葉室麟、木下昌輝ほか『決戦!新選組』
アンソロジー。6人の作家による新選組の短編小説を収録。
作家6人は、葉室麟、門井慶喜、小松エメル、土橋章宏、天野純希、木下昌輝。
本書の責任表示にも「著者」として6人が列記されている。ただ、当記事タイトルには全員を書き切れないので、便宜的に最初と最後の2人を挙げた。悪しからずご了承いただきたい。
収録作品6編は、以下のとおり。
葉室麟「鬼火」
沖田総司は、少年期の忌まわしい体験によって心的外傷を負う。
以来、感情をうまく表わせない、人に心を許すことができない性格となり、そのまま成長した。
試衛館一党が浪士組に加わって京に上った後、残留者同士の間で勢力争いが起きる。
邪魔者を粛清するよう命じられた総司だが、敵に後れを取ってしまう。その危機を救ったのは芹沢鴨だった。
芹沢は、壬生浪士組を土台に「尊王義軍」を組織しようと、様々な方策を果敢に断行していく。
一方、富商からの押し借り、大坂力士との乱闘事件、大和屋焼き討ち事件などで、乱暴者と恐れられた。
芹沢の優しさを知る総司は、彼の生き方に惹かれ、その行く末を見届けたいと思う。ところが――
本作の沖田総司は、周囲の人間に心から打ち解けられない。土方歳三に対しても、常に距離をおいている。
そんな総司が、芹沢鴨に対して単なる親愛以上の感情を抱く展開は、珍しいと思う。
本作の芹沢鴨は、武田耕雲斎や藤田小四郎と連携して攘夷を実行するため、浪士組に加わった。
壬生浪士組を「尊王義軍」にするため、戦闘集団として組織編成し、鉄の規律を設けたのも芹沢である。既成の作品では、土方が組織編成や法度の制定を行なったとされる例が多い。しかし、本作では「農民出身の近藤や土方にできることではなかった」と記述されている。
芹沢が有栖川宮に接近したのも、攘夷を実行するための一方策。
これほど具体的な目標を持ち、ひたすら努力・邁進する芹沢の人物造形は、ユニークで興味深い。
ちなみに、作者が新選組を描いた作品に、篠原泰之進を主人公とする長編『影踏み鬼』がある。
作者はおそらく、近藤・土方体制に従わない人物のほうが好きなのだろう。
門井慶喜「戦いを避ける」
元治元年6月5日の夜。
近藤勇は、わずかな人数を率いて、池田屋へ御用改めに立ち寄る。
思いがけずここが過激志士らの会合場所と知ったとたん、不本意ながら戦闘に突入してしまう。
焦燥の中、養子の周平が一刻も早くこの場へやってくるよう、ひたすら念じた。
近藤が谷三兄弟の末弟・喬太郎こと周平を養子に迎えたのは、ある大きな計画のためであった。
それは、この皇国(日本)を革めること、そのため新選組を強力な組織に仕立てて資することに他ならない。
やがて土方歳三のグループが駆けつけ、周平もようやく姿を現すが――
大坂にある谷道場を、近藤と原田左之助が訪問する場面が印象的。
本作の谷三十郎は、備中松山の元藩士というより、まるで「浪花の商人」。近藤とのやりとりがユーモラス。
万太郎と喬太郎が評価されると、すかさず自分も売り込む抜け目なさに、近藤もたじたじ。
近藤と周平との関係を描く小説は複数あるが、本作の場合は、板倉勝静(老中、備中松山藩主)が関連した新選組増強計画のあたりにオリジナリティを感じる。
司馬遼太郎「槍は宝蔵院流」、早乙女貢「槍の三十郎」、小松エメル「流木」などと読み比べるのも面白い。
また、近藤の熱しやすく醒めやすい性格は、作者の『新選組颯爽録』にも描かれている。
小松エメル「足りぬ月」
藤堂平助は、幼少期「藤堂和泉守の御落胤」を口実に実母から厄介払いされた、と信じて成長した。
人に必要なのは才と運。運はあれど才が今ひとつ及ばない己には、才のある誰かが必要だった。
山南敬助と出会い、彼の力量を頼みにして、いつか成功を得ようと決める。
山南の伝手で知りあった伊東甲子太郎は、さらに優れた容姿と文武の才を持つ魅力的な人物であった。
それに引き換え、近藤勇は剣・学問・要領・容姿いずれも秀でたもののない凡庸な人物、と目に映る。
やがて「夜道を照らす月」とも頼んだ山南を失った時、伊東を新選組にぜひ入隊させようと企図する――
本作の平助は、複雑な生い立ちから、人間関係を益になるか否かで判断する習慣がある。
損得ぬきの信頼なぞ理想論に過ぎないと思ってきたが、心の奥底では何よりそれを渇望していた。
プライドが高い一方で自己評価の低い平助が、それを自覚しないまま人生を模索する姿は、苦しく切ない。
得がたいものを得ようとする努力は大切だが、すでに得たものの価値に気づかず投げ捨てて「もっと素晴らしい何か」を探し求める生き方は不幸だ。
ただ、それは平助に限った話ではなく、人はこうした面を多かれ少なかれ持っている気がする。
こういう人柄の平助を、卑小な者ではなく共感できる主人公として描いた、作者の力量を感じる。
そのほか、近藤勇、伊東甲子太郎、斎藤一といった脇役の人物も魅力的。
作者の『夢の燈影』『総司の夢』とのつながりを見出すのも、楽しめると思う。
「足りぬ月」というタイトルは、少しだけ欠けた姿の月を意味している。
昨年12月13日の当方ツイートを引用しておく↓
【慶応3年11月18日=1867年12月13日・京都の夜空】
現地時刻で月出18:54、月没9:10(翌日)、月齢16.9(右側が少し欠けている)。
嵯峨實愛の日記によると、18日は晴れて雲が南へ行くのが見えたとか。
油小路事件の時、雲さえ無ければ月もよく見えたはず。
>>Twitter「誠の栞」@bkmakoto 2016/12/13
完璧なものだけに価値があるのではなく、多少不足があっても素晴らしいものは素晴らしい。
そのことに平助が気づいたのは、命が尽きようとする瞬間だった。
土橋章宏「決死剣」
慶応3年末、新選組を含めた幕府勢力は京都を引き払う。
永倉新八は、愛する内妻の小常を亡くし、生後まもない娘お磯とも別れ、戦いに臨む覚悟を決める。
負傷した近藤勇、病状が進んだ沖田総司は、戦列を離れた。
布陣した伏見で戦端が開かれると、ここを死に場所と定めた新八は、獅子奮迅の戦いを繰り広げる。
新八にとって、時流も政治も思想も関係ない。剣を極め、信頼する仲間とともに戦うこと、先行きはわからなくても命あるかぎり今を生きることが、何より大切だった――
戦いの描写は迫力満点。
沖田が得意の三段突きを凌駕する必殺技を繰り出したり、新八が剣で薩摩の銃隊を圧倒したり、アクション映画的な味わいがある。
鳥羽・伏見戦争の場面で、新政府方の先込ミニエー銃に対し、新選組は火縄銃を装備している。
幕末、短期間に銃器が目覚ましく発展したのは事実。とはいえ、火縄銃から一足飛びにミニエー銃が導入されたわけではない。時期や地域によって、ゲベール銃やヤーゲル銃が用いられもしたし、幕府方にもミニエー銃・ドライゼ銃・シャスポー銃などを導入していた部隊はあった。
幕府や会津藩が軍制改革を進めていたのだから、新選組もゲベール銃くらいは装備していたと思う。
戊辰戦争で火縄銃が投入されたのは、軍備が遅れていた小藩の勢力、もしくは装備や人員が極端に不足した局面ではなかろうか。
新八の、同志たちと別れても戦いぬき、時代の移り変わりを見つめつつ、己の生を全うした生涯。
本人に「死に遅れた」という思いはあったかもしれないが、亡き盟友たちの分まで生きた、と感じられた。
天野純希「死にぞこないの剣」
会津にやってきた斎藤一は、土方歳三の代理として新選組隊長の任に就く。
松平容保に初めて親しく言葉をかけられ、この主君のために戦おうと決意を新たにした。
白河の攻防戦では、同盟軍の一翼を担って戦い、敵を退ける。しかしその後、新たに着任した総督の指揮が振るわず、劣勢に陥り撤退を余儀なくされた。
次いで、母成峠の守備につく。ところが、傷が癒えて戦線に復帰した土方は、会津藩の敗北を予言する。
曰く、兵員不足の母成峠は突破され、城下戦になる。そうなれば同盟は瓦解するだろう。
「会津を出て蝦夷地へ渡り、徳川旧臣による新政権を樹立する」という壮大な計画に誘われ、一の心は迷う。
やがて、霧を衝き山中の険路を踏破した敵軍が、猛攻を開始する。応戦する守備勢だが――
斎藤一の視点から、会津戦争の苦しさが描写される。
軍事能力より家柄を重視した同盟側の人事。たとえ能力があろうと、軽格者の進言は採用されない。
それらが影響して敗色が濃くなると、ついに心が離れていく者も出る。
このような状況の中、一が敢えて会津に残り戦い続けるに至った理由は、単純だけれども深く大きい。
土方は、合理的な判断から見切りをつけ、新天地を求める。
ただ本作では、一と対比させるため、このように描かれているのだろう。
実際のところ、当初は救援要請が第一だったと思われる。最初から旧幕海軍との合流が目的ならば、新選組を大鳥圭介に預けて米沢方面へ向かう必要はなかった。
戊辰戦争後、明治を生きる一の心境には、土橋章宏「決死剣」の永倉新八に似通ったものを感じた。
性格や生き方はそれぞれ違っても、生き残り幹部としての精神には共通項がありそうだ。
戦後にこのふたりが会ったとしたら、どんな話をしたのか……そんな想像をせずにいられない。
木下昌輝「慈母のごとく」
土方歳三は、鳥羽・伏見の戦場で、旧幕将兵の士気がまったく振るわず、逃げ出すさまを多く目撃する。
やはり鬼となって叱咤激励する指揮官がいなければ、勝てはしない。己は、部下に怯懦の振る舞いを許さない。
近藤勇は、そんな歳三を「厳しいだけでは人はついてこない」と諫める。
それでも歳三は、自分の正しさを信じて疑わなかった。
流山で敵に包囲された時、近藤は指揮官として責任を取り、武士として死ぬため、切腹しようとする。
それを止めた歳三は、一か八かの起死回生に賭け、新政府方へ出頭せよと勧める。
やむなく応じた近藤は、別れ際、歳三にある「約束」をさせるのだった――
「鬼」と畏れられた土方歳三が、戊辰戦争の中で「仏」に変わり部下たちから慕われるようになった経緯の裏には、近藤勇との「約束」があった、という物語。
歳三は、近藤を死なせた償いとして「約束」を守るが、最後の戦いでは破らなければと心に決めた。
ところが激戦の最中、目の当たりにしたのは、歳三のそんな思いとはまったく裏腹な光景だったのだ。
予測が外れてむしろ良かったと思わせる結末が、切なくも温かい。
脇役の野村利三郎と島田魁が、それぞれ妙味を見せている。
野村は、意欲的だけれど強情な性格。何かにつけ他人の非を糺しては叱りつける。しかし、戦いでは常に危険な役回りを引き受けるので、人望がある。
島田は、野村をかつての歳三に似ていると評するが、歳三は「俺はあんな馬鹿じゃない」と不満顔。
そして宮古湾海戦では、やはり野村が真っ先に敵艦へ飛び込んでゆくのだった。
歳三が宇都宮戦で味方の兵を斬ったこと、二股台場山で部下たちを労ったこと、いつしか子に慕われる「慈母」の如く配下の者たちに慕われたこと、箱館市街戦で「退く者は斬る」と宣言したことなど、多くの史料や通説を採り入れつつ、巧みに独自の展開へ落とし込んでいる。
その手法は、『人魚ノ肉』でも活かされていた。
---
収録作品の初出は、『日刊ゲンダイ』2016年11月8日~2017年5月1日。
本書は2017年5月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。電子書籍もある。

作家6人は、葉室麟、門井慶喜、小松エメル、土橋章宏、天野純希、木下昌輝。
本書の責任表示にも「著者」として6人が列記されている。ただ、当記事タイトルには全員を書き切れないので、便宜的に最初と最後の2人を挙げた。悪しからずご了承いただきたい。
収録作品6編は、以下のとおり。
葉室麟「鬼火」
沖田総司は、少年期の忌まわしい体験によって心的外傷を負う。
以来、感情をうまく表わせない、人に心を許すことができない性格となり、そのまま成長した。
試衛館一党が浪士組に加わって京に上った後、残留者同士の間で勢力争いが起きる。
邪魔者を粛清するよう命じられた総司だが、敵に後れを取ってしまう。その危機を救ったのは芹沢鴨だった。
芹沢は、壬生浪士組を土台に「尊王義軍」を組織しようと、様々な方策を果敢に断行していく。
一方、富商からの押し借り、大坂力士との乱闘事件、大和屋焼き討ち事件などで、乱暴者と恐れられた。
芹沢の優しさを知る総司は、彼の生き方に惹かれ、その行く末を見届けたいと思う。ところが――
本作の沖田総司は、周囲の人間に心から打ち解けられない。土方歳三に対しても、常に距離をおいている。
そんな総司が、芹沢鴨に対して単なる親愛以上の感情を抱く展開は、珍しいと思う。
本作の芹沢鴨は、武田耕雲斎や藤田小四郎と連携して攘夷を実行するため、浪士組に加わった。
壬生浪士組を「尊王義軍」にするため、戦闘集団として組織編成し、鉄の規律を設けたのも芹沢である。既成の作品では、土方が組織編成や法度の制定を行なったとされる例が多い。しかし、本作では「農民出身の近藤や土方にできることではなかった」と記述されている。
芹沢が有栖川宮に接近したのも、攘夷を実行するための一方策。
これほど具体的な目標を持ち、ひたすら努力・邁進する芹沢の人物造形は、ユニークで興味深い。
ちなみに、作者が新選組を描いた作品に、篠原泰之進を主人公とする長編『影踏み鬼』がある。
作者はおそらく、近藤・土方体制に従わない人物のほうが好きなのだろう。
門井慶喜「戦いを避ける」
元治元年6月5日の夜。
近藤勇は、わずかな人数を率いて、池田屋へ御用改めに立ち寄る。
思いがけずここが過激志士らの会合場所と知ったとたん、不本意ながら戦闘に突入してしまう。
焦燥の中、養子の周平が一刻も早くこの場へやってくるよう、ひたすら念じた。
近藤が谷三兄弟の末弟・喬太郎こと周平を養子に迎えたのは、ある大きな計画のためであった。
それは、この皇国(日本)を革めること、そのため新選組を強力な組織に仕立てて資することに他ならない。
やがて土方歳三のグループが駆けつけ、周平もようやく姿を現すが――
大坂にある谷道場を、近藤と原田左之助が訪問する場面が印象的。
本作の谷三十郎は、備中松山の元藩士というより、まるで「浪花の商人」。近藤とのやりとりがユーモラス。
万太郎と喬太郎が評価されると、すかさず自分も売り込む抜け目なさに、近藤もたじたじ。
近藤と周平との関係を描く小説は複数あるが、本作の場合は、板倉勝静(老中、備中松山藩主)が関連した新選組増強計画のあたりにオリジナリティを感じる。
司馬遼太郎「槍は宝蔵院流」、早乙女貢「槍の三十郎」、小松エメル「流木」などと読み比べるのも面白い。
また、近藤の熱しやすく醒めやすい性格は、作者の『新選組颯爽録』にも描かれている。
小松エメル「足りぬ月」
藤堂平助は、幼少期「藤堂和泉守の御落胤」を口実に実母から厄介払いされた、と信じて成長した。
人に必要なのは才と運。運はあれど才が今ひとつ及ばない己には、才のある誰かが必要だった。
山南敬助と出会い、彼の力量を頼みにして、いつか成功を得ようと決める。
山南の伝手で知りあった伊東甲子太郎は、さらに優れた容姿と文武の才を持つ魅力的な人物であった。
それに引き換え、近藤勇は剣・学問・要領・容姿いずれも秀でたもののない凡庸な人物、と目に映る。
やがて「夜道を照らす月」とも頼んだ山南を失った時、伊東を新選組にぜひ入隊させようと企図する――
本作の平助は、複雑な生い立ちから、人間関係を益になるか否かで判断する習慣がある。
損得ぬきの信頼なぞ理想論に過ぎないと思ってきたが、心の奥底では何よりそれを渇望していた。
プライドが高い一方で自己評価の低い平助が、それを自覚しないまま人生を模索する姿は、苦しく切ない。
得がたいものを得ようとする努力は大切だが、すでに得たものの価値に気づかず投げ捨てて「もっと素晴らしい何か」を探し求める生き方は不幸だ。
ただ、それは平助に限った話ではなく、人はこうした面を多かれ少なかれ持っている気がする。
こういう人柄の平助を、卑小な者ではなく共感できる主人公として描いた、作者の力量を感じる。
そのほか、近藤勇、伊東甲子太郎、斎藤一といった脇役の人物も魅力的。
作者の『夢の燈影』『総司の夢』とのつながりを見出すのも、楽しめると思う。
「足りぬ月」というタイトルは、少しだけ欠けた姿の月を意味している。
昨年12月13日の当方ツイートを引用しておく↓
【慶応3年11月18日=1867年12月13日・京都の夜空】
現地時刻で月出18:54、月没9:10(翌日)、月齢16.9(右側が少し欠けている)。
嵯峨實愛の日記によると、18日は晴れて雲が南へ行くのが見えたとか。
油小路事件の時、雲さえ無ければ月もよく見えたはず。
>>Twitter「誠の栞」@bkmakoto 2016/12/13
完璧なものだけに価値があるのではなく、多少不足があっても素晴らしいものは素晴らしい。
そのことに平助が気づいたのは、命が尽きようとする瞬間だった。
土橋章宏「決死剣」
慶応3年末、新選組を含めた幕府勢力は京都を引き払う。
永倉新八は、愛する内妻の小常を亡くし、生後まもない娘お磯とも別れ、戦いに臨む覚悟を決める。
負傷した近藤勇、病状が進んだ沖田総司は、戦列を離れた。
布陣した伏見で戦端が開かれると、ここを死に場所と定めた新八は、獅子奮迅の戦いを繰り広げる。
新八にとって、時流も政治も思想も関係ない。剣を極め、信頼する仲間とともに戦うこと、先行きはわからなくても命あるかぎり今を生きることが、何より大切だった――
戦いの描写は迫力満点。
沖田が得意の三段突きを凌駕する必殺技を繰り出したり、新八が剣で薩摩の銃隊を圧倒したり、アクション映画的な味わいがある。
鳥羽・伏見戦争の場面で、新政府方の先込ミニエー銃に対し、新選組は火縄銃を装備している。
幕末、短期間に銃器が目覚ましく発展したのは事実。とはいえ、火縄銃から一足飛びにミニエー銃が導入されたわけではない。時期や地域によって、ゲベール銃やヤーゲル銃が用いられもしたし、幕府方にもミニエー銃・ドライゼ銃・シャスポー銃などを導入していた部隊はあった。
幕府や会津藩が軍制改革を進めていたのだから、新選組もゲベール銃くらいは装備していたと思う。
戊辰戦争で火縄銃が投入されたのは、軍備が遅れていた小藩の勢力、もしくは装備や人員が極端に不足した局面ではなかろうか。
新八の、同志たちと別れても戦いぬき、時代の移り変わりを見つめつつ、己の生を全うした生涯。
本人に「死に遅れた」という思いはあったかもしれないが、亡き盟友たちの分まで生きた、と感じられた。
天野純希「死にぞこないの剣」
会津にやってきた斎藤一は、土方歳三の代理として新選組隊長の任に就く。
松平容保に初めて親しく言葉をかけられ、この主君のために戦おうと決意を新たにした。
白河の攻防戦では、同盟軍の一翼を担って戦い、敵を退ける。しかしその後、新たに着任した総督の指揮が振るわず、劣勢に陥り撤退を余儀なくされた。
次いで、母成峠の守備につく。ところが、傷が癒えて戦線に復帰した土方は、会津藩の敗北を予言する。
曰く、兵員不足の母成峠は突破され、城下戦になる。そうなれば同盟は瓦解するだろう。
「会津を出て蝦夷地へ渡り、徳川旧臣による新政権を樹立する」という壮大な計画に誘われ、一の心は迷う。
やがて、霧を衝き山中の険路を踏破した敵軍が、猛攻を開始する。応戦する守備勢だが――
斎藤一の視点から、会津戦争の苦しさが描写される。
軍事能力より家柄を重視した同盟側の人事。たとえ能力があろうと、軽格者の進言は採用されない。
それらが影響して敗色が濃くなると、ついに心が離れていく者も出る。
このような状況の中、一が敢えて会津に残り戦い続けるに至った理由は、単純だけれども深く大きい。
土方は、合理的な判断から見切りをつけ、新天地を求める。
ただ本作では、一と対比させるため、このように描かれているのだろう。
実際のところ、当初は救援要請が第一だったと思われる。最初から旧幕海軍との合流が目的ならば、新選組を大鳥圭介に預けて米沢方面へ向かう必要はなかった。
戊辰戦争後、明治を生きる一の心境には、土橋章宏「決死剣」の永倉新八に似通ったものを感じた。
性格や生き方はそれぞれ違っても、生き残り幹部としての精神には共通項がありそうだ。
戦後にこのふたりが会ったとしたら、どんな話をしたのか……そんな想像をせずにいられない。
木下昌輝「慈母のごとく」
土方歳三は、鳥羽・伏見の戦場で、旧幕将兵の士気がまったく振るわず、逃げ出すさまを多く目撃する。
やはり鬼となって叱咤激励する指揮官がいなければ、勝てはしない。己は、部下に怯懦の振る舞いを許さない。
近藤勇は、そんな歳三を「厳しいだけでは人はついてこない」と諫める。
それでも歳三は、自分の正しさを信じて疑わなかった。
流山で敵に包囲された時、近藤は指揮官として責任を取り、武士として死ぬため、切腹しようとする。
それを止めた歳三は、一か八かの起死回生に賭け、新政府方へ出頭せよと勧める。
やむなく応じた近藤は、別れ際、歳三にある「約束」をさせるのだった――
「鬼」と畏れられた土方歳三が、戊辰戦争の中で「仏」に変わり部下たちから慕われるようになった経緯の裏には、近藤勇との「約束」があった、という物語。
歳三は、近藤を死なせた償いとして「約束」を守るが、最後の戦いでは破らなければと心に決めた。
ところが激戦の最中、目の当たりにしたのは、歳三のそんな思いとはまったく裏腹な光景だったのだ。
予測が外れてむしろ良かったと思わせる結末が、切なくも温かい。
脇役の野村利三郎と島田魁が、それぞれ妙味を見せている。
野村は、意欲的だけれど強情な性格。何かにつけ他人の非を糺しては叱りつける。しかし、戦いでは常に危険な役回りを引き受けるので、人望がある。
島田は、野村をかつての歳三に似ていると評するが、歳三は「俺はあんな馬鹿じゃない」と不満顔。
そして宮古湾海戦では、やはり野村が真っ先に敵艦へ飛び込んでゆくのだった。
歳三が宇都宮戦で味方の兵を斬ったこと、二股台場山で部下たちを労ったこと、いつしか子に慕われる「慈母」の如く配下の者たちに慕われたこと、箱館市街戦で「退く者は斬る」と宣言したことなど、多くの史料や通説を採り入れつつ、巧みに独自の展開へ落とし込んでいる。
その手法は、『人魚ノ肉』でも活かされていた。
---
収録作品の初出は、『日刊ゲンダイ』2016年11月8日~2017年5月1日。
本書は2017年5月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。電子書籍もある。
![]() |

- 短編小説の関連記事
-
- 秋山香乃『新撰組捕物帖』 (2016/09/03)
- 戸川幸夫『仇討ち遺聞』 (2011/11/16)
- 森満喜子『沖田総司抄』 (2015/10/08)
門井慶喜『新選組颯爽録』
短編小説集。タイトル読みは「しんせんぐみさっそうろく」。
新選組隊士たちの等身大の人物像と、その生き方、心の内を描き出す全6編。
「馬術師範」
安富才助は、大坪流馬術を修めていたため、入隊7ヶ月にして馬術師範に任命された。
それを嫉んだ阿部十郎は、剣術試合で恥をかかせたり、陰で嫌がらせをしたり、何かと才助に絡んでくる。
ある時、才助は近藤勇に請われて馬術を教えることに。
しかし、その稽古の日々も、土方歳三から勘定方を命じられたことで終わりを告げた。
かつて隊を脱けて赦された阿部は、伊東甲子太郎の分離脱退に従い、またも新選組を出ていくが……
本作の安富才助は、地道な努力家で、決して驕らず腐らない好人物。
それに対して阿部十郎は、信念がなく損得勘定に囚われる小人物、と設定されている。
才助が近藤に馬術を教えたのは短期間であったけれども、このことが後に近藤の危機を救った、という展開は巧みで、感動的と言える。伏見戦争で才助が阿部と対決する場面も、手に汗握る展開で面白い。
安富才助は維新後、東京で阿部に殺されたという通説が専らだったが、実際は郷里の備中足守へ帰って亡くなった。このことは、本作にも反映されている。
ちなみに馬術は、江戸期には武士の出世に無関係のため、まったく人気のない武芸であったという。
また、身分的に騎馬を許されたのは、旗本や隊の指揮者など上級武士のみ。
新選組の場合、組頭(副長助勤)以上の幹部だけが資格を有したと考えられる。
本書を楽しむのとは別に、こうした歴史的背景も知っておくとよいかもしれない。
瑣末なことながら、「四斤山砲」に「よんきんさんぽう」と読みがなをふってある。
実際は「しきんさんぽう」が正しい。(※参考:大森洋平『考証要集』)
「芹沢鴨の暗殺」
何かと世を騒がせる有名人の芹沢鴨と、まったく無名の近藤勇ら試衛館一党が、浪士組をきっかけに出会い、ともに京都で壬生浪士組を発足させる。
やがて、芹沢の素行の悪さを会津藩が問題視するようになり、排除の内意を示す。
しかし近藤は、芹沢を「天下の国士」と信頼し、庇うのだった。
土方歳三は、新選組という組織を維持していくため、そして試衛館派が組織を掌握するために芹沢を除きたいと思うが、近藤の意向を無視してまで手を出すわけにいかず、時機を待つ。
その時は意外に早く訪れた。8月18日の政変をきっかけに、近藤はそれまでの気持ちを大きく変える……
ずっと芹沢を重んじてきた近藤が、排除を推進する側へと豹変する。
動機がいかにも近藤らしく、また、人の心の移ろいやすさがリアルに描かれている。
沖田総司は、芹沢の剣技に注目し、自分も負けまいと対抗心を燃やす。
隊内政治にはまったく関心が無く、ただ強者と戦い制することに夢中なのは、やはり彼らしい。
「密偵の天才」
長州の陪臣だった村山謙吉は、藩内抗争のため命を狙われて脱藩し、新選組に入隊する。
そこで命じられたのは、間者として、中岡慎太郎率いる土佐陸援隊に潜入することだった。
陸援隊には、御陵衛士から送り込まれた水野八郎(前名は橋本皆助)がいた。
小心者の村山は、度胸があり有能な水野にはとても敵わない、と感じる。
そんなある夜、新選組の伍長・久万山要人が斬殺された。犯人が陸援隊の高落喜三郎であることを、ダブルスパイの水野から聞いた山崎烝は、水野に命じて高落を誘い出させる。
久万山が殺された場所で、高落を待ち構えていたのは沖田総司だった。
作中、人相書(手配書)に似顔絵が描かれている。
実際の人相書には、対象人物の特徴を言葉で説明してあるだけで、似顔絵はない。
作者はそうと知った上で、ストーリー展開の確実を期すためこのように書いたのだろうか。
村山謙吉が陸援隊に潜入したこと、間者とばれないよう新選組に別件逮捕されたこと、水野八郎が御陵衛士から陸援隊に送り込まれたことなどは、ほぼ事実。
本作は、それらを活かし、虚々実々の諜報合戦を描いている。
村山謙吉と水野八郎、それぞれがたどった運命の違いが興味深い。
「よわむし歳三」
土方歳三が、天然理心流三代目宗家の近藤周助に入門を願い出たのは、安政6年のことだった。
周助の跡継ぎ勝太(後の近藤勇)も沖田総司も、歳三には素質が乏しいとみなして賛成しない。
しかし、後援者・佐藤彦五郎の口添えがあるため、周助は断り切れず、入門を許した。
これを快く思わない原田左之助は、出稽古についていき、歳三を試合で叩きのめそうとして、勝太に叱られる。
惨敗した歳三は、左之助を石田村に呼び、牛革草の収穫作業を見せる。
歳三の合理的な人使いには、左之助も感心せざるをえない。
その用兵術は、やがて新選組に大きく役立つことになる。
左之助が歳三よりも半年早く試衛館に入門した兄弟子、ということになっている。
実際には、左之助は食客であって、門人ではない。
郷里松山を出奔したのは安政5年で、遅くとも文久2年には江戸の試衛館にいたようだが、当時の諸記録における存在感は歳三に比べるとだいぶ薄い。多摩へ出稽古に行った、という史料も見当たらない。
左之助は郷里の「松山」で谷万太郎に槍術を学んだ、というくだりもある。
しかし、左之助は「伊予松山」、谷万太郎は「備中松山」と出身地が違うので、ありえない話だ。
実際のところ、万太郎に槍術を学んだのは、試衛館に来る前、大坂の谷道場においてであろう。
槍術の修得にはそれなりの年月を要するはずで、歳三の入門よりも早く試衛館に来ていた可能性はさらに低い、と言わざるをえない。
歳三に剣才がない、という設定にも疑問を感じた。
もし本当にそうだとすれば、万延元年「武術英名録」に名前が載ることはなかろうし、文久3年4月16日に松平容保の前で武技を披露した顔ぶれに加わることもなかったろう。
天然理心流の稽古では特別に太い木刀を使用する、と作中に述べられている。
巷間に広く流布している説でもあるが、事実とは言い難いようだ。
真剣での戦いを想定して稽古する以上、木刀も真剣に近い重さ、柄の太さでなければならない。
特別に太い木刀は、筋力を鍛えるための素振りに使ったもの、とする説が順当であろう。
「石田散薬」の原料となる牛革草(ミゾソバ)の収穫作業について、さまざまに工夫されているのは面白い。
また、人はたとえ欠点があっても得意分野で才能を発揮できればよい、というテーマには深く共感できる。
「新選組の事務官」
尾形俊太郎は、武芸は苦手だが国学の教養があったため、草創直後の壬生浪士組に加盟した。
しかし入隊後、「学問だけの臆病者」という理由で近藤勇に粛清された殿内義雄の存在を知り、震え上がる。
事務方にもっと有能な者が入れば、自分も粛清されてしまうのでは…と怯えつつ、できるだけの仕事はしようと、隊士名簿や隊務日誌の作成に励むのだった。
そんな時、軍学者の武田観柳斎が入隊し、池田屋事件で手柄をあげる。
いよいよ取って代わられるかと覚悟する俊太郎だったが……
本作の尾形俊太郎は、もともと生活のために新選組に入隊したが、仕事ぶりは至って真面目。
それなのに、武芸が不得手なためにまったく評価されず蔑視されるという、不遇な役回り。
しかし、その地道な仕事が役立つ日が来るのだった。
対する武田観柳斎は、宣伝と保身が巧いだけで、武芸も学問も大した実力はない人物、と設定されている。
そういう観柳斎にのせられてしまう井上源三郎、決して許さない沖田総司、といった対応の違いが面白い。
最後に、観柳斎は『新選組始末記』と同様、斎藤一と篠原泰之進に斬られる。
日時は、作中には明示されないが、諸研究家の間では慶応3年6月22日説が有力。
その約3ヶ月前、斎藤も篠原も御陵衛士に移籍しており、新選組隊士としてこの暗殺を実行するはずはない。
あるいは作者は、観柳斎死亡が慶応2年9月28日という説を採ったのだろうか。
尾形俊太郎について、会津で新選組を離れて以降の消息がはっきりしなかったが、郷里の熊本に帰っていたことが近年判明した。それを反映させた本作の締めくくりは、余韻を感じさせる。
「新選組の事務官はみな早死にしている」という作者の主張も面白い。
ただ、これを定説として確立するには、「事務官」の定義をさらに明確にしていく必要があるだろう。
「ざんこく総司」
文久2年の暮れ、試衛館一党に浪士組加盟の話がもたらされた時、沖田総司は不参加を表明した。
彼には沖田家を継ぐ可能性が残されていたため、江戸へ残らざるをえなかったのだ。
しかし、山南敬助は総司の本心を見抜き、加盟の理由が立つよう、八百長試合を仕組んだ。
総司は、その八百長にはのらなかったものの、山南の厚意に応えて加盟を決意する。
上京後、豪商・岩城升屋を強請ろうとした不逞浪士らとの戦いで、山南は左肘に重傷を負う。
傷が癒えても、その剣の威力は大幅に低下していた。以来、山南が剣を執ることはなくなり……
導入部、テキ屋の路上賭博に総司が興じる場面は、時代の空気を感じさせて面白い。
総司と山南との関係は、多くの作家に取り上げられてきた題材である。
本作では、健康を失った(もしくは失っていく)者同士の共感に主眼が置かれている。
脱走した山南を連れ戻し、切腹の介錯をした総司は、涙を流さなかった。
それは、決して酷薄な心情の持ち主だからではない。
自身もやがて戦えなくなることを予感し、山南の姿が自らの行く末と重なって思えたからであり、そういう己の運命を嘆いて泣く気になれなかったからであろう。
作中、壬生で近隣の子供たちと遊んでやったのは、総司ではなく、山南だった。
子供たちは山南を慕って「しんせつ者は山南、さんなん」と歌う。
これは、『新選組物語』所収「壬生心中」の「親切者は山南松原」というくだりをアレンジしたのだろう。
---
全体として、「歴史上の英雄」ではなく身近にいそうな人物たちが、弱みや欠点を抱えながらも、激動の時代を前向きに生きていく様子が描かれており、読後感は良い。
人物と人物との対比によってそれぞれの特徴が際立つところも、印象的でわかりやすい。
気になるのは、人物や出来事や当時の制度・慣習について、よく調査・反映されている箇所とそうでない箇所とがあること。その落差が大きく、アンバランスな印象を免れない。
ストーリーは面白いのに惜しいと思い、この記事もつい辛めになってしまった。
そもそも本書を読んでみようと思ったきっかけは、『週刊朝日』2016年1月1-8日号の「決定2015年歴史・時代小説ベスト10」である。記事中、評論家・縄田一男が下記のとおり解説していた。
言われてみると『新選組血風録』にも史実に沿っていないところはある。それなのに、なんとなく納得させられてしまう。歴史・時代小説のリアリティとは、不思議なものだ。
本作が今後もシリーズとして続くのなら、ぜひ新しい定番を確立して欲しい。
いっそうのレベルアップを期待する。
それぞれの収録作は、『小説宝石』の各号を初出とする。
「馬術師範」 2013年10月号
「芹沢鴨の暗殺」 2013年12月号
「密偵の天才」 2014年3月号
「よわむし歳三」 2014年6月号
「新選組の事務官」 2014年9月号
「ざんこく総司」 2015年1月号
2015年、光文社より単行本(四六判ソフトカバー)が刊行された。
2018年、光文社文庫版が刊行された。
単行本6編のほか、「戦いを避ける」を加え、全7編を収録している。「戦いを避ける」は、アンソロジー『決戦!新選組』から転載された短編。
ごく一部に加筆・修正がある様子。


新選組隊士たちの等身大の人物像と、その生き方、心の内を描き出す全6編。
「馬術師範」
安富才助は、大坪流馬術を修めていたため、入隊7ヶ月にして馬術師範に任命された。
それを嫉んだ阿部十郎は、剣術試合で恥をかかせたり、陰で嫌がらせをしたり、何かと才助に絡んでくる。
ある時、才助は近藤勇に請われて馬術を教えることに。
しかし、その稽古の日々も、土方歳三から勘定方を命じられたことで終わりを告げた。
かつて隊を脱けて赦された阿部は、伊東甲子太郎の分離脱退に従い、またも新選組を出ていくが……
本作の安富才助は、地道な努力家で、決して驕らず腐らない好人物。
それに対して阿部十郎は、信念がなく損得勘定に囚われる小人物、と設定されている。
才助が近藤に馬術を教えたのは短期間であったけれども、このことが後に近藤の危機を救った、という展開は巧みで、感動的と言える。伏見戦争で才助が阿部と対決する場面も、手に汗握る展開で面白い。
安富才助は維新後、東京で阿部に殺されたという通説が専らだったが、実際は郷里の備中足守へ帰って亡くなった。このことは、本作にも反映されている。
ちなみに馬術は、江戸期には武士の出世に無関係のため、まったく人気のない武芸であったという。
また、身分的に騎馬を許されたのは、旗本や隊の指揮者など上級武士のみ。
新選組の場合、組頭(副長助勤)以上の幹部だけが資格を有したと考えられる。
本書を楽しむのとは別に、こうした歴史的背景も知っておくとよいかもしれない。
瑣末なことながら、「四斤山砲」に「よんきんさんぽう」と読みがなをふってある。
実際は「しきんさんぽう」が正しい。(※参考:大森洋平『考証要集』)
「芹沢鴨の暗殺」
何かと世を騒がせる有名人の芹沢鴨と、まったく無名の近藤勇ら試衛館一党が、浪士組をきっかけに出会い、ともに京都で壬生浪士組を発足させる。
やがて、芹沢の素行の悪さを会津藩が問題視するようになり、排除の内意を示す。
しかし近藤は、芹沢を「天下の国士」と信頼し、庇うのだった。
土方歳三は、新選組という組織を維持していくため、そして試衛館派が組織を掌握するために芹沢を除きたいと思うが、近藤の意向を無視してまで手を出すわけにいかず、時機を待つ。
その時は意外に早く訪れた。8月18日の政変をきっかけに、近藤はそれまでの気持ちを大きく変える……
ずっと芹沢を重んじてきた近藤が、排除を推進する側へと豹変する。
動機がいかにも近藤らしく、また、人の心の移ろいやすさがリアルに描かれている。
沖田総司は、芹沢の剣技に注目し、自分も負けまいと対抗心を燃やす。
隊内政治にはまったく関心が無く、ただ強者と戦い制することに夢中なのは、やはり彼らしい。
「密偵の天才」
長州の陪臣だった村山謙吉は、藩内抗争のため命を狙われて脱藩し、新選組に入隊する。
そこで命じられたのは、間者として、中岡慎太郎率いる土佐陸援隊に潜入することだった。
陸援隊には、御陵衛士から送り込まれた水野八郎(前名は橋本皆助)がいた。
小心者の村山は、度胸があり有能な水野にはとても敵わない、と感じる。
そんなある夜、新選組の伍長・久万山要人が斬殺された。犯人が陸援隊の高落喜三郎であることを、ダブルスパイの水野から聞いた山崎烝は、水野に命じて高落を誘い出させる。
久万山が殺された場所で、高落を待ち構えていたのは沖田総司だった。
作中、人相書(手配書)に似顔絵が描かれている。
実際の人相書には、対象人物の特徴を言葉で説明してあるだけで、似顔絵はない。
作者はそうと知った上で、ストーリー展開の確実を期すためこのように書いたのだろうか。
村山謙吉が陸援隊に潜入したこと、間者とばれないよう新選組に別件逮捕されたこと、水野八郎が御陵衛士から陸援隊に送り込まれたことなどは、ほぼ事実。
本作は、それらを活かし、虚々実々の諜報合戦を描いている。
村山謙吉と水野八郎、それぞれがたどった運命の違いが興味深い。
「よわむし歳三」
土方歳三が、天然理心流三代目宗家の近藤周助に入門を願い出たのは、安政6年のことだった。
周助の跡継ぎ勝太(後の近藤勇)も沖田総司も、歳三には素質が乏しいとみなして賛成しない。
しかし、後援者・佐藤彦五郎の口添えがあるため、周助は断り切れず、入門を許した。
これを快く思わない原田左之助は、出稽古についていき、歳三を試合で叩きのめそうとして、勝太に叱られる。
惨敗した歳三は、左之助を石田村に呼び、牛革草の収穫作業を見せる。
歳三の合理的な人使いには、左之助も感心せざるをえない。
その用兵術は、やがて新選組に大きく役立つことになる。
左之助が歳三よりも半年早く試衛館に入門した兄弟子、ということになっている。
実際には、左之助は食客であって、門人ではない。
郷里松山を出奔したのは安政5年で、遅くとも文久2年には江戸の試衛館にいたようだが、当時の諸記録における存在感は歳三に比べるとだいぶ薄い。多摩へ出稽古に行った、という史料も見当たらない。
左之助は郷里の「松山」で谷万太郎に槍術を学んだ、というくだりもある。
しかし、左之助は「伊予松山」、谷万太郎は「備中松山」と出身地が違うので、ありえない話だ。
実際のところ、万太郎に槍術を学んだのは、試衛館に来る前、大坂の谷道場においてであろう。
槍術の修得にはそれなりの年月を要するはずで、歳三の入門よりも早く試衛館に来ていた可能性はさらに低い、と言わざるをえない。
歳三に剣才がない、という設定にも疑問を感じた。
もし本当にそうだとすれば、万延元年「武術英名録」に名前が載ることはなかろうし、文久3年4月16日に松平容保の前で武技を披露した顔ぶれに加わることもなかったろう。
天然理心流の稽古では特別に太い木刀を使用する、と作中に述べられている。
巷間に広く流布している説でもあるが、事実とは言い難いようだ。
真剣での戦いを想定して稽古する以上、木刀も真剣に近い重さ、柄の太さでなければならない。
特別に太い木刀は、筋力を鍛えるための素振りに使ったもの、とする説が順当であろう。
「石田散薬」の原料となる牛革草(ミゾソバ)の収穫作業について、さまざまに工夫されているのは面白い。
また、人はたとえ欠点があっても得意分野で才能を発揮できればよい、というテーマには深く共感できる。
「新選組の事務官」
尾形俊太郎は、武芸は苦手だが国学の教養があったため、草創直後の壬生浪士組に加盟した。
しかし入隊後、「学問だけの臆病者」という理由で近藤勇に粛清された殿内義雄の存在を知り、震え上がる。
事務方にもっと有能な者が入れば、自分も粛清されてしまうのでは…と怯えつつ、できるだけの仕事はしようと、隊士名簿や隊務日誌の作成に励むのだった。
そんな時、軍学者の武田観柳斎が入隊し、池田屋事件で手柄をあげる。
いよいよ取って代わられるかと覚悟する俊太郎だったが……
本作の尾形俊太郎は、もともと生活のために新選組に入隊したが、仕事ぶりは至って真面目。
それなのに、武芸が不得手なためにまったく評価されず蔑視されるという、不遇な役回り。
しかし、その地道な仕事が役立つ日が来るのだった。
対する武田観柳斎は、宣伝と保身が巧いだけで、武芸も学問も大した実力はない人物、と設定されている。
そういう観柳斎にのせられてしまう井上源三郎、決して許さない沖田総司、といった対応の違いが面白い。
最後に、観柳斎は『新選組始末記』と同様、斎藤一と篠原泰之進に斬られる。
日時は、作中には明示されないが、諸研究家の間では慶応3年6月22日説が有力。
その約3ヶ月前、斎藤も篠原も御陵衛士に移籍しており、新選組隊士としてこの暗殺を実行するはずはない。
あるいは作者は、観柳斎死亡が慶応2年9月28日という説を採ったのだろうか。
尾形俊太郎について、会津で新選組を離れて以降の消息がはっきりしなかったが、郷里の熊本に帰っていたことが近年判明した。それを反映させた本作の締めくくりは、余韻を感じさせる。
「新選組の事務官はみな早死にしている」という作者の主張も面白い。
ただ、これを定説として確立するには、「事務官」の定義をさらに明確にしていく必要があるだろう。
「ざんこく総司」
文久2年の暮れ、試衛館一党に浪士組加盟の話がもたらされた時、沖田総司は不参加を表明した。
彼には沖田家を継ぐ可能性が残されていたため、江戸へ残らざるをえなかったのだ。
しかし、山南敬助は総司の本心を見抜き、加盟の理由が立つよう、八百長試合を仕組んだ。
総司は、その八百長にはのらなかったものの、山南の厚意に応えて加盟を決意する。
上京後、豪商・岩城升屋を強請ろうとした不逞浪士らとの戦いで、山南は左肘に重傷を負う。
傷が癒えても、その剣の威力は大幅に低下していた。以来、山南が剣を執ることはなくなり……
導入部、テキ屋の路上賭博に総司が興じる場面は、時代の空気を感じさせて面白い。
総司と山南との関係は、多くの作家に取り上げられてきた題材である。
本作では、健康を失った(もしくは失っていく)者同士の共感に主眼が置かれている。
脱走した山南を連れ戻し、切腹の介錯をした総司は、涙を流さなかった。
それは、決して酷薄な心情の持ち主だからではない。
自身もやがて戦えなくなることを予感し、山南の姿が自らの行く末と重なって思えたからであり、そういう己の運命を嘆いて泣く気になれなかったからであろう。
作中、壬生で近隣の子供たちと遊んでやったのは、総司ではなく、山南だった。
子供たちは山南を慕って「しんせつ者は山南、さんなん」と歌う。
これは、『新選組物語』所収「壬生心中」の「親切者は山南松原」というくだりをアレンジしたのだろう。
---
全体として、「歴史上の英雄」ではなく身近にいそうな人物たちが、弱みや欠点を抱えながらも、激動の時代を前向きに生きていく様子が描かれており、読後感は良い。
人物と人物との対比によってそれぞれの特徴が際立つところも、印象的でわかりやすい。
気になるのは、人物や出来事や当時の制度・慣習について、よく調査・反映されている箇所とそうでない箇所とがあること。その落差が大きく、アンバランスな印象を免れない。
ストーリーは面白いのに惜しいと思い、この記事もつい辛めになってしまった。
そもそも本書を読んでみようと思ったきっかけは、『週刊朝日』2016年1月1-8日号の「決定2015年歴史・時代小説ベスト10」である。記事中、評論家・縄田一男が下記のとおり解説していた。
2015年は司馬遼太郎を意識した野心作がかなりあったんですね。
この『新選組颯爽録』の仮想敵は『新選組血風録』です。
人を操ることにはすぐれていても剣にコンプレックスをもった土方歳三とか。
人間の負の側面が作品に出てくるのです。
それでも彼らは颯爽と生きている。新選組ものの新しい定番になるのではないでしょうか。
この『新選組颯爽録』の仮想敵は『新選組血風録』です。
人を操ることにはすぐれていても剣にコンプレックスをもった土方歳三とか。
人間の負の側面が作品に出てくるのです。
それでも彼らは颯爽と生きている。新選組ものの新しい定番になるのではないでしょうか。
言われてみると『新選組血風録』にも史実に沿っていないところはある。それなのに、なんとなく納得させられてしまう。歴史・時代小説のリアリティとは、不思議なものだ。
本作が今後もシリーズとして続くのなら、ぜひ新しい定番を確立して欲しい。
いっそうのレベルアップを期待する。
それぞれの収録作は、『小説宝石』の各号を初出とする。
「馬術師範」 2013年10月号
「芹沢鴨の暗殺」 2013年12月号
「密偵の天才」 2014年3月号
「よわむし歳三」 2014年6月号
「新選組の事務官」 2014年9月号
「ざんこく総司」 2015年1月号
2015年、光文社より単行本(四六判ソフトカバー)が刊行された。
2018年、光文社文庫版が刊行された。
単行本6編のほか、「戦いを避ける」を加え、全7編を収録している。「戦いを避ける」は、アンソロジー『決戦!新選組』から転載された短編。
ごく一部に加筆・修正がある様子。
![]() |

![]() |

- 短編小説の関連記事
-
- 羽山信樹『幕末刺客列伝』 (2011/11/22)
- 司馬遼太郎『新選組血風録』 (2011/09/22)
- 風巻絃一『斬りすて浪人』 (2011/12/09)
細谷正充編『誠の旗がゆく』
アンソロジー。副題『新選組傑作選』。
14人の作家による、新選組を主題とした短編小説を収録している。
収録作品は、当ブログですでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。
池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。
詳細は池波正太郎「ごろんぼ佐之助」を参照。
宇能鴻一郎「豪剣ありき」
浪士組責任者である松平忠敏の目から見た、芹沢鴨の豪勇ぶりと、新選組結成の経緯を描く。
詳細は、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。
長部日出雄「近藤勇の最期」
近藤勇の、甲州勝沼戦争から刑死するまでの言動と心境を、主に永倉新八の視点から描く。
詳細は、長部日出雄「近藤勇の最期」を参照。
北原亞以子「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、夫をうしない、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
詳細は、北原亞以子『埋もれ火』を参照。
神坂次郎「影男」
佐久間象山の遺児・恪二郎が、新選組に入隊するも脱走する顛末と、その後の人生。
詳しくは、神坂次郎『幕末を駆ける』を参照。
子母澤寛「隊中美男五人衆」
新選組の中で特に美男子と称された楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人について実録ふうに描いている。取材によって得た情報に、創作を交えたものらしい。
底本については、子母澤寛『新選組物語』を参照。
津本陽「密偵」
新選組隊士・中島登の奮戦を、油小路事件から甲州勝沼戦争にかけて描く。
詳しくは、津本陽『密偵』を参照。
東郷隆「墨染」
御陵衛士残党の阿部十郎らが、近藤勇を墨染で襲撃する経緯を描く。
詳しくは、東郷隆「墨染」を参照。
中村彰彦「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、箱館降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。
羽山信樹「総司の眸」
兄とも慕う山南敬助と、その内妻お光との間に立って、ふたりの愛憎に戸惑う沖田総司の苦悩。
詳しくは、羽山信樹『幕末刺客列伝』を参照。
火坂雅志「祇園の女」
藤堂平助が、芸妓の君香と出会い休息所に迎えるものの、その愛の重さに耐えられなくなっていく。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。
藤本義一「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、新選組隊士・横倉甚五郎との、哀しい恋の結末。
詳しくは、藤本義一『壬生の女たち』を参照。
船山馨「雨夜の暗殺」
佐野七五三之助らが、新選組から御陵衛士への移籍を画策するものの、悲劇的な結末に至る。
詳しくは、船山馨『幕末の暗殺者』を参照。
三好徹「さらば新選組」
土方歳三の人物像を、近藤勇との対比によって解き明かそうとする。小説ふうの評伝というべきか。
詳しくは、三好徹『さらば新選組』を参照。
各作品の主人公は新選組隊士やその関係者だが、多様な人々を登場させた一冊となっている。
古典的名作から異色作まで、充実のラインアップ。
本書の紹介は、今まで藤本義一『壬生の女たち』の記事中に載せていた。
しかし、何かと不便なので、改めて独立記事とした次第である。ご了承いただきたい。
2003年、集英社より文庫本として刊行された。

[追記 2021/01/23]
2020年、集英社文庫の再編集版が刊行された。収録されたのは、以下10編。
池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
宇能鴻一郎「豪剣ありき」
長部日出雄「近藤勇の最期」
北原亞以子「武士の妻」
子母澤寛「隊中美男五人衆」
津本陽「密偵」
中村彰彦「巨体倒るとも」
羽山信樹「総司の眸」
火坂雅志「祇園の女」
三好徹「さらば新選組」
つまり、旧版から神坂次郎「影男」、東郷隆「墨染」、藤本義一「夕焼けの中に消えた」、船山馨「雨夜の暗殺」の4編が割愛されている。活字を大きくしたものの、ページ数を増やせず収録量を減らした結果と思われる。

14人の作家による、新選組を主題とした短編小説を収録している。
収録作品は、当ブログですでに紹介済みのため、以下のとおりまとめ記事とする。
池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
自尊心が強く一本気な美丈夫、原田佐之助の痛快一代記。
詳細は池波正太郎「ごろんぼ佐之助」を参照。
宇能鴻一郎「豪剣ありき」
浪士組責任者である松平忠敏の目から見た、芹沢鴨の豪勇ぶりと、新選組結成の経緯を描く。
詳細は、宇能鴻一郎『斬殺集団』を参照。
長部日出雄「近藤勇の最期」
近藤勇の、甲州勝沼戦争から刑死するまでの言動と心境を、主に永倉新八の視点から描く。
詳細は、長部日出雄「近藤勇の最期」を参照。
北原亞以子「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、夫をうしない、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
詳細は、北原亞以子『埋もれ火』を参照。
神坂次郎「影男」
佐久間象山の遺児・恪二郎が、新選組に入隊するも脱走する顛末と、その後の人生。
詳しくは、神坂次郎『幕末を駆ける』を参照。
子母澤寛「隊中美男五人衆」
新選組の中で特に美男子と称された楠小十郎、馬越三郎、山野八十八、佐々木愛次郎、馬詰柳太郎の5人について実録ふうに描いている。取材によって得た情報に、創作を交えたものらしい。
底本については、子母澤寛『新選組物語』を参照。
津本陽「密偵」
新選組隊士・中島登の奮戦を、油小路事件から甲州勝沼戦争にかけて描く。
詳しくは、津本陽『密偵』を参照。
東郷隆「墨染」
御陵衛士残党の阿部十郎らが、近藤勇を墨染で襲撃する経緯を描く。
詳しくは、東郷隆「墨染」を参照。
中村彰彦「巨体倒るとも」
新選組伍長・島田魁が、箱館降伏後に来し方を振り返り、明治期を生きて世を去るまで。
詳しくは、中村彰彦『新選組秘帖』を参照。
羽山信樹「総司の眸」
兄とも慕う山南敬助と、その内妻お光との間に立って、ふたりの愛憎に戸惑う沖田総司の苦悩。
詳しくは、羽山信樹『幕末刺客列伝』を参照。
火坂雅志「祇園の女」
藤堂平助が、芸妓の君香と出会い休息所に迎えるものの、その愛の重さに耐えられなくなっていく。
詳しくは、火坂雅志『新選組魔道剣』を参照。
藤本義一「夕焼けの中に消えた」
床伝の娘おみのと、新選組隊士・横倉甚五郎との、哀しい恋の結末。
詳しくは、藤本義一『壬生の女たち』を参照。
船山馨「雨夜の暗殺」
佐野七五三之助らが、新選組から御陵衛士への移籍を画策するものの、悲劇的な結末に至る。
詳しくは、船山馨『幕末の暗殺者』を参照。
三好徹「さらば新選組」
土方歳三の人物像を、近藤勇との対比によって解き明かそうとする。小説ふうの評伝というべきか。
詳しくは、三好徹『さらば新選組』を参照。
各作品の主人公は新選組隊士やその関係者だが、多様な人々を登場させた一冊となっている。
古典的名作から異色作まで、充実のラインアップ。
本書の紹介は、今まで藤本義一『壬生の女たち』の記事中に載せていた。
しかし、何かと不便なので、改めて独立記事とした次第である。ご了承いただきたい。
2003年、集英社より文庫本として刊行された。
![]() |

[追記 2021/01/23]
2020年、集英社文庫の再編集版が刊行された。収録されたのは、以下10編。
池波正太郎「ごろんぼ佐之助」
宇能鴻一郎「豪剣ありき」
長部日出雄「近藤勇の最期」
北原亞以子「武士の妻」
子母澤寛「隊中美男五人衆」
津本陽「密偵」
中村彰彦「巨体倒るとも」
羽山信樹「総司の眸」
火坂雅志「祇園の女」
三好徹「さらば新選組」
つまり、旧版から神坂次郎「影男」、東郷隆「墨染」、藤本義一「夕焼けの中に消えた」、船山馨「雨夜の暗殺」の4編が割愛されている。活字を大きくしたものの、ページ数を増やせず収録量を減らした結果と思われる。
![]() |

- 短編小説の関連記事
-
- 早乙女貢『竜馬を斬った男』 (2012/01/31)
- 国枝史郎「甲州鎮撫隊」 (2017/08/30)
- 羽山信樹『幕末刺客列伝』 (2011/11/22)
童門冬二『新撰組の女たち』
長編小説。新撰組の面々と、彼らに関わった女たちとを中心として、在京期の新撰組の姿を、さらに幕末維新という時代を描き出す。
新撰組隊士の色恋、女性関係に焦点を当てた作品、もしくは作品集は多い。
すぐ思いつくものをざっと挙げただけでも、下記のとおり。ちなみに、すべて短編(もしくは短編集)である。
藤本義一『壬生の女たち』
南原幹雄『新選組情婦伝』
江宮隆之『女たちの新選組 花期花会』
童門冬二『維新の女たち』所収「地獄 芹沢うめ」「屈折 近藤たか」
早乙女貢『志士の女たち』所収「蚊帳の中」
船山馨『幕末の女たち』所収「真葛ヶ原心中」「ながれ藻」
北原亞以子『埋もれ火』所収「波」「武士の妻」
〃 『降りしきる』所収「降りしきる」
徳永真一郎『江戸妖女伝』所収「火遊び」「女と金と侍」「悲恋の明里」「沖田総司の恋」
司馬遼太郎『新選組血風録』所収「沖田総司の恋」
おそらくこれ以外にも存在するだろう。
上記の中には扇情的描写が多いものもあるが、本作ではそういう要素は薄い。
また、本作は短編でなく長編小説だが、複数のカップルを登場させ、それぞれの愛の形を描いているところは、短編連作と同じ系統に属すると考えてよいと思う。
本作に描かれる男女関係は、以下のとおり。子母澤寛の新選組三部作に着想を得たものが多い。
沖田総司&お糸
お糸は壬生村の子守娘。声が美しく、歌が上手い。
壬生寺の境内で、子供らに交じって遊ぶ沖田と親しくなり、憧れにも似た恋心を抱くようになる。また、沖田が労咳を患っていると知って、密かに胸を痛める。
沖田もまた、お糸の美しい歌声に幾度となく心を慰められる。
お糸は本作の主人公でもあり、以下の男女の様々な局面を目撃する。
また終章では、明治期に壬生を訪ねてきた佐藤俊宣(土方歳三の甥)から、新撰組隊士たちのその後の消息を聞かされる。
芹沢鴨&お梅
菱屋太兵衛の妾お梅は、太兵衛の言いつけで、芹沢が買った衣服の代金を催促しに来た。
芹沢は、お梅の美貌と菱屋への当てつけから、強引に関係を持った。しかしお梅は、芹沢の秘めた人間性に惹かれていく。
一方の芹沢は、佐々木愛次郎の恋人あぐりを横取りしようと画策、見かねたお梅が窘めても聞く耳を持たない。
そんなふたりを、悲劇的な結末が待ち受けていた。
近藤勇がお梅を芹沢と同じ墓に埋葬させなかった理由に、独自の設定がされている。
曰く、芹沢は、商家からの押し借りによって隊の運営費を調達していた。近藤らは、芹沢の行為を批判しながらも結果的には依存していた。お梅がそれを指摘したため、近藤のプライドが傷ついたのだという。
少々穿ちすぎのようにも感じるが、口に出せないからこそ腹立たしいという心理描写は興味深い。
佐々木愛次郎&あぐり
子母澤寛『新選組物語』所収「隊中美男五人衆」を題材とする。
佐々木は色白の美男、あぐりは界隈で評判の美人、対の人形のように似合いのカップル。
しかし芹沢があぐりに横恋慕。追い詰められたふたりは、佐伯亦三郎に勧められて駆け落ちしようとするが…
ふたりが知りあったきっかけを「ある出来事」としか書いていないので、何だか気になってしまった。
書かないのだったら気を持たせないで、「ふとしたことで」などと誤魔化してくれたほうがいい。
田内知&おころ
子母澤寛『新選組始末記』『新選組物語』所収の関連エピソードを題材とする。
田内は、幹部ではなく平隊士であるにもかかわらず、八条村に妾を囲っていた。
妾のおころという名は、本人が考えた名乗りで、由来はころ柿(干し柿)。「渋皮をむかれて、陰干しにされて、さんざん苦労して甘味のある柿になる」ところが自分に似ている、などと称する。
気が強く我儘なおころは、田内をさんざん翻弄。田内も、いつしかそれが快感となってしまう。
おころの浮気に気づきながら証拠を押さえられずにいた彼は、ある日…
子母澤寛作品に女の名は出てこないので、おころというのは作者の創作だろう。しかし、名前の由来は干し柿でなくてすぐ転ぶところでは、と思えるくらいに放埒でエネルギッシュな様は、いっそ清々しい(笑)
切腹の介錯役は、『新選組物語』では谷三十郎だが、本作では武田観柳斎となっている。作者はおそらく、ここで武田凋落の理由を作っておきたかったのだろう。
ちなみに、司馬遼太郎もこの田内知の逸話をアレンジして『新選組血風録』の「海仙寺党異聞」を書いている。
松原忠司&安西某の未亡人
子母澤寛『新選組物語』所収「壬生心中」を題材とする。
些細な争いから相手を斬殺してしまった松原は、その事実を打ち明けられないまま未亡人や遺児と親しくなり、その愛着と自己嫌悪との板挟みとなって苦しむ。
松原の降格が、田内の心にますます暗い影を落とす。そして、田内の死を目の当たりにした松原は、自らの不始末を精算しようと決意したらしい。この連鎖反応的な展開は巧いと感じた。
未亡人宅の異変に気づいて知らせたのはお糸、という設定になっている。
山南敬助&明里
子母澤寛『新選組遺聞』所収「池田屋斬込前後」を題材とする。
明里は島原の天神(太夫に次ぐ娼妓の位)だったが、落籍されて中堂寺村の休息所に住まう。
山南は他の幹部らが休息所を保つことに批判的だったが、沖田や藤堂平助、井上源三郎らが山南のためを思ってお膳立てしたのだった。
土方歳三との確執に疲れ切った山南は、明里と過ごす時間に安らぎを覚えるものの、その苦悩を吐露することはない。明里は山南のため様々に尽くすが…
作者が山南を好きなせいか、『新選組遺聞』よりだいぶ詳しいストーリーとなっている。
山南の死後、郊外にひとりで暮らす明里を気遣って、沖田やお糸が何度か訪問する描写もある。
近藤勇&ツネ
ツネは万延元年に嫁ぎ、近藤が京へ上ってからは留守宅を守り、舅・周斎の世話にも気を配ってきた。
結婚の際に「慎ましやかで、養父によく仕え、貞淑な妻になるだろう」と望まれた時は嬉しかったものの、今にして思えば夫の勝手放題を許すためなのか、と虚しくなる。
そんな時、近藤が将軍上洛を幕閣に要請すべく、また隊士を新規募集すべく、東下してくる。
御用繁多と言いつつ複数の女に接している近藤に対して、恨みに思いながら何も言えないツネの心情がリアルであり、ユーモアとペーソスを感じさせる。
江戸では堅物だった夫が変わってしまったのは土方の影響か、と疑うくだりが可笑しい。
原田左之助&まさ子
子母澤寛『新選組遺聞』所収「原田左之助」に着想を得たと思われる話。
菅原まさ子は、仏光寺前に住む商人の娘。原田左之助に嫁ぐことになって、幼馴染みのお龍に「壬生浪は人斬りや、そないな男と一緒になってどないするのや」となじられ、喧嘩してしまう。
このお龍は、後に坂本龍馬の妻となるのだった。
原田は、まさ子を正式な妻として迎える。同僚たちは、こういう時勢だから後腐れのない関係にしておけばいいのに、と忠告。しかし原田は「後腐れを作ったからこそ、日々の隊務に力が入るんだ」と主張する。
まさ子が産んだ赤児(長男の茂)を、お糸がお守りする。
また、まさ子とお龍が旧知の間柄という設定は、藤本義一『壬生の女たち』所収「吹く風の中に生きた」にも見られる。
山崎蒸&おみの
子母澤寛『新選組物語』所収「隊士絶命記」に着想を得たらしい話。
髪結い職人の床伝は、土方歳三に雇われて密かに反幕派を探っていた。
その娘おみのも、女ならではの手管を用い、情報を得ては新撰組に提供した。そうした行為をむしろ楽しんでいたのに、山崎蒸を本気で好きになり苦しむ。
一方、反幕浪士らも情報漏洩は床伝父娘の仕業、と気づく。
山崎には妻がいたそうだが、本作では独身と設定されている模様。
ただ、明日をも知れない我が身を思うと、おみのの気持ちに応えることができない。
このほか、土方歳三、永倉新八、山野八十八の女性関係についても言及がある。
恋愛関係とは言えないが、若い隊士たちと、彼らが姉のように慕う太田垣連月尼との交流も面白い。
新撰組以外では、桂小五郎の女性関係にも触れた箇所がある。
祇園の茶屋に仲居として働くお伊都が、桂を新撰組から守ろうとする顛末は、藤本義一『壬生の女たち』所収「尻まくりお伊都」の展開とよく似ている。
ストーリーの合間に、京都の各所をはじめ舞台となった土地(出石・多摩・上関・下関など)の地誌や習俗などを説明する部分もあり、エッセイふう豆知識といった感じ。
作者の考察や雑感もあり、それなりに興味深い。ただ、やや疑問を感じる箇所もある。
たとえば、「新撰組ファンには年齢的なサイクルがあって、中学生から高校初年頃が最高潮で、やがて潮が引くように去って行く」とある。これは一面の事実ではあると思うが、いつまでも去らずファンであり続ける人々もいるわけで、その存在を知ってか知らずか無視するのはいかがなものだろう。
ちなみに、このような人々は増えつつあるようで、関連イベントでは老若男女の姿を見かける。
それでも、作者の認識は一貫して変わっていないらしい。2013年5月8日放送、BS-TBS「日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒」にゲスト出演した時は「土方歳三のファンは、中2から高2の女の子ばっかり。大学受験が近づくと皆どっか行っちゃう」と発言したとか。
しかし、土方歳三忌にでも実際に参加してみれば、そんなことは言えないはずだ(笑)
ストーリー全体として、純朴な隊士たちが複雑な政情や慣れない土地に戸惑いつつ、任務に恋に青春を燃焼させるものの、やがて歴史の激流に取り残され、古き時代とともに滅びていく様子は切ない。
そんな彼らを見守り、支え、あるいは一緒に滅びていく女たちの姿もまた哀切に満ちている。
本作は、朝日新聞社より単行本(1982)が出版され、旺文社から文庫本(1985)が刊行された。



新撰組隊士の色恋、女性関係に焦点を当てた作品、もしくは作品集は多い。
すぐ思いつくものをざっと挙げただけでも、下記のとおり。ちなみに、すべて短編(もしくは短編集)である。
藤本義一『壬生の女たち』
南原幹雄『新選組情婦伝』
江宮隆之『女たちの新選組 花期花会』
童門冬二『維新の女たち』所収「地獄 芹沢うめ」「屈折 近藤たか」
早乙女貢『志士の女たち』所収「蚊帳の中」
船山馨『幕末の女たち』所収「真葛ヶ原心中」「ながれ藻」
北原亞以子『埋もれ火』所収「波」「武士の妻」
〃 『降りしきる』所収「降りしきる」
徳永真一郎『江戸妖女伝』所収「火遊び」「女と金と侍」「悲恋の明里」「沖田総司の恋」
司馬遼太郎『新選組血風録』所収「沖田総司の恋」
おそらくこれ以外にも存在するだろう。
上記の中には扇情的描写が多いものもあるが、本作ではそういう要素は薄い。
また、本作は短編でなく長編小説だが、複数のカップルを登場させ、それぞれの愛の形を描いているところは、短編連作と同じ系統に属すると考えてよいと思う。
本作に描かれる男女関係は、以下のとおり。子母澤寛の新選組三部作に着想を得たものが多い。
沖田総司&お糸
お糸は壬生村の子守娘。声が美しく、歌が上手い。
壬生寺の境内で、子供らに交じって遊ぶ沖田と親しくなり、憧れにも似た恋心を抱くようになる。また、沖田が労咳を患っていると知って、密かに胸を痛める。
沖田もまた、お糸の美しい歌声に幾度となく心を慰められる。
お糸は本作の主人公でもあり、以下の男女の様々な局面を目撃する。
また終章では、明治期に壬生を訪ねてきた佐藤俊宣(土方歳三の甥)から、新撰組隊士たちのその後の消息を聞かされる。
芹沢鴨&お梅
菱屋太兵衛の妾お梅は、太兵衛の言いつけで、芹沢が買った衣服の代金を催促しに来た。
芹沢は、お梅の美貌と菱屋への当てつけから、強引に関係を持った。しかしお梅は、芹沢の秘めた人間性に惹かれていく。
一方の芹沢は、佐々木愛次郎の恋人あぐりを横取りしようと画策、見かねたお梅が窘めても聞く耳を持たない。
そんなふたりを、悲劇的な結末が待ち受けていた。
近藤勇がお梅を芹沢と同じ墓に埋葬させなかった理由に、独自の設定がされている。
曰く、芹沢は、商家からの押し借りによって隊の運営費を調達していた。近藤らは、芹沢の行為を批判しながらも結果的には依存していた。お梅がそれを指摘したため、近藤のプライドが傷ついたのだという。
少々穿ちすぎのようにも感じるが、口に出せないからこそ腹立たしいという心理描写は興味深い。
佐々木愛次郎&あぐり
子母澤寛『新選組物語』所収「隊中美男五人衆」を題材とする。
佐々木は色白の美男、あぐりは界隈で評判の美人、対の人形のように似合いのカップル。
しかし芹沢があぐりに横恋慕。追い詰められたふたりは、佐伯亦三郎に勧められて駆け落ちしようとするが…
ふたりが知りあったきっかけを「ある出来事」としか書いていないので、何だか気になってしまった。
書かないのだったら気を持たせないで、「ふとしたことで」などと誤魔化してくれたほうがいい。
田内知&おころ
子母澤寛『新選組始末記』『新選組物語』所収の関連エピソードを題材とする。
田内は、幹部ではなく平隊士であるにもかかわらず、八条村に妾を囲っていた。
妾のおころという名は、本人が考えた名乗りで、由来はころ柿(干し柿)。「渋皮をむかれて、陰干しにされて、さんざん苦労して甘味のある柿になる」ところが自分に似ている、などと称する。
気が強く我儘なおころは、田内をさんざん翻弄。田内も、いつしかそれが快感となってしまう。
おころの浮気に気づきながら証拠を押さえられずにいた彼は、ある日…
子母澤寛作品に女の名は出てこないので、おころというのは作者の創作だろう。しかし、名前の由来は干し柿でなくてすぐ転ぶところでは、と思えるくらいに放埒でエネルギッシュな様は、いっそ清々しい(笑)
切腹の介錯役は、『新選組物語』では谷三十郎だが、本作では武田観柳斎となっている。作者はおそらく、ここで武田凋落の理由を作っておきたかったのだろう。
ちなみに、司馬遼太郎もこの田内知の逸話をアレンジして『新選組血風録』の「海仙寺党異聞」を書いている。
松原忠司&安西某の未亡人
子母澤寛『新選組物語』所収「壬生心中」を題材とする。
些細な争いから相手を斬殺してしまった松原は、その事実を打ち明けられないまま未亡人や遺児と親しくなり、その愛着と自己嫌悪との板挟みとなって苦しむ。
松原の降格が、田内の心にますます暗い影を落とす。そして、田内の死を目の当たりにした松原は、自らの不始末を精算しようと決意したらしい。この連鎖反応的な展開は巧いと感じた。
未亡人宅の異変に気づいて知らせたのはお糸、という設定になっている。
山南敬助&明里
子母澤寛『新選組遺聞』所収「池田屋斬込前後」を題材とする。
明里は島原の天神(太夫に次ぐ娼妓の位)だったが、落籍されて中堂寺村の休息所に住まう。
山南は他の幹部らが休息所を保つことに批判的だったが、沖田や藤堂平助、井上源三郎らが山南のためを思ってお膳立てしたのだった。
土方歳三との確執に疲れ切った山南は、明里と過ごす時間に安らぎを覚えるものの、その苦悩を吐露することはない。明里は山南のため様々に尽くすが…
作者が山南を好きなせいか、『新選組遺聞』よりだいぶ詳しいストーリーとなっている。
山南の死後、郊外にひとりで暮らす明里を気遣って、沖田やお糸が何度か訪問する描写もある。
近藤勇&ツネ
ツネは万延元年に嫁ぎ、近藤が京へ上ってからは留守宅を守り、舅・周斎の世話にも気を配ってきた。
結婚の際に「慎ましやかで、養父によく仕え、貞淑な妻になるだろう」と望まれた時は嬉しかったものの、今にして思えば夫の勝手放題を許すためなのか、と虚しくなる。
そんな時、近藤が将軍上洛を幕閣に要請すべく、また隊士を新規募集すべく、東下してくる。
御用繁多と言いつつ複数の女に接している近藤に対して、恨みに思いながら何も言えないツネの心情がリアルであり、ユーモアとペーソスを感じさせる。
江戸では堅物だった夫が変わってしまったのは土方の影響か、と疑うくだりが可笑しい。
原田左之助&まさ子
子母澤寛『新選組遺聞』所収「原田左之助」に着想を得たと思われる話。
菅原まさ子は、仏光寺前に住む商人の娘。原田左之助に嫁ぐことになって、幼馴染みのお龍に「壬生浪は人斬りや、そないな男と一緒になってどないするのや」となじられ、喧嘩してしまう。
このお龍は、後に坂本龍馬の妻となるのだった。
原田は、まさ子を正式な妻として迎える。同僚たちは、こういう時勢だから後腐れのない関係にしておけばいいのに、と忠告。しかし原田は「後腐れを作ったからこそ、日々の隊務に力が入るんだ」と主張する。
まさ子が産んだ赤児(長男の茂)を、お糸がお守りする。
また、まさ子とお龍が旧知の間柄という設定は、藤本義一『壬生の女たち』所収「吹く風の中に生きた」にも見られる。
山崎蒸&おみの
子母澤寛『新選組物語』所収「隊士絶命記」に着想を得たらしい話。
髪結い職人の床伝は、土方歳三に雇われて密かに反幕派を探っていた。
その娘おみのも、女ならではの手管を用い、情報を得ては新撰組に提供した。そうした行為をむしろ楽しんでいたのに、山崎蒸を本気で好きになり苦しむ。
一方、反幕浪士らも情報漏洩は床伝父娘の仕業、と気づく。
山崎には妻がいたそうだが、本作では独身と設定されている模様。
ただ、明日をも知れない我が身を思うと、おみのの気持ちに応えることができない。
このほか、土方歳三、永倉新八、山野八十八の女性関係についても言及がある。
恋愛関係とは言えないが、若い隊士たちと、彼らが姉のように慕う太田垣連月尼との交流も面白い。
新撰組以外では、桂小五郎の女性関係にも触れた箇所がある。
祇園の茶屋に仲居として働くお伊都が、桂を新撰組から守ろうとする顛末は、藤本義一『壬生の女たち』所収「尻まくりお伊都」の展開とよく似ている。
ストーリーの合間に、京都の各所をはじめ舞台となった土地(出石・多摩・上関・下関など)の地誌や習俗などを説明する部分もあり、エッセイふう豆知識といった感じ。
作者の考察や雑感もあり、それなりに興味深い。ただ、やや疑問を感じる箇所もある。
たとえば、「新撰組ファンには年齢的なサイクルがあって、中学生から高校初年頃が最高潮で、やがて潮が引くように去って行く」とある。これは一面の事実ではあると思うが、いつまでも去らずファンであり続ける人々もいるわけで、その存在を知ってか知らずか無視するのはいかがなものだろう。
ちなみに、このような人々は増えつつあるようで、関連イベントでは老若男女の姿を見かける。
それでも、作者の認識は一貫して変わっていないらしい。2013年5月8日放送、BS-TBS「日本史探究スペシャル ライバルたちの光芒」にゲスト出演した時は「土方歳三のファンは、中2から高2の女の子ばっかり。大学受験が近づくと皆どっか行っちゃう」と発言したとか。
しかし、土方歳三忌にでも実際に参加してみれば、そんなことは言えないはずだ(笑)
ストーリー全体として、純朴な隊士たちが複雑な政情や慣れない土地に戸惑いつつ、任務に恋に青春を燃焼させるものの、やがて歴史の激流に取り残され、古き時代とともに滅びていく様子は切ない。
そんな彼らを見守り、支え、あるいは一緒に滅びていく女たちの姿もまた哀切に満ちている。
本作は、朝日新聞社より単行本(1982)が出版され、旺文社から文庫本(1985)が刊行された。



- 長編小説の関連記事
-
- 南條範夫『十五代将軍 沖田総司外伝』 (2011/11/19)
- 童門冬二『新撰組が行く』 (2011/11/09)
- 大佛次郎『角兵衛獅子』 (2017/09/29)
山田風太郎『幕末妖人伝』
作者の幕末明治もの短編7作を収録した「時代短篇選集1」。
このうち、新選組が関わるのは「おれは不知火」「新選組の道化師」の2作品。
「おれは不知火」
※幕末妖人伝 第三話(初出時は第二話)「河上彦斎」(←作品末尾に付された副題、以下同)
元治元年7月、佐久間象山が何者かに暗殺される。
遺児・恪二郎は仇討ちを強く望み、会津藩士・山本覚馬の紹介で新選組に入隊した。
ところが、義理の伯父・勝海舟からの手紙により、犯人は肥後の河上彦斎であること、現在は長州藩内にいることを知る。
また、義母・順子も仇討ちを願い、自らの再婚相手・村上俊五郎と、女中・お酉を助っ人として差し向けてきた。恪二郎は、このふたりと連れだって旅立つ。
一方、河上彦斎は肥後へ戻り、藩論を反幕府へ転換させようと試みて投獄される。
保守派の重役は、恪二郎に彦斎を斬らせようとする。
佐久間恪二郎(三浦啓之助)は、子母澤寛「象山の伜」、神坂次郎「影(シャドウ・ボーイ)男」、戸部新十郎「大望の身」にも登場する人物。
これらでは、能力もないのにプライドばかり高いダメ二世と設定されているが、本作ではそうでもない。
新選組の実態に拒否感を覚えながらも真面目に勤務し、仇討ちの本懐を遂げようと努力を続ける。
また、村上俊五郎の存在がユニーク。本作では、剣の腕がありながら新内節が得意で、流しの芸人を巧みに装う、へらへらした男と描写されている。
永倉新八の証言(『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』)では、浪士組が上京する途次、山南敬助に余計なことを言って怒らせたという逸話の持ち主なのだが、かなりイメージが違う。
「新選組の道化師」
※(初出時は幕末妖人伝 第四話「芹沢鴨」)
常陸国行方郡芹ヶ沢の豪家の次男・木村継次は、神道無念流・戸ヶ崎熊太郎の道場で師範代を務める腕の持ち主。その理想は、「大義のために死ぬこと」だった。
戊午の密勅をきっかけとして井伊大老襲撃計画に加わるものの、郷士出身であることを理由に外される。次の安藤信正襲撃計画でもまた同様だった。
忌まわしい記憶に満ちた江戸を離れるべく、浪士組に加わり「芹沢鴨」と名を変えた彼は、京へ上る。
本作の芹沢鴨は、3日と置かず女色に接しないと正気を保てない、という困った体質の持ち主。
大義に命を捧げる願いが何度も挫折するのも、結局はこの体質が原因となっている。
芹沢が引き起こす厄介事をいつも後始末する新見錦が、なんとも甲斐甲斐しい。
また、芹沢が戸ヶ崎道場にいた頃から、近藤勇や土方歳三らと知り合いだった、という設定が面白い。土方はよく稽古のために訪ねていくが、近藤は剣呑なものを感じて避けている。
そのほか収録作品は、以下のとおり。
「からすがね検校」
※幕末妖人伝 第一話「男谷検校」
座頭の平蔵が、極貧から高利貸しとして成り上がっていく一方、将軍家指南役・柳生又右衛門と奇妙な因縁を持つ。石坂宋哲、柳生十兵衛、男谷精一郎、勝小吉も登場。
「ヤマトフの逃亡」
※幕末妖人伝 第二話「日本人ヤマトフ」
掛川藩太田家の家臣・立花久米蔵(蘭方医・立花耕斎)が、極端な開明論を唱えたために危険分子とみなされ、お尋ね者となって、壮絶な逃亡劇の果てに日本を脱出する顛末。
「首の座」
※幕末妖人伝 第四話「江藤新平」
慶応4年の浦上四番崩れを題材とした物語。九州鎮撫総督として長崎に着任した沢宣嘉は、キリシタンの中心人物である青年に改宗を迫り、苛烈な弾圧を加える。
部下の江藤新平は、沢がかつて生野の変から生き延びた顛末を突きつけ、笑ったものの…。
「東京南町奉行」
※幕末妖人伝 第五話(初出時は第一話)「鳥居耀蔵」
瓦解後、世の変わり様を悲憤慷慨してやまない林頑固斎は、その論の過激さと旧幕時代の辣腕によって周囲から恐れ疎まれていた。この林老人が、岩倉使節団に随行する青年の秘密計画を知って、自分自身すら思いも寄らなかった行動に出る。
木村毅(摂津守)、福沢諭吉、勝海舟なども登場する。
「伝馬町から今晩は」
※(初出時は幕末妖人伝 第三話「高野長英」)
伝馬町牢屋敷に投獄されていた高野長英が、火災による切放しをきっかけに脱走し、知る辺を次々と訪れる。脱走犯に関わった者達はことごとく破滅するが、長英は逃亡・潜伏を続ける。
いずれの作品も実際の出来事、実在の人物を題材としているが、ストーリーは虚実ないまぜ。
しかし、フィクションと割り切って楽しむなら、何の問題も無い。
事実でないとわかっていてもつい引き込まれてしまう、筋運びの巧さはさすがと感じる。
また、人間心理の不思議さ、運命の皮肉さを、よく描き出している。
巻末の編者(日下三蔵)解説によると、山田風太郎は1947年(昭和22)に作家デビュー。
1958年から約12年間、「忍法帖」シリーズを発表し、人気作家の地位を不動のものとする。
(『飛騨忍法帖』もその1作。)
1973年からは、明治期を題材とする伝奇小説に力を入れ、『警視庁草紙』『幻燈辻馬車』『地の果ての獄』『明治断頭台』『エドの舞踏会』などの長編名作を発表した。
その忍法帖から明治ものへ移行する過渡期の1971~73年、幕末明治期を扱った中・短編を多く書いており、それらは文芸誌に掲載の後、3冊の作品集(下記)にまとめられた。
『斬奸状は馬車に乗って』 講談社 1973
表題作ほか「笈ノ目万兵衛門外へ」「獣人の獄」「切腹禁止令」「大谷刑部は幕末に死ぬ」
『幕末妖人伝』 講談社 1974 (講談社ロマン・ブックス 1979)
「からすがね検校」「ヤマトフの逃亡」「おれは不知火」「首の座」「東京南町奉行」
『南無殺生三万人』 東京文芸社 1975
表題作ほか「非人八万騎」「伝馬町から今晩は」「陰萎将軍伝」「新選組の道化師」「明治暗黒星」
いずれも、作者の時代短編小説として高評価を得ている作品群である。後に明治もの長編小説を執筆する契機となった作品も含まれている。
これらの中から7作を選んで収録したのが、本項の主題書である小学館文庫『幕末妖人伝』 (2013)。
ちなみに、ほかの短編は同「時代短篇選集」シリーズ続巻『斬奸状は馬車に乗って』『明治かげろう俥』(2013)に収録されている。
「おれは不知火」は、前掲書以外には下記の書籍に収録される。
『東京南町奉行』 旺文社文庫 1987
『東京南町奉行』 大陸文庫 1989
『おれは不知火』 〈山田風太郎コレクション維新編〉 河出文庫 1993
『剣狼 幕末を駆けた七人の兵法者』(作家8名の作品集) 新潮文庫 2007
「新選組の道化師」は、同様に下記に収録。
『ヤマトフの逃亡』 〈山田風太郎傑作大全19〉 廣済堂文庫 1998
なお、「新選組の道化師」はマンガ化されている。
タイトルは同じく「新選組の道化師」、副題として「新選組初代局長・芹沢鴨物語」とある。
原作・山田風太郎、作画・田中憲による描き下ろし作品。
2004年、講談社コミッククリエイトよりKCピース・シリーズとして出版。
ストーリーは概ね原作小説に忠実ながら、主に土方歳三の視点から展開する、終章として新選組の末路と土方の死が描かれる、といったオリジナリティもある。


このうち、新選組が関わるのは「おれは不知火」「新選組の道化師」の2作品。
「おれは不知火」
※幕末妖人伝 第三話(初出時は第二話)「河上彦斎」(←作品末尾に付された副題、以下同)
元治元年7月、佐久間象山が何者かに暗殺される。
遺児・恪二郎は仇討ちを強く望み、会津藩士・山本覚馬の紹介で新選組に入隊した。
ところが、義理の伯父・勝海舟からの手紙により、犯人は肥後の河上彦斎であること、現在は長州藩内にいることを知る。
また、義母・順子も仇討ちを願い、自らの再婚相手・村上俊五郎と、女中・お酉を助っ人として差し向けてきた。恪二郎は、このふたりと連れだって旅立つ。
一方、河上彦斎は肥後へ戻り、藩論を反幕府へ転換させようと試みて投獄される。
保守派の重役は、恪二郎に彦斎を斬らせようとする。
佐久間恪二郎(三浦啓之助)は、子母澤寛「象山の伜」、神坂次郎「影(シャドウ・ボーイ)男」、戸部新十郎「大望の身」にも登場する人物。
これらでは、能力もないのにプライドばかり高いダメ二世と設定されているが、本作ではそうでもない。
新選組の実態に拒否感を覚えながらも真面目に勤務し、仇討ちの本懐を遂げようと努力を続ける。
また、村上俊五郎の存在がユニーク。本作では、剣の腕がありながら新内節が得意で、流しの芸人を巧みに装う、へらへらした男と描写されている。
永倉新八の証言(『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』)では、浪士組が上京する途次、山南敬助に余計なことを言って怒らせたという逸話の持ち主なのだが、かなりイメージが違う。
「新選組の道化師」
※(初出時は幕末妖人伝 第四話「芹沢鴨」)
常陸国行方郡芹ヶ沢の豪家の次男・木村継次は、神道無念流・戸ヶ崎熊太郎の道場で師範代を務める腕の持ち主。その理想は、「大義のために死ぬこと」だった。
戊午の密勅をきっかけとして井伊大老襲撃計画に加わるものの、郷士出身であることを理由に外される。次の安藤信正襲撃計画でもまた同様だった。
忌まわしい記憶に満ちた江戸を離れるべく、浪士組に加わり「芹沢鴨」と名を変えた彼は、京へ上る。
本作の芹沢鴨は、3日と置かず女色に接しないと正気を保てない、という困った体質の持ち主。
大義に命を捧げる願いが何度も挫折するのも、結局はこの体質が原因となっている。
芹沢が引き起こす厄介事をいつも後始末する新見錦が、なんとも甲斐甲斐しい。
また、芹沢が戸ヶ崎道場にいた頃から、近藤勇や土方歳三らと知り合いだった、という設定が面白い。土方はよく稽古のために訪ねていくが、近藤は剣呑なものを感じて避けている。
そのほか収録作品は、以下のとおり。
「からすがね検校」
※幕末妖人伝 第一話「男谷検校」
座頭の平蔵が、極貧から高利貸しとして成り上がっていく一方、将軍家指南役・柳生又右衛門と奇妙な因縁を持つ。石坂宋哲、柳生十兵衛、男谷精一郎、勝小吉も登場。
「ヤマトフの逃亡」
※幕末妖人伝 第二話「日本人ヤマトフ」
掛川藩太田家の家臣・立花久米蔵(蘭方医・立花耕斎)が、極端な開明論を唱えたために危険分子とみなされ、お尋ね者となって、壮絶な逃亡劇の果てに日本を脱出する顛末。
「首の座」
※幕末妖人伝 第四話「江藤新平」
慶応4年の浦上四番崩れを題材とした物語。九州鎮撫総督として長崎に着任した沢宣嘉は、キリシタンの中心人物である青年に改宗を迫り、苛烈な弾圧を加える。
部下の江藤新平は、沢がかつて生野の変から生き延びた顛末を突きつけ、笑ったものの…。
「東京南町奉行」
※幕末妖人伝 第五話(初出時は第一話)「鳥居耀蔵」
瓦解後、世の変わり様を悲憤慷慨してやまない林頑固斎は、その論の過激さと旧幕時代の辣腕によって周囲から恐れ疎まれていた。この林老人が、岩倉使節団に随行する青年の秘密計画を知って、自分自身すら思いも寄らなかった行動に出る。
木村毅(摂津守)、福沢諭吉、勝海舟なども登場する。
「伝馬町から今晩は」
※(初出時は幕末妖人伝 第三話「高野長英」)
伝馬町牢屋敷に投獄されていた高野長英が、火災による切放しをきっかけに脱走し、知る辺を次々と訪れる。脱走犯に関わった者達はことごとく破滅するが、長英は逃亡・潜伏を続ける。
いずれの作品も実際の出来事、実在の人物を題材としているが、ストーリーは虚実ないまぜ。
しかし、フィクションと割り切って楽しむなら、何の問題も無い。
事実でないとわかっていてもつい引き込まれてしまう、筋運びの巧さはさすがと感じる。
また、人間心理の不思議さ、運命の皮肉さを、よく描き出している。
巻末の編者(日下三蔵)解説によると、山田風太郎は1947年(昭和22)に作家デビュー。
1958年から約12年間、「忍法帖」シリーズを発表し、人気作家の地位を不動のものとする。
(『飛騨忍法帖』もその1作。)
1973年からは、明治期を題材とする伝奇小説に力を入れ、『警視庁草紙』『幻燈辻馬車』『地の果ての獄』『明治断頭台』『エドの舞踏会』などの長編名作を発表した。
その忍法帖から明治ものへ移行する過渡期の1971~73年、幕末明治期を扱った中・短編を多く書いており、それらは文芸誌に掲載の後、3冊の作品集(下記)にまとめられた。
『斬奸状は馬車に乗って』 講談社 1973
表題作ほか「笈ノ目万兵衛門外へ」「獣人の獄」「切腹禁止令」「大谷刑部は幕末に死ぬ」
『幕末妖人伝』 講談社 1974 (講談社ロマン・ブックス 1979)
「からすがね検校」「ヤマトフの逃亡」「おれは不知火」「首の座」「東京南町奉行」
『南無殺生三万人』 東京文芸社 1975
表題作ほか「非人八万騎」「伝馬町から今晩は」「陰萎将軍伝」「新選組の道化師」「明治暗黒星」
いずれも、作者の時代短編小説として高評価を得ている作品群である。後に明治もの長編小説を執筆する契機となった作品も含まれている。
これらの中から7作を選んで収録したのが、本項の主題書である小学館文庫『幕末妖人伝』 (2013)。
ちなみに、ほかの短編は同「時代短篇選集」シリーズ続巻『斬奸状は馬車に乗って』『明治かげろう俥』(2013)に収録されている。
「おれは不知火」は、前掲書以外には下記の書籍に収録される。
『東京南町奉行』 旺文社文庫 1987
『東京南町奉行』 大陸文庫 1989
『おれは不知火』 〈山田風太郎コレクション維新編〉 河出文庫 1993
『剣狼 幕末を駆けた七人の兵法者』(作家8名の作品集) 新潮文庫 2007
「新選組の道化師」は、同様に下記に収録。
『ヤマトフの逃亡』 〈山田風太郎傑作大全19〉 廣済堂文庫 1998
なお、「新選組の道化師」はマンガ化されている。
タイトルは同じく「新選組の道化師」、副題として「新選組初代局長・芹沢鴨物語」とある。
原作・山田風太郎、作画・田中憲による描き下ろし作品。
2004年、講談社コミッククリエイトよりKCピース・シリーズとして出版。
ストーリーは概ね原作小説に忠実ながら、主に土方歳三の視点から展開する、終章として新選組の末路と土方の死が描かれる、といったオリジナリティもある。
![]() |

![]() |

- 短編小説の関連記事
-
- 戸部新十郎『総司残英抄』 (2011/11/04)
- 司馬遼太郎『アームストロング砲』 (2011/12/24)
- 早乙女貢『志士の女たち』 (2011/12/25)