新選組の本を読む ~誠の栞~

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 えとう乱星『総司還らず』 

長編小説。タイトル読みは「そうしかえらず」。
沖田総司が討幕の陰謀に巻き込まれ、病を抱えながらも、愛する人のため果敢に闘う演義小説。
演義とは、歴史を題材とした口語体の小説、史実をもとに面白く通俗的に展開させた物語、といった趣旨が文庫版あとがきに説明されている。

タイトルを「そうじ」でなく「そうし」と読ませるのは、作中の総司の言葉が理由らしい。曰く――

「沖田総司。幼名を惣次郎。みんなにそうじと呼ばれるので、元服を期に総司と改めたのです。
でもそのいきさつを知らない人は、字を見てそうしと読む人もいます。
近頃では自分でも濁らない方がいいかな、とも思いますが」

ただ、一部の会話文を除いておおむね漢字表記なので、「そうじ」に慣れている読者にとっても、さほど大きな違和感はないだろう。

本作の構成は、下記の全5章から成る。

太極 慶応2年の京都。沖田総司、伊庭八郎、エリザベスの再会。
雷  文久元年1月の江戸。総司と京からやってきた少女・右近との運命的な出会いと別れ。
   物語のカギとなる「禁裏御みあし帖」の存在が明かされる。木村鉄太、伊庭八郎も登場。
沢  文久元年から2年にかけての江戸。総司がさまざまな人々と出会い、浪士組加盟を決意するまで。
   木鼠、トーマス・グラヴァーとエリザベス、伊庭八郎の妹・菊絵、足伽堂十六斎が登場。
帰  時系列としては「太極」の続き、慶応2年の京都。
   総司と薫子とが奇跡的な出会いを果たす一方、討幕の陰謀が動き出す。岩倉具視が登場。
妹  前章に続き、慶応2年から3年にかけての京都。「禁裏御みあし帖」をめぐる激しい戦いが展開する。
   そして、それよりもなお狂おしい、愛憎の闘いが繰り広げられる。

これら章題のうち、「太極」は陰と陽を生みだす万物の源、という宋学の概念を示す。
それ以下は、易学でいう卦のひとつ「雷沢帰妹(らいたくきまい)」を表わしている。
作中、総司の京都行きを占った結果が「雷沢帰妹」であり、「道ならぬ恋」の意とされる。
本書の冒頭には「雷沢帰妹 易経にいわく。沢上に雷あるを帰妹という。帰妹は征けば凶なり。利するところなし」という解説もある。ただ、これだけではわかりにくい。
調べたところ「若い女が年長の男のもとへ押しかける」「目先の欲望にとらわれ、物事の順逆をわきまえずに突き進むと災禍を招く」といった象意を表わすとか。これを知って、なるほどと思えた。

主要な登場人物は、以下のとおり。
実在のモデルがいる人物だけでなく、創作された人物も多い。

沖田総司
本作の主人公。何事にも真摯、正義を重んじ、弱者をいたわる好青年。
天然理心流・試衛館の若き俊英、のちに新選組一番隊長。必殺技は無明剣(三段突き)。
団子や汁粉など甘味が好きで、酒はあまり好まない。
江戸で右近を救い、互いに慕いあうようになるが、心ならずも別れることに。
右近の幸福のために、徳川家を支えて戦おうと心に誓う。

右近(うこん)
文久元年11月、隅田川で凍死しかけたところを総司に救われた少女。
その際、重傷を負っていた左手の切断手術を受ける。
実は、古代から天皇を守る忍部衆(おしべしゅう)のひとりであり、和宮降嫁に従って江戸へ来た。
総司に身の上を語った際、皇族の足型を集めた「禁裏御みあし帖」の存在を明かす。
使命のため、総司との縁を諦めて去っていく。その後、和宮の身代わりになったという。

薫子(かおるこ)
聖護院村の医師・西条秀範の養女であり、医業を手伝っている。
右近と瓜二つの容貌の持ち主であり、初対面では総司も見間違えたほど。
総司から右近との経緯を聞いた当初は恨みに思うが、やがて惹かれあうようになっていく。
総司の体調を気遣い、最後は彼を命懸けで守ろうと決意する。

伊庭八郎
心形刀流八代目・伊庭軍兵衛秀業の嫡男。「伊庭の小天狗」と異名をとる若き剣客。幕臣。
酒や遊里通いの放蕩にも慣れた、小粋な江戸っ子。伊庭道場を訪れた総司と、試合を通じて親しくなる。
一時、幕府隠密として和宮降嫁の護衛に携わったため、右近を見知っていた。
和宮に恋心を抱いてしまったが、もともと身分違いと諦めている。
将軍警護の奥詰衆として京都へ上り、やがて遊撃隊隊士となる。

木村鉄太
肥後熊本出身。万延元年の遣米使節団に加わって渡米し、見聞を広め、西洋医学の知識も得たという天才。
さまざまな知識や道具を持ち帰り、世のために活かそうと努力している。
医師・村松道庵に代わって右近を診察し、手術を手伝い、右近のため義手を製作した。
自身は海外で何らかの病を得たらしく、次第に衰弱していく。
秘密結社フリーメイソンが日本を狙っているのに、多くの日本人が気づいていないことを危惧する。
(※実在人物がモデル)

木鼠(きねずみ)
忍部衆のひとり。小柄で機転が利き、物腰の柔らかな男。変装が巧みで、武士にも行商人にもなりすます。
総司と右近に対して密かに同情を寄せ、それとなく便宜を図る。

トーマス・グラヴァー
イギリスから来日した貿易商人。木村鉄太を訪ねてきて、偶然に総司と知りあう。
紳士然とふるまうが、攘夷浪人を射殺して総司の顰蹙を買うなど、力の誇示を辞さない自信家。
討幕の陰謀を岩倉具視に持ちかけ、忍部衆の反主流派を味方に引き込んだ。
背後には何らかの組織が存在しているらしく、失策を犯して懲罰を受けることを恐れている。
陰謀の証拠となる「禁裏御みあし帖」を取り戻そうと、策をめぐらす。

エリザベス
金髪碧眼の美少女。トーマス・グラヴァーの妹として来日する。
江戸で総司や伊庭八郎と知りあった時は、自分を「リズ」と愛称で呼ばせる無邪気な子供だった。
5年後、八郎をともない京都・西本願寺の屯所に総司を訪ねてきて、ほかの新選組隊士らを唖然とさせる。
総司に思いを寄せ、病を恐れず窒息の危機を救うものの、総司からは妹のように可愛がられるだけ。
苛酷な運命と叶わぬ恋慕に苦しんだあげく、甘美な夢を抱いて破滅する道を選ぶ。

岩倉具視
岩倉村で隠棲中、幕府に大政奉還させておいて討つという策を練っていた。
その実現を早める方法をグラヴァーから持ちかけられ、恐るべき陰謀に手を染めていく。

菊絵
伊庭八郎の妹。足伽堂十六斎の妻。女性にしては体格が大柄、という設定。夫から「菊べえ」の愛称で呼ばれる。
夫の影響により、八卦見や按摩の才能を発揮。足の揉み療治を施して、総司の体力を回復させる。

足伽堂十六斎(あしかどうとろくさい)
菊絵の夫。40代くらいと思われ、かなりの年の差婚らしい。男性にしては体格が小柄。
人相見と八卦見の才能があり、足相観(手相ならぬ足相をみる占術)の研究をしていた。
そこから、和宮降嫁と「禁裏御みあし帖」をめぐる幕府と反幕勢力との暗闘に巻き込まれる。
その後、木村鉄太が海外から持ち帰った指紋の研究を受け継ぎ、犯罪捜査に活用する方法を模索。
総司や八郎に協力し、「禁裏御みあし帖」に残された陰謀の証拠をあばく。

きん
総司の次姉。三根山藩士・中野伝之丞の妻となり、江戸の下谷に住んでいる。
総司の将来を気にかけている。事情を知らないまま、療養中の右近を手篤く世話した。

土方歳三
新選組副長。近藤勇を出世させたいと願い、京都へ来て新選組の結成と掌握に尽力した。
弟分の総司を気遣っている。ただ、労咳のことはかなり悪化するまで気づかなかった。

伊東甲子太郎
新選組参謀。土方歳三とは反りが合わない。
エリザベスを見て驚愕し、「異人と親しむなど攘夷の先兵たる新選組にふさわしくない」と言い出す。
討幕の陰謀に関わるようになる。

そのほか新選組隊士では、近藤勇永倉新八斎藤一などが登場する。

いわゆる陰謀史観の一端というべきか、「秘密結社フリーメーソンは日本を支配しようと、幕末の頃から画策してきた」「グラバーはフリーメーソンリーで、討幕派を支援した」という伝説がある。
また、歴史ミステリーでは「孝明天皇は暗殺された」「和宮には左手がなかった」などの説が時々話題になる。
信じるか否かはともかく、フィクションの材料としては面白い。
本作は、そういう材料を採り入れた時代ファンタジー、伝奇小説と言えよう。
総司が菊一文字の刀を所有していた件も、現実にはありえないと言われているが、作中ではそれなりの事情が設定されている。

疑問を感じた点も、いくつかある。
例えば、反幕勢力にとって、大政奉還が討幕の口実になるかのように描写されていること。
実際はむしろその逆で、大政奉還によって討幕の密勅が意味を成さなくなったため、関東で御用盗事件などを騒乱を起こし、開戦のきっかけを強引に作った、と見るのが順当ではなかろうか。
また、新選組が「壬生狼」とオオカミ呼ばわりされたことも、当時の史料には見られない、後世の通説。
とは言え、この手の時代ファンタジー小説に、こういうツッコミを入れるのも野暮か。

全体として読みづらい箇所などはなく、最初から最後まですらすらと読めた。
恋愛の描写には味わいがあり、剣戟シーンには迫力があり、娯楽作品として楽しめる。

なお、「文庫版のためのあとがき」に、以下の記述がある。

発表後、分かりにくいという意見もあり、文庫化に当たって手を入れようかとも思いました。
しかし、あえて初出のままにしておきます。
ラストシーンを読んでいただければ何故「総司還らず」なのか、というのは十分伝わると思い直したからです。総司が何処へ消えて何処から帰らないのか、考えてくださいね。

というご要望をいただいたが、正直よくわからない。
ごく単純に考えると、病が進み戦えなくなっていく総司は、もはや新選組隊士として戦列に復帰できない、ということかもしれない。
あるいは、「他人を殺して、神仏の罰が当たらぬ筈がない。しかし、人を斬る毎に己の命が縮むなら、それをもって贖罪となるのではないか」と考えてきた総司が、ついに己の命で償えないほど人を死に追いやったと感じ、それでもなお戦いをやめるわけにいかず、さらに苛酷な修羅道へ踏み込んでいって二度と後戻りはできない、ということなのかもしれない。

ちなみに、作者は本作より2年早く、『禁裏御みあし帖』上巻「風雲京洛篇」・下巻「和宮道中篇」(1992/中央公論社)を発表している。これにも伊庭八郎、菊絵、十六斎、岩倉具視、忍部衆など共通の人物が登場する。
本作『総司還らず』は、この『禁裏御みあし帖』と同じシリーズ作品と位置づけられる模様。

1994年、中央公論社より単行本が刊行。
2001年、廣済堂文庫版が出版。
2008年、ワンツーマガジン社よりワンツー時代小説文庫版が刊行された。
昨今は、電子書籍版も販売されている。
本編は改変なく、初出そのままの様子。巻末あとがきは、少なくとも単行本と廣済堂文庫版とでは異なる。

総司還らず
(ワンツー時代小説文庫)




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