吉川永青『闘鬼 斎藤一』
長編小説。生と死のはざまに立って闘うことを、無上の悦びとする新選組隊士・斎藤一。
その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。
ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。
御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。
成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。
そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。
相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。
主要な登場人物は、以下のとおり。
斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。
沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。
土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。
近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。
山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。
永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。
芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。
伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。
小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。
---
本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓
◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。
◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。
一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓
◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。
斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。
◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)
◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。
◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。
◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)
◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。
◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。
---
本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。
終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。
作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。
また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。
本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。
2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。
2021年、集英社文庫版『闘鬼 斎藤一』が刊行された。


その闘いの日々と、特に親しい同志である沖田総司との交流を描く。
ストーリーは、試衛館に通っていた頃から会津戦争の末期までを主に、全14章で構成。
その後に終節(エピローグ)があり、晩年の「藤田五郎」が登場する。
序盤のあらすじは、以下のとおり。
御家人・山口祐助の次男として生まれた山口一。
少年時代のある日、蜘蛛と網にかかった羽虫との闘いを目撃し、生命の放つ眩しさに強く魅せられる。
以来、その輝きを己のものとすべく、強さを求め、ひたすら武芸の稽古に打ち込んだ。
様々な流派を学び、やがて天然理心流・試衛館に通うようになる。
成長した一は、父の監督下に置かれて暮らす毎日に倦んでいた。
世間で流行りの攘夷論にも、さっぱり興味が持てない。
ただ、試衛館随一の俊英・沖田総司と立ち合い稽古をする時だけは、夢中になれるのだった。
そんな時、浪士組募集の報がもたらされる。
退屈な日々から逃れたいという単純な理由で、試衛館一党とともに参加しようと決める一。
しかしその直後、行きずりの相手と口論になり、斬り合いに及ぶ。
初めての真剣勝負に恐怖しながらも、持てる力と技のすべてを尽くす命懸けの闘いに興奮、陶酔する。
そこには、あの日の蜘蛛と羽虫が見せた生命の輝きがあった。
相手を殺害したことで江戸にいられなくなった一は、「斎藤一」と変名し、父の旧知を頼り京へ旅立つ。
まもなく、浪士組として京へ上ってきた試衛館の面々と合流。
「剣とは人を斬るための道具」と割り切り、数々の修羅場に身を投じていくのだった。
主要な登場人物は、以下のとおり。
斎藤一
本作の主人公。初名は「山口一」、御陵衛士から復帰後は「山口二郎」、晩年は「藤田五郎」を称す。
気の荒いところもあるが、筋の通らないことは嫌いな正義漢。
人づきあいはあまり好きでないわりに、他人の心理を読んだり欺くため演技したりは上手い。
ストーリー序盤では、腹痛を起こしやすい体質。途中からそれがなくなるのは、石田散薬のおかげかも。
遊里通いはけっこう盛ん。御陵衛士に潜入してからは、ことさらそのように行動する。
最大の関心事は、剣術で強い相手と闘って制すること。
理由は、人命を奪うのが好きだからではなく、生死の瀬戸際にこそ命を強く実感できるから。
刀でなく銃砲類を用いる近代戦には、何ら魅力を感じない。
沖田総司
普段は物腰柔らかなのに、剣を執ると乱暴になり、稽古でも相手が降参しようと容赦なく打ちのめす。
闘いの中に生き甲斐を求めるところは、一と似た者同士。
天才ゆえか何をも恐れず、たとえ相手が目上だろうと遠慮せず、ずけずけものを言う。
同年代の一に気安く「一君」と呼びかけ、当初は嫌がっていた一に「総ちゃん」と呼ばせる仲になる。
労咳にかかり、先が長くないことを自覚しながら、闘いとは命を最後まで生き尽くすことだと示した。
来たる近代戦に乗り気でなかった一も、その心構えに共鳴して闘い続ける。
土方歳三
試衛館への正式入門は遅く、一党の中では新参だが、近藤の補佐役として頭角を現す。
新選組の実質的な運営を担い、さまざまな策を編み出す、怜悧な知恵者。
近藤とほかの同志たちとの間に立っていざこざを収めるなど、調整役としても有能。
新選組を洋式の軍隊に改革し攘夷戦争に参戦したい、と考えてもいた。
そういう近代戦にまったく興味が持てない一も、土方の頭脳や人柄は信頼して従う。
近藤勇
筋の通らないことは決して認めない、「義」を重んじる硬骨の士。
ただ、新選組を掌握した後、自らを大名になぞらえ同志を手駒扱いしたり、政情が面白くないと新米隊士を稽古で滅多打ちしたり、容疑者を取り逃がした隊士を斬ろうとしたり、横暴な言動が目立つようになる。
ストーリー展開の都合上、永倉新八や原田左之助との不協和音の原因が必要としても、かなりひどい。
一も、何度か反発するものの、節を曲げない一徹さは好き。
山南敬助
土方と力を合わせて近藤を支える副長であったが、岩城升屋事件で負傷し、剣を持てなくなってしまう。
以後、頭脳で役立とうと努めたものの、西本願寺への屯所移転問題で近藤・土方と対立。
伊東の「挙国一致の攘夷」論に共感したゆえに移転を強く反対した、という節も窺える。
脱走したのち切腹して果てる。一としても惜しまれる死だった。
永倉新八
試衛館時代は、近藤の人柄に惚れ込んでいた。
しかし、次第に増長する近藤への批判を強め、ついに6人の連名で松平容保に建白書を提出、弾劾する。
ただ、伊東甲子太郎に指嗾されても、近藤を力ずくで排除したいとまでは望まなかった。
一も、建白に加わったひとりであり、共感するところが多い。
芹沢鴨
剣技に優れ、局長としてリーダーシップはあるが、短気で酒癖の悪い乱暴者。
多少の愛嬌もあって、自分のデザインした隊服が皆にウケないと落胆、慰められて安心する場面も。
一や沖田には甘く、彼らが生意気な口をきいても許す。「強い相手と闘いたい」という欲求の強い者同士、親近感を抱いているらしい。
会津藩の意向を知ってなお蛮行を改めようとせず、粛清される。
一としては、真剣で闘ってみたかった相手。
伊東甲子太郎
「挙国一致の攘夷」を主張する理論家。
その主張を実現するため新選組を手中に握ろうと、当初から企図して入隊した模様。
非常に弁が立ち、相手の心理的弱点につけ込んで揺さぶりをかけ、自分のペースに引き込むのが巧い。
隊内に自己勢力を着々と扶植し、御陵衛士として分派するのみならず、新選組を吸収合併しようと画策。
ただ、理論が先に立ち、現実を軽んじる傾向がある。
一にとっては、共感できない相手。策士タイプでも、土方とは異質な人柄として捉えている。
小野川秀五郎
大坂相撲を統率する親方。
誠忠浪士組と力士との乱闘事件を和解によっておさめた後、近藤と昵懇になり、協力関係を結ぶ。
現役力士だった頃はかなり活躍した様子で、些細なことには動じない胆力の持ち主。
芹沢に面目をつぶされる事態にも、近藤たちに軽挙妄動を慎むよう忠告するなど、人格的に優れている。
登場するのは第3~6章のみだが、一も敬意を払う印象的な存在。
---
本作を読んで、気になったことがいくつかある。例えば↓
◆近藤・土方・山南が大坂へ出向く際、一が近藤の大荷物を担がされている。
近藤の傲慢を示す演出だろうが、浪士でもれっきとした侍が、庶民のように大荷物を背負って歩くのは不自然。
臨時にでも小者を雇ったほうがよさそうに思えた。
◆上記の一行は、終日歩き通して大坂へ行く。
また、撃たれた近藤と重病の沖田を伏見から大坂へ送る時は、荷車と馬が使われている。
周知のとおり、伏見~大坂間は淀川水運が発達していたのに、なぜそれを利用しないのか不可解。
出張なら三十石船を使い、傷病者の搬送なら貸し切りの舟を雇えばよい。
陸路より快適だし、途中で襲撃される危険も少ないのでは。
一方、興味深く感じられたところもある。例を挙げると↓
◆斎藤一が考える「闘い」と「争い」との違い。
彼にとって、重要なのは「闘い」である。
そして、戦争は「ただの争いごと」であり、「闘い」ではない。
禁門の変では、銃砲による殲滅戦を目の当たりにして「殺せばいいってもんじゃ、ないんだよ」と言う。
また、収束後に下記のようなくだりがある。
闘いとは、明確な意思を持った者だけがそこに望むものを言う。だからこそ斬り合って勝つことに意味があり、己が生を讃じられるのだ。戦争は違う。鉄砲という利器は、言ってしまえば「その意思」がなくとも扱える。そして否応なしに多くを巻き込む。
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)
(※本作中「八 闘と争」より抜粋)
斎藤一という人物に仮託されたひとつの哲学であり、本作のタイトル「闘鬼」の所以も理解できる。
◆誠忠浪士組(壬生浪士組)の発足時、芹沢・近藤派と殿内・家里派との内訌が、新しい視点から描写される。
本作の殿内義雄は、学歴を誇る教養人ゆえに芹沢や近藤を見下し、自らの統率権を主張する。
その傲慢さと油断から、命を落とすことに。
(※殿内が昌平坂学問所で学んだことがある、というのは創作でなく事実とか。)
◆永倉たちが松平容保に提出した建白書に、近藤の非行5ヶ条が具体的に書かれている。
この建白は、永倉の遺談によると実際にあった出来事。ただ、非行5ヶ条の内容は伝わっていない。
本作の5ヶ条は作者のアイディアであろうが、いかにもありそうで面白い。
◆松原忠司は、本作では伊東派に引き込まれたのが原因となって、命を落とす。
「壬生心中」に独自のアレンジを加え、異なる展開としたところが新鮮。
◆河合耆三郎が切腹することになった経過も、独自の脚色がされている。
隊費紛失の責任をとらされたのは表向きで、本当は派閥争いのとばっちりだった。
一は真相を知っていても助けられなかったので、後日ささやかな仇を報ずる。
(かつて河合に八つ当たりしたので、その罪滅ぼしの意味もあったかも。)
◆三条制札事件は、表向きは制札損壊犯の逮捕だが、これにも裏の筋書きがあった、として描かれる。
ユニークな着想と思えた。
◆戊辰戦争の勃発後、伏見や八幡山、白河や母成峠における一の闘いぶりが、かなり克明に描かれる。
これらの戦闘が一の視点で描かれたことは、従前の新選組小説にはあまりなかった気がする。
戦争は自分の求める「闘い」ではないと考える一が、近代戦をいかに闘うのか、興味深く読めた。
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本筋は、山口二郎こと一が寡勢を率いて如来堂村に布陣し、敵軍を迎え撃とうとする場面で終わる。
ここで、彼の生きる目的としてきた「闘い」が完遂され、沖田との誓いが果たせたから、なのだろう。
その彼が、西南戦争ではどのような心構えで「闘い」に望むのか、いつか読んでみたい気もした。
終節(エピローグ)だけは、山本忠次郎という若者の一人称で書かれている(本筋は三人称)。
忠次郎は、子供の頃から北辰一刀流を学び、有信館に入門していた。
明治から昭和に実在した剣道家がモデルであり、作中の藤田五郎との出会いも実話として伝わっている模様。
作品全体の印象として、登場人物の言葉遣いや価値観が現代的。
出来事や人物の心理がストレートに描かれており、わかりやすい。
また、血腥い斬り合いの場面はけっこう多いものの、心が打ちのめされるほど衝撃的な描写はない。
『一刀斎夢録』のストーリーが重すぎて辛いと感じる向きは、本作のほうが楽しめるかも。
本作は、第4回野村胡堂文学賞(2016)を受賞した。
また、『本の雑誌』2016年12月号の記事「最新新選組小説事情」(大矢博子)では、2014年以降に刊行された新選組小説のうち印象的な作品として、小松エメル『夢の燈影』『総司の夢』、木下昌輝『人魚ノ肉』、門田慶喜『新選組颯爽録』などと並び、本作も挙がっていた。
2015年、NHK出版より単行本『闘鬼 斎藤一』が出版された。四六判ハードカバー。
2021年、集英社文庫版『闘鬼 斎藤一』が刊行された。
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