新選組の本を読む ~誠の栞~

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 木内昇『地虫鳴く』 

長編小説。タイトル読みは「じむしなく」。
幕末動乱の中、新選組と御陵衛士の面々の、ある者は揺るぎなく信念を貫き、またある者は悩み迷いつつ己の道を模索していく、それぞれの姿を描く。
元治2年(=慶応元年)のぜんざい屋事件から慶応3年末の近藤勇狙撃事件までの期間にウエイトを置く。

作者・木内昇の『新選組 幕末の青嵐』に続く、新選組小説の2作目である。
前作は、試衛館派の人物を中心として新選組の興亡を描く、オーソドックスなストーリーだった。
本作も、実在の人物と実際の出来事を描いており、その点では前作と同じ。
しかし、阿部十郎、篠原泰之進、尾形俊太郎など一般にはあまり知られていない人物の視点から描き出している点で、大変ユニークな作品である。
また、武力闘争よりも政治闘争に焦点を当て、新選組や御陵衛士が目まぐるしく変転する世の動きに翻弄されつつも粘り強く活動するさまを詳しく描写しており、その点でもオリジナリティに富む。
幕府と反幕府勢力、そして試衛館派と伊東派との暗闘が、単純な善悪や正邪に拠らず多角的に捉えられており、興味深い。また、登場人物の造形も、表裏さまざまな陰影に富んでいる。
全体として、リアリティの高さを感じさせる名作。

章題とおおまかな内容は、以下のとおり。

明治三十二年六月 東京
プロローグ。史談会の席上、年老いた阿部隆明(十郎)が編纂者たちに幕末期の体験を語る。

第1章 流転
高野(阿部)十郎、ぜんざい屋(石蔵屋)事件をきっかけに新選組へ復帰。浅野薫、阿部を歓迎。伊東甲子太郎、薩摩とのコネクションを画策する。土方歳三、隊の新編成を構想し、尾形俊太郎に説明する。薩長の動向を探る尾形&山崎烝チームの発足。井上源三郎と谷三十郎ら大坂遠征組、藤井藍田を捕縛する。

第2章 迷妄
伊東、薩摩藩士・吉井幸輔に接近する。武田観柳斎ら、蹴上奴茶屋にて薩摩藩士を殺傷する。近藤勇ら、幕府の長州訊問使に随行し、赤根武人を伴い安芸へ。河合耆三郎の死。伊東らは分離脱退を計画し、三木三郎が阿部を勧誘。近藤ら、再び幕府使節に随行して西へ。山崎と吉村貫一郎、密偵として長州へ潜入する。

第3章 漂失
伊東派へ加入しようとした谷三十郎、殺害される。長州再征の開戦。伊東派、情報を薩摩藩や水口藩の反幕派に渡して関係強化を図る。将軍家茂の薨去。浅野、三条制札事件の失策により除名される。土方と伊東、稽古の際に立ち合う。大久保一蔵との面会にこぎつけた伊東、御陵衛士設立の構想を篠原泰之進に打ち明ける。慶喜の将軍就任。孝明天皇の崩御。

第4章 振起
谷周平、兄の仇を討とうとする。阿部、浅野を御陵衛士に勧誘する。沖田総司の病状悪化。伊東派の分離脱退工作が成功する。佐野七五三之助・茨木司らの脱走と切腹。橋本皆助、御陵衛士から土佐陸援隊へ。不動堂村へ屯所移転。近藤と後藤象二郎との面談。大政奉還。浅野薫、御陵衛士に加盟を許される。

第5章 自走
伊東らの西国遊説。谷周平の離隊。討幕の密勅がくだる。御陵衛士、近藤暗殺を計画する。斎藤一、御陵衛士を脱走し新選組に復帰する。土方、伊東を討つべく決意。坂本龍馬と中岡慎太郎の死。油小路事件。王政復古。三木、復讐を誓う。新選組の伏見布陣。御陵衛士の残党、墨染にて近藤を狙撃する。

明治四年十二月 会津
エピローグ。転勤の途中、会津に立ち寄った阿部。回想による鳥羽・伏見戦争以降の経過。伊東らの戒光寺改葬、近藤・沖田・土方ら新選組主要人物の末路。会津に隠棲するという元新選組隊士の消息。

また、主要な登場人物は以下のとおり。

阿部十郎(復帰前は高野十郎、のち阿部隆明)
出羽の農家出身。貧しさゆえ少年期に江戸へ出て働くが、境遇に不満を覚え、世間を怨むようになる。
発足直後の新選組に入隊するも、芹沢派の粛清をきっかけに脱走、大坂で谷三十郎・万太郎に拾われた。
ぜんざい屋事件をきっかけに、新選組へ復帰する。その後、三木から御陵衛士へ誘われる。
なりゆきまかせに流転しては曖昧な期待を裏切られる挫折を繰り返してきた。自己嫌悪感が強く、自虐的な皮肉を言う。一方で自尊心は強く、同情を嫌い虚勢を張る。
他人との交流を避けてきたが、浅野薫とだけは親しくなり、損得抜きで人を助けようとする純粋な欲求が芽生える。しかし、その思いは打ち砕かれた。

篠原泰之進
伊東の門人であり、共に新選組に加盟した。腹心として、何かと頼りにされる。
自身の理想や目標は希薄。伊東と行動しつつ自分の役目を果たせれば充分、と考えている。
ただし、単純に心酔している同志らとは異なって客観的。理想が先走り過ぎて足下の危うい言動をたびたび諫めるが、ほとんど聞き入れられない。やがて「人々がより良く生きられる世の中を一日も早く実現したい」という伊東の純粋な情熱に共感し、本人の望むとおりに行動させてやろうと考える。
新選組脱退にあたり、御陵衛士拝命の交渉役を担った。それでも自分の能力不足をもどかしく感じ、近藤の補佐役である土方と自身を比較することも。

尾形俊太郎
新選組の監察方。言葉遣いが丁寧で、笑い声が甲高くホホホと聞こえるため、陰で「長袖様(ちょうしゅうさま、公家の意味)」と渾名されている。
頭脳明晰で洞察力に優れ、土方の信任があつい。しかし剣術は苦手。気を遣いすぎる不器用な面もある。
山崎烝が得た反幕派の情報を整理・分析し、諜報活動の方針を決めたり土方に報告したりする役目を担う。
取り立てて大義や大志を抱いているわけではないが、藩や身分のしがらみがなく働ける新選組に魅力を感じ、その組織を創り上げた近藤・土方を尊敬し、彼らの活動ぶりを痛快に感じている。
自らも新選組を支える力となるべく、隊務に励む。

浅野薫
もとは備前の医者。尊皇攘夷の志を遂げるため京へ上り、新選組に入った。
話し好き、裏表のない善人で、思いやり深い。近藤を尊敬し、よく働き、隊内でそこそこ評価されている。
人物や物事の良い面を見ようとする。阿部の長所を褒め続け、阿部にとって唯一の懇意となった。
三条制札事件で任務を果たせなかった。臆病風に吹かれたのではないが、結果的に同僚の死を招き、除名処分となる。
その後は活計の道もなく、阿部の援助を受け細々暮らす。見かねた阿部が御陵衛士への加盟を取り計らい、伊東の許可を得た。しばらく山科に潜伏するよう命じられ、阿部や衛士らに感謝しつつ出発するが…

三木三郎
伊東甲子太郎の実弟。少年期に他家へ養子入りしていたためか、兄への態度は他人行儀。
生気や表情に乏しく、積極的に発言することもなく、兄とは外見も性格も似つかない。
しかし無能を演じながら、陰ではまめに情報収集し、伊東に報告していた。
御陵衛士として分離独立を果たしてからは、強気で専横な言動が増える。
まっすぐな伊東に代わって泥をかぶるのも厭わず、時には自己判断で謀略に手を染める。
「最も信頼されている補佐役は自分」と確認したいのか、篠原とは何かと対立。
御陵衛士の反幕派としての地位を向上すべく、近藤暗殺計画を主導した。
伊東の死後、無意味と知りつつも新選組に復讐しようとする。

近藤勇土方歳三伊東甲子太郎といった面々はいうまでもないが、そのほかには――
常に物事の本質を見抜き、核心を突くあまり毒舌を吐いたりもするが、剽軽で憎めない山崎烝
剣を究めることにしか興味がなく、無愛想で人づきあいが悪いが、孤独な者に手をさしのべる斎藤一
死病に取り憑かれても悲観することなく、周囲にも光を与えるかのような明るさを保つ沖田総司
――などの人物造形も、なかなか魅力的である。

ストーリーが濃密で、興味深い場面は多いが、特に印象に残ったことをいくつか挙げてみる。

訊問使に随行し安芸へ行った際、伊東は赤根武人を使って情報をつかみ独占しようと計画する。
それを知った尾形が、近藤の弱点を巧みに利用して阻止する手並みは鮮やか。

谷三十郎の殺害について、独自の展開が描かれる。
通説とは異なり、反幕浪士や斎藤一が犯人ではなく、酒の上での些細な争いが原因でもない。
犯人が追及されなかった理由も、納得がいった。

土方歳三は、伊東甲子太郎の分離脱退を、損得に流されているわけでなく純粋に達成したい理想があるため、と理解している。ただ、容認も同情もする気はない。
伊東派が多くの隊士を勧誘したにもかかわらず、ついていく者は12名だった。
近藤に「隊士はあんたを選んだんだ」と告げる土方の言葉を聞いて、自らが伊東を負かそうとしたのではなく、近藤vs.伊東の勝負に近藤を勝たせたかったのだと、尾形は気づく。

篠原泰之進は、中岡慎太郎と面談し、心中密かに衝撃を受ける。
中岡は、ほとんど孤立無援で活動を続け、脱藩を許されて陸援隊の隊長となるなどの実績をあげた。
薩摩の使い走りのように扱われる御陵衛士とは、大きく異なる。
また、辛酸をなめたにもかかわらず荒んでも汚れてもいない中岡の人柄にも、感銘を受ける。

浅野が阿部に語った言葉の数々のうち、特に印象深いものがあった。曰く、
「うまくいかんかったことを他人に押しつけるのは容易いが、わしはそれをするのが怖いんじゃ。そういうことを繰り返すと、他人の人生を生きとるような気にならんかのう。わしゃそれが一番怖い。理不尽だとしても自分の関わったことじゃ。受ければええんじゃ」

伊東がかつて篠原に対して語ったのも、含蓄ある言葉だ。曰く、
「基礎というのは平凡に感じるかもしれない。だから魅力もないし、退屈に思える。だが大概のことは平凡の上に成り立っているんだ。修練というのはね、己が平凡であるということを認識する機会でもあるんだ
才人の伊東ながら、特別な人間などと自惚れているわけではなかった。

かつて新選組に籍を置いていたため、倒幕勢力から信頼を得られない御陵衛士。
しかし、伊東の死によって、生き残った衛士たちはようやく同志として扱われるようになる。
皮肉ではあるが世の中にありがちな展開かも、と思えた。

「地虫」という言葉を調べると、コガネムシ類の幼虫、もしくはオケラなど地中に棲む虫の総称、などと説明されている。また、「地虫鳴く」は秋の季語であり、秋の夜、地中の虫の鳴き声が聞こえるさまを表わすという。
この言葉が、本作のタイトルに使われた理由は何だろうか。
特に大きな関連がありそうなのは、ストーリー終盤で心神に失調をきたした阿部の挙動である。
彼は、耳の奥で虫が鳴き騒ぐかのような耳鳴りに悩まされる。そして真実に気づき、鬱積が一気に解き放たれた時、暗い内奥に押し込めてきた己の声を初めてはっきりと聴いたのだった。

終章、阿部は迷妄から抜け出し、自分なりの生き方を見出したらしいので安堵した。
また、会津にて元新選組隊士のある人物が生きていた、という結末も良い。阿部はそれを信じないが、両者が会うことなく終わったのは双方にとって幸いだったろう。
この人物が何者か、作中にヒントがあるので読者にはすぐわかる。

本作を読むと、世の中には2種類の人間がいるように思える。
恵まれない状況下でも、才能と努力によって新しいものを創り出し、揺るぎなく進んでいく者。
そのような創出者に牽引されて、凡庸なりに生きていく者。
後者が、混迷する社会の中で何をどのように捉え、いかに身を処したかを描いたのが本作といえるだろう。
だから凡人の当方にとっては、身に覚えのあることがずいぶん多い(汗)。現状に不満を持ちながら努力を諦め、すべての人間関係に背を向ける阿部の姿も、他人事ではないような気がした。
とはいえ、凡人の目には英雄と映る前者にも、限界はあるし、思うに任せず苦しむことも多いのだ。
両者の間には大きな隔たりがあるようでいて、実はそんなものはなく、自己をどちら側に置くかは本人次第なのかもしれない。

本作は2005年、書き下ろし単行本『地虫鳴く』として河出書房新社より刊行された。
2010年、『新選組裏表録(しんせんぐみうらうえろく)地虫鳴く』と改題、集英社文庫として刊行。

なお、プロローグに登場する史談会については、『新選組証言録』を参照のこと。
同書に収録されている阿部の談話が、本作中にも引用されている。併読するとより興味深い。

地虫鳴く
新選組裏表録
(集英社文庫)
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こんばんは。
阿部十郎や篠原泰之進といった高台寺党の人たちは、史談会速記録などの証言があるので案外どういった人たちだったのかイメージを掴みやすい所がありますが、新選組の幹部隊士でもイメージを掴みにくいのが尾形俊太郎です。
かなり近藤らに重用されていたようですが、あまり記録にでてこないのか小説・ドラマでも描かれることの少ない人物ですね。

揺るぎなく進んでいく者と、凡庸なりに生きてゆく者。両者の間に隔たりなどなく、どちらに立っているかは本人次第という東屋さんの言葉になるほど・・・と思いました。

「地虫鳴く」が秋の季語だということは、阿部がその声を聴き真実に気がついたのは人生の後半だったのでしょうか。
凡人は英雄に憧れますが、幕末の英雄たちはほとんど天寿を全うしないまま死んでゆきます。凡人は生きて考える時間を与えられ、地虫の声を聴く機会を与えられる。
凡庸として生きる意味も大きいのかな、と思いました。

2014/04/08(Tue) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

コメントありがとうございます。
「秋」の季語に、作者がどのような含みを持たせたのか……
何のためにどこへ向かうのかもわからないまま夢中で走り続けたのが「夏」なら、その熱狂が去って今まで気づかなかったものを認識したのが「秋」、という感じがしました。
秋は「斜陽」とともに「充実」を象徴する季節です。そして何事につけ表と裏がある、と多面的な見方を提示する本作ですから、仰せのような意味も示唆していそうに思えます。

新選組の小説やマンガを読むと「かっこよくて憧れちゃうけど、自分は才能ないし時代も違うから、こんな生き方できないよな~」などと思うこと頻りです。
けれど、非凡か平凡かが生きていく価値を決めるわけじゃない。
英雄と思われている人物も、平凡を積み重ねた果てに何事かを為し得た。
英雄と凡人との間には、確かに「違い」がある。ただ、それは「超えられない壁」ではない――
――ということを伝えるため、作者は本作を書いたように感じられました。
現代(特に若い世代)には承認欲求の強い人が多い、とか。そのせいで生きにくさを感じている人には、本作のメッセージが役立つかもしれません。

なお、新選組を「勤王の志士を斬りまくり、返す刀で内部粛清しまくっただけの斬殺集団」として描いたものを読んで真に受けている人にも、本作をぜひ読んでいただきたいと思いました。
本作とて創作であることに変わりありませんが、こういう政治的暗闘が実際に繰り広げられていたと考えなければ不合理ですから。

もちろん、そのほかの多くの新選組ファンにも本作をお薦めしたいです。
人間心理や人間関係の描写が我々の日常体験に近く、「あるある」感いっぱいなのも面白いので。
司馬遼太郎や浅田次郎の次に何を読もうか迷ったら、とりあえずコレいっとけ!みたいな(笑)

2014/04/09(Wed) |URL|東屋梢風 [edit]

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