新選組の本を読む ~誠の栞~

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 大佛次郎『角兵衛獅子』 

長編小説。時代小説『鞍馬天狗』シリーズの一編。タイトル読みは「かくべえじし」。
勤王の志士・鞍馬天狗と彼を慕う杉作少年との絆、そして鞍馬天狗と近藤勇との戦いを描く。

あらすじは以下のとおり(序盤のみ)。

「角兵衛獅子」とは、小さな獅子頭をかぶった子供が演じる曲芸である。
杉作は、その角兵衛獅子の演じ手だった。
京都の往来で芸を見せ、見物人の投げる銭を拾って日々を暮らす。

その日も、弟分の新吉とふたりであちこち回ったが、ふと気づくと稼ぎを入れた財布をなくしていた。
そのまま帰れば、親方にきつく折檻される。かといって、他に行くあてもない。
泣きじゃくる新吉を連れて途方にくれていた時、小さな寺の前で、見知らぬ侍に声をかけられる。
侍は事情を聞くと、杉作たちに金銭を与え、優しく励ました。
杉作は、いつかこの恩を返したいと思い、「倉田」と呼ばれた侍の名を心に刻む。

杉作は新吉とともに急ぎ帰ったが、財布をなくしたことが親方・長七に知れてしまう。
厳しく詰問され、やむなく事情を話した。
すると長七は、「倉田」とはお尋ね者の「鞍馬天狗」ではないか、と推測。
隠れ家を突き止め、新選組に知らせて褒美を得ようと画策する。
杉作は、図らずも「親切なおじさん」に仇を為すはめになってしまい、苦しむ。
倉田にこの事態を知らせたいと思い巡らすものの、良い方策は浮かばなかった。

翌日、杉作は長七に、倉田と出会った松月院へ案内させられる。
その途中、新選組の隊長・近藤勇に出会った。
近藤は、連日のように隊士を鞍馬天狗に斬殺されて、ただではおかぬと憤る。
長七の報告によって、隊士たち7~8人が松月院へ同行することとなる。

松月院には、果たして倉田がいた。
長七は、杉作を連れて感謝を述べにきたように装う。
しかし倉田は、長七の魂胆を早々に見破り、大胆にも自ら「鞍馬天狗」と名乗る。
そこを新選組隊士たちが取り囲み、激しい戦いとなった。
やがて、近藤勇が新たな手勢を率いて到着し、逃走しようとする倉田の背に短筒を向ける。
その刹那、杉作は無我夢中で近藤の腕に飛びついた――


主な登場人物は、下記のとおり。

杉作
本作の主人公。年齢は13~14歳(数え年か満年齢か不明)。
親方・長七の下で、角兵衛獅子として働いている。身軽で、高所へ上るのも得意。
肉親の所在や前歴について作中に記述がなく、孤児であるらしい。
恩人の鞍馬天狗になんとか報いたいと、子供ながらに東奔西走し、危険な目に遭いながらも力を尽くす。

鞍馬天狗(倉田典膳)
本作のもうひとりの主人公。勤王の志士。主家を持たず、素性も本名も一切が謎である。
一刀流皆伝の優れた剣士であり、馬術も得意。
目元涼しく、口元にそこはかとなく微笑をたたえ、きりりとした男前。
つねに冷静沈着、泰然自若として、時にはユーモアのセンスも見せる。
単独行動が多く、大胆不敵にもひとりで新選組屯所に斬り込んだり、大坂城に乗り込んだりする。
たとえ絶望的な状況に陥っても、諦めたり挫けたりはしない。
高き志を持ち、より良い国造りのため活動しつつ、弱者を労る細やかな人情も忘れない。

隼(はやぶさ)の長七
角兵衛獅子の親方。強い者に媚び弱い者を虐げる、因業な性格。
聖護院の近くに住み、杉作ら8人ほどの子供を手元に置き、角兵衛獅子をさせて稼ぐ。
厳しいノルマを課し、達成できない者に体罰を加えるので、子供たちから恐れられている。
お上から十手を預かる目明しでもあり、近藤勇に命じられて鞍馬天狗を追う。

黒姫の吉兵衛
鞍馬天狗の配下。痩身で、目のぎょろりとした、すばしこい男。
かつては泥棒だったが、鞍馬天狗に助けられて改心した、という過去の持ち主。
恩人のためには命を惜しまない。鞍馬天狗が危機にあると聞き、杉作とともに大坂へ向かう。

近藤勇
新選組の隊長。筋の通らないことや卑怯なことを嫌う、潔癖でまっすぐな気性の持ち主。
短気なところもあるが、寛容の精神も持ち合わせている。
猛者ぞろいの新選組を束ねるだけあって、強力な剣客であり、その腕は鞍馬天狗と互角。
鞍馬天狗を敵として追う一方、彼の技量や人格を認めてもいる。

くらやみのお兼
女密偵。若いながらも度胸のある女丈夫。機転が利き、抜け目ない。
土方歳三の依頼で、幕府要人の秘密会談における連絡・探索役を担う。
新選組や大坂城代と協力し、鞍馬天狗を追い詰めていく。
決して冷酷な性格ではないが、任務のためには杉作にも情け容赦しない、忠誠心と非情さを見せる。

西郷吉之助
薩摩藩士。藩士たちのリーダー的存在として、慕われている。
鞍馬天狗とは、勤王のために尽くす同志として肝胆相照らす仲。
長七に使われていた杉作たちを預かり、薩摩屋敷に置いて面倒を見てやる。

土方歳三
近藤勇と並び称される新選組の幹部。その強さは知れ渡っている。
登場は1場面のみだが、礼儀正しく、冷静で周到な人柄の様子。
幕府要人の秘密会談の警備にあたり、鞍馬天狗の妨害を警戒、くらやみのお兼に連絡・探索役を依頼する。

---
『鞍馬天狗』シリーズは、大佛次郎の代表作のひとつ。
大正13年(1924)の「鬼面の老女」から昭和40年(1965)の「地獄太平記」まで、長編短編あわせて全47作が発表されている。
本来は一般向け小説だが、少年向けに書かれたものも5作ほどある。
本作「角兵衛獅子」は、シリーズ11作目にして少年向けの嚆矢であり、昭和2~3年(1927-1928)『少年倶楽部』誌に連載された。

『鞍馬天狗』シリーズは、度々映像化されている。
映画は、原作小説第1作の発表と同じ年に始まり、主演・監督・配給会社を変えつつ60本近くが制作された。
中でも、アラカンこと嵐寛寿郎(1902-1980)が演じた鞍馬天狗は、大人気を博す。
フィクションにおける「素顔を隠した正義のヒーロー」像の成立も、アラカンの天狗がルーツとされる。

ただ、原作者の大佛次郎は「アラカンの天狗は人を斬りすぎる」との不満を訴えた、とか。
他にも業界の諸事情が絡んでいたようだが、結局、アラカン主演映画の制作は打ち切られる。
その後、別の俳優を使い原作者の意向に忠実な映画が作られたが、こちらは興業不振で長続きしなかった。

『鞍馬天狗』というタイトルに、個人的には「勧善懲悪ものの代名詞」というイメージを持っていた。
古い作品でもあるから、おそらく「徳川幕府は旧弊で打倒すべきもの、倒幕勢力こそが正しい」という史観に基づいて書かれ、中でも新選組などは「幕府に盲従する走狗」扱いなのでは?……などと思っていた。
(映像化作品では2008年のテレビドラマを見たが、現代ふうにアレンジされているように感じた。)

しかし、「人を斬りすぎる」映画がイヤだと言うからには、原作者は単なる痛快娯楽時代劇を書いたつもりはないのだろう。それでは何を書きたかったのか、確認すべく本作を読んでみた。

本作「角兵衛獅子」は、少年向けのため、「です・ます」調の文体で書かれている。
(※同じ『鞍馬天狗』シリーズでも、一般向け作品は「だ・である」調。)
なるべく平易な言葉を用い、漢字も少なめ。
にもかかわらず、疎漏なところはなく丁寧で、格調を感じさせる文章。
情景描写が視覚的で美しい。ちょっと古い言い回しにはレトロ感があって面白い。

ストーリーは波瀾万丈。手に汗握る攻防戦が繰り広げられる。
筋立てが明快でわかりやすいが、先が読めるようで読めない。主人公たちの危機がこれでもかと続き、飽きない。
さしもの鞍馬天狗も冒険が過ぎて捕われてしまい、杉作や吉兵衛が必死に試みても状況を打開できないあたり、どういう解決を見るのかとハラハラする。

勤王派と幕府方との対立構造について、善悪二元論で断じるような内容ではなかった。
新選組をことさら貶すような描写もない。土方歳三は常識をわきまえた人柄であるし、近藤勇はむしろ人格者として設定されている(※実在の隊士で登場するのはこの2人だけ)。

加えて、立場的に対立する同士であっても憎みあう以外の関係を結ぶことができる、という価値観が提示される。
相互理解や友情というものに期待してもよいと、希望を持てる気がした。

主人公の杉作は、不幸な境遇にもめげす、健気に生きている。
次々と襲い来る苦難に挫けそうになっても、そのたび勇気を奮い起こす。
杉作を支え続けたのは、鞍馬天狗が話したある言葉である。
それは、危険を顧みず闘い続ける鞍馬天狗に、杉作が「死なないでください」と願った時のこと。
鞍馬天狗は、次のように言い聞かせる。

「うむ、死ぬまい。めったに、またむだには死なない。
……おじさんは人間がすきなのだ。生きているのがよいことだとも、よく知っている。
だから、まず死ぬのはきらいだ。できるだけながくゆかいに生きていたいと思う。
……けれど、自分の命よりたいせつなものがあって、それをまもるためには命をなげださなければならないというときには、男はいさぎよく死ななければならない。
それと知っていて、知らぬ顔をして助かろうとするのは、ひきょうなのだ。わかるかい?
人間は、そういうときには命があぶないと知っていても、たたなければいけない」
(※「身がわり密使」の章 第一節より引用)


この言葉は、様々に解釈できるし、人によって異論もあるかもしれない。
ただ、「大きな事を成し遂げたかったら命と引き換えすべき」と煽るような意図では、決してないと思う。
人は、自分が生きていく上で大切なものは何か、知っておかなければならない。
それを守るために、いつか大きな決断を迫られる時が来るかもしれない。
だから、その覚悟をしておく必要がある、という意味かと感じられた。
作者の大佛次郎が読者の少年たちに伝えたかったことも、つまりこういうことだと思う。

とは言え、シリーズの1作だけを読んで、わかったようなつもりになるのは早計であろう。
いずれ、一般向けの作品も読んでみる必要があると思う。
まず本作を読んで、『鞍馬天狗』シリーズに好感が持てたこと、他の作品も読んでみようかという気持ちになれたことは、収穫だった。

本作「角兵衛獅子」は、昭和2~3年(1927-1928)『少年倶楽部』誌に連載された。
その後、下記の書籍として刊行されている。

『角兵衛獅子 前篇』 渾大防書房 1927
『角兵衛獅子』 先進社 1929
『角兵衛獅子 杉作の巻』 湘南書房 新日本少年少女選書 1948
『角兵衛獅子 鞍馬天狗』 湘南書房 新日本少年少女選書 1948
『鞍馬天狗 第12巻(角兵衛獅子)』 中央公論社 1951
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』 湘南書房 1951
『鞍馬天狗・角兵衛獅子・山岳党奇談 日本少年少女名作全集 1』 河出書房  1954
『現代国民文学全集 第12巻(大仏次郎集 続)』 角川書店 1957
『鞍馬天狗 角兵衛獅子』 光風社書店 1967
『大仏次郎 少年少女のための作品集 1』 講談社 1967
『鞍馬天狗 第1巻(角兵衛獅子・雪の雲母坂)』 光風社書店 1969
『角兵衛獅子』 講談社 少年倶楽部文庫 1975  ← 本項の参考書
『大仏次郎時代小説全集 第2巻(鞍馬天狗 2)』 朝日新聞社 1975
『鞍馬天狗 4(角兵衛獅子)』 朝日新聞社 1981
『角兵衛獅子 鞍馬天狗 1』 小学館文庫 2000
『鞍馬天狗 2 大佛次郎時代小説全集 第2巻』 朝日新聞社 2005 1975年刊を原本とするオンデマンド版
『角兵衛獅子 鞍馬天狗傑作選 1』 大佛次郎 文藝春秋 2007
『鞍馬天狗 鶴見俊輔セレクション 1』 小学館 P+D BOOKS 2017 小学館文庫2000年刊の再刊

鞍馬天狗 1
角兵衛獅子
鶴見俊輔セレクション
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 逢坂剛『果てしなき追跡』 

長編小説。負傷し記憶を失った土方歳三が、図らずも箱館を脱出してアメリカへ渡り、異国で生き抜くために闘い続けるアクション西部劇。

ストーリーの舞台は、箱館と航海中の船内が前半1/3を占め、残りはアメリカ西部の町々と荒野。
箱館戦争の描写などに史実を採り入れているが、大半はオリジナルのストーリーが展開する。全49章。
冒頭のあらすじは、以下のとおり。

明治2年5月10日、箱館。
戦争は、いよいよ末期にさしかかっていた。
旧幕方の時枝新一郎は、妹ゆらと話し合う。
数日前、土方歳三から新一郎にある命令が下された。それは、単身で箱館を脱出し、アメリカへ渡って見聞を広め、いずれ故国の発展に尽くせ、というものだった。
しかも、アメリカの商船で密航できるよう、すでに手筈が整えられている。
歳三の下を離れるなど不本意に思う新一郎だが、背くわけにゆかず、従う決心を固めた。
ゆらは、その時が来たら兄を送り出そうと覚悟を決める。

翌11日。いよいよ新政府軍の箱館総攻撃が開始される。
土方歳三は一隊を率い、一本木関門へ向かう。新一郎は、その麾下に加わった。
ゆらは、離れた場所から戦況を窺う。
関門を死守する歳三は、馬上から「進め、引く者は斬り捨てる」と隊士らを叱咤激励していた。
その時、ひときわ大きな銃声が響き、歳三の体が地に落ちる。
ゆらも新一郎も、我を忘れて駆け寄った――


主な登場人物は、以下のとおり。

隼人(ハヤト)=土方歳三
箱館戦争で負傷し、記憶喪失となってしまう。
時枝新一郎の計らいで、アメリカ商船セント・ポール号に乗せられる。
身元を隠すため、「内藤隼人」通称「ハヤト」と名乗ることに。
過去の出来事は思い出せないものの、言葉や一般常識、習慣的行動や技能は失っていない。
冷静沈着でストイックな性格もそのまま。
剣技の冴えも衰えず、和泉守兼定の一振りを常に持ち歩く。
加えて、敵の機先を制するための、ある特殊なわざを身につけている。
なかなか記憶を取り戻せないうち、過去にこだわらず、現在の環境に順応して生きていこうと心に決める。

時枝新一郎(ときえだしんいちろう)
武州日野の豪農に生まれる。28歳。努力家で行動力がある。義理堅い。
同郷のよしみで、子供時代から歳三に懐いていた。
新選組入隊を希望するも却下され、勉学に励めと勧められて、長崎へ留学し英語を習う。
慶応4年、旧幕軍に合流し、通詞や英語教師として協力。
歳三から渡米するよう命じられるも、歳三こそが「失われてはならない有為の人」と信じて行動する。
戦後、アメリカ貿易会社の日本支店に雇われ、横浜で通弁として働く。

時枝ゆら
新一郎の妹。18歳。兄と同じく勉強家で行動力がある。機転が利き、物怖じしない。
過酷な境遇にあっても挫けない芯の強さがある。
幼い頃から、歳三を慕っていた。兄といっしょに、長崎で英語を学び、旧幕軍に従軍する。
歳三を助けてともにアメリカへ渡るが、離ればなれになってしまう。

ジム・ケイン
商船セント・ポール号の船長。大男。40歳くらい。思慮深く、頼りがいのある人物。
隼人とゆらをアメリカへ密航させる。当初は報酬のためだったが、やがて好意から援助することに。

ピンキー(ヘンリー・トマス・ピンクマン)
黒人青年、19歳。明るく、働き者で、知恵がまわる。
テキサス州の牧場で奴隷の家系に生まれ、南北戦争のため家族と離れて以来、自力で生計を立てている。
セント・ポール号には、船長付の給仕兼雑用係として乗り組んだ。
さまざまな局面で隼人やゆらを助けるうち、強い絆で結ばれていく。

アレクス・ワイリー
セント・ポール号の甲板長。頼りになる男。
日本語が片言ながら話せる(ジョセフ・ヒコから教わった様子)。

ビル・マーフィ
セント・ポール号の甲板員。女好き。金銭に汚い。

エドガー・ノートン
セント・ポール号の船医。31~32歳くらい。長身で痩せ形。誠実な人柄。
隼人の傷を治療する。

クレア・シモンズ
セント・ポール号の看護婦。30代半ば。長身。有能。勝ち気で、プライドが高い。
南北戦争に出征して行方不明になった弟を探している。

マット・ティルマン
粗野で無愛想なガンマン。巨漢。40代半ば。尊大で威圧的。執念深い。
若い頃はアリゾナで保安官を務めるかたわら、酒場や賭博場を経営していた。
その後、船舶会社に雇われ、セント・ポール号に警備責任者として乗務。
賞金欲しさに、密航・密入国する者を捕えて入国管理局に引き渡そうと画策する。
やがて船を下り、連邦保安官を称して、個人的な怨恨から隼人やゆらをつけ狙う。

グロリア・テンプル
下宿屋グロリアズ・ロッジの女主人。50代半ばくらい。体格が良い。
昔気質。夫を亡くした後、自力で下宿屋を経営してきた女丈夫。
ジム・ケイン船長と旧知の間柄。隼人とゆらを匿い、何かと便宜を図る。

バーバラ・ロウ
グロリアに仕えるメイド。雇い主と同じくらい体格が良い。
料理や雑用もこなす律儀な働き者。

エリック・バートン
カースン・シティ・ホテルに勤務するフロントマン。小柄な男。30代半ばくらい。
事務的なようで、実は人情味のある男。

リグビー
オースティン・グランド・ホテルに勤めるフロントマン。老人。
日本からの外交使節団を自分の孫娘が世話したことから、日本びいきになった。

ロリー・サマーズ
リーノウ(ネヴァダ州の町)在住、厩舎のオーナー。女カウボーイ。

ポカリ
インディアン(ネイティブアメリカン)、ショショニ族の戦士。英語が少し話せる。
隼人やピンキーと偶然に出会い、浅からぬ因縁で結ばれることに。

トマス・フィンチ
ビーティの町にあるサルーン「ネヴァダ・パレス」のバーテンダー。口髭を整えた洒落者。
愛想はないが人情を知る男。

高脇正作(たかわきしょうさく)
もとは伊勢奥松家の下士。慶応4年、藩内抗争により恭順派の重役を斬った。
箱館で新選組に加わり、新一郎に英語を習う。戦後、旧主家の恭順派に狙われ、各地を転々。
新一郎の世話で、貿易会社に雇われ、研修を名目に渡米する。
隼人とゆらの安否確認を依頼されており、その消息をあちこち尋ねてまわる。
ゆらに対して一方的な好意を持っているが、隼人が土方歳三その人だとは知らない。

---
ページ数が多いものの、ストーリーに引き込まれて予想より早く読了した。
敵と味方が追いつ追われつ、はぐれたり行き違ったり再会したり、スリルに富んだ逃亡&追跡劇が展開する。

隼人とゆらにとって、当面の目標は、異国の地アメリカで生きていくことである。
官憲に捕えられ日本へ強制送還されないよう、身元を隠したまま、平穏な日常生活を手に入れたい。
何事か起きても公に訴え出ることはできないから、自分の身は自分で守らなければならない。
長期的、具体的な目標は、さしあたって持たない。

このような主人公たちを能動的に動かすのは、けっこう難しいのではないだろうか。
具体的な最終目標(敵のラスボスを倒すとか、古代の秘宝を手に入れるとか)を持つ者の話に比べると、受動的で地味になりがちのような気がする。
しかし本作では、主人公たちが次々と難局に直面する。降りかかる火の粉を払うため、大人しくしてなどいられない。必然的に、波瀾万丈の冒険をくりひろげることになる。
そうした展開に持っていく筋運びは、リアルで無理がなく、巧いと感じた。

隼人が記憶を失う設定は、「いつどのようにして回復するのか」「回復したらどうなるのか」という読者の興味をそそるためと思うが、それだけではなさそうな気がする。
幕末維新史になじみのない読者に対して時代背景を説明しやすい、という側面もあるのではなかろうか。

巻頭に、以下の図表類が載っている。
  • 主な登場人物の一覧
  • 作中世界の地図(当時のカリフォルニア州、ネヴァダ州、ユタ州などアメリカ西部)
  • 関連年表(1860~78年、作中の出来事、アメリカと日本それぞれの大きな出来事を併記)
  • 距離の換算表(尺貫法とヤードポンド法の長さを、それぞれメートル法に概算したもの)
特に地図は、ストーリーを把握するため必須なので、助かった。
贅沢を言えば、箱館の地図もあればもっと良かったかも(笑)

船舶のしくみやアメリカ史についても、よく考証されている。
セント・ポール号の船内構造と、そこで過ごす乗組員たちの生活ぶりが、面白い。
アメリカ西部の町や自然、人々の暮らしといった描写にも、リアリティを感じる。
当時の世相、例えばゴールドラッシュ、南北戦争の後遺症、人種間の差別と軋轢、大陸横断鉄道の開通など文明化の加速ぶりといった要素が、ストーリーに反映されているのも興味深い。

日米の文化の違いと、それをめぐる人物たちの心理や反応も、見どころと言える。
「袖留め(女子の成人式)を終えた自分はもう大人」と主張するゆらと、「アメリカでは十代の男女を成人扱いしない」と困惑するケイン船長のやりとりは、どちらの主張も理解できる。
アメリカに上陸し、ガス灯や鉄道などを初めて目にするゆらと隼人の戸惑いは、さもありなんといった感じ。

逆に、国が異なろうと似たような制度や習俗もある。
ポリスマンを「捕り手の役人」、ホテルのフロントマンを「宿屋の番頭」とする隼人の言い換えが、面白い。

南北戦争のために家族を失ったり、平穏な日常を奪われたりした者たちが登場する。
彼らが戦争の傷跡に苦しみながらも日々の生活を取り戻し、社会を復興することによって、アメリカは新しい国に生まれ変わっていく、という歴史が窺える。
戊辰戦争後の日本も同じような過程を経て近代国家となっていったことが、想起された。

本作のストーリーは、この1巻のみでは完結していない。
最後の場面に、続編への引きを盛大に残して、「第一部 完」としてある。
続編の有無について調べてみたら、本作は下記のとおりシリーズものであることがわかった――

作者はかつて、長編『アリゾナ無宿』と、その続編『逆襲の地平線』を発表した。
舞台は、本作から6年後のアメリカ西部。「サグワロ(大型サボテンの一種)」と名乗るサムライが登場する。
彼は剣の達人で、日本のハコダテからやってきたというが、過去の記憶を失っている。
この「サグワロ」が土方歳三、という設定は当初からあった。ただ、その正体が明かされる前にシリーズが中断してしまい、本作でようやく再開に至ったと、作者は語る。
本作の続編となる第2部は、『中央公論』誌上にて今夏から連載を始める予定だとか。
(参考:YOMIURI ONLINE「土方歳三、アメリカ西部を駆ける」2017年2月3日)

――というわけで、既刊『アリゾナ無宿』『逆襲の地平線』を未読にしている読者は、続編の発表・完結を待つあいだに読んでおくとよいかもしれない。

2017年、中央公論社より、単行本が刊行された。四六判ハードカバー。
読売新聞の会員制ウェブサイト「読売プレミアム」に2015年8月から2016年10月まで連載された『果てしなき追跡』を加筆・修正したものと、巻末にある。

同じ「賞金稼ぎ(バウンティハンター)」シリーズの既刊は、下記のとおり出版されている。
『アリゾナ無宿』… 新潮社2002/新潮文庫2005/中公文庫2016
『逆襲の地平線』… 新潮社2005/新潮文庫2008/中公文庫2016

果てしなき追跡
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アリゾナ無宿
(中公文庫)
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逆襲の地平線
(中公文庫)
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 吉川永青『闘鬼 斎藤一』 

長編小説。生と死のはざまに立って闘うことを、無上の悦びとする新選組隊士・斎藤一。
その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。

ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。

成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。

そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。

相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。


主要な登場人物は、以下のとおり。

斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。

沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。

土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。

近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。

山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。

永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。

芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。

伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。

小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。

---
本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓

◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。

◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。

一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓

◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。

闘いとは、明確な意思を持った者だけがそこに望むものを言う。だからこそ斬り合って勝つことに意味があり、己が生を讃じられるのだ。戦争は違う。鉄砲という利器は、言ってしまえば「その意思」がなくとも扱える。そして否応なしに多くを巻き込む。
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)

斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。

◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)

◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。

◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。

◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)

◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。

◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。

---
本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。

終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。

作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。

また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。

本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。

2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。

闘鬼 斎藤一
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 高橋由太『新選組ござる』 

長編小説。武士になりたい一心で新選組に入隊した少年、市村鉄之助。
奮闘のうちに不可解な事件に巻き込まれていく、オカルトファンタジー。

市村鉄之助は、言うまでもなく実在の新選組隊士である。諸研究家の報告によると↓

父親は美濃大垣藩士だったが、安政5年に追放処分となって近江国国友村に住まい、文久3年に他界した。
鉄之助は、慶応3年秋頃、兄の辰之助とともに入隊する。
14歳という若年のため両長召抱人(小姓のような役目)となり、辰之助は局長附人数(仮同志)となった。
戊辰戦争勃発後、辰之助は綾瀬付近で離隊するも、鉄之助は箱館まで従軍。
明治2年4月、土方歳三の命令により箱館を脱出し、日野の佐藤彦五郎家へ歳三の遺品を届ける。
しばらく佐藤家に留まり、明治4年3月に大垣の親戚宅へと帰っていった。


本作は、上記の事柄が多少反映されるものの、大半はオリジナル設定で、創作性の高いストーリーが展開する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。

鉄之助は、武士になりたいと切望し、郷里の美濃を出て京に上り、新選組に入った。
勝手についてきた飼い犬のモモも、なりゆきで入隊(?)する。

噂に聞く新選組一の天才剣士・沖田総司は、とても人斬りとは思えない、優しげな外見の持ち主。
人柄も穏やかで、冗談好きだった。
ところが秋の頃、その総司が隊を離れて、姿を見せなくなる。
「労咳のため」と言われたが、直前まで元気な姿を見ていた鉄之助には、とても信じられない。

やがて戊辰戦争が始まり、新選組は多くの同志を失いながら転戦、ついに箱館で終焉を迎える。
味方を救援すべく五稜郭を出撃する土方歳三に、鉄之助は強引に付き従う。
彼らの前に出現したのは、正体不明の不気味な敵だった――
そして、負傷した鉄之助が新政府軍に囲まれ、死を覚悟した時、思わぬ味方が出現する。


この後、ストーリーは明治の東京に舞台を移し、展開していく。
主な登場人物は、以下のとおり。

市村鉄之助
本作の主人公。直情径行型の熱血少年。
生家は美濃の山奥にあり、家業はインチキくさい拝み屋(祈祷師・霊媒師)だった。
しかも、「先祖は妖怪ぬらりひょん」という、由来不明の怪しい看板を掲げていた。
10歳の時、両親が病没し、隣家の老婆に引き取られる。
村人たちに愚弄された悔しさから、武士となり堂々と生きたいと望み、14歳にして新選組に入った。
奇しくも箱館戦争から生還し、明治の東京で新選組を再興しようと決意する。

モモ
大きな白い犬。鉄之助が美濃にいた時、どこからともなくやってきて鉄之助の家に居着いた。
京へ上る時にもついてきてしまい、以来どこへ行くのも一緒。
性格は温順だが、頼りない。あまり賢くもなく、鉄之助に「アホ犬」呼ばわりされる。
しかし人の言葉を理解しており、幽霊や妖怪とも意思を通じるなど、侮れない面もある。

九郎
700年前の鎌倉時代に死んだ、九郎判官こと源義経の幽霊。
名刀「薄緑」に宿っており、鉄之助に解放されて以来、ずっとついてくる。
烏帽子に狩衣姿の美男子だが、一般人には感知されない存在。
鉄之助やモモとは会話できて、なぜか語尾に必ず「ござる」を付ける。(本作タイトルは、この口癖が由来と思われる。)のんびりマイペース、いざとなると無敵の剣士に変貌するところも含めて、『るろ剣』の緋村剣心を連想させるキャラ。
モモとは良いコンビ。両者であれこれ余計なことまで喋り、鉄之助をイラつかせる場面が多い。

沖田総司
天然理心流・試衛館の門弟時代から名を馳せた、新選組随一の遣い手。
女と見間違うほどの優男だが、長大な振棒を軽々と降ってみせるなど、剣の実力は本物。
鉄之助をからかっては面白がり、モモをなぜか「辰之助」と呼ぶ。
「労咳のため死んだ」というのは意図的な情報操作で、維新後も生きのび東京に潜伏していた。
新政府の追及をかわすためだけでなく、何やら複雑な事情がある様子。
鉄之助が新選組の再結成を訴えても、「もう終わったこと」とまったく乗り気でない。
その重大な秘密は、本書の終盤近くで明かされる。

土方歳三
新選組の鬼副長。目つきの鋭い悪人顔の二枚目。
感情をあまり出さず、威圧感を漂わす。鉄之助も初めは怖れていたが、次第に慕うようになった。
佩刀は和泉守兼定、通称「ノサダ」。(※「之定」こと二代関兼定の作、ということらしい)
箱館戦争で命を落とす。敵の正体を鉄之助は知らなかったが、歳三にはわかっていた。

相馬主計
新選組の最後の隊長。
箱館で歳三が亡くなった後、隊長として投降。すべての責任を一身に負い、新島に流罪となった。
その後、東京に現れ、鉄之助に郷里へ帰るよう諭す。
総司の秘密を知っている様子。

(ふき)
東京深川の牛鍋屋もず亭で働く少女。15歳。
母を早くに亡くす。父は彰義隊に加わり、上野で戦死した。
そうした境遇にも挫けず、健気に日々を生きている。思いやり深く、鉄之助やモモにも親切。
深川十万坪に密葬された彰義隊の墓に、朝な夕な参るのが習慣となっている。

お芳
牛鍋屋もず亭の女主人。煙管のよく似合う、色っぽい美女。
実は新門辰五郎の娘であり、親譲りの侠気の持ち主。
ただ、父親のことも自身のこともほとんど語りたがらず、過去は謎めいている。
行く当てのない鉄之助とモモを、もず亭に置いてやる。

ぬらりひょん
鉄之助が出会った妖怪。見た目は、頭がやけに大きい禿げた爺さん。
鷹揚で太っ腹な物腰のとおり、江戸妖怪の総大将であったが、一時期その地位を退いていた。
理由は人間の娘と恋仲になったためで、両者の間に生まれた子が鉄之助の祖先だという(マジか)。
やがて明治の東京に舞い戻り、妖怪たちを相手になぜか西洋料理屋を営む。
料理の腕は確かで、「らいすかれい」「アイスクリン」など最先端のメニューも出す。
つかみどころのない存在だが、さりげなく鉄之助の力になる。

お歯黒べったり
鉄之助が出会った妖怪。
見かけは役者のような二枚目の男だが、派手な女の着物を着て、お歯黒を塗ったオカマ。
オネエ言葉を話し、何かにつけ鉄之助に迫り、邪険にされ罵られてもまったく堪えない。
ぬらりひょんとは長いつきあいらしい。

近藤勇
天然理心流・試衛館の道場主。文久元年、先代の周助から道場を引き継いだ。のち新選組局長。
剣は強いが不器用。若い頃は力加減ができず、稽古で道場をぶち壊すのでは、と懸念された。
ウソかまことか、三刀流が使えるという(『るろ剣』のみならず『ONE PEICE』もネタにされたか)。

近藤周助周斎
試衛館の先代道場主。道場経営に何かと苦労してきた。
総司の剣才に目をつけ、内弟子として入門させる。これが、思わぬ運命を呼び寄せることに。

勝麟太郎海舟
言わずと知れた、その才覚で幕府を支える旗本。
文久元年11月のある日、試衛館を訪ねてきて頼み事をする。その内容は驚くべきものだった。

山田吉亮(よしふさ)
山田流居合術の遣い手。
年齢は鉄之助と同じだが、外見は子供。12歳の時から身体が成長しなくなったという。

以上紹介のとおり、本作は奇想天外な時代ファンタジーである。
史実との違いを云々してもあまり意味がないので、やめておく。
ただ、それを抜きにしても、合理性を欠いたところがあって気になった。例えば――

◆鉄之助が箱館の戦場で気を失い、目覚めた時にはすべてが終わっていた、とある。
 その間どこに寝かされていたのか、降伏人として扱われたのか、だとすればいつ釈放され日野へ行かれたのか。
 具体的な状況がまったく示されない。

◆新選組結成の目的が設定のとおりだとすると、京都に上り留まる必然性がない。
 新徴組(しんちょうぐみ)と同様、江戸に本拠を置いたほうがずっと目的にかなうと思われる。

とは言え、勢いで読ませる作品なので、そこまで深く考えずに楽しむべきなのだろう。

この話をもしもシリアスに書いたら、不気味で残酷な怪奇譚になりそう。
コミカルな要素を多くして、あまり深刻にならず読める娯楽作に仕上げたのは良かったと思う。

本作のストーリーは、本書だけでは完結していない。
ひとまず危機が去ったものの解決には至らず、末尾は「事件は、まだ始まったばかりだった」と結ばれている。
この後に回収されるべき伏線と思われるものも、多く残る。
続きが気になるなら、続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』の2作も読む必要があろう。

本作は、書き下ろし作品。
2015年、新潮文庫『新選組ござる』が出版された。
同年中に続編『新選組はやる』『新選組おじゃる』も刊行されている。

本作に関する余談を「深川十万坪/新門辰五郎と彰義隊/山田吉亮」にまとめた。
併せてご一読いただきたい。

作者の新選組関連著作には『斬られて、ちょんまげ 新選組!!!幕末ぞんび』(双葉文庫/2014)もある。
2015年公開の映画「新選組オブ・ザ・デッド」の原作かと思ったら、特に関係なかった(笑)

新選組ござる
(新潮文庫)
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新選組はやる
(新潮文庫)
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新選組おじゃる
(新潮文庫)
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 小松エメル『総司の夢』 

長編小説。剣の強さを追い求める沖田総司が、様々な体験を経て心を豊かにしていく様子と、その短くも全き生涯を描く。

文久2年、春の江戸。
天然理心流・試衛館の沖田宗次郎は、すでに師範免許を獲得し、師範代を務める若き俊英である。
この日、試衛館の面々とともに、桜が咲き誇る川縁へ花見に来ていた。
気安い昔なじみの土方歳三は、何か気がかりでもあるのか、いつになく物思いの様子を見せる。
酒に酔い裸踊りをする原田左之助。囃したてる永倉新八。笑って貶す藤堂平助。叱りつける井上源三郎。
酔いからつい眠ってしまう山南敬助。

満開の桜が咲いている。うっとりするほど美しい眺めだった。
(まるで夢の中のようだ)
そう感じた宗次郎は、人生で一度も夢を見たことがない。
(夢というのは鮮やかなものらしいが……)

そして、宗次郎が敬愛して止まない道場主・近藤勇。
近藤は近々、講武所の剣術方指南役に就任すると決まった。花見は、その祝宴でもあったのだ。

この頃、世は物情騒然としていた。
時折稽古に訪れる斎藤一が、近隣で発生した人斬り事件を伝えに来た。容疑者は捕まらない。
やがて、近藤の講武所指南役の内定が取り消される。彼が士分ではないゆえの措置だった。
今になって出自が問題視される理不尽さに、一同は憤懣やるかたない。

しばらくして、心形刀流・練武館の伊庭八郎が、顔なじみの試衛館を訪れる。
伊庭は、幕府の浪士組徴募について説明し、一同に参加を勧めた。
身分のない者こそ参加できる好機に、彼らは万難を排して参加しようと奮い立つ。
宗次郎に対しては「天然理心流の次代宗家として試衛館に残るべき」という意見が出たが、本人の落胆ぶりを見て、近藤が参加を許した。
こうして、宗次郎は「総司」と名を改め、親しい仲間たちとともに京へ上ることになる。

出発前、伝通院に参加する浪士らが多数集合した。
手続きを待つ間、境内の林をひとり散策していた総司は、人声を聞きつける。
そっと様子を窺うと、そこにはふたりの人物がいた。
怒りのこもった声で相手をなじる少年。黙って聞いている恰幅のよい男。
総司は、男の双眸が湛える漆黒の闇に気づき、目を離せなくなる――


全編にわたり主人公・沖田総司の主観に基づいて書かれた一元小説。
上記あらすじは、冒頭部分のみ。
この後、壬生浪士組の結成、芹沢一派の粛清、池田屋事件、禁門の変……などの出来事が続く。
それらとともに、総司の戦い、周囲の人々との交わり、出会いと別れ、といった諸々が展開していく。

本作の総司は、天才ゆえか、どこか欠落したようなところがある。
別に、屈折した心理の持ち主ではないし、剣を執ると凶暴になったりするわけでもない。
仲間をからかうこともあるが、基本的には素直で思いやりのある好青年。
ただ、最大の関心事は剣において強さを極めることであり、それ以外はわりとどうでもよい。
政治にも出世にも、まったく興味がない。
そういう総司を「無欲」と評する者が多いが、本人は「剣にかけては強欲な自分」を自覚している。

剣術以外のことにはほとんど関心がないので、人間関係で齟齬をきたすことがある。
斎藤には「あんたは本当に他人の気持ちが分からぬ男だな」と呆れられる。
藤堂からも「誰に対しても親切だが、同じくらい無関心だ」と指摘される。
決して鈍感でも洞察力に欠けるわけでもないが、他人は他人、自分は自分、他人のすべてをわかろうとしても無理、と割り切っている。執着がなさ過ぎ。
他人に気を遣われるのも、己の未熟を思い知らされるようで、好きではない。
加えて、物事を突き詰めて考えるのが苦手。考えてもわからないことはすぐ保留し、やがて忘れる。
夢を見ないのも、くよくよ思い悩んだりしないから、らしい。

そんな総司も、様々な出来事に遭遇し、多くの出会いと別れを繰り返すうちに、否応なくあれこれと考える機会が多くなる。夢を見たかのような体験も、次第に増えていく。
特に、物語の終盤(慶応3年夏)に労咳を発病して以降、それでも戦列に残りたい、まだ生きていたいと強く願い続けたことが、心境の変化をもたらした様子。
周囲の人々と自分との関わりを、改めて認識するようになる。そして、たとえ相手を理解できず報われないとしても、忘れまい、理解したいと情熱を傾けることが大切なのだと、ようやく感得する。

そのほか、総司の視点から描かれた登場人物たちの造形も、興味深い。

土方歳三は、次第に「鬼」と化して、多くの者を死に追いやる。
総司にとって、かつての土方は顔を見ただけで心の内がわかる、安心できる相手だった。
それなのに、なぜ敢えて「鬼」になることを選んだのか、その理由を語らないのか、理解できない。
理解できないながらも、土方だけに重荷を負わせておけないと思う。
総司もまた、芹沢粛清に剣を振るった時から、「鬼」になると密かに決意していた。
そして、土方にすべてを打ち明け、ついに「共に鬼になってくれ」と言わしめた。
ただ、のちに思いがけず理由を知った時は、大きな衝撃を受けることになる。

芹沢鴨は、総司が出会った中で最強の剣士。
一度、総司から申し込んで真剣勝負したものの、勝てなかった。
芹沢の死後も、心の内で繰り返しシミュレーションするが、やはり勝てる気がせず、無念を引きずり続ける。
また、彼は情熱で人の心を動かす才能の持ち主でもあり、にもかかわらず粗暴な振る舞いによって人望を失っていくさまは、総司に「もったいない」と感じさせる。
さらに、総司が知る由もなかった芹沢の前歴は、ストーリー全般にわたって影響を及ぼす。

近藤勇は、総司が兄とも父とも慕う、頼りがいのある「若先生」
総司のみならず、試衛館の面々の、新選組隊士たちの精神的支柱でもある。
寡黙で多くを語ることはないが、感情豊かな性格。正直で潔癖なところもある。
幕府御典医・松本良順の話によると、近藤は良順を斬ろうとして、彼が噂どおりの異国傾倒者なのかどうか確かめようと直談判に来た、という。そんな逸話ひとつをとっても、総司は「若先生はすごい」と感心し、改めて尊敬を深くする。
終盤、近藤の告白を聞いた総司は驚くが、無意識のうちではすでに感じ取っていたかもしれない。

山南敬助は、総司にとって親しい兄のような、信頼しあう相手。
土方には持ちかけられない相談をして、助けてもらうこともある。
文久3年秋に負傷して以来、剣を執る機会がなくなった山南は、それでも隊士たちに気を配る。
ところが、突然新選組を脱走し、自ら進んで総司に連れ戻された。
山南の苦悩を、総司が実感として受けとめたのは、自身が病に伏した時だった。

井上源三郎は、実直で人情にあつい、善意の人。
小言が多く、何かにつけ人を叱るが、愛情がこもっている。近藤も、彼には頭が上がらない。
そんな井上が、好きな女ができたのに告白できず悩んでいる場面がある。
総司は内心、恋に悩むなど無駄なことと考えるが、やがて自身も思い知る時が来る。
なお、井上の恋はどうなったのか、作中ではわからずじまい。
いつか作者が別の作品に描く日があるかも、と期待したくなる。

大石鍬次郎は、不可解な男。
暗く目立たず、あまり強そうでもない。剣術の稽古でも、凡庸な才しか見せない。
しかし、切腹の介錯や実戦では、並外れた腕をあらわす。
総司は、彼の内に芹沢と似通った狂気があるのを感じ取り、ぜひ本気の勝負がしたいと思う。
ところが、手合わせを申し込んでも断わられるばかりで、なかなか機会が得られない。
承諾されたと思えば、邪魔が入って実現しない。
大石が何を思って総司に対するのか、謎めいていて、あれこれ想像させられる。
これも、いずれ別の作品で解明される日が来るのだろうか。

ちなみに、鍬次郎の弟・大石造酒蔵の殺害事件も描かれる。
西村兼文『新撰組始末記』には、造酒蔵は隊士・今井祐次郞に斬殺されたとあり、子母澤寛『新選組物語』にも詳しく描かれているが、本作では犯人は判明しないままとなっている。

オリジナルの登場人物も何人か出てくるが、特に重要なのは次のふたり。

ひとりは、石井亥之助
浪士組を追って京へ上った、謎の少年。
芹沢鴨とは、何やら浅からぬ因縁がある様子。
19歳と称するが、どうやら年齢詐称しているらしく、3~4歳は若く見える。
総司に恩義を感じ、どうしても報いたいとしつこく迫って、新選組への入隊を許可された。
その後も「お役に立ちたい」とつきまとい、まるで小犬のようだと総司に思わせる。
剣術は苦手で内勤が多いが、調査や内偵、ケガの応急手当などは得意。

もうひとりは、志乃
慶応2年の夏、総司と偶然に出会った。室町通五条の長屋に住む女医。28歳。
意図せず彼女の素肌を見てしまった総司に対し、責任を取れと詰め寄る。
気圧されて逃げ帰った総司だが、妙ななりゆきから、文のやりとりが始まった。
恋文のように甘やかな内容ではなく、取り留めのない身辺雑記や思い出話ながら、次第に待ち遠しくなる。
やがて、総司のほうから訪ねていくことに。

このふたりの事情が明かされるのは、ストーリーの終盤。

作者の短編集『夢の燈影』の収録作と、ストーリー上繋がる部分が散見される。
同じ出来事が別の角度から描写されており、読み比べると面白い。
具体例を挙げると↓
  • 井上源三郎が、心に悩みを抱え、やがて払拭する。…「信心」
  • 蟻通勘吾が罠に陥る事件。総司が「俺は夢を見たことがない」「鬼は嫌い」と語る。…「夢告げ」
  • 谷周平が近藤の養子となったこと。岩田コウが養女となったこと。…「流れ木」
  • 山南敬助の死後、藤堂平助が墓に向かって憤懣をぶつける。…「寄越人」

全体的にすんなり読める作品なので、単純明快なストーリーのように思える。
ただ、よく注意してみると、人物の心理に関してはかなり込み入っている。
後で真相が明かされることもあるが、必ずしもすべてが明示されるわけではない。
手がかりはさりげなく暗示されており、それらをつなぎ合わせると全容が見えてくる。
さらりと読み流すか、深く読み込むか、読み手の好みに委ねられるところ。

最後に、剣士・沖田総司は「夢」の中ですべてを達成し、「夢」の彼方へ去っていく。
彼の生涯そのものが「夢」だったようにも感じられた。
明るくも暗くもない薄暮のような、此岸でも彼岸でもない中有のような、不思議な味わいが残る。
思えば、作中の総司に限らず、すべて人の一生は「夢」のようなものかもしれない。
なんとなく「一炊の夢」「邯鄲の枕」などと呼ばれる故事を連想した。

本作は、書き下ろし作品。
単行本『総司の夢』は、2016年9月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。

総司の夢
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