新選組の本を読む ~誠の栞~

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 島津隆子『新選組密偵 山崎烝』 

長編小説。新選組隊士・山崎烝(やまざきすすむ)の入隊、密偵・医師としての活躍、戦傷死を描く。

山崎烝は、実在の隊士であるが、実像はあまりよくわかっていない。
諸研究者の努力の結果、判明している事柄は、おおよそ以下のとおり。
  • 出身地は大坂説や阿波説があるが、実は京都の壬生である。
  • 生年ははっきりせず、死亡時に34~35歳と見られていた。
  • 父親は壬生在住の浪人・林五郎左衛門であり、医業に携わっていたらしい。
  • 「山崎」は母方の姓である。
  • 琴尾という名の妻がいた。
  • 烝自身、大坂に在住し、鍼医をしていた時期があるらしい。大坂の事情に詳しかった。
  • 入隊の時期は、文久3年末から元治元年初頭の間。諸士取調役兼監察方、副長助勤などを務めた。
  • 鳥羽伏見戦争で重傷を負って亡くなった。江戸へ向かう船中で死亡し、水葬されたという説がある。
  • 箱館で新選組に加盟した山崎林五郎は、烝の弟あるいは従弟といわれる。維新後は「林新次郎」と名乗ったため、子母澤寛の著作では別の隊士・林信太郎と混同されている。

山崎烝が登場する小説・ドラマ・マンガ・アニメなどのフィクションは、多数ある。
ただ、彼を主人公としたものは少ない。本作は、その数少ない作品のひとつである。

大坂に鍼灸医を営む林家。
烝は、父・五郎左衛門、妻・琴尾、弟・新次郎とともに暮らす。
従兄弟の林信太郎は、新選組に入隊していた。
家業の鍼灸医に将来性がないと見た烝は、家族の反対を押し切り、信太郎の伝手によって新選組に入隊。「山崎烝」と名乗る。
いずれは西洋医学を修得し、医官として幕府に仕えたいと考えていた。

烝は、世知に長け如才ない人柄を買われて、諸士取調役兼監察方に任命される。
斎藤一の指揮の下、同役の島田魁・川島勝司・浅野薫・吉村貫一郎などと協力しつつ、様々な手段を用いて情報収集や工作を行う。
やがて松本良順と知り合い、西洋医学を伝授され、隊内で医師も兼任することとなった。

その一方、池田屋事件や六角獄の囚人殺害を目の当たりにし、山南敬助や松原忠司の死、川島・浅野の処分などにも関わり、烝の心は次第に傷ついていく。
思い余り、隊の在り方について土方歳三に抗議したものの、容れられることはなかった。

江戸や長州など遠国へも出張し、多くを見聞するにつけ、幕府の衰亡とそれに反比例するかのような反幕勢力の隆盛を思い知らされる。
私生活では、任務の重圧から、とうとう心身に変調を来してしまう。
大坂に残した愛妻・琴尾への罪悪感も深まり、自身の将来すら見通せなくなった。
それでも精一杯に本分を尽くす烝だが、やがて鳥羽伏見戦争が勃発する。

ストーリーの大半は創作ながら、執筆当時の諸研究の成果を採り入れた部分も多くある。
たとえば池田屋事件では、烝が池田屋に予め潜入して浪士らの動向を探った、と諸書に書かれてきた。
しかし、報奨金を下賜された出動隊士の一覧史料に、彼の名は無い。
本作では、烝は屯所に残り、病気の隊士らを診察・看病すると同時に、屯所内外の動向に警戒している。
史料研究と上手くリンクさせた展開であり、現実味がある。

彼我の情勢を客観的に観察する密偵の役割ゆえか、烝は幕末の政情に冷静な目を向けている。
一方で、自分なりの正義感や同志との信頼関係を重んじている。
この双方があいまって、新選組の実質的な統率者である土方歳三に対しては、批判的にならざるをえない。
ところが、戦火の中、それまで感情を露わにすることのなかった土方の熱情に触れた時、すべてを容認する心境になるのだった。

後半になるほど話が重くなり、痛快な冒険譚とは言えないが、リアリティを重視すればこそであろう。
密偵という役目の苛酷さを、考えずにはいられなかった。

些末なことながら、幕末期の家庭で「卓袱台」が使われているのには、疑問を感じた。
登場人物の言葉遣いも、大坂の町人達が関東弁で話したり、幕末なのに現代的な言い回しをしたりする部分が、気になった。
こういう面にももう少し工夫や配慮が行き届いていたらと、惜しまれる。

1997年、新人物往来社より単行本(四六判ハードカバー)が刊行された。
2002年、加筆・改筆のうえ再編集して、廣済堂文庫が出版された。

新選組密偵 山崎烝
(広済堂文庫)




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