新選組の本を読む ~誠の栞~

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 北原亞以子『歳三からの伝言』 

長編小説。伏見から箱館へ強い意志のもとに戦い続ける土方歳三の姿と、出会った女との関わりを描く。

土方歳三を主人公とする長編小説は、司馬遼太郎『燃えよ剣』(1964)が嚆矢であり、その後ほかの作家も手がけるようになった。
『歴史読本』1994年8月号の「完全版 土方歳三文献目録」によると、大内美予子『土方歳三』(1974)、広瀬仁紀『土方歳三散華』(1982)、松本匡代『夕焼け 土方歳三はゆく』(1987)に次いで発表されたのが本作。
内容は下記のとおり全10章。

伏見戦争
墨染狙撃事件により近藤勇が負傷。病の篤い沖田総司とともに、大阪へ送られる。
伏見戦の激戦が勃発、井上源三郎が重傷を負い倒れる。歳三は奇襲で敵を撹乱するが、戦局は不利に。
撤退戦の中で、後を追ってきた御陵衛士残党・篠原泰之進と対決するも、決着はつかない。
大坂へたどり着いた時には、慶喜らは江戸へ去っていた。
混乱の跡も生々しい城内で、幕府海軍を率いる榎本武揚と出会う。

新選組に火器の装備がなさそうな様子。現実には、ゲベール銃くらい持っていたのではなかろうか。
井上源三郎が倒れ、歳三らが手当てするものの、その後のことは何故か描かれない。
作中の奇襲戦は、創作のようだが、もし可能なら実際の歳三もやりたかったことだろう。

わかれ道
甲陽鎮撫隊として甲州へ出陣した新選組。郷里の人々から歓待や支援を受けるも、敗退する。
勝義邦(海舟)は、江戸城開城に備え、新選組ら抗戦派を江戸から遠ざけようとしているらしい。
会津藩士・柿沢勇記と秋月登之助は、北関東の諸藩を抗戦派に引き込むべく、歳三に計画を説く。
それに従い、新選組は流山へ向かうことが決定。
ところが、永倉新八や原田左之助とは意見が衝突し、袂を分かつことになってしまう。

日野で、佐藤彦五郎&のぶ夫婦が歳三らを出迎える。子供時代の回想は、甘酸っぱく懐かしい。
遊撃隊の伊庭八郎や人見勝太郎が登場するのも、旧幕贔屓にとっては注目どころ。
甲府城が敵に押さえられ、歳三は駒飼から江戸へ一晩で引き返した上、神奈川へも応援要請に行く。短時間で大変な移動距離だが、これで交渉する時間はあったのだろうか?

夜の桜
夜間、新選組は五兵衛新田へ転陣する。ちょうど桜花の盛りであった。
流山行きの準備に取りかかるものの、勝義邦や松平太郎からは留まるよう命じられる。
その上、田中藩・加村陣屋に対する内応工作も難航し、状況はなかなか整わない。
そんな時、歳三はひとりの女を危機から救う。美乃という名がわかった以外、素性ははっきりしない。
流山への出発前夜、東征軍の接近を知らせに来た美乃は、なんと歳三の偵察にもついてくる。

五兵衛新田・金子家の状況、転陣をめぐる交渉の経過など、史実を活かして細かく描写されている。
美乃は村のよろず屋に住まうが、村民ではなさそう。しかも、ただ気が強いだけでなく、妙に捨て鉢な言葉を口にするなど、何やらいわくありげ。

霧の中
流山へ転陣した新選組。しかし、霧が立ちこめる明け方、近藤・土方の宿所が東征軍に囲まれてしまう。
攻撃は免れたものの、近藤は東征軍本営に出頭するよう要求される。
切腹しようとする近藤に、歳三は「ここで死ぬより出頭して申し開きをすべき」と勧める。
近藤が東征軍と去った後、歳三はわずかな人数とともに江戸へ潜行。勝義邦に、近藤救出を強く訴える。
その後、敵兵に追われ逃走するはめになった歳三は、思いがけず美乃と再会する。

実在の隊士・蟻通勘吾が、ここでは頼りない人物に描かれるが、この後に成長を遂げていく。
歳三が勝義邦に言い放った脅し文句が、興味深い。ただ平身低頭するのではないところが、歳三らしくもあり、当時の情勢としてリアリティが感じられもする。
再登場した美乃は、ようやく自らの素性や過去を語る。

戦旗
近藤救出をやむなく勝に托した歳三は、島田魁や中島登などわずかな同志を引き連れ、下総市川の大林寺へ赴く。
そこには、幕府陸軍伝習隊や桑名藩士、そのほか抗戦派の諸隊が集合。柿沢と秋月も来ていた。
軍議の席で、歩兵奉行・大鳥圭介と歳三は、宇都宮行きをめぐり対立。
柿沢の仲裁により、全隊を二手に分け、それぞれ宇都宮と日光とを目指すこととなる。
歳三は、皆の心をひとつにするため「東照大権現」の旗印を提案。これには大鳥も同意するのだった。

近藤を奪還するため、歳三が東征軍本営への斬り込みを考えていた、という描写が興味深い。
大鳥圭介は、初対面の時から、歳三に対抗心を抱いている様子。理由がよくわからない。

炎の城
歳三の指揮する前軍は、激戦の末、宇都宮城を陥落させる。
日光を目指していた大鳥も急遽合流するが、壬生城攻略の作戦をめぐり、またも歳三と意見が対立する。
戦機を逸して作戦は成らず、やむなく日光への転進を決めるものの、出発前に敵軍が押し寄せた。
攻防戦の中、歳三は足首を負傷し、無念の退却に至る。

新選組の密偵・有坂杉吉が脱走し、行方をくらます。架空の人物だが、終章まで覚えておきたい存在。

杉木立
重傷を負って宇都宮から今市、田島を経て会津城下へ送られた歳三は、療養の日々を送る。
松本良順の勧めによって出向いた天寧寺の温泉には、仙台藩士・姉歯武之進も訪れる。
奥州鎮撫使・世良修蔵の暗殺を企てて追われる姉歯を、歳三は助けた。
そんな時、美乃が江戸から遙々やってくる。もたらされた報せは、残酷だった。
歳三は、松平容保の許可を受け、愛宕神社裏の杉木立の中に近藤の墓を建立する。

高木時尾が登場し、いつのまにか斎藤一と親しくなっている。厳しい戦局の中の、微笑ましい情景。
独りになった歳三が、江戸に残してきた沖田総司を思う心は哀しい。
有坂杉吉の決死行によって、近藤の墓は形式だけのものにはならなかったところに、救いを感じた。
薩長が会津を厳しく処分しようとするのは、勤王に尽くした会津を「朝敵」「賊軍」として叩かねば己の大義名分が危うくなるからではないか。それならば会津側は、寛典を請うのでなく、我らこそ「勤王」「官軍」であると主張すべきでは――という歳三の論は、いろいろと考えさせる。

樵夫勘兵衛
上野を落ち延びた輪王寺宮公現法親王が会津入りし、列藩同盟の盟主となる。
覚王院義観より軍事総裁の任を命じられる歳三だが、義観の政治論に納得がいかず、辞退する。
二本松藩の陥落、三春藩の離反など、戦局は厳しさを増す。
傷が癒えた歳三は、母成峠の偵察に出て、地元の樵夫・勘兵衛に道案内を頼む。
しかし、勘兵衛の思いに気づくのは、山中の険路をたどっている時だった。
伝習第一大隊や回天隊とともに母成峠の守備についた新選組は、腹背に敵を受け、退却する。

輪王寺宮の立場をめぐる義観と歳三、それぞれの考え方の差違が興味深い。
戦争に巻き込まれた庶民の怨恨と、それを突きつけられようとも戦わねばならない歳三の姿が描かれる。

舟出の日
援軍要請に行った米沢藩で拒絶された歳三は、旧幕海軍が来航するという情報を得て、仙台へ向かう。
しかし、同盟諸藩の足並みは揃わず、戦意は低下する一方。
榎本は奥羽を諦め、蝦夷へわたって新国家を樹立する構想を立てている。
仙台藩は、ついに恭順を決定。抗戦派の執政・松本要人が、罷免されて逃亡する。
その家臣を救おうと駆けつけた歳三にも、刺客の刃が向けられる。

同盟軍のみならず、旧幕軍の中でも、方針の乖離が目立ち始める。戦い続けたいと願う歳三ら新選組が、少数派になっていく様子は切なく苦しい。
松本要人の妻が夫を守ろうとするさまは、鬼気迫る恐ろしさ。刺客より怖いかも。

「慶応五年五月十一日」
蝦夷に上陸し、箱館を占領する旧幕軍だが、旗艦の開陽を失う。
さらに、旧幕府発注の軍艦ストン・ウォールが新政府に渡り、諸外国が局外中立を撤廃。
この不利を打開しようと、宮古湾に奇襲作戦を展開するものの、多くの損害を出して失敗に終わった。
箱館へやってきた美乃は、斎藤一が会津で生きのびたことを歳三に伝える。
上陸してきた新政府軍との戦いで、歳三指揮の二股陣地は不敗を守り抜くが、他方面からの敵が箱館に迫った。
重傷を負った伊庭八郎にも別れを告げて、歳三は最後の戦いを前に、ひとり伝言を認める。

新政府軍の甲鉄艦にガトリング・ガンが積まれていた設定だが、研究分野ではその可能性は低いと指摘される。
ついでながら、甲鉄の原名を「ストン・ウォール・ジャクソン」とした箇所があるが、STONEWALLが正しい。(※STONEWALL JACKSONは、1862年にニューオーリンズで焼失した、別の艦の名称)
歳三が、今まで敢えて褒めなかった蟻通勘吾に、ようやくそれらしい言葉をかけるところが印象的。
最後は、感動を煽るのでなく、むしろ抑えた筆致で描写されて終わる。

本作単行本のカバー折り返しには、作者自身による以下のメッセージがある。

われらが青春の土方歳三
戦国時代、男達は夢を見ることができた。
が、戊辰の年、賊軍の一人とされて蝦夷へ渡っていった男は、勝利すら諦めていた。
彼は、敵と戦う前に、絶望と戦っていたのである。
男は、ひるまなかった。それでもなお、行くべきと思った道を歩きつづけた。
これほど女を悲しませる男はいないだろう。そして、これほど女を惹きつける男もいない――。

コピーライターの職歴を持つ作者だけあって、巧みな惹句である。
これだけ読むと、色恋が主体のストーリーかとも思えるのだが、実際には上記解説のとおり、戦闘の場面、政治情勢や戦況の解説のほうが多め。

作者は、かなり綿密に史実を調べ、ストーリーに反映させている。
特に、北関東の情勢や近藤勇の投降をめぐる状況は、非常に詳しい。
流山転陣の理由について「加村陣屋の占領」説は、研究分野では根拠薄弱とされがちだが、本作では明確な根拠が述べられており、検討の必要があるのではと考えさせられる。
結城藩内紛に会津藩士が関与した事情も、史料から読み取るのは難しく感じるが、本作が参考になる。

本作の土方歳三は、強烈な意地を原動力として戦い続ける。
「伏見戦争」の章で、篠原泰之進が歳三を「大局を見る目を持たぬ、ただの人斬り」と罵る。
しかし歳三にとって、その「大局を見る目」とは、倒幕の策謀を正当化するための方便としか思えない。
帝のおわす京都の治安を守ってきた自分達が「賊軍」「朝敵」という不当なレッテルを貼られたことは、なんとしても許せない。それを引き剥がし、薩長の奴らに叩き返してやりたい。
それは、自身の矜持のためだけでなく、近藤勇や同志たちの汚名を雪ぎ、名誉を挽回してやりたいためでもある。
「大局」については、その後も勝義邦や覚王院義観などとの関わりで触れられるものの、歳三は高みから理論を語るより、現場の実務家でありたいと願うのだった。
そうした歳三の若さと心意気は、とても好ましく思える。

意地っ張りな性分のあまり、時には人間関係に軋轢を生じることもある。
大鳥圭介と衝突したり、美乃と気まずくなったり。人間味を感じさせる、愛すべき一面と思えた。

近藤勇、榎本武揚、伊庭八郎、松本良順などの脇役人物も、個性豊かに活写されている。

土方歳三と関わる女性は、3人登場する。
◆於琴 …歳三の許婚という伝承が残り、実在したといわれる。戸塚村の三味線屋の一人娘。
 本作では、甲州へ赴く際に日野へ立ち寄った歳三を、密かに訪ねてくる。
 ただ、歳三は今更会わないほうがいいと、顔も見ず言葉も交わさずに別れる。
◆美乃 …旗本の娘に生まれ、旗本の家に嫁ぐが、それらを恋のために捨てた過去を持つ。
 流山で歳三が危機を救い、知りあった。その後、歳三のほうが助けられることも。
 さらに、会津や箱館でも会い、重大な事柄を告げるなど、浅からぬ関わりを持つ。
 歳三が最後に伝言を遺したのも、彼女に対してである。
◆さき …仙台の外人屋で下働きをしている、ごく若い娘。歳三に好意を抱きながら、内気で話せない。
 しかし、恩人が仙台藩の内紛に巻き込まれた時、歳三にすがって助けを乞う。

歳三が最後に遺した伝言は、別れた美乃への慰めや心残りではない。
自身が生涯をどのように生きどのように死んでゆくのかという事実であり、良いことも悪いことも含めたすべて知ってもらいたい、という望みだった。
その伝言が届いた場面は作中にないが、受け取った美乃は何を思ったろうか。まさに、これほど女を悲しませ、惹きつける男はいない、と感じた。
また、そうした歳三の姿を描く本作は、読者に宛てた「歳三からの伝言」でもあるのだろう。

1988年、新人物往来社より単行本(四六判ハードカバー)が刊行された。
2004年、講談社文庫版が刊行された。
著者名は、単行本で「北原亜以子」、文庫本で「北原亞以子」と表記されている。
現今は「亞以子」が多く用いられる様子なので、本項タイトルでもそちらを使用した。

本作のほか、新選組を題材とした作者の著作とその収録書は、以下のとおり。

論考「新選組、流山へ」 …アンソロジー『物語新選組戊辰戦記』 童門冬二他 新人物往来社/1988
短編「土方歳三」 …アンソロジー『物語新選組隊士悲話』 北原亞以子他 新人物往来社/1988
短編「降りしきる」「関宿の女」 …『降りしきる』 講談社/1991 講談社文庫/1995
長編「暗闇から 土方歳三異聞」 …『暗闇から 土方歳三異聞』 実業之日本社/1995
短編「波」「武士の妻」 …『埋もれ火』 講談社/1995 文春文庫/2001

このうち「新選組、流山へ」「土方歳三」は、本作と共通の題材を取り上げており、比較して読むと大変興味深い。

歳三からの伝言
(講談社文庫)
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