新選組の本を読む ~誠の栞~

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 中村武生『池田屋事件の研究』 

研究書。池田屋事件に関する史料を長州毛利家の側から検討し、実相の解明を試みる1冊。

前回の『新選組・池田屋事件顛末記』に続き、今回も池田屋事件の関連書を取り上げる。

2001年に刊行された『新選組・池田屋事件顛末記』は良書であり、読んだ直後はいろいろなことを学べたという充足感に満たされた。
ところがしばらく経つと、多くの謎が未だ残されていることに気づいた。後に続く研究書が一般に入手しやすい形で出て欲しい、と願っていたが、なかなか実現されない。
2004年頃から、学術界でもようやく新選組を研究対象として扱うようになってきたものの、池田屋事件に深く考察を加えた研究書は出てこなかった。
池田屋事件の研究がそれだけ難物ということの証左でもあろう。

そういう次第で、叶わぬ望みかと諦めかけていた時、本書に出会った。
著者は、歴史地理学者かつ大学の非常勤講師という、学術研究者である。
本文は、下記の全5章で構成されている。

第一章 古高俊太郎の「発見」
第二章 池田屋事件への政治過程
第三章 池田屋事件起こる
第四章 戦闘終息後
第五章 池田屋事件から禁門の変へ

各章は、かなり細かく数十の項目に分かれている。
全体ページ数は多いものの、各項目は数ページ程度と短めなので、読みやすい。
また、全5章にわたり史料を用いて細かく検証した後、事件の推移を手短に解説した「まとめ」があるのは、読者に対して親切な構成と思う。

読んでみて特に興味深いと思った点を、いくつか挙げてみる。

◆池田屋事件直前に捕縛された、桝屋喜右衛門こと古高俊太郎の前歴が、かなり詳しく解明されている。
彼は、単なる市井の勤王論者、長州贔屓の商人ではなかった。宮家・公家・大名家などにコネが効き、長州毛利家とも遠いとは言え血縁関係にある、長州藩にとって重要人物だった。

◆長州支持の反幕浪士らは天皇動座、中川宮・松平容保襲撃、洛中放火を企てた、と言われてきた。
しかし現在、確実な史料的裏付けが得られるのは、中川宮邸の焼き討ち計画だけである。

◆現在流布している池田屋の見取り図は、後世の推測に過ぎず、今後の検討を要する。

◆池田屋の跡地も、現在のところ厳密に特定できる根拠がなく、今後の検討課題である。

◆池田屋事件の約1ヶ月半後、禁門の変が勃発する。
ただし、長州藩が京都へ向けて軍勢を進発させたのは、池田屋事件が原因というわけではない。
進発は事件前、すでに決定していた。

これらの根拠は、史料等に基づいて説明されている。詳しくは本書にて確認されたい。

些細なことながら、◯◯の史料を取り寄せるのが面倒だったとか、XX氏とは親しい間柄で長年世話になっているとか、著者の私的な所感が本文中に混ざっているのは、余分に感じた。
エッセイならそういう話を交えたほうが面白いだろうが、本書では割愛するか「あとがき」にまとめたほうがすっきりしたように思える。

ちなみに、坂本龍馬や北添佶摩ら土佐浪士の寓居が大仏にあったこと、その寓居が幕府勢によって池田屋事件直後に捜索されたことなどが、本書に紹介されている。
その場所へ実際に行ってみたところ、それを示す標柱が立っていたのには少々驚かされた。そして、傍らの説明文末尾に著者の名前があるのには、さらに驚かされた。
本書刊行の前年に設置されたもののようだが、なんというか、用意周到なことである。

池田屋事件を評して「維新を1年遅らせた」「逆に1年早めた」などという論議があるけれども、常々あまり意味のない話だと感じていた。本書を読み、その感じがますます強くなった。
幕末維新史における池田屋事件の位置づけを考え直す意味でも、本書は有用なガイドである。

また、池田屋事件の研究が、学術・在野を問わず、今後もいっそう進展することを願ってやまない。

本書は2011年、講談社現代新書として出版された。

池田屋事件の研究
(講談社現代新書)
>>詳細を見る



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暗殺事件

昭和の頃、学問的に「新撰組」を研究する人が
少なかったと思います。
この本を買って読みましたが、わかりにくいです。
長州藩からと書かれていますが、正史より暗殺事件なんでしょうね。

2012/08/22(Wed) |URL|やぶひび [edit]

やぶひびさんへ

やぶひびさん
ご高覧ありがとうございます。

昭和のみならず明治大正の頃から一貫して
新選組は学術研究の対象とはされてきませんでした。
そのことは、松浦玲『新選組』の項にも書きました。
http://bookrest.blog.fc2.com/blog-entry-109.html

著者が長州藩の史料を多く用いている理由は、
従来の通説や在野研究に対する反証、つまり
当時の反幕運動の目的を「倒幕」と位置づけるべきでない、なぜなら――
という論証に必要だからでしょう。
また、新選組や会津藩側の同時代史料だけでは不充分なためでもあるでしょう。

著者が本書を著した目的(=幕末維新史における池田屋事件の位置づけ見直し)は
達成されていると、個人的には思います。

長州藩にとって、池田屋事件が「不当な弾圧」であったことは間違いないでしょう。
ただ本書は、会津藩や新選組の視点からも経緯を追っており、
不公平な内容ではないと思います。
むしろ、あのようにせざるをえなかった理由が納得できました。

2012/08/22(Wed) |URL|東屋梢風 [edit]

そうですね、女々しい…。

先日、小遣い稼ぎの上から目線の講演で、新資料が出たから「池田屋事件の研究」の本は絶版にしたい、と著者は語ってましたよ。

そう、××先生は認めてくれないとか、エッセイならいざしらず、その女々しい品位のない文体の本は「幕末史の空白を埋める決定版」なのでは、です。

古高の姉、弟のご子孫等にまで訪ねられたのでしょうか。(宇治や草津、東京などにいらっしゃいます)

本を購入した読者に、それではちょっと無責任ですよね(多分、あとがきにある妻への感謝一文が、離婚により不要だからでしょうか)

出版以降、新しい資料が出たなら、増刷改訂版を出せば済む事です。

そう言えばN氏自身、学生時代、京都で龍馬暗殺を追った郷土史家N氏に散々資料で世話になったのに、説がよく変わるから(その著、寺田屋子孫を訪問調査せず書いた幕末京都を歩くに記載、同席写真あり)と、大学に入るや離れ、今、その古高書簡を利用して糧にするのもいかがなものでしょう。

ちなみに、この先人の郷土史家が解読した古高俊太郎書簡が、「池田屋事件の研究」の基本資料になっているのは否めません。

こんな姿勢で、糧のために稔麿の人権問題まで語られてはたまりません。

2013/10/30(Wed) |URL|鳥姉 [edit]

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