新選組の本を読む ~誠の栞~

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 永倉新八『浪士文久報国記事』 

史料の解読・解説書。タイトル読みは「ろうしぶんきゅうほうこくきじ」。
永倉新八による回想録の現代語訳、原文・読み下し文と解説を掲載。
表紙カバーにのみ、副題として『新選組戦場日記』と併記されている。

この「浪士文久報国記事」の解読書は、過去に『新選組戦場日記』(1998)、『新選組日記』(2003)が刊行されているが、いずれも版元品切れとなって久しい。
今回、新たに文庫本として刊行され、手軽に読めるようになった。
ただし、現代語訳や解説を手がけた研究者も出版元も、過去の解読書とはまったく別である。

本書の内容は、下記のような構成となっている。

「浪士文久報国記事(一)」 現代語訳
「浪士文久報国記事(一)」 原文・読み下し文(解説付き)
 …浪士組の徴募・上京、大坂角力乱闘事件、禁門の政変、芹沢鴨暗殺事件ほか

「浪士文久報国記事(二)」 現代語訳
「浪士文久報国記事(二)」 原文・読み下し文(解説付き)
 …池田屋事件、明保野亭事件、禁門の変、三条制札事件、油小路事件、天満屋事件ほか

「浪士文久報国記事(三)」 現代語訳
「浪士文久報国記事(三)」 原文・読み下し文(解説付き)
 …近藤勇狙撃事件、伏見・淀の戦い、甲州勝沼の戦い、流山投降、会津戦争、土方歳三戦死ほか

この構成は、原史料が全3巻であることに準拠している。
ただし、原史料は製本ミスのためか内容が前後しているので、本書では年代順に並べ替えられている。

それぞれの章に、「浪士組、江戸を出立する」「禁門の変」などと、内容に即した見出しが適宜挿入され、この見出しが現代語訳と原文・読み下し文とで共通に用いられている。
そのため、相対する箇所を探す時、また目次から読みたい箇所を探す時の目印として、とても重宝する。

原文と現代語訳は互いに離れたページに載っているため、比較しながら読むには不便。
ただ、現代語訳だけを通読する場合は、むしろ読みやすい。
原文と読み下し文とが上下2段組の対照になっているのも、現代語訳に頼らず原文を読む際に便利で、ありがたいと思う。

解説は、原文に対する注記の方式を採っている。
人名や地名などの補足説明がなされており、読者がいちいち自分で調べる手間が省ける。
原文の誤記(誤写)と思われる箇所には、かなり踏み込んだ解説がなされている。
『史談会速記録』や関係者書簡など他の史料からの引用による補足も多く、理解の助けとなる。

また、全体的に原文の把握が適確と感じる。
例えば、池田屋事件の「八軒ノ灯リ」については、

◯現代語訳… 「八間」と呼ぶ照明器具
◯解説… 「八軒」は「八間」が正しい。
     大型の釣行灯のことで、池田屋では入口の土間の上に吊して用いていたようだ

とされ、申し分ない。
そのほか、以前に他書で読んで首をひねった箇所も、合理的な解釈がなされていると感じた。

正直な話、それでもなお「この解釈でいいのか?」と違和感を覚える箇所は少なくない。
ただ、それは原史料に問題点が多過ぎるためであり、読み手によって判断が異なるのもやむを得ないだろう。すべてを訳者や解読・解説者の責任に帰するのは酷だと思う。

巻末の解題で、現存の「浪士文久報国記事」が永倉新八の肉筆による原本でなく、他者が筆写した写本であるという事実が明確にされているのも評価したい。
写本であっても、第一級史料としての価値が損なわれるわけでは決してない。また、無用の混乱や誤解を避けるためにも、これは明らかにすべきだろう。糊塗・隠蔽したところで何の益もない。
そのほか、原本が永倉の手元を離れた経緯について、またこの回想録から派生した著作物についての説明なども、興味深く読めた。

本書が著者を「永倉新八」、書名を『浪士文久報国記事』としていることにも、好印象を持った。
訳者や解読・解説者の労力と貢献度を考えれば、彼らの名前を並べ独自タイトルを冠する出版もありえなくはないが、原著者と原史料の尊重を優先しているのだろう。

回想録自体は以前に他書で読んだものの、今回改めて本書で読み返してみた。
技巧的に優れているとは言い難い朴訥な文章だが、やはり当事者でなければ書けない臨場感がある。
永倉は、この回想録を個人的な覚え書きとしてではなく、不特定多数に読ませる出版物と想定して書いている。それは、以下の一文からわかる。

この一戦記、大苦戦中日記致したる事にあらず、事件終わりて時々の覚えを繰り出したれば、実説咄にてこれある故、作本とは事換わり、戦場日記と知るべし。
(本書299ページ読み下し文より引用)

明治9年(1876)、板橋の寿徳寺境外墓地に、新選組隊士の慰霊碑が建立された。
建碑の資金集めに奔走していた永倉は、自らの体験記を出版・頒布してその足しにしたいと考えたのではと、本書解説にて推測されている。
歳月とともに様々な苦労を重ねた彼が、若き日を振り返りつつ筆を執り、亡き戦友らへの鎮魂の意を顕そうとした胸中を想像すると、本作には「史実を伝える貴重な史料」という以上のものがあることをつくづく感じる。

ちなみに、本書の底本は原史料そのものでなくて、『日野市立新選組のふるさと歴史館叢書 第二輯 第二回特別展 新選組 京都の日々』(2007)に掲載された写真画像(影印)であるという。
この図録には、ほかにも利用価値の高い情報が多く載っているのだが、「浪士文久報国記事」の画像は特に有用だったと、本書刊行に際して強く思った。

また、永倉新八の体験が綴られた本として、他に『新撰組顛末記』『新選組奮戦記』がある。
これらを本書と比較しながら読むと、大変興味深い。

本書は、2013年9月、新人物文庫として中経出版より刊行された。
952円+税、文庫本としてはやや高価だが、全494ページのボリュームから言えば妥当だろう。

浪士文久報国記事
(新人物文庫)




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