新選組の本を読む ~誠の栞~

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 望月三起也『俺の新選組』 

長編マンガ。土方歳三を中心に、浪士組の京都入りから近藤派が新選組を掌握するまでを描く。

人気アクションシリーズ「ワイルド7」を代表作とする望月三起也は、力強いペンタッチ、ダイナミックなアクション、大胆な構図、奇抜なアイディア、シリアスの中にもユーモアを交えたストーリーが特徴的なマンガ家。
その作者が、実力を惜しみなく発揮して描いたのが本作「俺の新選組」である。

発表直後は生憎きちんと読む機会がなく、断片的な印象にとどまったまま時が流れてしまった。
2017年8月~2018年5月、eBOOKJapan「なつかしまんが全話読破」の一環として無料配信された。この機会に読んでみて面白かったので、今回紹介する。

文久3年、中山道の本庄宿。
京を目指す浪士組一行の宿泊地となったこの夜、大事件が起きていた。
芹沢鴨が、近藤勇の宿割りの不手際に腹を立て、宿場の真ん中に大きな焚き火をはじめたのだ。
押っ取り刀で飛び出した土方歳三は、謎の刺客たちに襲撃され、行く手をはばまれてしまう。
あわや大火災か斬り合いかという危機を収拾したのは、芹沢にさりげなく焼き芋を勧めた沖田総司。
試衛館の同志たちは、沖田の不思議な人柄を、仲間ながら改めて称賛する。
一方、芹沢の暴挙を面白がって煽り立てていた新見錦は、騒ぎが鎮火してつまらないと不満がる。
芹沢ひとりが、沖田の並々ならぬ剣才を鋭く見抜いていた。

着京した浪士組は、まもなく江戸へ帰還することになる。
清河八郎と袂を分かった近藤らと芹沢らは、残留を決意。
紆余曲折の末、なんとか一隊をまとめ、会津藩お預かりという地位を獲得する。
しかし、近藤派と芹沢派との間で、隊の実権をめぐる軋轢が顕在化、次第に激しくなっていく。


基本的に、独自の設定や展開を主とする、自由な作品。
特にアクションシーンは、奇想天外なアイディアを迫真の描写で見せる。よく考えれば現実には不可能なことも、なんとなく納得して読めてしまう。時には血腥い残酷シーンもあるものの、全体としては面白い。

実在人物のキャラクター設定にもオリジナリティが加味されている。目立つ特徴としては↓

土方歳三がクールな主役なのに対し、原田左之助が熱血漢の主役タイプに造形された。当時は目新しい。
沖田総司は、目を細めた猫のような印象の若者。つねに柔和な物腰で、すべてを柳に風と受け流す。
藤堂平助は、力士ふうの巨漢で、坊主頭と丸メガネが特徴。島田魁か松原忠司かと思いたくなる。
山崎蒸は、なんと美少女。裕福な商人・山崎屋の娘で、本名お糸。会津藩の重役によって送り込まれた。
 いつも振袖を優雅に着こなしているが、鉄火肌のおてんば。
 潜入捜査のため男子が女に変装、という名目で入隊。屯所でなく自宅で暮らしている様子。
 名前は「山崎嬢」→ヤマザキジョウ→「山崎蒸」という、近藤の勘違いから決まった。
 京都の事情に不慣れな土方たちを助け、幅広い人脈を活かして活躍する。

金も身分もない近藤や土方たちが、強い信念と剣の腕をもって戦い、自らの存在意義を確立していく、というのが全体の大きな流れ。これを主軸として、様々なエピソードが展開される。主な話を挙げると↓

◆江戸にいた頃の回想。試衛館の面々が、花火見物の宴席に乗り込み、ご馳走をただ食いする顛末。
◆反徳川の暗殺集団「黒い狐」30人と、原田・沖田・永倉・藤堂・山南5人との、息詰まる戦い。
◆土方と、そうとは知らず出会った草餅売りの娘との淡い恋。しかし、新見らの陰謀によって悲劇に。
◆土方の命を狙い、江戸から派遣されてきた謎の暗殺者たちの暗躍。
◆博奕で負けて片腕を切り落とされそうになる原田と、救出しようとする仲間たちの葛藤。
◆武装蜂起を企む過激派のアジトに、弱兵ばかりを率いて討ち入る土方の激闘。その窮地に駆けつけるのは……。
◆町人の暮らしを嫌い、武士に憧れて入隊した少年、安吉と留作。しかし、苛酷な運命が待ち受けていた。


本作の土方は、芹沢派の執拗かつ巧妙な嫌がらせに、さんざん煮え湯を飲まされる。
しかし、内紛を起こせば隊の存続が危うくなるので、我慢に我慢を重ねるしかない。
仲間たちは、そんな苦衷を察して助けたり、時にはなぜ反撃しないのかと反発したり。
そうして極限まで屈辱に堪え続けた土方たちが、ここぞというとき一気に無念を晴らすことになる。
そのカタルシスが最大の見どころ。

「俺の新選組」というタイトルには、土方が新選組に賭けた思いと同時に、作者自身が造り上げようとする新選組、という意味も込められている。

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作者の望月三起也は、もともと新選組に対して愛着が深かった様子。
幼少期にチャンバラ映画を見て、新選組はたとえ悪役扱いでもカッコイイと憧れる。
司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964)と、それをきっかけとするブームに触れ、本格的に熱中。
子母澤寛の新選組三部作、村上元三『新選組』などの関連書に親しむ。
特に、社会的に軽んじられた者たちが屈辱をバネに意地で成り上がる、という姿に共感。
一方、プロデビューし「秘密探偵JA」(1964)などで好評を博した後、新選組を描こうと考えた。
しかし、出版社からは、前作同様の現代アクションものを要望される。
そこで、新選組に独自のアレンジを加えて「ワイルド7」(1969)を創出するに至った。
やがて、読み切り作品「ダンダラ新選組」(1973-74)を経て、「俺の新選組」(1979)連載を開始。

また、マンガを発表するほかにも、『月刊歴史読本』(新人物往来社)の新選組特集に登場、思いを語っている。
■1980年7月号 …各界著名人が寄せたエッセイ特集「新選組へのメッセージ」(各1頁)に寄稿。
■1989年2月号 …「土方歳三は「ワイルド7」ばりのハードボイルドでなければならない」
 6頁にわたるイラストと文章を交えたエッセイ。
 白刃をふりかざしバイクで疾駆する新選組に、“私にとって新選組は時代劇の「ワイルド7」”とキャプション。
 ほかにも、宮古湾海戦や最後の戦いに臨む土方歳三の姿などが描かれている。
■1999年11月号 …各界著名人のインタビュー&エッセイ(各2頁)に「組織の崩壊と哀感」と題して参加。

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本作「俺の新選組」全42話は、1979年7月~1980年6月『週刊少年キング』(少年画報社)にて連載された。
単行本もたびたび刊行されている。
1980年 少年画報社 ヒットコミックス 全5巻
1989年 勁文社コミックス傑作選 上・下巻
2003年 集英社 ホームコミックス 全3巻
2004年 ホーム社 SHUEISYA HOME REMIX(ムック本) 全3巻
2009年 ぶんか社コミック文庫 上・下巻
2017年 宙出版 ミッシィコミックス 上・中・下巻
2017年 eBookJapan Plus(電子書籍) 全5巻

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本作に先駆けて発表された読み切り作品「ダンダラ新選組」については、以下のとおり。

「ダンダラ新選組」
1973年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)に「第1回愛読者賞」エントリー作品として発表。
賄い方として入隊した主人公(架空の人物)が、生き別れの妻子を捜すという秘めた目的のため苦闘する。

「ダンダラ新選組 炎の出発(たびだち)
1974年、『別冊少年ジャンプ』に発表。試衛館一党が京へ上る直前の物語。
天然理心流をつぶそうとする勢力の陰謀に陥った土方歳三が、仲間たちとともに戦い、危機を脱する。

単行本は、朝日ソノラマ サンコミックス(1975)、ぶんか社コミック文庫(2009)など。
また、ミッシィコミックス『俺の新選組』下巻(2017)に、2編とも収録されている。

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作者は2016年4月3日、肺腺がんのため亡くなった。享年77。
2010年、肺がんと診断されるも、治療を受け、執筆活動や趣味のサッカーができるまでに回復していた。
2015年11月、再発。「長くて1年、短くて半年」と余命宣告された事実を公表。
当時、本作の続編として「新選組を題材とする作品を描きたい」と語った。
そもそも「俺の新選組」連載終了も、本人の意向というより、出版社の都合が優先された結果だったらしい。
続編では、箱館戦争の土方歳三を描く構想だったとか。その後、この続編執筆に全力を注いだ様子だが、惜しくも完成に至らなかった。
新選組への情熱を傾ける最中に旅立ったことは、故人にとって幸福であったなら……と祈るのみである。

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 樹なつみ『一の食卓』 

長編マンガ。タイトル読みは「はじめのしょくたく」。
パン職人の少女・明(はる)と、元新選組の斎藤一こと藤田五郎が、明治の世を生きていくさまを描く。

樹なつみの作品は、少女マンガらしい華やかなキャラクターが印象に残る。
のみならずストーリーも面白い。特に、心理戦や政治的な駆け引きの描写が、個人的に好みだ。
主人公が一本気で正直な人物であっても、脇の味方や敵には権謀術数に長けた者がいて、目的達成のため様々な手段を用いて闘う。時には、世界規模の壮大な争いが繰り広げられる。
このような闘争を絵にするのは難しいだろうが、それを巧みに描き出すのが作者の才能と感じる。

この作者が、新選組の生き残り・斎藤一を登場させ時代ものを描くと知って、興味を惹かれた。

幕末の慶応4年(1868)、上野戦争によって戦災孤児となった少女・明。
仏人フェリに助けられ、彼の営むベーカリー「フェリパン舎」で働くことに。
懸命に修業し、15歳にしてパン職人の才能を開花させ、店を切り盛りできるまでに成長した。

そんな明治4年(1871)のある日。
築地ホテル館を訪ねた明は、岩倉具視からひとりの男を紹介される。
長身に黒衣をまとい、昏い眼をした無表情な男は、どこか狼を思わせた。
「下男でもよいから、この男をフェリパン舎に置け」と命令され、困惑し憂鬱になる明。
しかし男は、明が焼いたパンを完食した。当時、フランスパンは「皮が固く食べにくい」と不評だったにもかかわらずのことであり、これをきっかけに明の警戒心が解ける。

「藤田五郎」と名乗ったその男は、両刀を置き、身なりを改め、住み込みの下男となった。
納品(配達)や薪割りなど力仕事を任され、寡黙ながらよく働くものの、何やら隠し事がある様子。
ある日の夕方、新島原(新富町の花街)へ五郎を探しに行った明は、怪しい浪人の2人組に捕まる。
言いがかりをつけられ、斬り殺されそうになったところを救ったのは、五郎だった。

五郎には公にできない前歴や秘めた目的がある、と気づいてしまった明だが、本人にそれを問い質すことはできなかった。もし穿鑿すれば、この人は出て行ってしまう。二度と会えなくなる。
それならいっそ何も知らずにいたほうがよいと思うほど、明の心は彼に惹かれ始めていた。


主な登場人物については、以下のとおり。

西塔明(さいとうはる)
苦労に負けず前向きに頑張る、おきゃんな15歳。
もとは江戸・谷中の長屋に住む夫婦の一人娘。父親は、不忍池近くで水茶屋商売をしていた。
上野戦争の際、彰義隊の残党に両親を斬殺され、火の中に呆然と立ち尽くしていたところ、別の彰義隊隊士に救い出された。路傍で、たまたま通りかかったフェリに拾われる。
フェリの恩に報いようと懸命に働き、パン作りの秘伝を教わるほどになった。それを嫉んだ他の職人たちが「色仕掛けで取り入った」と中傷し出ていったため、人手不足の店を切り回すのに苦労している。
フランス料理も勉強中。フェリからもらった耳飾り(ピアス)をつけている。
名字を名乗ったのは明治3年から。「西塔」は、母の出身地の村名に因む。

藤田五郎
もとは新選組の三番組長・斎藤一。
会津には特別な思い入れがあるらしく、戊辰戦争では会津に残って戦い続けた。
降伏後、どういう経緯があったものか、薩摩藩・西郷隆盛の配下となり、西郷の命によって川路利良の密偵となる。しかも背後には大久保利通がいるという、複雑怪奇な立場に置かれている様子。
東京では本郷に住まいを持ち、新選組時代からの従者・清水卯吉に家内を任せていた。
任務のため、フェリパン舎に下男として入り込むが、同舎の人々を巻き込んではいけないと考える。
食べ物の味には執着しない性格。単に食事を残すのはよくないと思い、明の焼いたパンを完食した。
それがもとで明から好意を寄せられるが、乙女の恋心にはまったく気づかない鈍感ぶり。

フェリックス・マレ
スイス系フランス人。27歳。周囲からは「フェリ」「フェリさん」と通称されている。
パリで修業し、上海経由で幕末の横浜へやってきたらしい。
東京・築地の外国人居留地に築地ホテルが開設されると、その料理長として招聘された。
一方、居留地内に自分の店フェリックス・ベーカリー(通称フェリパン舎)を営む。
年齢や性別によって差別することなく、明の味覚とセンスを高く評価している。
一見クールな美形だが、感情の起伏がずいぶん激しい。明が作ったパンの出来に感激したり、フランスパンの良さが日本では理解されないことに憤ってみたり。
五郎の受け入れに当初かなり難色を示すものの、本人に会うと、真のサムライを間近に見た喜びに萌えまくる。

佐助
銀座丸木屋の跡取り息子。パン作りの修業と称してフェリパン舎に入り浸り、仕事を手伝う。
明に好意を寄せているが、明からは友達か兄弟、もしくは同業の同志としか思われていない。

徳三(とくぞう)
フェリパン舎の職人。温厚な人柄。一緒に働く明を、父のように優しく見守っている。

お吟
もとは柳橋の売れっ子芸者。高級料亭・富岳楼を、女将に代わって切り盛りするやり手。明の理解者。
人力車夫をしていた弟を亡くし、形見の衣類を五郎にゆずる。

岩倉具視
言わずとしれた明治政府の大立て者だが、依然として直衣に烏帽子の公家姿。
鷹揚な殿様として振る舞いながら、観察眼は鋭く、穏やかな口調で毒舌を吐く。
出店の便宜を図るなどフェリの後援者であるが、無理難題を押しつけることも多く、フェリには「今まで会った日本人の中で最も食えない人物」と評される。明にも、苦手な人と敬遠されている。

清水卯吉(しみずうきち)
元新選組隊士、年若い。斎藤一の従者として共に会津戦争を戦い、降伏後の斗南移封にも同行した。
(※実在人物。慶応3年秋頃に入隊、年齢や出身地は不詳。降伏後の消息も伝わっていない。)
五郎を今も「斎藤先生」と呼び、心服している。
郷里に帰るよう諭されても聞き入れず、五郎の身辺をあれこれ世話している。料理が得意。
密偵の任務に時間を充てたい五郎が、卯吉をフェリパン舎に連れてきてパン作りの手伝いをさせたところ、器用で飲み込みが早いため重宝される。

原田左之助
もとは新選組の十番組長。(※先年、新選組内の小隊は八番までだったとする考察が発表され、原田の役職は「小荷駄」の組頭から「七番」組頭に移行したと指摘されている。)
上野戦争に彰義隊の一員として参戦、死亡したと思われていたが、なんと生きていた。
突然に五郎を訪ねてきて、互いの無事を喜び合うものの、何やらワケありの様子。

永倉新八
松前脱藩、もとは新選組の二番組長。
戊辰戦争の折、新選組と決別し、靖共隊を組織して戦う。途中までは原田と一緒だった。
降伏後、松前藩への帰参が許され、藩医・杉村家の婿養子となり、福山(松前)に移り住んだ。
東京へ人捜しにやって来て、偶然に朋友の原田と再会する。

元新選組隊士では、ほかに「梶谷」「吉田」と呼ばれる2人組が登場。
食い詰めて過激攘夷派の用心棒に雇われ、五郎を探す明を見咎め、危害を加えようとする。
この2人は、戊辰戦争の際に銚子で高崎藩に降伏、放免後に勝海舟を訪れ金銭を借用したと伝わる梶谷麟之助と吉田泉(俊太郎)がモデルと推測される。

また、新選組時代の回想シーンに、土方歳三沖田総司が登場する。
土方は、怜悧な策士であり、斎藤に密偵役を命じた上司。
沖田は、ざっくばらんに振る舞いながらも、油断ならない雰囲気を漂わす同輩。
伊東甲子太郎は、1コマのみ登場するが、台詞はない。
近藤勇もちらっと出てくるが、台詞がない上、なぜか顔の下半分や後ろ姿しか見えない。

会津戦争・如来堂の場面では「新井」「池田」という隊士が出てくるが、かなり引きのコマなので容貌ははっきりしない。当地で戦死したと伝わる新井破魔男と、脱出して生きのびた池田七三郎(稗田利八)と推測される。
さらに、如来堂には前述の吉田俊太郎もいたはずで、よく見るとそれと思しき人物が描かれている。

新選組以外の実在人物では、過激攘夷派の愛宕通旭と外山光輔、古賀十郎、中村恕助、堀内誠之進が登場。彼らの密謀は、後に「二卿事件」として知られることに。
また、山縣有朋や中村半次郎(桐野利秋)も登場する。

連載7回までの登場人物はこういう状況だが、今後は上記の新選組隊士らが再登場するのか、あるいは新たに登場する元隊士もいるのか、楽しみである。
例えば、安富才助や中島登、島田魁、川村三郎(近藤芳助)、市村鉄之助、立川主税、三木三郎や阿部隆明あたりが出てきたら面白いだろう。
もしくは、永井尚志、榎本武揚や大鳥圭介など隊士を知る人物、佐藤彦五郎や沖田みつなど親類縁者も良さそう、などと想像をめぐらせてみる。

明にとって、フェリパン舎は唯一の居場所であり、共に働く奉公人たちは家族のような存在である。
だからこそ彼女は、まかない(食事)も自ら心を込めて作る。
五郎に不審な行動があっても何も聞かず、ただ「夕食は必ず皆で一緒に食べてください、それがフェリパンの掟です」と宣言して食事を出す。
食べ物の美味い不味いに興味のない五郎にも、明のパンや手料理の味わいは伝わるのだった。
この場面に込められた思いが、作品タイトル『一の食卓』の由来なのだろう。

明治初年、政治も人々の暮らしも安定しない新生日本が、本作には描かれている。
登場人物たちは、それぞれ経歴も境遇も異なるが、己の過去にどう区切りをつけ、新時代をどう生きていくのかを模索している、という点で共通している。
その中で、藤田五郎は何のために政府の密偵として働くのか、明やその他の人々との関わりによってどう変わっていくのか、今後の展開が興味深い。
行き場の定まらない清水卯吉や原田左之助も、自分なりの着地点を見出すことができればよいと思う。

明の片想いは、おそらく実らずに終わるのだろう。
それでも、めげずに日本一のパン職人を目指して、幸せになってもらいたい。
日本は、明のような人々の生きる力によって築かれた。そこに今、我々が生きている。

白泉社刊『メロディ』(偶数月刊)に、2014年8月号より連載中。
2015年3月、単行本(花とゆめCOMICS)第1巻が刊行された。
2015年9月、第2巻が発刊。
2016年3月、第3巻が発刊。
2016年11月、第4巻が発刊。
2017年5月、第5巻が発刊。
2018年2月、第6巻が発刊。

[追記 2017/12/11]
本作の連載は、『メロディ』2017年12月号をもって終了した。
作者コメントに「今回で一応、第一部終了という事で続きはまたいずれ」とある。

一の食卓 1
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一の食卓 2
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一の食卓 3
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一の食卓 4
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一の食卓 5
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一の食卓 6
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 杉浦日向子『合葬』 

長編マンガ。上野の彰義隊戦争を背景として、3人の少年武士の生と死を描く。
2014年12月、実写映画化が発表された。2015年秋、公開予定。

前回『大江戸観光』に続いて、今回も杉浦日向子の作品を取り上げる。
本作に新選組隊士は登場しないが、彰義隊は新選組と決して無関係ではない。
上野戦争には、新選組の原田左之助や岸島芳太郎が参戦したと伝わり、他にも大谷勇雄など江戸に残った隊士が関与していた可能性が考えられる。
また、彰義隊の中には上野敗走後、旧幕軍に合流し、新選組と共同して戦い続けた人々も多くいる。
というわけで、本作を読むことも新選組を知る上で意味があると思う。

本書の構成は、(壱)から(了)までの本編8章と、番外編「長崎より」の全9章。

慶応4年(1868)4月10日夜、江戸市中。
旗本笠井家の跡取り養子・柾之助は、突然に養父を喪った。
養父は朋輩との酒席で抜刀して死んだというが、事故とも自殺とも定まらない。
養母と養祖母に仇討ちを強要され、柾之助はやむなく笠井家を出た。しかし、筋の通らない仇討ちはできず、養母らの本心は自分を厄介払いすることと気づいてもいた。さりとて、実家へ戻るわけにもいかない。
品川の叔父を頼ることにして、その夜は神社の石段に腰かけて明かした。
明くる日、江戸城の無血開城が実現し、府内は新政府軍の占領下となった。

旗本福原家の屋敷では、若き当主・主計と弟・悌二郎が、秋津極と面談する。
極は、福原兄弟の妹・砂世との婚約解消を申し入れてきたのだった。
主計はやむなしと受け入れるが、悌二郎は納得できず強い憤懣を覚える。悲嘆にくれる砂世に「極を連れ戻す」と約束して、彼の後を追う。
激しく抗議する悌二郎と、冷静に受け流しながらも決心を変えない極。
そこへ、茶店で雨宿りしていた柾之助が声をかける。こうして偶然にも、旧知の3人が会した。
極は、家督を弟に譲り、自らは彰義隊の一員として上野に籠もると、決意を語る。
悌二郎は、上様(慶喜)が上野を去って彰義隊は大義を失ったと条理を説くが、極の耳には届かない。
そして、極につられるようにして、柾之助も彰義隊に加わる。

悌二郎は、彰義隊幹部の森篤之進に面会し、極の除隊を懇願する。
穏健派の篤之進は、戦争回避のため日夜努力していたが、血気に逸る若い隊士たちを抑えきれずにいた。
そして、松源楼(料理茶屋)では、酔った新政府兵とのいざこざが死闘に発展してしまう。
柾之助は、松源楼の娘かなに好意を寄せるが、彼女からは極に付け文を渡してくれるよう頼まれる。
極は、弟の撰から、父の体調不良を理由に家へ帰るよう懇願される。しかし、徳川への批判を聞かされて激高し、決別を宣言する。
そうした日々のうちにも、開戦の時は密やかに、しかし確実に近づいていた。


彰義隊とは、ごく大まかに言えば、主君慶喜と徳川家の危急存亡を救おうとする有志たちの集まりである。
一橋家の家臣や恩顧の者が中心となり、慶応4年2月23日、浅草本願寺に集合した130人によって結成。
当初は「尊皇恭順有志会」と称し、上野寛永寺で謹慎する慶喜を護衛。市中警備も任されるようになる。
4月11日、江戸城が開城となり慶喜が水戸へ去った後は、寛永寺の貫首たる輪王寺宮公現法親王と徳川家の祖廟を守ると唱え、活動を続行。
他からも恭順を不服とする抗戦派が次々と合流し、約3000人もの大勢力となる。
市中では、彰義隊と新政府兵との衝突が度々起きた。
新政府は彰義隊を危険視し、大村益次郎に討伐の指揮を命じる。
5月15日の早朝、ついに上野戦争の火蓋が切られ、夕方にかけて激戦が繰り広げられた。
開戦時、上野に立て籠もった彰義隊は1000人ほどという。敗北の果て、300人前後の戦死者を出した。
(その後、脱出した者も潜伏中に捕えられたりしたが、180人近くは箱館まで転戦し、うち60人ほどが戦死を遂げることになる。)

彰義隊の幹部たちを除くと、隊士の多くは十代後半であったという。
本作の主人公たち、柾之助、極、悌二郎の3人は、まさにその年代である。
上級旗本の家に生まれ育ち、それゆえに彰義隊に関わって上野戦争に巻き込まれた彼らが、極限状態の中で此岸と彼岸とに分かたれていく経緯を、本作は描き出している。

主人公のひとり、吉森柾之助は、嘉永5年(1852)生まれ、満15~16才。柔和で温順な性格。
実家の吉森家は1000石取りの旗本だが、自身は妾腹の生まれである。多額の持参金をもたされ旗本笠井家(300石、無役)へ養子に入った。しかし、養父の頓死によって放逐され、なりゆきで彰義隊に加盟。
実家でも養家でも厄介者だった自分が、初めて必要とされたと感じる。

秋津極(あきつきわむ)は、嘉永4年(1851)生まれ、満16~17才。
容姿はクールでも、心の中では激しく思い詰め、時に感情を爆発させる。
ゆくゆくは福原家の砂世を娶り、秋津家を継ぐ立場だった。(縁組みしたからには同等の家格と思われる。)
しかし、江戸開城後に水戸へと発つ慶喜の姿を見送り、あまりの痛ましさに衝撃を受け、主君の受けた恥辱を晴らそうと決意。砂世との婚約を解消し、秋津家を弟の撰(すぐる)に譲って、彰義隊に加盟する。

福原悌二郎は、嘉永4年生まれ(1851)生まれ、満16~17才。
真面目な秀才で、盛んな向学心の持ち主。弁舌が立ち、思ったことははっきり言う。
長崎に留学して蘭学を学び、合理主義的な考え方が身についている。
生家の福原家は1200石、中奥小姓の家柄。兄・主計を敬い、妹・砂世を可愛がっている。
用事がてら数日の予定で長崎から帰省した際、砂世との婚約解消を申し入れてきた極に激怒。嘆き悲しむ砂世のため、極に翻意を迫る。彰義隊に対しても「大義なき屯集」と批判的。

3人に次いで重要な人物が、彰義隊幹部の森篤之進である。当年24才。
身なりをかまわず、風采が上がらない。微笑みをたたえた穏やかな佇まいだが、実は切れ者。
京橋の質屋・丸福屋久兵衛の三男に生まれ、12才にして旗本森家の養子となった。
学問を開成所に学ぶ。剣は鏡心明智流・桃井春蔵直正に師事し、免許の腕前。
隊内穏健派・川村敬三の腹心の部下であり、新政府軍との戦いを回避すべく、彰義隊を穏便に帰順させようと工作している。しかし、隊士らを騙すようなことはしたくない。
面倒見が好く、若い隊士達から慕われている。しかし、強硬派からは命を狙われる。

実在の人物も登場。
大身旗本の川村敬三と池田大隅守、実権を握る強硬派の天野八郎、洋装に連発銃を引っさげた丸毛靱負、文武両道の美丈夫たる春日左衛門など、彰義隊の面々が描かれている。

参戦した大人の幹部らは、全員が上野で討死したわけではない。
上野を脱出後、潜伏中に捕われたり、各地転戦の中で落命したり、維新後まで命を長らえた人物もいる。
彼らには「ここで死ぬのは無意味」という分別や冷静な判断があり、危地を切り抜けるすべも弁えている。
一方、少年隊士たちは、激戦に次々と命を散らしていく。彼らは若さゆえに、純粋であり不器用であり、無力だ。

作者は、本作を描いた動機について、次のように述べている。
――(※古今亭志ん生の落語「火焔太鼓」で、道具屋をひやかす客の世間話に、上野戦争の体験談が出てきた、という前置きをして)とても不思議な、そして身近な親しみを感じました。
『合葬』は上野戦争前後の話です。描くにあたり、この志ん生のまくらを終始念頭に置くようにしました。四角な歴史ではなく身近な昔話が描ければと思いました。
彰義隊にはドラマチックなエピソードが数多くあります。勝海舟、山岡鉄舟、大村益次郎、伊庭八郎、相馬の金さん、松廼家露八、新門辰五郎等、関わるヒーローもたくさんいます。
が、ここでは自分の先祖だったらという基準を据えました。隊や戦争が主ではなく、当事者の慶応4年4月~5月の出来事というふうに考えました。
この選択に悔はありませんが、好結果となったかどうかは心もとない限りです。
江戸の風俗万般が葬り去られる瞬間の情景が少しでも画面にあらわれていたら、どんなにか良いだろうと思います。――
(本書前書き「ハ・ジ・マ・リ」より)

つまり、遠くて近いような、近くて遠いような114年前(執筆当時)の、「江戸」という時代、「江戸」という町が迎えた終末。その時そこに居合わせた人々は、何を思いどのように過ごしたのか。
それが作者の描きたかったものであり、「江戸」への愛情表現なのだろう。
主人公たちの辿った運命は、過酷な歴史に蹂躙され失われていった「江戸」の姿に重なるようだ。

タイトル『合葬』の意味は、柾之助が松源楼の娘かなから託された肌守りの扱いに込められている。
極に渡すことができず、かといって捨てるに捨てられなかったそれを、彼はどうしたのか、ここに明記することは控えたい。ただ、深い悔恨と無力感が伝わってくる一場面である。

本編の後に収録された番外編「長崎より」は、上野戦争勃発より前のおそらく3月頃だろう、悌二郎が長崎で勉学に勤しむ日々を描いている。
学友たちと親しく語らい、砂世への土産を苦労しつつ買い求めるさまは、明るく微笑ましい。
この青春の日々も、前途有為の精神が抱いた志も、二度と戻らないことは本編に描かれたとおりだ。

本作は、少々眺めただけではわかりにくいかもしれないが、じっくり読むと独特のリアリティを感じる。
決して「迫力ある戦闘を描く」「旧幕方諸士の雪冤に懸ける」などと力んではおらず、むしろどこか長閑ささえ漂わせるが、「江戸」を肌で感じているような気分になってくる。これは、愛着のみならず、確かな時代考証に基づいているためでもあるだろう。
また、描写の細やかさにも魅力がある。柾之助が菓子の半分をイヌに与えたり、極が雨の中で悌二郎に傘を差し出しながら自分は佩刀にちゃんと柄袋をかけていたり、悌二郎が砲火の中でクジャクに見とれたり、といった何気ない部分に心理や性格など様々な要素が含まれている。
出来事の経過をきちんと踏まえ、伏線をきっちり回収するなど、ストーリー運びも巧い。

本作の初出は、『ガロ』1982年7月号~1983年4月号。
1983年、上記の連載分に「長崎より」を加えて、青林堂より単行本が刊行された。
1987年、ちくま文庫版が出版。
1995年、『杉浦日向子全集 第2巻(合葬)』として筑摩書房より出版。
2014年、青林堂の単行本が、小池書院より再刊された。

彰義隊のノンフィクションを読むなら、加来耕三『真説 上野彰義隊』(中公文庫/1998)、森まゆみ『彰義隊遺聞』(新潮文庫/2008)がよく調査・研究されており、なおかつ比較的手に入れやすいかと思う。
ちなみに、杉浦日向子は加来耕三と親しかったそうで、『大江戸観光』では「同い年のお友だち」「彼の調査の手腕には、ほんとうに敬服しています」と述べている。
また、上野戦争のみならず、彰義隊の蝦夷地での戦いと降伏までを解説した研究本として、菊地明『上野彰義隊と箱館戦争史』(新人物往来社/2010)がある。

合葬
(ちくま文庫)
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合葬
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真説 上野彰義隊
(中公文庫)
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彰義隊遺聞
(新潮文庫)
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上野彰義隊と箱館戦争史
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 かわぐちかいじ『兵馬の旗』 

長編マンガ。副題『Revolutionary Wars』。
幕臣・宇津木兵馬(うつぎひょうま)と薩摩藩士・村田新八郎とが、浅からぬ因縁に結ばれながら、敵対する立場となって幕末動乱を戦い、新しい日本の在り方を模索していく。

慶応4年1月、鳥羽・伏見の戦いが勃発。
幕府陸軍伝習隊指図役・宇津木兵馬は、薩摩銃士隊隊長・村田新八郎と偶然に再会する。
ふたりは旧知の間柄だったが、今や戦場に敵同士として相見えたのだった。

彼らが初めて出会ったのは慶応2年、帝政ロシアの首都サンクト・ペテルブルク。
旗本の次男である兵馬は、幕府留学生のひとりとして滞在していた。
新八郎は、薩摩の藩費でイギリスへ密航留学しており、ロシアへは視察で訪れた。
意気投合し、兵馬が新八郎に打ち明けた事情――それは、自身がロシア貴族の娘アンナと恋に落ちたこと、彼女が身ごもっていることだった。
新八郎は、兵馬の人柄と覚悟のほどを信頼し、協力を約束。駆け落ちに同行し、追っ手をくい止める激闘の中で大火傷を負う。彼がロンドンに戻れたのは、その1ヶ月後だった。

新八郎の援助により、兵馬はアンナとともに無事パリへ逃れた。アンナは男児を出産する。
ところが、兵馬はアンナと我が子を残し、帰国の途に着く。存亡の危機にある祖国のために役立ちたいと決意したからだった。
ロンドンの新八郎は、兵馬が妻子を捨てて逃げたと思い、失望と義憤に駆られる。

やがて淀の戦場で、次いで混乱の大坂で対峙した兵馬と新八郎は、互いに敵対するほかなくなった現実を確認して別れる。
江戸へ戻った兵馬は、勝安房の下で江戸城総攻撃の回避に尽力した後、旧幕脱走軍に加わり、北関東の戦いを経て会津に赴く。
そこで奥羽列藩同盟の成立に立ち合い、旧幕府と新政府の合議による「共和政事」こそ新生日本にふさわしいと気づき、単身江戸へ引き返す。新八郎を通じ、その構想を新政府に伝えようしたのだった。

折しも江戸では、彰義隊戦争が勃発。戦火の中、兵馬は攻撃軍にいるはずの新八郎を探し求める。
新八郎もまた、兵馬が残したメッセージを認め、出会う機会を窺っていた。
その頃、パリで愛児トーリャを育てるアンナは、留学中の徳川昭武に出会い、さらに兵馬からの手紙を受け取って、日本への思いを強くしていた。


小学館『ビッグコミック』に連載中の作品。いずれ完結してから取り上げる予定だったが、NHK大河ドラマ「八重の桜」で会津戦争が描かれタイミングがよいと思い、紹介しておくことにした。

作者かわぐちかいじの作品には、社会の大変革に際して新たな価値観を示すリーダーが登場し、それに共感した人々の力で理想が具現化していく、といった話が多い。本作もその典型と感じられる。

主人公の宇津木兵馬は、文武両道の英才、誠実で努力家と、主人公に相応しいキャラクター。
信念を貫徹するために熱くなることはあるが、基本的には穏やかで、部下や女子供に優しい。
理想家肌ながら、現実に裏切られても決して諦めない粘り強さも持っている。
留学先のロシアでアンナと出会い、互いに魂の結びつきを感じ恋に落ちる。ただ、婚約者がいる貴族令嬢と深い仲になってしまったのは軽率というか、人生最大の不覚だったかもしれない(笑)
彼が独身でなく妻子を持っていることで、物語に説得力が増している。アンナと我が子に再び会いたい、ふたりに美しい祖国日本を見せたいという願いが、兵馬の原動力となっているからだ。

対する村田新八郎は、義に篤く、直情径行で一途な性格。
信頼を裏切られたと思い込み、兵馬を憎むようになる。実は、兵馬が新八郎に宛てた手紙が届かなかったために生じた誤解なのだが、聞く耳を持とうとしない。
さらに、鳥羽・伏見戦で兵馬率いる伝習隊に多くの部下を斃され、復讐を誓う。大坂では、兵馬を殺害する勢いで真っ向から斬りつけもした。
しかし、心のどこかに兵馬への信頼が生きているようで、上野戦争の後には敢えてふたりきりで会う機会を作り、兵馬を斬ろうとしながらも実行できずに立ち去った。
兵馬の「共和政事」構想に共感するものの、武力による決着を見なければ実現できないと考える。

アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナは、貴族令嬢らしく淑やかだが芯は強く、はっきり物を言う性格。
彼女の父は、帝政ロシアに反抗した青年将校(デカブリスト)であり、シベリア流刑に処せられた。彼女の母は、彼を追って流刑地へ行き、アンナを生んでいる。
アンナ自身も人権思想を是とし、兵馬に「革命で目覚めた市民や農民の人権意識は、どんな圧力でも消すことはできない」「革命とは人々の意識が変わること」「この流れはいつか日本にも伝わる」と説いた。
母ゆずりの情熱と行動力で、兵馬に会うため幼いトーリャを連れて来日する。

兵馬の部下である伝習隊の松蔵、梅次郎、竹吉、女にモテたくて彰義隊に加わった旗本の市村小太郎などといった脇役達も、ストーリーに興趣を添えている。

実在モデルのいる人物が多数登場。
旧幕&同盟軍側は徳川慶喜、徳川昭武、榎本武揚、沢太郎左衛門、勝安房守、山岡鉄太郎、大鳥圭介、梶原平馬、秋月悌二郎、山川大蔵、但木土佐、瀬上主膳、玉蟲左太夫、松本良順など。
新政府側は西郷吉之助、中村半次郎、相楽総三、九条道孝、大山格之助、世良修蔵、大村益次郎、板垣退助、伊地知正治など。
そのほかに橘耕斎、新門辰五郎、ヘンリーとエドワルトのシュネル兄弟など。

新撰組ももちろん登場する。
土方歳三率いる新撰組が、伏見~淀の戦場で兵馬の伝習隊とともに戦うのが初登場。
その後も土方は大坂、江戸城、横浜、国府台、宇都宮、会津の場面に登場し、時に兵馬と語り合う。
土方が戦い続ける理由は、「このまま薩長の天下にしたくない」。兵馬が語る「徳川の世でも薩長の世でもない新しい国」の実現には懐疑的だが、頭から否定することはしない。
そのほか新撰組の主要人物では、近藤勇が流山での投降場面(土方の回想)に登場する。

ところで、新撰組が鳥羽・伏見戦でダンダラ羽織を着用している。マンガはわかりやすいビジュアル表現が必要なので、敢えてそのように描いたのだろう。
しかし、慶喜が江戸城を出て寛永寺大慈院へ移る場面では、目立たぬよう護衛する新撰組を見て、野次馬の町人達がこんな噂をしている。
「見ろよ、後詰めに新撰組だ。つかず離れず…」
「幕臣じゃねえから堂々と警護できねえからな」

いやいやいや、この時すでに幕臣ですけど?
これは町人達の勘違いなのか、作者がそう思っているのか、微妙だ。
こういうツッコミ心をくすぐってくれるところも、本作の面白さと思っておこう(笑)

最新刊7月25日号(2013年7月10日発売)掲載話では、二本松の陥落後、会津へいよいよ新政府軍が迫る局面が描かれている。
兵馬は伝習隊を率い、二本松藩兵、仙台藩兵、新撰組とともに母成峠の守備を固める。
一方の新八郎は、夫に会いたいというアンナの願いを聞き入れ、彼女を連れて奥羽へやって来た。
この先、会津が城下戦に突入し、奥羽越列藩同盟が瓦解する中で、兵馬は理想と現実のギャップをどう乗り越え、どこへ向かっていくのか。アンナは兵馬と無事に会えるのか。新八郎は兵馬と再会した時、どうするのか。連載はいつまで続き、歴史的展開はどこまで描かれるのか。
いろいろと気になる。

本作は、小学館『ビッグコミック』(月2回刊)にて、2011年2月25日号から連載中である。
単行本は、小学館ビッグコミックスが刊行されている。

ちなみに作者は、『ジパング 深蒼海流』を講談社『モーニング』(週刊)に2012年12月から連載している。こちらは平安時代、源平の興亡を描く作品。
平治の乱に源義朝は敗死し、遺児・頼朝は捕われ処刑されるところを、平清盛に助命され伊豆へ配流となった。義朝の愛妾・常磐が生んだ牛若(義経)も、やがて鞍馬寺へ送られる。
最新刊第33号(2013年7月18日発売)の掲載話では、頼朝が北条政子を妻にしたところ。
大河ドラマ「平清盛」の放映がちょうど終わろうとする時にこの連載が始まって、作者はいったい何がしたいのだろう?と思った。

しかし連載が続くうち、この作品は武家政権の誕生を描いていると気づいた。つまり、武家政権の終焉を描く『兵馬の旗』と対になる物語なのだ。
天皇を頂いて覇権を握ろうとする源氏vs.平氏、そして新政府vs.旧幕府の争いには、共通性が窺える。
作者は両作によって、日本人の精神性を解き明かそうとしているようだ。
単行本は、モーニングKCが刊行されている。


[追記 2014/08/07]
「兵馬の旗」連載は、『ビッグコミック』2014年8月10日号(7月25日発売)にて最終回を迎えた。
シリーズのクライマックスは、箱館戦争がいかにして終結したか、だった。
最終話は、戦後の新たな国造り、人々の新たな人生と次世代の自立を、簡潔に描いている。
こういう終わり方をしたのは、主人公・兵馬と新八郎が敵同士から盟友に戻り、区切りがついたからだろう。
個人的には、彼らの戦後の苦闘ぶりも読んでみたかった気がする。

兵馬の旗
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 和田慎二『あさぎ色の伝説』 

長編マンガ。激動の幕末を生きる新撰組、沖田総司の青春を描くシリーズ。全10話が発表されている。

『スケバン刑事』『超少女明日香』『ピグマリオ』などを代表作とする作者としては、異色とも言える時代物。
白泉社のマンガ誌『LaLa』『花とゆめEPO』への掲載が初出。以下、発表の順番に列記する。

「風車」 (1976 読み切り)
元治元年春の設定。シジミ売りの佐平が何者かに斬殺され、一人娘お美津は衝撃のあまりなすすべもない。佐平と親しかった総司は、お美津に自分が犯人だと告白し、仇を討ちたければ自分を正面から憎めるようになって来い、と叱る。内気で引っ込み思案のお美津だったが、自らを励まし自立しようとする。
一方、長州藩士・桂小五郎は、「無辜の町人を殺害した新撰組を討つべし」と同志らを煽動していた。

「試衛館の鷹 第1章」 (1976 読み切り)
文久元年初秋の設定。宗次郎(元服前の総司)は、高尾山で関宿藩の姫と乳母に出会い、ふたりの命を狙う同藩の反主流派と戦うはめになってしまう。浮き世離れした姫の言動に手を焼きながらも、いつしか互いの心は通いあう。幼い日の出会いの記憶が甦った時には、別れが待っていた。

「試衛館の鷹 第2章」 (1977 前後2回)
文久元年冬と推測される話。初めて人を斬った宗次郎は、苦悩のあまり惑乱。小石川養生所に担ぎ込まれ、年若い女医チエと出会う。そして、宗次郎に斬られた浪人も、養生所での治療により命を取り留め、快方に向かっていた。浪人は、宗次郎の人柄と天賦の剣才を知って復讐の気持ちをなくす一方、悪性腫瘍を患っており、医師から余命宣告される。

「試衛館の鷹 第3章」 (1977 前後2回)
文久2年早春と推測される話。原田左之助が富くじで20両を当て、試衛館一同は吉原遊郭へ繰り出す。無理やり連れていかれた宗次郎は、吉原の大門組一家を束ねる女親分・竜子と出会う。
竜子に紹介された見世に上がり、こざと太夫を敵娼とされ、ふと気づいた時には逃げ場を失っていた。
その時、酔った侍客が見世に押しかけ、刀を抜いて騒ぎを起こす。

「試衛館の鷹 第4章」 (1977 前後2回)
文久2年春と推測される話。土方歳三は、ヤクザに追われる幼い少女を偶然に救った。何も語ろうとしない少女につきまとわれ、困惑する歳三の胸に、過去の思い出がよみがえると共に、将来への展望を持てない鬱屈と苦悩がのしかかる。

「試衛館の鷹 第5章」 (1977-78 全3回)
文久2年夏の設定。江戸に麻疹が流行り、小石川養生所には薬を求める人々が殺到。宗次郎はチエの薬草探しを手伝った後、自分も出稽古先で発病してしまう。布田宿の古寺に伏せるが、病状は重かった。
そこへ、姉ミツに似た女性が現れ、宗次郎に薬を飲ませる。

「水鏡」 (1978 読み切り)
文久3年初冬の設定。新参ながら腕の立つ隊士・本間丈太郎は、快活な性格で皆に好かれる。総司とも親しかったが、些細な誤解から反発し、総司に恋する娘お吉を強引に手に入れた。しかし、頻発する辻斬り事件の犠牲となる。犯人の正体に気づいたのは、総司ひとりだった。

「風のまつり唄」 (1978 全4回)
文久2年暮れから翌3年、試衛館一党が、浪士組に加盟して京へ上る物語。芹沢鴨との出会い、本庄宿での篝火騒動、清河八郎の策謀、芹沢・近藤らが残留し会津藩預かりとなる経緯を描く。
総司が、江戸へ去る清河に渡した餞別は、百人一首(歌がるた)の右近の札だった。

「菊一文字」 (1988 前後2回)
元治元年春と推測される話。戦いの中で愛刀を損じた総司は、橋の下に住む刀剣商・茂兵と知り合い、赤錆びた刀を無料で譲り受ける。それを研ぎに出したところ、名刀・菊一文字と判明。正当な対価を支払おうと思うものの、茂兵は何者かに殺害される。
一方、会津藩の周旋により、篠原咲之進と名乗る美形が入隊する。総司は、咲之進が実は女であることに気づいていた。

「夢桜」 (1989-90 全3回)
元治元年初夏と推測される話。新撰組の幹部らは、咲之進が男を装い入隊してきた意図を計りかねる。土方は、会津藩から送り込まれた調査役かと疑う。
咲之進から真剣勝負を挑まれた総司は、人目につかない杉木立の中、季節外れの花を咲かせる桜の木の下へと連れていった。咲之進は、亡き芹沢鴨の仇を討つと宣言し、刀を抜く。

沖田総司が悩み傷つきながらもまっすぐに成長し、活躍する姿を描いた作品。シリアスなストーリーものだが、適度にギャグもあり、悲愴なだけの話にはなっていない。
天真爛漫な総司、知謀家の土方歳三、朴訥な近藤勇といった人物造形は、司馬遼太郎『新選組血風録』『燃えよ剣』の影響を感じさせる。

土方や近藤、同志らが総司を見守る視線は、厳しくも温かい。総司のキャラクターや活躍に加え、試衛館一党の人間関係、男の友情を爽やかに描いたところも、本作が人気を博した理由だろう。

作者は執筆当時、本シリーズをライフワークとする意気込みを語っていたが、結果的に中断したままとなった。10年の間を空けながら続編を発表しているので、意欲を失ったわけではなさそう。
中断の理由について、新撰組研究が進み新事実が次々発表されるため当初の設定が時代遅れになったとか、時代物ゆえに背景を描く手間暇が大変だったとか、編集部とのトラブルがあったとか、様々な噂を聞くものの真相は不明である。

作者が2011年7月、急病により61歳で世を去ったことは惜しまれる。当時も雑誌連載を持ち、現役活躍中だった。存命であれば、本シリーズ新作が発表される可能性もあったろう。

本シリーズの単行本は、白泉社から下記7タイトルが出版されている。

1.『あさぎ色の伝説 1 試衛館の鷹』 LaLaデラックスコミックス 1977  
 「試衛館の鷹 第1章」「試衛館の鷹 第2章」「試衛館の鷹 第3章」「風車」を収録。
2.『あさぎ色の伝説 2 試衛館の鷹』 LaLaデラックスコミックス 1978
 「試衛館の鷹 第4章」「試衛館の鷹 第5章」「水鏡」を収録。
3.『あさぎ色の伝説 風のまつり唄』 花とゆめコミックス 1979
 「風のまつり唄」「水鏡」と年譜を収録。
4.『あさぎ色の伝説 1』 花とゆめコミックス 1979
 「試衛館の鷹 第1章」「試衛館の鷹 第2章」「試衛館の鷹 第3章」を収録。
5.『あさぎ色の伝説 2』 花とゆめコミックス 1979
 「試衛館の鷹 第4章」「試衛館の鷹 第5章」「風車」を収録。
6.『あさぎ色の伝説 3』 花とゆめコミックス 1979
 3の改題であり、内容は同じく「風のまつり唄」「水鏡」と年譜を収録。
7.『あさぎ色の伝説 4』 花とゆめコミックス 1990
 「菊一文字」「夢桜」を収録。

いずれも版元品切れ、中古のみ流通している。復刊を望む声も大きく、何とかならないものだろうか。

あさぎ色の伝説
全4巻完結セット
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