新選組の本を読む ~誠の栞~

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 歴史時代作家クラブ編『新選組出陣』 

アンソロジー。歴史時代作家クラブに所属する作家9人が、新選組を題材とする短編小説を競作。
それぞれ興味のある隊士を選び、書き下ろした。
巻末に、執筆陣による座談会が収録されている。

「花は桜木 ―― 山南敬助」 天堂晋助
山南敬助は、なじみの遊女とめを連れて、新撰組を脱走した。
胸を患うとめは、故郷の山陰の海を見たいと言う。
その望みを叶えてやろうと旅路をたどりながら、山南は来し方を様々に思い返す。
江戸へ出て剣術修業をするうち、近藤勇ら試衛館の面々と出会い、浪士組に加わり、新撰組を結成し……
死を覚悟した戦いの日々も意欲に溢れていたはずなのに、その情熱はいつしか冷めてしまった。


山南と追ってきた沖田総司とのやりとりが、目新しく感じられた。
ただ、脱走の動機が今ひとつ呑み込めない。
健康上の問題を抱えているわけではなく、ただ「死に飽きた」と言う。また、大名然とふるまう近藤勇に対して、同志すべてが平等であるべき新撰組の在り方に反していると、不満を抱いた様子。
それらが理由ならば、単身脱走すればよいと思う。とめを救うにしても、逃亡の旅に連れ出すのは過酷。
合理的な判断ができないほど精神的に疲れ切っていた、と解釈すればよいのだろうか。

「終わりの始まり ―― 河合耆三郎」 響由布子
勘定方の河合耆三郎は、幼い頃から霊感があり、長じるにつれ霊能力を身につけた。
しかし、人に話しても理解されるどころか奇異の目で見られかねないので、秘密にしている。
新選組では、隊士に憑いた霊を除き、屯所の霊的守りを固めるなど、密かな役割を自主的に担っていた。
ただ、同じように霊感体質の松原忠司とは打ち解けて、何かと相談しあう仲になる。
ある日、西本願寺屯所に見知らぬ僧がやって来た。
この僧を怪しいと直感した耆三郎は、屯所の霊的結界を強化しようとするものの、怪異に襲われる。


新選組とオカルトを組み合わせたのみならず、河合耆三郎を主人公として、勘定方らしく算法の能力を霊的分野にも活かすところがユニーク。松原忠司とのコンビも面白い。
河合と松原について子母澤寛『新選組物語』を読んでいれば、なお楽しめよう。

フィクションを史実にリンクさせていく工夫が上手いと感じられた。
また、この事件が新選組だけでなく、幕府や日本全体に影響を及ぼすと予測させるスケール感もよい。
実際の歴史の裏にもこのようなことがあったかも、などと想像したくなる。

「京の茶漬け ―― 山崎烝」 飯島一次
慶応4年1月、新選組の伏見陣地は、開戦前の緊張感と一時の静けさに包まれていた。
2年半前に入隊した江戸出身の「俺」が独りでいるところへ、山崎烝が声をかける。
「おまはん、京の茶漬けて、知ってるかいな」
たわいない会話は、京坂と江戸との習慣の違いや、お互いの身の上話に及ぶが――


隊士「俺」の一人称で書かれている。その文体にまず仕掛けがあった、と気づかされるのは最後。
長閑な世間話が続くのに、いきなり真相が暴かれる急転直下は、直前まで予想できなかった。
よく考えれば陰惨な結末だが、まるで落語のオチのように軽妙な味わいを持たせたところが巧い。
山崎烝の人物像もなかなか魅力的。

「誠の桜 ―― 市村鉄之助」 嵯峨野晶
慶応3年、14歳にして入隊した市村鉄之助は、厳しい稽古や雑用にも懸命に取り組む。
内部粛正を目の当たりにして、新選組の現実を思い知りながらも、早く一人前になりたいと努めた。
病に伏した沖田総司の看病をするうち、鳥羽伏見戦争が勃発し江戸へ撤退することに。
兄・辰之助が脱走しても、自らは隊に残り、土方歳三の側付きとして奮闘する。
ところが、箱館の戦局が押し詰まった頃、土方から脱出するよう言い渡されるのだった。


前半では、馬越三郎が登場し、武田観柳斎の粛清が描かれる。
実際のところ、慶応3年にはふたりとも在隊していなかった可能性が大きいようだが、子母澤寛『新選組物語』のアレンジとして面白い。

オリジナルの登場人物・お佳代と織江の存在が、物語に奥行きと温かみを持たせている。
戊辰戦争終結後にも印象的な出来事がひとつあれば、いっそう良かったような気がした。

「竜虎邂逅 (りゅうこかいこう)―― 近藤勇」 岳真也
慶応3年11月、若年寄格・永井玄蕃頭尚志を訪ねた近藤勇は、偶然やって来た坂本龍馬と引き合わされた。
互いに変名を名乗りながらも相手の正体に気づいた上で、今後の政局について語りあう。
しかし、それからまもなく龍馬も近藤も世を去った。
永井は、蝦夷地へ渡り箱館戦争に参戦するも、終戦後の明治を生きて天寿を全うする。


永井尚志の視点から見た近藤勇と坂本龍馬、という捉え方は面白い。
ただ、本作の近藤は龍馬の発言に驚いてばかりで、いささか物足りない。
たとえ能弁でなくても、一言くらい鋭く切り返して、龍馬を感心させるところが見たかった。

全体として、もっと永井尚志の生き方に踏み込んでも良かったような気がするが、そうすると新選組の話ではなく「永井尚志伝」になってしまいかねないので難しいだろうか。

「最後に明かされた謎 ―― 土方歳三」 塚本青史
江戸帰還から甲州、北関東、会津、蝦夷地と、土方歳三は戦い続ける。
折々、郷里多摩時代のこと、新撰組結成以降の在京時代のことなど、過去の出来事が思い出された。
箱館で、見廻組・今井信郎と話すうち、話題は坂本龍馬の暗殺に及ぶ。
会津藩家老・西郷頼母や、元若年寄・永井尚志も加わって話すうち、事件の真相が見えてくる。


新撰組の歴史を振り返る描写が、やや冗長に感じられた。
詳しくない読者に対しては親切と思う。ただ、他の収録作は予備知識のある読者に向けて書かれているのに、なぜ……。ひょっとして、本作が他の作品の分まで解説を引き受けているのだろうか?

細かいながら、多少引っかかる点がいくつかあった。
例えば、歳三の郷里が「武州多摩郡桑田村石田」と書かれている。明治22年に石田村と近隣村々が合併し「神奈川県南多摩郡桑田村」が発足した事実はあるものの、幕末に桑田村は存在していない。
また、松前藩士・桜井某らを使者として派遣したくだりには、彼らを峠下で捕虜にしたとある。しかし実際、桜井長三郎たちは藩内抗争処理のため本州へ渡り箱館へ戻ってきただけで、戦闘の捕虜ではない。

坂本龍馬の暗殺は、直接関与したわけではない新撰組にも多大な影響を及ぼした、重要事件だとは思う。
ただ、「龍馬が存命なら戊辰戦争は起きなかった」とまで言えるのかどうか、考えてしまった。

「時読みの女(ひと) ―― 永倉新八」 鈴木英治
剣術修業のため諸国を廻り、江戸へ戻ってきた永倉新八は、本所亀沢町の百合元昇三道場に寄宿していた。
ある日の外出中、水路に転落しおぼれかけた女を救う。
お夕那と名乗った女は、新八に好意を寄せてくる。ふたりはやがてわりない仲となった。
しかし新八は、坪内主馬道場・師範代の座をかけた叢雨郷兵衛との試合を間近に控えており、色恋に迷っている余裕などはない。
そんな時、同門の片桐真之丞が、新八の命を狙う者がいるので用心するよう忠告にきた。
大坂で新八に斬られた強盗一味の頭目が、死の間際に刺客を雇ったのだという。
新八は、刺客の気配に気づきながら、お夕那への思いや試合への迷いも抱え、心を悩ませる。


文久元年頃の永倉新八を主人公とする、ミステリータッチの物語。
迷い悩みながら剣に情熱を注ぐ青春の日々が、活写されている。
親友の市川宇八郎も登場。沖田宗次郎(総司)は、時々訪ねてきて試合稽古をする仲。
お夕那に卜占の才能があり、その予言のとおりに新八が生きていくことを示唆して終わるのが面白い。

「天孤の剣 ―― 沖田総司」 大久保智弘
小野路の小島家へ出稽古に訪れた沖田総司は、同家屋敷の大屋根に上り、遠くを見渡していた。
「私たちの行く末を見たい」と言った彼が、そこで何を見たのかはわからない。
しかし、それを目撃した増吉少年(後の小島守政)は、夕陽に照らされた姿を心に深く刻む。
剣にかけては天才ながら、門人たちにつける稽古が荒っぽく、怖れられる総司。
山南敬助の優しく丁寧な指導とは、対照的だった。
そんな若い総司が、やがて試衛館の面々とともに京へ上り、目覚ましい活躍を見せる。
新選組の動向は、多摩にも手紙によって報告された。


沖田総司の生涯を、主に小島鹿之助と増吉父子の視点から描く。
近藤周斎、佐藤彦五郎、井上松五郎なども登場。近藤勇や土方歳三の前歴にも触れている。

多摩の剣法・天然理心流の興起と、それを支えた豪農層のつながりが、なかなか興味深い。
郷党の人々が、激動の時代における総司の生き方をどのように見ていたか、彼にどのような期待を抱いていたか、それらに焦点を当てたところがユニークと言えよう。
多摩の地理や風土も、現地取材の成果によってリアルで魅力的に描写されている。

タイトルを最初は「天狐の剣」と思ったが、よく見たら「天孤の剣」だった。
天に向かってひとり立つ、という意味らしい。
短い生涯の中で、彼は見たかった景色を見ることができたのだろうか、と思った。

「誠の旗の下で ―― 藤堂平助」 秋山香乃
藤堂平助は、尊皇の志を貫くため、伊東派の分離脱退に同行しようと決意する。
永倉新八は、そんな平助を呼び出して真意を糺し、苛立ちと無念を吐露する。
平助もまた、脱退は盟友らへの裏切りと感じていたが、かといって留まり続ければ自らの志を裏切ることになってしまう、という二律背反に苦しんでいた。
それでも、平助の決意は揺るがない。もし互いの組織が武力をかけて衝突する日が来たら、その時は新八に斬られて死ぬと、半ば冗談、半ば本気で言い置くのみだった。


伊東派の分離画策から油小路事件に至るまで、藤堂平助の生涯と苦悩を描く。
作者の初期長編『新選組藤堂平助』との共通項も多い。
ただ、前作にあった粗削りな面やそこはかとないBL風味は見られず、いっそう読みやすくなっている。
短編ながら、平助が新撰組を去り盟友らと戦うことになる心境はきっちり書かれており、深く共感できる。
永倉新八との友情が強調されているところも、興味深い。

新撰組を去ってもなお「誠の旗の下で」誓った志のために生き、「誠の旗の下で」戦い命を散らした平助の姿が、鮮烈な印象を残す。

【特別企画】「新選組誕生と清河八郎」展を観に行く 座談会 ―― 鳥羽亮・秋山香乃他
2013年、日野市立新選組のふるさと歴史館にて開催された特別展を見学しての座談会。
参加者は、本書執筆陣から鳥羽亮・秋山香乃・鈴木英治の3人と、清河八郎の直系子孫と、同館の学芸員。
特別展の感想、史実と創作との兼ね合い、作家9人が競作した本書の意義などを語りあう。

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各作品に、主人公隊士の人物紹介が付いている。
150字程度の簡単な解説だが、読者に対する配慮として親切と思う。

「新選組」「新撰組」の表記は、収録作ごとに異なっている。
作家それぞれの方針を尊重し、本書全体で統一することは敢えて控えたのだろう。

2014年、単行本が廣済堂出版より刊行された。責任表示は、執筆作家9名すべてが列記されている。
2015年、徳間文庫版が出版された。責任表示は「歴史時代作家クラブ」のみ。文庫版解説は菊池仁が担当。

新選組出陣



新選組出陣
(徳間文庫)




短編小説の関連記事

 池波正太郎、森村誠一ほか『血闘!新選組』 

アンソロジー。10人の著名作家による、新選組を主題とした短編小説の傑作選。
収録作品は、当ブログではすでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。

池波正太郎「色」
新選組の興亡を背景に、土方歳三と経師屋の女主人お房との、出会いと別れを描く。
詳しくは、池波正太郎「色」を参照。

大内美予子「おしの」
沖田総司と武家娘おしの、ふたりの衝撃的な出会いと再会、そこから始まる苦しい恋。
詳しくは、大内美予子『沖田総司拾遺』を参照。

藤本義一「赤い風に舞う」
但馬出石の豪商宅に奉公する娘お鈴と、桂小五郎を追ってきた山崎烝との出会いと別れを描く。
詳細は、藤本義一『壬生の女たち』を参照。

宇能鴻一郎「群狼相い食む」
床伝の娘おみの、彼女を狙う不逞浪士たち、そして危機を救おうとする斎藤一の活躍。
(※「軍狼相い食む」と表記しているサイトを見受けるが、おそらく変換ミスであろう。)
詳しくは、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。

南原幹雄「女間者おつな」
山南敬助を愛し、そのために自ら進んで密偵となった女の悲劇的な末路。
詳しくは、南原幹雄『新選組情婦伝』を参照。

火坂雅志「石段下の闇」
幽霊の見張りに立たされた新選組隊士・九戸市蔵が、情婦と家族との板挟みになって悩む。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。

津本陽「祇園石段下の血闘」
薩摩藩士・指宿藤次郎が新選組に潜入し、身元が割れる前に脱走するも、見廻組と闘うことになる顛末。
詳しくは、津本陽『明治撃剣会』を参照。

新宮正春「近藤勇の首」
芹沢派の生き残り・平間重助と、刑死を免れた近藤勇との、知られざる対決を描く。
詳しくは、 新宮正春『勝敗一瞬記』を参照。

中村彰彦「五稜郭の夕日」
箱館を落ち延びた少年隊士・市村鉄之助を、土方歳三の義兄・佐藤彦五郎が庇護する物語。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。

森村誠一「剣菓」
明治半ば、東京の裏街に住む老人・入布新(永倉新八)と、内気な少年・留吉との、友情と師弟愛を描く。
詳しくは、 森村誠一『士魂の音色』を参照。

収録作一覧を見て、なかなか面白いラインアップと思った。
編集と解説は、末國善己が担当している。
2016年、実業之日本社文庫より刊行された。

血闘! 新選組
(実業之日本社文庫)




ちなみに、さいとうたかをのマンガ(劇画)にも『血闘!新選組』と題する作品があり、リイド社から単行本が出ている。間違う人はそういないと思うが、念のため要注意。

短編小説の関連記事

 小松エメル『夢の燈影』 

短編小説集。タイトル読みは「ゆめのほかげ」。
新選組の実在隊士をモデルとして、彼らの生き方とその心のうちを描く全6編を収録。

「信心」
井上源三郎が、淀の激戦に倒れ、来し方をさまざまに振り返る。
試衛館の一員として浪士組に加わり上京して以来、源三郎は仲間たちの助けになろうと努力してきた。
だが、隊内の軋轢が芹沢暗殺に至って、そのようなやり方に同調できない自分は、ここにいて皆の役に立っているのかと、疑問が次第に大きくなる。ついに、退職を申し出て郷里へ帰ろうと思い立った。
ところが、源三郎が申し出るよりも早く、仲間たちは彼の意思に気づく。

井上源三郎の人柄が、人情にあつく世話好き、小言幸兵衛、努力家と描写される。
フィクションには類例のある人物造形ながら、彼も悩んで離隊を考えたことがある、という筋立ては面白い。
ちなみに作品タイトルは、信心深く、神仏の加護を頼む性分に由来している。

淀の戦場で、源三郎の最期を見届けるのは相馬肇。箱館まで戦い続け、最後の新選組隊長となった実在隊士だが、ここではちょっと世話焼きの新米隊士として描かれている。
源三郎にとっての懐かしい「故郷」とは、多摩のみならず、仲間とともに5年を過ごした京都でもあった。

「夢告げ」
蟻通勘吾(ありどおしかんご)は、従兄・七五三之進(しめのしん)の姿を夜の夢に繰り返し見る。
先に新選組に入隊し、勘吾を勧誘した七五三之進は、半年前に行方不明となっていた。隊内では「長州に通じて脱走した」という噂が広まるものの、勘吾にはとても信じられない。
周囲からは「勘吾もそのうち脱走するのでは」と不審の目で見られ、土方歳三からも冷遇されて、意欲が持てないまま隊務に服す日々が続く。
そんな時、勘吾らの班長・瀬川が何者かに斬られてしまう。代わりに配属されたのは、沖田総司だった。
さらに、親しい隊士・永橋が「七五三之進を見かけた」と勘吾に打ち明ける。

勘吾と七五三之進は、実在の隊士がモデル。
蟻通勘吾は、讃岐高松出身、天保10年生まれ、文久3年6月頃入隊。明治2年5月11日、箱館で戦死。
蟻通七五三之進は、生没年、出身地など不詳。文久3年4月頃に入隊、8月18日の政変に出動するも、その後の消息は不明。(※佐野七五三之助と名前が似ているが別人。)
勘吾と七五三之進との関係については不明だが、本作同様に血縁の可能性は考えられる。

作中、七五三之進の失踪には、ある陰謀が絡んでいた。
ただ、陰謀の主犯がそもそも何を企んでいたのか、何を知られまいとしたのか、明記がない。
この話の重点は夢と現実とのリンクにあり、陰謀を詳述する必要はないと作者は考えたのかもしれないが、もう少し具体的な説明が欲しいと感じた。

土方歳三が勘吾にそっと告げた言葉は、本書を読み進める上で覚えておきたい。
冷遇されていると思った勘吾が箱館まで戦い続けたのは、おそらくこの言葉がきっかけであろうから。

「流木」
谷三兄弟の末弟・周平は、剣技も学問も凡庸な若者。
取り柄といえば、出自が筋目正しいこと、美男子で女性にもてること、この2点のみだった。
そんな周平が、兄の三十郎・万太郎とともに新選組に加盟。近藤勇に望まれて、養子となる。
しかし、長兄や養父の期待は重荷であり、他の隊士らからは「未熟者のくせに、旧主家とのコネをちらつかせて局長に取り入った」と軽蔑されているように思えてならない。
その重圧から逃れるように女遊びを繰り返すうち、真実の恋に巡りあうが……

谷昌武が近藤勇と養子縁組をし、周平を名乗ったのは事実。ただ、いつしか縁組解消されたらしく、その経緯はよくわかっていない。本作では、縁組から解消に至る直前までが、周平の心理を主軸として描かれている。
周平に対して、三十郎は説教することもあるが、ひどく叱責するわけではない。近藤は何も言わず、温かく見守っている。しかし、周平にとってはむしろ辛いらしい。
また、永倉新八が周平に慕われている。永倉はそっけない態度でありながら、密かに若い周平を案じる。

本作には、周平の婚約者としてコウが登場する。小説には珍しいと思った。
コウも実在人物であり、大坂の医師・岩田文碩の娘。コウの姉スエは、谷万太郎の妻になっている。
「近藤勇の養女」の伝承とコウとを結びつける研究家・古賀茂作の説が発表されており、作者はそれを参考にしたのだろう。

作品タイトルは、周平が鴨川の流木を眺める場面に由来している。
行く先もわからず、沈むこともできず、ただ流されていく己の人生を、流木に重ね合わせる心がやるせない。

「寄越人」
酒井兵庫は、計算の能力を山南敬助に認められ、勘定方に抜擢された。
それに加え、ある時から寄越人(よりこしにん)の兼任を命じられる。寄越人とは、死亡した隊士の亡骸を光縁寺に運んで埋葬を依頼し、最後まで見届ける役目だった。
剣が不得意な兵庫にとって、寄越人の仕事は、斬り込みに比べればまだ楽に思えた。また、亡くなった者を見送るのも大切な役目と理解していた。
しかし、自分を引き立ててくれた山南敬助を失い、揉め事の責任を取った大谷、規律に反した2人の隊士の埋葬に立ち会い、同役で親しかった河合の死を目の当たりにした時、ついに精神的な限界を感じる。

酒井兵庫という隊士については、新選組の実態に恐れをなして脱走し、追っ手の沖田総司に斬られ、命を取り留めたものの傷の深さに驚きショック死したと、西村兼文『新撰組始末記』に記述され、それが事実と長らく考えられてきた。
ただ、実際は何らかの理由で退職したという説が近年有力のようで、本作もそちらを採用している。

「寄越人」は、光縁寺の記録史料「往詣記」に見られる語句。新選組の中で、役職名として使われていたかどうかはわからない。
「往詣記」によると、酒井兵庫が寄越人を務めたのは大谷良輔、瀬山多喜人と石川三郎の埋葬であり、山南敬助の時も関わっていた可能性があるという。本作にも、これらが反映されている。

小説に登場する酒井兵庫の人物像は、作家や作品によって区々だが、本作では純朴な性格に描かれている。
人の死に慣れることなく、納得のいかない気持ちを鬱積させていく心模様は、苦しく痛ましい。
そして、山南の死に関心を示そうとしなかった藤堂平助もまた、心のうちでは深く悔やみ悲しんでいた。
親しい者の死が辛いのは、誰しも同じなのだ。

「家路」
山崎丞は、池田屋事件に際して、反幕浪士らの会合場所を懸命に探索する。
しかし、事前に探し当てることができなかった。もしも早く情報をつかんでいたら、味方にも敵方にもあれほどの死傷者を出さずにすんだ――その後悔の念から、監察方に抜擢された丞は、任務にいっそう励む。
時に内部の非をも暴く監察方は、同志から忌み嫌われもしたが、だからといってなおざりにはできなかった。
やがて伊東甲子太郎が新選組から分離脱退した時、その動向を探るよう指令が下る。
今度こそ憂うべき事態を回避したいと努力する丞だが、その思いは再び挫かれ……

本作の山崎丞は、大坂で鍼医をしていた父を手伝い、父の死後に京へ上って新選組に加盟した。
弟の新次郎もいっしょに上京したが、新選組には加盟せず、永井尚志の家臣になったとある。
また、屯所の外に別宅を持ち、そこに妻の琴尾を住まわせている。
(※山崎丞のプロフィールは、島津隆子『新選組密偵 山崎烝』を参照のこと)

山崎丞が監察方の任務にひたすら打ち込む姿と並行して、原田左之助との関係が描かれる。
取り立てて親しいわけではないが、読めない行動をする原田を、烝はなんとなく放っておけない。
妻子の待つ家に帰ることができず、逡巡する原田に投げかけた励ましの言葉が、胸に快い。

「姿絵」
武州多摩は八王子千人同心の家に生まれ、天然理心流を学んでいた中島登
近藤勇の奉納試合を見て、その気組みに惚れ込み、日野の佐藤道場へ通うようになる。
やがて近藤らが京へ上ったのを羨ましく思っていた登は、元治元年、江戸での隊士募集に応じた。
面接した近藤は、京へ連れていく代わりに、関東探索の任務を提案する。これを引き受けた登は、広く不審人物の動静などを探り、画を交えた報告書を認めては近藤へ送り続けた。
鳥羽伏見戦後、新選組が江戸へ帰還し、登は晴れて本隊に合流する。新参同様ながら、隊への帰属意識は高い。北関東から会津へと転戦するうち、近藤の死によって目標を見失った時期もあったものの、最後まで新選組に残ると決意する。
しかし、人生の情熱すべてを賭けた新選組隊士としての日々は、箱館で終焉を迎えるのだった。
降伏後に囚われの身となりながらも、登は仲間たちが生きた証を残したいと、肖像画を描く。

中島登は、戊辰戦争後も生きのびた隊士のひとりであり、同志たちの肖像画「戦友姿絵」や手記「中島登覚書」を残したことで知られる。また、正式入隊の前は関東で探索に携わったと言われるが、具体的にどのような活動をしていたのかわかっていない。
本作は、これらに基づき、中島登の人生と「戦友姿絵」作成に至った経緯を描いている。

登と斎藤一との関係が面白い。
会津では、土方の代わりに斎藤が新選組隊長に就任し、登は隊長付き筆頭に抜擢される。
ところが、斎藤は黙って単独行動をとることが多い。おかげでさんざん苦労させられる登だが、ともに死線をくぐりぬけて戦い続けるうち、少しずつ心が通いあっていく。
次第に戦局が厳しくなり、会津に残るか仙台へ行くか迷う登に、斎藤が告げた決別の言葉が深い。

作中、登は島田魁や相馬主計の絵姿も描いている。
今日伝わっている「戦友姿絵」に彼らをモチーフとした絵は存在しないが、仮に存在したとして、それらがどうなったか想像させる筋立てが巧い。

登と長男・歌吉(登市郎)との父子関係も、心に残る。
長く生き別れとなっていた後、絆を取り戻すきっかけとなったのは、やはり登の描く絵だった。

「夢鬼」(文庫版のみ収録)
他の収録作にも登場した隊士・瀬川の主観で描かれる。
戦死した瀬川は、ふと気づけば幽霊と化していた。
誰にも見えない存在として、主立った隊士たちについていき、彼らと新選組の行く末を見届ける。
ところが、長い旅路の果てに見たものは――
「信心」「夢告げ」の番外編ともいえる掌編。

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いずれの作品も、新選組の興亡を段取り的に追うのではなく、登場人物の心理や人間関係を活写している。
哀感がベースにあるけれども、感傷過多に陥ってはいない。
さらに、主人公たちの目から見た近藤や土方など幹部隊士の人柄も、注目どころと言える。

書名『夢の燈影』は、新選組という夢の輝きと、それを心に抱き続けた主人公たちの生き方をイメージさせる。
また、灯りが創り出す光と影の中に多彩な人間模様が浮かび上がるとも感じられ、内容に相応しいと思った。

収録作品の初出は、講談社刊『小説現代』の下記各号。
「信心」(「小言頼み」改題) …2014年6月号
「夢告げ」          …2013年5月号
「流れ木」          …2013年9月号
「寄越人」          …2013年12月号
「家路」           …2014年2月号
「姿絵」           …2014年4月号
「夢鬼」           …文庫版書き下ろし

単行本『夢の燈影』は、2014年9月、講談社より刊行された。
文庫版『夢の燈影 新選組無名録』は、2016年9月、講談社より出版。
文庫版には、書き下ろし短編「夢鬼」が追加収録されている。

作者の著書は、それまで文庫書き下ろしが主体であり、単行本は本書が初という。
新選組が登場する作品としては、他に『蘭学塾幻幽堂青春記』シリーズ(ハルキ文庫)がある。
作家としては若手と思われ、今後いっそうの活躍を期待したい。

夢の燈影



夢の燈影
新選組無名録
(講談社文庫)




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 菊地明・伊東成郎編『新選組史料大全』 

史料集。出版されると昨秋に情報が流れてから約1年、ようやく刊行に至った。
実物は書店の店頭でざっと確認しただけなのだが、とりあえず思ったことを書いておきたい。

本書は、かつて新人物往来社から刊行された『新選組史料集』『続 新選組史料集』を底本として、その後に発見・公開された史料や、前2冊に収録されなかった史料を新たに加え、再編集したものだという。
いずれも、来歴や内容について解説がなされ、語句の註解が付いている。
本文は、史料の性質によって全4章に分かれている。

以下、目次をもとにして収録内容を紹介する。
それぞれ末尾の〈正〉は『新選組史料集』に、〈続〉は『続 新選組史料集』にも収録されていたもの。
※は、今回新たに加えられた史料について、過去の出版・収録歴を簡単に調べ、後にまとめて注記した。

第一章 (新選組隊士自身による記録)
島田魁日記〔島田魁〕             〈正〉
中島登覚書〔中島登〕             〈正〉
立川主税戦争日記〔立川主税〕         〈正〉
近藤芳助書翰〔近藤芳助〕           〈正〉
谷口四郎兵衛日記〔谷口四郎兵衛〕       〈続〉
戊辰戦争見聞略記〔石井勇次郎〕        〈続〉
函館戦記〔大野右仲〕             〈正〉
取調日記〔山崎丞〕              〈続〉
金銀出入帳                  〈正〉
秦林親日記〔秦林親〕             〈正〉
戦友姿絵〔中島登〕               ※1
杉村義衛遺稿「名前覚」〔杉村義衛〕       ※2
七ケ所手負場所顕ス〔永倉新八〕        〈正〉
新選組隊士名簿(編)             〈正〉

第二章 (新選組と接触した人物による同時代の記録
廻状留〔石坂周造〕              〈続〉
文久三年御上洛御供旅記録〔井上松五郎〕    〈続〉
旅硯九重日記〔富沢忠右衛門〕          ※3
佐藤彦五郎日記〔佐藤彦五郎〕          ※4
新選組金談一件〔藤田和三郎〕          ※5
五兵衛新田・金子家文書            〈続〉
流山関係文書
  吉野家文書                〈続〉
  小松原家文書               〈続〉
  恩田家文書                〈続〉
平田宗高従軍日録〔平田宗高〕         〈続〉
官軍記〔富田重太郎〕             〈続〉
荒井治良右衛門慶応日記〔荒井治良右衛門〕    ※6
戊辰十月賊将ト応接ノ始末〔渋谷十郎〕     〈続〉

第三章 (同時代の第三者による新選組の記録)
日本史籍協会叢書〔日本史籍協会編〕       ※7
  会津藩庁記録
  東西紀聞
  甲子雑録
  連城紀聞
  丁卯雑拾録
  中山忠能日記
  中山忠能履歴資料
  朝彦親王日記
  吉川経幹周旋記
  嵯峨実愛日記
  続再夢紀事
  採襍録
〈参考史料〉官武通紀              ※8
藤岡屋日記                   ※9
改訂肥後藩国事史料               ※10

第四章 (明治以降に刊行・発表された回顧録や編纂物)
新撰組始末記〔西村兼文〕           〈正〉
今昔備忘記(抄)〔佐藤玉陵〕         〈続〉
両雄士傳補遺〔橋本清淵編輯〕         〈続〉
柏尾の戦〔結城禮一郎〕             ※11
柏尾坂戦争記〔野田市右衛門〕         〈正〉
維新史の片鱗〔有馬純雄〕           〈続〉
御祭草紙〔内山鷹二〕             〈続〉
夢乃うわ言〔望月忠幸〕            〈続〉
松本順関係文書〔松本順〕    
  噬臍録                   ※12
  蘭疇                    ※13
  蘭疇自伝                  ※14
近藤勇の事〔鳥居華村〕            〈続〉
近藤勇の伝〔丸毛利恒〕            〈続〉
近藤勇 土方歳三〔依田学海〕         〈続〉

※1 かつて『別冊歴史読本』などに、主要部分がカラーで掲載された。
   本書ではモノクロ印刷だが、画賛が活字化され、解説が付いている。
※2 永倉新八『新撰組顛末記』にも掲載。
※3 多摩市教育委員会より「多摩市文化財調査資料」として2012年に刊行。
※4 日野市より「日野宿叢書」として2005年に刊行。
※5 『新選組日誌』文庫版(2013)に、関連箇所の多くが抜粋。
※6 原史料所有者により2002年に活字化、自費出版物として刊行された。
※7 『新選組日誌』文庫版(2013)に、関連箇所の多くが抜粋。
※8 国書刊行会(1913)、東京大学出版協会(1976)などから刊行。
※9 三一書房(1987-1995)から刊行。
※10 国書刊行会(1973)から刊行。
※11 掲載誌『旧幕府』の複製合本が原書房(1971)から刊行。
※12 松本順の回顧手記。明治期、医療業界紙に連載されたものの中断したままとなった。
    過去、書籍に収録されたことはなかったらしい。
   「蘭疇」「蘭疇自伝」より早期に成立し、これらとは異なる表現で書かれている点で貴重。
※13 日本評論社『明治文化全集』第24巻(1993)に収録。
※14 平凡社東洋文庫『松本順自伝・長与専斎自伝』(1980)に収録。 『幕末鬼骨伝』参照。

当然ながら、必ずしも史料の全文が載っているわけではない。
分量が多く、新選組と関連のない記述が多いものについては、関連のある部分だけを抜粋している。

山崎丞「取調日記」は、『続 新選組史料集』では隊士名簿の部分しか取り上げられていなかった。
しかし、本書では全部を掲載している。

「新選組隊士名簿(編)」は、『新選組史料集』では「隊士名簿に見る新選組の変遷」と題する論考だった。
また、『新選組大人名事典』下巻(2001)にも、似たような名簿史料の比較解説が載っていた。
ただし、今回は新たな史料を採り入れ、より充実した内容となっている様子。

『新選組史料集』『続 新選組史料集』に収録されていたものの、本書からは漏れた史料もある。
例えば、「伯父伊東甲子太郎武明・岳父鈴木三樹三郎忠良」「近藤勇の妻及子」「土方歳三の少年時代」「新撰組長芹沢鴨」「綾瀬村の近藤勇」など。
本書を手に入れたとしても、前2冊を手放すわけにはいかない気がする。

2014年、KADOKAWAより出版。
体裁はA5判上製・函付、全1007ページ。本文には辞書・事典用の紙が使われているかに見えたが、それでも全体の厚みが5cmはあると思う。
税別価格25,000円は、ボリューム的に妥当としても、あまり気軽に買える値段とは言えない。
前2冊を持っていないとか、大きな図書館へ度々出向くのが困難とかいった向きは、懐と相談してみてもよいのではなかろうか。

新選組史料大全




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 童門冬二『新撰組の女たち』 

長編小説。新撰組の面々と、彼らに関わった女たちとを中心として、在京期の新撰組の姿を、さらに幕末維新という時代を描き出す。

新撰組隊士の色恋、女性関係に焦点を当てた作品、もしくは作品集は多い。
すぐ思いつくものをざっと挙げただけでも、下記のとおり。ちなみに、すべて短編(もしくは短編集)である。

藤本義一『壬生の女たち』
南原幹雄『新選組情婦伝』
江宮隆之『女たちの新選組 花期花会』
童門冬二『維新の女たち』所収「地獄 芹沢うめ」「屈折 近藤たか」
早乙女貢『志士の女たち』所収「蚊帳の中」
船山馨『幕末の女たち』所収「真葛ヶ原心中」「ながれ藻」
北原亞以子『埋もれ火』所収「波」「武士の妻」
  〃  『降りしきる』所収「降りしきる」
徳永真一郎『江戸妖女伝』所収「火遊び」「女と金と侍」「悲恋の明里」「沖田総司の恋」
司馬遼太郎『新選組血風録』所収「沖田総司の恋」

おそらくこれ以外にも存在するだろう。
上記の中には扇情的描写が多いものもあるが、本作ではそういう要素は薄い。
また、本作は短編でなく長編小説だが、複数のカップルを登場させ、それぞれの愛の形を描いているところは、短編連作と同じ系統に属すると考えてよいと思う。

本作に描かれる男女関係は、以下のとおり。子母澤寛の新選組三部作に着想を得たものが多い。

沖田総司&お糸
お糸は壬生村の子守娘。声が美しく、歌が上手い。
壬生寺の境内で、子供らに交じって遊ぶ沖田と親しくなり、憧れにも似た恋心を抱くようになる。また、沖田が労咳を患っていると知って、密かに胸を痛める。
沖田もまた、お糸の美しい歌声に幾度となく心を慰められる。

お糸は本作の主人公でもあり、以下の男女の様々な局面を目撃する。
また終章では、明治期に壬生を訪ねてきた佐藤俊宣(土方歳三の甥)から、新撰組隊士たちのその後の消息を聞かされる。

芹沢鴨&お梅
菱屋太兵衛の妾お梅は、太兵衛の言いつけで、芹沢が買った衣服の代金を催促しに来た。
芹沢は、お梅の美貌と菱屋への当てつけから、強引に関係を持った。しかしお梅は、芹沢の秘めた人間性に惹かれていく。
一方の芹沢は、佐々木愛次郎の恋人あぐりを横取りしようと画策、見かねたお梅が窘めても聞く耳を持たない。
そんなふたりを、悲劇的な結末が待ち受けていた。

近藤勇がお梅を芹沢と同じ墓に埋葬させなかった理由に、独自の設定がされている。
曰く、芹沢は、商家からの押し借りによって隊の運営費を調達していた。近藤らは、芹沢の行為を批判しながらも結果的には依存していた。お梅がそれを指摘したため、近藤のプライドが傷ついたのだという。
少々穿ちすぎのようにも感じるが、口に出せないからこそ腹立たしいという心理描写は興味深い。

佐々木愛次郎&あぐり
子母澤寛『新選組物語』所収「隊中美男五人衆」を題材とする。
佐々木は色白の美男、あぐりは界隈で評判の美人、対の人形のように似合いのカップル。
しかし芹沢があぐりに横恋慕。追い詰められたふたりは、佐伯亦三郎に勧められて駆け落ちしようとするが…

ふたりが知りあったきっかけを「ある出来事」としか書いていないので、何だか気になってしまった。
書かないのだったら気を持たせないで、「ふとしたことで」などと誤魔化してくれたほうがいい。

田内知&おころ
子母澤寛『新選組始末記』『新選組物語』所収の関連エピソードを題材とする。
田内は、幹部ではなく平隊士であるにもかかわらず、八条村に妾を囲っていた。
妾のおころという名は、本人が考えた名乗りで、由来はころ柿(干し柿)。「渋皮をむかれて、陰干しにされて、さんざん苦労して甘味のある柿になる」ところが自分に似ている、などと称する。
気が強く我儘なおころは、田内をさんざん翻弄。田内も、いつしかそれが快感となってしまう。
おころの浮気に気づきながら証拠を押さえられずにいた彼は、ある日…

子母澤寛作品に女の名は出てこないので、おころというのは作者の創作だろう。しかし、名前の由来は干し柿でなくてすぐ転ぶところでは、と思えるくらいに放埒でエネルギッシュな様は、いっそ清々しい(笑)
切腹の介錯役は、『新選組物語』では谷三十郎だが、本作では武田観柳斎となっている。作者はおそらく、ここで武田凋落の理由を作っておきたかったのだろう。
ちなみに、司馬遼太郎もこの田内知の逸話をアレンジして『新選組血風録』の「海仙寺党異聞」を書いている。

松原忠司&安西某の未亡人
子母澤寛『新選組物語』所収「壬生心中」を題材とする。
些細な争いから相手を斬殺してしまった松原は、その事実を打ち明けられないまま未亡人や遺児と親しくなり、その愛着と自己嫌悪との板挟みとなって苦しむ。

松原の降格が、田内の心にますます暗い影を落とす。そして、田内の死を目の当たりにした松原は、自らの不始末を精算しようと決意したらしい。この連鎖反応的な展開は巧いと感じた。
未亡人宅の異変に気づいて知らせたのはお糸、という設定になっている。

山南敬助&明里
子母澤寛『新選組遺聞』所収「池田屋斬込前後」を題材とする。
明里は島原の天神(太夫に次ぐ娼妓の位)だったが、落籍されて中堂寺村の休息所に住まう。
山南は他の幹部らが休息所を保つことに批判的だったが、沖田や藤堂平助、井上源三郎らが山南のためを思ってお膳立てしたのだった。
土方歳三との確執に疲れ切った山南は、明里と過ごす時間に安らぎを覚えるものの、その苦悩を吐露することはない。明里は山南のため様々に尽くすが…

作者が山南を好きなせいか、『新選組遺聞』よりだいぶ詳しいストーリーとなっている。
山南の死後、郊外にひとりで暮らす明里を気遣って、沖田やお糸が何度か訪問する描写もある。

近藤勇&ツネ
ツネは万延元年に嫁ぎ、近藤が京へ上ってからは留守宅を守り、舅・周斎の世話にも気を配ってきた。
結婚の際に「慎ましやかで、養父によく仕え、貞淑な妻になるだろう」と望まれた時は嬉しかったものの、今にして思えば夫の勝手放題を許すためなのか、と虚しくなる。
そんな時、近藤が将軍上洛を幕閣に要請すべく、また隊士を新規募集すべく、東下してくる。

御用繁多と言いつつ複数の女に接している近藤に対して、恨みに思いながら何も言えないツネの心情がリアルであり、ユーモアとペーソスを感じさせる。
江戸では堅物だった夫が変わってしまったのは土方の影響か、と疑うくだりが可笑しい。

原田左之助&まさ子
子母澤寛『新選組遺聞』所収「原田左之助」に着想を得たと思われる話。
菅原まさ子は、仏光寺前に住む商人の娘。原田左之助に嫁ぐことになって、幼馴染みのお龍に「壬生浪は人斬りや、そないな男と一緒になってどないするのや」となじられ、喧嘩してしまう。
このお龍は、後に坂本龍馬の妻となるのだった。
原田は、まさ子を正式な妻として迎える。同僚たちは、こういう時勢だから後腐れのない関係にしておけばいいのに、と忠告。しかし原田は「後腐れを作ったからこそ、日々の隊務に力が入るんだ」と主張する。

まさ子が産んだ赤児(長男の茂)を、お糸がお守りする。
また、まさ子とお龍が旧知の間柄という設定は、藤本義一『壬生の女たち』所収「吹く風の中に生きた」にも見られる。

山崎蒸&おみの
子母澤寛『新選組物語』所収「隊士絶命記」に着想を得たらしい話。
髪結い職人の床伝は、土方歳三に雇われて密かに反幕派を探っていた。
その娘おみのも、女ならではの手管を用い、情報を得ては新撰組に提供した。そうした行為をむしろ楽しんでいたのに、山崎蒸を本気で好きになり苦しむ。
一方、反幕浪士らも情報漏洩は床伝父娘の仕業、と気づく。

山崎には妻がいたそうだが、本作では独身と設定されている模様。
ただ、明日をも知れない我が身を思うと、おみのの気持ちに応えることができない。

このほか、土方歳三、永倉新八、山野八十八の女性関係についても言及がある。
恋愛関係とは言えないが、若い隊士たちと、彼らが姉のように慕う太田垣連月尼との交流も面白い。

新撰組以外では、桂小五郎の女性関係にも触れた箇所がある。
祇園の茶屋に仲居として働くお伊都が、桂を新撰組から守ろうとする顛末は、藤本義一『壬生の女たち』所収「尻まくりお伊都」の展開とよく似ている。

ストーリーの合間に、京都の各所をはじめ舞台となった土地(出石・多摩・上関・下関など)の地誌や習俗などを説明する部分もあり、エッセイふう豆知識といった感じ。

作者の考察や雑感もあり、それなりに興味深い。ただ、やや疑問を感じる箇所もある。
たとえば、「新撰組ファンには年齢的なサイクルがあって、中学生から高校初年頃が最高潮で、やがて潮が引くように去って行く」とある。これは一面の事実ではあると思うが、いつまでも去らずファンであり続ける人々もいるわけで、その存在を知ってか知らずか無視するのはいかがなものだろう。

ちなみに、このような人々は増えつつあるようで、関連イベントでは老若男女の姿を見かける。
それでも、作者の認識は一貫して変わっていないらしい。2013年5月8日放送、BS-TBS「日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒」にゲスト出演した時は「土方歳三のファンは、中2から高2の女の子ばっかり。大学受験が近づくと皆どっか行っちゃう」と発言したとか。
しかし、土方歳三忌にでも実際に参加してみれば、そんなことは言えないはずだ(笑)

ストーリー全体として、純朴な隊士たちが複雑な政情や慣れない土地に戸惑いつつ、任務に恋に青春を燃焼させるものの、やがて歴史の激流に取り残され、古き時代とともに滅びていく様子は切ない。
そんな彼らを見守り、支え、あるいは一緒に滅びていく女たちの姿もまた哀切に満ちている。

本作は、朝日新聞社より単行本(1982)が出版され、旺文社から文庫本(1985)が刊行された。

新撰組の女たち





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