新選組の本を読む ~誠の栞~

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 小松エメル『夢の燈影』 

短編小説集。タイトル読みは「ゆめのほかげ」。
新選組の実在隊士をモデルとして、彼らの生き方とその心のうちを描く全6編を収録。

「信心」
井上源三郎が、淀の激戦に倒れ、来し方をさまざまに振り返る。
試衛館の一員として浪士組に加わり上京して以来、源三郎は仲間たちの助けになろうと努力してきた。
だが、隊内の軋轢が芹沢暗殺に至って、そのようなやり方に同調できない自分は、ここにいて皆の役に立っているのかと、疑問が次第に大きくなる。ついに、退職を申し出て郷里へ帰ろうと思い立った。
ところが、源三郎が申し出るよりも早く、仲間たちは彼の意思に気づく。

井上源三郎の人柄が、人情にあつく世話好き、小言幸兵衛、努力家と描写される。
フィクションには類例のある人物造形ながら、彼も悩んで離隊を考えたことがある、という筋立ては面白い。
ちなみに作品タイトルは、信心深く、神仏の加護を頼む性分に由来している。

淀の戦場で、源三郎の最期を見届けるのは相馬肇。箱館まで戦い続け、最後の新選組隊長となった実在隊士だが、ここではちょっと世話焼きの新米隊士として描かれている。
源三郎にとっての懐かしい「故郷」とは、多摩のみならず、仲間とともに5年を過ごした京都でもあった。

「夢告げ」
蟻通勘吾(ありどおしかんご)は、従兄・七五三之進(しめのしん)の姿を夜の夢に繰り返し見る。
先に新選組に入隊し、勘吾を勧誘した七五三之進は、半年前に行方不明となっていた。隊内では「長州に通じて脱走した」という噂が広まるものの、勘吾にはとても信じられない。
周囲からは「勘吾もそのうち脱走するのでは」と不審の目で見られ、土方歳三からも冷遇されて、意欲が持てないまま隊務に服す日々が続く。
そんな時、勘吾らの班長・瀬川が何者かに斬られてしまう。代わりに配属されたのは、沖田総司だった。
さらに、親しい隊士・永橋が「七五三之進を見かけた」と勘吾に打ち明ける。

勘吾と七五三之進は、実在の隊士がモデル。
蟻通勘吾は、讃岐高松出身、天保10年生まれ、文久3年6月頃入隊。明治2年5月11日、箱館で戦死。
蟻通七五三之進は、生没年、出身地など不詳。文久3年4月頃に入隊、8月18日の政変に出動するも、その後の消息は不明。(※佐野七五三之助と名前が似ているが別人。)
勘吾と七五三之進との関係については不明だが、本作同様に血縁の可能性は考えられる。

作中、七五三之進の失踪には、ある陰謀が絡んでいた。
ただ、陰謀の主犯がそもそも何を企んでいたのか、何を知られまいとしたのか、明記がない。
この話の重点は夢と現実とのリンクにあり、陰謀を詳述する必要はないと作者は考えたのかもしれないが、もう少し具体的な説明が欲しいと感じた。

土方歳三が勘吾にそっと告げた言葉は、本書を読み進める上で覚えておきたい。
冷遇されていると思った勘吾が箱館まで戦い続けたのは、おそらくこの言葉がきっかけであろうから。

「流木」
谷三兄弟の末弟・周平は、剣技も学問も凡庸な若者。
取り柄といえば、出自が筋目正しいこと、美男子で女性にもてること、この2点のみだった。
そんな周平が、兄の三十郎・万太郎とともに新選組に加盟。近藤勇に望まれて、養子となる。
しかし、長兄や養父の期待は重荷であり、他の隊士らからは「未熟者のくせに、旧主家とのコネをちらつかせて局長に取り入った」と軽蔑されているように思えてならない。
その重圧から逃れるように女遊びを繰り返すうち、真実の恋に巡りあうが……

谷昌武が近藤勇と養子縁組をし、周平を名乗ったのは事実。ただ、いつしか縁組解消されたらしく、その経緯はよくわかっていない。本作では、縁組から解消に至る直前までが、周平の心理を主軸として描かれている。
周平に対して、三十郎は説教することもあるが、ひどく叱責するわけではない。近藤は何も言わず、温かく見守っている。しかし、周平にとってはむしろ辛いらしい。
また、永倉新八が周平に慕われている。永倉はそっけない態度でありながら、密かに若い周平を案じる。

本作には、周平の婚約者としてコウが登場する。小説には珍しいと思った。
コウも実在人物であり、大坂の医師・岩田文碩の娘。コウの姉スエは、谷万太郎の妻になっている。
「近藤勇の養女」の伝承とコウとを結びつける研究家・古賀茂作の説が発表されており、作者はそれを参考にしたのだろう。

作品タイトルは、周平が鴨川の流木を眺める場面に由来している。
行く先もわからず、沈むこともできず、ただ流されていく己の人生を、流木に重ね合わせる心がやるせない。

「寄越人」
酒井兵庫は、計算の能力を山南敬助に認められ、勘定方に抜擢された。
それに加え、ある時から寄越人(よりこしにん)の兼任を命じられる。寄越人とは、死亡した隊士の亡骸を光縁寺に運んで埋葬を依頼し、最後まで見届ける役目だった。
剣が不得意な兵庫にとって、寄越人の仕事は、斬り込みに比べればまだ楽に思えた。また、亡くなった者を見送るのも大切な役目と理解していた。
しかし、自分を引き立ててくれた山南敬助を失い、揉め事の責任を取った大谷、規律に反した2人の隊士の埋葬に立ち会い、同役で親しかった河合の死を目の当たりにした時、ついに精神的な限界を感じる。

酒井兵庫という隊士については、新選組の実態に恐れをなして脱走し、追っ手の沖田総司に斬られ、命を取り留めたものの傷の深さに驚きショック死したと、西村兼文『新撰組始末記』に記述され、それが事実と長らく考えられてきた。
ただ、実際は何らかの理由で退職したという説が近年有力のようで、本作もそちらを採用している。

「寄越人」は、光縁寺の記録史料「往詣記」に見られる語句。新選組の中で、役職名として使われていたかどうかはわからない。
「往詣記」によると、酒井兵庫が寄越人を務めたのは大谷良輔、瀬山多喜人と石川三郎の埋葬であり、山南敬助の時も関わっていた可能性があるという。本作にも、これらが反映されている。

小説に登場する酒井兵庫の人物像は、作家や作品によって区々だが、本作では純朴な性格に描かれている。
人の死に慣れることなく、納得のいかない気持ちを鬱積させていく心模様は、苦しく痛ましい。
そして、山南の死に関心を示そうとしなかった藤堂平助もまた、心のうちでは深く悔やみ悲しんでいた。
親しい者の死が辛いのは、誰しも同じなのだ。

「家路」
山崎丞は、池田屋事件に際して、反幕浪士らの会合場所を懸命に探索する。
しかし、事前に探し当てることができなかった。もしも早く情報をつかんでいたら、味方にも敵方にもあれほどの死傷者を出さずにすんだ――その後悔の念から、監察方に抜擢された丞は、任務にいっそう励む。
時に内部の非をも暴く監察方は、同志から忌み嫌われもしたが、だからといってなおざりにはできなかった。
やがて伊東甲子太郎が新選組から分離脱退した時、その動向を探るよう指令が下る。
今度こそ憂うべき事態を回避したいと努力する丞だが、その思いは再び挫かれ……

本作の山崎丞は、大坂で鍼医をしていた父を手伝い、父の死後に京へ上って新選組に加盟した。
弟の新次郎もいっしょに上京したが、新選組には加盟せず、永井尚志の家臣になったとある。
また、屯所の外に別宅を持ち、そこに妻の琴尾を住まわせている。
(※山崎丞のプロフィールは、島津隆子『新選組密偵 山崎烝』を参照のこと)

山崎丞が監察方の任務にひたすら打ち込む姿と並行して、原田左之助との関係が描かれる。
取り立てて親しいわけではないが、読めない行動をする原田を、烝はなんとなく放っておけない。
妻子の待つ家に帰ることができず、逡巡する原田に投げかけた励ましの言葉が、胸に快い。

「姿絵」
武州多摩は八王子千人同心の家に生まれ、天然理心流を学んでいた中島登
近藤勇の奉納試合を見て、その気組みに惚れ込み、日野の佐藤道場へ通うようになる。
やがて近藤らが京へ上ったのを羨ましく思っていた登は、元治元年、江戸での隊士募集に応じた。
面接した近藤は、京へ連れていく代わりに、関東探索の任務を提案する。これを引き受けた登は、広く不審人物の動静などを探り、画を交えた報告書を認めては近藤へ送り続けた。
鳥羽伏見戦後、新選組が江戸へ帰還し、登は晴れて本隊に合流する。新参同様ながら、隊への帰属意識は高い。北関東から会津へと転戦するうち、近藤の死によって目標を見失った時期もあったものの、最後まで新選組に残ると決意する。
しかし、人生の情熱すべてを賭けた新選組隊士としての日々は、箱館で終焉を迎えるのだった。
降伏後に囚われの身となりながらも、登は仲間たちが生きた証を残したいと、肖像画を描く。

中島登は、戊辰戦争後も生きのびた隊士のひとりであり、同志たちの肖像画「戦友姿絵」や手記「中島登覚書」を残したことで知られる。また、正式入隊の前は関東で探索に携わったと言われるが、具体的にどのような活動をしていたのかわかっていない。
本作は、これらに基づき、中島登の人生と「戦友姿絵」作成に至った経緯を描いている。

登と斎藤一との関係が面白い。
会津では、土方の代わりに斎藤が新選組隊長に就任し、登は隊長付き筆頭に抜擢される。
ところが、斎藤は黙って単独行動をとることが多い。おかげでさんざん苦労させられる登だが、ともに死線をくぐりぬけて戦い続けるうち、少しずつ心が通いあっていく。
次第に戦局が厳しくなり、会津に残るか仙台へ行くか迷う登に、斎藤が告げた決別の言葉が深い。

作中、登は島田魁や相馬主計の絵姿も描いている。
今日伝わっている「戦友姿絵」に彼らをモチーフとした絵は存在しないが、仮に存在したとして、それらがどうなったか想像させる筋立てが巧い。

登と長男・歌吉(登市郎)との父子関係も、心に残る。
長く生き別れとなっていた後、絆を取り戻すきっかけとなったのは、やはり登の描く絵だった。

「夢鬼」(文庫版のみ収録)
他の収録作にも登場した隊士・瀬川の主観で描かれる。
戦死した瀬川は、ふと気づけば幽霊と化していた。
誰にも見えない存在として、主立った隊士たちについていき、彼らと新選組の行く末を見届ける。
ところが、長い旅路の果てに見たものは――
「信心」「夢告げ」の番外編ともいえる掌編。

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いずれの作品も、新選組の興亡を段取り的に追うのではなく、登場人物の心理や人間関係を活写している。
哀感がベースにあるけれども、感傷過多に陥ってはいない。
さらに、主人公たちの目から見た近藤や土方など幹部隊士の人柄も、注目どころと言える。

書名『夢の燈影』は、新選組という夢の輝きと、それを心に抱き続けた主人公たちの生き方をイメージさせる。
また、灯りが創り出す光と影の中に多彩な人間模様が浮かび上がるとも感じられ、内容に相応しいと思った。

収録作品の初出は、講談社刊『小説現代』の下記各号。
「信心」(「小言頼み」改題) …2014年6月号
「夢告げ」          …2013年5月号
「流れ木」          …2013年9月号
「寄越人」          …2013年12月号
「家路」           …2014年2月号
「姿絵」           …2014年4月号
「夢鬼」           …文庫版書き下ろし

単行本『夢の燈影』は、2014年9月、講談社より刊行された。
文庫版『夢の燈影 新選組無名録』は、2016年9月、講談社より出版。
文庫版には、書き下ろし短編「夢鬼」が追加収録されている。

作者の著書は、それまで文庫書き下ろしが主体であり、単行本は本書が初という。
新選組が登場する作品としては、他に『蘭学塾幻幽堂青春記』シリーズ(ハルキ文庫)がある。
作家としては若手と思われ、今後いっそうの活躍を期待したい。

夢の燈影
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夢の燈影
新選組無名録
(講談社文庫)
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