新選組の本を読む ~誠の栞~

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 細谷正充編『誠の旗がゆく』 

アンソロジー。副題『新選組傑作選』。
14人の作家による、新選組を主題とした短編小説を収録している。
収録作品は、当ブログですでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。

池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。
詳細は池波正太郎「ごろんぼ佐之助」を参照。

宇能鴻一郎「豪剣ありき」
浪士組責任者である松平忠敏の目から見た、芹沢鴨の豪勇ぶりと、新選組結成の経緯を描く。
詳細は、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。

長部日出雄「近藤勇の最期」
近藤勇の、甲州勝沼戦争から刑死するまでの言動と心境を、主に永倉新八の視点から描く。
詳細は、長部日出雄「近藤勇の最期」を参照。

北原亞以子「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、夫をうしない、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
詳細は、北原亞以子『埋もれ火』を参照。

神坂次郎「影男」
佐久間象山の遺児・恪二郎が、新選組に入隊するも脱走する顛末と、その後の人生。
詳しくは、神坂次郎『幕末を駆ける』を参照。

子母澤寛「隊中美男五人衆」
新選組の中で特に美男子と称された楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人について実録ふうに描いている。取材によって得た情報に、創作を交えたものらしい。
底本については、子母澤寛『新選組物語』を参照。

津本陽「密偵」
新選組隊士・中島登の奮戦を、油小路事件から甲州勝沼戦争にかけて描く。
詳しくは、津本陽『密偵』を参照。

東郷隆「墨染」
御陵衛士残党の阿部十郎らが、近藤勇を墨染で襲撃する経緯を描く。
詳しくは、東郷隆「墨染」を参照。

中村彰彦「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、箱館降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。

羽山信樹「総司の眸」
兄とも慕う山南敬助と、その内妻お光との間に立って、ふたりの愛憎に戸惑う沖田総司の苦悩。
詳しくは、羽山信樹『幕末刺客列伝』を参照。

火坂雅志「祇園の女」
藤堂平助が、芸妓の君香と出会い休息所に迎えるものの、その愛の重さに耐えられなくなっていく。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。

藤本義一「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、新選組隊士・横倉甚五郎との、哀しい恋の結末。
詳しくは、藤本義一『壬生の女たち』を参照。

船山馨「雨夜の暗殺」
佐野七五三之助らが、新選組から御陵衛士への移籍を画策するものの、悲劇的な結末に至る。
詳しくは、船山馨『幕末の暗殺者』を参照。

三好徹「さらば新選組」
土方歳三の人物像を、近藤勇との対比によって解き明かそうとする。小説ふうの評伝というべきか。
詳しくは、三好徹『さらば新選組』を参照。

各作品の主人公は新選組隊士やその関係者だが、多様な人々を登場させた一冊となっている。
古典的名作から異色作まで、充実のラインアップ。

本書の紹介は、今まで藤本義一『壬生の女たち』の記事中に載せていた。
しかし、何かと不便なので、改めて独立記事とした次第である。ご了承いただきたい。

2003年、集英社より文庫本として刊行された。

新選組傑作選
誠の旗がゆく
(集英社文庫)
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 中村彰彦『いつの日か還る』 

長編小説。新選組随一の巨漢・島田魁の生涯を、江戸での修業時代から維新後の晩年にかけて描く。
新選組の在京時代に重きが置かれている。

島田魁は、一般的な知名度は高くないが、新選組ファンにはよく知られた隊士である。
維新後も存命で、後裔が存続したため、経歴や遺品などが比較的よく伝わっている。
今日判明していることを大まかにまとめると、以下のとおり。

◆「魁」の読みは「かい」。同時代史料に「甲斐」と表記した例があることからわかる。維新後「さきがけ」と読ませたと言われる。(※本作中では当初から「さきがけ」を用いている)

◆身長182cm・体重150kgの大男。力士になぞらえ「力(りき)さん」と渾名されたという説がある。体格相応に力も強く、五斗俵を3俵持てたという。(※大雑把に計算して225kgほどか)

◆文政11年(1828)美濃国の郷士・近藤伊右衛門の次男として出生。幼少期に両親を失い、親戚の永縄家や川島家に寄宿する。やがて大垣藩・島田才の養子となった模様。

◆安政3年(1856)江戸へ出て心形刀流・坪内主馬に入門。坪内道場で、永倉新八と出会ったと思われる。

◆文久元年(1861)京へ上り、丹波屋定七の世話になる。この頃、谷万太郎に入門、種田流槍術を学ぶ。

◆文久3年(1863)4月頃、新選組(当時は壬生浪士組)に加盟。以後、諸士調役や伍長として活躍。

◆慶応元年(1865)丹波屋の娘さとを娶る。その後、明治17年(1884)までに五男一女をもうける。

◆慶応4年(1868)新選組とともに各地を転戦し、蝦夷地へ渡る。軍監・軍目・新選組頭取を歴任。明治2年(1869)5月、箱館・弁天台場にて降伏。

◆明治5年(1872)赦免されて京都へ戻る。雑貨商や剣術道場を営む。明治19年(1886)より西本願寺の守衛として勤務。明治33年(1900)の退職後、西本願寺境内にて急病を発し、73歳にて死去。「島田魁日記」「英名録」など貴重な記録を残した。

◆現存する肖像写真は、子息の柳太郎が明治33年、長圓寺に納めたもの。戊辰戦争で奥羽を転戦中、フランス人によって撮影された、との由来書がついていたとか。


こうして見ると、なかなか個性的で興味深い人物なのだが、彼を主人公とする作品は少ない。
商業出版された長編小説では、本作が唯一ではなかろうか。
本作の章立てと概要は、以下のとおり。

第一章 好敵手 …坪内道場への入門。永倉(当初は長倉)新八との出会い。
第二章 蜆橋まで …大坂・谷道場に入門。谷三十郎に誘われ新選組へ。永倉との再会。力士乱闘事件。
第三章 新選組誕生 …芹沢派と近藤派との確執。8月18日の政変に出動。
第四章 恋の力さん …調役並監察に任じられ、丹波屋に寄宿。おさととの出会い。芹沢・平山の葬儀。
第五章 与力謀殺 …大坂西町奉行与力・内山彦次郎の暗殺事件。
第六章 敵は三条小橋 …古高俊太郎の逮捕。池田屋事件の勃発。
第七章 竹田の暴れ牛 …池田屋事件の収束。京に迫る長州軍に備え、竹田街道・九条河原へ出動。
第八章 報賞十七両 …禁門の変。池田屋事件の報賞。おさととの婚約が具体化。
第九章 亀裂変 …近藤勇の横暴を永倉らとともに会津藩へ直訴。伊東甲子太郎らの入隊。おさととの婚礼。
第十章 身内の敵 …組織拡大により西本願寺へ屯所移転。規律違反や脱走、その粛清など問題多発。
第十一章 土佐の長刀 …第二次長州征討の不調。長男・魁太郎の誕生。三条制札事件。
第十二章 脱退騒動 …伊東派の分離脱退。茨木司佐野七五三之助らの脱走事件。
第十三章 狂風油小路 …不動堂村へ屯所移転。大政奉還。油小路事件。
第十四章 いつの日か還る …幕府勢力の京都退去。おさと、魁太郎との別れ。墨染狙撃事件。鳥羽・伏見戦争。
第十五章 巨体倒るとも …箱館降伏後の謹慎と赦免。家族との再会。在隊時代を振り返りつつ送る晩年生活。

上記のとおり、基本的な史実を踏まえた上で創作を交えたストーリーが展開する。
島田の大力を示す有名な逸話、伏見の戦いでフル装備の永倉を小銃に捕まらせ塀の上に引っ張り上げたことも、ちゃんと盛り込まれている。

本作の島田魁は、実直な人柄。考えはあるのに、タイミング良く言い出すことができない訥弁家。
剣と槍で身を立てたいと願って修業し、永倉新八との縁をきっかけに、たまたま新選組に加盟した。
立身出世や政治的主張には、あまり興味がない。血腥い闘争も好まない。
むしろ、体面や隊内掌握にこだわる近藤、攘夷を熱く語る永倉に、ついていけないものを感じてしまう。任務のため人を斬った後は、気が滅入り、神仏に祈ったりする。

そういう彼が、おさとと結ばれ、肉親の縁が薄かった自分も家族の情愛を知る機会に恵まれたと喜ぶ。
与えられた任務を一所懸命に遂げようとするのも、生来の真面目さに加え、このささやかな幸せを守りたいという動機からだ。
気宇壮大な夢の実現を目指すタイプではないが、地に足をつけて努力することも大切だと示してくれる、リアリティあふれるタイプの主人公と言えよう。

本作中、特に興味深いのは、島田と近藤・土方との心理的距離の変化にまつわる描写である。

この距離が顕在化するのは、局長批判がきっかけだった。
これは、永倉の回顧談(『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』)にもある、実際に起きた出来事らしい。

元治元年8月末頃、近藤に専横な言動が目立つようになり、それに不満・反発を抱く隊士が増えて、このままでは新選組の運営に支障を来たしかねない状況となった。
そこで、永倉新八・斎藤一・原田左之助・尾関雅次郎・島田魁・葛山武八郎の6人が連名し、会津候・松平容保に宛てて建白書を提出。切腹を覚悟で、近藤の非行を告発した。
しかし、会津候が彼らと近藤との間を取り持って和解させ、この件はひとまず落着した。
その直後の9月6日、葛山武八郎が切腹した。理由は不明ながら、局長批判メンバーの中で最も軽格だったために処分されたのでは、とも言われている。
また、永倉も謹慎や「行軍録」からの除外、といった処分を受けた模様。

本作中でも、ほぼこのとおりに展開する。
島田は、親友の永倉を放っておけない気持ちから、この批判に加わった。
近藤が謝罪した形を取り、江戸出張に永倉を連れて行くというので、解決したと安堵する。
ところが、葛山が切腹。理由は、近藤にあらぬ疑いをかけられたからだという。
さらに、長州出陣のため作成された「行軍録」では、永倉の名前がなく、原田や島田自身も不釣り合いな役職に配される。続いて、隊士の増加に伴う新編成では、新参の平隊士からも師範に取り立てられた者がいるのに、剣槍とも免許皆伝の島田は漏れている。
しかも近藤は、初稽古を名目に、島田と新入隊士・服部武雄とを局中一同の前で対戦させる。そして、予想に反して島田が勝つと、不愉快そうな態度をとる。その後も何かにつけ、嫌味な言動を繰り返す始末。

このように近藤勇が横暴で狭量な上司の役回りを負わされているのは気の毒だが、小説としては面白い。いつの時代にも、組織に属して働く立場には起こりうること、と感じられる。

また、当初は近藤と一枚岩と思われていた土方歳三が、近藤のこうした傲慢さに実は困惑しており、なんとか丸く収めようと気を遣っていることがわかってくる。すると、島田も土方を見直すようになる。
伏見~淀の撤退後、江戸から甲州~北関東~会津~蝦夷地への転戦は、作中に詳しく描写されない。
ただ、土方が新選組と別行動をとった時も、島田は傍らに付き従うことが多く、その事実は史料から判明している。
つまり、こうした信頼関係が築かれたのは、本作では近藤の専横の思わぬ副産物、という流れなのだ。作者ならではの目の付けどころと感じた。

どうでもいいほど瑣末なことだが、新選組が屯所とした西本願寺・北集会所について、本作には「600畳」以上の広さとある。(※出所は西村兼文『新撰組始末記(一名壬生浪士始末記)』と思われる)
しかし、昨年11月に築地本願寺で開催された公開講座「新選組 土方歳三のゆ・う・う・つ ―新発見史料から―」によると、そこまでの規模はなかった模様。
当初に借りた外陣が200畳。人数が増えて窮屈なところに夏の暑さも加わり、とても耐えられないと土方歳三が本願寺に申し入れた結果、内陣その他の約50畳も追加で使用できるようになった、という話だった。
もし実際に600畳もあったなら、こんな交渉もありえなかったろうな~、などと思えて可笑しい。

最終章、島田が家族と暮らすささやかな幸せを取り戻したこと、永倉との友情が終生変わらなかったことは、本当に良かったと感じた。
文庫版の解説にて、解説者の山内昌之は、本作の島田魁を「一言でいえば、足るを知っている男」「知足の人」と述べている。「吾唯足ることを知る」、あまりに欲張り過ぎて自分を不幸にするよりも、身の丈にあった生き方を心がける、ということの大切さを考えさせられた。

ちなみに、作者は本作執筆より前に、短編小説「巨体倒るとも」を発表している。
初出は『問題小説』平成6年(1994)7月号。これが一部改稿されて、本作の最終章となった。
短編小説「巨体倒るとも」は、作者の短編集『名剣士と照姫様』『新選組秘帖』、またアンソロジー『誠の旗がゆく』に収録されている。

本作『いつの日か還る』は、2000年、実業之日本社より単行本が出版された。
また2003年、副題『新選組伍長 島田魁伝』が付いて、文春文庫版が刊行された。
文庫版のカバー表紙には、島田魁の肖像写真が使われている。

いつの日か還る
新選組伍長島田魁伝
(文春文庫)
>>詳細を見る




島田魁の回想録「島田魁日記」は、『新選組史料集』『新選組史料大全』に収録。また、『新選組日誌』に多数引用されている。(※『新選組日誌』は、本作『いつの日か還る』の巻末に参考資料として記載されている)
島田魁の遺品である隊士名簿「英名録」も、『新選組史料集』の「隊士名簿に見る新選組の変遷」、『新選組史料大全』の「新選組隊士名簿(編)」にて主要部分を見ることができる。
そのほか、ご子孫による人物伝が、「島田魁日記」とともに『続・新選組隊士列伝』(新人物往来社編発行/1974)に掲載されている。

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 菊地明・伊東成郎編『新選組史料大全』 

史料集。出版されると昨秋に情報が流れてから約1年、ようやく刊行に至った。
実物は書店の店頭でざっと確認しただけなのだが、とりあえず思ったことを書いておきたい。

本書は、かつて新人物往来社から刊行された『新選組史料集』『続 新選組史料集』を底本として、その後に発見・公開された史料や、前2冊に収録されなかった史料を新たに加え、再編集したものだという。
いずれも、来歴や内容について解説がなされ、語句の註解が付いている。
本文は、史料の性質によって全4章に分かれている。

以下、目次をもとにして収録内容を紹介する。
それぞれ末尾の〈正〉は『新選組史料集』に、〈続〉は『続 新選組史料集』にも収録されていたもの。
※は、今回新たに加えられた史料について、過去の出版・収録歴を簡単に調べ、後にまとめて注記した。

第一章 (新選組隊士自身による記録)
島田魁日記〔島田魁〕             〈正〉
中島登覚書〔中島登〕             〈正〉
立川主税戦争日記〔立川主税〕         〈正〉
近藤芳助書翰〔近藤芳助〕           〈正〉
谷口四郎兵衛日記〔谷口四郎兵衛〕       〈続〉
戊辰戦争見聞略記〔石井勇次郎〕        〈続〉
函館戦記〔大野右仲〕             〈正〉
取調日記〔山崎丞〕              〈続〉
金銀出入帳                  〈正〉
秦林親日記〔秦林親〕             〈正〉
戦友姿絵〔中島登〕               ※1
杉村義衛遺稿「名前覚」〔杉村義衛〕       ※2
七ケ所手負場所顕ス〔永倉新八〕        〈正〉
新選組隊士名簿(編)             〈正〉

第二章 (新選組と接触した人物による同時代の記録
廻状留〔石坂周造〕              〈続〉
文久三年御上洛御供旅記録〔井上松五郎〕    〈続〉
旅硯九重日記〔富沢忠右衛門〕          ※3
佐藤彦五郎日記〔佐藤彦五郎〕          ※4
新選組金談一件〔藤田和三郎〕          ※5
五兵衛新田・金子家文書            〈続〉
流山関係文書
  吉野家文書                〈続〉
  小松原家文書               〈続〉
  恩田家文書                〈続〉
平田宗高従軍日録〔平田宗高〕         〈続〉
官軍記〔富田重太郎〕             〈続〉
荒井治良右衛門慶応日記〔荒井治良右衛門〕    ※6
戊辰十月賊将ト応接ノ始末〔渋谷十郎〕     〈続〉

第三章 (同時代の第三者による新選組の記録)
日本史籍協会叢書〔日本史籍協会編〕       ※7
  会津藩庁記録
  東西紀聞
  甲子雑録
  連城紀聞
  丁卯雑拾録
  中山忠能日記
  中山忠能履歴資料
  朝彦親王日記
  吉川経幹周旋記
  嵯峨実愛日記
  続再夢紀事
  採襍録
〈参考史料〉官武通紀              ※8
藤岡屋日記                   ※9
改訂肥後藩国事史料               ※10

第四章 (明治以降に刊行・発表された回顧録や編纂物)
新撰組始末記〔西村兼文〕           〈正〉
今昔備忘記(抄)〔佐藤玉陵〕         〈続〉
両雄士傳補遺〔橋本清淵編輯〕         〈続〉
柏尾の戦〔結城禮一郎〕             ※11
柏尾坂戦争記〔野田市右衛門〕         〈正〉
維新史の片鱗〔有馬純雄〕           〈続〉
御祭草紙〔内山鷹二〕             〈続〉
夢乃うわ言〔望月忠幸〕            〈続〉
松本順関係文書〔松本順〕    
  噬臍録                   ※12
  蘭疇                    ※13
  蘭疇自伝                  ※14
近藤勇の事〔鳥居華村〕            〈続〉
近藤勇の伝〔丸毛利恒〕            〈続〉
近藤勇 土方歳三〔依田学海〕         〈続〉

※1 かつて『別冊歴史読本』などに、主要部分がカラーで掲載された。
   本書ではモノクロ印刷だが、画賛が活字化され、解説が付いている。
※2 永倉新八『新撰組顛末記』にも掲載。
※3 多摩市教育委員会より「多摩市文化財調査資料」として2012年に刊行。
※4 日野市より「日野宿叢書」として2005年に刊行。
※5 『新選組日誌』文庫版(2013)に、関連箇所の多くが抜粋。
※6 原史料所有者により2002年に活字化、自費出版物として刊行された。
※7 『新選組日誌』文庫版(2013)に、関連箇所の多くが抜粋。
※8 国書刊行会(1913)、東京大学出版協会(1976)などから刊行。
※9 三一書房(1987-1995)から刊行。
※10 国書刊行会(1973)から刊行。
※11 掲載誌『旧幕府』の複製合本が原書房(1971)から刊行。
※12 松本順の回顧手記。明治期、医療業界紙に連載されたものの中断したままとなった。
    過去、書籍に収録されたことはなかったらしい。
   「蘭疇」「蘭疇自伝」より早期に成立し、これらとは異なる表現で書かれている点で貴重。
※13 日本評論社『明治文化全集』第24巻(1993)に収録。
※14 平凡社東洋文庫『松本順自伝・長与専斎自伝』(1980)に収録。 『幕末鬼骨伝』参照。

当然ながら、必ずしも史料の全文が載っているわけではない。
分量が多く、新選組と関連のない記述が多いものについては、関連のある部分だけを抜粋している。

山崎丞「取調日記」は、『続 新選組史料集』では隊士名簿の部分しか取り上げられていなかった。
しかし、本書では全部を掲載している。

「新選組隊士名簿(編)」は、『新選組史料集』では「隊士名簿に見る新選組の変遷」と題する論考だった。
また、『新選組大人名事典』下巻(2001)にも、似たような名簿史料の比較解説が載っていた。
ただし、今回は新たな史料を採り入れ、より充実した内容となっている様子。

『新選組史料集』『続 新選組史料集』に収録されていたものの、本書からは漏れた史料もある。
例えば、「伯父伊東甲子太郎武明・岳父鈴木三樹三郎忠良」「近藤勇の妻及子」「土方歳三の少年時代」「新撰組長芹沢鴨」「綾瀬村の近藤勇」など。
本書を手に入れたとしても、前2冊を手放すわけにはいかない気がする。

2014年、KADOKAWAより出版。
体裁はA5判上製・函付、全1007ページ。本文には辞書・事典用の紙が使われているかに見えたが、それでも全体の厚みが5cmはあると思う。
税別価格25,000円は、ボリューム的に妥当としても、あまり気軽に買える値段とは言えない。
前2冊を持っていないとか、大きな図書館へ度々出向くのが困難とかいった向きは、懐と相談してみてもよいのではなかろうか。

新選組史料大全
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 中村彰彦『明治無頼伝』 

長編小説。元新選組隊士・斎藤一こと藤田五郎が、国事犯として追われる旧会津藩士を救おうと奔走する活躍を、明治2年から11年にかけて描く。

明治2年7月12日、越後街道の束松峠にて、福井藩士・久保村文四郎が斬殺される。
久保村は、会津戦争後、新政府の民政局監察方兼断獄として若松に赴任していた。
そして在職中の傲慢・無慈悲な言動により、旧会津藩士らの恨みを買ったため、襲撃されたのだった。
襲撃犯4人は、それぞれ逃亡する。

翌年、襲撃犯のひとり高津仲三郎は、斗南に移住した家族を密かに訪ねようと旅をしていた。
しかし、途中で病に倒れ、黒羽藩・赤塚軍司率いる警備隊に捕えられてしまう。
護送中の高津が雪原で狼の群れに襲われかけた時、ひとりの男が駆けつけ、剣を振るって助ける。
その男こそ、斗南藩士・一戸伝八(=斎藤一)だった。
伝八は、降伏した会津藩士らと苦難を共にし、斗南に移り住んでいた。
旧知の佐川官兵衛の勧めもあって、高木家の長女・時尾を娶り、さらに旧藩主・松平容保から新たに「藤田五郎」の名を賜る。

そんな時、捕らわれていた高津が脱走し、親交のあった中根米七とともに行方をくらます。
高津を政府の追及から救いたいという官兵衛の意を受け、五郎は時尾を連れて東京へ出る。
ところが、赤塚もまた東京に現れる。
執拗に高津を追う赤塚は、五郎にも敵意を向け、旧幕時代の「悪行」を暴いて陥れようと画策する。
東京で、秋月悌次郎山川浩永岡久茂を訪ねるうち、高津が不穏な計画を抱いて西国へ向かったと察知した五郎は、大坂・京都を経て佐賀を目指す。

大坂から海路を辿って瀬戸内海を通過中、船が海賊の襲撃に遭った。
五郎は剣を執って戦うが、新式銃で武装した海賊たちに囲まれ、一味の本拠地・御五神島へ連行される。
やむなく島に留まるうち、政府海軍艦隊による海賊討伐に巻き込まれ、辛くも脱出。

ようやくたどり着いた佐賀では、不平士族の反乱が勃発する。
そして、この反乱軍には高津と永岡も加わっていた。


本作は16年前の作品であるためか、今日判明している事実や諸研究家の見解とは相違が見られる。

◯本作では、斎藤一が近藤勇と知りあったのは、京都で新選組に入隊した時。
→ 江戸ですでに出会っていた可能性が高いと指摘されている。

◯戊辰戦争勃発後、会津入りして名を「斎藤一」から「山口次郎」に改めた、と描かれている。
→ 山口次郎(二郎)への改名は、御陵衛士から新選組へ復帰した直後という説が有力。

◯降伏後の変名はかつて「一戸伝八」とされ、本作でもそれが採用されている。
→ 現在は「一瀬伝八」が正しいと判明している。「一戸」は史料が活字化される際の誤植だった。(※「一瀬伝八は斎藤一とは別人」という説も浮上している。)

◯高木時尾と斗南で結婚した。
→ 斗南では篠田やそと結婚しており、やそと別れ東京に出てから時尾と結ばれた、というのが真相らしい。本作には、やその存在は描かれない。(※やそとの関係については諸説ある。)

◯京都を訪れた際、新選組隊士の墓参りに壬生寺と新徳寺に立ち寄っている。
→ 新徳寺に隊士の墓はない。壬生寺にも明治初年にはなかった。壬生寺境内の壬生塚(隊士墓地)は、昭和期に壬生共同墓地から墓を移設して造られたもの。

◯本作の斎藤一の容貌は、例のミスター・スポック似の肖像画を元に描写されている模様。
→ この画は長男・勉をモデルに描かれたものと伝わる。

(※以下、煩雑さを避けるため、山口次郎・一瀬伝八・藤田五郎を名乗っていた時期についても「斎藤一」と表記する。)

会津戦争期の回想場面では、斎藤一と土方歳三との訣別が描かれる。
土方は「領内に侵攻された会津藩はもはや滅亡するほかないので、榎本武揚率いる旧幕海軍に合流してさらに戦おう」と提案。一方、斎藤は「新選組が京都守護職・松平容保から受けた恩義を忘れ、会津を見捨てることはできない」として会津に殉じるべく残留を主張する。
つまり、土方は会津藩を見捨てて去ったことになっている。
しかし、実際は違うだろう。なぜなら「庄内藩の意向を確かめてくる」と言い置いてそちらへ向かったものの、米沢藩領を通行できず、やむなく行き先を仙台へ変えているからだ。大鳥圭介の手記によると、会津藩を救うため仙台藩との連携も重視していたらしい。仙台藩が降伏したため、結果的に会津救援はかなわなかったが、見捨てたわけではない。
小説の技巧として、土方を悪者にすれば斎藤の義に篤い人柄が際立つだろうが、こういう対比にはかなり疑問を感じる。

本作に登場する新選組隊士は、ほかに近藤勇武田観柳斎篠原泰之進(武田謀殺の回想)、伊東甲子太郎(油小路事件の回想)、阿部隆明(東京で安富才助を殺害し、斎藤一にも刺客を差し向ける)、島田魁(京都で再会)、谷万太郎(大坂で再会)などがいる。

浅田次郎の小説や和月伸宏『るろうに剣心』のキャラクターが強烈なせいか、斎藤一は狷介孤高な変人というイメージが強い。
しかし本作の彼は、非凡な剣才を除けば、わりと普通の人。
時尾とは睦まじい夫婦関係を築き、時尾の母や弟妹にも心遣いを示す。東京で実の父母と再会すれば、素直に喜びあう。かつての同僚・島田魁を訪ねれば、新選組時代を懐かしみ旧交を温める。海賊の根城で不幸な女・加代に出会えば、哀れに思い優しく接する。
変人イメージを念頭に読むと、普通すぎて拍子抜けするかも。
ただ、こういう人柄のほうが、一般読者にとっては感情移入しやすいだろう。

旧会津藩家老の佐川官兵衛山川浩が、斎藤一と深く関わる。
「鬼官」の武名を謳われた佐川官兵衛は、維新後は市井に埋没するつもりでいたものの、請われて警視庁に奉職、大警部に就任し、やがて西南戦争に出征していく。
知将として鳴り響いた山川浩は、斗南藩権大参事を辞職後、陸軍裁判大主理として熊本鎮台に派遣され、佐賀の乱を果敢かつ冷静沈着に戦うも負傷。雪辱を期して西南戦争に参戦する。
ふたりとも単なる歴史上の存在でなく、時代を力強く生きる人として印象的に描かれている。

本作は、斎藤一の活躍が時代小説的エンターテイメントとして楽しめる一方、束松事件・佐賀の乱・思案橋事件・西南戦争など史実を元にした面で深く考えさせる作品でもある。
会津藩の人々は戦後、敗者として多大なる苦難の道を歩む。その苦しみ恨みのあまり、高津や永岡のように政府転覆を企てる者も出てきた。
一方、勝者の側にも不遇な人々がいる。長州奇兵隊くずれの海賊たちは、戦後の冷遇に耐えかねて反抗し、追われる身となった。
また、征韓論に敗れ下野した長州や佐賀などの不平士族は、反乱を起こして討伐あるいは処刑された。その中には、山川浩ら会津人と信頼関係にあった奥平謙輔前原一誠も含まれている。
これほど多くの犠牲を払わなければ近代日本は成立し得なかったのか、思いは尽きない。

2013年NHK大河ドラマ「八重の桜」は、この時代をどのように描くのかが見どころのひとつと思う。
なお作者自身も、山本八重の生涯を短編小説「残す月影」に描いている。→『修理さま 雪は』参照。

本作は、1996年に新人物往来社より単行本が、2000年に角川文庫版が出版された。
2015年、PHP文芸文庫版が刊行された。

明治無頼伝
(PHP文芸文庫)
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 南原幹雄『新選組探偵方』 

短編小説集、オムニバス形式の7編を収録。
新選組にまつわる数々の事件の謎に、沖田総司と島田魁が挑む時代ミステリー。

「総司が見た」
芹沢暗殺事件の真相。
屯所を襲撃した謎の一団によって、芹沢鴨・平山五郎・お梅が殺害される。
唯一の手がかりは、現場に残された新選組の隊服だった。世間には「新選組の内紛」という噂が広がる。
自分自身も疑いをかけられ困惑する総司のもとに、お梅の妹・お菊が訪ねてくる。
お菊に強く責められた総司は、真犯人を捕えることを約束し、監察の島田を従えて捜査に乗り出す。

「残菊一刀流」
山南脱走の前触れとなった情報漏洩事件の顛末。
池田屋事件の後、しばらく療養していた総司は、事件を振り返る。
当日、桂小五郎が現場にいなかったのは、新選組の内部情報が漏洩しているためかもしれない、と懸念した。
一方、お梅からの仕送りがなくなったお菊は、三本木の芸妓となっていた。
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「風雲六角獄」
六角獄の囚人虐殺事件の真相。
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獄内には、天誅組の乱・生野の乱・木像梟首事件・池田屋事件などで逮捕された志士達も収監されていたが、未決囚も含め、何者かに虐殺される。
またも「新選組の仕業」という噂が世間に広まり、総司は真相を突き止めるべく、島田と共に聞き込みを始める。
そして、堀川に毒が流されるという出来事を耳にした。

「祇園石段下の暗殺」
谷三十郎暗殺事件の真相。
不動堂村の新屯所に投石される嫌がらせが続き、新選組隊士達は苛立ちを募らせていた。
その上、七番組長・谷三十郎が、祇園石段下で殺害された。
犯人と疑われた斎藤一に懇請され、総司と島田は真犯人を追う。
そんな時、洛北鷹ヶ峰へお菊と共に出かけた総司は、石を投げて鳥を打ち落とす猟師達の存在を知る。

「銭取橋の斬撃」
武田観柳斎が殺害された真相。
斎藤一と篠原泰之進は、武田観柳斎を斬るよう命令され、夜道を尾行する。
武田は、薩摩藩へ接近している嫌疑が濃厚だった。
ところが、銭取橋にさしかかった時、正体不明の刺客が突如現れて武田を斬殺し、逃げ去った。
不覚を取った斎藤は、総司と島田に真相究明を依頼する。

「よく似た二人」
川島勝司が処断される原因となった、恐喝事件の始末。
洛北の商家に、「新選組の富山弥兵衛」を騙って、大金を強請り取ろうとする一味が現れた。
ニセ隊士を捕えようと、総司と島田がこの家に張り込むが、成果は得られない。
しかし、ほとぼりが冷めた頃、再び一味が出没し、後を追った目明かしが斬殺される。
急いで現場に駆けつけた総司の前に、思わぬ人物が現れる。

「耳のない男」
新選組と御陵衛士との軋轢に繋がる暗殺未遂事件の経緯。
伊東甲子太郎の一派が、隊を分かち出ていってから数日後のこと、近藤勇は謎の集団に襲撃される。
刀を振るって斥けた時、偶然に刺客のひとりの耳を切り落とした。
後日、総司がお菊と出かけた帰途、5人の刺客に襲われる。

ホームズ沖田とワトソン島田の冒険を描く探偵小説、といった趣向。
事件自体はそれほど複雑怪奇なものではないが、京都の習俗などを取り入れたストーリーがなかなか面白い。
同じ作者の短編小説集『新選組情婦伝』とはイメージがまったく異なり、とても楽しめる。

「力(りき)さん」「総司さん」と呼び合うふたりの、息の合ったコンビぶりが面白い。
任務の話だけでなく、プライベートなアドバイスをする場面もあって、しみじみと感動的。
斎藤一と総司とのさりげない友情も、心温まる。

独自の人物として、菱屋お梅の妹・お菊が登場。総司との仲が、少しずつ深まっていく。
殺伐とした日々の中、彼女との時間が唯一の安らぎという、総司の青春模様が切ない。

端役ながら、西郷吉之助、中村半次郎も登場し、人物像がリアルに描写されている。

新選組が市中に目明かしなどの諜報員を放ち、会津藩・見廻組・薩摩藩にも密偵を送り込んでいる、という設定は、いかにもありそうな雰囲気で興味深く思えた。

いずれの作品も、実際にあった、もしくはあったとされている事件を題材として、通説とは異なる独自の真相を描いている。もちろん創作ではある。
ただ、「通説が必ずしも真実とは限らない。例えば、このような解釈も可能ではないか」という、物事を別の角度から見る姿勢の提示として、新鮮に思えた。

細かいことだが、実際の谷三十郎の死亡は慶応2年、不動堂村への屯所移転は翌3年である。
本作では、屯所移転が1年早く見積もられている様子。

また、武田観柳斎の死亡日は、かつて慶応2年9月28日とされていたが、その後の研究により翌3年6月22日説が有力となっている。
そして、この慶応3年の3月には、伊東甲子太郎らが新選組から分離し、禁裏御陵衛士を組織した。
斎藤一と篠原泰之進も御陵衛士に加盟している。
つまり、この2人が新選組隊士として武田暗殺の密命を受ける、という可能性は考えにくい。
本作は、やはりフィクションとして楽しむに留めておけばよいと思う。

ちなみに作者は、本作について『英雄の時代1 新選組』(教育書籍/1991)の中で「特に沖田が好きだったわけではなく、話が作りやすかったから」「小説にしたい人物は山崎烝」などと語っている。
ただその後、山崎を主人公とする小説を発表した、という話は聞いていない。

双葉社より単行本(1988)、文庫本(1922)が発行された。また福武文庫(1966)も出ている。

新選組探偵方
(双葉文庫)
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