新選組の本を読む ~誠の栞~

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 葉室麟、木下昌輝ほか『決戦!新選組』 

アンソロジー。6人の作家による新選組の短編小説を収録。
作家6人は、葉室麟、門井慶喜、小松エメル、土橋章宏、天野純希、木下昌輝。
本書の責任表示にも「著者」として6人が列記されている。ただ、当記事タイトルには全員を書き切れないので、便宜的に最初と最後の2人を挙げた。悪しからずご了承いただきたい。

収録作品6編は、以下のとおり。

葉室麟「鬼火」
沖田総司は、少年期の忌まわしい体験によって心的外傷を負う。
以来、感情をうまく表わせない、人に心を許すことができない性格となり、そのまま成長した。
試衛館一党が浪士組に加わって京に上った後、残留者同士の間で勢力争いが起きる。
邪魔者を粛清するよう命じられた総司だが、敵に後れを取ってしまう。その危機を救ったのは芹沢鴨だった。
芹沢は、壬生浪士組を土台に「尊王義軍」を組織しようと、様々な方策を果敢に断行していく。
一方、富商からの押し借り、大坂力士との乱闘事件、大和屋焼き討ち事件などで、乱暴者と恐れられた。
芹沢の優しさを知る総司は、彼の生き方に惹かれ、その行く末を見届けたいと思う。ところが――


本作の沖田総司は、周囲の人間に心から打ち解けられない。土方歳三に対しても、常に距離をおいている。
そんな総司が、芹沢鴨に対して単なる親愛以上の感情を抱く展開は、珍しいと思う。

本作の芹沢鴨は、武田耕雲斎や藤田小四郎と連携して攘夷を実行するため、浪士組に加わった。
壬生浪士組を「尊王義軍」にするため、戦闘集団として組織編成し、鉄の規律を設けたのも芹沢である。既成の作品では、土方が組織編成や法度の制定を行なったとされる例が多い。しかし、本作では「農民出身の近藤や土方にできることではなかった」と記述されている。
芹沢が有栖川宮に接近したのも、攘夷を実行するための一方策。
これほど具体的な目標を持ち、ひたすら努力・邁進する芹沢の人物造形は、ユニークで興味深い。

ちなみに、作者が新選組を描いた作品に、篠原泰之進を主人公とする長編『影踏み鬼』がある。
作者はおそらく、近藤・土方体制に従わない人物のほうが好きなのだろう。

門井慶喜「戦いを避ける」
元治元年6月5日の夜。
近藤勇は、わずかな人数を率いて、池田屋へ御用改めに立ち寄る。
思いがけずここが過激志士らの会合場所と知ったとたん、不本意ながら戦闘に突入してしまう。
焦燥の中、養子の周平が一刻も早くこの場へやってくるよう、ひたすら念じた。
近藤が谷三兄弟の末弟・喬太郎こと周平を養子に迎えたのは、ある大きな計画のためであった。
それは、この皇国(日本)を革めること、そのため新選組を強力な組織に仕立てて資することに他ならない。
やがて土方歳三のグループが駆けつけ、周平もようやく姿を現すが――


大坂にある谷道場を、近藤と原田左之助が訪問する場面が印象的。
本作の谷三十郎は、備中松山の元藩士というより、まるで「浪花の商人」。近藤とのやりとりがユーモラス。
万太郎と喬太郎が評価されると、すかさず自分も売り込む抜け目なさに、近藤もたじたじ。

近藤と周平との関係を描く小説は複数あるが、本作の場合は、板倉勝静(老中、備中松山藩主)が関連した新選組増強計画のあたりにオリジナリティを感じる。
司馬遼太郎「槍は宝蔵院流」、早乙女貢「槍の三十郎」、小松エメル「流木」などと読み比べるのも面白い。
また、近藤の熱しやすく醒めやすい性格は、作者の『新選組颯爽録』にも描かれている。

小松エメル「足りぬ月」
藤堂平助は、幼少期「藤堂和泉守の御落胤」を口実に実母から厄介払いされた、と信じて成長した。
人に必要なのは才と運。運はあれど才が今ひとつ及ばない己には、才のある誰かが必要だった。
山南敬助と出会い、彼の力量を頼みにして、いつか成功を得ようと決める。
山南の伝手で知りあった伊東甲子太郎は、さらに優れた容姿と文武の才を持つ魅力的な人物であった。
それに引き換え、近藤勇は剣・学問・要領・容姿いずれも秀でたもののない凡庸な人物、と目に映る。
やがて「夜道を照らす月」とも頼んだ山南を失った時、伊東を新選組にぜひ入隊させようと企図する――


本作の平助は、複雑な生い立ちから、人間関係を益になるか否かで判断する習慣がある。
損得ぬきの信頼なぞ理想論に過ぎないと思ってきたが、心の奥底では何よりそれを渇望していた。

プライドが高い一方で自己評価の低い平助が、それを自覚しないまま人生を模索する姿は、苦しく切ない。
得がたいものを得ようとする努力は大切だが、すでに得たものの価値に気づかず投げ捨てて「もっと素晴らしい何か」を探し求める生き方は不幸だ。
ただ、それは平助に限った話ではなく、人はこうした面を多かれ少なかれ持っている気がする。

こういう人柄の平助を、卑小な者ではなく共感できる主人公として描いた、作者の力量を感じる。
そのほか、近藤勇、伊東甲子太郎、斎藤一といった脇役の人物も魅力的。
作者の『夢の燈影』『総司の夢』とのつながりを見出すのも、楽しめると思う。

「足りぬ月」というタイトルは、少しだけ欠けた姿の月を意味している。
昨年12月13日の当方ツイートを引用しておく↓

【慶応3年11月18日=1867年12月13日・京都の夜空】
現地時刻で月出18:54、月没9:10(翌日)、月齢16.9(右側が少し欠けている)。
嵯峨實愛の日記によると、18日は晴れて雲が南へ行くのが見えたとか。
油小路事件の時、雲さえ無ければ月もよく見えたはず。
>>Twitter「誠の栞」‎@bkmakoto 2016/12/13

完璧なものだけに価値があるのではなく、多少不足があっても素晴らしいものは素晴らしい。
そのことに平助が気づいたのは、命が尽きようとする瞬間だった。

土橋章宏「決死剣」
慶応3年末、新選組を含めた幕府勢力は京都を引き払う。
永倉新八は、愛する内妻の小常を亡くし、生後まもない娘お磯とも別れ、戦いに臨む覚悟を決める。
負傷した近藤勇、病状が進んだ沖田総司は、戦列を離れた。
布陣した伏見で戦端が開かれると、ここを死に場所と定めた新八は、獅子奮迅の戦いを繰り広げる。
新八にとって、時流も政治も思想も関係ない。剣を極め、信頼する仲間とともに戦うこと、先行きはわからなくても命あるかぎり今を生きることが、何より大切だった――


戦いの描写は迫力満点。
沖田が得意の三段突きを凌駕する必殺技を繰り出したり、新八が剣で薩摩の銃隊を圧倒したり、アクション映画的な味わいがある。

鳥羽・伏見戦争の場面で、新政府方の先込ミニエー銃に対し、新選組は火縄銃を装備している。
幕末、短期間に銃器が目覚ましく発展したのは事実。とはいえ、火縄銃から一足飛びにミニエー銃が導入されたわけではない。時期や地域によって、ゲベール銃やヤーゲル銃が用いられもしたし、幕府方にもミニエー銃・ドライゼ銃・シャスポー銃などを導入していた部隊はあった。
幕府や会津藩が軍制改革を進めていたのだから、新選組もゲベール銃くらいは装備していたと思う。
戊辰戦争で火縄銃が投入されたのは、軍備が遅れていた小藩の勢力、もしくは装備や人員が極端に不足した局面ではなかろうか。

新八の、同志たちと別れても戦いぬき、時代の移り変わりを見つめつつ、己の生を全うした生涯。
本人に「死に遅れた」という思いはあったかもしれないが、亡き盟友たちの分まで生きた、と感じられた。

天野純希「死にぞこないの剣」
会津にやってきた斎藤一は、土方歳三の代理として新選組隊長の任に就く。
松平容保に初めて親しく言葉をかけられ、この主君のために戦おうと決意を新たにした。
白河の攻防戦では、同盟軍の一翼を担って戦い、敵を退ける。しかしその後、新たに着任した総督の指揮が振るわず、劣勢に陥り撤退を余儀なくされた。
次いで、母成峠の守備につく。ところが、傷が癒えて戦線に復帰した土方は、会津藩の敗北を予言する。
曰く、兵員不足の母成峠は突破され、城下戦になる。そうなれば同盟は瓦解するだろう。
「会津を出て蝦夷地へ渡り、徳川旧臣による新政権を樹立する」という壮大な計画に誘われ、一の心は迷う。
やがて、霧を衝き山中の険路を踏破した敵軍が、猛攻を開始する。応戦する守備勢だが――


斎藤一の視点から、会津戦争の苦しさが描写される。
軍事能力より家柄を重視した同盟側の人事。たとえ能力があろうと、軽格者の進言は採用されない。
それらが影響して敗色が濃くなると、ついに心が離れていく者も出る。
このような状況の中、一が敢えて会津に残り戦い続けるに至った理由は、単純だけれども深く大きい。

土方は、合理的な判断から見切りをつけ、新天地を求める。
ただ本作では、一と対比させるため、このように描かれているのだろう。
実際のところ、当初は救援要請が第一だったと思われる。最初から旧幕海軍との合流が目的ならば、新選組を大鳥圭介に預けて米沢方面へ向かう必要はなかった。

戊辰戦争後、明治を生きる一の心境には、土橋章宏「決死剣」の永倉新八に似通ったものを感じた。
性格や生き方はそれぞれ違っても、生き残り幹部としての精神には共通項がありそうだ。
戦後にこのふたりが会ったとしたら、どんな話をしたのか……そんな想像をせずにいられない。

木下昌輝「慈母のごとく」
土方歳三は、鳥羽・伏見の戦場で、旧幕将兵の士気がまったく振るわず、逃げ出すさまを多く目撃する。
やはり鬼となって叱咤激励する指揮官がいなければ、勝てはしない。己は、部下に怯懦の振る舞いを許さない。
近藤勇は、そんな歳三を「厳しいだけでは人はついてこない」と諫める。
それでも歳三は、自分の正しさを信じて疑わなかった。
流山で敵に包囲された時、近藤は指揮官として責任を取り、武士として死ぬため、切腹しようとする。
それを止めた歳三は、一か八かの起死回生に賭け、新政府方へ出頭せよと勧める。
やむなく応じた近藤は、別れ際、歳三にある「約束」をさせるのだった――


「鬼」と畏れられた土方歳三が、戊辰戦争の中で「仏」に変わり部下たちから慕われるようになった経緯の裏には、近藤勇との「約束」があった、という物語。
歳三は、近藤を死なせた償いとして「約束」を守るが、最後の戦いでは破らなければと心に決めた。
ところが激戦の最中、目の当たりにしたのは、歳三のそんな思いとはまったく裏腹な光景だったのだ。
予測が外れてむしろ良かったと思わせる結末が、切なくも温かい。

脇役の野村利三郎と島田魁が、それぞれ妙味を見せている。
野村は、意欲的だけれど強情な性格。何かにつけ他人の非を糺しては叱りつける。しかし、戦いでは常に危険な役回りを引き受けるので、人望がある。
島田は、野村をかつての歳三に似ていると評するが、歳三は「俺はあんな馬鹿じゃない」と不満顔。
そして宮古湾海戦では、やはり野村が真っ先に敵艦へ飛び込んでゆくのだった。

歳三が宇都宮戦で味方の兵を斬ったこと、二股台場山で部下たちを労ったこと、いつしか子に慕われる「慈母」の如く配下の者たちに慕われたこと、箱館市街戦で「退く者は斬る」と宣言したことなど、多くの史料や通説を採り入れつつ、巧みに独自の展開へ落とし込んでいる。
その手法は、『人魚ノ肉』でも活かされていた。

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収録作品の初出は、『日刊ゲンダイ』2016年11月8日~2017年5月1日。
本書は2017年5月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。電子書籍もある。

決戦!新選組
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 吉川永青『闘鬼 斎藤一』 

長編小説。生と死のはざまに立って闘うことを、無上の悦びとする新選組隊士・斎藤一。
その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。

ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。

成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。

そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。

相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。


主要な登場人物は、以下のとおり。

斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。

沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。

土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。

近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。

山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。

永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。

芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。

伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。

小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。

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本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓

◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。

◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。

一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓

◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。

闘いとは、明確な意思を持った者だけがそこに望むものを言う。だからこそ斬り合って勝つことに意味があり、己が生を讃じられるのだ。戦争は違う。鉄砲という利器は、言ってしまえば「その意思」がなくとも扱える。そして否応なしに多くを巻き込む。
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)

斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。

◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)

◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。

◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。

◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)

◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。

◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。

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本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。

終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。

作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。

また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。

本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。

2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。

闘鬼 斎藤一
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 葉室麟『影踏み鬼』 

長編小説。副題『新撰組篠原泰之進日録(しんせんぐみ しのはらたいのしんにちろく)』。
篠原泰之進が新撰組に加盟、脱退して維新後まで生きのびた経緯と、妻子との絆を描く。

映画「蜩ノ記」、NHK時代ドラマ「風の峠 ~銀漢の賦~」の原作小説を書いた葉室麟が、新撰組を題材とする作品を発表していたと知り、気になったので読んでみた。

単行本の出版当時、作者のインタビュー記事(「本の話WEB」掲載「自分の普通を貫いて生きられるやつは格好いい」)が発表された。
この記事中、作者は自身の新撰組体験について、子母澤寛『新選組始末記』と司馬遼太郎『新選組血風録』に少なからぬ影響を受けたと語っている。

また、本作を執筆した理由について、『新選組血風録』「油小路の決闘」に登場する篠原泰之進が印象的だったこと、「東国人の集まり」というイメージが強い新撰組にも九州出身の隊士がおり、「西南の新撰組」を書いてみたかったこと、を挙げている。

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篠原泰之進は、実在の新撰組隊士であり、経歴が比較的よく伝わっている。
本人記録「秦林親日記」「史談会速記録」の証言、後世の研究により判明している事柄を、ごく大まかにまとめると以下のとおりである。

◆文政11年(1828)10月10日、筑後国生葉郡高見村に生まれる。父は篠原元助、石工業。母はタキ。
青年時代は、久留米藩士に武家奉公しながら、剣術や柔術など武芸を学んだ様子。

◆安政5年(1858)、主の久留米藩家老・有馬右近の江戸出府にしたがい、赤羽の江戸藩邸に入る。
2年後に有馬家を脱して水戸へ赴き、翌年に江戸へ戻り柔術道場で修業する。
やがて京坂へ上って尊攘派志士と交流、さらに関東、奥羽、越後などを広く遊歴。

◆文久3年(1863)、神奈川奉行所に雇われ、横浜の外国人居留地の警備につく。
この頃、服部武雄、加納鷲雄、佐野七五三之助らと親しくなり、加納の紹介で伊東甲子太郎と知りあう。
同年10月、運上所に乱入したイギリス人3人を縛り上げ路上に放置し、追及される身となって江戸に潜伏。

◆元治元年(1864)10月、伊東らとともに新選組入隊のため京へ上る。
しかし、翌年5月まで所用のためとして、単身大坂に滞在。理由は不明。

◆慶応元年(1865)7月頃の隊士名簿によると、諸士調役並監察、柔術師範の役につく。
同月、伊東甲子太郎、富山弥兵衛、茨木司、久米部正親とともに大和へ出張。不審な浪士らと戦って撃退。
10月頃、幕府に捕えられていた元奇兵隊総督・赤根武人、久留米の志士・淵上郁太郎の放免に関わる。

◆慶応2年(1866)1月、近藤勇の安芸出張に、伊東、尾形俊太郎らと同行。
9~10月、新撰組の三井両替店への申し入れに際し、三木三郎と組んで近藤らを説得し、断念させる。
これにより三井から礼金を受け取るも、12月になってさらに金銭を要求した。

◆慶応3年(1867)3月、御陵衛士の同志らとともに新選組から分離脱退。
11月18日、油小路の変にて新選組との乱闘から脱出、薩摩藩にかくまわれる。
12月18日、伏見墨染にて、阿部十郎、加納、富山らとともに近藤勇を要撃。

◆慶応4年(1868)、薩摩軍として戊辰戦争に参戦。赤報隊の「偽官軍事件」に巻き込まれ一時入獄。
出獄後は越後方面で戦い、戦功をあげる。維新後は「秦林親(はたしげちか)」を名乗った。
警察官や大蔵省造幣寮の監察役を経て、民間の実業家へ転身。晩年クリスチャンとなる。

◆妻の萩野との間に、男児庄太郎(文久3年生まれ)がいた。
慶応4年2月頃までは荻野の存在が示されるも、それ以降の消息は庄太郎とともに不明。

◆明治3年(1870)1月、西本願寺内蓮城院東坊の住職・佐々木信瑞の長女チマ(当時16歳)と結婚する。
チマとの間には、明治11年に長男泰親、同21年に次男弥三郎が誕生した。

◆明治44年(1911)6月13日、東京青山の弥三郎宅にて84歳で没す。


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本作は、こうした実際の経歴に概ね沿ったストーリーとなっている。
作者のオリジナリティを感じさせる要素として、以下【その1】~【その7】が印象に残った。

【その1】篠原泰之進の人物造形。
弱い者を庇おうとする人情や正義感の持ち主。
感情面の安定した常識人。他人から何を言われても、柔術のワザのように巧みにいなすことができる。
自信はあるが、かといって攻撃的でも尊大でもなく、常に立場を弁えて行動する。
柔術や剣術に長けているのみならず、頭脳明晰で、伊東甲子太郎の右腕として各種の交渉もこなす。
観察眼が鋭く、たとえば御陵衛士に加わった斎藤一が間者であることも、すぐさま見抜く。

主人公なので、読者が共感できる好人物に描かれるのは当然だろう。
ただ、実際に泰之進と親しかった西村兼文は、『新撰組始末記』に「過激人」と記している。
新撰組隊士の中でもそう特記されるくらいだから、思想や行動に突出した何かがあったのではなかろうか。

【その2】泰之進が上京後、大坂に滞在した理由。
盟友の酒井伝次郎が斬られたという三条新地の牢屋敷を見にいって、萩野と松之助の母子に偶然出会う。
夫を亡くした荻野に同情し、母子を大坂の知人宅まで送り届け、危機に巻き込まれかけたところを救う。
そのまま半年ほど家族のように暮らした。

泰之進にとって、荻野と松之助の存在が生き甲斐となっていく。
彼が志士として活動しつつ、混迷の中でも自己を保っていけたのは、守りたいものがあったゆえ。

少々付け加えると、酒井伝次郎は実在の久留米藩士。江戸藩邸で泰之進と親しくなった。
万延元年に帰国。文久2年、寺田屋事件に関与して強制送還される。
翌3年、天誅組の大和挙兵に参加して捕えられ、京都の獄で元治元年2月16日に処刑された。享年27。

【その3】新撰組という組織の実態や内情。
新撰組が会津藩に重宝される理由は、市中取り締まりのほか、豪商からの資金調達も果たしているから。
近藤勇は自己の栄達を夢見ているらしく、新撰組はすでに「同志集団」ではなく「近藤とその家来」「近藤の野望を果たすための道具」と化している。
隊士の多くはそうした新撰組の在り方に失望し、松原忠司は現状を嘆きつつ亡くなる。
伊東派の面々も、入隊してみたものの期待が外れた。試衛館派だった藤堂平助も、近藤への反感を露わにする。
伊東甲子太郎は近藤を「利害優先で人の気持ちを考えない」「武士の心を解さない百姓あがりの野人」とみなす。

【その4】土方歳三との確執。
伊東派の入隊を、土方は当初から快く思っていない様子。
泰之進に対しては、伊東を支えるその有能さゆえに、特に油断ならない相手とみなしている。
露骨な敵意を向け、常に監視しつつ心理的プレッシャーをかける。

近藤・土方を悪者にしておけば、読者は主人公の泰之進に感情移入しやすいだろう。
それにしても、土方が初対面から「粛清してやる」気満々なので、つい笑ってしまった。
こんな扱いを受けたら、事情はどうあれ入隊を辞退して帰ってもよいと思う。

新撰組と御陵衛士とは、いずれ衝突を避けられない剣呑な関係と描写される。
ただ、そのわりに分離後も双方の行き来が続いているのは、不思議な感じがした。
分離前からこれほど不和が露呈していては、表向き協力関係を標榜しても、意味を成さないかも。

両者の対立を見れば、「最初からその芽があった」と類推しやすいのはわかる。
しかし実際、泰之進も含め伊東派の多くは、新撰組に入隊して重要な役職に任じられた。
ということは、少なくとも当初は歓迎され、良好な関係だったのではなかろうか。
たとえ悪感情を持たなかったとしても敵対関係に至ってしまうのが、幕末という時代の混沌であり、予測不能な人の運命であると思う。

前出インタビュー記事によると、作者は新撰組を「実態はかなり凄惨な組織」と捉え、全共闘世代に近い立場として「連合赤軍のような内部粛清をする組織の恐ろしさ」をイメージしているとか。
「現代では新撰組は女性に人気があるが、本来は女性に好まれるようなものではないと思う」「良いイメージで捉えられることに違和感がある」といった旨も語っている。
新撰組をその手の過激派に準えるのは、同世代かそれ以上の作家にしばしば見かける傾向なので、やっぱりこの作者もそうなのかと思った。【その3】【その4】も、その反映と感じられる。
ただ、この陰険で殺伐とした描かれ方も、主人公に降りかかる試練(ストーリー上の仕掛け)と思えば面白い。

【その5】斎藤一の人物造形。
本作の斎藤は、つかみどころのない自由奔放な人柄。
近藤・土方から泰之進を斬るよう命じられ、それを隠そうともせず彼につきまとう。
かと思うと、重要な情報を教えたり、新撰組への背任にあたりそうな行動をとってまで助けたりする。
谷三十郎の頓死、武田観柳斎の粛清にも、泰之進と斎藤との駆け引きが大きく関わっている。

泰之進と斎藤は、敵とも味方とも言い難い、不思議な関係にある。
組織の中にあっても自己の価値観を優先し行動するところは、よく似ている。互いに陰画と陽画のような存在。

【その6】油小路の変の描写。
伊東横死の知らせが届き、泰之進は遺骸収容を同志らに呼びかける。
新撰組の待ち伏せがあることは、当然予測している。
服部武雄が鎖帷子の着用を提案するが、泰之進が「死んだ後に見られては命を惜しんだようで見苦しい」と反対したため、全員が着用せずに現場へ行くことになった。
現場では、予測どおり新撰組との乱闘になる。
服部が、鎖を着込んだ原田左之助を「さほどに命が惜しいか」と嘲笑。原田が逆上する。
泰之進は、近藤がその場にいないと知ると「生きて近藤を討ち、恨みを晴らす」と同志らに退却を指示する。

本作では、御陵衛士が誰も鎖帷子を用いない。
実際には、服部武雄が着ていたと、遺体を目撃した桑名藩士・小山正武が証言している。
このような実戦で装備をできるだけ整えておくのは至極当然であり、別に未練でも卑怯でもない。
服部が踏み止まった者の中で最も長く奮戦したらしいのも、剣技に優れると同時に、装備を疎かにしなかったことが大きな理由だろう。

余談ながら、このあたりの泰之進の言動は、首尾一貫を欠いている。
伊東の後を追って死にたいのか、生きのびて報復したいのか、命が惜しくないのか惜しいのか、どっちなんだ!と問い詰めたくなった。
逆上のあまり正常な思考ができなかった、と解釈すべきだろうか。

【その7】維新後の、萩野と松之助の消息。
チマとの結婚については簡単に触れるのみで、そちらの家庭の描写はほとんどない。

---
本作のタイトル『影踏み鬼』の由来とは――
作中、泰之進が幼い松之助にせがまれ、何度かつきあってやった遊びのひとつである。
また、油小路の変後、復仇のため近藤・土方をどこまでも追うと誓った泰之進が「影を踏まれた者が鬼となり、踏んだ相手を追いかける影踏み鬼に似ている」と心に思う。
さらには、泰之進と萩野ら母子との行き違いを暗喩するような節も感じられた。
長かった影踏み鬼がようやく終わる最後の場面は、静謐のうちにも感動をもたらす。

幕末の「時勢の渦」の中で活躍した英雄たちは、多くが道半ばで命を落とした。
本作の篠原泰之進は、彼ら英雄とは異なる道を歩んだ。
維新後、「わたしは伊東さんが唱えた草莽の大義を生きたかった。だが、いまになってみると、薩長の藩閥政府をつくるために懸命に働いていたようなものだ。ひょっとすると、草莽の大義は近藤や土方に持っていかれたような気もする」と述懐している。
しかし、そうした思いを抱えた泰之進も、終幕には報われたと実感する。
英雄的ではない普通の生き方も、充分価値あるものになりうる、ということだろう。

---
参考として、篠原泰之進が記した「秦林親日記(筑後之住秦林親称泰之進履歴表)」の主な収録書を挙げる。
『維新日乗纂輯』(三) 日本史籍協会 1926 (※出版元・出版年の異なるバージョン複数あり)
『新選組覚え書』 小野圭次郞ほか 新人物往来社 1972
『新選組史料集』 新人物往来社編・発行 1993/1995(コンパクト版) >> 記事を参照する
『新選組史料大全』 菊地明・伊東成郎編 KADOKAWA 2014 >> 記事を参照する

「史談会速記録」については、下記を参照されたい。
>> 山村竜也『新選組証言録』の記事を参照する

他に、詳しい研究書として下記をお薦めする。
>> 市居浩一『高台寺党の人びと』(&『新選組・高台寺党』)の記事を参照する

本作の初出は、『オール讀物』2014年2月号~6月号。
2015年、単行本(四六判ハードカバー)が文藝春秋より刊行された。
2017年、文春文庫版が出版された。

影踏み鬼
新撰組篠原泰之進日録
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影踏み鬼
新撰組篠原泰之進日録
(文春文庫)
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 森村誠一『新選組剣客伝』 

長編小説。新選組に入隊した斎藤一が、闘争の日々に疑問を抱き、新しい生き方を模索するさまを描く。

全体の構成は、章にエピローグを加えた5部から成っている。
内容は以下のとおり。

一 正装(フォーマル)の入隊
文久3年(1863)、会津藩士・山口祐助の息子である一は、江戸の会津藩邸に呼び出された。
そして、重役諸氏から「京へ上り新選組に所属せよ」と命じられる。目的は、組織の戦力補強と暴走阻止だった。
ごろつきを斬って追われていた一は、渡りに舟と京へ赴く。名も「斎藤一」と変えた。
着京後、しばしの自由を楽しもうと島原や祇園で遊びながら、京の情勢や新選組の様子をそれとなく観察。
ある夜、新選組の巡察隊が西国浪士の集団と戦うのを目撃し、少人数で苦戦する隊士らに加勢した。
翌日、服装を新しく整えた一は、屯所に出向いて入隊試験を受ける。
高い実力を持ち、試衛館の人々とすでに江戸で知りあっていた一は、難なく合格した。

二 暗夜の刺客
新選組を疎ましがる尊攘志士の集団が、夜間、壬生屯所の前川邸を襲撃してくる。
いち早く気づいた一の活躍もあり、前川邸を宿舎としていた近藤派は一丸となって撃退した。
一方、局長のひとり芹沢鴨は、強引な借金や遊所での乱行など横暴を尽くし、世の顰蹙と会津藩の怒りを招く。
近藤派の幹部たちは、ついに芹沢派の排除を決意。
土方歳三から芹沢暗殺を命じられた一は、芹沢の優しさや孤独など人間性を知るだけに、迷い苦しむ。

三 脱走した恋
暗殺グループの先頭に立った一は、苦悩しながらもやむなく粛清の剣を振るう。
そして、せめてもの償いとして、引き取り手のないお梅の遺骸を小さな古寺に埋葬するのだった。
やがて、ある西国浪士と知り合って意気投合、無益な争いのない平和な世の到来を語り合う。
まもなく尊攘派の蜂起計画が発覚し、阻止すべく出動する新選組。
池田屋の屋外を守備していた一は、敵方の中にあの浪士・朝倉英之進を発見する――。
池田屋事件によって、新選組の勇名は鳴り響く。得意の絶頂にある土方は、隊内の独裁支配を強める。
そこへ伊東甲子太郎の一派が入隊し、山南敬助が脱走をくわだてて切腹を言い渡される。
隊士たちの心は近藤・土方から離れ、新選組の結束は揺らぐ。

四 美しい執念
土方は、松原忠司、河合耆三郎、谷三十郎などの己の意に染まぬ者たちを、独断専行により次々と粛清。
一は、土方に対する反感を心中に募らせ、いずれ自分も粛清されるのではと警戒するようになっていった。
そんな時、伊東派の分離脱退が決定。近藤・土方は、一に監視役として伊東派に潜入するよう命じる。
新選組を公然と出られて喜ぶ一だったが、坂本龍馬が暗殺され、自分に嫌疑がかけられそうな雲行きとなる。
難しい対処を迫られていた時、一の前に現れたのは――
これ以後、一は新たな人生を歩み出す。
人の命を奪うよりも助けることを目標として、戊辰の戦乱をくぐり抜け、新時代を生きていくのだった。

エピローグ
時代がずっと下って、2015年の日本。
安全保障関連法案の可決に反対する人々が、国会議事堂の前でデモ活動をしている。

---
斎藤一は、経歴不明の謎多き隊士だったが、近頃は研究が進んで実像が明確になりつつある。
しかし本作は、そういう斎藤一を主人公としながらも、史実に沿わない独自の設定を多く交えて描いている。
特に第四章からは、まったくの創作となる。一種のファンタジー小説と思って読むべきかと感じた。

小説は虚構なのだから、史実と異なっていても、もちろん問題ないと思う。
ただし、本作の場合はいろいろと引っかかることが多い。
一例を挙げれば、斎藤一は会津藩士の子と設定され、会津藩の命令で新選組に入隊する。しかしその後、会津藩に新選組の内情を報告するわけでなく、すべて自己判断で行動し、隊を離れる際も何ら許可をとらない。また維新後も、会津の旧主旧臣とは特に関わりを持たずに生きている。
つまり、会津藩士の子という設定に、何ら必然性が窺えないのだ。それなら定説どおり、御家人の子でかまわないのではなかろうか。独自の設定をするなら、それなりの必然性が欲しい。

必然性云々を別としても、道理に合わない流れはどう解釈すべきだろう。
例えば、維新後の一は、世俗を離れ隠棲していた。かと思えば、「藤田五郎」と名を変えて警視庁の警部補となり、また旧隊士の赦免を新政府に嘆願している。
常識的に考えて、そのようなことは当時、身元の確かな者でなければ到底無理であったろう。
本作では、旧会津藩関係者の後ろ盾もないのにどうして可能となったのか、根拠が示されず理解に苦しむ。

一の行動原理が、あまり武士らしくなくて、現代の若者のように感じられる。
当時の社会における武士は、いくら理想に目覚めようとも、主に尽くすべき忠、自分の立場として守るべき義を、そう簡単には捨てられないのではあるまいか。
まるで現代人がブラック企業に見切りをつけて社会貢献活動に転身するかのように、何でも個人の意志で決められる自由や価値観はなかったと思う。

作者の新選組に対する考え方は、当ブログでも以前紹介した『新選組』の頃と変わっていない。
すなわち、銃砲の時代となっても剣を振り回し、指導者の強権によって所属者を抑圧する時代錯誤的な集団・新選組が、時代の流れに抗い続けたあげく、自滅していく。
しかし、この「時代錯誤」という評価は、後の歴史を知る現代人の視点でなされている。
そもそも封建時代の日本を描いて、新選組だけがことさら閉鎖的、非民主的であるかのように強調、批判するのもいかがなものだろうか。

その新選組を牛耳る土方歳三は、気に入らない者を強制排除する横暴な独裁者とされる。
それならそれで、悪逆非道ぶりが「これでもか」とばかり描かれていれば、まだ楽しみようがある。
ところが、具体的エピソードが少なく、印象に残らない。山南を脱走罪に処したり、松原や河合を死に追い込んだりの場面はあるが、型にはまった感じがする。こういうところにこそオリジナリティを発揮し、真に迫った描写を盛り込むのが、作者の手腕ではないだろうか。
「土方は横暴な独裁者」という言葉のみの説明を繰り返されても、読み手としては作者の脳内設定を押しつけられている感じで、納得しづらい。

相馬主計が、新選組への怨みを抱く者として登場する。これも、作者の『新選組』との共通項。
それなりに面白くはあるが、史実とは遠い設定でもあり、相馬ファンにとっては受け止めにくいかも。

近藤勇の最期は、単なる刑死に終わらず、独自の展開がある。
期待感を持たせるなら、それはそれで良いと思う。
ただ、「大久保大和」の正体に最初に気づいたとされる彦根藩士・渡辺九郎左衛門が、本作では試衛館の門人とされ、にもかかわらず役人に余計なことをしゃべる展開は、あまり肯けない。

本作の沖田総司には、お雪という恋人が京にいたらしい。
それにしても、交際の描写がなく、終盤にいきなり名前が出てくるのはどういうことか、不可解に感じた。

チビクロという黒猫が登場する。狂言回し的な役割。
入隊前の一がたまたま拾い、情が移り、新選組の荒くれ者たちの癒しになればと連れていった。
これが大当たりで、近藤も土方も目を細め、芹沢でさえ相好を崩して可愛がる。
斬り合いをして屯所に帰ってきた隊士たちも、チビクロを見て心を和らげた。
昨今の猫ブームにあやかったのか、なんとなくテレビドラマ「猫侍」を彷彿とさせる。
本作の中で、唯一心をなごませる要素と感じた。
このチビクロは、かなり人懐こく、誰にでも愛嬌を振りまく。
その上、リードをつけなくてもちゃんと散歩についてきて、知らない土地へ連れていっても決して迷子にならず、初対面の猫と仲良く遊ぶなど、あまり猫らしくないというか、むしろ犬っぽい感じがする。
それなりに可愛いものの、猫らしい魅力を描かないなら、いっそ犬でもかまわないような気がした。

最後のエピローグは、何やら唐突に感じられた。
どのような政治的思想や信念やメッセージを作品に込めようと、作者の自由であろう。
ただ、ここまでストレートだと、時代小説と思って読み進めてきた立場としては興醒めしてしまう。

技巧的にも、評価が難しい。
同じような表現が重複していたり、意味の通りにくい曖昧な表現があったり。
出来事の順番が前後して、流れが悪く、時系列を把握しづらいところもある。
初出の雑誌連載に加筆・訂正してあるそうなので、それが上手くいっていないのだろうか?と感じた。
それにしても、作者ほどのベテラン作家には不似合いな仕上がり、と言わざるをえない。

辛口な感想になってしまったが、幕末明治に仮託した現代青春小説と考えれば、それほど悪くない気もする。
「作者の描く新選組ものが好き」という向き、あるいは「時代小説らしいかどうかなんて気にしない、むしろ現代小説っぽいほうがわかりやすくていい」「とにかく斎藤一が活躍する話を読みたい」という向きには、それなりに楽しめるかもしれない。
分量も中編に近いので、あまり時間を要さずに読了できる。

本作は、月刊『ランティエ』2015年12月号から2016年3月号に連載された小説に、加筆・訂正したもの。
2016年、角川春樹事務所より時代小説文庫(ハルキ文庫)として出版された。

新選組剣客伝
(ハルキ文庫)
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※同じ『新選組剣客伝』という書名で、研究家・山村竜也の著作が発表されている。
1998年に単行本が、また2002年に加筆・修正された文庫本が、PHP研究所より刊行された。
内容は小説ではなくてノンフィクション。近藤勇、土方歳三、沖田総司、山南敬助、永倉新八、原田左之助、藤堂平助、斎藤一の生涯を列伝形式でまとめたもの。
混同する向きはそれほどいないと思うが、念のため注意されたい。

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 宇能鴻一郎『斬殺集団』 

短編連作集。松平上総介と斎藤一を主軸に、新選組の苛烈な闘争の日々を描く7編。

「豪剣ありき」
旗本・松平上総介(忠敏)は、鹿島神宮にて、拝殿の大太鼓を叩き破った狼藉者と遭遇する。
乱暴を働きながら悪びれることなく落ち着き払ったその侍こそ、水戸浪士・芹沢鴨であった。
浪士組の募集責任者である上総介は、隊長に相応しい肝の据わった人物として、芹沢に目をつける。
さらに、入隊希望の近藤勇ら試衛館一門を、芹沢の抑え役にと考え参加させる。
こうして浪士組が結成され、上京後に分離した芹沢・近藤らが新選組を結成することになった。
上総介もまた、京へ上る。京都守護職と老中との間で、新選組の取り扱いについて連絡を受け持つ立場となった。

上総介の人物像を紹介しつつ、彼の目から見た芹沢の梟雄ぶりと新選組結成を描く一編。
上総介は、高貴の出自、剣の達人であり、人生に倦んだようなシニカルでクールな心境の持ち主。
しかしながら、清川八郎や芹沢や近藤といった面々を知って、かなり興味を抱いている。
京都へ来た理由も、任務より個人的な関心のほうが大きい。

芹沢が島原の角屋を破壊する場面は、なんだか壮快でもある。作者が楽しんで描いている雰囲気。

「双面の豹」
結成直後の新選組に、斎藤一と名乗る剣客が入隊する。
試験では沖田総司を不利に追い込むほどの凄腕を見せ、その後も商家に押し入った強盗2人組を瞬時に倒し、不穏な企てをした殿内義雄を粛清するなど、活躍ぶりは目覚ましい。
一方、ほかの隊士らとは決して打ち解けず、孤高を保っていた。
ただ、佐々木愛次郎が婚約者あぐりを芹沢鴨に奪われかけ、窮状を訴えた時は、親身の忠告をする。
ところが、佐々木は佐伯又三郎に唆され、あぐりを連れて逃亡してしまう。

殿内義雄と家里次雄の粛清、佐々木愛次郎&あぐりの駆け落ち、佐伯又三郎の粛清、大坂力士との乱闘事件、芹沢鴨暗殺事件などを独自のアレンジによって再構成したストーリー。
斎藤一という謎めいた剣客の、陰に陽に活躍するさまを描き、上総介との関係を示唆する。
彼が至極冷静に豪剣を振るうさまは、恐ろしくもあり痛快でもある。

「群狼相食む」
剃刀名人といわれた髪結職人の床伝は、新選組の情報屋を務めていた。
床伝の娘おみのは、過激志士らと密会し自慢話を聞き出すうち、馬具商・升屋喜右衛門が彼らの一味であり、邸内に多数の武器を隠しているという情報をつかむ。
これをきっかけに、新選組は喜右衛門こと古高俊太郎を逮捕、拷問。一味の蜂起計画を聞き出す。
ただちに出動し、一味の集合場所である池田屋と四国屋へ踏み込むこととなった。
会津藩も手勢を出そうとするが、藩主・松平容保は、上総介から「貴藩と西国諸藩との関係を悪化させてはならない、新選組を憎まれ役にしておけば貴藩のみならず万民のためにもなる」と忠告される。

床伝おみの父娘や池田屋事件を描きつつ、上総介と斎藤一との関係が強く示唆される話。
土方歳三に見捨てられたおみのを斎藤が匿ってやるが、それは単なる情けでなく計略のため。
長州浪士・坂木原啓次が明治期に官吏となって云々…というくだりは創作と思われるが、「幕末の志士・浪士たちの中に、生かしておいては世の中のためにならぬ狼や狂犬たちが多かったことは、確かである」と作者は結んでいる。新選組の取り締まりは苛烈だったが、取り締まられる側も暗殺など相当過激なことをやっていた、という意味を込めての「群狼相食む」であろう。

導入部では、岡田以蔵らによる猿の文吉殺害事件が、やけに生々しく描写されている。
それに加えて床伝おみのの話なので、なんとなく『鴨川物語』の影響がありそうに感じた。

「最強の剣」
試衛館時代、近藤勇ら一門は、直新陰流・男谷下総守の道場へ試合に行った。
下総守はすでに高齢のため、高弟の本梅縫之助(本目縫之助とも)が手合わせをする。
ところがこの日、本梅は不在であり、代わってある人物が本梅になりすましていた。
そうとは気づかないまま、試衛館一門は試合に臨み……
そして新選組の結成後。芹沢が暗殺され、隊内に潜む間者が掃討され、芹沢派の野口健司も切腹して、隊は近藤・土方がほぼ掌握した。
ところが、これを面白く思わない水戸藩士・浪士らの一味が、近藤の殺害を企てる。
一味はある夜、近藤の休息所(妾宅)に寝込みを襲うべく押し入った。

「新選組隊士の中で最強だったのは誰か」という考察とストーリーとが、ない交ぜになった一編。
男谷道場での試合の様子は、『剣客物語』に着想を得たのではなかろうか。
ただ、試合の展開については、独自の描写をしている。
最後に近藤勇は、かつて立ち合った本梅が上総介であったと見抜くものの、さらにもうひとつ別の顔があることには気づかないまま別れるのだった。

「剣気奔る」
元治元年5月20~21日の夜。大坂西町奉行の与力・内山彦次郎が暗殺される。
内山に遺恨を抱く近藤勇が、土方歳三、沖田総司、山南敬助を引き連れ襲撃したのだった。
この時、駕籠かき人足のひとりを斬れず逃走を許したため、山南は面目を失う。
そして慶応元年2月、山南の脱走事件が起きる。後を追って連れ戻したのは沖田だった。

内山彦次郎暗殺事件、浅野薫や酒井兵庫の粛清、山南敬助の脱走などを描くストーリーであると同時に、沖田総司の人柄や心理を解明しようとする考察でもある。
山南の脱走については「諸家の説のなかでは、大内美予子さんの説がいちばん丁寧で、しかも心境的にも納得できる」として、評伝集『新選組隊士列伝』(新人物往来社編発行/1972)より大内執筆「山南敬助」を引用しつつ、その心理を読み解く。
ただ、山南を連れ戻した沖田の心理や行動は、大内作品と大きく異なる。
作者は沖田を、感情のうち何か欠落している、それゆえに強い天才のひとり、と結論づけている。

内山暗殺の犯人が仮に新選組だとしても、動機を力士乱闘事件とするのは明らかに違う。理由は『侍はこわい』でも述べたが、内山は西町奉行与力であり、近藤が乱闘事件を届け出た先は東町奉行所であったから。
また、駕籠かきをいきなり斬殺する描写に疑問を感じた。いくら新選組でもそこまで乱暴だろうか。脅せば逃げる相手だろうし、顔を見られたくないなら覆面をすればよいものを。

些細なことながら、沖田が握り飯をひとり黙々と食べる場面は、やけに美味そう。

「非情の日々」
大坂松屋町のぜんざい屋に、新選組幹部の谷三十郎・万太郎ら一党が踏み込む。
大坂城焼き討ちを企む過激浪士がこの家に匿われている、という情報を得たためだった。
乱闘の末、土佐浪士・大利鼎吉を討ち取ったものの、期待したほどの成果はなく、主人の妻を訊問と称して虐待した末、殺害してしまう。
さらに三十郎は、攘夷運動家・河瀬太宰を捕えに大津へ出張した際も、河瀬の妻を脅したあげく自害に追い込むという失態を演じる。

ぜんざい屋(石蔵屋)事件、山南の切腹、田中寅蔵の切腹、西本願寺への屯所移転、松本良順の屯所訪問、四条橋畔の乱闘事件、膳所事件、佐野牧太郎の処刑、蹴上奴茶屋事件などを描く一編。
血腥い事件は確かに多いものの、新選組が連日拷問や処刑に明け暮れていた、というのはいささか盛りすぎではないだろうか。
三十郎と万太郎の会話が、大坂の町人のような口ぶりで、どうかすると上方漫才めいて見える。

作者が少年期を満州で暮らしていた頃、国民政府軍に住居を接収された思い出話が挿入されている。
その体験から、新選組に居座られた壬生の住民や西本願寺の僧侶たちの気持ちが、他人事とは思えないらしい。

「女と血煙」
新選組の四番隊長・松原忠司は、些細な言い争いから、通りすがりの侍を斬ってしまった。
自分が犯人と告白できないまま、残された妻子の面倒を見るようになる。
しかし、土方歳三から「横恋慕による計画殺人」と疑われ逆上、自裁にも失敗して自暴自棄に。
次いで、勘定方の河合耆三郎が、公金を横領した罪で斬首に処される。
斎藤一は、無くなった金の行方を探るうち、松原と河合を陥れた者の存在に気づく。

松原忠司の「壬生心中」、河合耆三郎の処刑、大石造酒蔵の殺害事件、田内知の切腹、谷三十郎の凋落と死亡などが描かれる。松原と河合の事件は裏でつながっていた、という設定。
斎藤一は、合理的かつ着実に捜査を進めていき、ついに真実を突き止める。
それ対して土方歳三は、讒言を真に受けたり、己の体面にこだわったりの小人物に描かれる。

最後に、松平上総介と斎藤一の正体が明かされる。これが本書で最大の仕掛け。
全体を読めば誰でも気づくオチだが、ここには敢えて詳細を書かずにおきたい。
この設定はもちろん創作であって、史実ではありえない。
ただ、当時はふたりとも今以上に謎多き人物だったので、このような想像も可能だったのだろう。
フィクションとして、大胆で面白い発想と思う。

---
以上の収録作は、それぞれ独立した短編として読める。
と同時に、全体がひとつの長編として成立する作品ともなっている。

作者の宇能鴻一郎は、評論・紀行文・グルメエッセイ、さらに「嵯峨島昭」の名義でミステリー小説も多数手がけているが、とりわけ官能小説で名を成している。
本書は時代小説であるが、エログロバイオレンスの傾向が強め。中には、女が性的虐待を加えられたり、その果てに殺されたりの後味悪い場面もあるので、それらが苦手な向きは要注意。

全体に、独特の擬音語・擬態語が多用されている。
例えば、人体を斬った音を「ズバンッ」「ドバスッ」、笑みを浮かべるさまを「ニカーリ」など。
なんだか劇画の描き文字をイメージした。
斬り合いの描写も、迫力がある一方、どこか劇画的な外連味を感じさせる。

文中、金銭や長さの値が現代的に表記され、幕末の表現を読み仮名にしてある。
例えば、「百二十万円」に「にじゅうにんぶち」、「百万円」に「ごじゅうりょう」、「一メートル五センチ」に「さんじゃくごすん」といった具合。
作者は、幕末の金銭価値を現代に換算すると1両=2万円と考えている様子。
当時は物価高だったが、ちょっと安すぎないだろうか。何を基準に計算するかで幅があるものの、1両=5万円くらいに考えても良さそうな気がする。

現在判明している史実とは、異なる記述も多い。
守護職お預かりとなった直後から「新選組」を称した。過激浪士の集合場所が事前に池田屋・四国屋とわかっていた。新選組屯所の不動堂村移転は慶応元年。谷兄弟の兄が万太郎、弟が三十郎。大石兄弟の兄が造酒蔵、弟が鍬次郎など。
ただ、出版当時にはこれらが史実と認識されていた様子であるし、本書は独自の創作性を重視した娯楽小説でもあるから、細かく追及する必要もないと思う。

全体として、新選組に対し冷徹な視線を向ける観察者の存在が、面白い物語。
もしも戊辰戦争まで描かれたならどのような展開となったか、読んでみたい気もした。

1975年、新潮社より単行本が刊行された。
1979年、青樹社より『斬殺集団 私説新選組』と改題して単行本が出版された。

収録作は、下記のとおりアンソロジーにも載っている。
「豪剣ありき」 →『誠の旗がゆく 新選組傑作選』 集英社文庫 2003
「群狼相食む」 →『血闘!新選組』 実業之日本社文庫 2016

斬殺集団
私説新選組
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