子母澤寛『行きゆきて峠あり』
長編小説。才傑・榎本武揚の前半生と、彼を取り巻く人々とを描いた群像もの。
新選組の面々では、近藤勇、相馬主計、田村銀之助などが登場。特に土方歳三の出番は多い。
下級幕臣の家に生まれた榎本釜次郎(武揚)。
勉学の成績は優秀ながら、賄賂を使わなかったため、昌平黌の卒業試験に落ちてしまう。
しかし、却ってそれが幸いし、箱館奉行・堀織部正の小姓として蝦夷へ渡り、見聞を広めた。
さらに、蘭学伝習生として長崎の海軍伝習所に学び、オランダへの留学も実現。
6年後の慶応3年4月に帰朝し、軍艦奉行、開陽艦将に任じられる。
ところが、まもなく戊辰戦争が勃発。
旧幕艦隊を率いて脱走し、蝦夷地占領と独立政権確立に成功するものの、海軍の主力であった旗艦開陽が沈没するという憂き目に遭う。
加えて独立政権の財政は逼迫し、行政面でも軍事面でも悪戦苦闘が続く。
宮古湾海戦、箱館抗戦を経てやむなく降伏した後、東京で獄中生活を送ることになる。
史料引用のほか、作者得意の聞き書きが多用されている。本筋以外のエピソードも、非常に興味深い。
情報の豊富さから、小説にもかかわらず、歴史研究家による伝記本にも参考資料として使われたほど。
文体は親しみやすく、地の文にも江戸っ子風べらんめい調が交じるのが楽しい。
榎本武揚の父・左太夫や姉・観月院など家族、沢太郎左衛門・松平太郎・榎本対馬・永井玄蕃など旧幕軍幹部と麾下の面々、フランス語通詞の田島勝太郎(お勝)といった異色人物まで、幅広く登場して多彩なストーリーを織りなす。
中でも、侠客・柳川熊吉と、密偵・小柴長之助の存在は際立っている。
柳川熊吉については、江戸在住時代の出来事、新門辰五郎との関わり、蝦夷地での板前稼業、直訴騒動、外国人との談判、榎本政権への協力、薩摩藩士・田島圭蔵との関係、終戦交渉の仲立ちなど、本人の回顧談を交えて書かれている。
柳川姓の由来が、柳川鍋の仕込みが上手いから、とは愉快。
小柴長之助は、伝習隊所属だったが、榎本に人柄と能力を買われ、様々な探索や手配を行って旧幕脱走軍をバックアップする。
武芸のほか、全身の関節外し、イカサマ博打にも通じていたとか。
山崎烝の死を悼む近藤勇、同僚の事故死を悔やむ相馬主計、フランス軍人カズヌーフと土方歳三との親交などは、新選組贔屓にとって心惹かれる逸話。
土方歳三については、箱館に「京都から女が来ていたという話がある」との一節が気になった。
作者の創作か、あるいは史料や証言など根拠があるのか、わからない。
ただ、司馬遼太郎も『燃えよ剣』で、お雪を箱館に来させている。
穿ち過ぎかもしれないが、何か共通の根拠が存在する可能性を考えさせられた。
主人公らの負け戦という題材を扱っているだけに、哀切に満ちているけれども、中にはユーモラスな場面もある。
榎本をはじめ主要人物達に過剰な悲壮感はなく、意外に明るく開き直っている。
ストーリーが獄中で終わっているので、ひょっとすると作者には出獄後の活躍を描く続編の構想があったのかもしれない。
初出は、1966年4月~1967年3月の『週刊読売』誌上の連載。
完結の翌年、作者は世を去った。
読売新聞社より単行本の上・下巻(1967)、講談社より文庫コレクション大衆文学館の上・下巻(1995)が出版されている。
近頃、電子書籍も出版された模様。
また、講談社刊『子母澤寛全集 第12巻』(1973)に、「狼と鷹」とともに収録されている。
(※「狼と鷹」は、松本良順の前半生を描く長編。近藤勇や土方歳三も登場する。詳しくは子母澤寛『狼と鷹』を参照。)
ちなみに今年は、子母澤寛の生誕120周年にあたる。
生誕地である石狩市の市民図書館では1~4月に記念展示を行い、自筆原稿・書簡・初版本などを公開したという。
出版業界でも、ちょっとしたフェアくらいやってくれてもよさそうな気がする。


新選組の面々では、近藤勇、相馬主計、田村銀之助などが登場。特に土方歳三の出番は多い。
下級幕臣の家に生まれた榎本釜次郎(武揚)。
勉学の成績は優秀ながら、賄賂を使わなかったため、昌平黌の卒業試験に落ちてしまう。
しかし、却ってそれが幸いし、箱館奉行・堀織部正の小姓として蝦夷へ渡り、見聞を広めた。
さらに、蘭学伝習生として長崎の海軍伝習所に学び、オランダへの留学も実現。
6年後の慶応3年4月に帰朝し、軍艦奉行、開陽艦将に任じられる。
ところが、まもなく戊辰戦争が勃発。
旧幕艦隊を率いて脱走し、蝦夷地占領と独立政権確立に成功するものの、海軍の主力であった旗艦開陽が沈没するという憂き目に遭う。
加えて独立政権の財政は逼迫し、行政面でも軍事面でも悪戦苦闘が続く。
宮古湾海戦、箱館抗戦を経てやむなく降伏した後、東京で獄中生活を送ることになる。
史料引用のほか、作者得意の聞き書きが多用されている。本筋以外のエピソードも、非常に興味深い。
情報の豊富さから、小説にもかかわらず、歴史研究家による伝記本にも参考資料として使われたほど。
文体は親しみやすく、地の文にも江戸っ子風べらんめい調が交じるのが楽しい。
榎本武揚の父・左太夫や姉・観月院など家族、沢太郎左衛門・松平太郎・榎本対馬・永井玄蕃など旧幕軍幹部と麾下の面々、フランス語通詞の田島勝太郎(お勝)といった異色人物まで、幅広く登場して多彩なストーリーを織りなす。
中でも、侠客・柳川熊吉と、密偵・小柴長之助の存在は際立っている。
柳川熊吉については、江戸在住時代の出来事、新門辰五郎との関わり、蝦夷地での板前稼業、直訴騒動、外国人との談判、榎本政権への協力、薩摩藩士・田島圭蔵との関係、終戦交渉の仲立ちなど、本人の回顧談を交えて書かれている。
柳川姓の由来が、柳川鍋の仕込みが上手いから、とは愉快。
小柴長之助は、伝習隊所属だったが、榎本に人柄と能力を買われ、様々な探索や手配を行って旧幕脱走軍をバックアップする。
武芸のほか、全身の関節外し、イカサマ博打にも通じていたとか。
山崎烝の死を悼む近藤勇、同僚の事故死を悔やむ相馬主計、フランス軍人カズヌーフと土方歳三との親交などは、新選組贔屓にとって心惹かれる逸話。
土方歳三については、箱館に「京都から女が来ていたという話がある」との一節が気になった。
作者の創作か、あるいは史料や証言など根拠があるのか、わからない。
ただ、司馬遼太郎も『燃えよ剣』で、お雪を箱館に来させている。
穿ち過ぎかもしれないが、何か共通の根拠が存在する可能性を考えさせられた。
主人公らの負け戦という題材を扱っているだけに、哀切に満ちているけれども、中にはユーモラスな場面もある。
榎本をはじめ主要人物達に過剰な悲壮感はなく、意外に明るく開き直っている。
ストーリーが獄中で終わっているので、ひょっとすると作者には出獄後の活躍を描く続編の構想があったのかもしれない。
初出は、1966年4月~1967年3月の『週刊読売』誌上の連載。
完結の翌年、作者は世を去った。
読売新聞社より単行本の上・下巻(1967)、講談社より文庫コレクション大衆文学館の上・下巻(1995)が出版されている。
近頃、電子書籍も出版された模様。
また、講談社刊『子母澤寛全集 第12巻』(1973)に、「狼と鷹」とともに収録されている。
(※「狼と鷹」は、松本良順の前半生を描く長編。近藤勇や土方歳三も登場する。詳しくは子母澤寛『狼と鷹』を参照。)
ちなみに今年は、子母澤寛の生誕120周年にあたる。
生誕地である石狩市の市民図書館では1~4月に記念展示を行い、自筆原稿・書簡・初版本などを公開したという。
出版業界でも、ちょっとしたフェアくらいやってくれてもよさそうな気がする。
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