新選組の本を読む ~誠の栞~

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 赤間倭子『新選組副長助勤 斎藤一』 

長編小説。幕末から大正期まで生き抜いた斎藤一の生涯を、調査研究の成果と創作とを交えて描く。

斎藤一は、新選組草創期から在隊し、副長助勤・三番組長・剣術師範頭を勤めた幹部隊士である。
しかしながら、「謎の多い人物」という印象が少し前までは強かった。
例えば、子母澤寛『新選組始末記』を読むと、出自は「明石浪人」とあるのみ。
永倉新八や原田左之助などと異なり、印象や人柄を語った証言はなく、存在感が薄い。
維新後まで存命したとあるにもかかわらず、甲州戦以降の動向はほとんど不明。
在隊中の目立つ逸話といえば、御陵衛士に加わりながら新選組に復帰し、何事もなかったように隊務をこなしていることくらいである。

実在が確実なのに実像が明確でない斎藤一は、小説・ドラマ・マンガなどのキャラクターとして自由度が高いため重宝され、多くの作品に登場してきた。
ただ、従前は実際よりも年上に設定され、はっきり言って「地味なおじさん」扱い。
本当は沖田総司より2歳年下なのだが、そういう想定をされた例しがなかった。
加えて、どこか得体の知れない面を持つ人物に描かれることも多かった。
御陵衛士への潜入という困難な任務を果たしたところから、密偵としてかなりの技巧を身につけていると思われたせいだろう。

このような謎多き隊士・斎藤一に、早くから関心を持って調査した研究者が少数ながらいた。
著者はその代表格であり、「斎藤一の会」を主宰するほど意欲は高かった様子。
直系子孫や関係者子孫を探し当てて取材し、未公開の貴重な史料も調査している。
そうした調査研究の成果を基にして、斎藤一の生涯を記したのが本作である。

ストーリーは、文久3年2月末、斎藤一が壬生屯所を訪ねる場面から始まる。
近藤勇・土方歳三の面接を受け、新選組への入隊を許された彼は、近藤とは初対面だったが、土方とはすでに江戸で出会っていた。

3年前の晩春、湯島の出合茶屋で旗本の三男坊が斬殺された。たまたま通りかかった土方は、現場に残された娘お貞を、奉公先の相馬家へ送り届ける。
直後、土方の前に現れ感謝を述べた下手人こそ、斎藤一であった。彼は、殺人を犯したことで江戸にいられなくなり、父の知る辺を頼って京都へ来ていたのだった。

御家人の子として江戸で生まれ育った彼は、幕臣・佐々木只三郎と親しく、その縁から会津藩士の知人も多い。特に、京都に転任してきた有賀権左衛門には、親しく教えを乞うことになる。
この会津藩士らとの関係が、その後の人生に良くも悪くも大きな影響を及ぼしていく。


(※本作の斎藤一は、「山口一」「 斎藤一」「山口次郎」「一戸伝八」「藤田五郎」と時期によって名を変えているが、本項では煩雑さを避けるため「斎藤一」で統一する。)

ストーリーは、全25章によって構成。
そのうち22章は新選組入隊から会津藩降伏まで、残りの3章は斗南移住から終焉までを描く。

全体として、戦闘場面の詳述は少なく、人物の心理描写に重点を置いている。
斎藤一が喜怒哀楽を率直に表わし、若者らしい熱情を感じさせるところがよい。
中でも、新選組が御陵衛士を殲滅した時、最も貢献した彼が自己嫌悪に苦しむさまは切ない。
同時に、妥協や誤魔化しの効かない若さと純粋さが愛しくもある。

恋模様を彩る女たちも登場。
姉の嫁ぎ先である相馬家で知りあったお貞とは、江戸を脱出し逢えなくなってしまう。殺人を犯したのも彼女を救うためであったし、離れていてもずっと気にかけていた。しかし、この恋は哀しく終わる。
京都で出会ったお今は、三味線の腕ひとつで世を渡ってきた女芸人であり、やがて休息所に同居する。斎藤の役に立とうと尽くし、彼が京都を離れた後も追ってくるが、やはり残酷な結末が示唆される。
(※お貞とお今は、おそらく架空の人物。)
高木時尾とは会津で初めて出会うが、その前から彼女の叔父・有賀権左衛門を介し奇縁で結ばれていた。斗南で結婚することとなる。本作の彼女は、気が強くプライドが高い。
(※本作には、時尾と結ばれる以前に妻だったと伝わる篠田やそは登場しない。)

新選組内部では、土方歳三との関係に重点が置かれている。
土方に対して親しみを持ったり反感を抱いたりと揺れ動く斎藤の心理には、生身の人間らしいリアリティがある。
土方のほうは、斎藤にいちいち干渉しないが、深く傷ついていることを察して慰め励ましてやったりする。
互いに遠慮なく言い合い、反発したり意気投合したりする関係は、上司&部下というより先輩&後輩に近い。時には兄弟のようでもある。
会津で訣別する時も、土方は斎藤の意見を受け止めてやり、斎藤も土方への親愛を忘れえなかった。

戦後、土方が箱館で戦死したと知った斎藤は、死ぬつもりで会津に残った己が生き残り、生きて戦い抜くために仙台へ走った土方が死んだ、という運命の皮肉に打ちのめされる。
在京時代、土方が「組頭が討死した場合は組士もその場で戦死すべし」という趣旨の軍中法度書を発表した時、斎藤は「死を選ぶつもりはない、自分は生きて戦い続ける」と反発した。
ところが、会津では互いの意見が逆転して別れたのだった。その記憶が、なおさら斎藤を苛む。
こうした心境が晩年にはどのように変わったのか、その点も本作の見所のひとつである。

本作は小説であるが、合間に史料引用や論考などが挿入されている。
手法として否定しないが、ストーリーの途中に著者が子孫と会った体験談などを読まされると、小説の感興が削がれもする。研究と創作とを分け、それぞれ別の章なり別の本なりにまとめることをしなかった理由は奈辺にあるのだろうか。
  • 研究だけの本よりもストーリーがあったほうが、一般読者にとって馴染みやすいだろうと配慮した。
  • 著者が、研究から窺い知れない部分を物足りなく思い、想像で埋めようとした。もしくは、自分なりに感じ取った人物像を、併せて書きたかった。
――などと想像してみたが、正解を知る由もない。

ただ、「斎藤一の研究」としても、「斎藤一が主人公の長編小説」としても、本作は嚆矢である。
彼の人物像が世に知られていく過程で果たした役割は、決して小さくないだろう。

本作は、1974年、単行本が新人物往来社より出版された。
当時、沖田総司と土方歳三に人気が集中し、「地味なおじさん」の斎藤一に興味を持つ読者は少なかったらしく、増刷の機会もないまま年月が過ぎた。
その後、斎藤一に対する世の認識が変化しニーズが高まったためであろう、初版から24年を経た1998年に新装版が出版される。
初版と新装版の内容に大きな差違はないようだが、著者あとがきは書き換えられている。
また、2002年には学研M文庫版が、新装版を底本として出版された。

ちなみに、著者による研究書『新選組・斎藤一の謎』が、1998年に新人物往来社から刊行された。
研究としては、こちらのほうがより進展している。

新選組副長助勤 斎藤一
(学研M文庫)
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新選組・斎藤一の謎
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こんばんは。
斉藤一ほど、創作されたキャラのイメージが先行している隊士もいませんね。
特に年齢に関しては仰る通りで、大河ドラマの「新選組!」でさえオダギリジョーの斎藤は、藤原竜也の沖田よりどう見ても年上でした。
本人が永倉ほどではないにしろ、日記のようなものを残していてくれたら、もう少しいろいろな事がわかったのに、と思います。

「八重の桜」では登場シーンも多いと思われますが、どのように描かれますかねぇ?
「藤田五郎」としての斉藤を扱ったドラマは今まであまりなかったと思いますので、そのあたりちょっと楽しみでもあります。

2013/03/13(Wed) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

イッセーさん、コメントありがとうございます。

オダギリジョーは、左右田一平や『あさぎ色の伝説』(by和田慎二)の斎藤一よりもずっと若々しくて、私は実像に近いと感じました。確かに藤原竜也より年上に見えましたけど、沖田が実年齢より若く見える設定なのだろうと思っておきました(笑)
斎藤一が「地味なおじさん」以外のイメージで描かれるようになったのは、『無頼―BURAI―』(by岩崎陽子)や『るろうに剣心 明治剣客浪漫譚』(by和月信宏)あたりからだったでしょうか。

同じく草創期からの幹部であり大正4年まで存命だった永倉新八が記録類を遺しているのに比べると、斎藤一のほうは本当に少ないですね。
維新後も何度か命を狙われたという話が事実とすれば、それが元新選組隊士という経歴を明かせなかった理由の第一かと想像します。

藤田五郎を描いた小説に、中村彰彦『明治無頼伝』があります。面白く読めました。
http://bookrest.blog.fc2.com/blog-entry-147.html

「八重の桜」では、新選組は「勝手に暴発した悪い子」(笑)なので、斎藤一の扱いもどうなることやら心配です。

2013/03/13(Wed) |URL|東屋梢風 [edit]

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