小松エメル『総司の夢』
長編小説。剣の強さを追い求める沖田総司が、様々な体験を経て心を豊かにしていく様子と、その短くも全き生涯を描く。
文久2年、春の江戸。
天然理心流・試衛館の沖田宗次郎は、すでに師範免許を獲得し、師範代を務める若き俊英である。
この日、試衛館の面々とともに、桜が咲き誇る川縁へ花見に来ていた。
気安い昔なじみの土方歳三は、何か気がかりでもあるのか、いつになく物思いの様子を見せる。
酒に酔い裸踊りをする原田左之助。囃したてる永倉新八。笑って貶す藤堂平助。叱りつける井上源三郎。
酔いからつい眠ってしまう山南敬助。
そして、宗次郎が敬愛して止まない道場主・近藤勇。
近藤は近々、講武所の剣術方指南役に就任すると決まった。花見は、その祝宴でもあったのだ。
この頃、世は物情騒然としていた。
時折稽古に訪れる斎藤一が、近隣で発生した人斬り事件を伝えに来た。容疑者は捕まらない。
やがて、近藤の講武所指南役の内定が取り消される。彼が士分ではないゆえの措置だった。
今になって出自が問題視される理不尽さに、一同は憤懣やるかたない。
しばらくして、心形刀流・練武館の伊庭八郎が、顔なじみの試衛館を訪れる。
伊庭は、幕府の浪士組徴募について説明し、一同に参加を勧めた。
身分のない者こそ参加できる好機に、彼らは万難を排して参加しようと奮い立つ。
宗次郎に対しては「天然理心流の次代宗家として試衛館に残るべき」という意見が出たが、本人の落胆ぶりを見て、近藤が参加を許した。
こうして、宗次郎は「総司」と名を改め、親しい仲間たちとともに京へ上ることになる。
出発前、伝通院に参加する浪士らが多数集合した。
手続きを待つ間、境内の林をひとり散策していた総司は、人声を聞きつける。
そっと様子を窺うと、そこにはふたりの人物がいた。
怒りのこもった声で相手をなじる少年。黙って聞いている恰幅のよい男。
総司は、男の双眸が湛える漆黒の闇に気づき、目を離せなくなる――
全編にわたり主人公・沖田総司の主観に基づいて書かれた一元小説。
上記あらすじは、冒頭部分のみ。
この後、壬生浪士組の結成、芹沢一派の粛清、池田屋事件、禁門の変……などの出来事が続く。
それらとともに、総司の戦い、周囲の人々との交わり、出会いと別れ、といった諸々が展開していく。
本作の総司は、天才ゆえか、どこか欠落したようなところがある。
別に、屈折した心理の持ち主ではないし、剣を執ると凶暴になったりするわけでもない。
仲間をからかうこともあるが、基本的には素直で思いやりのある好青年。
ただ、最大の関心事は剣において強さを極めることであり、それ以外はわりとどうでもよい。
政治にも出世にも、まったく興味がない。
そういう総司を「無欲」と評する者が多いが、本人は「剣にかけては強欲な自分」を自覚している。
剣術以外のことにはほとんど関心がないので、人間関係で齟齬をきたすことがある。
斎藤には「あんたは本当に他人の気持ちが分からぬ男だな」と呆れられる。
藤堂からも「誰に対しても親切だが、同じくらい無関心だ」と指摘される。
決して鈍感でも洞察力に欠けるわけでもないが、他人は他人、自分は自分、他人のすべてをわかろうとしても無理、と割り切っている。執着がなさ過ぎ。
他人に気を遣われるのも、己の未熟を思い知らされるようで、好きではない。
加えて、物事を突き詰めて考えるのが苦手。考えてもわからないことはすぐ保留し、やがて忘れる。
夢を見ないのも、くよくよ思い悩んだりしないから、らしい。
そんな総司も、様々な出来事に遭遇し、多くの出会いと別れを繰り返すうちに、否応なくあれこれと考える機会が多くなる。夢を見たかのような体験も、次第に増えていく。
特に、物語の終盤(慶応3年夏)に労咳を発病して以降、それでも戦列に残りたい、まだ生きていたいと強く願い続けたことが、心境の変化をもたらした様子。
周囲の人々と自分との関わりを、改めて認識するようになる。そして、たとえ相手を理解できず報われないとしても、忘れまい、理解したいと情熱を傾けることが大切なのだと、ようやく感得する。
そのほか、総司の視点から描かれた登場人物たちの造形も、興味深い。
土方歳三は、次第に「鬼」と化して、多くの者を死に追いやる。
総司にとって、かつての土方は顔を見ただけで心の内がわかる、安心できる相手だった。
それなのに、なぜ敢えて「鬼」になることを選んだのか、その理由を語らないのか、理解できない。
理解できないながらも、土方だけに重荷を負わせておけないと思う。
総司もまた、芹沢粛清に剣を振るった時から、「鬼」になると密かに決意していた。
そして、土方にすべてを打ち明け、ついに「共に鬼になってくれ」と言わしめた。
ただ、のちに思いがけず理由を知った時は、大きな衝撃を受けることになる。
芹沢鴨は、総司が出会った中で最強の剣士。
一度、総司から申し込んで真剣勝負したものの、勝てなかった。
芹沢の死後も、心の内で繰り返しシミュレーションするが、やはり勝てる気がせず、無念を引きずり続ける。
また、彼は情熱で人の心を動かす才能の持ち主でもあり、にもかかわらず粗暴な振る舞いによって人望を失っていくさまは、総司に「もったいない」と感じさせる。
さらに、総司が知る由もなかった芹沢の前歴は、ストーリー全般にわたって影響を及ぼす。
近藤勇は、総司が兄とも父とも慕う、頼りがいのある「若先生」。
総司のみならず、試衛館の面々の、新選組隊士たちの精神的支柱でもある。
寡黙で多くを語ることはないが、感情豊かな性格。正直で潔癖なところもある。
幕府御典医・松本良順の話によると、近藤は良順を斬ろうとして、彼が噂どおりの異国傾倒者なのかどうか確かめようと直談判に来た、という。そんな逸話ひとつをとっても、総司は「若先生はすごい」と感心し、改めて尊敬を深くする。
終盤、近藤の告白を聞いた総司は驚くが、無意識のうちではすでに感じ取っていたかもしれない。
山南敬助は、総司にとって親しい兄のような、信頼しあう相手。
土方には持ちかけられない相談をして、助けてもらうこともある。
文久3年秋に負傷して以来、剣を執る機会がなくなった山南は、それでも隊士たちに気を配る。
ところが、突然新選組を脱走し、自ら進んで総司に連れ戻された。
山南の苦悩を、総司が実感として受けとめたのは、自身が病に伏した時だった。
井上源三郎は、実直で人情にあつい、善意の人。
小言が多く、何かにつけ人を叱るが、愛情がこもっている。近藤も、彼には頭が上がらない。
そんな井上が、好きな女ができたのに告白できず悩んでいる場面がある。
総司は内心、恋に悩むなど無駄なことと考えるが、やがて自身も思い知る時が来る。
なお、井上の恋はどうなったのか、作中ではわからずじまい。
いつか作者が別の作品に描く日があるかも、と期待したくなる。
大石鍬次郎は、不可解な男。
暗く目立たず、あまり強そうでもない。剣術の稽古でも、凡庸な才しか見せない。
しかし、切腹の介錯や実戦では、並外れた腕をあらわす。
総司は、彼の内に芹沢と似通った狂気があるのを感じ取り、ぜひ本気の勝負がしたいと思う。
ところが、手合わせを申し込んでも断わられるばかりで、なかなか機会が得られない。
承諾されたと思えば、邪魔が入って実現しない。
大石が何を思って総司に対するのか、謎めいていて、あれこれ想像させられる。
これも、いずれ別の作品で解明される日が来るのだろうか。
ちなみに、鍬次郎の弟・大石造酒蔵の殺害事件も描かれる。
西村兼文『新撰組始末記』には、造酒蔵は隊士・今井祐次郞に斬殺されたとあり、子母澤寛『新選組物語』にも詳しく描かれているが、本作では犯人は判明しないままとなっている。
オリジナルの登場人物も何人か出てくるが、特に重要なのは次のふたり。
ひとりは、石井亥之助。
浪士組を追って京へ上った、謎の少年。
芹沢鴨とは、何やら浅からぬ因縁がある様子。
19歳と称するが、どうやら年齢詐称しているらしく、3~4歳は若く見える。
総司に恩義を感じ、どうしても報いたいとしつこく迫って、新選組への入隊を許可された。
その後も「お役に立ちたい」とつきまとい、まるで小犬のようだと総司に思わせる。
剣術は苦手で内勤が多いが、調査や内偵、ケガの応急手当などは得意。
もうひとりは、志乃。
慶応2年の夏、総司と偶然に出会った。室町通五条の長屋に住む女医。28歳。
意図せず彼女の素肌を見てしまった総司に対し、責任を取れと詰め寄る。
気圧されて逃げ帰った総司だが、妙ななりゆきから、文のやりとりが始まった。
恋文のように甘やかな内容ではなく、取り留めのない身辺雑記や思い出話ながら、次第に待ち遠しくなる。
やがて、総司のほうから訪ねていくことに。
このふたりの事情が明かされるのは、ストーリーの終盤。
作者の短編集『夢の燈影』の収録作と、ストーリー上繋がる部分が散見される。
同じ出来事が別の角度から描写されており、読み比べると面白い。
具体例を挙げると↓
全体的にすんなり読める作品なので、単純明快なストーリーのように思える。
ただ、よく注意してみると、人物の心理に関してはかなり込み入っている。
後で真相が明かされることもあるが、必ずしもすべてが明示されるわけではない。
手がかりはさりげなく暗示されており、それらをつなぎ合わせると全容が見えてくる。
さらりと読み流すか、深く読み込むか、読み手の好みに委ねられるところ。
最後に、剣士・沖田総司は「夢」の中ですべてを達成し、「夢」の彼方へ去っていく。
彼の生涯そのものが「夢」だったようにも感じられた。
明るくも暗くもない薄暮のような、此岸でも彼岸でもない中有のような、不思議な味わいが残る。
思えば、作中の総司に限らず、すべて人の一生は「夢」のようなものかもしれない。
なんとなく「一炊の夢」「邯鄲の枕」などと呼ばれる故事を連想した。
本作は、書き下ろし作品。
単行本『総司の夢』は、2016年9月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。
また、講談社文庫版が2019年2月に刊行された。


文久2年、春の江戸。
天然理心流・試衛館の沖田宗次郎は、すでに師範免許を獲得し、師範代を務める若き俊英である。
この日、試衛館の面々とともに、桜が咲き誇る川縁へ花見に来ていた。
気安い昔なじみの土方歳三は、何か気がかりでもあるのか、いつになく物思いの様子を見せる。
酒に酔い裸踊りをする原田左之助。囃したてる永倉新八。笑って貶す藤堂平助。叱りつける井上源三郎。
酔いからつい眠ってしまう山南敬助。
満開の桜が咲いている。うっとりするほど美しい眺めだった。
(まるで夢の中のようだ)
そう感じた宗次郎は、人生で一度も夢を見たことがない。
(夢というのは鮮やかなものらしいが……)
(まるで夢の中のようだ)
そう感じた宗次郎は、人生で一度も夢を見たことがない。
(夢というのは鮮やかなものらしいが……)
そして、宗次郎が敬愛して止まない道場主・近藤勇。
近藤は近々、講武所の剣術方指南役に就任すると決まった。花見は、その祝宴でもあったのだ。
この頃、世は物情騒然としていた。
時折稽古に訪れる斎藤一が、近隣で発生した人斬り事件を伝えに来た。容疑者は捕まらない。
やがて、近藤の講武所指南役の内定が取り消される。彼が士分ではないゆえの措置だった。
今になって出自が問題視される理不尽さに、一同は憤懣やるかたない。
しばらくして、心形刀流・練武館の伊庭八郎が、顔なじみの試衛館を訪れる。
伊庭は、幕府の浪士組徴募について説明し、一同に参加を勧めた。
身分のない者こそ参加できる好機に、彼らは万難を排して参加しようと奮い立つ。
宗次郎に対しては「天然理心流の次代宗家として試衛館に残るべき」という意見が出たが、本人の落胆ぶりを見て、近藤が参加を許した。
こうして、宗次郎は「総司」と名を改め、親しい仲間たちとともに京へ上ることになる。
出発前、伝通院に参加する浪士らが多数集合した。
手続きを待つ間、境内の林をひとり散策していた総司は、人声を聞きつける。
そっと様子を窺うと、そこにはふたりの人物がいた。
怒りのこもった声で相手をなじる少年。黙って聞いている恰幅のよい男。
総司は、男の双眸が湛える漆黒の闇に気づき、目を離せなくなる――
全編にわたり主人公・沖田総司の主観に基づいて書かれた一元小説。
上記あらすじは、冒頭部分のみ。
この後、壬生浪士組の結成、芹沢一派の粛清、池田屋事件、禁門の変……などの出来事が続く。
それらとともに、総司の戦い、周囲の人々との交わり、出会いと別れ、といった諸々が展開していく。
本作の総司は、天才ゆえか、どこか欠落したようなところがある。
別に、屈折した心理の持ち主ではないし、剣を執ると凶暴になったりするわけでもない。
仲間をからかうこともあるが、基本的には素直で思いやりのある好青年。
ただ、最大の関心事は剣において強さを極めることであり、それ以外はわりとどうでもよい。
政治にも出世にも、まったく興味がない。
そういう総司を「無欲」と評する者が多いが、本人は「剣にかけては強欲な自分」を自覚している。
剣術以外のことにはほとんど関心がないので、人間関係で齟齬をきたすことがある。
斎藤には「あんたは本当に他人の気持ちが分からぬ男だな」と呆れられる。
藤堂からも「誰に対しても親切だが、同じくらい無関心だ」と指摘される。
決して鈍感でも洞察力に欠けるわけでもないが、他人は他人、自分は自分、他人のすべてをわかろうとしても無理、と割り切っている。執着がなさ過ぎ。
他人に気を遣われるのも、己の未熟を思い知らされるようで、好きではない。
加えて、物事を突き詰めて考えるのが苦手。考えてもわからないことはすぐ保留し、やがて忘れる。
夢を見ないのも、くよくよ思い悩んだりしないから、らしい。
そんな総司も、様々な出来事に遭遇し、多くの出会いと別れを繰り返すうちに、否応なくあれこれと考える機会が多くなる。夢を見たかのような体験も、次第に増えていく。
特に、物語の終盤(慶応3年夏)に労咳を発病して以降、それでも戦列に残りたい、まだ生きていたいと強く願い続けたことが、心境の変化をもたらした様子。
周囲の人々と自分との関わりを、改めて認識するようになる。そして、たとえ相手を理解できず報われないとしても、忘れまい、理解したいと情熱を傾けることが大切なのだと、ようやく感得する。
そのほか、総司の視点から描かれた登場人物たちの造形も、興味深い。
土方歳三は、次第に「鬼」と化して、多くの者を死に追いやる。
総司にとって、かつての土方は顔を見ただけで心の内がわかる、安心できる相手だった。
それなのに、なぜ敢えて「鬼」になることを選んだのか、その理由を語らないのか、理解できない。
理解できないながらも、土方だけに重荷を負わせておけないと思う。
総司もまた、芹沢粛清に剣を振るった時から、「鬼」になると密かに決意していた。
そして、土方にすべてを打ち明け、ついに「共に鬼になってくれ」と言わしめた。
ただ、のちに思いがけず理由を知った時は、大きな衝撃を受けることになる。
芹沢鴨は、総司が出会った中で最強の剣士。
一度、総司から申し込んで真剣勝負したものの、勝てなかった。
芹沢の死後も、心の内で繰り返しシミュレーションするが、やはり勝てる気がせず、無念を引きずり続ける。
また、彼は情熱で人の心を動かす才能の持ち主でもあり、にもかかわらず粗暴な振る舞いによって人望を失っていくさまは、総司に「もったいない」と感じさせる。
さらに、総司が知る由もなかった芹沢の前歴は、ストーリー全般にわたって影響を及ぼす。
近藤勇は、総司が兄とも父とも慕う、頼りがいのある「若先生」。
総司のみならず、試衛館の面々の、新選組隊士たちの精神的支柱でもある。
寡黙で多くを語ることはないが、感情豊かな性格。正直で潔癖なところもある。
幕府御典医・松本良順の話によると、近藤は良順を斬ろうとして、彼が噂どおりの異国傾倒者なのかどうか確かめようと直談判に来た、という。そんな逸話ひとつをとっても、総司は「若先生はすごい」と感心し、改めて尊敬を深くする。
終盤、近藤の告白を聞いた総司は驚くが、無意識のうちではすでに感じ取っていたかもしれない。
山南敬助は、総司にとって親しい兄のような、信頼しあう相手。
土方には持ちかけられない相談をして、助けてもらうこともある。
文久3年秋に負傷して以来、剣を執る機会がなくなった山南は、それでも隊士たちに気を配る。
ところが、突然新選組を脱走し、自ら進んで総司に連れ戻された。
山南の苦悩を、総司が実感として受けとめたのは、自身が病に伏した時だった。
井上源三郎は、実直で人情にあつい、善意の人。
小言が多く、何かにつけ人を叱るが、愛情がこもっている。近藤も、彼には頭が上がらない。
そんな井上が、好きな女ができたのに告白できず悩んでいる場面がある。
総司は内心、恋に悩むなど無駄なことと考えるが、やがて自身も思い知る時が来る。
なお、井上の恋はどうなったのか、作中ではわからずじまい。
いつか作者が別の作品に描く日があるかも、と期待したくなる。
大石鍬次郎は、不可解な男。
暗く目立たず、あまり強そうでもない。剣術の稽古でも、凡庸な才しか見せない。
しかし、切腹の介錯や実戦では、並外れた腕をあらわす。
総司は、彼の内に芹沢と似通った狂気があるのを感じ取り、ぜひ本気の勝負がしたいと思う。
ところが、手合わせを申し込んでも断わられるばかりで、なかなか機会が得られない。
承諾されたと思えば、邪魔が入って実現しない。
大石が何を思って総司に対するのか、謎めいていて、あれこれ想像させられる。
これも、いずれ別の作品で解明される日が来るのだろうか。
ちなみに、鍬次郎の弟・大石造酒蔵の殺害事件も描かれる。
西村兼文『新撰組始末記』には、造酒蔵は隊士・今井祐次郞に斬殺されたとあり、子母澤寛『新選組物語』にも詳しく描かれているが、本作では犯人は判明しないままとなっている。
オリジナルの登場人物も何人か出てくるが、特に重要なのは次のふたり。
ひとりは、石井亥之助。
浪士組を追って京へ上った、謎の少年。
芹沢鴨とは、何やら浅からぬ因縁がある様子。
19歳と称するが、どうやら年齢詐称しているらしく、3~4歳は若く見える。
総司に恩義を感じ、どうしても報いたいとしつこく迫って、新選組への入隊を許可された。
その後も「お役に立ちたい」とつきまとい、まるで小犬のようだと総司に思わせる。
剣術は苦手で内勤が多いが、調査や内偵、ケガの応急手当などは得意。
もうひとりは、志乃。
慶応2年の夏、総司と偶然に出会った。室町通五条の長屋に住む女医。28歳。
意図せず彼女の素肌を見てしまった総司に対し、責任を取れと詰め寄る。
気圧されて逃げ帰った総司だが、妙ななりゆきから、文のやりとりが始まった。
恋文のように甘やかな内容ではなく、取り留めのない身辺雑記や思い出話ながら、次第に待ち遠しくなる。
やがて、総司のほうから訪ねていくことに。
このふたりの事情が明かされるのは、ストーリーの終盤。
作者の短編集『夢の燈影』の収録作と、ストーリー上繋がる部分が散見される。
同じ出来事が別の角度から描写されており、読み比べると面白い。
具体例を挙げると↓
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- 山南敬助の死後、藤堂平助が墓に向かって憤懣をぶつける。…「寄越人」
全体的にすんなり読める作品なので、単純明快なストーリーのように思える。
ただ、よく注意してみると、人物の心理に関してはかなり込み入っている。
後で真相が明かされることもあるが、必ずしもすべてが明示されるわけではない。
手がかりはさりげなく暗示されており、それらをつなぎ合わせると全容が見えてくる。
さらりと読み流すか、深く読み込むか、読み手の好みに委ねられるところ。
最後に、剣士・沖田総司は「夢」の中ですべてを達成し、「夢」の彼方へ去っていく。
彼の生涯そのものが「夢」だったようにも感じられた。
明るくも暗くもない薄暮のような、此岸でも彼岸でもない中有のような、不思議な味わいが残る。
思えば、作中の総司に限らず、すべて人の一生は「夢」のようなものかもしれない。
なんとなく「一炊の夢」「邯鄲の枕」などと呼ばれる故事を連想した。
本作は、書き下ろし作品。
単行本『総司の夢』は、2016年9月、講談社より出版された。四六判ソフトカバー。
また、講談社文庫版が2019年2月に刊行された。
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