新選組の本を読む ~誠の栞~

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 逢坂剛『果てしなき追跡』 

長編小説。負傷し記憶を失った土方歳三が、図らずも箱館を脱出してアメリカへ渡り、異国で生き抜くために闘い続けるアクション西部劇。

ストーリーの舞台は、箱館と航海中の船内が前半1/3を占め、残りはアメリカ西部の町々と荒野。
箱館戦争の描写などに史実を採り入れているが、大半はオリジナルのストーリーが展開する。全49章。
冒頭のあらすじは、以下のとおり。

明治2年5月10日、箱館。
戦争は、いよいよ末期にさしかかっていた。
旧幕方の時枝新一郎は、妹ゆらと話し合う。
数日前、土方歳三から新一郎にある命令が下された。それは、単身で箱館を脱出し、アメリカへ渡って見聞を広め、いずれ故国の発展に尽くせ、というものだった。
しかも、アメリカの商船で密航できるよう、すでに手筈が整えられている。
歳三の下を離れるなど不本意に思う新一郎だが、背くわけにゆかず、従う決心を固めた。
ゆらは、その時が来たら兄を送り出そうと覚悟を決める。

翌11日。いよいよ新政府軍の箱館総攻撃が開始される。
土方歳三は一隊を率い、一本木関門へ向かう。新一郎は、その麾下に加わった。
ゆらは、離れた場所から戦況を窺う。
関門を死守する歳三は、馬上から「進め、引く者は斬り捨てる」と隊士らを叱咤激励していた。
その時、ひときわ大きな銃声が響き、歳三の体が地に落ちる。
ゆらも新一郎も、我を忘れて駆け寄った――


主な登場人物は、以下のとおり。

隼人(ハヤト)=土方歳三
箱館戦争で負傷し、記憶喪失となってしまう。
時枝新一郎の計らいで、アメリカ商船セント・ポール号に乗せられる。
身元を隠すため、「内藤隼人」通称「ハヤト」と名乗ることに。
過去の出来事は思い出せないものの、言葉や一般常識、習慣的行動や技能は失っていない。
冷静沈着でストイックな性格もそのまま。
剣技の冴えも衰えず、和泉守兼定の一振りを常に持ち歩く。
加えて、敵の機先を制するための、ある特殊なわざを身につけている。
なかなか記憶を取り戻せないうち、過去にこだわらず、現在の環境に順応して生きていこうと心に決める。

時枝新一郎(ときえだしんいちろう)
武州日野の豪農に生まれる。28歳。努力家で行動力がある。義理堅い。
同郷のよしみで、子供時代から歳三に懐いていた。
新選組入隊を希望するも却下され、勉学に励めと勧められて、長崎へ留学し英語を習う。
慶応4年、旧幕軍に合流し、通詞や英語教師として協力。
歳三から渡米するよう命じられるも、歳三こそが「失われてはならない有為の人」と信じて行動する。
戦後、アメリカ貿易会社の日本支店に雇われ、横浜で通弁として働く。

時枝ゆら
新一郎の妹。18歳。兄と同じく勉強家で行動力がある。機転が利き、物怖じしない。
過酷な境遇にあっても挫けない芯の強さがある。
幼い頃から、歳三を慕っていた。兄といっしょに、長崎で英語を学び、旧幕軍に従軍する。
歳三を助けてともにアメリカへ渡るが、離ればなれになってしまう。

ジム・ケイン
商船セント・ポール号の船長。大男。40歳くらい。思慮深く、頼りがいのある人物。
隼人とゆらをアメリカへ密航させる。当初は報酬のためだったが、やがて好意から援助することに。

ピンキー(ヘンリー・トマス・ピンクマン)
黒人青年、19歳。明るく、働き者で、知恵がまわる。
テキサス州の牧場で奴隷の家系に生まれ、南北戦争のため家族と離れて以来、自力で生計を立てている。
セント・ポール号には、船長付の給仕兼雑用係として乗り組んだ。
さまざまな局面で隼人やゆらを助けるうち、強い絆で結ばれていく。

アレクス・ワイリー
セント・ポール号の甲板長。頼りになる男。
日本語が片言ながら話せる(ジョセフ・ヒコから教わった様子)。

ビル・マーフィ
セント・ポール号の甲板員。女好き。金銭に汚い。

エドガー・ノートン
セント・ポール号の船医。31~32歳くらい。長身で痩せ形。誠実な人柄。
隼人の傷を治療する。

クレア・シモンズ
セント・ポール号の看護婦。30代半ば。長身。有能。勝ち気で、プライドが高い。
南北戦争に出征して行方不明になった弟を探している。

マット・ティルマン
粗野で無愛想なガンマン。巨漢。40代半ば。尊大で威圧的。執念深い。
若い頃はアリゾナで保安官を務めるかたわら、酒場や賭博場を経営していた。
その後、船舶会社に雇われ、セント・ポール号に警備責任者として乗務。
賞金欲しさに、密航・密入国する者を捕えて入国管理局に引き渡そうと画策する。
やがて船を下り、連邦保安官を称して、個人的な怨恨から隼人やゆらをつけ狙う。

グロリア・テンプル
下宿屋グロリアズ・ロッジの女主人。50代半ばくらい。体格が良い。
昔気質。夫を亡くした後、自力で下宿屋を経営してきた女丈夫。
ジム・ケイン船長と旧知の間柄。隼人とゆらを匿い、何かと便宜を図る。

バーバラ・ロウ
グロリアに仕えるメイド。雇い主と同じくらい体格が良い。
料理や雑用もこなす律儀な働き者。

エリック・バートン
カースン・シティ・ホテルに勤務するフロントマン。小柄な男。30代半ばくらい。
事務的なようで、実は人情味のある男。

リグビー
オースティン・グランド・ホテルに勤めるフロントマン。老人。
日本からの外交使節団を自分の孫娘が世話したことから、日本びいきになった。

ロリー・サマーズ
リーノウ(ネヴァダ州の町)在住、厩舎のオーナー。女カウボーイ。

ポカリ
インディアン(ネイティブアメリカン)、ショショニ族の戦士。英語が少し話せる。
隼人やピンキーと偶然に出会い、浅からぬ因縁で結ばれることに。

トマス・フィンチ
ビーティの町にあるサルーン「ネヴァダ・パレス」のバーテンダー。口髭を整えた洒落者。
愛想はないが人情を知る男。

高脇正作(たかわきしょうさく)
もとは伊勢奥松家の下士。慶応4年、藩内抗争により恭順派の重役を斬った。
箱館で新選組に加わり、新一郎に英語を習う。戦後、旧主家の恭順派に狙われ、各地を転々。
新一郎の世話で、貿易会社に雇われ、研修を名目に渡米する。
隼人とゆらの安否確認を依頼されており、その消息をあちこち尋ねてまわる。
ゆらに対して一方的な好意を持っているが、隼人が土方歳三その人だとは知らない。

---
ページ数が多いものの、ストーリーに引き込まれて予想より早く読了した。
敵と味方が追いつ追われつ、はぐれたり行き違ったり再会したり、スリルに富んだ逃亡&追跡劇が展開する。

隼人とゆらにとって、当面の目標は、異国の地アメリカで生きていくことである。
官憲に捕えられ日本へ強制送還されないよう、身元を隠したまま、平穏な日常生活を手に入れたい。
何事か起きても公に訴え出ることはできないから、自分の身は自分で守らなければならない。
長期的、具体的な目標は、さしあたって持たない。

このような主人公たちを能動的に動かすのは、けっこう難しいのではないだろうか。
具体的な最終目標(敵のラスボスを倒すとか、古代の秘宝を手に入れるとか)を持つ者の話に比べると、受動的で地味になりがちのような気がする。
しかし本作では、主人公たちが次々と難局に直面する。降りかかる火の粉を払うため、大人しくしてなどいられない。必然的に、波瀾万丈の冒険をくりひろげることになる。
そうした展開に持っていく筋運びは、リアルで無理がなく、巧いと感じた。

隼人が記憶を失う設定は、「いつどのようにして回復するのか」「回復したらどうなるのか」という読者の興味をそそるためと思うが、それだけではなさそうな気がする。
幕末維新史になじみのない読者に対して時代背景を説明しやすい、という側面もあるのではなかろうか。

巻頭に、以下の図表類が載っている。
  • 主な登場人物の一覧
  • 作中世界の地図(当時のカリフォルニア州、ネヴァダ州、ユタ州などアメリカ西部)
  • 関連年表(1860~78年、作中の出来事、アメリカと日本それぞれの大きな出来事を併記)
  • 距離の換算表(尺貫法とヤードポンド法の長さを、それぞれメートル法に概算したもの)
特に地図は、ストーリーを把握するため必須なので、助かった。
贅沢を言えば、箱館の地図もあればもっと良かったかも(笑)

船舶のしくみやアメリカ史についても、よく考証されている。
セント・ポール号の船内構造と、そこで過ごす乗組員たちの生活ぶりが、面白い。
アメリカ西部の町や自然、人々の暮らしといった描写にも、リアリティを感じる。
当時の世相、例えばゴールドラッシュ、南北戦争の後遺症、人種間の差別と軋轢、大陸横断鉄道の開通など文明化の加速ぶりといった要素が、ストーリーに反映されているのも興味深い。

日米の文化の違いと、それをめぐる人物たちの心理や反応も、見どころと言える。
「袖留め(女子の成人式)を終えた自分はもう大人」と主張するゆらと、「アメリカでは十代の男女を成人扱いしない」と困惑するケイン船長のやりとりは、どちらの主張も理解できる。
アメリカに上陸し、ガス灯や鉄道などを初めて目にするゆらと隼人の戸惑いは、さもありなんといった感じ。

逆に、国が異なろうと似たような制度や習俗もある。
ポリスマンを「捕り手の役人」、ホテルのフロントマンを「宿屋の番頭」とする隼人の言い換えが、面白い。

南北戦争のために家族を失ったり、平穏な日常を奪われたりした者たちが登場する。
彼らが戦争の傷跡に苦しみながらも日々の生活を取り戻し、社会を復興することによって、アメリカは新しい国に生まれ変わっていく、という歴史が窺える。
戊辰戦争後の日本も同じような過程を経て近代国家となっていったことが、想起された。

本作のストーリーは、この1巻のみでは完結していない。
最後の場面に、続編への引きを盛大に残して、「第一部 完」としてある。
続編の有無について調べてみたら、本作は下記のとおりシリーズものであることがわかった――

作者はかつて、長編『アリゾナ無宿』と、その続編『逆襲の地平線』を発表した。
舞台は、本作から6年後のアメリカ西部。「サグワロ(大型サボテンの一種)」と名乗るサムライが登場する。
彼は剣の達人で、日本のハコダテからやってきたというが、過去の記憶を失っている。
この「サグワロ」が土方歳三、という設定は当初からあった。ただ、その正体が明かされる前にシリーズが中断してしまい、本作でようやく再開に至ったと、作者は語る。
本作の続編となる第2部は、『中央公論』誌上にて今夏から連載を始める予定だとか。
(参考:YOMIURI ONLINE「土方歳三、アメリカ西部を駆ける」2017年2月3日)

――というわけで、既刊『アリゾナ無宿』『逆襲の地平線』を未読にしている読者は、続編の発表・完結を待つあいだに読んでおくとよいかもしれない。

2017年、中央公論社より、単行本が刊行された。四六判ハードカバー。
読売新聞の会員制ウェブサイト「読売プレミアム」に2015年8月から2016年10月まで連載された『果てしなき追跡』を加筆・修正したものと、巻末にある。

同じ「賞金稼ぎ(バウンティハンター)」シリーズの既刊は、下記のとおり出版されている。
『アリゾナ無宿』… 新潮社2002/新潮文庫2005/中公文庫2016
『逆襲の地平線』… 新潮社2005/新潮文庫2008/中公文庫2016

果てしなき追跡
>>;詳細を見る



アリゾナ無宿
(中公文庫)
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逆襲の地平線
(中公文庫)
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