新選組の本を読む ~誠の栞~

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 北原亞以子『埋もれ火』 

短編小説集。幕末志士を愛した実在女性たちの、哀しい運命と心模様を描く9編。
収録作のうち、新選組に関わるものは「波」「武士の妻」の2編。

「波」
近藤勇の愛妾おさわが、勇の流山投降と刑死の報に接する。
慶応4年4月4日夜、おさわは近藤勇の門人・福田平馬から、勇が新政府軍に連行されたことを知らされる。救出嘆願のため自ら勝海舟を訪ねようとするが、足首を傷めて思うように動けない。
怪我を押して土方歳三に面会、発熱し倒れてしまう。やむなく福田に任せて待つものの、はかばかしい進展の報はなく、焦りと苛立ちが募る。
時代の波が俺を浮上させようとしている」という勇の言葉を思い出しつつ、すべては引き波に乗って去っていったと感じ、虚しく取り残された者の悲哀を噛みしめるしかなかった。

死を覚悟していた勇を、理解し支えることのできなかったおさわの後悔が印象に残る。
勝海舟の政治工作に対する彼女の不信感にも、リアリティがある。
おさわ(鳥山沢子)は、一般にはあまり知られていないが、実在の女性。八王子の商家に生まれ、江戸八丁堀亀島町の叔母に育てられた。美貌と慎ましく柔和な人柄の持ち主として評判高く、江戸三河町の妾宅に住んだ。勇の死後、悲嘆のあまり21歳にして仏門に入ったと伝わっている。

「武士の妻」
近藤勇の正妻ツネが、勇を喪い、悲嘆と辛苦に耐えつつ過去を振り返る。
武家に生まれたツネは、豪農出身で町道場の主である勇に嫁ぎ、娘タマを生み、庶民的な幸せを噛みしめ暮らしていた。ところが、勇が上京し新選組局長となり、幕臣に取り立てられたために、武士の妻として振る舞わねばならなくなり、心理的抑圧を背負う。
慶応4年4月25日夜、風の音で寝つかれずにいたツネとタマは、勇五郎(勇の甥)から勇の刑死を知らされ、深い悲嘆に暮れた。ふたりは勇の生家にやむなく厄介になって暮らすものの、武士の妻たるツネは周囲と反りが合わず、肩身の狭さに苦しむ。
勇の側妾おさわが自害したと聞かされ、正妻の自分が生きていることを責められているように感じたツネは、懐剣を手に取る。

ツネの存在は、大河ドラマにも登場するなど、比較的知られていると思う。御三卿清水家の臣・松井八十五郎の長女として生まれ、24歳で勇と見合い結婚した。一女タマ(瓊子)をもうける。結婚からわずか3年後、勇が浪士組に加わって上京したため、留守宅を守り続けた。明治25年に没する。
実際のツネも晩年幸福ではなかったと伝わっており、本作の描写には現実味がある。

「波」ではおさわ本妻ツネを、「武士の妻」ではツネ側妾おさわを嫉妬する描写があり、この2編を対の物語として読むこともできる。
ちなみに、同書収録の「お龍」「枯れ野」にも同様の対比がある。

他7編の内容は、以下のとおり。

「お龍」
坂本龍馬の未亡人お龍が、愛する人を奪われた悲嘆と鬱屈から立ち直れないまま過ごす、酒浸りの晩年。
彼女を支える西村松兵衛との、屈折した夫婦愛が描かれる。

「枯野」
坂本龍馬の婚約者だった千葉佐那子の晩年。
細々と灸治院を営み、治療のため訪れた自由民権運動家・小田切謙明夫婦との関わりの中で、来し方を様々に振り返る。

「正義」
相楽総三の無念の死を知らされた妻照が、理想のために尽くした夫を想う。
そして、夫を裏切り処刑した新政府に抗議するため、自ら命を絶つ。

「泥中の花」
庄内藩士・堀井達三郎が、清河八郎に対する劣等感と、清河の内妻お蓮への恋慕に苛まれる。
獄中のお蓮を救うため脱藩し、清河を幕吏に捕えさせようと画策する。

「お慶」
大浦屋お慶が、かつて愛した荒井十次郎や全盛の日々を偲びつつ、長崎にかつての賑わいを取り戻そうと、女の意地をかけて際どい商取引に乗る。

「炎」
白石正一郎の未亡人加寿が、亡夫の思い出を語る。
正一郎は、炎に巻き込まれるかのように西郷隆盛や月照ほか多数の志士らを助け、小倉屋の財産を使い果たしたが、満足して他界した。

「呪縛」
高杉晋作の愛妾だったおうのの、不遇な晩年。
偉人となった晋作のイメージを守るため身を慎むよう強制されるが、亡き晋作への想いゆえその不自由さに甘んじて日々を送る。

各話とも、女主人公の心理を奥深くまで掘り下げ、味わい深く、リアルに描き出している。(「泥中の花」は主人公が達三郎であり、お蓮の主観にはあまり立ち入っていない。)単に「女性作家だから女性心理に詳しい」で片付けられない、洞察力と表現力に富む。
歴史的事実をしっかり踏まえた上で創作している点にも、好感が持てた。

文藝春秋社より単行本(1999)と文庫本(2001)が刊行された。

「波」は、『新選組アンソロジー その虚と実に迫る 下巻』(舞字社/2004)にも収録。
「武士の妻」は、『誠の旗がゆく』(集英社文庫/2003)にも収録。

作者の短編小説集『降りしきる』にも、新選組関連の作品が収録されている。

埋もれ火
(文春文庫)
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