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 浅田次郎『輪違屋糸里』 

長編小説。京都の遊里、島原の妓女・糸里(いとさと)を中心として、芹沢鴨暗殺事件を描く群像劇。

孤児おいとは、6歳で島原の輪違屋(わちがいや)に売られ、「糸里」と名付けられる。
以来、芸事や作法に厳しい精進を重ね、天神の位にまで出世した。
糸里を指導してきた姉芸妓は、島原一の傾城と謳われる音羽太夫である。
16歳になった糸里も、近く太夫に昇格し、音羽の跡取りとなるよう期待されていた。

文久3年7月、壬生浪士組の首魁・芹沢鴨が、音羽太夫を無礼討ちにするという、前代未聞の事件が起こる。
島原衆は悲憤に駆られ、事件は京都中に知れ渡るが、芹沢は守護職に譴責されたのみで釈放された。
副長・土方歳三が得意の弁舌によって弁護し、事態を収拾したと思われた。
事件の前から、糸里は土方の馴染みであり、時々廓外で会ってもいた。
ただ、土方は兄妹のように接するばかり。
糸里は片想いのまま、音羽の死後も、土方を嫌ったり憎んだりはできなかった。

事件後、謹慎していた芹沢だったが、翌月には大和屋焼き討ち事件を起こす。
今度こそ芹沢は断罪され、あるいは壬生浪士組の幹部全員が処分されるのではと目された。
ところが数日後、御所警衛のため緊急出動の命令が下る。
この時、見事な采配をふるった芹沢の評価は急上昇し、壬生浪士組は「新選組」の隊名を賜る。
処分される気配などは微塵もない。

そんな時、糸里が土方に呼び出され会いにいくと、土方と共に芹沢が待ち受けていた。
芹沢は、旧来の部下・平間重助が糸里に懸想しているので受け入れてやって欲しい、と言う。
さらに、土方までもが口を添える。
予想外の事態に困惑する糸里だったが、心密かに決意を固め、承諾するのだった。
やがて、すべては運命の日、運命の時間の一点へ向けて、集束していく。

浅田版新選組三部作のうち、『壬生義士伝』に次ぐ2作目にあたる。
前作よりも前の、文久3年7月から3~4ヵ月間の物語。短期間ながら、ストーリーは濃密。
多くの登場人物が、それぞれの事情を抱えて生き、それぞれの立場から出来事に関わっている。
込み入った筋立てを破綻なく、味わい豊かに描いた作者の力量は見事。

芹沢暗殺事件は、子母澤寛『新選組始末記』以降、小説にも様々に取り上げられてきた。
しかし、本作ほど多角的に、なおかつ深く掘り下げた作品はなかったろう。
被害者側の芹沢鴨とお梅、加害者側の近藤勇や土方歳三らだけでなく、共に殺害された平山五郎、当時現場にいたとされる糸里や吉栄、平間重助、事件を目撃したという八木家のおまさなど、それまで重視されなかった人物も、本作では立体的な造形がなされ、各々の個性が際立って妙味を見せる。

その中でも、糸里を主人公に据えた着眼点は斬新と言えよう。
年若い糸里が、姉と恃む音羽を失い、無理難題を突きつけられ、芹沢暗殺計画に加担させられるなど、数々の困難に遭いながらも気概をもって乗り越え、最後には立派な太夫として一本立ちする。
本作は、彼女の成長物語でもある。

また、菱屋の妾お梅、八木家当主の妻おまさ、前川家当主の妻お勝、島原桔梗屋の吉栄といった女たちも、ストーリー上重要な役割を演じる。
彼女らもまた、自分なりの(刀や槍ではない)武器を以て闘い、男と同等、時にはそれ以上に力強く生きている。

お梅と糸里とは、境遇が似ている。
双方とも頼れる身内の一人もおらず、自分の才能と努力によって現在の地位を掴み取った。
ところが、物語の後半から、それぞれ正反対の道を辿っていく。
お梅は、真心を裏切られて命を奪い、唯一残った男の優しさにすがり、共に破滅する。
糸里は、身を挺して命を救い、好いた相手と添う道を捨て、自分にしかできない生き方を選ぶ。
何がふたりの明暗を分けたのか。
糸里を導いたのは、音羽が遺した「だあれも恨むのやない。ご恩だけ胸に刻め」という言葉だったように思える。

本作では、芹沢派と近藤派との対決が、武士と百姓との対決と位置づけられている。
守護職の密命による暗殺は、近藤派が百姓で終わるか、真の武士となるかの試金石だった。
ただ、土方が周到に練り上げた暗殺計画は、武士らしい闘争ではなく、ひたすら合理性を追求したものだった。
彼らは芹沢派を壊滅させるが、それで真の武士と成り得たのだろうか。
真の武士が必要とされなくなった幕末という時代に、真の武士たることを追求する矛盾について、考えざるをえなかった。

両派の対決のみならず何かにつけて、武士と農民・商人との身分差、意識の違いが強烈に打ち出されている。
現代に生きる我々には実感しにくいが、封建社会では至極当然のことだったのだろう。
そして、体面や矜持に縛られた武士の不自由な生き方は、哀しく、時には滑稽なものとして描かれる。
これらは、『壬生義士伝』との共通項でもある。

最後の場面に登場する母子の様子は、かつてのおいとと亡き母もそのようであったろうと窺わせる。
母の記憶を持たない糸里にも、母の愛は注がれていた、と感じた。

初出は『オール読物』2002年8月号~2004年2月号の連載。
文藝春秋社から、単行本(2004)と文庫本(2007)が出ている。いずれも上・下巻の2冊構成。

下巻の巻末に、作者と輪違屋の当代当主との対談が収録されており、興味深い。
ちなみに、当主にも『京の花街「輪違屋」物語』という著書があり、併読するとより楽しめる。

なお、本作を原作とするテレビドラマ「二夜連続ドラマスペシャル 輪違屋糸里 ~女たちの新選組~」が、2007年9月、TBS系で放送された。DVDなどの映像ソフトは、発売されていない模様。

本作に続く浅田版新選組三部作の3作目は『一刀斎夢録』である。

輪違屋糸里 上
(文春文庫)
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輪違屋糸里 下
(文春文庫)
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おはようございます。
いつも有難うございます。浅田次郎氏は読ませる力量が本当に素晴らしいですね。意外な人物を中心に据え、周囲の歴史上では有名な人物を別の視点から描写し、読者になるほどと思わせるのは本当に凄いと思います。
それにしても、東屋梢風さんの蓄積は凄いです。一体、どれ程の読書をされているのでしょうか?
感嘆!しかありません。
又、お邪魔しますね。

2012/03/31(Sat) |URL|なおまゆ [edit]

Re: なおまゆさんへ

なおまゆさん、コメントありがとうございます。

前作の『壬生義士伝』も同様ですが、
この『輪違屋糸里』も簡単には語り尽くせない面白さに満ちていますね。

永倉新八と斎藤一のライバル関係、吉栄と平山五郎との愛、平山が糸里に見せた優しさ、
江戸の莫連女だったお梅の過去、お梅と菱屋太兵衛との関係、芹沢鴨の人柄の魅力、
土方歳三が最後に考えていた身の始末などなど、印象的な要素が盛り沢山です。
これらを全部まとめ、最後まで読ませる作品に仕上げた浅田次郎の実力はさすがだと思います。

拙いブログをお褒めいただいて恐れ入ります。
私の読書量などは取るに足らないもので、そろそろネタが尽きそうですが(笑)
これからもできるだけ頑張りたいと思いますので、何卒よろしくお願いいたします。

2012/04/01(Sun) |URL|東屋梢風 [edit]

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