宇能鴻一郎『斬殺集団』
短編連作集。松平上総介と斎藤一を主軸に、新選組の苛烈な闘争の日々を描く7編。
「豪剣ありき」
旗本・松平上総介(忠敏)は、鹿島神宮にて、拝殿の大太鼓を叩き破った狼藉者と遭遇する。
乱暴を働きながら悪びれることなく落ち着き払ったその侍こそ、水戸浪士・芹沢鴨であった。
浪士組の募集責任者である上総介は、隊長に相応しい肝の据わった人物として、芹沢に目をつける。
さらに、入隊希望の近藤勇ら試衛館一門を、芹沢の抑え役にと考え参加させる。
こうして浪士組が結成され、上京後に分離した芹沢・近藤らが新選組を結成することになった。
上総介もまた、京へ上る。京都守護職と老中との間で、新選組の取り扱いについて連絡を受け持つ立場となった。
上総介の人物像を紹介しつつ、彼の目から見た芹沢の梟雄ぶりと新選組結成を描く一編。
上総介は、高貴の出自、剣の達人であり、人生に倦んだようなシニカルでクールな心境の持ち主。
しかしながら、清川八郎や芹沢や近藤といった面々を知って、かなり興味を抱いている。
京都へ来た理由も、任務より個人的な関心のほうが大きい。
芹沢が島原の角屋を破壊する場面は、なんだか壮快でもある。作者が楽しんで描いている雰囲気。
「双面の豹」
結成直後の新選組に、斎藤一と名乗る剣客が入隊する。
試験では沖田総司を不利に追い込むほどの凄腕を見せ、その後も商家に押し入った強盗2人組を瞬時に倒し、不穏な企てをした殿内義雄を粛清するなど、活躍ぶりは目覚ましい。
一方、ほかの隊士らとは決して打ち解けず、孤高を保っていた。
ただ、佐々木愛次郎が婚約者あぐりを芹沢鴨に奪われかけ、窮状を訴えた時は、親身の忠告をする。
ところが、佐々木は佐伯又三郎に唆され、あぐりを連れて逃亡してしまう。
殿内義雄と家里次雄の粛清、佐々木愛次郎&あぐりの駆け落ち、佐伯又三郎の粛清、大坂力士との乱闘事件、芹沢鴨暗殺事件などを独自のアレンジによって再構成したストーリー。
斎藤一という謎めいた剣客の、陰に陽に活躍するさまを描き、上総介との関係を示唆する。
彼が至極冷静に豪剣を振るうさまは、恐ろしくもあり痛快でもある。
「群狼相食む」
剃刀名人といわれた髪結職人の床伝は、新選組の情報屋を務めていた。
床伝の娘おみのは、過激志士らと密会し自慢話を聞き出すうち、馬具商・升屋喜右衛門が彼らの一味であり、邸内に多数の武器を隠しているという情報をつかむ。
これをきっかけに、新選組は喜右衛門こと古高俊太郎を逮捕、拷問。一味の蜂起計画を聞き出す。
ただちに出動し、一味の集合場所である池田屋と四国屋へ踏み込むこととなった。
会津藩も手勢を出そうとするが、藩主・松平容保は、上総介から「貴藩と西国諸藩との関係を悪化させてはならない、新選組を憎まれ役にしておけば貴藩のみならず万民のためにもなる」と忠告される。
床伝おみの父娘や池田屋事件を描きつつ、上総介と斎藤一との関係が強く示唆される話。
土方歳三に見捨てられたおみのを斎藤が匿ってやるが、それは単なる情けでなく計略のため。
長州浪士・坂木原啓次が明治期に官吏となって云々…というくだりは創作と思われるが、「幕末の志士・浪士たちの中に、生かしておいては世の中のためにならぬ狼や狂犬たちが多かったことは、確かである」と作者は結んでいる。新選組の取り締まりは苛烈だったが、取り締まられる側も暗殺など相当過激なことをやっていた、という意味を込めての「群狼相食む」であろう。
導入部では、岡田以蔵らによる猿の文吉殺害事件が、やけに生々しく描写されている。
それに加えて床伝おみのの話なので、なんとなく『鴨川物語』の影響がありそうに感じた。
「最強の剣」
試衛館時代、近藤勇ら一門は、直新陰流・男谷下総守の道場へ試合に行った。
下総守はすでに高齢のため、高弟の本梅縫之助(本目縫之助とも)が手合わせをする。
ところがこの日、本梅は不在であり、代わってある人物が本梅になりすましていた。
そうとは気づかないまま、試衛館一門は試合に臨み……
そして新選組の結成後。芹沢が暗殺され、隊内に潜む間者が掃討され、芹沢派の野口健司も切腹して、隊は近藤・土方がほぼ掌握した。
ところが、これを面白く思わない水戸藩士・浪士らの一味が、近藤の殺害を企てる。
一味はある夜、近藤の休息所(妾宅)に寝込みを襲うべく押し入った。
「新選組隊士の中で最強だったのは誰か」という考察とストーリーとが、ない交ぜになった一編。
男谷道場での試合の様子は、『剣客物語』に着想を得たのではなかろうか。
ただ、試合の展開については、独自の描写をしている。
最後に近藤勇は、かつて立ち合った本梅が上総介であったと見抜くものの、さらにもうひとつ別の顔があることには気づかないまま別れるのだった。
「剣気奔る」
元治元年5月20~21日の夜。大坂西町奉行の与力・内山彦次郎が暗殺される。
内山に遺恨を抱く近藤勇が、土方歳三、沖田総司、山南敬助を引き連れ襲撃したのだった。
この時、駕籠かき人足のひとりを斬れず逃走を許したため、山南は面目を失う。
そして慶応元年2月、山南の脱走事件が起きる。後を追って連れ戻したのは沖田だった。
内山彦次郎暗殺事件、浅野薫や酒井兵庫の粛清、山南敬助の脱走などを描くストーリーであると同時に、沖田総司の人柄や心理を解明しようとする考察でもある。
山南の脱走については「諸家の説のなかでは、大内美予子さんの説がいちばん丁寧で、しかも心境的にも納得できる」として、評伝集『新選組隊士列伝』(新人物往来社編発行/1972)より大内執筆「山南敬助」を引用しつつ、その心理を読み解く。
ただ、山南を連れ戻した沖田の心理や行動は、大内作品と大きく異なる。
作者は沖田を、感情のうち何か欠落している、それゆえに強い天才のひとり、と結論づけている。
内山暗殺の犯人が仮に新選組だとしても、動機を力士乱闘事件とするのは明らかに違う。理由は『侍はこわい』でも述べたが、内山は西町奉行与力であり、近藤が乱闘事件を届け出た先は東町奉行所であったから。
また、駕籠かきをいきなり斬殺する描写に疑問を感じた。いくら新選組でもそこまで乱暴だろうか。脅せば逃げる相手だろうし、顔を見られたくないなら覆面をすればよいものを。
些細なことながら、沖田が握り飯をひとり黙々と食べる場面は、やけに美味そう。
「非情の日々」
大坂松屋町のぜんざい屋に、新選組幹部の谷三十郎・万太郎ら一党が踏み込む。
大坂城焼き討ちを企む過激浪士がこの家に匿われている、という情報を得たためだった。
乱闘の末、土佐浪士・大利鼎吉を討ち取ったものの、期待したほどの成果はなく、主人の妻を訊問と称して虐待した末、殺害してしまう。
さらに三十郎は、攘夷運動家・河瀬太宰を捕えに大津へ出張した際も、河瀬の妻を脅したあげく自害に追い込むという失態を演じる。
ぜんざい屋(石蔵屋)事件、山南の切腹、田中寅蔵の切腹、西本願寺への屯所移転、松本良順の屯所訪問、四条橋畔の乱闘事件、膳所事件、佐野牧太郎の処刑、蹴上奴茶屋事件などを描く一編。
血腥い事件は確かに多いものの、新選組が連日拷問や処刑に明け暮れていた、というのはいささか盛りすぎではないだろうか。
三十郎と万太郎の会話が、大坂の町人のような口ぶりで、どうかすると上方漫才めいて見える。
作者が少年期を満州で暮らしていた頃、国民政府軍に住居を接収された思い出話が挿入されている。
その体験から、新選組に居座られた壬生の住民や西本願寺の僧侶たちの気持ちが、他人事とは思えないらしい。
「女と血煙」
新選組の四番隊長・松原忠司は、些細な言い争いから、通りすがりの侍を斬ってしまった。
自分が犯人と告白できないまま、残された妻子の面倒を見るようになる。
しかし、土方歳三から「横恋慕による計画殺人」と疑われ逆上、自裁にも失敗して自暴自棄に。
次いで、勘定方の河合耆三郎が、公金を横領した罪で斬首に処される。
斎藤一は、無くなった金の行方を探るうち、松原と河合を陥れた者の存在に気づく。
松原忠司の「壬生心中」、河合耆三郎の処刑、大石造酒蔵の殺害事件、田内知の切腹、谷三十郎の凋落と死亡などが描かれる。松原と河合の事件は裏でつながっていた、という設定。
斎藤一は、合理的かつ着実に捜査を進めていき、ついに真実を突き止める。
それ対して土方歳三は、讒言を真に受けたり、己の体面にこだわったりの小人物に描かれる。
最後に、松平上総介と斎藤一の正体が明かされる。これが本書で最大の仕掛け。
全体を読めば誰でも気づくオチだが、ここには敢えて詳細を書かずにおきたい。
この設定はもちろん創作であって、史実ではありえない。
ただ、当時はふたりとも今以上に謎多き人物だったので、このような想像も可能だったのだろう。
フィクションとして、大胆で面白い発想と思う。
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以上の収録作は、それぞれ独立した短編として読める。
と同時に、全体がひとつの長編として成立する作品ともなっている。
作者の宇能鴻一郎は、評論・紀行文・グルメエッセイ、さらに「嵯峨島昭」の名義でミステリー小説も多数手がけているが、とりわけ官能小説で名を成している。
本書は時代小説であるが、エログロバイオレンスの傾向が強め。中には、女が性的虐待を加えられたり、その果てに殺されたりの後味悪い場面もあるので、それらが苦手な向きは要注意。
全体に、独特の擬音語・擬態語が多用されている。
例えば、人体を斬った音を「ズバンッ」「ドバスッ」、笑みを浮かべるさまを「ニカーリ」など。
なんだか劇画の描き文字をイメージした。
斬り合いの描写も、迫力がある一方、どこか劇画的な外連味を感じさせる。
文中、金銭や長さの値が現代的に表記され、幕末の表現を読み仮名にしてある。
例えば、「百二十万円」に「にじゅうにんぶち」、「百万円」に「ごじゅうりょう」、「一メートル五センチ」に「さんじゃくごすん」といった具合。
作者は、幕末の金銭価値を現代に換算すると1両=2万円と考えている様子。
当時は物価高だったが、ちょっと安すぎないだろうか。何を基準に計算するかで幅があるものの、1両=5万円くらいに考えても良さそうな気がする。
現在判明している史実とは、異なる記述も多い。
守護職お預かりとなった直後から「新選組」を称した。過激浪士の集合場所が事前に池田屋・四国屋とわかっていた。新選組屯所の不動堂村移転は慶応元年。谷兄弟の兄が万太郎、弟が三十郎。大石兄弟の兄が造酒蔵、弟が鍬次郎など。
ただ、出版当時にはこれらが史実と認識されていた様子であるし、本書は独自の創作性を重視した娯楽小説でもあるから、細かく追及する必要もないと思う。
全体として、新選組に対し冷徹な視線を向ける観察者の存在が、面白い物語。
もしも戊辰戦争まで描かれたならどのような展開となったか、読んでみたい気もした。
1975年、新潮社より単行本が刊行された。
1979年、青樹社より『斬殺集団 私説新選組』と改題して単行本が出版された。
収録作は、下記のとおりアンソロジーにも載っている。
「豪剣ありき」 →『誠の旗がゆく 新選組傑作選』 集英社文庫 2003
「群狼相食む」 →『血闘!新選組』 実業之日本社文庫 2016

「豪剣ありき」
旗本・松平上総介(忠敏)は、鹿島神宮にて、拝殿の大太鼓を叩き破った狼藉者と遭遇する。
乱暴を働きながら悪びれることなく落ち着き払ったその侍こそ、水戸浪士・芹沢鴨であった。
浪士組の募集責任者である上総介は、隊長に相応しい肝の据わった人物として、芹沢に目をつける。
さらに、入隊希望の近藤勇ら試衛館一門を、芹沢の抑え役にと考え参加させる。
こうして浪士組が結成され、上京後に分離した芹沢・近藤らが新選組を結成することになった。
上総介もまた、京へ上る。京都守護職と老中との間で、新選組の取り扱いについて連絡を受け持つ立場となった。
上総介の人物像を紹介しつつ、彼の目から見た芹沢の梟雄ぶりと新選組結成を描く一編。
上総介は、高貴の出自、剣の達人であり、人生に倦んだようなシニカルでクールな心境の持ち主。
しかしながら、清川八郎や芹沢や近藤といった面々を知って、かなり興味を抱いている。
京都へ来た理由も、任務より個人的な関心のほうが大きい。
芹沢が島原の角屋を破壊する場面は、なんだか壮快でもある。作者が楽しんで描いている雰囲気。
「双面の豹」
結成直後の新選組に、斎藤一と名乗る剣客が入隊する。
試験では沖田総司を不利に追い込むほどの凄腕を見せ、その後も商家に押し入った強盗2人組を瞬時に倒し、不穏な企てをした殿内義雄を粛清するなど、活躍ぶりは目覚ましい。
一方、ほかの隊士らとは決して打ち解けず、孤高を保っていた。
ただ、佐々木愛次郎が婚約者あぐりを芹沢鴨に奪われかけ、窮状を訴えた時は、親身の忠告をする。
ところが、佐々木は佐伯又三郎に唆され、あぐりを連れて逃亡してしまう。
殿内義雄と家里次雄の粛清、佐々木愛次郎&あぐりの駆け落ち、佐伯又三郎の粛清、大坂力士との乱闘事件、芹沢鴨暗殺事件などを独自のアレンジによって再構成したストーリー。
斎藤一という謎めいた剣客の、陰に陽に活躍するさまを描き、上総介との関係を示唆する。
彼が至極冷静に豪剣を振るうさまは、恐ろしくもあり痛快でもある。
「群狼相食む」
剃刀名人といわれた髪結職人の床伝は、新選組の情報屋を務めていた。
床伝の娘おみのは、過激志士らと密会し自慢話を聞き出すうち、馬具商・升屋喜右衛門が彼らの一味であり、邸内に多数の武器を隠しているという情報をつかむ。
これをきっかけに、新選組は喜右衛門こと古高俊太郎を逮捕、拷問。一味の蜂起計画を聞き出す。
ただちに出動し、一味の集合場所である池田屋と四国屋へ踏み込むこととなった。
会津藩も手勢を出そうとするが、藩主・松平容保は、上総介から「貴藩と西国諸藩との関係を悪化させてはならない、新選組を憎まれ役にしておけば貴藩のみならず万民のためにもなる」と忠告される。
床伝おみの父娘や池田屋事件を描きつつ、上総介と斎藤一との関係が強く示唆される話。
土方歳三に見捨てられたおみのを斎藤が匿ってやるが、それは単なる情けでなく計略のため。
長州浪士・坂木原啓次が明治期に官吏となって云々…というくだりは創作と思われるが、「幕末の志士・浪士たちの中に、生かしておいては世の中のためにならぬ狼や狂犬たちが多かったことは、確かである」と作者は結んでいる。新選組の取り締まりは苛烈だったが、取り締まられる側も暗殺など相当過激なことをやっていた、という意味を込めての「群狼相食む」であろう。
導入部では、岡田以蔵らによる猿の文吉殺害事件が、やけに生々しく描写されている。
それに加えて床伝おみのの話なので、なんとなく『鴨川物語』の影響がありそうに感じた。
「最強の剣」
試衛館時代、近藤勇ら一門は、直新陰流・男谷下総守の道場へ試合に行った。
下総守はすでに高齢のため、高弟の本梅縫之助(本目縫之助とも)が手合わせをする。
ところがこの日、本梅は不在であり、代わってある人物が本梅になりすましていた。
そうとは気づかないまま、試衛館一門は試合に臨み……
そして新選組の結成後。芹沢が暗殺され、隊内に潜む間者が掃討され、芹沢派の野口健司も切腹して、隊は近藤・土方がほぼ掌握した。
ところが、これを面白く思わない水戸藩士・浪士らの一味が、近藤の殺害を企てる。
一味はある夜、近藤の休息所(妾宅)に寝込みを襲うべく押し入った。
「新選組隊士の中で最強だったのは誰か」という考察とストーリーとが、ない交ぜになった一編。
男谷道場での試合の様子は、『剣客物語』に着想を得たのではなかろうか。
ただ、試合の展開については、独自の描写をしている。
最後に近藤勇は、かつて立ち合った本梅が上総介であったと見抜くものの、さらにもうひとつ別の顔があることには気づかないまま別れるのだった。
「剣気奔る」
元治元年5月20~21日の夜。大坂西町奉行の与力・内山彦次郎が暗殺される。
内山に遺恨を抱く近藤勇が、土方歳三、沖田総司、山南敬助を引き連れ襲撃したのだった。
この時、駕籠かき人足のひとりを斬れず逃走を許したため、山南は面目を失う。
そして慶応元年2月、山南の脱走事件が起きる。後を追って連れ戻したのは沖田だった。
内山彦次郎暗殺事件、浅野薫や酒井兵庫の粛清、山南敬助の脱走などを描くストーリーであると同時に、沖田総司の人柄や心理を解明しようとする考察でもある。
山南の脱走については「諸家の説のなかでは、大内美予子さんの説がいちばん丁寧で、しかも心境的にも納得できる」として、評伝集『新選組隊士列伝』(新人物往来社編発行/1972)より大内執筆「山南敬助」を引用しつつ、その心理を読み解く。
ただ、山南を連れ戻した沖田の心理や行動は、大内作品と大きく異なる。
作者は沖田を、感情のうち何か欠落している、それゆえに強い天才のひとり、と結論づけている。
内山暗殺の犯人が仮に新選組だとしても、動機を力士乱闘事件とするのは明らかに違う。理由は『侍はこわい』でも述べたが、内山は西町奉行与力であり、近藤が乱闘事件を届け出た先は東町奉行所であったから。
また、駕籠かきをいきなり斬殺する描写に疑問を感じた。いくら新選組でもそこまで乱暴だろうか。脅せば逃げる相手だろうし、顔を見られたくないなら覆面をすればよいものを。
些細なことながら、沖田が握り飯をひとり黙々と食べる場面は、やけに美味そう。
「非情の日々」
大坂松屋町のぜんざい屋に、新選組幹部の谷三十郎・万太郎ら一党が踏み込む。
大坂城焼き討ちを企む過激浪士がこの家に匿われている、という情報を得たためだった。
乱闘の末、土佐浪士・大利鼎吉を討ち取ったものの、期待したほどの成果はなく、主人の妻を訊問と称して虐待した末、殺害してしまう。
さらに三十郎は、攘夷運動家・河瀬太宰を捕えに大津へ出張した際も、河瀬の妻を脅したあげく自害に追い込むという失態を演じる。
ぜんざい屋(石蔵屋)事件、山南の切腹、田中寅蔵の切腹、西本願寺への屯所移転、松本良順の屯所訪問、四条橋畔の乱闘事件、膳所事件、佐野牧太郎の処刑、蹴上奴茶屋事件などを描く一編。
血腥い事件は確かに多いものの、新選組が連日拷問や処刑に明け暮れていた、というのはいささか盛りすぎではないだろうか。
三十郎と万太郎の会話が、大坂の町人のような口ぶりで、どうかすると上方漫才めいて見える。
作者が少年期を満州で暮らしていた頃、国民政府軍に住居を接収された思い出話が挿入されている。
その体験から、新選組に居座られた壬生の住民や西本願寺の僧侶たちの気持ちが、他人事とは思えないらしい。
「女と血煙」
新選組の四番隊長・松原忠司は、些細な言い争いから、通りすがりの侍を斬ってしまった。
自分が犯人と告白できないまま、残された妻子の面倒を見るようになる。
しかし、土方歳三から「横恋慕による計画殺人」と疑われ逆上、自裁にも失敗して自暴自棄に。
次いで、勘定方の河合耆三郎が、公金を横領した罪で斬首に処される。
斎藤一は、無くなった金の行方を探るうち、松原と河合を陥れた者の存在に気づく。
松原忠司の「壬生心中」、河合耆三郎の処刑、大石造酒蔵の殺害事件、田内知の切腹、谷三十郎の凋落と死亡などが描かれる。松原と河合の事件は裏でつながっていた、という設定。
斎藤一は、合理的かつ着実に捜査を進めていき、ついに真実を突き止める。
それ対して土方歳三は、讒言を真に受けたり、己の体面にこだわったりの小人物に描かれる。
最後に、松平上総介と斎藤一の正体が明かされる。これが本書で最大の仕掛け。
全体を読めば誰でも気づくオチだが、ここには敢えて詳細を書かずにおきたい。
この設定はもちろん創作であって、史実ではありえない。
ただ、当時はふたりとも今以上に謎多き人物だったので、このような想像も可能だったのだろう。
フィクションとして、大胆で面白い発想と思う。
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以上の収録作は、それぞれ独立した短編として読める。
と同時に、全体がひとつの長編として成立する作品ともなっている。
作者の宇能鴻一郎は、評論・紀行文・グルメエッセイ、さらに「嵯峨島昭」の名義でミステリー小説も多数手がけているが、とりわけ官能小説で名を成している。
本書は時代小説であるが、エログロバイオレンスの傾向が強め。中には、女が性的虐待を加えられたり、その果てに殺されたりの後味悪い場面もあるので、それらが苦手な向きは要注意。
全体に、独特の擬音語・擬態語が多用されている。
例えば、人体を斬った音を「ズバンッ」「ドバスッ」、笑みを浮かべるさまを「ニカーリ」など。
なんだか劇画の描き文字をイメージした。
斬り合いの描写も、迫力がある一方、どこか劇画的な外連味を感じさせる。
文中、金銭や長さの値が現代的に表記され、幕末の表現を読み仮名にしてある。
例えば、「百二十万円」に「にじゅうにんぶち」、「百万円」に「ごじゅうりょう」、「一メートル五センチ」に「さんじゃくごすん」といった具合。
作者は、幕末の金銭価値を現代に換算すると1両=2万円と考えている様子。
当時は物価高だったが、ちょっと安すぎないだろうか。何を基準に計算するかで幅があるものの、1両=5万円くらいに考えても良さそうな気がする。
現在判明している史実とは、異なる記述も多い。
守護職お預かりとなった直後から「新選組」を称した。過激浪士の集合場所が事前に池田屋・四国屋とわかっていた。新選組屯所の不動堂村移転は慶応元年。谷兄弟の兄が万太郎、弟が三十郎。大石兄弟の兄が造酒蔵、弟が鍬次郎など。
ただ、出版当時にはこれらが史実と認識されていた様子であるし、本書は独自の創作性を重視した娯楽小説でもあるから、細かく追及する必要もないと思う。
全体として、新選組に対し冷徹な視線を向ける観察者の存在が、面白い物語。
もしも戊辰戦争まで描かれたならどのような展開となったか、読んでみたい気もした。
1975年、新潮社より単行本が刊行された。
1979年、青樹社より『斬殺集団 私説新選組』と改題して単行本が出版された。
収録作は、下記のとおりアンソロジーにも載っている。
「豪剣ありき」 →『誠の旗がゆく 新選組傑作選』 集英社文庫 2003
「群狼相食む」 →『血闘!新選組』 実業之日本社文庫 2016
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