新選組の本を読む ~誠の栞~

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 結束信二『慶応四年新選組』 

長編小説。慶応4年1月1日から9月22日までの戊辰動乱と、その渦中の新選組を描く。

結束信二(けっそくしんじ)は、新選組ファンの間ではよく知られた脚本家である。
東映の時代劇(劇場映画&テレビドラマ)を、1950年代後半から70年代にかけて多数手がけた。
特に、司馬遼太郎の同名小説をテレビドラマ化したNET系「新選組血風録」(1965)、「燃えよ剣」(1970)は、原作を生かしながらも独自の登場人物やエピソードを交えて描いた傑作である。
単に勇ましいだけのチャンバラ劇でなく、詩情ゆたかな人間ドラマに仕上がっており大人気を博した。
これまで何度かソフト化され、新選組の映像作品をテーマとする雑誌企画などでは必ず話題に上り、長く愛され続けている。

(※司馬遼太郎の原作については『新選組血風録』『燃えよ剣』を参照。)

本作は、その結束信二が書いた長編小説である。内容は全7章。
各章は慶応4年の1月から2月、3月、4月、閏4月、5月と1カ月ずつに分かれ、それぞれの章=月は日誌のように日ごとの経過を追って展開し、ドキュメンタリーを思わせる構成。
終章「慶応四年より明治元年へ」のみは日誌形式をとらず、6月から9月を凝縮して描く。
要するに、慶応4年は9月8日で改元して明治元年となり、それ以降の話は作品タイトルにそぐわないため9月で終わっているわけだ。

読む前はドラマのイメージが先行して、史実より創作優先の作品であり、また読者の感情を煽るような(例えば広瀬仁紀や浅田次郎に似た雰囲気の)作品だろうと想像していた。

(※広瀬仁紀や浅田次郎の作品については「さくいん:作者」から参照可能。)

ところが実際に読んでみたら、この予想はまるっきり外れた。
まず、ほとんど史実そのままに展開し、史料の引用も多い。
今日判明している史実とは異なる箇所もあるが、同時期に発表された新選組小説の中ではかなりよく調べてあるほうだろう。

そして、それら史実の上に創作されたストーリーは、抑制の効いた筆致で淡々と展開していく。
と言っても、表面だけ撫でたように味わいが薄いわけではない。
特に、新選組の面々を描いた場面は印象深い。たとえば――
  • 伏見の戦場で、井上源三郎が熱い飯を握って土方歳三に差し出す。
  • 重傷の山崎烝が、大坂の実家へ戻されるより在隊を選ぶものの、ついに艦上で力尽きる。
  • 病中の沖田総司に、斎藤一が詰将棋の本を渡し、再戦の約束を交わす。
  • 吉野宿で、土方が敵兵の接近を目前にしつつ、一膳飯屋で悠々と湯漬けを食う。
  • がらんとした鳥居丹後守邸の広間で、近藤勇と土方が伏見の戦塵にまみれた誠の旗を見つめる。
  • 流山で近藤が新政府軍に出頭し、それを止められなかった土方が激しい悔恨に駆られる。
  • 近藤を欠いても戦い続けようとする土方。その後ろ姿を見送る沖田は「京都の風が去った」と思う。
――等々、読んでいて情景が目に浮かぶ。
作者は文章から可能なかぎり修飾を省き、直接的に心情をあらわす表現は要所に少しだけ使っている。くどくど語らなくても人物の内面描写はできる、という好例のような作品と感じた。

新選組の中でも、特に土方歳三と沖田総司の存在が際立っている。
土方は、多数の同志を失い、敗走し、自ら負傷しても決して悲観しない。本分を尽くし、次の機会に備えて努力する、冷静かつ前向きな姿勢がよい。
沖田は、病床に取り残され、山南敬助の思い出など過去の様々に苦しむが、余人には決してその心中を見せない。剣を執らずとも孤独な闘いを続ける様が胸をうつ。

色恋の場面はほとんどない。
山崎烝には許婚者がいたが、彼は「家同士が決めた縁」と未練をきっぱり断ち切った。
沖田総司の回想には、京都で出会った娘が出てくるものの、恋愛関係には至らなかった。
唯一、原田左之助が同郷の女お浜と品川で知り合い、境遇に同情して親密になっている。

新選組を中心に据えつつ、そのほかの旧幕方人物、また新政府方人物も多数登場させ、それぞれの動向を交えて時代を描き、大河小説、群像劇といった趣ともなっている。

旧幕側では、徳川慶喜、松平太郎、勝海舟、小栗忠正、佐川官兵衛、松本良順、山岡鉄太郎、大鳥圭介、秋月登之助、河井継之助など馴染みの顔ぶれが登場する一方、水野忠徳(癡雲)のような人物が出てくるのも興味深い。

新政府側では、岩倉具視、西郷隆盛、世良修蔵あたりの定番な人物はもちろん登場するが、特に外国事務の東久世通禧と、金穀出納所取締役の由利公正が目立つ。
かつて攘夷の士であった東久世は、外交経験がまったくない新政府の代表として、神戸事件や堺事件の対応にあたる。しかし国内情勢が不安定な時でもあり、諸外国の言いなりになるしかない。
越前から招かれた由利は、財政難の中で戦費調達に腐心。豪商たちに莫大な献金を命じたり、苦肉の策で太政官札発行に踏み切ったりと、努力を続ける。
こうした後方事情を読むと、新政府も決して絶対的優位にあったわけでなく、ぎりぎりの瀬戸際で戦っていたことがわかる。

パークスやロッシュなど外国人、植木屋平五郎や金子健十郎など民間人も、それぞれの立場から物語に関わっている。

そもそも、新選組を慶応4年1月から9月だけ切り取って描く、という着想自体が非凡。
作者あとがきには「1月1日には伏見に厳然としてあった此の集団の末路を描く事は、そのまま日本の幕末から明治への姿を描けるような気がしたからである」と動機説明がされている。
こうした作者の意図を、本作はどれほど反映し得たのだろうか。
「出来上がってみたら、ご覧の様なおかしな物になってしまった」ともあるので、作者としては不本意な仕上がりだったのかもしれない。

しかし、個人的には読んでみて確かに面白かった。
複数の人物や場所を並行して描いているので、必然的に場面転換が多く、次々と切り替わっていく。それでも、読者についていく苦労を感じさせない。むしろ躊躇いのなさが小気味よくも感じられる。
また、新選組の面々に寄り添いつつ、同時に群像劇を「神の視点」で俯瞰するかのように展開させていくバランス感覚は絶妙。
彼我取り混ぜて客観的に描きながらも、散漫な印象にならず「新選組の物語」として成立しているのは、作者の力量の証であろう。

本作は、新選組の成立や主要人物の経歴に関する説明がないので、予備知識のない向きには理解しにくいと思う。また、特定の隊士の生涯を追った伝記的な小説、在京時代の活躍を描いた痛快娯楽小説を求めている向きや、「新選組以外のことはどーでもいい」という向きにとっても、面白くはないだろう。
それでも、いつかは本作に触れてみることをオススメする。
時代の大きな流れの中で苦闘を続ける新選組隊士ひとりひとりの姿に、作者が込めた想いを感じ取ってもらいたい。

本作の単行本は、1976年に仮面社(1982年に島津書房へ商号変更)から、また2003年に河出書房新社から刊行された。
昨今は、電子書籍版も各社から出ている模様。

慶応四年新選組
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「新選組血風録」
シナリオ集
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