高橋由太『新選組ござる』
長編小説。武士になりたい一心で新選組に入隊した少年、市村鉄之助。
奮闘のうちに不可解な事件に巻き込まれていく、オカルトファンタジー。
市村鉄之助は、言うまでもなく実在の新選組隊士である。諸研究家の報告によると↓
父親は美濃大垣藩士だったが、安政5年に追放処分となって近江国国友村に住まい、文久3年に他界した。
鉄之助は、慶応3年秋頃、兄の辰之助とともに入隊する。
14歳という若年のため両長召抱人(小姓のような役目)となり、辰之助は局長附人数(仮同志)となった。
戊辰戦争勃発後、辰之助は綾瀬付近で離隊するも、鉄之助は箱館まで従軍。
明治2年4月、土方歳三の命令により箱館を脱出し、日野の佐藤彦五郎家へ歳三の遺品を届ける。
しばらく佐藤家に留まり、明治4年3月に大垣の親戚宅へと帰っていった。
本作は、上記の事柄が多少反映されるものの、大半はオリジナル設定で、創作性の高いストーリーが展開する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。
鉄之助は、武士になりたいと切望し、郷里の美濃を出て京に上り、新選組に入った。
勝手についてきた飼い犬のモモも、なりゆきで入隊(?)する。
噂に聞く新選組一の天才剣士・沖田総司は、とても人斬りとは思えない、優しげな外見の持ち主。
人柄も穏やかで、冗談好きだった。
ところが秋の頃、その総司が隊を離れて、姿を見せなくなる。
「労咳のため」と言われたが、直前まで元気な姿を見ていた鉄之助には、とても信じられない。
やがて戊辰戦争が始まり、新選組は多くの同志を失いながら転戦、ついに箱館で終焉を迎える。
味方を救援すべく五稜郭を出撃する土方歳三に、鉄之助は強引に付き従う。
彼らの前に出現したのは、正体不明の不気味な敵だった――
そして、負傷した鉄之助が新政府軍に囲まれ、死を覚悟した時、思わぬ味方が出現する。
この後、ストーリーは明治の東京に舞台を移し、展開していく。
主な登場人物は、以下のとおり。
市村鉄之助
本作の主人公。直情径行型の熱血少年。
生家は美濃の山奥にあり、家業はインチキくさい拝み屋(祈祷師・霊媒師)だった。
しかも、「先祖は妖怪ぬらりひょん」という、由来不明の怪しい看板を掲げていた。
10歳の時、両親が病没し、隣家の老婆に引き取られる。
村人たちに愚弄された悔しさから、武士となり堂々と生きたいと望み、14歳にして新選組に入った。
奇しくも箱館戦争から生還し、明治の東京で新選組を再興しようと決意する。
モモ
大きな白い犬。鉄之助が美濃にいた時、どこからともなくやってきて鉄之助の家に居着いた。
京へ上る時にもついてきてしまい、以来どこへ行くのも一緒。
性格は温順だが、頼りない。あまり賢くもなく、鉄之助に「アホ犬」呼ばわりされる。
しかし人の言葉を理解しており、幽霊や妖怪とも意思を通じるなど、侮れない面もある。
九郎
700年前の鎌倉時代に死んだ、九郎判官こと源義経の幽霊。
名刀「薄緑」に宿っており、鉄之助に解放されて以来、ずっとついてくる。
烏帽子に狩衣姿の美男子だが、一般人には感知されない存在。
鉄之助やモモとは会話できて、なぜか語尾に必ず「ござる」を付ける。(本作タイトルは、この口癖が由来と思われる。)のんびりマイペース、いざとなると無敵の剣士に変貌するところも含めて、『るろ剣』の緋村剣心を連想させるキャラ。
モモとは良いコンビ。両者であれこれ余計なことまで喋り、鉄之助をイラつかせる場面が多い。
沖田総司
天然理心流・試衛館の門弟時代から名を馳せた、新選組随一の遣い手。
女と見間違うほどの優男だが、長大な振棒を軽々と降ってみせるなど、剣の実力は本物。
鉄之助をからかっては面白がり、モモをなぜか「辰之助」と呼ぶ。
「労咳のため死んだ」というのは意図的な情報操作で、維新後も生きのび東京に潜伏していた。
新政府の追及をかわすためだけでなく、何やら複雑な事情がある様子。
鉄之助が新選組の再結成を訴えても、「もう終わったこと」とまったく乗り気でない。
その重大な秘密は、本書の終盤近くで明かされる。
土方歳三
新選組の鬼副長。目つきの鋭い悪人顔の二枚目。
感情をあまり出さず、威圧感を漂わす。鉄之助も初めは怖れていたが、次第に慕うようになった。
佩刀は和泉守兼定、通称「ノサダ」。(※「之定」こと二代関兼定の作、ということらしい)
箱館戦争で命を落とす。敵の正体を鉄之助は知らなかったが、歳三にはわかっていた。
相馬主計
新選組の最後の隊長。
箱館で歳三が亡くなった後、隊長として投降。すべての責任を一身に負い、新島に流罪となった。
その後、東京に現れ、鉄之助に郷里へ帰るよう諭す。
総司の秘密を知っている様子。
蕗(ふき)
東京深川の牛鍋屋もず亭で働く少女。15歳。
母を早くに亡くす。父は彰義隊に加わり、上野で戦死した。
そうした境遇にも挫けず、健気に日々を生きている。思いやり深く、鉄之助やモモにも親切。
深川十万坪に密葬された彰義隊の墓に、朝な夕な参るのが習慣となっている。
お芳
牛鍋屋もず亭の女主人。煙管のよく似合う、色っぽい美女。
実は新門辰五郎の娘であり、親譲りの侠気の持ち主。
ただ、父親のことも自身のこともほとんど語りたがらず、過去は謎めいている。
行く当てのない鉄之助とモモを、もず亭に置いてやる。
ぬらりひょん
鉄之助が出会った妖怪。見た目は、頭がやけに大きい禿げた爺さん。
鷹揚で太っ腹な物腰のとおり、江戸妖怪の総大将であったが、一時期その地位を退いていた。
理由は人間の娘と恋仲になったためで、両者の間に生まれた子が鉄之助の祖先だという(マジか)。
やがて明治の東京に舞い戻り、妖怪たちを相手になぜか西洋料理屋を営む。
料理の腕は確かで、「らいすかれい」「アイスクリン」など最先端のメニューも出す。
つかみどころのない存在だが、さりげなく鉄之助の力になる。
お歯黒べったり
鉄之助が出会った妖怪。
見かけは役者のような二枚目の男だが、派手な女の着物を着て、お歯黒を塗ったオカマ。
オネエ言葉を話し、何かにつけ鉄之助に迫り、邪険にされ罵られてもまったく堪えない。
ぬらりひょんとは長いつきあいらしい。
近藤勇
天然理心流・試衛館の道場主。文久元年、先代の周助から道場を引き継いだ。のち新選組局長。
剣は強いが不器用。若い頃は力加減ができず、稽古で道場をぶち壊すのでは、と懸念された。
ウソかまことか、三刀流が使えるという(『るろ剣』のみならず『ONE PIECE』もネタにされたか)。
近藤周助(周斎)
試衛館の先代道場主。道場経営に何かと苦労してきた。
総司の剣才に目をつけ、内弟子として入門させる。これが、思わぬ運命を呼び寄せることに。
勝麟太郎(海舟)
言わずと知れた、その才覚で幕府を支える旗本。
文久元年11月のある日、試衛館を訪ねてきて頼み事をする。その内容は驚くべきものだった。
山田吉亮(よしふさ)
山田流居合術の遣い手。
年齢は鉄之助と同じだが、外見は子供。12歳の時から身体が成長しなくなったという。
以上紹介のとおり、本作は奇想天外な時代ファンタジーである。
史実との違いを云々してもあまり意味がないので、やめておく。
ただ、それを抜きにしても、合理性を欠いたところがあって気になった。例えば――
◆鉄之助が箱館の戦場で気を失い、目覚めた時にはすべてが終わっていた、とある。
その間どこに寝かされていたのか、降伏人として扱われたのか、だとすればいつ釈放され日野へ行かれたのか。
具体的な状況がまったく示されない。
◆新選組結成の目的が設定のとおりだとすると、京都に上り留まる必然性がない。
新徴組(しんちょうぐみ)と同様、江戸に本拠を置いたほうがずっと目的にかなうと思われる。
とは言え、勢いで読ませる作品なので、そこまで深く考えずに楽しむべきなのだろう。
この話をもしもシリアスに書いたら、不気味で残酷な怪奇譚になりそう。
コミカルな要素を多くして、あまり深刻にならず読める娯楽作に仕上げたのは良かったと思う。
本作のストーリーは、本書だけでは完結していない。
ひとまず危機が去ったものの解決には至らず、末尾は「事件は、まだ始まったばかりだった」と結ばれている。
この後に回収されるべき伏線と思われるものも、多く残る。
続きが気になるなら、続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』の2作も読む必要があろう。
本作は、書き下ろし作品。
2015年、新潮文庫『新選組ござる』が出版された。
同年中に続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』も刊行されている。
本作に関する余談を「深川十万坪/新門辰五郎と彰義隊/山田吉亮」にまとめた。
併せてご一読いただきたい。
作者の新選組関連著作には『斬られて、ちょんまげ 新選組!!!幕末ぞんび』(双葉文庫/2014)もある。
2015年公開の映画「新選組オブ・ザ・デッド」の原作かと思ったら、特に関係なかった(笑)



奮闘のうちに不可解な事件に巻き込まれていく、オカルトファンタジー。
市村鉄之助は、言うまでもなく実在の新選組隊士である。諸研究家の報告によると↓
父親は美濃大垣藩士だったが、安政5年に追放処分となって近江国国友村に住まい、文久3年に他界した。
鉄之助は、慶応3年秋頃、兄の辰之助とともに入隊する。
14歳という若年のため両長召抱人(小姓のような役目)となり、辰之助は局長附人数(仮同志)となった。
戊辰戦争勃発後、辰之助は綾瀬付近で離隊するも、鉄之助は箱館まで従軍。
明治2年4月、土方歳三の命令により箱館を脱出し、日野の佐藤彦五郎家へ歳三の遺品を届ける。
しばらく佐藤家に留まり、明治4年3月に大垣の親戚宅へと帰っていった。
本作は、上記の事柄が多少反映されるものの、大半はオリジナル設定で、創作性の高いストーリーが展開する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。
鉄之助は、武士になりたいと切望し、郷里の美濃を出て京に上り、新選組に入った。
勝手についてきた飼い犬のモモも、なりゆきで入隊(?)する。
噂に聞く新選組一の天才剣士・沖田総司は、とても人斬りとは思えない、優しげな外見の持ち主。
人柄も穏やかで、冗談好きだった。
ところが秋の頃、その総司が隊を離れて、姿を見せなくなる。
「労咳のため」と言われたが、直前まで元気な姿を見ていた鉄之助には、とても信じられない。
やがて戊辰戦争が始まり、新選組は多くの同志を失いながら転戦、ついに箱館で終焉を迎える。
味方を救援すべく五稜郭を出撃する土方歳三に、鉄之助は強引に付き従う。
彼らの前に出現したのは、正体不明の不気味な敵だった――
そして、負傷した鉄之助が新政府軍に囲まれ、死を覚悟した時、思わぬ味方が出現する。
この後、ストーリーは明治の東京に舞台を移し、展開していく。
主な登場人物は、以下のとおり。
市村鉄之助
本作の主人公。直情径行型の熱血少年。
生家は美濃の山奥にあり、家業はインチキくさい拝み屋(祈祷師・霊媒師)だった。
しかも、「先祖は妖怪ぬらりひょん」という、由来不明の怪しい看板を掲げていた。
10歳の時、両親が病没し、隣家の老婆に引き取られる。
村人たちに愚弄された悔しさから、武士となり堂々と生きたいと望み、14歳にして新選組に入った。
奇しくも箱館戦争から生還し、明治の東京で新選組を再興しようと決意する。
モモ
大きな白い犬。鉄之助が美濃にいた時、どこからともなくやってきて鉄之助の家に居着いた。
京へ上る時にもついてきてしまい、以来どこへ行くのも一緒。
性格は温順だが、頼りない。あまり賢くもなく、鉄之助に「アホ犬」呼ばわりされる。
しかし人の言葉を理解しており、幽霊や妖怪とも意思を通じるなど、侮れない面もある。
九郎
700年前の鎌倉時代に死んだ、九郎判官こと源義経の幽霊。
名刀「薄緑」に宿っており、鉄之助に解放されて以来、ずっとついてくる。
烏帽子に狩衣姿の美男子だが、一般人には感知されない存在。
鉄之助やモモとは会話できて、なぜか語尾に必ず「ござる」を付ける。(本作タイトルは、この口癖が由来と思われる。)のんびりマイペース、いざとなると無敵の剣士に変貌するところも含めて、『るろ剣』の緋村剣心を連想させるキャラ。
モモとは良いコンビ。両者であれこれ余計なことまで喋り、鉄之助をイラつかせる場面が多い。
沖田総司
天然理心流・試衛館の門弟時代から名を馳せた、新選組随一の遣い手。
女と見間違うほどの優男だが、長大な振棒を軽々と降ってみせるなど、剣の実力は本物。
鉄之助をからかっては面白がり、モモをなぜか「辰之助」と呼ぶ。
「労咳のため死んだ」というのは意図的な情報操作で、維新後も生きのび東京に潜伏していた。
新政府の追及をかわすためだけでなく、何やら複雑な事情がある様子。
鉄之助が新選組の再結成を訴えても、「もう終わったこと」とまったく乗り気でない。
その重大な秘密は、本書の終盤近くで明かされる。
土方歳三
新選組の鬼副長。目つきの鋭い悪人顔の二枚目。
感情をあまり出さず、威圧感を漂わす。鉄之助も初めは怖れていたが、次第に慕うようになった。
佩刀は和泉守兼定、通称「ノサダ」。(※「之定」こと二代関兼定の作、ということらしい)
箱館戦争で命を落とす。敵の正体を鉄之助は知らなかったが、歳三にはわかっていた。
相馬主計
新選組の最後の隊長。
箱館で歳三が亡くなった後、隊長として投降。すべての責任を一身に負い、新島に流罪となった。
その後、東京に現れ、鉄之助に郷里へ帰るよう諭す。
総司の秘密を知っている様子。
蕗(ふき)
東京深川の牛鍋屋もず亭で働く少女。15歳。
母を早くに亡くす。父は彰義隊に加わり、上野で戦死した。
そうした境遇にも挫けず、健気に日々を生きている。思いやり深く、鉄之助やモモにも親切。
深川十万坪に密葬された彰義隊の墓に、朝な夕な参るのが習慣となっている。
お芳
牛鍋屋もず亭の女主人。煙管のよく似合う、色っぽい美女。
実は新門辰五郎の娘であり、親譲りの侠気の持ち主。
ただ、父親のことも自身のこともほとんど語りたがらず、過去は謎めいている。
行く当てのない鉄之助とモモを、もず亭に置いてやる。
ぬらりひょん
鉄之助が出会った妖怪。見た目は、頭がやけに大きい禿げた爺さん。
鷹揚で太っ腹な物腰のとおり、江戸妖怪の総大将であったが、一時期その地位を退いていた。
理由は人間の娘と恋仲になったためで、両者の間に生まれた子が鉄之助の祖先だという(マジか)。
やがて明治の東京に舞い戻り、妖怪たちを相手になぜか西洋料理屋を営む。
料理の腕は確かで、「らいすかれい」「アイスクリン」など最先端のメニューも出す。
つかみどころのない存在だが、さりげなく鉄之助の力になる。
お歯黒べったり
鉄之助が出会った妖怪。
見かけは役者のような二枚目の男だが、派手な女の着物を着て、お歯黒を塗ったオカマ。
オネエ言葉を話し、何かにつけ鉄之助に迫り、邪険にされ罵られてもまったく堪えない。
ぬらりひょんとは長いつきあいらしい。
近藤勇
天然理心流・試衛館の道場主。文久元年、先代の周助から道場を引き継いだ。のち新選組局長。
剣は強いが不器用。若い頃は力加減ができず、稽古で道場をぶち壊すのでは、と懸念された。
ウソかまことか、三刀流が使えるという(『るろ剣』のみならず『ONE PIECE』もネタにされたか)。
近藤周助(周斎)
試衛館の先代道場主。道場経営に何かと苦労してきた。
総司の剣才に目をつけ、内弟子として入門させる。これが、思わぬ運命を呼び寄せることに。
勝麟太郎(海舟)
言わずと知れた、その才覚で幕府を支える旗本。
文久元年11月のある日、試衛館を訪ねてきて頼み事をする。その内容は驚くべきものだった。
山田吉亮(よしふさ)
山田流居合術の遣い手。
年齢は鉄之助と同じだが、外見は子供。12歳の時から身体が成長しなくなったという。
以上紹介のとおり、本作は奇想天外な時代ファンタジーである。
史実との違いを云々してもあまり意味がないので、やめておく。
ただ、それを抜きにしても、合理性を欠いたところがあって気になった。例えば――
◆鉄之助が箱館の戦場で気を失い、目覚めた時にはすべてが終わっていた、とある。
その間どこに寝かされていたのか、降伏人として扱われたのか、だとすればいつ釈放され日野へ行かれたのか。
具体的な状況がまったく示されない。
◆新選組結成の目的が設定のとおりだとすると、京都に上り留まる必然性がない。
新徴組(しんちょうぐみ)と同様、江戸に本拠を置いたほうがずっと目的にかなうと思われる。
とは言え、勢いで読ませる作品なので、そこまで深く考えずに楽しむべきなのだろう。
この話をもしもシリアスに書いたら、不気味で残酷な怪奇譚になりそう。
コミカルな要素を多くして、あまり深刻にならず読める娯楽作に仕上げたのは良かったと思う。
本作のストーリーは、本書だけでは完結していない。
ひとまず危機が去ったものの解決には至らず、末尾は「事件は、まだ始まったばかりだった」と結ばれている。
この後に回収されるべき伏線と思われるものも、多く残る。
続きが気になるなら、続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』の2作も読む必要があろう。
本作は、書き下ろし作品。
2015年、新潮文庫『新選組ござる』が出版された。
同年中に続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』も刊行されている。
本作に関する余談を「深川十万坪/新門辰五郎と彰義隊/山田吉亮」にまとめた。
併せてご一読いただきたい。
作者の新選組関連著作には『斬られて、ちょんまげ 新選組!!!幕末ぞんび』(双葉文庫/2014)もある。
2015年公開の映画「新選組オブ・ザ・デッド」の原作かと思ったら、特に関係なかった(笑)
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歴史時代作家クラブ編『新選組出陣』
アンソロジー。歴史時代作家クラブに所属する作家9人が、新選組を題材とする短編小説を競作。
それぞれ興味のある隊士を選び、書き下ろした。
巻末に、執筆陣による座談会が収録されている。
「花は桜木 ―― 山南敬助」 天堂晋助
山南敬助は、なじみの遊女とめを連れて、新撰組を脱走した。
胸を患うとめは、故郷の山陰の海を見たいと言う。
その望みを叶えてやろうと旅路をたどりながら、山南は来し方を様々に思い返す。
江戸へ出て剣術修業をするうち、近藤勇ら試衛館の面々と出会い、浪士組に加わり、新撰組を結成し……
死を覚悟した戦いの日々も意欲に溢れていたはずなのに、その情熱はいつしか冷めてしまった。
山南と追ってきた沖田総司とのやりとりが、目新しく感じられた。
ただ、脱走の動機が今ひとつ呑み込めない。
健康上の問題を抱えているわけではなく、ただ「死に飽きた」と言う。また、大名然とふるまう近藤勇に対して、同志すべてが平等であるべき新撰組の在り方に反していると、不満を抱いた様子。
それらが理由ならば、単身脱走すればよいと思う。とめを救うにしても、逃亡の旅に連れ出すのは過酷。
合理的な判断ができないほど精神的に疲れ切っていた、と解釈すればよいのだろうか。
「終わりの始まり ―― 河合耆三郎」 響由布子
勘定方の河合耆三郎は、幼い頃から霊感があり、長じるにつれ霊能力を身につけた。
しかし、人に話しても理解されるどころか奇異の目で見られかねないので、秘密にしている。
新選組では、隊士に憑いた霊を除き、屯所の霊的守りを固めるなど、密かな役割を自主的に担っていた。
ただ、同じように霊感体質の松原忠司とは打ち解けて、何かと相談しあう仲になる。
ある日、西本願寺屯所に見知らぬ僧がやって来た。
この僧を怪しいと直感した耆三郎は、屯所の霊的結界を強化しようとするものの、怪異に襲われる。
新選組とオカルトを組み合わせたのみならず、河合耆三郎を主人公として、勘定方らしく算法の能力を霊的分野にも活かすところがユニーク。松原忠司とのコンビも面白い。
河合と松原について子母澤寛『新選組物語』を読んでいれば、なお楽しめよう。
フィクションを史実にリンクさせていく工夫が上手いと感じられた。
また、この事件が新選組だけでなく、幕府や日本全体に影響を及ぼすと予測させるスケール感もよい。
実際の歴史の裏にもこのようなことがあったかも、などと想像したくなる。
「京の茶漬け ―― 山崎烝」 飯島一次
慶応4年1月、新選組の伏見陣地は、開戦前の緊張感と一時の静けさに包まれていた。
2年半前に入隊した江戸出身の「俺」が独りでいるところへ、山崎烝が声をかける。
「おまはん、京の茶漬けて、知ってるかいな」
たわいない会話は、京坂と江戸との習慣の違いや、お互いの身の上話に及ぶが――
隊士「俺」の一人称で書かれている。その文体にまず仕掛けがあった、と気づかされるのは最後。
長閑な世間話が続くのに、いきなり真相が暴かれる急転直下は、直前まで予想できなかった。
よく考えれば陰惨な結末だが、まるで落語のオチのように軽妙な味わいを持たせたところが巧い。
山崎烝の人物像もなかなか魅力的。
「誠の桜 ―― 市村鉄之助」 嵯峨野晶
慶応3年、14歳にして入隊した市村鉄之助は、厳しい稽古や雑用にも懸命に取り組む。
内部粛正を目の当たりにして、新選組の現実を思い知りながらも、早く一人前になりたいと努めた。
病に伏した沖田総司の看病をするうち、鳥羽伏見戦争が勃発し江戸へ撤退することに。
兄・辰之助が脱走しても、自らは隊に残り、土方歳三の側付きとして奮闘する。
ところが、箱館の戦局が押し詰まった頃、土方から脱出するよう言い渡されるのだった。
前半では、馬越三郎が登場し、武田観柳斎の粛清が描かれる。
実際のところ、慶応3年にはふたりとも在隊していなかった可能性が大きいようだが、子母澤寛『新選組物語』のアレンジとして面白い。
オリジナルの登場人物・お佳代と織江の存在が、物語に奥行きと温かみを持たせている。
戊辰戦争終結後にも印象的な出来事がひとつあれば、いっそう良かったような気がした。
「竜虎邂逅 (りゅうこかいこう)―― 近藤勇」 岳真也
慶応3年11月、若年寄格・永井玄蕃頭尚志を訪ねた近藤勇は、偶然やって来た坂本龍馬と引き合わされた。
互いに変名を名乗りながらも相手の正体に気づいた上で、今後の政局について語りあう。
しかし、それからまもなく龍馬も近藤も世を去った。
永井は、蝦夷地へ渡り箱館戦争に参戦するも、終戦後の明治を生きて天寿を全うする。
永井尚志の視点から見た近藤勇と坂本龍馬、という捉え方は面白い。
ただ、本作の近藤は龍馬の発言に驚いてばかりで、いささか物足りない。
たとえ能弁でなくても、一言くらい鋭く切り返して、龍馬を感心させるところが見たかった。
全体として、もっと永井尚志の生き方に踏み込んでも良かったような気がするが、そうすると新選組の話ではなく「永井尚志伝」になってしまいかねないので難しいだろうか。
「最後に明かされた謎 ―― 土方歳三」 塚本青史
江戸帰還から甲州、北関東、会津、蝦夷地と、土方歳三は戦い続ける。
折々、郷里多摩時代のこと、新撰組結成以降の在京時代のことなど、過去の出来事が思い出された。
箱館で、見廻組・今井信郎と話すうち、話題は坂本龍馬の暗殺に及ぶ。
会津藩家老・西郷頼母や、元若年寄・永井尚志も加わって話すうち、事件の真相が見えてくる。
新撰組の歴史を振り返る描写が、やや冗長に感じられた。
詳しくない読者に対しては親切と思う。ただ、他の収録作は予備知識のある読者に向けて書かれているのに、なぜ……。ひょっとして、本作が他の作品の分まで解説を引き受けているのだろうか?
細かいながら、多少引っかかる点がいくつかあった。
例えば、歳三の郷里が「武州多摩郡桑田村石田」と書かれている。明治22年に石田村と近隣村々が合併し「神奈川県南多摩郡桑田村」が発足した事実はあるものの、幕末に桑田村は存在していない。
また、松前藩士・桜井某らを使者として派遣したくだりには、彼らを峠下で捕虜にしたとある。しかし実際、桜井長三郎たちは藩内抗争処理のため本州へ渡り箱館へ戻ってきただけで、戦闘の捕虜ではない。
坂本龍馬の暗殺は、直接関与したわけではない新撰組にも多大な影響を及ぼした、重要事件だとは思う。
ただ、「龍馬が存命なら戊辰戦争は起きなかった」とまで言えるのかどうか、考えてしまった。
「時読みの女(ひと) ―― 永倉新八」 鈴木英治
剣術修業のため諸国を廻り、江戸へ戻ってきた永倉新八は、本所亀沢町の百合元昇三道場に寄宿していた。
ある日の外出中、水路に転落しおぼれかけた女を救う。
お夕那と名乗った女は、新八に好意を寄せてくる。ふたりはやがてわりない仲となった。
しかし新八は、坪内主馬道場・師範代の座をかけた叢雨郷兵衛との試合を間近に控えており、色恋に迷っている余裕などはない。
そんな時、同門の片桐真之丞が、新八の命を狙う者がいるので用心するよう忠告にきた。
大坂で新八に斬られた強盗一味の頭目が、死の間際に刺客を雇ったのだという。
新八は、刺客の気配に気づきながら、お夕那への思いや試合への迷いも抱え、心を悩ませる。
文久元年頃の永倉新八を主人公とする、ミステリータッチの物語。
迷い悩みながら剣に情熱を注ぐ青春の日々が、活写されている。
親友の市川宇八郎も登場。沖田宗次郎(総司)は、時々訪ねてきて試合稽古をする仲。
お夕那に卜占の才能があり、その予言のとおりに新八が生きていくことを示唆して終わるのが面白い。
「天孤の剣 ―― 沖田総司」 大久保智弘
小野路の小島家へ出稽古に訪れた沖田総司は、同家屋敷の大屋根に上り、遠くを見渡していた。
「私たちの行く末を見たい」と言った彼が、そこで何を見たのかはわからない。
しかし、それを目撃した増吉少年(後の小島守政)は、夕陽に照らされた姿を心に深く刻む。
剣にかけては天才ながら、門人たちにつける稽古が荒っぽく、怖れられる総司。
山南敬助の優しく丁寧な指導とは、対照的だった。
そんな若い総司が、やがて試衛館の面々とともに京へ上り、目覚ましい活躍を見せる。
新選組の動向は、多摩にも手紙によって報告された。
沖田総司の生涯を、主に小島鹿之助と増吉父子の視点から描く。
近藤周斎、佐藤彦五郎、井上松五郎なども登場。近藤勇や土方歳三の前歴にも触れている。
多摩の剣法・天然理心流の興起と、それを支えた豪農層のつながりが、なかなか興味深い。
郷党の人々が、激動の時代における総司の生き方をどのように見ていたか、彼にどのような期待を抱いていたか、それらに焦点を当てたところがユニークと言えよう。
多摩の地理や風土も、現地取材の成果によってリアルで魅力的に描写されている。
タイトルを最初は「天狐の剣」と思ったが、よく見たら「天孤の剣」だった。
天に向かってひとり立つ、という意味らしい。
短い生涯の中で、彼は見たかった景色を見ることができたのだろうか、と思った。
「誠の旗の下で ―― 藤堂平助」 秋山香乃
藤堂平助は、尊皇の志を貫くため、伊東派の分離脱退に同行しようと決意する。
永倉新八は、そんな平助を呼び出して真意を糺し、苛立ちと無念を吐露する。
平助もまた、脱退は盟友らへの裏切りと感じていたが、かといって留まり続ければ自らの志を裏切ることになってしまう、という二律背反に苦しんでいた。
それでも、平助の決意は揺るがない。もし互いの組織が武力をかけて衝突する日が来たら、その時は新八に斬られて死ぬと、半ば冗談、半ば本気で言い置くのみだった。
伊東派の分離画策から油小路事件に至るまで、藤堂平助の生涯と苦悩を描く。
作者の初期長編『新選組藤堂平助』との共通項も多い。
ただ、前作にあった粗削りな面やそこはかとないBL風味は見られず、いっそう読みやすくなっている。
短編ながら、平助が新撰組を去り盟友らと戦うことになる心境はきっちり書かれており、深く共感できる。
永倉新八との友情が強調されているところも、興味深い。
新撰組を去ってもなお「誠の旗の下で」誓った志のために生き、「誠の旗の下で」戦い命を散らした平助の姿が、鮮烈な印象を残す。
【特別企画】「新選組誕生と清河八郎」展を観に行く 座談会 ―― 鳥羽亮・秋山香乃他
2013年、日野市立新選組のふるさと歴史館にて開催された特別展を見学しての座談会。
参加者は、本書執筆陣から鳥羽亮・秋山香乃・鈴木英治の3人と、清河八郎の直系子孫と、同館の学芸員。
特別展の感想、史実と創作との兼ね合い、作家9人が競作した本書の意義などを語りあう。
---
各作品に、主人公隊士の人物紹介が付いている。
150字程度の簡単な解説だが、読者に対する配慮として親切と思う。
「新選組」「新撰組」の表記は、収録作ごとに異なっている。
作家それぞれの方針を尊重し、本書全体で統一することは敢えて控えたのだろう。
2014年、単行本が廣済堂出版より刊行された。責任表示は、執筆作家9名すべてが列記されている。
2015年、徳間文庫版が出版された。責任表示は「歴史時代作家クラブ」のみ。文庫版解説は菊池仁が担当。


それぞれ興味のある隊士を選び、書き下ろした。
巻末に、執筆陣による座談会が収録されている。
「花は桜木 ―― 山南敬助」 天堂晋助
山南敬助は、なじみの遊女とめを連れて、新撰組を脱走した。
胸を患うとめは、故郷の山陰の海を見たいと言う。
その望みを叶えてやろうと旅路をたどりながら、山南は来し方を様々に思い返す。
江戸へ出て剣術修業をするうち、近藤勇ら試衛館の面々と出会い、浪士組に加わり、新撰組を結成し……
死を覚悟した戦いの日々も意欲に溢れていたはずなのに、その情熱はいつしか冷めてしまった。
山南と追ってきた沖田総司とのやりとりが、目新しく感じられた。
ただ、脱走の動機が今ひとつ呑み込めない。
健康上の問題を抱えているわけではなく、ただ「死に飽きた」と言う。また、大名然とふるまう近藤勇に対して、同志すべてが平等であるべき新撰組の在り方に反していると、不満を抱いた様子。
それらが理由ならば、単身脱走すればよいと思う。とめを救うにしても、逃亡の旅に連れ出すのは過酷。
合理的な判断ができないほど精神的に疲れ切っていた、と解釈すればよいのだろうか。
「終わりの始まり ―― 河合耆三郎」 響由布子
勘定方の河合耆三郎は、幼い頃から霊感があり、長じるにつれ霊能力を身につけた。
しかし、人に話しても理解されるどころか奇異の目で見られかねないので、秘密にしている。
新選組では、隊士に憑いた霊を除き、屯所の霊的守りを固めるなど、密かな役割を自主的に担っていた。
ただ、同じように霊感体質の松原忠司とは打ち解けて、何かと相談しあう仲になる。
ある日、西本願寺屯所に見知らぬ僧がやって来た。
この僧を怪しいと直感した耆三郎は、屯所の霊的結界を強化しようとするものの、怪異に襲われる。
新選組とオカルトを組み合わせたのみならず、河合耆三郎を主人公として、勘定方らしく算法の能力を霊的分野にも活かすところがユニーク。松原忠司とのコンビも面白い。
河合と松原について子母澤寛『新選組物語』を読んでいれば、なお楽しめよう。
フィクションを史実にリンクさせていく工夫が上手いと感じられた。
また、この事件が新選組だけでなく、幕府や日本全体に影響を及ぼすと予測させるスケール感もよい。
実際の歴史の裏にもこのようなことがあったかも、などと想像したくなる。
「京の茶漬け ―― 山崎烝」 飯島一次
慶応4年1月、新選組の伏見陣地は、開戦前の緊張感と一時の静けさに包まれていた。
2年半前に入隊した江戸出身の「俺」が独りでいるところへ、山崎烝が声をかける。
「おまはん、京の茶漬けて、知ってるかいな」
たわいない会話は、京坂と江戸との習慣の違いや、お互いの身の上話に及ぶが――
隊士「俺」の一人称で書かれている。その文体にまず仕掛けがあった、と気づかされるのは最後。
長閑な世間話が続くのに、いきなり真相が暴かれる急転直下は、直前まで予想できなかった。
よく考えれば陰惨な結末だが、まるで落語のオチのように軽妙な味わいを持たせたところが巧い。
山崎烝の人物像もなかなか魅力的。
「誠の桜 ―― 市村鉄之助」 嵯峨野晶
慶応3年、14歳にして入隊した市村鉄之助は、厳しい稽古や雑用にも懸命に取り組む。
内部粛正を目の当たりにして、新選組の現実を思い知りながらも、早く一人前になりたいと努めた。
病に伏した沖田総司の看病をするうち、鳥羽伏見戦争が勃発し江戸へ撤退することに。
兄・辰之助が脱走しても、自らは隊に残り、土方歳三の側付きとして奮闘する。
ところが、箱館の戦局が押し詰まった頃、土方から脱出するよう言い渡されるのだった。
前半では、馬越三郎が登場し、武田観柳斎の粛清が描かれる。
実際のところ、慶応3年にはふたりとも在隊していなかった可能性が大きいようだが、子母澤寛『新選組物語』のアレンジとして面白い。
オリジナルの登場人物・お佳代と織江の存在が、物語に奥行きと温かみを持たせている。
戊辰戦争終結後にも印象的な出来事がひとつあれば、いっそう良かったような気がした。
「竜虎邂逅 (りゅうこかいこう)―― 近藤勇」 岳真也
慶応3年11月、若年寄格・永井玄蕃頭尚志を訪ねた近藤勇は、偶然やって来た坂本龍馬と引き合わされた。
互いに変名を名乗りながらも相手の正体に気づいた上で、今後の政局について語りあう。
しかし、それからまもなく龍馬も近藤も世を去った。
永井は、蝦夷地へ渡り箱館戦争に参戦するも、終戦後の明治を生きて天寿を全うする。
永井尚志の視点から見た近藤勇と坂本龍馬、という捉え方は面白い。
ただ、本作の近藤は龍馬の発言に驚いてばかりで、いささか物足りない。
たとえ能弁でなくても、一言くらい鋭く切り返して、龍馬を感心させるところが見たかった。
全体として、もっと永井尚志の生き方に踏み込んでも良かったような気がするが、そうすると新選組の話ではなく「永井尚志伝」になってしまいかねないので難しいだろうか。
「最後に明かされた謎 ―― 土方歳三」 塚本青史
江戸帰還から甲州、北関東、会津、蝦夷地と、土方歳三は戦い続ける。
折々、郷里多摩時代のこと、新撰組結成以降の在京時代のことなど、過去の出来事が思い出された。
箱館で、見廻組・今井信郎と話すうち、話題は坂本龍馬の暗殺に及ぶ。
会津藩家老・西郷頼母や、元若年寄・永井尚志も加わって話すうち、事件の真相が見えてくる。
新撰組の歴史を振り返る描写が、やや冗長に感じられた。
詳しくない読者に対しては親切と思う。ただ、他の収録作は予備知識のある読者に向けて書かれているのに、なぜ……。ひょっとして、本作が他の作品の分まで解説を引き受けているのだろうか?
細かいながら、多少引っかかる点がいくつかあった。
例えば、歳三の郷里が「武州多摩郡桑田村石田」と書かれている。明治22年に石田村と近隣村々が合併し「神奈川県南多摩郡桑田村」が発足した事実はあるものの、幕末に桑田村は存在していない。
また、松前藩士・桜井某らを使者として派遣したくだりには、彼らを峠下で捕虜にしたとある。しかし実際、桜井長三郎たちは藩内抗争処理のため本州へ渡り箱館へ戻ってきただけで、戦闘の捕虜ではない。
坂本龍馬の暗殺は、直接関与したわけではない新撰組にも多大な影響を及ぼした、重要事件だとは思う。
ただ、「龍馬が存命なら戊辰戦争は起きなかった」とまで言えるのかどうか、考えてしまった。
「時読みの女(ひと) ―― 永倉新八」 鈴木英治
剣術修業のため諸国を廻り、江戸へ戻ってきた永倉新八は、本所亀沢町の百合元昇三道場に寄宿していた。
ある日の外出中、水路に転落しおぼれかけた女を救う。
お夕那と名乗った女は、新八に好意を寄せてくる。ふたりはやがてわりない仲となった。
しかし新八は、坪内主馬道場・師範代の座をかけた叢雨郷兵衛との試合を間近に控えており、色恋に迷っている余裕などはない。
そんな時、同門の片桐真之丞が、新八の命を狙う者がいるので用心するよう忠告にきた。
大坂で新八に斬られた強盗一味の頭目が、死の間際に刺客を雇ったのだという。
新八は、刺客の気配に気づきながら、お夕那への思いや試合への迷いも抱え、心を悩ませる。
文久元年頃の永倉新八を主人公とする、ミステリータッチの物語。
迷い悩みながら剣に情熱を注ぐ青春の日々が、活写されている。
親友の市川宇八郎も登場。沖田宗次郎(総司)は、時々訪ねてきて試合稽古をする仲。
お夕那に卜占の才能があり、その予言のとおりに新八が生きていくことを示唆して終わるのが面白い。
「天孤の剣 ―― 沖田総司」 大久保智弘
小野路の小島家へ出稽古に訪れた沖田総司は、同家屋敷の大屋根に上り、遠くを見渡していた。
「私たちの行く末を見たい」と言った彼が、そこで何を見たのかはわからない。
しかし、それを目撃した増吉少年(後の小島守政)は、夕陽に照らされた姿を心に深く刻む。
剣にかけては天才ながら、門人たちにつける稽古が荒っぽく、怖れられる総司。
山南敬助の優しく丁寧な指導とは、対照的だった。
そんな若い総司が、やがて試衛館の面々とともに京へ上り、目覚ましい活躍を見せる。
新選組の動向は、多摩にも手紙によって報告された。
沖田総司の生涯を、主に小島鹿之助と増吉父子の視点から描く。
近藤周斎、佐藤彦五郎、井上松五郎なども登場。近藤勇や土方歳三の前歴にも触れている。
多摩の剣法・天然理心流の興起と、それを支えた豪農層のつながりが、なかなか興味深い。
郷党の人々が、激動の時代における総司の生き方をどのように見ていたか、彼にどのような期待を抱いていたか、それらに焦点を当てたところがユニークと言えよう。
多摩の地理や風土も、現地取材の成果によってリアルで魅力的に描写されている。
タイトルを最初は「天狐の剣」と思ったが、よく見たら「天孤の剣」だった。
天に向かってひとり立つ、という意味らしい。
短い生涯の中で、彼は見たかった景色を見ることができたのだろうか、と思った。
「誠の旗の下で ―― 藤堂平助」 秋山香乃
藤堂平助は、尊皇の志を貫くため、伊東派の分離脱退に同行しようと決意する。
永倉新八は、そんな平助を呼び出して真意を糺し、苛立ちと無念を吐露する。
平助もまた、脱退は盟友らへの裏切りと感じていたが、かといって留まり続ければ自らの志を裏切ることになってしまう、という二律背反に苦しんでいた。
それでも、平助の決意は揺るがない。もし互いの組織が武力をかけて衝突する日が来たら、その時は新八に斬られて死ぬと、半ば冗談、半ば本気で言い置くのみだった。
伊東派の分離画策から油小路事件に至るまで、藤堂平助の生涯と苦悩を描く。
作者の初期長編『新選組藤堂平助』との共通項も多い。
ただ、前作にあった粗削りな面やそこはかとないBL風味は見られず、いっそう読みやすくなっている。
短編ながら、平助が新撰組を去り盟友らと戦うことになる心境はきっちり書かれており、深く共感できる。
永倉新八との友情が強調されているところも、興味深い。
新撰組を去ってもなお「誠の旗の下で」誓った志のために生き、「誠の旗の下で」戦い命を散らした平助の姿が、鮮烈な印象を残す。
【特別企画】「新選組誕生と清河八郎」展を観に行く 座談会 ―― 鳥羽亮・秋山香乃他
2013年、日野市立新選組のふるさと歴史館にて開催された特別展を見学しての座談会。
参加者は、本書執筆陣から鳥羽亮・秋山香乃・鈴木英治の3人と、清河八郎の直系子孫と、同館の学芸員。
特別展の感想、史実と創作との兼ね合い、作家9人が競作した本書の意義などを語りあう。
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各作品に、主人公隊士の人物紹介が付いている。
150字程度の簡単な解説だが、読者に対する配慮として親切と思う。
「新選組」「新撰組」の表記は、収録作ごとに異なっている。
作家それぞれの方針を尊重し、本書全体で統一することは敢えて控えたのだろう。
2014年、単行本が廣済堂出版より刊行された。責任表示は、執筆作家9名すべてが列記されている。
2015年、徳間文庫版が出版された。責任表示は「歴史時代作家クラブ」のみ。文庫版解説は菊池仁が担当。
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池波正太郎、森村誠一ほか『血闘!新選組』
アンソロジー。10人の著名作家による、新選組を主題とした短編小説の傑作選。
収録作品は、当ブログではすでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。
池波正太郎「色」
新選組の興亡を背景に、土方歳三と経師屋の女主人お房との、出会いと別れを描く。
詳しくは、池波正太郎「色」を参照。
大内美予子「おしの」
沖田総司と武家娘おしの、ふたりの衝撃的な出会いと再会、そこから始まる苦しい恋。
詳しくは、大内美予子『沖田総司拾遺』を参照。
藤本義一「赤い風に舞う」
但馬出石の豪商宅に奉公する娘お鈴と、桂小五郎を追ってきた山崎烝との出会いと別れを描く。
詳細は、藤本義一『壬生の女たち』を参照。
宇能鴻一郎「群狼相い食む」
床伝の娘おみの、彼女を狙う不逞浪士たち、そして危機を救おうとする斎藤一の活躍。
(※「軍狼相い食む」と表記しているサイトを見受けるが、おそらく変換ミスであろう。)
詳しくは、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。
南原幹雄「女間者おつな」
山南敬助を愛し、そのために自ら進んで密偵となった女の悲劇的な末路。
詳しくは、南原幹雄『新選組情婦伝』を参照。
火坂雅志「石段下の闇」
幽霊の見張りに立たされた新選組隊士・九戸市蔵が、情婦と家族との板挟みになって悩む。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。
津本陽「祇園石段下の血闘」
薩摩藩士・指宿藤次郎が新選組に潜入し、身元が割れる前に脱走するも、見廻組と闘うことになる顛末。
詳しくは、津本陽『明治撃剣会』を参照。
新宮正春「近藤勇の首」
芹沢派の生き残り・平間重助と、刑死を免れた近藤勇との、知られざる対決を描く。
詳しくは、 新宮正春『勝敗一瞬記』を参照。
中村彰彦「五稜郭の夕日」
箱館を落ち延びた少年隊士・市村鉄之助を、土方歳三の義兄・佐藤彦五郎が庇護する物語。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。
森村誠一「剣菓」
明治半ば、東京の裏街に住む老人・入布新(永倉新八)と、内気な少年・留吉との、友情と師弟愛を描く。
詳しくは、 森村誠一『士魂の音色』を参照。
収録作一覧を見て、なかなか面白いラインアップと思った。
編集と解説は、末國善己が担当している。
2016年、実業之日本社文庫より刊行された。

ちなみに、さいとうたかをのマンガ(劇画)にも『血闘!新選組』と題する作品があり、リイド社から単行本が出ている。間違う人はそういないと思うが、念のため要注意。
収録作品は、当ブログではすでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。
池波正太郎「色」
新選組の興亡を背景に、土方歳三と経師屋の女主人お房との、出会いと別れを描く。
詳しくは、池波正太郎「色」を参照。
大内美予子「おしの」
沖田総司と武家娘おしの、ふたりの衝撃的な出会いと再会、そこから始まる苦しい恋。
詳しくは、大内美予子『沖田総司拾遺』を参照。
藤本義一「赤い風に舞う」
但馬出石の豪商宅に奉公する娘お鈴と、桂小五郎を追ってきた山崎烝との出会いと別れを描く。
詳細は、藤本義一『壬生の女たち』を参照。
宇能鴻一郎「群狼相い食む」
床伝の娘おみの、彼女を狙う不逞浪士たち、そして危機を救おうとする斎藤一の活躍。
(※「軍狼相い食む」と表記しているサイトを見受けるが、おそらく変換ミスであろう。)
詳しくは、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。
南原幹雄「女間者おつな」
山南敬助を愛し、そのために自ら進んで密偵となった女の悲劇的な末路。
詳しくは、南原幹雄『新選組情婦伝』を参照。
火坂雅志「石段下の闇」
幽霊の見張りに立たされた新選組隊士・九戸市蔵が、情婦と家族との板挟みになって悩む。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。
津本陽「祇園石段下の血闘」
薩摩藩士・指宿藤次郎が新選組に潜入し、身元が割れる前に脱走するも、見廻組と闘うことになる顛末。
詳しくは、津本陽『明治撃剣会』を参照。
新宮正春「近藤勇の首」
芹沢派の生き残り・平間重助と、刑死を免れた近藤勇との、知られざる対決を描く。
詳しくは、 新宮正春『勝敗一瞬記』を参照。
中村彰彦「五稜郭の夕日」
箱館を落ち延びた少年隊士・市村鉄之助を、土方歳三の義兄・佐藤彦五郎が庇護する物語。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。
森村誠一「剣菓」
明治半ば、東京の裏街に住む老人・入布新(永倉新八)と、内気な少年・留吉との、友情と師弟愛を描く。
詳しくは、 森村誠一『士魂の音色』を参照。
収録作一覧を見て、なかなか面白いラインアップと思った。
編集と解説は、末國善己が担当している。
2016年、実業之日本社文庫より刊行された。
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浅田次郎『一刀斎夢録』
長編小説。タイトル読みは「いっとうさいむろく」。
『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、浅田版新選組三部作の完結編。
晩年の藤田五郎(新選組・斎藤一)が自らの生涯を振り返り、心中を告白するストーリー。
新選組草創から西南戦争までに重点が置かれている。
大正元年(1912)、秋。
先帝の葬送、乃木希典の殉死、そして改元と、明治は早くも過去と化しつつあった。
近衛師団の若き中尉・梶原稔(かじわらみのり)は、大喪の休暇中、警視庁警部・榊吉太郎(さかききちたろう)と語らう。剣の先輩格でありライバルでもある榊の話は、ある謎めいた老人の存在に及ぶ。
榊は、入庁したての新人時代、その老人から少しばかり剣の手ほどきを受けた。
ところが、剣術教官から老人の指導を受けてはならないと説諭される。
理由はなんと、老人が元新選組隊士・斎藤一であるから、というのだ。
道場に出入りする者達は、その名を逆読みした「一刀斎」という符丁で老人を密かに呼んだ。
旧幕臣の祖父を持ち、多摩に生まれ天然理心流を学んだ梶原は、一刀斎にぜひ会ってみたいという思いに駆られ、渋る榊から住所を聞き出し、訪ねていく。
頑固で偏屈、口の悪い藤田老人こと一刀斎は、梶原の問いをはぐらかそうとするが、しつこく食い下がられてようやく斎藤一本人であると認め、自らの過去を語り始めるのだった。
梶原は、その回顧談に引き込まれて毎夜訪問し、7晩にわたって話を聞くこととなる。
一刀斎の一人称視点で展開する夜語りの内容は、おおよそ下記のとおり。
いくら酒を飲みながらとは言え、斎藤一という人物がこれほど饒舌に過去を語るだろうかと疑問を感じもするが、読み進むにつれ気にならなくなる。
回顧談の合間に、梶原の内面や生活ぶりが三人称で描かれ、これはこれでまた面白い。
明治末~大正初期の社会状況や軍隊の在り方などといった背景も、興味深く描写されている。
「夢録」とは、子母澤寛『新選組遺聞』所収の「原田左之助」に登場する語である。
原田のある逸話について、「新選組一流の剣士であった播州明石の浪人副長助勤斎藤一、後の山口次郎老人の口述したものだといわれる術者不明の『夢録』というのに書かれてある」と説明されている。
この「夢録」の存在は確認されていない。子母澤寛の創作であり実在しないという説もあれば、古雑誌に出版予定広告が載っていたという談もあり、諸説紛々である。
作者・浅田次郎は、本作について、この幻の記録を「捏造してしまった」と語っている。
本作の一刀斎(=斎藤一、藤田五郎)の人物造形は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』とほぼ同じ。
人と交わらず孤高を保ち、必要とあらば同志でも躊躇なく斬る非情さを持つ。
そのような性格が形成された理由は、本作で初めて明かされた。
子供時代、両親(特に父)との関係が不全であったことから、世を憎み人を憎むようになった。
唯一、剣の道だけが美しく信ずるに足るものであったので、生きる支柱としてひたすら打ち込んだ。
心理学的に言えぱ、自己肯定感の低さが無意識のうちにある。
だからこそ、彼には命を尊重するという気持ちが欠けている。
他人の命を奪うことにためらいがないばかりか、自分の命さえいつ落としてもかまわないと開き直る。
(良心の呵責がないわけでなく、後味の悪さは感じている)
そんな彼が幾多の戦いを経ても生存してこられたのは、剣が強い、運が強いというだけでなく、「死んでもかまわないが負けたくはない」という意地のためでもあるだろう。
ただ、「生き残ること」と「勝つこと」とは、必ずしも一致しない。
戊辰戦争では、激戦に命を失いかけながらも、危地を切り抜け生き延びた。
にもかかわらず、彼の心を占めるのは「死に損ねた」という敗北感、敗残の身となって生きる無念だ。
(旧幕方として戦った者の多くが、同じような思いを抱えている)
ゆえに、西南戦争に出征する一刀斎は、妻子のことなど一顧だにせず、この戦で死ぬと心に決める。
修羅の巷で剣を振るい続けるうち、一刀斎は「もうひとりの自分」と思いがけず邂逅する。
そして、相手を生かすために自らの命を捨てようとするのだが、その目論見は叶わなかった。
幾多の命を奪ってきた「鬼」が初めて覚えたその悲嘆は、あまりにも激しく深い。
これ以上詳しく書くと甚だしくネタバレになるので、やめておく。
ただ、それなりに予備知識のある読者は、この結末が途中で予測できてしまうだろう。
発想としては特に意外な展開とは言えない、誰でも思いつく可能性のあるものだ。
しかし、この発想を作品に仕上げて発表した作家は、(少なくとも商業出版界には)今までいなかったのではないだろうか。本作をこのように著わしたという一事だけでも、作者の才は非凡と言える。
一刀斎は、この体験と、ここから得た「奥伝」を誰にも語ったことがなかったという。
聞いた者が剣を捨ててしまうのを、危惧したからだ。
ならば、梶原には伝えようと決めた理由は何だろうか。
梶原の剣才を評価したためでもあり、己が感得したものをこの世に遺したいと思ったためでもあろう。
また一刀斎は、梶原が「市村鉄之助によく似ている」とも言う。
これは、必ずしも容貌だけを意味する言葉ではないと思う。
梶原は両親をすでに亡くし、生家にいれば厄介者でしかない。休暇でも帰省できる家はないのだ。
つまり、梶原もまた、鉄之助やかつての一刀斎に似て、寄る辺ない己を剣で支えている者と言える。
一刀斎は、昔語りをするうちにそれを感じ取ったからこそ、梶原が「奥伝」を己のものにする可能性に賭ける気になったのかもしれない。
すべてを聞き終えた直後、梶原は、近衛聯隊と警視庁の他流試合において、榊との対戦に臨む。
過去に何度か試合をしたが、勝てたことは一度もない。
10歳ほど年長の榊は、来年の全国武道大会には出場せず、引退する決意を固めている。
したがって、公の場で対戦するのは、これが最後の機会となるのだ。
試合開始の刹那に本作は完結し、結果は書かれていない。
普通に考えれば、「奥伝」を受けた梶原のほうに分があろう。
ただ、彼の心の内には「鬼」が宿った。一刀斎や鉄之助の内に棲んでいたものより小さいかもしれないが、剣への影響は決して小さくない。
その「鬼」の働きによって、試合に負けて勝負に勝つ、という可能性も考えられる。
その後の梶原は剣士として大きく成長した、と想像できる。
とは言え、大変な遺産を託されてしまったものだ。彼の人生に吉となるか凶となるか、知る由もない。
本作において、今ひとり重要な役割を負っているのが少年隊士・市村鉄之助である。
兄とともに家を出、行く先もなく途方にくれているところを、吉村貫一郎が屯所に連れ帰った。
鉄之助は、子供ながら恩に報いようと健気に働く。
一刀斎は、鉄之助を邪険に扱い、気に入らないことがあれば手ひどく折檻した。
しかし、少年の中に自らと相通ずるものがあるのを知って、居合い術を教える。
戦場で生き抜くすべと、生きるに不可欠な心の支えとを、同時に与えようとしたのだった。
鉄之助は、教えを忠実に守り、独り稽古を積んでいく。
そのほか、近藤勇、土方歳三、沖田総司などの人物像が面白い。
彼らに対する一刀斎の人物評は容赦なく辛口だが、長所はきちんと評価している。
近藤の剣才、土方の周到さ、そして特に沖田の天才を評したところが印象に残った。
メジャーな隊士以外では、久米部正親が何度も登場し、脇役ながら重要な働きをしている。愛嬌のある人柄で、一刀斎を反転させて焼いた陰画のような存在とも感じられる。
また、傍若無人で人を敬うことなどなさそうな一刀斎が、旧会津藩主・松平容保や、土方の義兄・佐藤彦五郎に尊敬を寄せているところは微笑ましい。
長年連れ添った妻・時尾との暮らしぶりも、心温まる要素である。
実は、当方は本作を雑誌連載中に読み始めたのだが、途中で挫折した。
その後、再開しては中断を繰り返し、ようやく読み終わったものの、今度は当ブログに書こうとしてなかなか書けず、何ヶ月も経ってしまった。
感じたこと、考えさせられたことがあまりに多く複雑で、なかなか整理できなかったためだ。
(ここに書いたのは、そのうちのわずかに過ぎない)
本作の読後感は、心の内に秘めておき、たまに独り反芻するくらいがよいのかもしれない。
どこか、一刀斎が梶原に授けた「奥伝」に似ているような気もする(笑)
余談だが、NHK大河ドラマ「八重の桜」の最終回に、藤田五郎も登場した。
八重が叙勲されたことを時尾や二葉と喜び合っている屈託ない笑顔を見て、本作の一刀斎とつい比べてしまった。
本作の初出は、『週刊文春』2008年10月~2010年6月の連載。
単行本(上・下巻)は、2011年1月、文藝春秋より出版。四六判ハードカバー。
文庫本(上・下巻)は、2013年9月、文春文庫として出版。山本兼一による解説付き(下巻)。
電子書籍版も、Kindleやhontoなどから出版されている。


『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、浅田版新選組三部作の完結編。
晩年の藤田五郎(新選組・斎藤一)が自らの生涯を振り返り、心中を告白するストーリー。
新選組草創から西南戦争までに重点が置かれている。
大正元年(1912)、秋。
先帝の葬送、乃木希典の殉死、そして改元と、明治は早くも過去と化しつつあった。
近衛師団の若き中尉・梶原稔(かじわらみのり)は、大喪の休暇中、警視庁警部・榊吉太郎(さかききちたろう)と語らう。剣の先輩格でありライバルでもある榊の話は、ある謎めいた老人の存在に及ぶ。
榊は、入庁したての新人時代、その老人から少しばかり剣の手ほどきを受けた。
ところが、剣術教官から老人の指導を受けてはならないと説諭される。
理由はなんと、老人が元新選組隊士・斎藤一であるから、というのだ。
道場に出入りする者達は、その名を逆読みした「一刀斎」という符丁で老人を密かに呼んだ。
旧幕臣の祖父を持ち、多摩に生まれ天然理心流を学んだ梶原は、一刀斎にぜひ会ってみたいという思いに駆られ、渋る榊から住所を聞き出し、訪ねていく。
頑固で偏屈、口の悪い藤田老人こと一刀斎は、梶原の問いをはぐらかそうとするが、しつこく食い下がられてようやく斎藤一本人であると認め、自らの過去を語り始めるのだった。
梶原は、その回顧談に引き込まれて毎夜訪問し、7晩にわたって話を聞くこととなる。
一刀斎の一人称視点で展開する夜語りの内容は、おおよそ下記のとおり。
- 一夜目 坂本龍馬暗殺事件の真相。新選組に入り込んだ長州密偵の粛清。芹沢鴨の暗殺。
- 二夜目 市村辰之助・鉄之助兄弟の入隊。伏見戦争敗退。江戸引揚げ。斎藤の生家である山口家の事情と、一の生い立ち。近藤勇ら試衛館一門との出会い。
- 三夜目 市村鉄之助の生い立ちと出奔の理由。斎藤は、鉄之助に居合術を伝授する。
- 四夜目 甲州出陣と敗退。鉄之助が兄と別れて隊に残る経緯。
- 五夜目 江戸脱出と会津入り。白河口の戦い。土方歳三や鉄之助との別離。如来堂村の戦い。離散した同士らの末路。林信太郎の死と、志村武蔵の死。
- 六夜目 斗南移住生活。警視庁の邏卒募集に応募。箱館戦争以降の、鉄之助の消息。西南戦争勃発、藤田五郎ら警視隊の出征。
- 七夜目 戦場での極限状況と思いがけない邂逅。藤田が「斎藤一」を捨て生き存えることとなった経緯。
いくら酒を飲みながらとは言え、斎藤一という人物がこれほど饒舌に過去を語るだろうかと疑問を感じもするが、読み進むにつれ気にならなくなる。
回顧談の合間に、梶原の内面や生活ぶりが三人称で描かれ、これはこれでまた面白い。
明治末~大正初期の社会状況や軍隊の在り方などといった背景も、興味深く描写されている。
「夢録」とは、子母澤寛『新選組遺聞』所収の「原田左之助」に登場する語である。
原田のある逸話について、「新選組一流の剣士であった播州明石の浪人副長助勤斎藤一、後の山口次郎老人の口述したものだといわれる術者不明の『夢録』というのに書かれてある」と説明されている。
この「夢録」の存在は確認されていない。子母澤寛の創作であり実在しないという説もあれば、古雑誌に出版予定広告が載っていたという談もあり、諸説紛々である。
作者・浅田次郎は、本作について、この幻の記録を「捏造してしまった」と語っている。
本作の一刀斎(=斎藤一、藤田五郎)の人物造形は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』とほぼ同じ。
人と交わらず孤高を保ち、必要とあらば同志でも躊躇なく斬る非情さを持つ。
そのような性格が形成された理由は、本作で初めて明かされた。
子供時代、両親(特に父)との関係が不全であったことから、世を憎み人を憎むようになった。
唯一、剣の道だけが美しく信ずるに足るものであったので、生きる支柱としてひたすら打ち込んだ。
心理学的に言えぱ、自己肯定感の低さが無意識のうちにある。
だからこそ、彼には命を尊重するという気持ちが欠けている。
他人の命を奪うことにためらいがないばかりか、自分の命さえいつ落としてもかまわないと開き直る。
(良心の呵責がないわけでなく、後味の悪さは感じている)
そんな彼が幾多の戦いを経ても生存してこられたのは、剣が強い、運が強いというだけでなく、「死んでもかまわないが負けたくはない」という意地のためでもあるだろう。
ただ、「生き残ること」と「勝つこと」とは、必ずしも一致しない。
戊辰戦争では、激戦に命を失いかけながらも、危地を切り抜け生き延びた。
にもかかわらず、彼の心を占めるのは「死に損ねた」という敗北感、敗残の身となって生きる無念だ。
(旧幕方として戦った者の多くが、同じような思いを抱えている)
ゆえに、西南戦争に出征する一刀斎は、妻子のことなど一顧だにせず、この戦で死ぬと心に決める。
修羅の巷で剣を振るい続けるうち、一刀斎は「もうひとりの自分」と思いがけず邂逅する。
そして、相手を生かすために自らの命を捨てようとするのだが、その目論見は叶わなかった。
幾多の命を奪ってきた「鬼」が初めて覚えたその悲嘆は、あまりにも激しく深い。
これ以上詳しく書くと甚だしくネタバレになるので、やめておく。
ただ、それなりに予備知識のある読者は、この結末が途中で予測できてしまうだろう。
発想としては特に意外な展開とは言えない、誰でも思いつく可能性のあるものだ。
しかし、この発想を作品に仕上げて発表した作家は、(少なくとも商業出版界には)今までいなかったのではないだろうか。本作をこのように著わしたという一事だけでも、作者の才は非凡と言える。
一刀斎は、この体験と、ここから得た「奥伝」を誰にも語ったことがなかったという。
聞いた者が剣を捨ててしまうのを、危惧したからだ。
ならば、梶原には伝えようと決めた理由は何だろうか。
梶原の剣才を評価したためでもあり、己が感得したものをこの世に遺したいと思ったためでもあろう。
また一刀斎は、梶原が「市村鉄之助によく似ている」とも言う。
これは、必ずしも容貌だけを意味する言葉ではないと思う。
梶原は両親をすでに亡くし、生家にいれば厄介者でしかない。休暇でも帰省できる家はないのだ。
つまり、梶原もまた、鉄之助やかつての一刀斎に似て、寄る辺ない己を剣で支えている者と言える。
一刀斎は、昔語りをするうちにそれを感じ取ったからこそ、梶原が「奥伝」を己のものにする可能性に賭ける気になったのかもしれない。
すべてを聞き終えた直後、梶原は、近衛聯隊と警視庁の他流試合において、榊との対戦に臨む。
過去に何度か試合をしたが、勝てたことは一度もない。
10歳ほど年長の榊は、来年の全国武道大会には出場せず、引退する決意を固めている。
したがって、公の場で対戦するのは、これが最後の機会となるのだ。
試合開始の刹那に本作は完結し、結果は書かれていない。
普通に考えれば、「奥伝」を受けた梶原のほうに分があろう。
ただ、彼の心の内には「鬼」が宿った。一刀斎や鉄之助の内に棲んでいたものより小さいかもしれないが、剣への影響は決して小さくない。
その「鬼」の働きによって、試合に負けて勝負に勝つ、という可能性も考えられる。
その後の梶原は剣士として大きく成長した、と想像できる。
とは言え、大変な遺産を託されてしまったものだ。彼の人生に吉となるか凶となるか、知る由もない。
本作において、今ひとり重要な役割を負っているのが少年隊士・市村鉄之助である。
兄とともに家を出、行く先もなく途方にくれているところを、吉村貫一郎が屯所に連れ帰った。
鉄之助は、子供ながら恩に報いようと健気に働く。
一刀斎は、鉄之助を邪険に扱い、気に入らないことがあれば手ひどく折檻した。
しかし、少年の中に自らと相通ずるものがあるのを知って、居合い術を教える。
戦場で生き抜くすべと、生きるに不可欠な心の支えとを、同時に与えようとしたのだった。
鉄之助は、教えを忠実に守り、独り稽古を積んでいく。
そのほか、近藤勇、土方歳三、沖田総司などの人物像が面白い。
彼らに対する一刀斎の人物評は容赦なく辛口だが、長所はきちんと評価している。
近藤の剣才、土方の周到さ、そして特に沖田の天才を評したところが印象に残った。
メジャーな隊士以外では、久米部正親が何度も登場し、脇役ながら重要な働きをしている。愛嬌のある人柄で、一刀斎を反転させて焼いた陰画のような存在とも感じられる。
また、傍若無人で人を敬うことなどなさそうな一刀斎が、旧会津藩主・松平容保や、土方の義兄・佐藤彦五郎に尊敬を寄せているところは微笑ましい。
長年連れ添った妻・時尾との暮らしぶりも、心温まる要素である。
実は、当方は本作を雑誌連載中に読み始めたのだが、途中で挫折した。
その後、再開しては中断を繰り返し、ようやく読み終わったものの、今度は当ブログに書こうとしてなかなか書けず、何ヶ月も経ってしまった。
感じたこと、考えさせられたことがあまりに多く複雑で、なかなか整理できなかったためだ。
(ここに書いたのは、そのうちのわずかに過ぎない)
本作の読後感は、心の内に秘めておき、たまに独り反芻するくらいがよいのかもしれない。
どこか、一刀斎が梶原に授けた「奥伝」に似ているような気もする(笑)
余談だが、NHK大河ドラマ「八重の桜」の最終回に、藤田五郎も登場した。
八重が叙勲されたことを時尾や二葉と喜び合っている屈託ない笑顔を見て、本作の一刀斎とつい比べてしまった。
本作の初出は、『週刊文春』2008年10月~2010年6月の連載。
単行本(上・下巻)は、2011年1月、文藝春秋より出版。四六判ハードカバー。
文庫本(上・下巻)は、2013年9月、文春文庫として出版。山本兼一による解説付き(下巻)。
電子書籍版も、Kindleやhontoなどから出版されている。
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森雅裕『会津斬鉄風』
短編小説集。タイトル読みは「あいづざんてつふう」。
幕末の実在人物を主人公とする時代ミステリーの連作5編。
沖田総司、土方歳三、市村鉄之助が登場。
新選組のほかにも、十一代和泉守兼定や佐川官兵衛など、関連人物が活躍する。
各編の内容は、以下のとおり。
「会津斬鉄風」
金工師・河野春明は、20年前の会津で恋人に自作の鐔を贈り、当地を去った。
晩年を迎えた安政4年、再び会津に来て、その鐔を持った若き刀匠の訪問を受ける。刀匠・古川友弥は、それを「母の形見」と言いつつ、なぜか偽物と疑っていた。しかし、春明の鑑定では正真作に間違いない。
ところが直後、会津藩の剣術師範が、そっくりな偽物を本物と信じて持ち込んでくる。
2枚の鐔と、それを巡る錯綜した人間関係を解明するため、春明は手がかりを探し歩く。
「妖刀愁訴」
慶応2年、十一代和泉守兼定(=古川友弥)は、会津藩のお抱え刀工として京都で仕事をしていた。その兼定の作が「妖刀」であるという噂が立つ。
噂の素は、会津藩士・浜田崎丈平の求めに応じて打った刀だった。この刀によって、浜田崎の妻と、妻の実兄が相次いで落命する。しかも、2年前の禁門の変では、長州志士の山田虎之助を斬ってもいた。
兼定は、浜田崎の上司・井深宅右衛門の意を受けて、連続不審死事件の謎を解くべく国元へ帰った。
会津では、佐川官兵衛の協力を得て、浜田崎の過去を密かに調査する。
「風色流光」
慶応3年、京都在勤中の佐川官兵衛は、見知らぬ女に襲撃される。
女は、かつて米国総領事ハリスに仕えた吉であった。「唐人お吉」の誹りに耐えかねて下田を離れ、京都に流れてきた彼女は、料亭の板前と一緒に暮らすようになる。
その板前が、坂本龍馬の暗殺に絡んで殺害された。容疑者は「佐川官兵衛」を名乗ったという。
事情を聞いた官兵衛は、板前を殺した真犯人を突きとめようと捜査を開始。沖田総司や土佐藩士・鷹野光馬の協力を得て、薩摩へ与した会津脱藩士の所在をつかむ。
「開戦前夜」
慶応3年12月、吉は京都を離れ下田へ帰る途次、伏見にいた。伏見では、薩摩兵と幕府軍とが睨み合い、今しも戦端が開かれようとしている。
同じ旅籠には、下田から新選組隊士の夫を訪ねてきたという身重の妻・奈美が泊まっていた。
幕軍兵に襲われた吉と奈美を救ったのは、土方歳三率いる新選組。奈美は、夫・相曾一之介との面会が叶う。
元旦、奈美が無事出産。吉は新選組本陣へ知らせにいき、歳三に会った。
そこで、一之介の旧知からたまたま聞いた人物評は、現在の彼とは別人としか思えない話だった。吉と歳三は、不審を抱く。
「北の秘宝」
慶応4年(=明治元年)、旧幕脱走軍として蝦夷地へ渡った土方歳三は、松前を攻略し、当地の福山城で戦後処理にあたっていた。
その最中、松前藩主の側室・祥子の訪問を受ける。松前家に伝わる埋宝のありかを示した絵図とそれを収めた手箱が、落城の混乱で行方不明となったため、探して欲しいとの依頼だった。重要なのは鎌倉時代に作られた金蒔絵の手箱であり、絵図は報酬として譲るという。
歳三は、実在のあやふやな埋宝に興味はなかったが、了承した。そして、額兵隊隊長・星恂太郎が発見した手箱を、約束どおり祥子に渡し、引き替えに絵図を受け取る。
ところが、その絵図が松前脱藩士らに強奪された。
各編の主役がリレーのように交代していく趣向。実在の人物や事件と、創作との融合が楽しめる連作集である。ミステリーとしての筋立ても面白い。
「会津斬鉄風」「妖刀愁訴」の2編は、話がややこしい上に文章も凝りすぎの感じで、ストーリーを正確に把握するにはそれなりの集中力を要する。他の3編は、さほどのこともなくスムースに読めた。
各編とも、末尾に「付記」として後日談が書かれている。作者が史実をよく調べていることを窺わせると同時に、時代の勝者たり得なかった人物たちへの追悼と感傷を感じさせる。
「北の秘宝」で、市村鉄之助が日野の佐藤家に伝えた「松前藩主の奥方」の逸話や、榎本武揚が北海道で熱心に行った砂金調査を、巧みに関連づけた工夫は心憎い。
巻末解説によると、作者は刀剣愛好家であり、自ら金工師として刀装具の製作も行うという。
作者がこの世界に入ったのは、もともと土方歳三への思い入れがきっかけであったとか。
土方歳三の遺品として伝わっている刀と同じ、十一代兼定の慶応3年の作を所蔵し、しかもまったく同じ拵えを5年かけて誂えたという情熱がすごい。
技術を凝らし作り出された名物・名品とそれに込められた思いは、時代を超えて伝わっていく。その素晴らしさと一種の切なさが本作に感じられるのも、この情熱ゆえであろう。
集英社から単行本(1996)と文庫本(1999)が出た。
余談だが、作者の『マンハッタン英雄未満』は、ベートーベンと土方歳三が時空を超えて現代に出現し悪魔と戦う、という小説である。ジャンルとしては「冒険ファンタジー」か。
新潮社から1994年に出版された。

幕末の実在人物を主人公とする時代ミステリーの連作5編。
沖田総司、土方歳三、市村鉄之助が登場。
新選組のほかにも、十一代和泉守兼定や佐川官兵衛など、関連人物が活躍する。
各編の内容は、以下のとおり。
「会津斬鉄風」
金工師・河野春明は、20年前の会津で恋人に自作の鐔を贈り、当地を去った。
晩年を迎えた安政4年、再び会津に来て、その鐔を持った若き刀匠の訪問を受ける。刀匠・古川友弥は、それを「母の形見」と言いつつ、なぜか偽物と疑っていた。しかし、春明の鑑定では正真作に間違いない。
ところが直後、会津藩の剣術師範が、そっくりな偽物を本物と信じて持ち込んでくる。
2枚の鐔と、それを巡る錯綜した人間関係を解明するため、春明は手がかりを探し歩く。
「妖刀愁訴」
慶応2年、十一代和泉守兼定(=古川友弥)は、会津藩のお抱え刀工として京都で仕事をしていた。その兼定の作が「妖刀」であるという噂が立つ。
噂の素は、会津藩士・浜田崎丈平の求めに応じて打った刀だった。この刀によって、浜田崎の妻と、妻の実兄が相次いで落命する。しかも、2年前の禁門の変では、長州志士の山田虎之助を斬ってもいた。
兼定は、浜田崎の上司・井深宅右衛門の意を受けて、連続不審死事件の謎を解くべく国元へ帰った。
会津では、佐川官兵衛の協力を得て、浜田崎の過去を密かに調査する。
「風色流光」
慶応3年、京都在勤中の佐川官兵衛は、見知らぬ女に襲撃される。
女は、かつて米国総領事ハリスに仕えた吉であった。「唐人お吉」の誹りに耐えかねて下田を離れ、京都に流れてきた彼女は、料亭の板前と一緒に暮らすようになる。
その板前が、坂本龍馬の暗殺に絡んで殺害された。容疑者は「佐川官兵衛」を名乗ったという。
事情を聞いた官兵衛は、板前を殺した真犯人を突きとめようと捜査を開始。沖田総司や土佐藩士・鷹野光馬の協力を得て、薩摩へ与した会津脱藩士の所在をつかむ。
「開戦前夜」
慶応3年12月、吉は京都を離れ下田へ帰る途次、伏見にいた。伏見では、薩摩兵と幕府軍とが睨み合い、今しも戦端が開かれようとしている。
同じ旅籠には、下田から新選組隊士の夫を訪ねてきたという身重の妻・奈美が泊まっていた。
幕軍兵に襲われた吉と奈美を救ったのは、土方歳三率いる新選組。奈美は、夫・相曾一之介との面会が叶う。
元旦、奈美が無事出産。吉は新選組本陣へ知らせにいき、歳三に会った。
そこで、一之介の旧知からたまたま聞いた人物評は、現在の彼とは別人としか思えない話だった。吉と歳三は、不審を抱く。
「北の秘宝」
慶応4年(=明治元年)、旧幕脱走軍として蝦夷地へ渡った土方歳三は、松前を攻略し、当地の福山城で戦後処理にあたっていた。
その最中、松前藩主の側室・祥子の訪問を受ける。松前家に伝わる埋宝のありかを示した絵図とそれを収めた手箱が、落城の混乱で行方不明となったため、探して欲しいとの依頼だった。重要なのは鎌倉時代に作られた金蒔絵の手箱であり、絵図は報酬として譲るという。
歳三は、実在のあやふやな埋宝に興味はなかったが、了承した。そして、額兵隊隊長・星恂太郎が発見した手箱を、約束どおり祥子に渡し、引き替えに絵図を受け取る。
ところが、その絵図が松前脱藩士らに強奪された。
各編の主役がリレーのように交代していく趣向。実在の人物や事件と、創作との融合が楽しめる連作集である。ミステリーとしての筋立ても面白い。
「会津斬鉄風」「妖刀愁訴」の2編は、話がややこしい上に文章も凝りすぎの感じで、ストーリーを正確に把握するにはそれなりの集中力を要する。他の3編は、さほどのこともなくスムースに読めた。
各編とも、末尾に「付記」として後日談が書かれている。作者が史実をよく調べていることを窺わせると同時に、時代の勝者たり得なかった人物たちへの追悼と感傷を感じさせる。
「北の秘宝」で、市村鉄之助が日野の佐藤家に伝えた「松前藩主の奥方」の逸話や、榎本武揚が北海道で熱心に行った砂金調査を、巧みに関連づけた工夫は心憎い。
巻末解説によると、作者は刀剣愛好家であり、自ら金工師として刀装具の製作も行うという。
作者がこの世界に入ったのは、もともと土方歳三への思い入れがきっかけであったとか。
土方歳三の遺品として伝わっている刀と同じ、十一代兼定の慶応3年の作を所蔵し、しかもまったく同じ拵えを5年かけて誂えたという情熱がすごい。
技術を凝らし作り出された名物・名品とそれに込められた思いは、時代を超えて伝わっていく。その素晴らしさと一種の切なさが本作に感じられるのも、この情熱ゆえであろう。
集英社から単行本(1996)と文庫本(1999)が出た。
余談だが、作者の『マンハッタン英雄未満』は、ベートーベンと土方歳三が時空を超えて現代に出現し悪魔と戦う、という小説である。ジャンルとしては「冒険ファンタジー」か。
新潮社から1994年に出版された。
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