藤堂平助は東屋さんが仰るように、ナゾが多すぎて、ワタクシなどはどの
イメージでキャラクターをオモイ描いたらいいのか、とても悩む人物です。
そもそも、藤堂って本名だったのかなぁ、などとも。
出自にしてもそうですが、やはり試衛館一派でありながら伊東に付いていった
あたりなど、何を考え行動したのかとてもわかり辛い人物だと思っています。
「人情よりも義理が重たい男の世界・・・」は単純ではあるけれど、意外と
そんなモノなのかもしれないですね。
秋山香乃『新選組藤堂平助』
文久元年の初夏、多摩川沿いを日野宿へ向けて歩いていた土方歳三は、一対一の斬り合いを目撃する。
相手を斬り倒したのは16~17歳ほどの少年であり、問われるままに「藤堂平助」と名乗った。
初めて人を斬った衝撃にうちのめされている藤堂を、土方は放っておけず、試衛館に連れていく。
道場主・近藤勇や原田左之助ら食客たちは、色白で華奢な藤堂を迎え入れることに当初難色を示したが、外見に似合わぬ剣技を目の当たりにして承知した。
藤堂は、事情を聞かずに助けてくれた土方に、最大の信頼と好意を寄せる。
土方は、慕われて面映ゆく、ぶっきらぼうな態度をとりながらも、試衛館での生活を共にした。
文久2年の初冬、お尋ね者として追われていた清河八郎が、江戸に戻る。
以前、清河の下で少しばかり働いた藤堂は、挨拶に行き、浪士組の計画を聞かされた。
戻って、土方に浪士募集の件を打ち明け、「おめェは行くのか」と問われた時、人斬りへの恐怖から「行きたくない」と思い、また一方で土方とは「離れたくない」と思う。
その心を見抜いたかのように、土方は「おめェは俺が連れてゆく」と言う。
浪士組として上京後、清河は突然「皇意の下に攘夷の魁となる」と宣言し、幕府の指揮を離れる意図を明かした。藤堂は、清河から同調を求められていたものの、試衛館一党についていく。
その藤堂に対して、清河は北辰一刀流・千葉門において学んだ尊皇思想を突きつけ、「君は時代の流れの中で、あの男たちを裏切る日が来る」と言い放つ。
こうして浪士組と袂を分かち、京都残留組の一員として新選組結成に加わった藤堂平助。
人斬りへの抵抗感を克服すべく、「魁先生」「新選組四天王のひとり」と異名を取るまでの活躍を見せる。
ところが、彼が「裏切り者」の汚名を免れ得ない時が、ついにやってくるのだった。
藤堂平助という人物については、あまり多くの情報が残っておらず、新選組結成に携わった試衛館派の面々の中では最も謎めいた存在といえよう。
謎が多い分、フィクションでは自由度が高く描きやすいと思われるが、彼を主人公とする作品は意外に少ない。
本作は、この謎多き藤堂平助を、数少ない情報と周囲の人々との関係や時代背景とをもとに、内面まで踏み込んで描いた意欲作である。
本作の藤堂平助は、母親の手ひとつで育てられた。伊勢津藩主・藤堂和泉守の落胤と言い聞かされるが、藤堂家からは何の庇護も受けていない。苦労を重ねた母は身も心も病んで、彼が6歳の時に他界した。
残されたものは、侍としての矜持と、上総介兼重作の名刀と、形見の守り袋だけだった。
以後、様々に苦労しながら、なんとか自力で生きてきた様子。
それでも荒んだところはなく、素直で思いやり深く、礼儀正しい性格。
土方歳三に偶然出会い、助けられたこと、自分の孤独な心を理解されたことが嬉しく、すっかり懐く。
なんとなく、初めて見た動くものを親とすり込まれたヒナ鳥のようで、微笑ましくもある。
以来、全編を通して、藤堂が「一番好きな人」は土方歳三である。
新選組結成後、土方の厳しい隊内運営に反発を覚えることもあるが、彼が敢えて嫌われ役を引き受けていること、内心では同志を思いやっていることに気づき、やはりこの人についていこうと考え直す。
土方のほうも、容易に人を信じない性格でありながら、いったん信じた藤堂には気を許している。
また、藤堂の繊細さを気にかけ、池田屋事件以来トラウマを負ってしまった彼を、一度は除隊させようと計らう。しかし、彼が隊にとって、また自分にとって必要な人間と改めて気づくのだった。
そして、藤堂の行動に不審な点が見え始めても、なかなか疑うことができずに逡巡する。
伊東甲子太郎は、藤堂にとっては剣流の師である。
かつて、玄武館の片隅にいるだけで稽古もろくに受けられなかった藤堂を、才能ある少年と見て指南した。
そのおかげで、藤堂は北辰一刀流の目録を獲得できた。
教授料を納められない藤堂に気を遣わせないよう、伊東は「出世払いでよい、時が来れば役に立ってもらう」と言った。藤堂も「必ずお役に立ちます」と誓った。
だからこそ、新選組から分派する際の誘いを、藤堂は断れなくなる。
つまり藤堂は、土方と出会うより以前に、伊東と知りあっていた。
それなら、伊東が「一番好きな人」になっても良さそうなものだ。しかし、尊敬する師であり、共に新選組と訣別した仲にもかかわらず、伊東よりも土方なのだ。この差はなんだろうか。
人の好き嫌いというものは、理屈では割り切れない。
ただ、敢えて理由を挙げるとすれば、土方は最初に出会った時、藤堂を助けても何ひとつ利益になることがなく、むしろ厄介事に巻き込まれかねない状況だったのに、救いの手をさしのべたこと。
そして、寄る辺ない藤堂の心をすぐに理解したこと。
素っ気ない態度の裏に、好意や信頼があること。これらが、藤堂を強く惹きつけたのだろう。
試衛館の中では、土方に次いで、永倉新八が藤堂と親しい。
一緒に外出したり、冗談を言ってふざけあったり。
どこか、土方とはできないことを、永倉が代わってやっているような風情もある。
分離脱退が決まった時、藤堂はもし斬られるなら試衛館の仲間に、できれば永倉に斬られたいと告げる。
しかし永倉は、お互い爺になるまで生きるんだと、強く言い聞かせる。
山南敬助とは、同じ北辰一刀流を学んだ仲として、気持ちが通じ合っている。
岩城升屋事件で重傷を負い、剣を遣えなくなった山南を、藤堂は敢えて道場に連れ出し、指導を頼む。それは、山南にとっては辛いことであると同時に、ありがたいことでもあった。
しかし、藤堂が江戸へ行ってしまい、山南はますます引きこもり、隊のお荷物になっている自分に耐えられなくなっていく。
山南が脱走した本当の理由を、他の誰も知らない。近藤も、土方との対立が原因と捉え、土方を非難した。
そして、山南の望みを容れて切腹を申し渡した土方さえ、気がつかないことがあった。
しかし、以前から度々話し合っていた藤堂には、察せられるのだった。
斎藤一は、本作では試衛館一党ではなく、京都に来てから会津藩の紹介で入隊している。
本心をなかなか表さないが、内面は感情豊かな性格。意外に冗談好きでもある。
土方の密偵として湖陵衛士に加盟するが、藤堂はもちろん知らされていない。
ただ、何度か2人きりの時に、藤堂はそれとなく本心を吐露し、斎藤が聞いてやる。
伊東暗殺の直前、斎藤は、藤堂をなんとか連れ戻そうと月真院に走る。
藤堂の恋人として、紀乃という女が登場する。
当初は遊女と客の関係だったが、藤堂はいつしか彼女を妻として迎えたいと思うようになる。
紀乃のほうも、彼が新選組隊士と知った時は戸惑うが、憎み切れずますます思いが募る。
しかし、この愛はやがて無惨な結末に至る。
新入隊士・雪村佐吉(19歳)も、終盤に登場する印象的な脇役。
入隊前、ガラの悪い連中に絡まれて困っているところを、土方が助けた。藤堂の組下に入る。
剣の腕前はそれほど優れているわけでもなく、土方にからかわれてびくつくなど純情な少年と思われていたが、後に意外な素顔を見せる。
沖田総司は、軽口を叩いてばかりの明るい性格。
土方の弟分という位置づけは藤堂と似ているが、土方に対してまったく遠慮のない態度が大きな違い。
岡田以蔵、桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、勝海舟、西郷隆盛、坂本龍馬もちらりと登場。
特に、桂小五郎と坂本龍馬は、藤堂に助けられるなどの関わりを持つ。
藤堂平助の生涯の中で最大の謎は、試衛館時代の同志と袂を分かち、御陵衛士に加盟した理由だと思う。
本作は、そこに至る経緯をわかりやすく、自然に描いている。
例えば、禁門の変で焼け出された人々を見て、弱い者が苦しむ世の中は間違っていると思う。
四国艦隊下関砲撃事件では、外国の侵略行為を傍観している幕府に憤慨する。
筑波山に蜂起した天狗党が、頼りにした一橋慶喜に見捨てられ、無惨な最期を遂げたと聞いて心を痛める。
――といったように、幕政への失望が重なったことが遠因である。
そして、直接の理由は「義理と人情を秤にかけりゃ、義理が重たい男の世界」ということだろう。
近藤・土方の隊内運営に嫌気が差したとか、もともと尊皇攘夷主義だったとか、そんな理由よりは納得がいく。
正直なところ、読み始めた当初は「普通、男同士でこんなこと言わないだろ」と感じる場面があった。
「女子が理想とする男同士の友情」を描いたというか、一種のBL小説とも解釈できそうな作品、と思えた。
ただ、中盤あたりからはそういう感じがしなくなり、切なくも眩しい青春の軌跡として読めた。
政治的背景もわかりやすく盛り込まれており、狭い人間関係だけを描いたような作品とは異なる。
小説として、粗削りな面もいくらかある。
例えば、「腹を割る」という慣用句を切腹・自裁の意味で使用した例が2箇所あるが、辞書をひいても「包み隠さず打ち明ける」といった意味しか見つからない。(「割腹」なら腹を切る意味なのに、不思議ではある。)
また、登場人物や小道具が、活かしきれていない部分もある。特に、紀乃の消息がよくわからず、藤堂が彼女を思い出す場面もないのは、残念に感じた。
しかし、15年ほど前に書かれたごく初期の作品であり、あまりネチネチ言うのも野暮だろう。
本作独自の設定や解釈に、いくつか興味を惹かれた。
◯「新選組」の隊名は、本人たちが結成時に自発的に決めたことになっている。
◯お梅が、江戸っ子のように伝法な口を利く。出身地はわからないが、京都ではなさそう。
◯楠小十郎の粛清。実は間者ではなかったようだが、行き違いで命を落とすことになる。
◯津藩士の某家から、藤堂を縁者の養子に迎えたいという話が舞い込む。これは藩侯の落胤であることを、暗に前提とした申し入れである。しかし、藤堂は承知しなかった。
◯野口健司の切腹。芹沢派だから粛清されたわけではなく、トラブルに巻き込まれ隊規違反に問われた。
◯池田屋に、過激浪士が40人くらい集まって、潜入していた山崎丞が焦る。
◯藤堂の趣味のひとつは、鉢植えの花作り。かつて糊口を凌ぐ内職として手がけていた。
◯谷三十郎の死因。隊内に潜入した間者に殺害された。
◯伊東の分離脱退は、慶応2年9月のうちに表明され、御陵衛士拝命よりもだいぶ早い。
◯御陵衛士となってから、藤堂は経済の勉強をするようになる。
◯藤堂が、御陵衛士のために、水野弥太郎ら博徒の協力を取りつける。新選組が出し抜かれた形になり、土方が激怒して、月真院に大砲を撃ち込んでやる、と荒れる。
いくつかの場面に、橘(タチバナ、日本古来の柑橘類)の実が出てくる。
藤堂の好物であり、土方が手渡してやったりする。
調べてみると、ミカンよりかなり酸っぱくて、そのままでは食べにくいらしい。
ただ、小さいながら黄金色に輝いて香り立つ様を思うと、藤堂の短い生涯がより鮮やかな印象を残す。
本作は、2000年、文芸社より『SAMURAI 裏切り者』のタイトルで単行本が刊行された。このとき、作者は「藤原青武」の名義を使用している。
次いで2003年、『新選組藤堂平助』と改題した増補改訂版の単行本が、「秋山香乃」名義で文芸社から出た。
作者説明によると、ストーリーは前作と変えていないが、目次構成を変更、冒頭部分を削除、文章を加筆修正、言葉遣いを読みやすく分かりやすくするため、手を入れたという。
改訂前と改訂後にどれほどの違いがあるのか、生憎と確認していないが、いずれ前作も見てみたい。
なお、2007年、文春文庫版が刊行された。
※藤堂平助の関連書籍全般について、別記事「藤堂平助の本」にまとめている。併せてご参照のほどを。
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COMMENT FORM
ご感想ありがとうございます。
藤堂平助の人物像をイメージしにくい理由のひとつは、子母澤寛がほとんど何も書いていないせいだと思います。今日、隊士のキャラクターは、元を辿れば子母澤三部作に拠るところが大きいですよね。取材時に平助のネタが見つからなかったのかな~と想像しました。
小説では、新選組脱退における心理的葛藤を、読者が共感できるように描くことが重要と思います。
他の小説にあるような、「尊皇攘夷」を実行しない新選組に不満を覚えたとか、近藤・土方の運営方針に反発して高潔な人格者の伊東についていったとかいう設定では、悩むどころか脱退できて清々したわけで、その点では大して面白くありません。
本作は、試衛館の仲間と別れたくない、しかし伊東の誘いも断れない、どちらを選んでも「裏切り者」の誹りを免れないという、二つに引き裂かれる者の懊悩を、正面からきちんと描き出しています。仮に新選組への残留を選んだとしても、やっぱり平助は苦しむことになったでしょう。
人生とは幾度となく選択を迫られるものであり、どちらを選んだとしてもそれぞれに後悔はあり、何が正解だったと判断できないことのほうが多いと思います。
いずれにしても、その時の自分にできることを精一杯やるしかない、しかしそれでいいのだと、本作の平助が、そして歳三が語っているような気がします。
記事中「唐獅子牡丹」の一節を引用したことに深い意味はなかったのですが、今にして思えばちょうど高倉健の訃報に接したからだったような気がします。健さん、安らかに…。
菅原文太も亡くなり、名優が次々と去っていきます。
読みました。
東屋梢風さんの言われる通りのBL的気配があり、その点が拒否反応を起こしてしまいました。
物語の構成自体は面白く読めたと思います。
ただ細かな違和感も残っていて、清川八郎が藤堂平助の裏切りを予言するあたりなど、言葉は悪いですが、陳腐に感じてしまいました。
でもおっしゃるように細かな点への言及はすべきではないのでしょう。
この作家の他の作品はどうなのでしょう。
やはりBL的匂いがあるのでしょうか。
同様にこのサイトで紹介されていた、木内昇氏はとても面白く読みました。
「新選組 幕末の青嵐」のような作品があれば、是非教えてください。よろしくお願いします。
ご感想ありがとうございます。
正直なところ秋山作品はまだ少ししか読んでいませんので、以下の話はほんの参考程度に受け止めていただければ幸いです。
『歳三 往きてまた』には、BL的な気配を感じる読者が多いようです。
一方、井上源三郎が主人公の『新撰組捕物帳』『諜報新撰組 風の宿り』については、そういう感想は聞きません。また『近藤勇』を読みましたが、その気配は皆無でした。
結局、誰を主人公とするかによって書き分けているのでしょう。
清河八郎の台詞を、平助に対する予言と解釈すれば、陳腐かもしれませんね。
当方は、清河の負け惜しみの強さと捉えて「お前が言うか」と嗤っておきました(笑)
木内昇作品なら、ご存じの『地虫鳴く』も面白いと思います。
他の作家では、子母澤寛・司馬遼太郎・池波正太郎・浅田次郎は言うまでもなく、北原亞以子『埋もれ火』、早乙女貢『残映』、津本陽『幕末剣客伝』、童門冬二『新選組 近藤勇』、戸部新十郎『総司残英抄』『総司はひとり』、中村彰彦『新選組秘帖』『明治無頼伝』、広瀬仁紀『適塾の維新』『土方歳三散華』などはいかがでしょうか。(若手が思いつかずベテランや物故された作家ばかりですが…)
それぞれの紹介ページは「さくいん:作者」からご覧ください。
http://bookrest.blog.fc2.com/blog-entry-102.html