新選組の本を読む ~誠の栞~

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 中村彰彦『修理さま 雪は』 

短編小説集。戊辰戦争によって大きく運命を変えられた会津の人物を描く7編。
新選組は登場しないが、新選組と関わりのあった人々が登場し、新選組の面々も戦った会津戦争の様々な場面が見られる。
また、2013年NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公、山本八重(新島八重)の生涯「残す月影」が収録されている。

「修理さま 雪は」
神保修理の妻・雪が辿った哀切極まる末路。
慶応4年2月、家老であった夫の修理が切腹し、雪は実家の井上家にて服喪の日々を送っていた。
同年8月23日、会津は城下戦に突入。父母と共に自刃する覚悟を決めるが、「神保家の嫁として最期を遂げよ」と父から命じられ、避難する人々でごった返す道を婚家へと向かう。
ところが、城下へ攻め寄せた新政府方の軍勢に発見されてしまう。

雪の最期の模様は、創作でなく事実であるらしい。戦時にはあり得ることとは言え、悲惨さに胸が痛む。
出版当時、「故人の不名誉を暴き立てる必要があるのか」という批判が聞かれた。他方、「事実を明らかにして同じ悲劇を繰り返さないよう努めることが、故人への供養にもなる」という反論もあった。どちらの意見も理解でき、今も自分なりの答えが出せずにいる。
事実と考えたくない向きは、「小説だから全部創作」と思っておけばよいのかもしれない。それが小説という表現の利点とも言えよう。

「涙橋まで」
会津娘子軍の一員として戦い、若き命を散らした中野竹子の生涯。
父母の薫陶を受け文武両道に精進、非凡な才能を発揮した竹子は、優れた容色、淑やかで思いやり深い性格もあいまって、妹の優子と並び「美人姉妹」と評された。
会津城下戦に際し、竹子と優子、母の孝子、薙刀の稽古仲間である依田まき子・菊子姉妹、岡村すま子の6名は、照姫警護のため、髪を切って出陣。会津砲兵隊や旧幕衝鋒隊の麾下に加わり、城を包囲する新政府軍との戦いに望む。

火器に薙刀で立ち向かった彼女らの奮闘ぶりが、健気で悲愴。
会津娘子軍は正規軍ではなく、照姫警護を目的とする有志女子グループがなりゆきから従軍することになったそうだが、本作ではその経緯がきちんと描かれてわかりやすい。

「雁の行方」
会津藩主席家老、西郷頼母(保科近悳)の孤独な一生。
才学に富みながら矯激で傲岸不遜な気性ゆえに、藩主や同僚らと衝突を繰り返した頼母。
戊辰戦争により地位も屋敷も失い、家族も亡くす。維新後も旧藩士らから疎まれ、会津へ帰ることもかなわず、長い流浪の日々を送る。そして、ただひとり生き残った息子の吉十郎をも喪う。
老齢となってようやく会津に戻り、自邸の跡地を訪れ、かつて自刃した妻子らを偲ぶのだった。

頼母の周囲の人々はつきあいに苦労しただろうが、最後までぶれない彼の生き方は立派とも思える。

「残す月影」
会津籠城戦を、男装して戦った山本八重の生涯。
砲術師範の娘に生まれた八重は、銃砲の取り扱いに優れ、その才能を生かして果敢に戦う。
降伏後は、失明した兄・山本覚馬を助け、新島襄と出会い再婚。教育事業、キリスト教伝道、社会奉仕などの活動に尽力し、新しい時代を力強く生きていく。

籠城戦で後方支援を担った女性らの、困苦に立ち向かう逞しさが、リアルに描かれている。
戊辰戦争当時、八重は川崎尚之助の妻であったが、敗戦を機に婚姻解消した。
タイトルは、降伏して鶴ヶ城を明け渡す時、彼女が心情を詠んだ歌に由来する。

「飯盛山の盗賊」
白虎隊士中二番隊の少年達が飯盛山で自刃した経緯と、その後の逸話。
少年達のうち最後に命を絶った西川勝太郎は、偶然通りかかった地元農民・太吉に、金品と引き替えに埋葬を依頼していた。しかし太吉は、少年達の遺骸から金目の物をすべて奪い取って埋葬はせず、蘇生した飯沼貞吉を置き去りにして逃げた。
目撃者はなかったが、敗戦後にわかに金回りの良くなった太吉に対して、世間は疑惑の眼を向ける。

少年達が、主君と父母の後を追うべく、あまりにも潔く死んでいく様が哀しい。
作者は、白虎隊の名望に便乗する現代の利己主義者に対しても、厳しい評を加えている。

「開城の使者」
会津藩降伏の使者として派遣された、鈴木為輔の決死行。
為輔は五石二人扶持と軽格の身であったが、戦陣では鹵獲・輸送・補給などで才覚を発揮した。しかし、手柄によって昇進したと思えば連絡ミスで降格されたりと、戦時の混乱に翻弄される。
そして籠城戦の中、いきなり主君容保に召し出され、密命を授けられた。大役を引き受けた為輔は、同僚の川村三助を連れ、捕虜の人足・作吾を案内として、鶴ヶ城の包囲網をかいくぐり土佐藩本陣を目指す。

為輔らが敵兵で充満する城下を潜行し、命懸けで主命を果たす様を、スリリングに描いている。
多くの見返りを求めず、己の本分を尽くす為輔の至誠と謙虚さが清々しい。

「第二の白虎隊」
萱野権兵衛の遺児・郡長正が、留学先で切腹を遂げる経緯。
敗戦後、藩士子弟の教育もままならない会津藩の困窮を知って、豊津藩小笠原家が7人の留学生を引き受けた。そのひとり長正(15歳)は、文武に励むものの、「戦犯として切腹した家老の子」「本来の萱野姓を国に禁じられた者」と好奇の目にさらされる。そして、母への手紙の些細な文言を咎められ、非難を浴びたことから、会津武士の名誉を守るため死を決意する。

長正が覚悟を表明した時、留学生仲間達は、なけなしの小遣いをはたいて手ずから作った別れの食事を饗する。そして、切腹の場を設えてやる。名誉を命より重いものと教わった彼らにとって、立派に最期を遂げさせてやることが最大の友情だったのだ。しかし、誰も「死ぬな」と止めなかったことが哀しく思えた。

各話とも、1994年から2001年までの間、文芸雑誌等に発表されたのが初出である。
「第二の白虎隊」のみ、新潮社刊の単行本(1996)には未収録であり、中公文庫(2005)の出版に際して加えられた。

修理さま 雪は
(中公文庫)
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