新選組の本を読む ~誠の栞~

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 かわぐちかいじ『兵馬の旗』 

長編マンガ。副題『Revolutionary Wars』。
幕臣・宇津木兵馬(うつぎひょうま)と薩摩藩士・村田新八郎とが、浅からぬ因縁に結ばれながら、敵対する立場となって幕末動乱を戦い、新しい日本の在り方を模索していく。

慶応4年1月、鳥羽・伏見の戦いが勃発。
幕府陸軍伝習隊指図役・宇津木兵馬は、薩摩銃士隊隊長・村田新八郎と偶然に再会する。
ふたりは旧知の間柄だったが、今や戦場に敵同士として相見えたのだった。

彼らが初めて出会ったのは慶応2年、帝政ロシアの首都サンクト・ペテルブルク。
旗本の次男である兵馬は、幕府留学生のひとりとして滞在していた。
新八郎は、薩摩の藩費でイギリスへ密航留学しており、ロシアへは視察で訪れた。
意気投合し、兵馬が新八郎に打ち明けた事情――それは、自身がロシア貴族の娘アンナと恋に落ちたこと、彼女が身ごもっていることだった。
新八郎は、兵馬の人柄と覚悟のほどを信頼し、協力を約束。駆け落ちに同行し、追っ手をくい止める激闘の中で大火傷を負う。彼がロンドンに戻れたのは、その1ヶ月後だった。

新八郎の援助により、兵馬はアンナとともに無事パリへ逃れた。アンナは男児を出産する。
ところが、兵馬はアンナと我が子を残し、帰国の途に着く。存亡の危機にある祖国のために役立ちたいと決意したからだった。
ロンドンの新八郎は、兵馬が妻子を捨てて逃げたと思い、失望と義憤に駆られる。

やがて淀の戦場で、次いで混乱の大坂で対峙した兵馬と新八郎は、互いに敵対するほかなくなった現実を確認して別れる。
江戸へ戻った兵馬は、勝安房の下で江戸城総攻撃の回避に尽力した後、旧幕脱走軍に加わり、北関東の戦いを経て会津に赴く。
そこで奥羽列藩同盟の成立に立ち合い、旧幕府と新政府の合議による「共和政事」こそ新生日本にふさわしいと気づき、単身江戸へ引き返す。新八郎を通じ、その構想を新政府に伝えようしたのだった。

折しも江戸では、彰義隊戦争が勃発。戦火の中、兵馬は攻撃軍にいるはずの新八郎を探し求める。
新八郎もまた、兵馬が残したメッセージを認め、出会う機会を窺っていた。
その頃、パリで愛児トーリャを育てるアンナは、留学中の徳川昭武に出会い、さらに兵馬からの手紙を受け取って、日本への思いを強くしていた。


小学館『ビッグコミック』に連載中の作品。いずれ完結してから取り上げる予定だったが、NHK大河ドラマ「八重の桜」で会津戦争が描かれタイミングがよいと思い、紹介しておくことにした。

作者かわぐちかいじの作品には、社会の大変革に際して新たな価値観を示すリーダーが登場し、それに共感した人々の力で理想が具現化していく、といった話が多い。本作もその典型と感じられる。

主人公の宇津木兵馬は、文武両道の英才、誠実で努力家と、主人公に相応しいキャラクター。
信念を貫徹するために熱くなることはあるが、基本的には穏やかで、部下や女子供に優しい。
理想家肌ながら、現実に裏切られても決して諦めない粘り強さも持っている。
留学先のロシアでアンナと出会い、互いに魂の結びつきを感じ恋に落ちる。ただ、婚約者がいる貴族令嬢と深い仲になってしまったのは軽率というか、人生最大の不覚だったかもしれない(笑)
彼が独身でなく妻子を持っていることで、物語に説得力が増している。アンナと我が子に再び会いたい、ふたりに美しい祖国日本を見せたいという願いが、兵馬の原動力となっているからだ。

対する村田新八郎は、義に篤く、直情径行で一途な性格。
信頼を裏切られたと思い込み、兵馬を憎むようになる。実は、兵馬が新八郎に宛てた手紙が届かなかったために生じた誤解なのだが、聞く耳を持とうとしない。
さらに、鳥羽・伏見戦で兵馬率いる伝習隊に多くの部下を斃され、復讐を誓う。大坂では、兵馬を殺害する勢いで真っ向から斬りつけもした。
しかし、心のどこかに兵馬への信頼が生きているようで、上野戦争の後には敢えてふたりきりで会う機会を作り、兵馬を斬ろうとしながらも実行できずに立ち去った。
兵馬の「共和政事」構想に共感するものの、武力による決着を見なければ実現できないと考える。

アンナ・セルゲエヴナ・プーシキナは、貴族令嬢らしく淑やかだが芯は強く、はっきり物を言う性格。
彼女の父は、帝政ロシアに反抗した青年将校(デカブリスト)であり、シベリア流刑に処せられた。彼女の母は、彼を追って流刑地へ行き、アンナを生んでいる。
アンナ自身も人権思想を是とし、兵馬に「革命で目覚めた市民や農民の人権意識は、どんな圧力でも消すことはできない」「革命とは人々の意識が変わること」「この流れはいつか日本にも伝わる」と説いた。
母ゆずりの情熱と行動力で、兵馬に会うため幼いトーリャを連れて来日する。

兵馬の部下である伝習隊の松蔵、梅次郎、竹吉、女にモテたくて彰義隊に加わった旗本の市村小太郎などといった脇役達も、ストーリーに興趣を添えている。

実在モデルのいる人物が多数登場。
旧幕&同盟軍側は徳川慶喜、徳川昭武、榎本武揚、沢太郎左衛門、勝安房守、山岡鉄太郎、大鳥圭介、梶原平馬、秋月悌二郎、山川大蔵、但木土佐、瀬上主膳、玉蟲左太夫、松本良順など。
新政府側は西郷吉之助、中村半次郎、相楽総三、九条道孝、大山格之助、世良修蔵、大村益次郎、板垣退助、伊地知正治など。
そのほかに橘耕斎、新門辰五郎、ヘンリーとエドワルトのシュネル兄弟など。

新撰組ももちろん登場する。
土方歳三率いる新撰組が、伏見~淀の戦場で兵馬の伝習隊とともに戦うのが初登場。
その後も土方は大坂、江戸城、横浜、国府台、宇都宮、会津の場面に登場し、時に兵馬と語り合う。
土方が戦い続ける理由は、「このまま薩長の天下にしたくない」。兵馬が語る「徳川の世でも薩長の世でもない新しい国」の実現には懐疑的だが、頭から否定することはしない。
そのほか新撰組の主要人物では、近藤勇が流山での投降場面(土方の回想)に登場する。

ところで、新撰組が鳥羽・伏見戦でダンダラ羽織を着用している。マンガはわかりやすいビジュアル表現が必要なので、敢えてそのように描いたのだろう。
しかし、慶喜が江戸城を出て寛永寺大慈院へ移る場面では、目立たぬよう護衛する新撰組を見て、野次馬の町人達がこんな噂をしている。
「見ろよ、後詰めに新撰組だ。つかず離れず…」
「幕臣じゃねえから堂々と警護できねえからな」

いやいやいや、この時すでに幕臣ですけど?
これは町人達の勘違いなのか、作者がそう思っているのか、微妙だ。
こういうツッコミ心をくすぐってくれるところも、本作の面白さと思っておこう(笑)

最新刊7月25日号(2013年7月10日発売)掲載話では、二本松の陥落後、会津へいよいよ新政府軍が迫る局面が描かれている。
兵馬は伝習隊を率い、二本松藩兵、仙台藩兵、新撰組とともに母成峠の守備を固める。
一方の新八郎は、夫に会いたいというアンナの願いを聞き入れ、彼女を連れて奥羽へやって来た。
この先、会津が城下戦に突入し、奥羽越列藩同盟が瓦解する中で、兵馬は理想と現実のギャップをどう乗り越え、どこへ向かっていくのか。アンナは兵馬と無事に会えるのか。新八郎は兵馬と再会した時、どうするのか。連載はいつまで続き、歴史的展開はどこまで描かれるのか。
いろいろと気になる。

本作は、小学館『ビッグコミック』(月2回刊)にて、2011年2月25日号から連載中である。
単行本は、小学館ビッグコミックスが刊行されている。

ちなみに作者は、『ジパング 深蒼海流』を講談社『モーニング』(週刊)に2012年12月から連載している。こちらは平安時代、源平の興亡を描く作品。
平治の乱に源義朝は敗死し、遺児・頼朝は捕われ処刑されるところを、平清盛に助命され伊豆へ配流となった。義朝の愛妾・常磐が生んだ牛若(義経)も、やがて鞍馬寺へ送られる。
最新刊第33号(2013年7月18日発売)の掲載話では、頼朝が北条政子を妻にしたところ。
大河ドラマ「平清盛」の放映がちょうど終わろうとする時にこの連載が始まって、作者はいったい何がしたいのだろう?と思った。

しかし連載が続くうち、この作品は武家政権の誕生を描いていると気づいた。つまり、武家政権の終焉を描く『兵馬の旗』と対になる物語なのだ。
天皇を頂いて覇権を握ろうとする源氏vs.平氏、そして新政府vs.旧幕府の争いには、共通性が窺える。
作者は両作によって、日本人の精神性を解き明かそうとしているようだ。
単行本は、モーニングKCが刊行されている。


[追記 2014/08/07]
「兵馬の旗」連載は、『ビッグコミック』2014年8月10日号(7月25日発売)にて最終回を迎えた。
シリーズのクライマックスは、箱館戦争がいかにして終結したか、だった。
最終話は、戦後の新たな国造り、人々の新たな人生と次世代の自立を、簡潔に描いている。
こういう終わり方をしたのは、主人公・兵馬と新八郎が敵同士から盟友に戻り、区切りがついたからだろう。
個人的には、彼らの戦後の苦闘ぶりも読んでみたかった気がする。

兵馬の旗
全10巻セット
(ビッグコミックス)



ジパング 深蒼海流
コミックセット




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