新選組の本を読む ~誠の栞~

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 秋山香乃『新撰組捕物帖』 

短編連作集。単行本には副題『源さんの事件簿』と付くが、文庫版には付いていない。
人情家の井上源三郎が、さまざまな事件を解決しようと奔走する姿を描く。全5編を収録。

井上源三郎は、近藤道場の門人であり、新選組草創メンバーのひとりであるにもかかわらず、フィクションでは脇役扱いされてきた。
時には「三条磧乱刃」(司馬遼太郎『新選組血風録』)、 「大望の身」(戸部新十郎『総司残英抄』)、「信心」(小松エメル『夢の燈影』)のように短編小説の主人公となる場合もあるが、いずれも一編きりに終わっている。
本書は短編集ながら、1冊まるごと源三郎を主とした連作集であるところが新しい。
少なくとも商業出版物では、他に類例がなかったように思う。

捕物帖」というタイトルのとおり、事件の捜査・解明がストーリーの主軸となっている。

第一話 仇討ち
薬の行商人・権蔵が何者かに殺害され、11歳の伜・三太が遺される。
たまたま遺体を発見したのは、夜間警邏中の尾形俊太郎の小隊だった。
事情を聞いた源三郎は、天涯孤独となった三太に同情し、大坂鴻池に奉公の口を世話してやる。
そして、父の仇を討ちたいとせがむ三太に、犯人を捜し出すとつい約束してしまうのだった。
事件は新撰組の取扱ではないため、内密に調べようと、配下の中村久馬に聞き込みを命じる。
手がかりは、権蔵が隠していた小さな壺と、それを預けていったという不審な男の存在だった。

文久3年7月の話。
逸脱行為とわかっていても、困っている者を放っておけず、つい世話を焼いてしまう源三郎。
そんな源三郎を心配しながら口には出せず、厳しい態度をとる土方歳三
双方の心のうちを知っていて、丸く収めようとする近藤勇。この3人の関係が面白い。

源三郎が戦う場面もある。格好良いのか悪いのか、どちらとも判断しかねるところが彼らしいかも。
ちなみに、「じじい」と罵られて「まだじじいじゃねェんだよ」と言い返すあたり、司馬遼太郎の人物造形に対するアンチテーゼかと思えた。(※『新選組血風録』には「百姓の隠居」のようだなどと書かれている。)

侠客の水野弥太郎も登場する。
実際に新撰組とは関わりの深かった人物であるが、ここでは初めての邂逅が描かれている。

第二話 二人総司
南条新之助は、優れた剣才の持ち主と認められて入隊し、沖田総司の配下となった。
ところが、気弱な性格のため、稽古では一方的に打たれるばかり。
同志たちから侮られている彼を、総司も久馬もなんとか助けてやりたいと案じていた。
ふたりからそれぞれ相談を受けた源三郎は、本人の話を聞いてみようと思い立つ。
そんな時、屯所の至近で隊士・藤田従吾が斬殺された。
その斬り口は凄まじく、それほどの手練れは新撰組にも総司か斎藤一しかいない。
総司を犯人扱いする無責任な噂に、源三郎は憤慨し、真犯人を突き止めようとする。

文久3年の晩秋か初冬の話。
源三郎の視点から描かれる沖田総司の人物像が興味深い。
平素は子供っぽくて頼りなさそうに見えるが、自分の組下にはちゃんと目配りしている。

作中、蕎麦屋で鰊蕎麦(にしんそば)が出される。
京都の名物料理のひとつであるけれども、「松葉」の公式サイトによると、二代目松野与三吉が考案し元祖となったのが明治15年だそうな。
ただ、たまたま思いついて作ってみた蕎麦屋が幕末にもいた、と考えられなくはない。

蕎麦屋で、総司と源三郎がいきなり虫拳を始める場面には、噴いてしまった。
虫拳は、3種類の手からひとつを出しあって勝負を競うジャンケンのようなゲームであり、ここではヘビ・カエル・ナメクジいずれかの物真似をしなければならない。
ふたりとも侍なのだから、少しは世間の目を気にしたほうがいいのでは。
そして、もし新之助がこれを見ていたら、総司にそこまで憧れたかどうか(笑)

第三話 新撰組恋騒動
土方歳三の外出が増え、「恋人ができたらしい」と噂が立つ。
真偽を確かめようと歳三を尾行した源三郎は、思わぬ真相に行き当たる。
一方、将軍家茂の警護として京へ上ってきた伊庭八郎は、島原で不穏な話を漏れ聞いた。
どうやら新撰組の誰かが、馴染みの小天神(遊女)と心中しようと思い詰めているらしい。
源三郎は事態を未然に防ぐため、八郎の協力を得て内密に調査し、ようやくその隊士を探し当てる。
それは、源三郎のよく知る者であった。

元治元年の春から夏にかけての話。
池田屋事件の裏話といえるが、池田屋の激闘はほとんど描かれていない。

伊庭八郎は、試衛館一党とは旧知の仲という設定で、第五話にも登場する。
女あしらいが非常に上手く、源三郎が呆気にとられる描写が愉快。

若い隊士の恋愛を応援する源三郎にも、心に想う相手がいることが明かされる。
その相手とは、料亭の仲居として働くハル。夫を亡くし、ひとりで生計を立てている。
しかし、不器用な彼はなかなか告白できず、久馬にも「ここまで奥手とは」と驚かれるほど。

新撰組隊士として働く以上、明日をも知れない身である彼ら。
その時が来ても後悔しないように今日を生きようと、隊務にも恋愛にもひたむきな様子が切ない。

第四話 怨めしや
平隊士の永井信次が、突然錯乱して自刃する。
同じく浅利敬之助は、清水の舞台から飛び降りて死ぬ。
相次ぐ隊士の不審死に考えをめぐらすうち、源三郎は壬生村の娘お夕を思い出す。
気立てが良く美人の彼女は、隊士らの人気者だったが、すでに故人となっていた。
そして、新入隊士の大沢博人は、お夕に面差しがよく似ていた。しかし本人は、彼女を知らないと言う。
源三郎は、渋る尾形俊太郎を連れて壬生を訪れ、お夕の死について聞き込みをするものの、熱病を患って亡くなったとしかわからない。だが、隊内では不穏な噂が囁かれていた。

慶応元年の春から初夏頃の話。
娘の亡霊が様々な怪奇現象を引き起こすかのような、少々オカルティックな描写がある。

ついに尾形俊太郎までが、ハルに告白しろと源三郎へ迫る。
そのおかげで、源三郎がようやくハルを花見に誘い、一緒に出かけることに成功。
ただ、せっかくの逢い引きが途中で台無しになってしまうのは、なんとも皮肉。

本編にも、源三郎が戦う場面がある。
じじいはすっこんでろ」「おれはまだ四十前だ」というやりとりもある。
斬り合いでの老人呼ばわりは、本作の定番なのだろうか。

河原の見世物小屋に、いわゆる催眠術のような出し物が登場する。
催眠術は、日本には明治初期に移入されたというが、海外では前世紀から研究されていた。
つまり、幕末にも知っている日本人がわずかながらいた、という可能性は一概に否定できないだろう。
本編のように、舞台興業が行なわれたかどうかはわからないが。

見世物の観客が「拍手喝采」する、というくだりがある。
賛成や称賛の意味で手をパチパチ叩くのは、西洋から伝わり明治期に広まった習慣(※参考『考証要集』)。
ここでは「歓声を上げた」「大いに褒めそやした」程度の意味に考えておけばよいのだろう。

新撰組の中にとんでもない不届き者がいた、という後味の悪い事件。
決して陰鬱なストーリーではなく、源三郎とハルの関係がほのぼのと描かれていたりするのだけれど、なんとなく新撰組や源三郎の前途に暗い影が差したようにも感じられた。

第五話 源さんの形見
伏見・淀の戦場から大坂へ撤退してきた土方歳三は、沖田総司に源三郎の戦死を伝える。
意外にも総司は、取り乱すことなく冷静に受けとめ、すでに気づいていたと語る。
一方、恩人に報いたいと強く願って従軍した三太は、戊辰戦争を戦った末、重傷を負う。
戦乱の中、多くの者たちが命を散らしていった。
戦後、三太は生き残ってしまったという悔恨を胸に、源三郎の郷里である日野を訪れる。
そこで、意外な人物に再会するのだった。

慶応4年1月から明治初期にかけての話。
源三郎の亡き後、新撰組がどうなったか、ゆかりの人々がどのような運命をたどったかを描く。
つまり本編に源三郎は登場しないのだが、彼を知る多くの人々によって、その存在感が示される。

最後の場面は、「箱館戦争が終結し(中略)四年」とあるので、明治6年頃かと思える。
一方、相馬主計の死が描かれているので同8年以降とも考えられ、よくわからない。

旅路の果て、源三郎の遺志に気づいた三太は、生きる意欲を取り戻す。
世を去った者の思いも、それを受け継ぐ者がいるならば、この世に生き続けていくのだ。

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事件捜査ものであるが、本格推理小説のように複雑なトリックや予想外の真相があるわけではない。
どちらかというと、登場人物たちの活躍や人間関係、時代背景や当時の風俗などを楽しむ作品である。

各話はそれぞれ独立したストーリーであるが、全話を通読してこそ伝わるものは多い。
特に第五話があることによって、第一~四話も引き立っていると感じた。

主人公の井上源三郎は、お人好しの世話好きで、思いやり深い人物。
のみならず本作では、物事を論理的に推理する頭脳や、凶器を持った相手を制する腕も持っている。
華々しい表舞台に立たなくとも、多くの者に必要とされる存在として描かれているところが良い。

ほぼ全話にわたり、尾形俊太郎が登場する。
本作では、感情をなかなか表に出さない無愛想な性格。
心には熱さや優しさを秘めているが、それを他人に悟られたくないようで、事務的にふるまっている。
源三郎のお節介や逸脱行為を止めようとして、結局巻き込まれてしまうことが多い。

源三郎を慕う中村久馬も、実在の隊士である。
ただ、文久3年6月頃に入隊、元治元年6月の池田屋事件より前に離隊したらしいことが伝わるのみで、それ以外は出身地も年齢も剣流もまったくわかっていない。
本作は、この謎の経歴を活かしつつ、心優しい誠実な若者として描いている。
久馬の後日談も、注目どころと言えよう。

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2005年、単行本『新撰組捕物帖 源さんの事件簿』が、河出書房新社より刊行された。四六判ハードカバー。
2011年、『新撰組捕物帖』が、幻冬舎時代小説文庫として出版された。巻末解説は縄田一男。

なお、続編として『諜報新撰組 風の宿り 源さんの事件簿』が発表されている。
幻冬舎より、2007年に単行本、2011年に時代小説文庫が刊行された。
正編と混同なきよう要注意。

新撰組捕物帖
源さんの事件簿
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新撰組捕物帖
(幻冬舎時代小説文庫)
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