新選組の本を読む ~誠の栞~

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 司馬遼太郎『侍はこわい』 

短編小説集。昭和34~40年に発表され、従前は単行本未収録だった8作品を収録。
そのうち、新選組に関連するのは「侍はこわい」「ただいま十六歳」の2作品。

「侍はこわい」
昭和36年『主婦の友』6月号初出、内山彦次郎暗殺事件の余話。
大坂、船場伏見町の唐物問屋の娘お婦以(ふい)は、武家に嫁ぎたいと望んでいた。
それが叶い、文久2年5月、西町奉行の唐物同心・相楽庄之助に縁付く。3年後には武家のしきたりに慣れ、家庭の切り盛りも上達。優しい庄之助と申し分のない暮らしをしていた。
ところがそんな時、庄之助が何か隠し事をしているのに気づく。町方の者が開け広げに生きているのに対して、武家は体裁を取り繕いながら中身を誤魔化しているのでは?と、お婦以の心に不安や警戒が芽生える。
お婦以から相談を受けた実家の番頭・与吉が、庄之助の身辺を探っていくと…

内山彦次郎は、大坂西町奉行与力を務め、新選組に暗殺されたと伝わる実在の人物である。
ただし、ストーリーは創作。新選組・松田倉蔵の単独犯行として書かれているが、この松田も架空の隊士。

本作の要点は、武家と町方との考え方・生き方の違いにある。
暗殺事件そのものに重点が置かれてはいないし、新選組隊士が活躍する場面もない。
だから、事件がいかに描かれようと作品の面白さには影響しないのだが、敢えて気になる点を挙げてみる。

◯事件発生の日付は、お婦以が庄之助に嫁いだ文久2年(1862)から3年後の5月20日とある。
→諸書によれば、事件は元治元年(1864)のこの日に発生しており、1年のずれがある。

◯事件の現場が、「天満橋」となっている。
→事件直後、市中に貼り出された斬奸状(犯行声明)には「天神橋上」とある。

そもそも、内山が何者かに殺害されたのは事実としても、真相はよくわかっていない。
新選組犯行説は、西村兼文『新撰組始末記(一名壬生浪士始末記)』が初出で、子母澤寛『新選組始末記』などにも描かれて広く流布した。司馬遼太郎も、これらを参考に本作を書いたと思われる。
しかしその内容は、現場を天満橋としたり、内山の勤務先を東町奉行所のように書いていたり、矛盾がある。
力士乱闘事件の対応に遺恨を抱いたというのも、与力を殺す動機としては弱いのではなかろうか。
まだまだ研究の余地があり、本作の描写が史実とは言えないことを弁えておきたい。

それはそれとして、侍とは得体の知れない面を持った別の人種と町人の目に映る、ということをお婦以や与吉の視点から描いたのは面白い。商人の町・大坂の土地柄をよく表してもいると思う。

「ただいま十六歳」
昭和39年『文藝朝日』11月号初出、近藤勇の少年時代の物語。
大百姓の三男・勝太は、同じ村に住む娘おえいに惹かれていた。おえいの先祖は自家の主家筋にあたると信じ、家来として彼女を守ってやろうと決意する。それは単純な恋心とは言い切れず、己の先祖が武士という思い込みに根ざしてもいた。
そして、百姓の子でもいつか武士になれると期待して、自宅の道場で撃剣に励む。
その勝太に、天然理心流三代目宗家・近藤周助の養子に入る話が舞い込んだ。

やはりストーリーのほとんどは創作。
今時の言葉でいうと「中二病」的な妄想に耽る勝太の言動が、少々痛々しくも微笑ましい。

作中、宮川家の勝太少年が、近藤周助の養子となった直後に近藤勇と改名したことになっている。
これは、おえいが後年「新選組隊長・近藤勇」と聞いて、すぐ勝太と気づくための設定だろう。
ただし、実際は少々異なる。
彼の初名は「勝五郎」で、近藤周助の養子となってから「島崎(嶋崎)勝太」と称した。「島崎」は周助の実家の姓。やがて名を「勇」と改め、姓は「島崎」「近藤」を混用しつつ、次第に「近藤」に一本化した。

近藤周助が世間話の中で、宗次郎(沖田総司)や歳三(土方)にも言及している。
その流れで歳三の姉おのぶの名が出てくるが、「お信(しん)」と表記されている。この読み仮名は、単なる校正ミスだろうか?
ちなみに、この姉の初名は「らん」であり、佐藤彦五郎に嫁して「とく」と名乗り、晩年「のぶ」を称したと研究によって判明している

また、勝太の祖父は久左衛門とあるものの、実際の宗門人別帳には「源次郎」と記載されているとか。

作中、勝太がおえいに対する赤心(誠意・真心)の証明としてとった行動は、面白すぎる。
司馬作品では、近藤勇は少々おバカっぽいキャラクターであることが多いのだけれど、さすがにここまでさせなくても……と言いたい(笑)。とはいえ、この描写により印象的な作品となっているのも事実だ。
おえいが勝太を思い出す最後の場面は、あまりセンチメンタル過ぎず、ほどよい郷愁と諧謔がある。

このほかの収録作品は、以下のとおり。いずれもユーモラスな味のある時代小説で、軽く読める。
「権平五千石」 賤ヶ岳七本槍のひとりに数えられた平野権平(長泰)の生涯。
「豪傑と小壺」 細川家の陪臣・稲津忠兵衛と、「稲津肩衝」こと名器「人生」誕生の物語。
「狐斬り」 寛永年間、因州鳥取藩に仕えた深尾角馬の並外れた剣技と、愛妻家ぶりが原因となった事件。
「忍者四貫目の死」 織田信長の周辺で暗躍する伊賀忍者たちの対立、虚々実々の駆け引き。
「みょうが斎の武術」 独特の修行を積んだ剣客・久富源五郎が、鳥羽・伏見戦争直後の大坂にて開かれた剣術試合において、薩摩方の剣士らを圧倒する。時代背景の説明に、新選組への言及がほんの一言だけある。
「庄兵衛稲荷」 幕末、大坂の猿霞堂こと渡辺庄兵衛が、大和高取城の軍師として天誅組を退ける裏話。

本書『侍はこわい』は2005年、光文社時代小説文庫として出版された文庫オリジナル版。

短編小説「侍はこわい」は、『司馬遼太郎短篇全集 第4巻』(文藝春秋/2005)にも収録されている。
同書収録の他の作品は、以下のとおり。
「八咫烏」「飛び加藤」「果心居士の幻術」「雑賀の舟鉄砲」「忍者四貫目の死」「言い触らし団右衛門」
「売ろう物語」「弓張嶺の占師」「女は遊べ物語」「おお、大砲」

短編小説「ただいま十六歳」は、『司馬遼太郎短篇全集 第9巻』(文藝春秋/2005)にも収録されている。
同書収録の他の作品は、以下のとおり。
「斬ってはみたが」「慶応長崎事件」「鬼謀の人」「人斬り以蔵」「薩摩浄福寺党」「五条陣屋」
「侠客万助珍談」「肥前の妖怪」「喧嘩草雲」「天明の絵師」「愛染明王」「伊達の黒船」「酔って候」

侍はこわい
(光文社文庫)
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司馬遼太郎
短篇全集 第4巻
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司馬遼太郎
短篇全集 第9巻
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中二病

近藤勇が中二病?・・・ってのは、なんかわかりそうな気がします(笑)
百姓の子供が、やがて幕臣旗本になるというのは、我々は後世から見て知って
いますが、リアルタイムの視点に立てば妄想そのものでしょうから。
勇という人物は、いい意味でその妄想に何の恐れも抱かずに進んでいったと
いう印象があります。それが彼の強みであったのかもしれないですね。

大坂商人の視点といえば、NHKで放送中のドラマ「銀二貫」がまさにそういった
世界ですね。ご覧になっていますか?
父を仇討ちで亡くした侍の子供が、大坂の乾物問屋の主人に拾われ武士を捨て
丁稚として生きていく話です。
ドラマは主人公の丁稚が、父から学んだ侍の生き方・考え方を完全否定されて
メチャ悩むのですが、武士の数が江戸に比べて圧倒的に少なかった大坂では
これがスタンダードな世界だったのか、と考えさせられています。

大坂や京の人たちから見れば、侍になりたくてなりたくて集まった新選組などは
とても理解できない集団だったのでしょうね。

2014/04/27(Sun) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

ご感想ありがとうございます。
「ただいま十六歳」の勝太くんは、いつか侍になりたいという望みもさることながら、好きな女の子に「お前はお姫様(の末裔)、俺は家臣(の末裔)だから守ってやる」などと一方的に宣言して困惑させています。これはもう中二病というしかないでしょう(笑)
でも、中二病も生涯かけて貫徹すれば立派なものです。
将軍様の押しかけ家来になり、幕府が瓦解してなおも戦い続けた勝太こと近藤勇の生き方を、おえいはついに理解できなかったみたいですけど。

士分でない者が士分になるとは、当時の身分制度の下では不可能に近い離れ業のようですね。
御家人株を買ったとしても、先祖代々の武士と同じ扱いはされないらしいし。
ことに大坂は、町人たちの共和国のような町だから、単に士分というだけでは尊敬されないとか。
このあたり、本書収録「みょうが斎の武術」「庄兵衛稲荷」にも描かれています。
大阪生まれの司馬遼太郎は、こうした感覚を肌で知っていたのかも。
今回読み返してみて、私もNHK木曜時代劇「銀二貫」を連想しました。

2014/04/28(Mon) |URL|東屋梢風 [edit]

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