新選組の本を読む ~誠の栞~

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 杉浦日向子『大江戸観光』 

エッセイ集。雑誌に掲載された作品の中から、江戸文化に関するものを集成した。

杉浦日向子は江戸風俗研究家であり、著作の多くはマンガやエッセイとして発表されている。
かつて江戸風俗研究やら時代考証やらいうものは、学者やごく一部の趣味人のものだった気がする。決してそうではなく、誰もが気軽に楽しめるものと教えてくれたのが、この人の作品である。

デビュー当時、彼女のような若い女性がそういう研究を手がけるのは珍しかった。(本書にも、珍しがられて困惑したり面白がったりした体験が綴られている。)現今ならば「歴女の元祖」とでも言われそうだ。
その碩学ぶりは正統な研究に基づいているが、だからといって決して高尚ぶらず、著作には親しみやすい表現がなされている。テレビ番組のトークでも、おっとりとした物腰で終始微笑みながら、わかりやすく楽しい解説をしていた様子が思い出される。
しかし惜しくも2005年、46歳にて病没。この早世はあまりにも残念だった。

それから9年後の2014年4月、遺作のマンガ『百日紅(さるすべり)』がアニメ映画化されると報じられた(2015年5月公開決定)。
また同年12月、同じくマンガ『合葬』の実写映画化がニュースになった(2015年秋公開予定)。
何故いま相次いで?と不思議に思う一方、嬉しかったのも事実だ。
これをきっかけとして、本書『大江戸観光』に新選組関連の記述があったことを思い出した。

本書の章立ては、以下のとおり。

壱 江戸の楽しみ
弐 浮世絵と時代劇
参 江戸への恋文
四 私の江戸散歩
伍 お江戸珍奇
六 江戸本を読む
七 二十一世紀の風景


それぞれの章に、数編から20余編のエッセイが編まれている。
初出掲載誌は『第三文明』『歴史読本』『就職ジャーナル』『ザ・テレビジョン』『芸術新潮』『演劇界』『小説春秋』『月刊カドカワ』『ポップティーン』『JUNE』等々、幅広い。

伍 お江戸珍奇」のうち「美形列伝」上・中・下の3編は、歴史上のイケメンについて述べる。
それぞれに名前が挙がっているのは以下の人物(全員を美形と認めているわけではない)。

美形列伝(上)
 日本武尊 大津皇子 草壁皇子
 在原業平 源義経 天草四郎 細川忠興 小早川秀秋 豊臣秀頼
 木村重成 長曾我部元親 山本主殿 山田三十郎 不破万作 森蘭丸
美形列伝(中)
 芳沢あやめ(初代) 生島新五郎 水木辰之助(初世) 佐野川市松 瀬川菊之丞(二世)
 沢村田之助(初世・三世) 市川団十郎(八世)
美形列伝(下)
 土方歳三 沖田総司 伊庭八郎 春日左衛門 山岡鉄太郎

上記のとおり、新撰組では土方歳三沖田総司が取り上げられている。
ただし、それほど詳しく言及されているわけでない。執筆当時、彼らはすでにイケメンとして人気者だったためだろう、ごくあっさりと触れるのみだ。

土方歳三については、
美形と言えば美形なんでしょうが、ミシンのセールスマンに見えないこともありません。ソフトな風貌に冷徹な性格、このギャップが魅力なのだと思います。
――と述べているが、この「ミシンのセールスマン」という表現がわからない。作者はギャグマンガにも造詣が深かったようだが、よもや藤子不二雄「黒ィせぇるすまん(笑ゥせぇるすまん)」とは関係あるまい。どうやら作者にとっては「ソフトな風貌」の象徴みたいなものらしい、と察せられるのみだ(笑)

沖田総司については、
肺病の青白い美剣士は、いくら暗示をかけても想像できなくて、どうしても、小麦色の、ほお骨の張った、目のちっこい、人の良さそうな朴とつな青年が咳込んでいる場面が目に浮かんでしまいます。
――と、佐藤彦五郎家の伝承や「八木為三郎老人壬生ばなし」(子母澤寛『新選組遺聞』所収)に基づいたイメージを語っている。作者にとっては、イケメンよりもむしろこのほうが好ましく思えるという。
一方で、「青白い美剣士」総司の熱烈なファンから非難されるのを恐れて「コワイんですよね、新撰組周辺というのは」「石を投げないでください」とも言い添えているのが可笑しい。

作者は、土方歳三や沖田総司ほどには知られていない人物の紹介に力を入れたかった様子。
美男・強勇を「幕軍にこの人あり」と知られた遊撃隊隊長・伊庭八郎と、「容貌美麗にして尤も強気あり」と評された彰義隊頭並・春日左衛門について詳述している。

余談ながら、「参 江戸への恋文」には「〈創作〉北斎とお栄」が収録されている。
文化14年(1817)初夏の、浮世絵師・葛飾北斎と三女お栄の暮らしの1コマを切り取った、叙景的な掌編である。
1986年6月、タウン誌『うえの』(上野のれん会発行)に発表されたもの。当時、「百日紅」を『漫画サンデー』に連載中だったことに関連して書いたのだろう。
マンガの世界が、作者によって散文の形で表現されているのは興味深い。

ちなみに、「百日紅」は葛飾北斎、お栄(葛飾応為)、居候の池田善次郎(溪斎英泉)の3人を主軸に展開する長編マンガ。
タイトルは、江戸時代の俳人・加賀千代女の「散れば咲き散れば咲きして百日紅」から採ったらしい。
一話読み切りの連作形式で、主人公たちの日常生活のほか、彼らを取り巻く人々の人情譚、オカルティックな怪異譚など、様々な出来事が描かれている。
どこか子母澤寛『幕末奇談』を思わせる、時代の空気のようなものが伝わってくる作品である。

葛飾北斎は、一見すると新撰組とはまったく関係なさそうに思える。
しかし、北斎が活躍した文化文政期は、新撰組隊士らの祖父母世代が青春を過ごし、親世代が生まれ育った時期である。隊士たちにも、化政期の影響が何らかの形で伝わっているのではないだろうか。「百日紅」もそういう感覚を持って読むと、また別の面白さを味わえる気がする。

「百日紅」は、アニメ化して面白そうな作品とは思う。ただし、単純に動画の面白さだけを狙った映画にはなって欲しくない。杉浦日向子の原作がある以上、時代考証にもしっかり力を入れた仕上がりであることを願う。
そしてこれを機会に、杉浦日向子の遺した仕事の数々が、再び注目されることを期待している。

本書『大江戸観光』は、1989年、筑摩書房より単行本が刊行された。
また1994年、単行本の内容に「お江戸珍奇」3編を追加し、ちくま文庫版が出版された。

マンガ「百日紅」は、以下のとおり刊行されている。
『百日紅』全3巻 実業之日本社 マンサンコミックス 1986-1987
『百日紅 上・下(杉浦日向子全集 第3巻・第4巻)』 筑摩書房 1995
『百日紅』上・下 ちくま文庫 1996

大江戸観光
(ちくま文庫)
>>詳細を見る



百日紅 (上)
(ちくま文庫)
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百日紅 (下)
(ちくま文庫)
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杉浦日向子さん

こんばんは。
ワタクシが江戸文化歴史検定を受けたとき、試験勉強で日向子さんの本をずいぶん読ませていただきました。ワタクシは二期なので、当時は今ほど江戸関連の読みやすい本が出回ってなくて。仰るように日向子さんは江戸愛好家のパイオニアですね。

土方さんが「ミシンのセールスマン」というのが面白いたとえですね。女性ウケするにはもってこいだが、気を許すと買わされちゃうぞってことでしょうか(笑)

葛飾北斎は女性を描くのが得意ではなかったので、お栄に女性の絵を描かせていたらしいですね。昨年、太田美術館で「葛飾応為展」を見て、なるほどそうなのかな~と思いました。

2015/03/21(Sat) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

ご感想ありがとうございます。

イッセーさんなら、江戸文化や時代考証の本をたくさんご存じでしょうね。
当方も、三田村鳶魚、稲垣史生、名和弓雄、石川英輔あたりは少しばかり読んで、それぞれ有用と感じました。ただ、杉浦日向子の著作が最も楽しめた印象があります。
弟子に厳しい稲垣史生が「この人の作品は大丈夫」と太鼓判を押し、北方謙三や宮部みゆきが師事し、江戸東京博物館の創設プロジェクトメンバーでもあったという日向ちゃん。並みの愛好家とは一味も二味も違いますが、ちっとも権威ぶらず、遊びに誘ってくれるような筆致が好きです。
生前よく「隠居になるのが理想」と言っていたとおり、元気で長生きして本物のご隠居になっていただきたかったと、熟々思います。

女性を惹きつける容姿の形容ならいろいろあるでしょうに、何故「ミシンのセールスマン」なのか謎すぎます。
おかげで、土方歳三のコスプレをした喪黒福造が「私の扱う品物はミシン。ミシンのセールスマンでございます」と笑う、悪夢のようなイメージから逃れられません(笑)

絵師・葛飾応為を、血の通った人間お栄として描いた「百日紅」は面白いですね。
人並みの人生を否定しないけれど、自分にとっては仕事に打ち込むことが何より好きで大切、だから何があろうと仕事は続ける。その姿勢を、気負わず淡々と貫くところが、日向ちゃんの分身のようにも感じられます。

2015/03/22(Sun) |URL|東屋梢風 [edit]

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