望月三起也『俺の新選組』
長編マンガ。土方歳三を中心に、浪士組の京都入りから近藤派が新選組を掌握するまでを描く。
人気アクションシリーズ「ワイルド7」を代表作とする望月三起也は、力強いペンタッチ、ダイナミックなアクション、大胆な構図、奇抜なアイディア、シリアスの中にもユーモアを交えたストーリーが特徴的なマンガ家。
その作者が、実力を惜しみなく発揮して描いたのが本作「俺の新選組」である。
発表直後は生憎きちんと読む機会がなく、断片的な印象にとどまったまま時が流れてしまった。
2017年8月~2018年5月、eBOOKJapan「なつかしまんが全話読破」の一環として無料配信された。この機会に読んでみて面白かったので、今回紹介する。
文久3年、中山道の本庄宿。
京を目指す浪士組一行の宿泊地となったこの夜、大事件が起きていた。
芹沢鴨が、近藤勇の宿割りの不手際に腹を立て、宿場の真ん中に大きな焚き火をはじめたのだ。
押っ取り刀で飛び出した土方歳三は、謎の刺客たちに襲撃され、行く手をはばまれてしまう。
あわや大火災か斬り合いかという危機を収拾したのは、芹沢にさりげなく焼き芋を勧めた沖田総司。
試衛館の同志たちは、沖田の不思議な人柄を、仲間ながら改めて称賛する。
一方、芹沢の暴挙を面白がって煽り立てていた新見錦は、騒ぎが鎮火してつまらないと不満がる。
芹沢ひとりが、沖田の並々ならぬ剣才を鋭く見抜いていた。
着京した浪士組は、まもなく江戸へ帰還することになる。
清河八郎と袂を分かった近藤らと芹沢らは、残留を決意。
紆余曲折の末、なんとか一隊をまとめ、会津藩お預かりという地位を獲得する。
しかし、近藤派と芹沢派との間で、隊の実権をめぐる軋轢が顕在化、次第に激しくなっていく。
基本的に、独自の設定や展開を主とする、自由な作品。
特にアクションシーンは、奇想天外なアイディアを迫真の描写で見せる。よく考えれば現実には不可能なことも、なんとなく納得して読めてしまう。時には血腥い残酷シーンもあるものの、全体としては面白い。
実在人物のキャラクター設定にもオリジナリティが加味されている。目立つ特徴としては↓
◯土方歳三がクールな主役なのに対し、原田左之助が熱血漢の主役タイプに造形された。当時は目新しい。
◯沖田総司は、目を細めた猫のような印象の若者。つねに柔和な物腰で、すべてを柳に風と受け流す。
◯藤堂平助は、力士ふうの巨漢で、坊主頭と丸メガネが特徴。島田魁か松原忠司かと思いたくなる。
◯山崎蒸は、なんと美少女。裕福な商人・山崎屋の娘で、本名お糸。会津藩の重役によって送り込まれた。
いつも振袖を優雅に着こなしているが、鉄火肌のおてんば。
潜入捜査のため男子が女に変装、という名目で入隊。屯所でなく自宅で暮らしている様子。
名前は「山崎嬢」→ヤマザキジョウ→「山崎蒸」という、近藤の勘違いから決まった。
京都の事情に不慣れな土方たちを助け、幅広い人脈を活かして活躍する。
金も身分もない近藤や土方たちが、強い信念と剣の腕をもって戦い、自らの存在意義を確立していく、というのが全体の大きな流れ。これを主軸として、様々なエピソードが展開される。主な話を挙げると↓
◆江戸にいた頃の回想。試衛館の面々が、花火見物の宴席に乗り込み、ご馳走をただ食いする顛末。
◆反徳川の暗殺集団「黒い狐」30人と、原田・沖田・永倉・藤堂・山南5人との、息詰まる戦い。
◆土方と、そうとは知らず出会った草餅売りの娘との淡い恋。しかし、新見らの陰謀によって悲劇に。
◆土方の命を狙い、江戸から派遣されてきた謎の暗殺者たちの暗躍。
◆博奕で負けて片腕を切り落とされそうになる原田と、救出しようとする仲間たちの葛藤。
◆武装蜂起を企む過激派のアジトに、弱兵ばかりを率いて討ち入る土方の激闘。その窮地に駆けつけるのは……。
◆町人の暮らしを嫌い、武士に憧れて入隊した少年、安吉と留作。しかし、苛酷な運命が待ち受けていた。
本作の土方は、芹沢派の執拗かつ巧妙な嫌がらせに、さんざん煮え湯を飲まされる。
しかし、内紛を起こせば隊の存続が危うくなるので、我慢に我慢を重ねるしかない。
仲間たちは、そんな苦衷を察して助けたり、時にはなぜ反撃しないのかと反発したり。
そうして極限まで屈辱に堪え続けた土方たちが、ここぞというとき一気に無念を晴らすことになる。
そのカタルシスが最大の見どころ。
「俺の新選組」というタイトルには、土方が新選組に賭けた思いと同時に、作者自身が造り上げようとする新選組、という意味も込められている。
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作者の望月三起也は、もともと新選組に対して愛着が深かった様子。
幼少期にチャンバラ映画を見て、新選組はたとえ悪役扱いでもカッコイイと憧れる。
司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964)と、それをきっかけとするブームに触れ、本格的に熱中。
子母澤寛の新選組三部作、村上元三『新選組』などの関連書に親しむ。
特に、社会的に軽んじられた者たちが屈辱をバネに意地で成り上がる、という姿に共感。
一方、プロデビューし「秘密探偵JA」(1964)などで好評を博した後、新選組を描こうと考えた。
しかし、出版社からは、前作同様の現代アクションものを要望される。
そこで、新選組に独自のアレンジを加えて「ワイルド7」(1969)を創出するに至った。
やがて、読み切り作品「ダンダラ新選組」(1973-74)を経て、「俺の新選組」(1979)連載を開始。
また、マンガを発表するほかにも、『月刊歴史読本』(新人物往来社)の新選組特集に登場、思いを語っている。
■1980年7月号 …各界著名人が寄せたエッセイ特集「新選組へのメッセージ」(各1頁)に寄稿。
■1989年2月号 …「土方歳三は「ワイルド7」ばりのハードボイルドでなければならない」
6頁にわたるイラストと文章を交えたエッセイ。
白刃をふりかざしバイクで疾駆する新選組に、“私にとって新選組は時代劇の「ワイルド7」”とキャプション。
ほかにも、宮古湾海戦や最後の戦いに臨む土方歳三の姿などが描かれている。
■1999年11月号 …各界著名人のインタビュー&エッセイ(各2頁)に「組織の崩壊と哀感」と題して参加。
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本作「俺の新選組」全42話は、1979年7月~1980年6月『週刊少年キング』(少年画報社)にて連載された。
単行本もたびたび刊行されている。
1980年 少年画報社 ヒットコミックス 全5巻
1989年 勁文社コミックス傑作選 上・下巻
2003年 集英社 ホームコミックス 全3巻
2004年 ホーム社 SHUEISYA HOME REMIX(ムック本) 全3巻
2009年 ぶんか社コミック文庫 上・下巻
2017年 宙出版 ミッシィコミックス 上・中・下巻
2017年 eBookJapan Plus(電子書籍) 全5巻
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本作に先駆けて発表された読み切り作品「ダンダラ新選組」については、以下のとおり。
「ダンダラ新選組」
1973年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)に「第1回愛読者賞」エントリー作品として発表。
賄い方として入隊した主人公(架空の人物)が、生き別れの妻子を捜すという秘めた目的のため苦闘する。
「ダンダラ新選組 炎の出発(たびだち)」
1974年、『別冊少年ジャンプ』に発表。試衛館一党が京へ上る直前の物語。
天然理心流をつぶそうとする勢力の陰謀に陥った土方歳三が、仲間たちとともに戦い、危機を脱する。
単行本は、朝日ソノラマ サンコミックス(1975)、ぶんか社コミック文庫(2009)など。
また、ミッシィコミックス『俺の新選組』下巻(2017)に、2編とも収録されている。
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作者は2016年4月3日、肺腺がんのため亡くなった。享年77。
2010年、肺がんと診断されるも、治療を受け、執筆活動や趣味のサッカーができるまでに回復していた。
2015年11月、再発。「長くて1年、短くて半年」と余命宣告された事実を公表。
当時、本作の続編として「新選組を題材とする作品を描きたい」と語った。
そもそも「俺の新選組」連載終了も、本人の意向というより、出版社の都合が優先された結果だったらしい。
続編では、箱館戦争の土方歳三を描く構想だったとか。その後、この続編執筆に全力を注いだ様子だが、惜しくも完成に至らなかった。
新選組への情熱を傾ける最中に旅立ったことは、故人にとって幸福であったなら……と祈るのみである。




人気アクションシリーズ「ワイルド7」を代表作とする望月三起也は、力強いペンタッチ、ダイナミックなアクション、大胆な構図、奇抜なアイディア、シリアスの中にもユーモアを交えたストーリーが特徴的なマンガ家。
その作者が、実力を惜しみなく発揮して描いたのが本作「俺の新選組」である。
発表直後は生憎きちんと読む機会がなく、断片的な印象にとどまったまま時が流れてしまった。
2017年8月~2018年5月、eBOOKJapan「なつかしまんが全話読破」の一環として無料配信された。この機会に読んでみて面白かったので、今回紹介する。
文久3年、中山道の本庄宿。
京を目指す浪士組一行の宿泊地となったこの夜、大事件が起きていた。
芹沢鴨が、近藤勇の宿割りの不手際に腹を立て、宿場の真ん中に大きな焚き火をはじめたのだ。
押っ取り刀で飛び出した土方歳三は、謎の刺客たちに襲撃され、行く手をはばまれてしまう。
あわや大火災か斬り合いかという危機を収拾したのは、芹沢にさりげなく焼き芋を勧めた沖田総司。
試衛館の同志たちは、沖田の不思議な人柄を、仲間ながら改めて称賛する。
一方、芹沢の暴挙を面白がって煽り立てていた新見錦は、騒ぎが鎮火してつまらないと不満がる。
芹沢ひとりが、沖田の並々ならぬ剣才を鋭く見抜いていた。
着京した浪士組は、まもなく江戸へ帰還することになる。
清河八郎と袂を分かった近藤らと芹沢らは、残留を決意。
紆余曲折の末、なんとか一隊をまとめ、会津藩お預かりという地位を獲得する。
しかし、近藤派と芹沢派との間で、隊の実権をめぐる軋轢が顕在化、次第に激しくなっていく。
基本的に、独自の設定や展開を主とする、自由な作品。
特にアクションシーンは、奇想天外なアイディアを迫真の描写で見せる。よく考えれば現実には不可能なことも、なんとなく納得して読めてしまう。時には血腥い残酷シーンもあるものの、全体としては面白い。
実在人物のキャラクター設定にもオリジナリティが加味されている。目立つ特徴としては↓
◯土方歳三がクールな主役なのに対し、原田左之助が熱血漢の主役タイプに造形された。当時は目新しい。
◯沖田総司は、目を細めた猫のような印象の若者。つねに柔和な物腰で、すべてを柳に風と受け流す。
◯藤堂平助は、力士ふうの巨漢で、坊主頭と丸メガネが特徴。島田魁か松原忠司かと思いたくなる。
◯山崎蒸は、なんと美少女。裕福な商人・山崎屋の娘で、本名お糸。会津藩の重役によって送り込まれた。
いつも振袖を優雅に着こなしているが、鉄火肌のおてんば。
潜入捜査のため男子が女に変装、という名目で入隊。屯所でなく自宅で暮らしている様子。
名前は「山崎嬢」→ヤマザキジョウ→「山崎蒸」という、近藤の勘違いから決まった。
京都の事情に不慣れな土方たちを助け、幅広い人脈を活かして活躍する。
金も身分もない近藤や土方たちが、強い信念と剣の腕をもって戦い、自らの存在意義を確立していく、というのが全体の大きな流れ。これを主軸として、様々なエピソードが展開される。主な話を挙げると↓
◆江戸にいた頃の回想。試衛館の面々が、花火見物の宴席に乗り込み、ご馳走をただ食いする顛末。
◆反徳川の暗殺集団「黒い狐」30人と、原田・沖田・永倉・藤堂・山南5人との、息詰まる戦い。
◆土方と、そうとは知らず出会った草餅売りの娘との淡い恋。しかし、新見らの陰謀によって悲劇に。
◆土方の命を狙い、江戸から派遣されてきた謎の暗殺者たちの暗躍。
◆博奕で負けて片腕を切り落とされそうになる原田と、救出しようとする仲間たちの葛藤。
◆武装蜂起を企む過激派のアジトに、弱兵ばかりを率いて討ち入る土方の激闘。その窮地に駆けつけるのは……。
◆町人の暮らしを嫌い、武士に憧れて入隊した少年、安吉と留作。しかし、苛酷な運命が待ち受けていた。
本作の土方は、芹沢派の執拗かつ巧妙な嫌がらせに、さんざん煮え湯を飲まされる。
しかし、内紛を起こせば隊の存続が危うくなるので、我慢に我慢を重ねるしかない。
仲間たちは、そんな苦衷を察して助けたり、時にはなぜ反撃しないのかと反発したり。
そうして極限まで屈辱に堪え続けた土方たちが、ここぞというとき一気に無念を晴らすことになる。
そのカタルシスが最大の見どころ。
「俺の新選組」というタイトルには、土方が新選組に賭けた思いと同時に、作者自身が造り上げようとする新選組、という意味も込められている。
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作者の望月三起也は、もともと新選組に対して愛着が深かった様子。
幼少期にチャンバラ映画を見て、新選組はたとえ悪役扱いでもカッコイイと憧れる。
司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964)と、それをきっかけとするブームに触れ、本格的に熱中。
子母澤寛の新選組三部作、村上元三『新選組』などの関連書に親しむ。
特に、社会的に軽んじられた者たちが屈辱をバネに意地で成り上がる、という姿に共感。
一方、プロデビューし「秘密探偵JA」(1964)などで好評を博した後、新選組を描こうと考えた。
しかし、出版社からは、前作同様の現代アクションものを要望される。
そこで、新選組に独自のアレンジを加えて「ワイルド7」(1969)を創出するに至った。
やがて、読み切り作品「ダンダラ新選組」(1973-74)を経て、「俺の新選組」(1979)連載を開始。
また、マンガを発表するほかにも、『月刊歴史読本』(新人物往来社)の新選組特集に登場、思いを語っている。
■1980年7月号 …各界著名人が寄せたエッセイ特集「新選組へのメッセージ」(各1頁)に寄稿。
■1989年2月号 …「土方歳三は「ワイルド7」ばりのハードボイルドでなければならない」
6頁にわたるイラストと文章を交えたエッセイ。
白刃をふりかざしバイクで疾駆する新選組に、“私にとって新選組は時代劇の「ワイルド7」”とキャプション。
ほかにも、宮古湾海戦や最後の戦いに臨む土方歳三の姿などが描かれている。
■1999年11月号 …各界著名人のインタビュー&エッセイ(各2頁)に「組織の崩壊と哀感」と題して参加。
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本作「俺の新選組」全42話は、1979年7月~1980年6月『週刊少年キング』(少年画報社)にて連載された。
単行本もたびたび刊行されている。
1980年 少年画報社 ヒットコミックス 全5巻
1989年 勁文社コミックス傑作選 上・下巻
2003年 集英社 ホームコミックス 全3巻
2004年 ホーム社 SHUEISYA HOME REMIX(ムック本) 全3巻
2009年 ぶんか社コミック文庫 上・下巻
2017年 宙出版 ミッシィコミックス 上・中・下巻
2017年 eBookJapan Plus(電子書籍) 全5巻
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本作に先駆けて発表された読み切り作品「ダンダラ新選組」については、以下のとおり。
「ダンダラ新選組」
1973年、『週刊少年ジャンプ』(集英社)に「第1回愛読者賞」エントリー作品として発表。
賄い方として入隊した主人公(架空の人物)が、生き別れの妻子を捜すという秘めた目的のため苦闘する。
「ダンダラ新選組 炎の出発(たびだち)」
1974年、『別冊少年ジャンプ』に発表。試衛館一党が京へ上る直前の物語。
天然理心流をつぶそうとする勢力の陰謀に陥った土方歳三が、仲間たちとともに戦い、危機を脱する。
単行本は、朝日ソノラマ サンコミックス(1975)、ぶんか社コミック文庫(2009)など。
また、ミッシィコミックス『俺の新選組』下巻(2017)に、2編とも収録されている。
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作者は2016年4月3日、肺腺がんのため亡くなった。享年77。
2010年、肺がんと診断されるも、治療を受け、執筆活動や趣味のサッカーができるまでに回復していた。
2015年11月、再発。「長くて1年、短くて半年」と余命宣告された事実を公表。
当時、本作の続編として「新選組を題材とする作品を描きたい」と語った。
そもそも「俺の新選組」連載終了も、本人の意向というより、出版社の都合が優先された結果だったらしい。
続編では、箱館戦争の土方歳三を描く構想だったとか。その後、この続編執筆に全力を注いだ様子だが、惜しくも完成に至らなかった。
新選組への情熱を傾ける最中に旅立ったことは、故人にとって幸福であったなら……と祈るのみである。
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