子母澤寛『新選組始末記』(新人物文庫)
史談集。子母澤寛「新選組三部作」の第1作に、詳しい解説と解題を加えたもの。
付録として、西村兼文『新撰組始末記』(一名壬生浪士始末記)を収録している。
「新選組三部作」については、当ブログでもすでに紹介した。
『新選組始末記』『新選組遺聞』『新選組物語』の各記事がそれである。参考としたのは中公文庫版。
本書は、単なる再版ではなく特筆すべき特長があるので、先の記事とは別に取り上げることとした。
子母澤寛『新選組始末記』は、昭和3年に万里閣書房から初版発行されて以来、複数の出版社から刊行されてきた。年代順に列挙すると、下記のとおり。
A 新選組始末記 万里閣書房 昭和3(1928) ←最初のオリジナル版
B 新選組始末記 玄理社 昭和24(1949)
C 新選組始末記 鱒書房 歴史新書 昭和30(1955)
D 子母沢寛全集 第1〈新選組始末記〉 中央公論社 昭和37(1962)
E 新選組始末記 中央公論社 昭和42(1967)
F 新選組始末記 角川文庫 昭和44(1969)
G 新選組始末記 広済堂出版 昭和47(1972)
H 子母沢寛全集1〈新選組始末記〉 講談社 昭和48(1973)
I 新選組始末記 講談社 ロマン・ブックス 昭和49(1974)
J 新選組始末記 新選組三部作 中公文庫 昭和52(1977)
K 新選組始末記 講談社 昭和52(1977)
L 新選組始末記 決定版 富士見書房 昭和57(1982)
M 新選組始末記 新選組三部作〈改版〉 中公文庫 平成8(1996)
N 新選組始末記 中経出版 新人物文庫 平成25(2013) ←当記事の本書
いずれも書名は同じながら、内容は以下のとおり異なる。
A… 最初に出版されたオリジナル。C・J・M・NはAをほぼそのまま再版したもの。
B… Aと『新選組遺聞』を合本して再編集、随所に加筆訂正がなされている。
D… Bをさらに大幅改編、加筆訂正したもの。E・F・G・H・I・Lはその再版(Kも同様か)。
つまり、大まかに言ってオリジナル版A、合本改編版D、両者の中間に位置する過渡版Bの3系統が存在する。
子母澤としては、A出版後に上がった調査研究の成果をB以降に反映させるなどして、より良い作品にしたいという意気込みが高かったのだろう。
本書Nは、中公文庫版J・Mと同様、オリジナル版Aを底本としている。
ただし、全66章にそれぞれ詳しい解説がなされており、この点が中公文庫版とは大きく異なる。
解説の内容は、概ね以下のとおり。
◯補足情報… 単純な補遺のほか、後年の研究で判明した史実、原著における錯誤の訂正など。
◯参考史料文献… 子母澤が執筆に用いたと思われるもの。
◯底本(=オリジナル版A)と、玄理社版(=過渡版B)や全集版(=合本改編版D)との異同。
解説を読むと、3系統の違いはかなり大きいことがわかる。
その変遷ぶりは、Bで異同なくDで加筆する、Bで加筆しDでもさらに加筆を重ねる、あるいはBで加筆した部分をDでは削除する、といった具合で実に多様。
Dには、史料引用の追加もある。例えば、第一章「近藤勇の道場」には、近藤周助が勇を養子に迎えた折に宮川家へ差し出した文書、天然理心流の目録ならびに免許の翻刻が掲載されている。(本書は、この引用部分までは収録していない。)
本作は、新選組ノンフィクションものの古典であり、新選組ファンなら一度は読んでおきたい名作。
ただ、古典だけに現在判明している史実との食い違いも多く、読者を混乱させかねないところがあった。
本書は、解説によってそうした混乱を避けることができ、さらに漢字にルビがふられて読みやすく、非常に有用と思う。
また、「新選組三部作」に対しては「創作であって史実ではない」という意見がある。
確かに、『新選組遺聞』には創作と思われる小説的記述が多く、『新選組物語』に至っては大半が小説みたいなものだが、『新選組始末記』(特にオリジナル版A)はノンフィクション性が高い。
(だからこそ、改変を加えられていないA系統を読むことに意義がある。)
本作が想像によるでっちあげでなく、それなりの根拠に基づいて書かれたことは、本書解説を読めばわかる。もちろん「すべて史実」とは言えないが、「すべて創作」と決めつけられるものでもないだろう。
本書を読み、改めて手元にあるJとEを比較してみた。
Eは、十数年前にまだ新品が流通していた。巻頭の古写真に興味を惹かれて購入したので、本文は「Jを読んだからもういいや」とろくに目を通していなかった。
これほど細かい違いがあるとは、今回本書で初めて知ったという為体。不覚…
解題には、子母澤が『新選組始末記』を著わすに至った経緯、『新選組遺聞』『新選組物語』も交えた三部作成立の経緯、何度も改版され複数の出版社から刊行されてきた経緯が解説されている。
特に、子母澤が新選組研究に力を入れるきっかけとなった出来事が興味深い。
大正14年、読売新聞の記者として執筆した連載記事「流行児 近藤勇」において、「京都の六角獄に収監されていた古高俊太郎や平野国臣は、鳥羽伏見戦争の勃発時に殺害された」との旨を書いてしまった。このミスを学術誌で皮肉たっぷりに批判され、痛恨の思いから発奮したのだという。
批判したのは明治文化研究会設立者の1人、法学博士の尾佐竹猛(おさたけたけき)と思われる。
(この続きは本書で!)
解説・解題の執筆者は、新選組関連書を多数執筆している研究家・伊東成郎。
子母澤の記者時代のミスと執筆動機を発掘するなど、目の付けどころがいかにもこの人らしい。
巻末付録の西村兼文『新撰組始末記』(一名壬生浪士始末記)は、「野史台維新史料叢書」所収の史話である。『新選組史料集』にも収録されている。
原文は旧漢字旧仮名遣い(カタカナ)で表記されるが、本書では新漢字新仮名遣い(ひらがな)に改められ、ルビが適宜ふられて読みやすくなっている。
子母澤が用いた主要参考史料のひとつであるため、付録とされたのだろう。
また、子母澤『新選組始末記』とタイトルはよく似ているが内容はまったく別物、と示す意味もあるのかもしれない。
解説や注釈がないのはいささか物足りないが、手軽に読める機会が増えたのは有意義と思う。
本書は2013年7月13日、新人物文庫として中経出版より刊行された。
952円+税、文庫本としてはやや高く感じるが、全621ページというボリュームなので、ページ単価なら平均的な価格と言えよう。

付録として、西村兼文『新撰組始末記』(一名壬生浪士始末記)を収録している。
「新選組三部作」については、当ブログでもすでに紹介した。
『新選組始末記』『新選組遺聞』『新選組物語』の各記事がそれである。参考としたのは中公文庫版。
本書は、単なる再版ではなく特筆すべき特長があるので、先の記事とは別に取り上げることとした。
子母澤寛『新選組始末記』は、昭和3年に万里閣書房から初版発行されて以来、複数の出版社から刊行されてきた。年代順に列挙すると、下記のとおり。
A 新選組始末記 万里閣書房 昭和3(1928) ←最初のオリジナル版
B 新選組始末記 玄理社 昭和24(1949)
C 新選組始末記 鱒書房 歴史新書 昭和30(1955)
D 子母沢寛全集 第1〈新選組始末記〉 中央公論社 昭和37(1962)
E 新選組始末記 中央公論社 昭和42(1967)
F 新選組始末記 角川文庫 昭和44(1969)
G 新選組始末記 広済堂出版 昭和47(1972)
H 子母沢寛全集1〈新選組始末記〉 講談社 昭和48(1973)
I 新選組始末記 講談社 ロマン・ブックス 昭和49(1974)
J 新選組始末記 新選組三部作 中公文庫 昭和52(1977)
K 新選組始末記 講談社 昭和52(1977)
L 新選組始末記 決定版 富士見書房 昭和57(1982)
M 新選組始末記 新選組三部作〈改版〉 中公文庫 平成8(1996)
N 新選組始末記 中経出版 新人物文庫 平成25(2013) ←当記事の本書
いずれも書名は同じながら、内容は以下のとおり異なる。
A… 最初に出版されたオリジナル。C・J・M・NはAをほぼそのまま再版したもの。
B… Aと『新選組遺聞』を合本して再編集、随所に加筆訂正がなされている。
D… Bをさらに大幅改編、加筆訂正したもの。E・F・G・H・I・Lはその再版(Kも同様か)。
つまり、大まかに言ってオリジナル版A、合本改編版D、両者の中間に位置する過渡版Bの3系統が存在する。
子母澤としては、A出版後に上がった調査研究の成果をB以降に反映させるなどして、より良い作品にしたいという意気込みが高かったのだろう。
本書Nは、中公文庫版J・Mと同様、オリジナル版Aを底本としている。
ただし、全66章にそれぞれ詳しい解説がなされており、この点が中公文庫版とは大きく異なる。
解説の内容は、概ね以下のとおり。
◯補足情報… 単純な補遺のほか、後年の研究で判明した史実、原著における錯誤の訂正など。
◯参考史料文献… 子母澤が執筆に用いたと思われるもの。
◯底本(=オリジナル版A)と、玄理社版(=過渡版B)や全集版(=合本改編版D)との異同。
解説を読むと、3系統の違いはかなり大きいことがわかる。
その変遷ぶりは、Bで異同なくDで加筆する、Bで加筆しDでもさらに加筆を重ねる、あるいはBで加筆した部分をDでは削除する、といった具合で実に多様。
Dには、史料引用の追加もある。例えば、第一章「近藤勇の道場」には、近藤周助が勇を養子に迎えた折に宮川家へ差し出した文書、天然理心流の目録ならびに免許の翻刻が掲載されている。(本書は、この引用部分までは収録していない。)
本作は、新選組ノンフィクションものの古典であり、新選組ファンなら一度は読んでおきたい名作。
ただ、古典だけに現在判明している史実との食い違いも多く、読者を混乱させかねないところがあった。
本書は、解説によってそうした混乱を避けることができ、さらに漢字にルビがふられて読みやすく、非常に有用と思う。
また、「新選組三部作」に対しては「創作であって史実ではない」という意見がある。
確かに、『新選組遺聞』には創作と思われる小説的記述が多く、『新選組物語』に至っては大半が小説みたいなものだが、『新選組始末記』(特にオリジナル版A)はノンフィクション性が高い。
(だからこそ、改変を加えられていないA系統を読むことに意義がある。)
本作が想像によるでっちあげでなく、それなりの根拠に基づいて書かれたことは、本書解説を読めばわかる。もちろん「すべて史実」とは言えないが、「すべて創作」と決めつけられるものでもないだろう。
本書を読み、改めて手元にあるJとEを比較してみた。
Eは、十数年前にまだ新品が流通していた。巻頭の古写真に興味を惹かれて購入したので、本文は「Jを読んだからもういいや」とろくに目を通していなかった。
これほど細かい違いがあるとは、今回本書で初めて知ったという為体。不覚…
解題には、子母澤が『新選組始末記』を著わすに至った経緯、『新選組遺聞』『新選組物語』も交えた三部作成立の経緯、何度も改版され複数の出版社から刊行されてきた経緯が解説されている。
特に、子母澤が新選組研究に力を入れるきっかけとなった出来事が興味深い。
大正14年、読売新聞の記者として執筆した連載記事「流行児 近藤勇」において、「京都の六角獄に収監されていた古高俊太郎や平野国臣は、鳥羽伏見戦争の勃発時に殺害された」との旨を書いてしまった。このミスを学術誌で皮肉たっぷりに批判され、痛恨の思いから発奮したのだという。
批判したのは明治文化研究会設立者の1人、法学博士の尾佐竹猛(おさたけたけき)と思われる。
(この続きは本書で!)
解説・解題の執筆者は、新選組関連書を多数執筆している研究家・伊東成郎。
子母澤の記者時代のミスと執筆動機を発掘するなど、目の付けどころがいかにもこの人らしい。
巻末付録の西村兼文『新撰組始末記』(一名壬生浪士始末記)は、「野史台維新史料叢書」所収の史話である。『新選組史料集』にも収録されている。
原文は旧漢字旧仮名遣い(カタカナ)で表記されるが、本書では新漢字新仮名遣い(ひらがな)に改められ、ルビが適宜ふられて読みやすくなっている。
子母澤が用いた主要参考史料のひとつであるため、付録とされたのだろう。
また、子母澤『新選組始末記』とタイトルはよく似ているが内容はまったく別物、と示す意味もあるのかもしれない。
解説や注釈がないのはいささか物足りないが、手軽に読める機会が増えたのは有意義と思う。
本書は2013年7月13日、新人物文庫として中経出版より刊行された。
952円+税、文庫本としてはやや高く感じるが、全621ページというボリュームなので、ページ単価なら平均的な価格と言えよう。
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