新選組の本を読む ~誠の栞~

小説 史談 エッセイ マンガ 研究書など

 服部之総『黒船前後・志士と経済』 

史論ふうエッセイ集。「他十六篇」の副題が付いている。
幕末から明治の諸相を、社会学的な見地から考察した18編を収録。うち1編が「新撰組」である。

著者・服部之総(はっとりしそう)は、1901(明治34)年、島根県に生まれた。
父親が浄土真宗本願寺派の寺の住職であったので、跡取りとなることを期待されていたが、東京帝国大学文学部社会学科に進み、社会主義への関心を深める。
卒業後は、東京帝国大学文学部社会学科の副手、東洋大学教授、中央公論社の初代出版部長、プロレタリヤ科学研究所所員、花王石鹸取締役、鎌倉アカデミア学監、法政大学社会学部教授などを歴任。
1956(昭和31)年に亡くなるまで、学術論文のほかエッセイも多数残した。

本書には、複数のエッセイ集から選ばれた18編が収録されている。
各編は以下のとおり。(*は初出誌と最初の収録本)

「黒船前後」(原題「黎明期の船史」)
*『中央公論』1932(S7)年9月号、『黒船前後』大畑書店/1933
木造船から鉄造船へ、帆船から汽船への移り変わりを、主に国際経済の見地から述べる。

「せいばい」
*不明 『微視の史学』理論社/1953
徳川時代の死刑の種類と、会津藩にだけ許された裁量権について述べる。

「黒船来航」
*『新しい世界』1953(S28)年7月号、『服部之総全集 第22巻』福村出版/1975
日本を開国へ導く役割を、列強国の中でもアメリカが担うことになった経緯について、解き明かす。

「汽船が太平洋を横断するまで」
*『中央公論』1931(S6)年11月号、『黒船前後』大畑書店/1933
汽船による太平洋横断の歴史には、船舶や航海技術の発達のみならず、経済的問題が大きく影響していた。
米カリフォルニアのゴールドラッシュ、日米和親条約と通商条約、南北戦争、中国の茶貿易などさまざまな要素との関連から考察する。

「咸臨丸その他」
*不明、『黒船前後』大畑書店/1933
汽船による太平洋横断の歴史。その黎明期、日本の咸臨丸が単独横断を成し遂げた。

「撥陵遠征隊」
*不明、『黒船前後』大畑書店/1933
朝鮮の「攘夷」の歴史、すなわち欧米列強の干渉を退けた経緯。主に1868年、国王の陵墓が無断で発掘されたために起きた武力衝突の記録について述べる。

「空罎」
*『法律春秋』1931(S6)年5月号、『黒船前後』大畑書店/1933
幕末の自由貿易開始の経緯。ゴンチャロフが記録した、日露交渉における川路聖謨の人物像。ウォッカの空き瓶をめぐるエピソード。

「尊攘戦略史」(原題「尊皇攘夷戦略史)
*『中央公論』1931(S6)年7月号、『黒船前後』大畑書店/1933
幕末、尊皇攘夷思想が成立し、変容していった過程について。当初は幕権維持のため生まれたこのスローガンは、有力大藩の権力拡大に利用され、やがて討幕の旗印となる。その背景には、外国貿易の利益をめぐる幕府と諸大名との対立、物価高騰による国内経済の混乱など、様々な問題があった。

「新撰組」
*『歴史科学』1934(S9)年9月号、『黒船前後』大畑書店/1933
(詳しくは後述する↓)

「蓮月焼」
*不明、『微視の史学』
歌人・太田垣蓮月尼の陶器は、その人気のため当時から贋作が多かった。ある時からニセモノつくりの陶工たちが作陶し、本人が歌を書くという分業方式となった。これを注文によらない大量生産的商品生産の先駆であった、とする一考察。

「志士と経済」(原題「雲浜その他」)
*『歴史科学』1934(S9)年10月号、『黒船前後』清和書店
梅田雲浜が、政治だけでなく経済にもすぐれた手腕を発揮した志士であったこと。政治と経済とは相容れぬものではない。著名な志士の伝記は多数あるが、その活動の社会的経済的根底の問題にまで言及したものは少ない、と分析する。

「福沢諭吉」(原題「福沢諭吉前史」)
*『歴史科学』1934(S9)年12月号、『黒船前後』清和書店
福沢諭吉の内面について、著作や慶應義塾の創始などといった多くの業績に関連して述べる。

「Moods cashey」
*書き下ろし、『Moods cashey』真善美社/1947
開国後、来日した外国人たちが日本人との会話のため編み出したヨコハマ・ジャパニーズなる実用言語について。(※例えれば「ありがとう」をalligatorとするようなもの)。表題のMoods casheyはdifficultを意味する言葉で、当時の会話集に載っていたという。

「武鑑譜」
*『文藝春秋』1947(S22)年7月号、『Moods cashey』真善美社/1947
江戸期に発行された武鑑(幕府役人や諸大名を網羅した紳士録)は、明治以降「藩銘録」「官員録」として続いた。それらを繙くと様々なことがわかる。

「明治の五十銭銀貨」
*『社会労働研究』1954(S29)年1月創刊号、『服部之総全集 第12巻』福村出版/1974
幕末明治の通貨制度について。日本の金銀比価が改定された経緯と、それをめぐる対英・対米関係。さらに、日本の鉄道が狭軌を採用することになった理由。

「黒田清隆の方針」
*『歴史家』1954(S29)年5月号、『服部之総全集 第12巻』福村出版/1974
アラバマ号事件を端緒とする米英間の緊張関係が、明治初年の日本の外交政策に及ぼした影響を探る。

「加波山
*『総合文化』1947(S22)年1月号、『Moods cashey』真善美社/1947
茨城県へ講演のため出かけた著者が、その地に伝説を残した親鸞と、自由民権運動家の河野広中に思いを馳せ、地元の郷士が歴史の中で果たしてきた役割を考察する。

「望郷 北海道初行脚」(原題「さいはての地を往く 北海道初行脚」)
*『改造』1952(S27)年12月号、『微視の史学』
北海道へ講演旅行に行った著者が、札幌・茶志内・小樽・余市・函館などを訪れた印象を語るとともに、開拓の歴史を経済、外交、自由民権運動といった様々な側面から述べる。

「新撰組」について、ここで説明しておく。
内容は「一 清河八郎」「二 肥後守容保」「三 芹沢鴨」「四 近藤勇」「五 続」の5章に分かれている。

「清河八郎」 …彼はブルジョアの出であったにもかかわらず、尊攘活動を封建的支配層に直結させる路線を採ったことで、図らずも実現の客観的地盤を喪失させてしまった。
「肥後守容保」 …京都守護職に任ぜられた松平容保は、公武一和による尊皇攘夷を目指したものの、過渡期の折衷案たるそれを一途に貫徹しようとして矛盾に苦しんだ。
「芹沢鴨」 …文久3年3月の発足から9月までの新撰組(壬生浪士組)は、仕事らしい仕事をしていない。肥後守の内命によって芹沢一派を排除した後、ようやく信頼される配下となった。
「近藤勇」 …近藤の道場・試衛館は、武州多摩郡の農村支配層の上に築かれていた。この層は初期資本家の源であると同時に封建制根底者(=農民)でもあり、幕末の非常時に彼らが果たした役割を見る上で、試衛館一派の歴史は重要である。
「続」 …近藤らは、自らを尊皇攘夷実現のための集団と主張したものの、攘夷の前提となる公武一和を守るため、市中警備に携わることとなっていった。

表面的な出来事だけを追うなら、特に目新しい部分はない。
しかし著者は、維新史の中で新撰組はどのように位置づけられる存在か、ということを論じている。それを読み取ろうとしないかぎり、この1編に込められた意図はつかみにくいだろう。
試衛館一党の浪士組加盟には、彼らの後援者たる多摩の豪農層の、何らかの意思が作用していたのでは、と当方は以前から考えてきた。この「新撰組」には、それに通じるものがあると感じた次第である。

ちなみに、末尾にある一文「試みに読者、然るべき幕末史観に照しつつ、材料詳細をきわめた二つの新撰組記録、子母澤寛氏『新撰組始末記』、平尾道雄氏『新撰組史』、いずれも昭和三年版について考案したまえ」が印象に残った。

本書全体として、歴史に関する単純な雑感に留まらず、社会学的研究に基づく一種の哲学に貫かれている。
維新については、どうやら以下の定義が根幹となっているらしい。
◯維新は市民革命であり、原動力となったのは社会の中間層(※具体例としては郷士や豪農か)
◯幕末維新期の日本経済は、本来的マニュファクチュア時代である

一般読者向けに書かれた文章であり、学術論文ほど難解な言葉遣いや言い回しはされていない。
それでも、著者の真意を読み取るにはそれなりの集中力を要する。

各論的には現在の幕末史観から見て古びた部分もあるだろうが、全体としてはこれからも検討すべき多くの問題を提示していると感じる。
特に、幕末維新の日本を考える時、国内の政治的な対立関係にばかり目が向いてしまいがちだ。
しかし、当時の国際情勢の中で日本が置かれた状況と、内外の経済的問題とを考えることによって、初めて見えてくるものがある。本書はそれを示してくれる貴重な1冊。
とは言え、誰もがそこまで深く考えることを要求されるわけでもない。単純に好奇心を満たし、物知り気分を味わうために読んでもよいと思う。

本書『黒船前後・志士と経済 他十六篇』は、1981年、岩波文庫(青)として刊行された。
巻末に奈良本辰也による詳しい解説が載っている。あるいは、この解説から先に読んだほうが理解しやすい。

本書収録の各編は、青空文庫にて公開され、また電子書籍も各種出ている。
ただし、解説は付いていないようなので留意されたい。

『黒船前後』を表題作とする服部の著書は、複数の出版社から何度か刊行され、バージョンによって収録作品が異なる。「新撰組」が入っていないものもあるので要注意。

「新撰組」は、服部の単著以外では、アンソロジー『新選組読本』(司馬遼太郎ほか著/日本ペンクラブ編/光文社文庫/2003)にも収録されている。

黒船前後・志士と経済
他十六篇
(岩波文庫)
>>詳細を見る



にほんブログ村 歴史ブログ 新選組へ
にほんブログ村 ←クリック応援ありがとうございます

エッセイの関連記事

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

服部之総

ご紹介の本を読んだことはないのに作家の名前に見覚えがある・・・なぜだろう?
と思って記事を読み続けたら理由がわかりました。「新選組読本」を買って
読んでいたのでした。
他の収録作は小説が主だったので、論文調の一編は印象に残りました。

仰るように、政治的対立や立身出世だけで新選組を語ろうとするのではなく、新選組
のバックにあった多摩豪農層の影響を指摘している点に、ワタクシも共感を覚え
ましたし、このテーマはさらに今後も掘り下げて研究されてほしいところです。
その意味では古さを感じない内容ですね。

2015/09/22(Tue) |URL|イッセー [edit]

イッセーさんへ

ご感想ありがとうございます。
さすがイッセーさん、服部之総も読んでおいででしたか。

新選組は、学術界では研究対象として相応しくないと無視され続け、2004年大河ドラマ放映をきっかけにようやくまともに扱われるようになってきました。
服部之総は、学者ながら新選組を研究されるべき対象と捉えており、その見解を堂々と発表した、という意味でも優れた人物と思います。

他にも参考になったことがいくつもあります。例えば――
「志士と経済」から、坂本龍馬が亀山社中を作ったのは梅田雲浜の影響と得心がいきました。
志士活動に必要な費用を、自らの経済活動によって稼ぎ出した志士や志士集団が、当時どれほどあったでしょうか。
「尊攘戦略史」では、長州の人々が過激な攘夷に突き進んだのは「開国しても海外貿易で儲けてるのは幕府だけで、我々には何の得もない!」という不満も理由のひとつだった、とわかりました。
「花燃ゆ」では「国のため」ばかり連呼してましたが、経済的理由も描いたほうがリアルで視聴者の共感を得られたのでは、という気がします。

作者の見解をよく理解するには経済学の素養があったほうがよさそうですが、その方面に暗い私でも勉強になりました。
幕末明治期の日本と国際社会との関わり、そして新選組の幕末史における位置づけについて、知りたいと思う向きにはお薦めの1冊です。

2015/09/23(Wed) |URL|東屋梢風 [edit]

Trackback

トラックバックURL:https://bookrest.blog.fc2.com/tb.php/182-8794af43


back to TOP