新選組の本を読む ~誠の栞~

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 井伏鱒二「仏人マルロオ南部藩取調聞書」 

短編小説。タイトル読みは「ふつじんまるろお なんぶはんとりしらべききがき」と思われる。
旧幕脱走軍に協力したフランス軍人マルロオが、囚われの身となって来日や参戦の経緯を語る。

前回、井伏鱒二「山を見て老人の語る」を取り上げたので、本作も併せて紹介しておきたい。
「山を見て老人の語る」は、あまり知られていない作品だが、本作はそれ以上に知られざる一編となっている。

本作には、新選組隊士は登場しない。
加盟した諸隊の中に額兵隊、遊撃隊、彰義隊などと並んで「新選組」が挙がり、箱館榎本政権の閣僚選出について「新選組の土方歳三氏は、陸軍奉行並」とあるだけ。
それでも箱館戦争を扱っているので、関連作品のひとつとは言えると思う。

文体は、漢字かな交じりの候文。
南部藩の役人と思われる訊問係の「問」と、マルロオの「答」とが、交互に繰り返される対話形式。
なんとなく劇の脚本を思わせるが、ト書きに相当する箇所はない。

フランス軍人マルロオは、マルセイユ出身の当年30歳、「ズワーブ兵」であると名乗る。
かつて同じ艦に乗り組んだ日本人アナトール(通称)から、日本語を教わった。
一昨年、横浜の幕府伝習所に、砲兵隊長ブリユネの下役として赴任。
旧幕脱走軍に同盟したのは、伝習生であった脱走諸士の志に共感し、日頃の友誼に報いたいと思ったためである。
それはフランス人ならではの「ゴーロア気質」の発露と、彼は説明する。
訊問係から「何者の指示・勧誘によって行動したのか」と問い詰められても、無難な弁解を並べ、巧みに言い抜ける。万一にもフランス政府や旧幕府の関係者が追及されないよう、細心の注意を払っている様子が窺える。
やがて訊問は、マルロオが捕われ、南部藩へ引き渡されることになった経緯に及ぶ――


作中、わかりにくい言葉がいくつかあったので、調べてみた。
ズワーブ兵」とは、Zouavesの訳語で、昨今は「ズアーブ兵」の表記が一般的。
ズアーブ兵とは、アルジェリア人やチュニジア人を基本に編成された、フランス陸軍の歩兵部隊である。
1831年に発足し1962年に廃止されるまで、クリミア戦争や普仏戦争、第一次世界大戦など数々の戦場に精鋭として活躍した。

ゴーロア気質」とは、esprit gauloisの訳語と思われ、現代では「ガリア気質」と訳されることが多い。
ケルト民族から受け継がれた気質とされ、勇猛、陽気であけすけ、熱しやすく冷めやすい、権威や権力にユーモアで対抗する、などの特徴があるという。多少の好色さも含むらしい。

ほかに「フオアユール」という詩人の名前が出てくる。
マルセイユ出身の著名人で「武器を把りて敵を蹴破るは一に平和のためなり」とうたった、とある。
「ラ・マルセイエーズ」に関係ありそうな感じがするが、生憎とよくわからない。

井伏は、執筆の参考として、主に大鳥圭介の手記を用いたと推測される。
大鳥の「南柯紀行」と比較してみると、共通項がかなり多い。

また、取り調べに対するマルロオの抗弁の内容は、ウジェーヌ・コラッシュ「箱館戦争生き残りの記」の取調場面に似ていると感じた。
「箱館戦争生き残りの記」が日本で最初に紹介されたのはいつか、井伏が読む機会はあったのか、不明であるものの興味深く思える。

主人公マルロオに相当する人物は、史料文献に見られず、架空の人物と思われる。
マルロオ以外で、本作に登場するフランス軍人は下記の10名。
彼らは実在の人物であり、身分は「南柯紀行」と概ね一致する。[ ]内は現代の一般的な表記。
  • ブリユネ[ブリュネ] 伝習所砲兵甲必丹(カピタン)
  • フオルタン[フォルタン] もと砲兵差図役下役
  • マラン[マルラン] 歩兵差図役下役
  • フーヒエ[ブッフィエ] 歩兵差図役下役
  • カズノーフ[カズヌーフ] 仏国馬乗方
  • ニコール(ニコルノル、ニコノル)[ニコール] 海軍士官、差図役、回天に座乗
  • コラーシ[コラッシュ] 海軍士官、高雄に搭乗
  • クラフト[クラトー] 海軍下士
  • トリブ[トリブー] 海軍下士
  • ブラジエ[プラディエ] ズワーブ兵

マルロオに日本語を教えたという日本人アナトールも、興味深い人物。
本名も出身も不明、見たところ30歳くらいの男。
数年前「ウエニコス艦」が戸田港に停泊中、同艦に乗り込んできて、無給でよいから雇って欲しいと懇願した。
(※「ウエニコス艦」はヴェニュス号のことらしい。)
フランス語の素養があって、発音は良くないが筆談は巧み。
忠実で俊敏な人柄であり、最初は警戒していた乗組員たちも次第に気を許す。

このアナトールも架空の人物と思われるが、特定のモデルはいるのだろうか。
『函館の幕末・維新』によると、ブリュネが来日中に描いた多くのスケッチの中に、「初めて出会ったフランス語を話す日本人ジツタロウ(愛称アラミス)」と説明が付いた人物画がある。和装で無腰の若い好男子。
井伏がこのスケッチを目にしたかどうか不明だが、フランス人の愛称で呼ばれる日本人通訳がいたことは事実のようで、面白いと思った。

マルロオは、タイトルからも察せられるとおり、南部藩に身柄を拘束されている。
そのため、コラッシュと同じように宮古湾海戦で高雄に乗り組み、羅賀の石浜で座礁、やむなく南部藩に投降したのだろう、と予測して読み始めた。
しかし読んでいくと、コラッシュは先に投降したという話が出てくる。
つまり、マルロオの訊問は、明治2年3月25日の宮古湾海戦よりもだいぶ後に行われているらしい。
そしてマルロオは、温泉で入浴中、地元民によって力ずくで捕えられたことが明らかになる。

この展開のヒントになったと思われる出来事が、「南柯紀行」にある。
曰く、明治2年2月の初め、大鳥圭介はブリュネ、カズヌーフ、ブッフィエとともに、箱館から松前や江差へ地形などの調査に出かけた。
この当時、ブリュネは皮膚炎を患っていたので、乙部温泉で10日間ほど療養したという。

本作では、湯治中のブリュネをマルロオが見舞いに行き、自らも入浴していて捕まったという筋書き。
ブリュネのほうは捕えられることなく、無事に箱館へ帰還した模様。
これは、ブリュネが逃走したということではなく、地元民たちの側にブリュネまで捕える意図はなかったためではないかと思われる。悶着の原因を作ったのは、マルロオひとりであるからだ。

ただ、この事件が「南柯紀行」と同じく明治2年2月の出来事とすると、この時点では箱館榎本政権の勢力範囲だった道南から、どのようにしてマルロオが南部藩へ連行されたのか、疑問ではある。
ひょっとして、ずっと地元に監禁されており、箱館戦争が終結する頃に引き渡されたのだろうか?
だとすれば、南部藩でなく新政府軍に直接引き渡されるのが順当と思える。
このあたりを穿鑿してもあまり意味はなさそうだけれども、つい気になってしまった。

さておき、マルロオが地元民の怒りを買った真相は、捕まって当然と言わざるをえない。
裸のまま縛り上げられて喚き散らしたなどは、実に往生際が悪い。
ゴーロア気質」の悪い面が出てしまったようだ。
それまで旧幕脱走軍に協力したのは義侠心ゆえと誇らしげに語っていたのに、この非を指摘されたとたん恥じ入り、平身低頭で謝罪するという、かなり無様なオチ。
この落差が笑いを誘う。

マルロオの非行を弁護する気にはなれないが、人間の二面性や弱さがリアルに描かれていると思う。
井伏が本作から19年後に著わした「駅前旅館」(1957)と同様、ペーソスを交えたユーモア小説といえよう。
文語体に慣れないと読みづらく感じるかもしれないが、原稿用紙25枚程度の掌編で、あっさりと読める。

本作は昭和13年(1938)、『新潮』第35巻第7号(7月号)に発表された。
主な収録書として、下記タイトルがある。

『禁札』 井伏鱒二 竹村書房 1939
『井伏鱒二全集 第7巻』 筑摩書房 1997

なお、本項の関連記事として、以下をお薦めしたい。
>> 大鳥圭介・今井信郎『南柯紀行・北国戦争概略衝鉾隊之記』を参照する
>> E.コラッシュ「箱館戦争生き残りの記」 を参照する
>> 鈴木明『追跡 一枚の幕末写真』を参照する

井伏鱒二全集
第7巻
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