく納得させられてしまう。歴史・時代小説のリアリティとは、不思議なものだ。

本作が今後もシリーズとして続くのなら、ぜひ新しい定番を確立して欲しい。
いっそうのレベルアップを期待する。

それぞれの収録作は、『小説宝石』の各号を初出とする。
「馬術師範」    2013年10月号
「芹沢鴨の暗殺」  2013年12月号
「密偵の天才」   2014年3月号
「よわむし歳三」  2014年6月号
「新選組の事務官」 2014年9月号
「ざんこく総司」  2015年1月号

2015年、光文社より単行本(四六判ソフトカバー)が刊行された。

2018年、光文社文庫版が刊行された。
単行本6編のほか、「戦いを避ける」を加え、全7編を収録している。「戦いを避ける」は、アンソロジー『決戦!新選組』から転載された短編。
ごく一部に加筆・修正がある様子。

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短編小説の関連記事

 細谷正充編『誠の旗がゆく』 

アンソロジー。副題『新選組傑作選』。
14人の作家による、新選組を主題とした短編小説を収録している。
収録作品は、当ブログですでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。

池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。
詳細は池波正太郎「ごろんぼ佐之助」を参照。

宇能鴻一郎「豪剣ありき」
浪士組責任者である松平忠敏の目から見た、芹沢鴨の豪勇ぶりと、新選組結成の経緯を描く。
詳細は、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。

長部日出雄「近藤勇の最期」
近藤勇の、甲州勝沼戦争から刑死するまでの言動と心境を、主に永倉新八の視点から描く。
詳細は、長部日出雄「近藤勇の最期」を参照。

北原亞以子「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、夫をうしない、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
詳細は、北原亞以子『埋もれ火』を参照。

神坂次郎「影男」
佐久間象山の遺児・恪二郎が、新選組に入隊するも脱走する顛末と、その後の人生。
詳しくは、神坂次郎『幕末を駆ける』を参照。

子母澤寛「隊中美男五人衆」
新選組の中で特に美男子と称された楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人について実録ふうに描いている。取材によって得た情報に、創作を交えたものらしい。
底本については、子母澤寛『新選組物語』を参照。

津本陽「密偵」
新選組隊士・中島登の奮戦を、油小路事件から甲州勝沼戦争にかけて描く。
詳しくは、津本陽『密偵』を参照。

東郷隆「墨染」
御陵衛士残党の阿部十郎らが、近藤勇を墨染で襲撃する経緯を描く。
詳しくは、東郷隆「墨染」を参照。

中村彰彦「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、箱館降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。

羽山信樹「総司の眸」
兄とも慕う山南敬助と、その内妻お光との間に立って、ふたりの愛憎に戸惑う沖田総司の苦悩。
詳しくは、羽山信樹『幕末刺客列伝』を参照。

火坂雅志「祇園の女」
藤堂平助が、芸妓の君香と出会い休息所に迎えるものの、その愛の重さに耐えられなくなっていく。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。

藤本義一「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、新選組隊士・横倉甚五郎との、哀しい恋の結末。
詳しくは、藤本義一『壬生の女たち』を参照。

船山馨「雨夜の暗殺」
佐野七五三之助らが、新選組から御陵衛士への移籍を画策するものの、悲劇的な結末に至る。
詳しくは、船山馨『幕末の暗殺者』を参照。

三好徹「さらば新選組」
土方歳三の人物像を、近藤勇との対比によって解き明かそうとする。小説ふうの評伝というべきか。
詳しくは、三好徹『さらば新選組』を参照。

各作品の主人公は新選組隊士やその関係者だが、多様な人々を登場させた一冊となっている。
古典的名作から異色作まで、充実のラインアップ。

本書の紹介は、今まで藤本義一『壬生の女たち』の記事中に載せていた。
しかし、何かと不便なので、改めて独立記事とした次第である。ご了承いただきたい。

2003年、集英社より文庫本として刊行された。

新選組傑作選
誠の旗がゆく
(集英社文庫)
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短編小説の関連記事

 池波正太郎、森村誠一ほか『血闘!新選組』 

アンソロジー。10人の著名作家による、新選組を主題とした短編小説の傑作選。
収録作品は、当ブログではすでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。

池波正太郎「色」
新選組の興亡を背景に、土方歳三と経師屋の女主人お房との、出会いと別れを描く。
詳しくは、池波正太郎「色」を参照。

大内美予子「おしの」
沖田総司と武家娘おしの、ふたりの衝撃的な出会いと再会、そこから始まる苦しい恋。
詳しくは、大内美予子『沖田総司拾遺』を参照。

藤本義一「赤い風に舞う」
但馬出石の豪商宅に奉公する娘お鈴と、桂小五郎を追ってきた山崎烝との出会いと別れを描く。
詳細は、藤本義一『壬生の女たち』を参照。

宇能鴻一郎「群狼相い食む」
床伝の娘おみの、彼女を狙う不逞浪士たち、そして危機を救おうとする斎藤一の活躍。
(※「軍狼相い食む」と表記しているサイトを見受けるが、おそらく変換ミスであろう。)
詳しくは、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。

南原幹雄「女間者おつな」
山南敬助を愛し、そのために自ら進んで密偵となった女の悲劇的な末路。
詳しくは、南原幹雄『新選組情婦伝』を参照。

火坂雅志「石段下の闇」
幽霊の見張りに立たされた新選組隊士・九戸市蔵が、情婦と家族との板挟みになって悩む。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。

津本陽「祇園石段下の血闘」
薩摩藩士・指宿藤次郎が新選組に潜入し、身元が割れる前に脱走するも、見廻組と闘うことになる顛末。
詳しくは、津本陽『明治撃剣会』を参照。

新宮正春「近藤勇の首」
芹沢派の生き残り・平間重助と、刑死を免れた近藤勇との、知られざる対決を描く。
詳しくは、 新宮正春『勝敗一瞬記』を参照。

中村彰彦「五稜郭の夕日」
箱館を落ち延びた少年隊士・市村鉄之助を、土方歳三の義兄・佐藤彦五郎が庇護する物語。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。

森村誠一「剣菓」
明治半ば、東京の裏街に住む老人・入布新(永倉新八)と、内気な少年・留吉との、友情と師弟愛を描く。
詳しくは、 森村誠一『士魂の音色』を参照。

収録作一覧を見て、なかなか面白いラインアップと思った。
編集と解説は、末國善己が担当している。
2016年、実業之日本社文庫より刊行された。

血闘! 新選組
(実業之日本社文庫)
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ちなみに、さいとうたかをのマンガ(劇画)にも『血闘!新選組』と題する作品があり、リイド社から単行本が出ている。間違う人はそういないと思うが、念のため要注意。

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