新選組の本を読む ~誠の栞~

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 新宮正春「甲子太郎の策謀」 

短編小説。伊東甲子太郎の虚々実々の動向を、大政奉還や近江屋事件に絡めつつ、主に阿部十郎の視点から描く。

伊東甲子太郎に従い新選組を離脱し、高台寺党の一員となった阿部十郎。
しかしながら、領袖である甲子太郎の真意をまったく理解できずにいた。

甲子太郎は、近藤・土方に離脱の目的を「薩長の動向を探るため」と説明しておきながら、いざ高台寺党を独立させると薩摩藩の経済的援助によって活動している。
また、自ら命じて新選組に残した茨木司、佐野七五三之助、中村五郎、富川十郎の4人が土方らに殺害されたにもかかわらず、平然としている。
さらに、薩摩の手先かもしれない富山弥兵衛、甲子太郎に遺恨ありとも見える中西昇、会津藩の隠し目付と思われる斎藤一など油断ならない者を内部に置いて、警戒した様子もない。
その一方で、橋本皆助を土佐陸援隊に送り込み、動向を報告させている。

そんな時、薩摩藩と陸援隊が結び慶喜襲撃を企てている、という情報が入った。
いよいよ倒幕の挙兵かと思いきや、慶喜が大政奉還に踏み切ったことで、計画は未遂に終わる。
慶喜が先手を打てたのは、甲子太郎が新選組を通じて会津藩へ計画を報知したためと知り、十郎はますます困惑する。

やがて、斎藤一が月真院の屯所から脱走、行方をくらます――


短い作品であり、文章も平易であり、短時間でさらりと読めてしまう。
新選組と御陵衛士との対立、坂本龍馬と中岡慎太郎が暗殺された近江屋事件も、他の小説やマンガなどで度々取り上げられ、特に珍しい題材というわけでもなく馴染みがある。

ところが、読了後にタイトルを改めて見直すと、甲子太郎の策謀とは果たして何だったのか?という疑問が湧く。反幕か、そうと見せかけて親幕か、何を目的として行動していたのか?
真相を確認すべく再読すると、実は非常にわかりにくい作品であったことに気づかされる。

このわかりにくさは、幕末の複雑怪奇な政情を象徴しているようにも思える。
作者は、読者の理解を助けようとしてか、非常に多くの情報を提示している。
作品全体の長さに対して、あれこれ詰め込みすぎとも思えるほどだ。
おかげで、それら情報の中から重要な手がかりを見つけ、推理を組み立てていくのに苦労する。
目印のパン屑をあまりにたくさんまき散らすと、却って道筋はわかりにくいものだ。

断っておくが、「わかりにくい」とは決して「つまらない」という意味ではない。
むしろアドベンチャーゲームの一種とでも思えば、このわかりにくさも楽しい。
普通に読めば通常エンドにたどり着き、真相を求めて読めば真エンドに到達できる、といった感がある。

結局、甲子太郎は己の真意を隠して権謀術数が渦巻く世を巧みに立ち回り、多くの人間を操りもしたが、背後にはさらに上手をいく黒幕が存在し、甲子太郎もまた踊らされていた――というのが真相らしい。
その黒幕が何者か書いてしまうとネタバレも甚だしいので、ここには明かさずにおく。

博徒の親分・美濃の弥太郎が、語り手・阿部十郎の相方として登場するのが目を引く。
当初、新選組の監察方の下で働いていたが、藤堂平助を慕って高台寺党に押しかけ、雑用係を務めるようになった。多くの者が旗幟を鮮明にしない世情を嘆きつつ、悲運の最期を遂げる。
モデルは実在の侠客・水野弥太郎(弥三郎とも)。
幕末維新期には、弥太郎のほかにも清水次郎長、会津小鉄、黒駒勝蔵など多くの侠客が活躍した。

本作は、事実を題材にしてはいるが、言うまでもなく創作を主体とするフィクションである。
谷兄弟の兄が三十郎、弟が万太郎とあるのに、別の場面では長幼が逆転しているという食い違いには少々戸惑わされたが、ストーリーに大きく影響するほどのミスではない。

本作「甲子太郎の策謀」を収録している書籍は、下記のとおり。
『秘剣影法師』 新人物往来社 1994 …作者の短編小説7編を収録した単行本。
『秘剣影法師 剣客列伝』 廣済堂文庫 1998 …単行本『秘剣影法師』の文庫化。
『幕末剣豪人斬り異聞 佐幕篇』 菊池仁編 アスキー 1997 …アンソロジー、短編小説9編。
(本項は『幕末剣豪人斬り異聞 佐幕篇』を参考とした。)

ちなみに、作者の短編「坂本龍馬の眉間」にも、近江屋事件の裏に伊東甲子太郎の暗躍があったなど、本作と共通のモチーフが多数描かれている。
こちらは見廻組の今井信郎を主人公として、北辰一刀流の遣い手である龍馬をいかに制するか、剣客の執念を描いた作品であり、本作よりはずっと単純明快。

「坂本龍馬の眉間」を収録している書籍は、下記のとおり。
『勝敗一瞬記』 集英社文庫 1990 …詳細は『勝敗一瞬記』を参照。
『龍馬の天命 坂本龍馬名手の八篇』 末國善己編 実業之日本社 2010 …アンソロジー。
『七人の龍馬 傑作時代小説』 細谷正充編 PHP文庫 2010 …アンソロジー。

幕末剣豪人斬り異聞



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