森雅裕『会津斬鉄風』
短編小説集。タイトル読みは「あいづざんてつふう」。
幕末の実在人物を主人公とする時代ミステリーの連作5編。
沖田総司、土方歳三、市村鉄之助が登場。
新選組のほかにも、十一代和泉守兼定や佐川官兵衛など、関連人物が活躍する。
各編の内容は、以下のとおり。
「会津斬鉄風」
金工師・河野春明は、20年前の会津で恋人に自作の鐔を贈り、当地を去った。
晩年を迎えた安政4年、再び会津に来て、その鐔を持った若き刀匠の訪問を受ける。刀匠・古川友弥は、それを「母の形見」と言いつつ、なぜか偽物と疑っていた。しかし、春明の鑑定では正真作に間違いない。
ところが直後、会津藩の剣術師範が、そっくりな偽物を本物と信じて持ち込んでくる。
2枚の鐔と、それを巡る錯綜した人間関係を解明するため、春明は手がかりを探し歩く。
「妖刀愁訴」
慶応2年、十一代和泉守兼定(=古川友弥)は、会津藩のお抱え刀工として京都で仕事をしていた。その兼定の作が「妖刀」であるという噂が立つ。
噂の素は、会津藩士・浜田崎丈平の求めに応じて打った刀だった。この刀によって、浜田崎の妻と、妻の実兄が相次いで落命する。しかも、2年前の禁門の変では、長州志士の山田虎之助を斬ってもいた。
兼定は、浜田崎の上司・井深宅右衛門の意を受けて、連続不審死事件の謎を解くべく国元へ帰った。
会津では、佐川官兵衛の協力を得て、浜田崎の過去を密かに調査する。
「風色流光」
慶応3年、京都在勤中の佐川官兵衛は、見知らぬ女に襲撃される。
女は、かつて米国総領事ハリスに仕えた吉であった。「唐人お吉」の誹りに耐えかねて下田を離れ、京都に流れてきた彼女は、料亭の板前と一緒に暮らすようになる。
その板前が、坂本龍馬の暗殺に絡んで殺害された。容疑者は「佐川官兵衛」を名乗ったという。
事情を聞いた官兵衛は、板前を殺した真犯人を突きとめようと捜査を開始。沖田総司や土佐藩士・鷹野光馬の協力を得て、薩摩へ与した会津脱藩士の所在をつかむ。
「開戦前夜」
慶応3年12月、吉は京都を離れ下田へ帰る途次、伏見にいた。伏見では、薩摩兵と幕府軍とが睨み合い、今しも戦端が開かれようとしている。
同じ旅籠には、下田から新選組隊士の夫を訪ねてきたという身重の妻・奈美が泊まっていた。
幕軍兵に襲われた吉と奈美を救ったのは、土方歳三率いる新選組。奈美は、夫・相曾一之介との面会が叶う。
元旦、奈美が無事出産。吉は新選組本陣へ知らせにいき、歳三に会った。
そこで、一之介の旧知からたまたま聞いた人物評は、現在の彼とは別人としか思えない話だった。吉と歳三は、不審を抱く。
「北の秘宝」
慶応4年(=明治元年)、旧幕脱走軍として蝦夷地へ渡った土方歳三は、松前を攻略し、当地の福山城で戦後処理にあたっていた。
その最中、松前藩主の側室・祥子の訪問を受ける。松前家に伝わる埋宝のありかを示した絵図とそれを収めた手箱が、落城の混乱で行方不明となったため、探して欲しいとの依頼だった。重要なのは鎌倉時代に作られた金蒔絵の手箱であり、絵図は報酬として譲るという。
歳三は、実在のあやふやな埋宝に興味はなかったが、了承した。そして、額兵隊隊長・星恂太郎が発見した手箱を、約束どおり祥子に渡し、引き替えに絵図を受け取る。
ところが、その絵図が松前脱藩士らに強奪された。
各編の主役がリレーのように交代していく趣向。実在の人物や事件と、創作との融合が楽しめる連作集である。ミステリーとしての筋立ても面白い。
「会津斬鉄風」「妖刀愁訴」の2編は、話がややこしい上に文章も凝りすぎの感じで、ストーリーを正確に把握するにはそれなりの集中力を要する。他の3編は、さほどのこともなくスムースに読めた。
各編とも、末尾に「付記」として後日談が書かれている。作者が史実をよく調べていることを窺わせると同時に、時代の勝者たり得なかった人物たちへの追悼と感傷を感じさせる。
「北の秘宝」で、市村鉄之助が日野の佐藤家に伝えた「松前藩主の奥方」の逸話や、榎本武揚が北海道で熱心に行った砂金調査を、巧みに関連づけた工夫は心憎い。
巻末解説によると、作者は刀剣愛好家であり、自ら金工師として刀装具の製作も行うという。
作者がこの世界に入ったのは、もともと土方歳三への思い入れがきっかけであったとか。
土方歳三の遺品として伝わっている刀と同じ、十一代兼定の慶応3年の作を所蔵し、しかもまったく同じ拵えを5年かけて誂えたという情熱がすごい。
技術を凝らし作り出された名物・名品とそれに込められた思いは、時代を超えて伝わっていく。その素晴らしさと一種の切なさが本作に感じられるのも、この情熱ゆえであろう。
集英社から単行本(1996)と文庫本(1999)が出た。
余談だが、作者の『マンハッタン英雄未満』は、ベートーベンと土方歳三が時空を超えて現代に出現し悪魔と戦う、という小説である。ジャンルとしては「冒険ファンタジー」か。
新潮社から1994年に出版された。

幕末の実在人物を主人公とする時代ミステリーの連作5編。
沖田総司、土方歳三、市村鉄之助が登場。
新選組のほかにも、十一代和泉守兼定や佐川官兵衛など、関連人物が活躍する。
各編の内容は、以下のとおり。
「会津斬鉄風」
金工師・河野春明は、20年前の会津で恋人に自作の鐔を贈り、当地を去った。
晩年を迎えた安政4年、再び会津に来て、その鐔を持った若き刀匠の訪問を受ける。刀匠・古川友弥は、それを「母の形見」と言いつつ、なぜか偽物と疑っていた。しかし、春明の鑑定では正真作に間違いない。
ところが直後、会津藩の剣術師範が、そっくりな偽物を本物と信じて持ち込んでくる。
2枚の鐔と、それを巡る錯綜した人間関係を解明するため、春明は手がかりを探し歩く。
「妖刀愁訴」
慶応2年、十一代和泉守兼定(=古川友弥)は、会津藩のお抱え刀工として京都で仕事をしていた。その兼定の作が「妖刀」であるという噂が立つ。
噂の素は、会津藩士・浜田崎丈平の求めに応じて打った刀だった。この刀によって、浜田崎の妻と、妻の実兄が相次いで落命する。しかも、2年前の禁門の変では、長州志士の山田虎之助を斬ってもいた。
兼定は、浜田崎の上司・井深宅右衛門の意を受けて、連続不審死事件の謎を解くべく国元へ帰った。
会津では、佐川官兵衛の協力を得て、浜田崎の過去を密かに調査する。
「風色流光」
慶応3年、京都在勤中の佐川官兵衛は、見知らぬ女に襲撃される。
女は、かつて米国総領事ハリスに仕えた吉であった。「唐人お吉」の誹りに耐えかねて下田を離れ、京都に流れてきた彼女は、料亭の板前と一緒に暮らすようになる。
その板前が、坂本龍馬の暗殺に絡んで殺害された。容疑者は「佐川官兵衛」を名乗ったという。
事情を聞いた官兵衛は、板前を殺した真犯人を突きとめようと捜査を開始。沖田総司や土佐藩士・鷹野光馬の協力を得て、薩摩へ与した会津脱藩士の所在をつかむ。
「開戦前夜」
慶応3年12月、吉は京都を離れ下田へ帰る途次、伏見にいた。伏見では、薩摩兵と幕府軍とが睨み合い、今しも戦端が開かれようとしている。
同じ旅籠には、下田から新選組隊士の夫を訪ねてきたという身重の妻・奈美が泊まっていた。
幕軍兵に襲われた吉と奈美を救ったのは、土方歳三率いる新選組。奈美は、夫・相曾一之介との面会が叶う。
元旦、奈美が無事出産。吉は新選組本陣へ知らせにいき、歳三に会った。
そこで、一之介の旧知からたまたま聞いた人物評は、現在の彼とは別人としか思えない話だった。吉と歳三は、不審を抱く。
「北の秘宝」
慶応4年(=明治元年)、旧幕脱走軍として蝦夷地へ渡った土方歳三は、松前を攻略し、当地の福山城で戦後処理にあたっていた。
その最中、松前藩主の側室・祥子の訪問を受ける。松前家に伝わる埋宝のありかを示した絵図とそれを収めた手箱が、落城の混乱で行方不明となったため、探して欲しいとの依頼だった。重要なのは鎌倉時代に作られた金蒔絵の手箱であり、絵図は報酬として譲るという。
歳三は、実在のあやふやな埋宝に興味はなかったが、了承した。そして、額兵隊隊長・星恂太郎が発見した手箱を、約束どおり祥子に渡し、引き替えに絵図を受け取る。
ところが、その絵図が松前脱藩士らに強奪された。
各編の主役がリレーのように交代していく趣向。実在の人物や事件と、創作との融合が楽しめる連作集である。ミステリーとしての筋立ても面白い。
「会津斬鉄風」「妖刀愁訴」の2編は、話がややこしい上に文章も凝りすぎの感じで、ストーリーを正確に把握するにはそれなりの集中力を要する。他の3編は、さほどのこともなくスムースに読めた。
各編とも、末尾に「付記」として後日談が書かれている。作者が史実をよく調べていることを窺わせると同時に、時代の勝者たり得なかった人物たちへの追悼と感傷を感じさせる。
「北の秘宝」で、市村鉄之助が日野の佐藤家に伝えた「松前藩主の奥方」の逸話や、榎本武揚が北海道で熱心に行った砂金調査を、巧みに関連づけた工夫は心憎い。
巻末解説によると、作者は刀剣愛好家であり、自ら金工師として刀装具の製作も行うという。
作者がこの世界に入ったのは、もともと土方歳三への思い入れがきっかけであったとか。
土方歳三の遺品として伝わっている刀と同じ、十一代兼定の慶応3年の作を所蔵し、しかもまったく同じ拵えを5年かけて誂えたという情熱がすごい。
技術を凝らし作り出された名物・名品とそれに込められた思いは、時代を超えて伝わっていく。その素晴らしさと一種の切なさが本作に感じられるのも、この情熱ゆえであろう。
集英社から単行本(1996)と文庫本(1999)が出た。
余談だが、作者の『マンハッタン英雄未満』は、ベートーベンと土方歳三が時空を超えて現代に出現し悪魔と戦う、という小説である。ジャンルとしては「冒険ファンタジー」か。
新潮社から1994年に出版された。
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