新選組の本を読む ~誠の栞~

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 森満喜子『沖田総司哀歌』 

短編小説集。沖田総司の人柄と生涯を、さまざまな人物との関わりから描く6編を収録。

「とし女壬生ばなし」
少女のころ八木家に女中奉公していたとしの思い出話。
浪士組から分離した芹沢や近藤らがそのまま壬生に住みつき、新選組を組織する。最初は恐ろしくて逆らえずに追い使われていたとしだが、やがて彼らの人柄を知って親しみを持つ。
特に、総司には、その優しさやまっすぐな気性を知るほど惹かれていく。池田屋事件後に彼が寝込んだ時は、西瓜や水ようかんを運ぶなど心配りを尽くして快復を願った。
しかし、新選組が西本願寺に屯所を移転し、とし自身も壬生の陶器商に嫁いだ後は、会う機会もなくなってしまう。戊辰戦争が勃発し、旧幕方として戦った新選組隊士も多くが落命したと聞くものの、総司の消息はまったくわからなかった。
そして、世の中が大きく変わって久しい明治半ば。壬生を訪れた斎藤一に、としは偶然出会う。

芹沢暗殺、池田屋事件、山南切腹などの出来事と、折々の総司とのささやかな交流が、としの視点から一人称で描かれる。総司への少女らしい憧れや恋心が、健気でいじらしい。
としは、総司と結ばれたいと願ったわけではないが、彼への思慕は忘れることができなかった。その想いは生涯の宝物となって、ずっと心の底にあり続ける。手が届かない相手とわかっていても、人を愛する想いは心の財産となり、自分自身を活かす力ともなることが伝わってくる。

「芹沢鴨の日記」
浪士組上京から本人の死の直前までを、芹沢鴨の一人称で描く。
京への途次、本庄宿で大篝火事件を起こした芹沢は、自分を強く諫めた総司の人柄を好ましく思い、近藤勇ら試衛館一党にも親しみを持つ。京では、彼らとともに新選組を旗揚げ。刀槍に加え銃砲の導入を奨めたり、商家から強引に活動資金を調達したり、組織充実に努める。
しかし酒癖が悪く、対人関係や自己表現の不得手な芹沢は、角屋の調度を破壊したり大和屋を焼き討ちしたりするたび悪評を買い、次第に近藤らとの乖離を深める。
総司とは親しい関係が続いていたものの、娼妓・小虎に無体を働いたことで距離を置かれるようになる。さらに股肱の新見錦を喪い、芹沢は孤独を感じる。心の憂さを慰めるのは唯一、お梅と過ごす時間だけだった。
角屋の祝宴で久々に近藤らと楽しく過ごした時、涙ぐむ総司を見て芹沢は不可解に思うが、深くは考えないまま帰営する。

作品タイトルは「日記」だが、幕末の人物が書くような文体でなく、時代劇のセリフに似た現代文で書かれているので、「独白」というほうが近いかも。
本作の芹沢は、粗暴な面もあるが悪人ではなく、単純でお人好し。特に総司に対しては、気性を愛し剣才を高く評価する。親愛を込めてからかったりする一方、近藤に叱られた総司に同情することも。
その芹沢を暗殺しなければならなくなった総司の苦悩や悲しみに、芹沢が気づくことはなかった。

「千鳥」
町医者の娘・小夜と、総司との淡い恋を描く。
父の元へ患者として通ってくる青年武士に、恋心を抱いた小夜。彼の名も知らず、目を合わせたことすらなく、騒ぐ心を鎮めるために得意の琴で「千鳥」の曲を奏でるのが常となった。
そんなある時、琴の音を聞きつけた彼と、初めて言葉を交わす。ほんの一時のさりげない会話だったが、彼の爽やかな人柄にますます惹かれた。
しかしその直後、父の決めた縁談によって、小夜は実家を去ることに。

掌編ながら味わい深い作品。
箏曲「千鳥」と天然理心流「極意必勝浮鳥の位」とを結びつけることで、小夜と総司との出会いを象徴させた描写が印象的である。

「くちなし」
町医者の娘と、総司との出会い。
嵯峨天龍寺の名園を訪れ、亡くなった山南敬助を偲んでいた総司は、かかりつけ医師の娘と偶然に出会う。そして、顔を見知っているだけの彼女と、他愛ない会話を楽しむ。江戸生まれの自由闊達な彼女と気兼ねなく話せることが、総司にとっては懐かしく嬉しかった。

これも掌編。「千鳥」と同じく町医者の娘が登場するが、特に関連性は窺えない。
くちなしの花の香りが、総司にとって彼女を偲ぶよすがとなる。

「うなぎ」
新入隊士・古賀俊作と、組下に入った彼を面倒見ることになった総司との交流。
古賀は体格に優れ、泳ぎが得意、剣もそこそこ使える腕だった。ただ、誰にも言えない持病を抱えており、不逞浪士との戦闘中に発作を起こし倒れてしまう。
古賀の除隊を考える土方歳三は、うなぎ屋の倅である古賀が美味い蒲焼きを饗したことをきっかけに、総司の取りなしを容れて条件付きの猶予を与えた。
古賀を気遣う総司は、彼の持病を改善するため、一番組の全員で八幡の円福寺へ座禅修行にいく。
しかし、古賀は再び倒れ、土方はうなぎ屋として一本立ちするよう諭し餞別に大金を渡す。厚意を受け取った古賀は、郷里に帰らず密かに江戸を目指した。
数年後、今戸のうなぎ屋で働いていた古賀は、称福寺の松本良順へ出前する。

古賀自身は、持病に悩み、克服しようと頑張っている。ただ、発作の要因が傍目には滑稽に映るため、周囲はさほど深刻に受け止めてくれない。総司も気の毒に思いながら、時々笑いを堪えるのに苦労する。
総司ら青年隊士たちの川遊びや座禅修行の場面は、生き生きとして楽しい。
そうした明るさから一転して、終末部では古賀と総司との再会、そして別れが、哀切込めて描かれる。

「五月闇」
千駄ヶ谷の植木屋平五郎方で亡くなった総司の、野辺送りの様子を描く。
平五郎、女房お松、看護人だったお兼の3人は、新政府の追及を避けようと、その夜のうちに泣く泣く棺を麻布の菩提寺へ運び、埋葬する。
そして、深い悲しみのうちに生前の総司を思い起こし、鎮魂と冥福を祈るのだった。

哀惜の意が込められた掌編。
総司の密葬をここまで詳細に書いた作品は、珍しい。通常は省略されがちな事柄までが、現実味をもってきっちり描写されている。実際にも、これほど親身な人々によって念入りに送られたのならよいと思う。

全体に、さらりと読みやすい一方、細部の描写もしっかりしてリアリティがある。
ユーモラスな場面もあって、悲哀だけに終始していないところも良い。
総司の人柄は、明朗快活で思いやり深く正義感が強いなど、理想の青年として描かれている。無邪気で冗談好きな面には、司馬遼太郎作品の影響も窺える。

40年前の作品であり、現在判明している史実との差違も多い。
たとえば、「新選組」の隊名は、会津藩預かりになった直後、彼ら自身が決めたことになっている。また、斎藤一は総司より10歳ほど年長で、戊辰戦争を土方とともに箱館まで戦った、と設定されている。
ただ、本書の作品はいずれも文学的叙情性を重視した小説なので、そうした差違はあまり気にならない。出版当時の世の認識が窺い知れるという面では、むしろ興味深くもある。

作者は長年保健所に勤務する医師であり、文筆活動は余技だった模様。
沖田総司と新選組について個人的に調査していたが、『新選組血風録』『燃えよ剣』を執筆中の司馬遼太郎へ手紙や史料を送ったことから研究家として紹介され、著作を発表するようになった。
総司の病気に関する描写には、本業である医師としての知識や経験が反映されている様子。

本書は1972年、初版単行本が新人物往来社より出版され、かなりの人気を博して繰り返し重版された。
1999年、新装版が同社より刊行。

「千鳥」は、『新選組アンソロジー その虚と実に迫る 上巻』(舞字社/2004)にも収録されている。

ちなみに、作者の小説本は他にも『沖田総司抄』(1973)、『沖田総司幻歌』(1974)、『沖田総司落花抄』(1977)、『小説沖田総司』(1978)、『遙かなる沖田総司』(1979)、『新選組青春譜 勇と歳三と総司と』(1994)と続けて刊行された。
また、調査研究の成果をまとめた考察「沖田総司 おもかげ抄」は、『新選組覚え書』(小野圭次郞ほか/1972)に収録され、大幅加筆した増補版が『定本 沖田総司 おもかげ抄』(初版1975/新装版1999)として刊行された。
(※すべて新人物往来社刊)

沖田総司哀歌




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