新選組の本を読む ~誠の栞~

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 東郷隆『幕末袖がらみ』 

短編小説集。タイトル読みは「ばくまつそでがらみ」。
一般にはあまり知られていない幕末の人物や事件を描く8編を収録。新選組も登場する。

作者の作品については、「墨染」を以前当ブログにて紹介した。
このほかにも幕末を描いた作品は多数あり、今回はその1冊を取り上げたい。

収録作8編のうち、新選組が登場するのは「武州足立郡六道橋」「私談 流山始末」の2編。

「武州足立郡六道橋(ぶしゅうあだちごおりろくどうばし)
新選組が五兵衛新田に屯集した際、隊士・水口要蔵が密命を果たす顛末。

慶応4年3月13日の夜、五兵衛新田の名主・金子家は軍勢に乗り込まれ、宿陣として占拠されてしまう。
彼らは、「大久保大和」こと近藤勇の率いる新選組だった。

そこへ、田中藩・下総飛地領の役人である河名平太左衛門が訪れた。
彼ら飛地領の藩士らは、本藩の方針に反して新政府軍への抗戦を打ち出し、新選組にも協力したいという。
ところが、抗戦派の中心人物である須藤力五郎が、恭順派に命を狙われている。
そこで、須藤を狙う刺客を返り討ちにして欲しい、と依頼するのだった。

土方歳三は、探索方の水口要蔵に刺客の密殺を命じる。
刺客の中川喜三郎は、卑怯な手段で喧嘩相手を倒し、剣流の師匠に破門されたという評判の剣客。
要蔵は行商人に変装して千住に赴き、中川を待ち伏せする――


要蔵と中川とが繰り広げる死闘は、手に汗握る展開。
両人とも、おそらく架空の人物と思われるが、モデルが実在しこのような行動をとっていたかもしれない、とリアリティを色濃く感じさせる。

土方歳三が京都で誂えた盃を手に、山崎烝について語る場面が印象的。
その後、要蔵との別れの場面につながっていき、余韻を残して終わる。

作中に引用される金子家の史料は、『続 新選組史料集』『新選組史料大全』に主要部分が収録されている。

「私談 流山始末」
薩摩藩士・有馬藤太の視点から、流山における近藤勇の投降を描く。

慶応4年3月末、藤太は宇都宮藩の救援を命じられ、軍監・香川敬三らとともに板橋の総督府を出発した。
千住にて、旧幕勢の一隊がここを通って流山へ向かった、しかもその指揮官は近藤勇、と聞いて奮い立つ。
香川と対立しながらも、実戦経験の豊富な藤太は巧みな作戦を立て、粕壁から流山へ進出、敵陣を包囲した。

現れた敵将は「大久保大和」と名乗り、抵抗の意志がないことを示して、武器を引き渡す。
しかし、後始末の時間が欲しいと陣屋に戻ったきり、なかなか姿を現さない。
苛立った香川は、藤太へのあてつけに、兵を連れ粕壁へ引き上げてしまう。
残ったわずかな手勢を率いて、藤太は敵陣へ向かう――


作中でも指摘されるとおり、ストーリーの基礎は有馬藤太の懐古談。
話者の記憶違いと思われる点も見られるが、流山での実体験を克明に語った貴重な記録である。
本作は、当時の北関東情勢、新政府軍の内情、流山の地勢などを豊富な情報も交え、独自の視点でリアルな作品に仕上げている。有馬藤太の懐古談を知っている向きが読んでも、決して退屈ではないと思う。

藤太の目から見た近藤勇が、ひとかどの人物として描かれている。
ほかに、近藤の小姓2人が粕壁まで同行しているが、彼らの姓名やその後については記述がない。

藤太の懐古談は「有馬藤太遺談」「有馬藤太聞き書き・私の明治維新」「維新史の片鱗」「有馬純雄翁談」など、様々なタイトルで諸書に収録されている。
「維新史の片鱗(抄)」は、『続 新選組史料集』『新選組史料大全』でも読むことができる。

このほかの収録作6編は、以下のとおり。

「唐竹割り」
安政6年7月27日に横浜で発生した、ロシア海軍軍人殺害事件を題材とする。
襲撃犯の稲垣五一と小林幸八が日本初の「異人斬り」に至るまでの経緯を、史料と創作を交えて描く。
福沢諭吉の逸話や、篠田鉱造『幕末百話』所収「昔の町人命拾い」を採り入れたところも、興味を惹かれる。

「笑い鍔」
高名な甲州博徒「竹居の吃安」こと中村安五郎の生涯を描く。
安五郎がここぞという時、刀の柄に手を置いて笑う理由がタイトルの由来。
彼が笑いを捨てた時、その強運もついに尽きることになる。
子母澤寛「武居の吃安」との共通点が多いが、安五郎の笑いに作者のオリジナリティが利いている。
なお、「武居(竹居)の吃安」については、子母澤寛『幕末奇談』にて少々言及した。

「奸賊絵師」
公家に仕える絵師・冷泉為恭と、町絵師・岡田次郎光信との因縁を描く。
次郎は、為恭から受けた恥辱の数々を恨みに思う。
そして、禁裏御用を務めながら幕府方にも接近する為恭を「奸賊」とみなし、暗殺を企てるが――
為恭と光信、それぞれの生涯、彼らの作品がたどった数奇な運命が、強く印象に残る。

「槍忘れ」
参勤交代にまつわる様々なアクシデントを取り上げる。
磐城中村相馬家・十二代益胤と、陸奥会津松平家・七代容衆の行列が、下野・大田原宿でかち合ったことから起きた事件が本題となっている。臨時傭いの槍持ちの末路が哀れ。
講談仕立てで、途中「張り扇」の音が入ったりするのは、陰惨な話にしないための工夫だろうか。

「伝吉殺し」
安政7年1月7日に発生した、イギリス公使館通辞・伝吉殺害事件を題材とする。
旗本中根氏の下士・富永幸助は、竜土町の鍋三という博徒の親分から「刺客として雇いたい」と持ちかけられる。
標的の伝吉は、立場を悪用し傍若無人にふるまうので、世間の顰蹙を買っている男だった。
昭和6年に出版された中里機庵『幕末開港綿羊娘情史』に、創作を加えたストーリーであるらしい。
麻布や芝・三田など江戸の地理描写がリアル。

「貧窮豆腐」
貧乏旗本の養子・坂部一郎兵衛が、晩年になって若き日の悪事を語る。
一郎兵衛は、悪旗本として名高い青木弥太郎の一味に誘われ、賭場に押し入って大金を強奪する。
お尋ね者となり、変装して江戸を脱出しようとするものの、小役人に正体を見抜かれてしまう。
「青木弥太郎懺悔録」や、そのほか白浪物を交えて独自の展開とした物語。
攘夷浪人による天誅事件、貧窮組の打ち壊しなど、幕末の諸事件を絡めた展開が巧み。
一郎兵衛の豆腐好きと、我流のまぐれ剣術が面白い。

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作者の東郷隆は、戦場ルポルタージュで作家デビューし、小説もドキュメンタリータッチが得意のようだ。
実在の人物や出来事を題材として、そこに創作を織り込むテクニックが上手い。
抑えた筆致ながらも、単純な事実の羅列にとどまらず、余韻を残す作品に仕上げている。
また、多彩な知識を活用してリアリティを出しており、その博識ぶりには舌を巻く。

『幕末袖がらみ』という書名の由来を考えてみた。
文藝春秋の公式サイトによると「捕方の武器にして、街のガイドブックの意」だそうな。
江戸時代の細見や道中記に似たタイトルのものがあるのか、寡聞にして知らない。
しかし、捕物道具「袖搦(そでがらみ)」は、物騒な事件を想起させるものとして効果的と思う。
「貧窮豆腐」では、自棄になった一郎兵衛の心境が「役人相手に花々しく大捕物でも演じてやろう、袖がらみでからめ捕られるのもおもしろかろう」と書かれている。
また、作者は本書あとがきで、次のように述べている。

本書には、あまり自覚のないまま幕末に放り込まれてしまった人々、そんなものは屁でもないと我が道を歩き、消えて行った連中を選んで載せた。
政治参加者ばかりが「歴史」の登場人物となっている今の「史観」に疑問を感じる事が大いにあるからだ。

「袖」という言葉には「真ん中ではなく脇の部分」という意味もある。
すなわち、「中央政治を主軸とする歴史」では脇役とされる人々の物語、とも考えられよう。

本書収録作品の初出は、下記のとおり。
「唐竹割り」       『オール讀物』1997年12月号
「笑い鍔」        『オール讀物』1997年9月号
「奸賊絵師」       『小説新潮』1995年3月号
「槍忘れ」        『別冊小説宝石』1994年初冬特別号
「武州足立郡六道橋」   『歴史街道』1996年冬号
「私談 流山始末」    『週刊小説』1997年1月3日号
「伝吉殺し」       『週刊小説』1997年11月14号
「貧窮豆腐」       『オール讀物』1998年3月号

単行本『幕末袖がらみ』は、1998年、文藝春秋より刊行された。四六判ハードカバー。装画は大友克洋。
文庫版は、残念ながら未刊。とっくに出ていてもよいと思う。

幕末袖がらみ
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幕末袖がらみ

竹居の吃安親分を主人公にした作品はほとんど目を通した自信のある私(といっても多くないですけど…)が、完全にノーマークの作品でした。ご紹介いただき有難うございます。文中紹介されていた岩山半五郎氏による史料など有益な情報が多く、得した気分です。子母澤寛先生の聞き書きなんかも盛り込まれていて、生き生きとした吃安の生涯が巧みに描かれながらも、同時に読みやすい。力量のある作家さんだと思いました。

2016/10/24(Mon) |URL|甚左衛門 [edit]

甚左衛門さんへ

ご感想ありがとうございます。
東郷隆の作風は好みなので、今回ご紹介できて良かったです。

「笑い鍔」の面白さはご指摘のとおりですが、それはそれとして疑問を感じる点があります。
◆作中の安五郎が愛用した「笑い鍔」のような意匠の刀装具は、実在するのか
◆岩山半五郎という人の著作物は、実在するのか
いかにもそれらしく描かれていますが、ひょっとすると創作?という気もします(笑)

2016/10/25(Tue) |URL|東屋梢風 [edit]

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