新選組の本を読む ~誠の栞~

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 宮地正人監修『相馬主殿回想録』 

研究書。最後の新選組隊長・相馬主殿(肇、主計とも)の手記「贈友談話」を、解読・解説したもの。
内容は、下記のとおり。

解説 相馬主殿回想録「贈友談話」覚書 宮地正人
  はじめに
  第一章 相馬主殿とは何者か
  第二章 笠間藩脱藩と新選組入隊
  第三章 近藤勇処刑と相馬主殿
  第四章 奥州への脱出と平潟口の防禦戦
  第五章 蝦夷地行きと箱館戦争
  第六章 いつから隊長となったのか
  第七章 明治二年三~五月の相馬主殿
  第八章 相馬主殿のその後
  おわりに
【現代語訳】「贈友談話」 相馬主殿 著  石島勇 訳
【訓読文】「贈友談話」 相馬主殿 著  石島勇 訳
【翻刻文】「贈友談話」 相馬主殿 著  西脇康・藤井和夫 翻刻・校訂
【影印】「贈友談話」 相馬主殿 著


相馬は、笠間藩士の家に生まれ、慶応3年に新選組隊士となった。
在隊中、相馬「肇(はじめ)」→「主計(かずえ)」→「主殿(とのも)」と名を変えている。
翌4年、近藤勇が新政府軍の板橋本営に出頭した際、随従して逮捕された。その後、旧藩預けとなるが脱走、仙台で新選組に合流し蝦夷地へ渡る。土方歳三の配下として戦い、箱館政権では陸軍奉行添役などを務め、明治2年3月の宮古湾海戦にも参戦。5月の箱館抗戦では弁天台場に立て籠もって戦うが、善戦むなしく降伏した。
新選組の隊長は、榎本軍幹部となった土方に代わり、桑名藩士・森常吉が務めていた。しかし、森が桑名藩の主戦派代表として責任を負うことになり、土方も戦死したため、相馬が隊長に就いたのである。
東京で投獄された後、終身流罪の判決を受け、明治3年11月に伊豆新島へ送られる。島では寺子屋の教師を務め、植村マツと結婚した。同5年10月に赦免され、東京へマツを伴い移住。
少なくとも明治8年2月までは存命だったが、後に割腹自殺を遂げる。日時や理由は詳らかでない。

本書に取り上げられた「贈友談話」は、相馬自筆の回想録である。
2部に分かれており、その「壱」は明治4年12月に執筆され、その「二」は「史略近談」と改題の上、明治5年の赦免後、同6年頃に書かれたと推測される。
この史料の発見・解読により、相馬の経歴に新たな光が当たることとなった。例えば――
  • 相馬が脱藩前に名乗っていた本名は「船橋太郎」だった。
  • 生年は、これまでの天保14年(1843)説に加え、弘化3年(1846)説も浮上した。
  • 脱藩後は松山藩士・竹内某に仕えたものの、辞職して新選組に入った。
  • 旧藩預けから脱走後、榎本武揚の助力によって100名足らずの同志とともに潜伏。旧彰義隊も加わり、品川沖から奥州へ出航、途中で悪天候のため伊豆大島へ吹き寄せられるが、磐城四倉に上陸した。
  • 平潟口の戦いに参戦。白石では、春日左衛門と共に輪王寺宮の面謁を得た。
――等々。数々の戦いの経緯がリアルに語られているのも、興味深い。

また、戊辰戦争を旧幕軍として戦った体験を振り返りつつ、「道理に反していた」と反省する相馬の心境が印象に残る。新政府の治世下だから建前を述べたというわけでなく、本音を語っている模様。
当時は信念に基づいて戦ったのだろうが、死罪を覚悟しながら減刑され、流刑地の新島で平穏な日々を送るうち、敵対し争いあうことの無益を深く感じるようになったようだ。
その心境は尤もだが、真摯に思い詰め、かつ世を憂えている様子は、なにやら気の毒にも思えてくる。
この真面目な性格が、後に彼を死へ導いたのかもしれない。

本書が、翻刻文・現代語訳・解説にとどまらず、影印(原本を撮影した画像)まで掲載している点は、研究書として良心的かつ理想的。原史料の分量があまり多くないから実現できたことでもあろうが、世の史料研究書が皆この形ならば、どれだけ多くの研究者が助かるだろう。

巻頭には、相馬の肖像画がある。制作年代不詳、写真のようにリアル。
ただ、新島を離れた時点で27歳もしくは30歳だった彼にしては、髪が白く、かなり年輩の印象を受ける。彼が老けるまで長命であったとしたら、などと考えさせられた。

本書は、商業出版物ではなく、日野市の刊行物である。一般書店には流通していない。
刊行当初は、日野市立新選組のふるさと歴史館、ならびに日野市市政図書室にて有料頒布されていた。

書誌データは以下のとおり。
 書名 相馬主殿回想録 (新選組のふるさと歴史館叢書 第五輯)
 発行 日野市
 初版発行日 平成21年(2009)4月28日
 体裁 A5判ソフトカバー 146ページ
 ISBNコード 無し

なお、相馬主殿について知りたい向きには、本書のほか、以下も参考になると思う。
『新選組銘々伝 第3巻』 新人物往来社 2003
  「相馬主計 新選組最後の隊長」(横田淳)を収録。
『KAWADE夢ムック 文藝別冊 新選組人物誌』 河出書房新社 2003
  「最後の隊長・相馬主計とその妻の生き方」(小山啓子)を収録。

新選組銘々伝
第3巻
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新選組人物誌
(KAWADE夢ムック)
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 中村彰彦『新選組秘帖』 

短編小説集。実在の人物をモデルとする新選組関連の短編小説9編と、山内昌之×中村彰彦の対談を収録している。

「輪違屋の客」
美少年隊士・加納惣三郎が、島原・輪違屋の錦木太夫に通いつめる。
あげく、遊興費欲しさに辻斬りを重ねたため、土方歳三によって粛清される顛末。

石田孝喜『幕末維新京都史跡事典』掲載の項目「加納惣三郎――島原田圃の辻斬りの場」に着想を得て書かれた。
司馬遼太郎「前髪の惣三郎」とは趣をまったく異にする作品。
土方歳三が輪違屋の太吉に命じ、合図を送らせる手段がちょっと面白い。
加納の実在が記録類に残っていないことが、作中でうまく理由付けされている。

「密偵きたる」
備前岡山藩に潜入した新選組・松山幾之助は、密偵であることが露見して暗殺される。
実行犯のひとり、備前勤王党・岡元太郎も、些細な出来事から思わぬ末路をたどる。

危険な探索行動にも拘らず、緊張感に欠けた振る舞いから敵の手に落ちた松山が哀れ。
その後、加害者の岡元も、つまらないことが端緒となって自滅する。この時代の人命の軽さを考えさせる。

「ふらつき愛之助」
食い詰めて新選組に入隊を志願したが、叶わなかった伊藤源助こと加藤愛之助。
なりゆきから倒幕派に加わり、最後は国事犯となって捕われてしまう、行き当たりばったり人生を描く。

伊藤源助は、慶応元年5月頃に入隊し、すぐ脱隊したと見なされている人物。
奥州への出陣、暗殺犯として刑死が史料に残るが、それ以外は創作と思われる。
冒頭、永倉新八とのやりとりが可笑しい。愛之助の無節操ぶりも、どこか笑いを誘う。ただ、結末は笑えない。

「近藤勇を撃った男」
御陵衛士残党のひとりとして復讐を企て、近藤を墨染で狙撃した富山弥兵衛
その後、新政府軍の密偵となり、探索のため越後へ潜入するが、苛酷な最期を迎える。

弥兵衛は本作のとおり、近藤の死からまもなく自らも殺害・梟首された。
その後、加害者の水戸藩諸生党も、戦死を遂げるなどしている。
時勢の移り変わりの残酷さを感じさせる。司馬遼太郎「弥兵衛奮迅」と読み比べるのも一興。

「忠助の赤いふんどし」
近藤勇、土方歳三に仕えた若き馬丁・忠助の爽快な活躍。

かなり短い作品。忠助に関して伝わっている事実が少ないため、大半は創作で補われている。
(作中では隊士・沢忠助と同一人物に設定されているが、研究者の間では別人説が有力の様子。)
士分に取り立てられたいと願いつつ、近藤・土方に忠実に仕えた忠助の真っ正直な生き方が気持ちよい。
その後、無事に帰り「白いふんどし」を締めて暮らしたと思いたい、との結びには同感。

「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。

島田が力士に擬え「力さん」の愛称で親しまれた、という設定は、史料的裏づけのない通説を採り入れたと思われるが、本人の人柄をよく表している。
彼のような人物に支えられたことは、新選組や近藤・土方らにとって幸いだったろう。
作者は本作執筆後、長編『いつの日か還る』を書き、本作を一部改稿して同作に使用した。

「五稜郭の夕日」
少年隊士・市村鉄之助が、土方歳三の義兄・佐藤彦五郎を訪ね、託された遺品を渡し、箱館戦争の推移を語る。
しばらく滞在し、郷里に帰っていくが、やがて彦五郎の元に消息が届く。

若さゆえに命を惜しまない鉄之助の、生き急ぐさまが哀しい。
彦五郎が亡き歳三を偲ぶ思い、鉄之助を見守るまなざしの、暖かさ・切なさが伝わってくる。

「明治四年黒谷の私闘」
橋本皆助改め水野八郎は、天狗党→新選組→御陵衛士→土佐陸援隊と都合良く乗り換え出世を望んだものの、維新後は失職。やむなく新選組の元幹部を討って名を上げようと企てる。
戦死したはずの原田左之助が京都にいることをつきとめ、黒谷の会津墓地に呼び出し決闘を挑む。

水野が明治4年に37歳で急死したのは事実で、病死と推測されているものの暗殺説もある。
一方、彰義隊戦争で戦傷死したとされる原田には、生存説もある。これらに創作を交え書かれたのが本作。
原田の行方を探る過程には謎解きの面白さがあり、決闘場面にはスリルがある。

「明治新選組」
相馬主計の降伏後の生活と、謎の死の真相を描く。詳しくは『明治新選組』を参照。

「対談 新選組と日本精神」
歴史学者・山内昌之と作者が、会津の新選組史跡をめぐり、直後に対談。
各々が新選組に惹かれたきっかけが興味深い。
俗説を事実として語っている部分は少々気になるが、面白い分析も種々なされている。

初出はそれぞれ下記のとおり。
「輪違屋の客」 『オール讀物』1998年8月号
「密偵きたる」 『オール讀物』1995年7月号
「ふらつき愛之助」 『小説現代』2000年6月号
「近藤勇を撃った男」 『オール讀物』1995年2月号
「忠助の赤いふんどし」 『小説新潮』1996年1月号
「巨体倒るとも」 『問題小説』1994年7月号
「五稜郭の夕日」 『小説宝石』2001年7月号
「明治四年黒谷の死闘」 『オール讀物』1992年7月号
「明治新選組」 『小説宝石』1987年10月号
「対談 新選組と日本精神」 『諸君!』2000年5月号

新人物往来社より単行本(2002)、文藝春秋より文庫本(2005)が出ている。

各収録作は、他の書籍にも収録されている。
「密偵きたる」「近藤勇を撃った男」→『禁じられた敵討』 文藝春秋/1996 文春文庫/2003
「忠助の赤いふんどし」→『柳生最後の日』 徳間書店/1999 徳間文庫/2003
           →『新選組アンソロジー(下)』 舞字社/2004
「巨体倒るとも」→『名剣士と照姫様』 徳間書店/1995 徳間文庫/1998
        →『誠の旗がゆく』 集英社/2003
「五稜郭の夕日」『血闘!新選組』 実業之日本社文庫/2016 『明治新選組』 光文社文庫/2016
「明治四年黒谷の私闘」→『眉山は哭く』 文藝春秋/1995
           →『恋形見』(『眉山は哭く』の改題) 角川文庫/2002
「明治新選組」『明治新選組』 新人物往来社/1989 角川文庫/1993 光文社文庫/2016
       →『新選組アンソロジー(下)』 舞字社/2004

新選組秘帖
(文春文庫)
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 中村彰彦『明治新選組』 

短編小説集。鎌倉時代から明治時代まで、全6編を収録。
このうち新選組に関わるのは、表題作「明治新選組」「近江屋に来た男」の2編。

「明治新選組」 最後の新選組隊長、相馬主計の数奇な運命を描く。
各地を転戦した末、箱館で降伏した新選組。
土方歳三亡き後、隊長を務めた相馬は、終身流刑囚として新島へ送られる。
そこで、島民の娘を暴漢から救ったのがきっかけとなり、彼女を娶って穏やかな暮らしを得た。
ところが明治5年、思いがけず赦免状が届き、愛妻を連れて東京に移り住む。
かつて近藤勇が命を落とした処刑場跡、遺体が葬られた墓所へ参り、逝った者たちの冥福を祈って心静かに暮らすことが願いだった。
しかし、やがて謎の脅迫状が届き、身辺に不審な男達が出没するようになる。

河合耆三郎や武田観柳斎の死、近藤勇の遺体埋葬、相馬主計の割腹自殺にまつわる謎に、独自の設定を交えた展開が興味深い。
相馬と妻おえつの夫婦愛が、しみじみと感動的。
生き残った人々、新時代の生き方を模索しながら過去を背負い続けた人々の人生について、いろいろと考えさせられる内容でもある。

「近江屋に来た男」 坂本龍馬を斬った見廻組・今井信郎の後半生。
暗殺事件の隠された真相が示唆され、維新後に刺客が襲撃してくるなど、息詰まる展開が続く。
事件の証言者として相馬主計横倉甚五郎中島登が登場する。

そのほかの収録作品は、以下のとおり。
「後鳥羽院の密使」 承久の乱を描く掌編。俊足を買われた舎人が、褒美につられて院宣を鎌倉へ運ぶ。
「斬馬剣新九郎」 松平清康(家康の祖父)に仕えた植村新九郎が、大恩ある主君に殉じようと戦う。
「一つ岩柳陰の太刀」 柳生新陰流四世・宗冬が到達した境地と、弟・烈堂との内訌。
「尾張忍び駕籠」 慶応4年の青松葉事件に巻き込まれた尾張藩士が、武士を捨てるまでの経緯。

1989年、新人物往来社より単行本が刊行。
1993年、角川文庫版が出版。
2016年、光文社文庫版が出版された。これは角川文庫版を底本として、新たに短編「五稜郭の夕日」を追加し、全7編を収録したもの。
なお昨今、電子書籍版も販売されている様子。

収録作「明治新選組」「五稜郭の夕日」は、作者の短編小説集『新選組秘帖』にも収録されている。
「五稜郭の夕日」については、『新選組秘帖』の記事をご参照いただきたい。

「明治新選組」の主人公・相馬主計(主殿)の手記「贈友談話」については、 宮地正人監修『相馬主殿回想録』の記事をご参照いただきたい。

明治新選組
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