新選組の本を読む ~誠の栞~

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 浅田次郎『一刀斎夢録』 

長編小説。タイトル読みは「いっとうさいむろく」。
『壬生義士伝』『輪違屋糸里』に続く、浅田版新選組三部作の完結編。
晩年の藤田五郎(新選組・斎藤一)が自らの生涯を振り返り、心中を告白するストーリー。
新選組草創から西南戦争までに重点が置かれている。

大正元年(1912)、秋。
先帝の葬送、乃木希典の殉死、そして改元と、明治は早くも過去と化しつつあった。
近衛師団の若き中尉・梶原稔(かじわらみのり)は、大喪の休暇中、警視庁警部・榊吉太郎(さかききちたろう)と語らう。剣の先輩格でありライバルでもある榊の話は、ある謎めいた老人の存在に及ぶ。

榊は、入庁したての新人時代、その老人から少しばかり剣の手ほどきを受けた。
ところが、剣術教官から老人の指導を受けてはならないと説諭される。
理由はなんと、老人が元新選組隊士・斎藤一であるから、というのだ。
道場に出入りする者達は、その名を逆読みした「一刀斎」という符丁で老人を密かに呼んだ。

旧幕臣の祖父を持ち、多摩に生まれ天然理心流を学んだ梶原は、一刀斎にぜひ会ってみたいという思いに駆られ、渋る榊から住所を聞き出し、訪ねていく。
頑固で偏屈、口の悪い藤田老人こと一刀斎は、梶原の問いをはぐらかそうとするが、しつこく食い下がられてようやく斎藤一本人であると認め、自らの過去を語り始めるのだった。
梶原は、その回顧談に引き込まれて毎夜訪問し、7晩にわたって話を聞くこととなる。


一刀斎の一人称視点で展開する夜語りの内容は、おおよそ下記のとおり。
  • 一夜目 坂本龍馬暗殺事件の真相。新選組に入り込んだ長州密偵の粛清。芹沢鴨の暗殺。
  • 二夜目 市村辰之助・鉄之助兄弟の入隊。伏見戦争敗退。江戸引揚げ。斎藤の生家である山口家の事情と、一の生い立ち。近藤勇ら試衛館一門との出会い。
  • 三夜目 市村鉄之助の生い立ちと出奔の理由。斎藤は、鉄之助に居合術を伝授する。
  • 四夜目 甲州出陣と敗退。鉄之助が兄と別れて隊に残る経緯。
  • 五夜目 江戸脱出と会津入り。白河口の戦い。土方歳三や鉄之助との別離。如来堂村の戦い。離散した同士らの末路。林信太郎の死と、志村武蔵の死。
  • 六夜目 斗南移住生活。警視庁の邏卒募集に応募。箱館戦争以降の、鉄之助の消息。西南戦争勃発、藤田五郎ら警視隊の出征。
  • 七夜目 戦場での極限状況と思いがけない邂逅。藤田が「斎藤一」を捨て生き存えることとなった経緯。

いくら酒を飲みながらとは言え、斎藤一という人物がこれほど饒舌に過去を語るだろうかと疑問を感じもするが、読み進むにつれ気にならなくなる。
回顧談の合間に、梶原の内面や生活ぶりが三人称で描かれ、これはこれでまた面白い。
明治末~大正初期の社会状況や軍隊の在り方などといった背景も、興味深く描写されている。

「夢録」とは、子母澤寛『新選組遺聞』所収の「原田左之助」に登場する語である。
原田のある逸話について、「新選組一流の剣士であった播州明石の浪人副長助勤斎藤一、後の山口次郎老人の口述したものだといわれる術者不明の『夢録』というのに書かれてある」と説明されている。
この「夢録」の存在は確認されていない。子母澤寛の創作であり実在しないという説もあれば、古雑誌に出版予定広告が載っていたという談もあり、諸説紛々である。
作者・浅田次郎は、本作について、この幻の記録を「捏造してしまった」と語っている。

本作の一刀斎(=斎藤一、藤田五郎)の人物造形は、『壬生義士伝』『輪違屋糸里』とほぼ同じ。
人と交わらず孤高を保ち、必要とあらば同志でも躊躇なく斬る非情さを持つ。
そのような性格が形成された理由は、本作で初めて明かされた。
子供時代、両親(特に父)との関係が不全であったことから、世を憎み人を憎むようになった。
唯一、剣の道だけが美しく信ずるに足るものであったので、生きる支柱としてひたすら打ち込んだ。
心理学的に言えぱ、自己肯定感の低さが無意識のうちにある。

だからこそ、彼には命を尊重するという気持ちが欠けている。
他人の命を奪うことにためらいがないばかりか、自分の命さえいつ落としてもかまわないと開き直る。
(良心の呵責がないわけでなく、後味の悪さは感じている)
そんな彼が幾多の戦いを経ても生存してこられたのは、剣が強い、運が強いというだけでなく、「死んでもかまわないが負けたくはない」という意地のためでもあるだろう。

ただ、「生き残ること」と「勝つこと」とは、必ずしも一致しない。
戊辰戦争では、激戦に命を失いかけながらも、危地を切り抜け生き延びた。
にもかかわらず、彼の心を占めるのは「死に損ねた」という敗北感、敗残の身となって生きる無念だ。
(旧幕方として戦った者の多くが、同じような思いを抱えている)
ゆえに、西南戦争に出征する一刀斎は、妻子のことなど一顧だにせず、この戦で死ぬと心に決める。

修羅の巷で剣を振るい続けるうち、一刀斎は「もうひとりの自分」と思いがけず邂逅する。
そして、相手を生かすために自らの命を捨てようとするのだが、その目論見は叶わなかった。
幾多の命を奪ってきた「鬼」が初めて覚えたその悲嘆は、あまりにも激しく深い。

これ以上詳しく書くと甚だしくネタバレになるので、やめておく。
ただ、それなりに予備知識のある読者は、この結末が途中で予測できてしまうだろう。
発想としては特に意外な展開とは言えない、誰でも思いつく可能性のあるものだ。
しかし、この発想を作品に仕上げて発表した作家は、(少なくとも商業出版界には)今までいなかったのではないだろうか。本作をこのように著わしたという一事だけでも、作者の才は非凡と言える。

一刀斎は、この体験と、ここから得た「奥伝」を誰にも語ったことがなかったという。
聞いた者が剣を捨ててしまうのを、危惧したからだ。
ならば、梶原には伝えようと決めた理由は何だろうか。
梶原の剣才を評価したためでもあり、己が感得したものをこの世に遺したいと思ったためでもあろう。
また一刀斎は、梶原が「市村鉄之助によく似ている」とも言う。
これは、必ずしも容貌だけを意味する言葉ではないと思う。
梶原は両親をすでに亡くし、生家にいれば厄介者でしかない。休暇でも帰省できる家はないのだ。
つまり、梶原もまた、鉄之助やかつての一刀斎に似て、寄る辺ない己を剣で支えている者と言える。
一刀斎は、昔語りをするうちにそれを感じ取ったからこそ、梶原が「奥伝」を己のものにする可能性に賭ける気になったのかもしれない。

すべてを聞き終えた直後、梶原は、近衛聯隊と警視庁の他流試合において、榊との対戦に臨む。
過去に何度か試合をしたが、勝てたことは一度もない。
10歳ほど年長の榊は、来年の全国武道大会には出場せず、引退する決意を固めている。
したがって、公の場で対戦するのは、これが最後の機会となるのだ。
試合開始の刹那に本作は完結し、結果は書かれていない。
普通に考えれば、「奥伝」を受けた梶原のほうに分があろう。
ただ、彼の心の内には「鬼」が宿った。一刀斎や鉄之助の内に棲んでいたものより小さいかもしれないが、剣への影響は決して小さくない。
その「鬼」の働きによって、試合に負けて勝負に勝つ、という可能性も考えられる。

その後の梶原は剣士として大きく成長した、と想像できる。
とは言え、大変な遺産を託されてしまったものだ。彼の人生に吉となるか凶となるか、知る由もない。

本作において、今ひとり重要な役割を負っているのが少年隊士・市村鉄之助である。
兄とともに家を出、行く先もなく途方にくれているところを、吉村貫一郎が屯所に連れ帰った。
鉄之助は、子供ながら恩に報いようと健気に働く。
一刀斎は、鉄之助を邪険に扱い、気に入らないことがあれば手ひどく折檻した。
しかし、少年の中に自らと相通ずるものがあるのを知って、居合い術を教える。
戦場で生き抜くすべと、生きるに不可欠な心の支えとを、同時に与えようとしたのだった。
鉄之助は、教えを忠実に守り、独り稽古を積んでいく。

そのほか、近藤勇土方歳三沖田総司などの人物像が面白い。
彼らに対する一刀斎の人物評は容赦なく辛口だが、長所はきちんと評価している。
近藤の剣才、土方の周到さ、そして特に沖田の天才を評したところが印象に残った。

メジャーな隊士以外では、久米部正親が何度も登場し、脇役ながら重要な働きをしている。愛嬌のある人柄で、一刀斎を反転させて焼いた陰画のような存在とも感じられる。

また、傍若無人で人を敬うことなどなさそうな一刀斎が、旧会津藩主・松平容保や、土方の義兄・佐藤彦五郎に尊敬を寄せているところは微笑ましい。
長年連れ添った妻・時尾との暮らしぶりも、心温まる要素である。

実は、当方は本作を雑誌連載中に読み始めたのだが、途中で挫折した。
その後、再開しては中断を繰り返し、ようやく読み終わったものの、今度は当ブログに書こうとしてなかなか書けず、何ヶ月も経ってしまった。
感じたこと、考えさせられたことがあまりに多く複雑で、なかなか整理できなかったためだ。
(ここに書いたのは、そのうちのわずかに過ぎない)
本作の読後感は、心の内に秘めておき、たまに独り反芻するくらいがよいのかもしれない。
どこか、一刀斎が梶原に授けた「奥伝」に似ているような気もする(笑)

余談だが、NHK大河ドラマ「八重の桜」の最終回に、藤田五郎も登場した。
八重が叙勲されたことを時尾や二葉と喜び合っている屈託ない笑顔を見て、本作の一刀斎とつい比べてしまった。

本作の初出は、『週刊文春』2008年10月~2010年6月の連載。
単行本(上・下巻)は、2011年1月、文藝春秋より出版。四六判ハードカバー。
文庫本(上・下巻)は、2013年9月、文春文庫として出版。山本兼一による解説付き(下巻)。
電子書籍版も、Kindleやhontoなどから出版されている。

一刀斎夢録 上
(文春文庫)
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一刀斎夢録 下
(文春文庫)
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この「一刀斎夢録」はワタクシまだ読もうと思ってよんでない本のうちの一冊です。浅田次郎氏は「壬生義士伝」も「輪違屋糸里」も面白かったので、いずれ読もうと思っていました。
斎藤という人は、ほとんどの人がクールな人物像を思い描いているような気がします。おそらく、多くの暗殺に立合い(と云われている)、伊東派にスパイとして潜入していたエピソードがそうさせているのでしょうね。過去もよくわからない人ですし。
ただ、近年発表された家族写真におさまる姿を見ると、頑固そうではあるけど家族思いの一面が垣間見えるし、会津藩士として斗南に行ったことや、床の間に正座して臨終したことなどを見ると、また違ったイメージが沸いてきます。
そういったことを念頭に、この本を読んでみたいと改めて思いました。ご紹介ありがとうございます。

しかし、土方さんに並んで女性ファンが多いですね、斎藤さんは。

2013/12/23(Mon) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

イッセーさん、コメントありがとうございます。

『一刀斎夢録』、ぜひお読みになってください。
ここに書ききれなかった要素がたくさんあって、読まずにおくのはもったいないです。
ほんの一例ですが――
◯坂本龍馬暗殺事件の実態(定説とはまったく異なる)
◯密偵粛清の作戦中、斎藤一が永倉新八まで斬ってしまおうかと考えるくだり
◯斎藤一の父が御家人株を入手した経緯(一が父を忌み嫌った原因)
◯試衛館が、近隣住民から疎まれていた理由
◯市村鉄之助が兄・辰之助とともに出奔した事情
◯土方歳三と長兄・為次郎との再会
こうした描写に、思わず唸らされたり、「おいおいっ」と突っ込んだりしたくなります。

斎藤一の左利き設定は、かなり強調されています。
仮にそうだったとしても、刀を右腰に差すなど武士の作法としてありえないのは浅田次郎も当然知っているでしょうに、力業で押し切ってそれなりに読ませますね。
他にもマイナーな隊士を巧く活かすなど、創作を交えて物語を造り上げていく手腕は大したものだと思います。

ご指摘のとおり、フィクションのイメージと実際とは違う、と感じるところは確かにありますね。
創作は創作として楽しむと同時に、実像がより解明されていくことを期待します。

2013/12/24(Tue) |URL|東屋梢風 [edit]

明けましておめでとうございます。
昨年は、いろいろと参考になるお話を聞かせて
いただき、ありがとうございました。
また、こちらでの本のご紹介も楽しく読ませて
いただきました。
今年一年、またよろしくお願いいたします。

2014/01/07(Tue) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

イッセーさん、ご丁寧に恐れ入ります。
こちらこそ本年もよろしくお願い申し上げます。

2014/01/08(Wed) |URL|東屋梢風 [edit]

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2014/01/12(Sun) || [edit]

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