新選組の本を読む ~誠の栞~

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 森満喜子『沖田総司幻歌』 

短編小説集。沖田総司、あるいは彼と関わった人々を主人公とする6編を収録。

「百年の霧」
京都市、西京保健所の保健婦・岡田光子は、放射線技師らとレントゲン車で集団検診に向かった。
ところが、濃い霧に包まれ道を見失ったかと思うと、幕末の壬生、新選組屯所に着いてしまう。
山崎烝の出迎えを受け、隊士たちの胸部レントゲン撮影をするという、ありえない事態に。
後日、医師の画像読影により、結核に罹患している患者が見つかる。
その患者とは、沖田総司であった。そこで、再検査の必要を伝えることに。
再検査の当日、保健所のスタッフ一同は沖田らの来所を待ち受ける――


いわゆるタイムスリップもの。
保健所の医師として結核を担当した作者自身の経験から、医学的見地に基づいて書かれている。
作者あとがきによると、読者からの手紙に沖田の病状に関する質問が多いこと、現代なら沖田の病気は完全に治せたであろうにと思ったことが、執筆の動機とか。

作中の「現代」は、執筆・発表当時の昭和40年代後半(1970年代前半)。
そのため、新選組の活動期が「100年前」とあったり、女性保健師を「保健婦」と称したり。
ただ、結核治療の基本が抗生剤服用と安静なのは、現在とあまり変わらない様子。

光子をはじめ沖田に関わった人々は、なんとか彼を救いたいと親身になる。
しかし、100年を隔てた霧と「戦い続けたい」という沖田自身の意思に阻まれ、思うにまかせない。
そのもどかしさと無念さ、愛惜の気持ちが、温かくも切ない。

「苔の庭」
山南敬助は、新選組の現状と近藤・土方の組織運営に対し、強い不満を覚えるようになっていた。
その思いを打ち明けられた沖田は、山南の苦悩を理解したものの、共有するまでには至らない。
西本願寺への屯所移転問題をきっかけに、山南は書き置きを残して屯所を去る。
近藤と土方は、沖田に後を追うよう指示。
ただ、周囲の耳目をはばかって、互いの真意を充分に確認することはできなかった。
大津で出会った沖田と山南は、親しく語らった後、連れ立って屯所へ戻るが――


山南の脱走・切腹を主題とする物語。
あのような結末は誰ひとりとして意図せず、ちょっとした行き違いのせいでは――と作者は考え、本作を執筆したという。確かに、山南と土方の間に深刻な確執があったなどとする説は、事実かどうかわからない。
誰も意図しない結末なればこその悲劇に、打ちのめされる沖田の心痛は深い。

西芳寺(苔寺)の緑の苔、その上に舞い落ちる色づいた木の葉の鮮やかな描写が、効果的に使われている。

「京洛早春賦」
文久4年(元治元年)2月3日。壬生寺の節分会には、多くの老若男女が訪れる。
その中には、男女逆転の仮装した人々「お化け」も立ち交じる。
そこで藤堂平助は、わざわざ振袖や娘島田のかつらを借りてきて、誰かを女に仕立てようと言い出す。
女役のくじを引いてしまったのは、皆の期待どおり、沖田総司だった――


「節分おばけ」は、京都町衆の厄払いの風習。
花街では芸妓が仮装で客をもてなす。一般人が参加するコスプレイベントも開催されるとか。
本作は、その風習を取り入れコメディタッチに仕上げた、沖田の武勇談(?)。
気楽に読める話だが、後日談できっちりオチをつけたところが作者の手腕と感じる。

作中では、藤堂平助の名が「兵助」と表記されている。

草創初期の新選組の面々が前途洋々としているさまは、清々しく微笑ましい。

「萩咲く」
新選組隊士・田中寅蔵は、剣術の巧者であり、また非常に律儀な性格でもあった。
ある日、長州系浪士たちと、取り締まろうとした新選組との斬り合いが勃発。
戦いの後、浪士のひとりから最期の願いとして1通の書状を託された田中は、それを高杉晋作に届ける。
高杉は、死者のために単独で訪れた田中に警戒を解く。そして、「西洋列強の日本侵略を防ぐには、勤皇・佐幕の争いを一刻も早くやめて一丸とならなければ」と語る。
これに共鳴した田中は、新選組を攘夷の先鋒たらしめたい、と純粋な善意で考える。
沖田は、帰隊した田中から、いきなり「新選組は方針転換すべき」と説かれて困惑する――


田中寅蔵は実在の隊士。
品行方正で、撃剣師範に就任するほどの腕もあったが、過激な攘夷論を主張して切腹させられたと、西村兼文『新撰組始末記』に記されている。
死亡日は慶応3年4月15日、享年27。作中にも書かれているとおり、辞世の歌を遺した。

新選組は、実際のところ、攘夷の先鋒たらんとして発足した組織である。
「攘夷は日本が列強並みの軍事力を得てから実行する」「指揮は幕府が執る」という幕府の方針を支持した。
対して「攘夷は直ちに実行すべき」「日本が一丸となるため主導権は天皇が握るべき」と主張する勢力がある。
この考え方の違いが、親幕vs.反幕の争いの原因。
新選組は治安部隊として、幕府の方針に逆らう者と戦わなければならなかった。

沖田はどのような政治思想を持っていたのか、理想と行動とのギャップに悩んだりしたことはなかったのか、という読者からの問いをヒントとして、作者は本作を著わしたという。
田中を救いたいと腐心しつつ、彼の主張に賛成することはできない沖田の思いが哀しい。

「はんばあぐ・すてえき」
肥後の松田謹吾は、義兄・松田重助が池田屋事件で沖田総司に斬られたと知り、仇討ちを決意。
京へ上り、一対一の勝負を挑んだものの、あまりに技量が違いすぎ、あっさり退けられてしまう。
帰郷し、厳しい修業を積むうち3年が過ぎて、天下の情勢は大きく変わった。
京から大坂、江戸へと仇敵の消息を求めて、謹吾はようやく沖田の潜伏先を捜し当てる。
千駄ヶ谷へ向かう途中、西洋料理店を見かけ、仇討ちの前に腹ごしらえしようと思い立った。
初めて食べる旨い料理で心身を満たした後、ようやく沖田と対面すると――


松田重助は実在した志士だが、主人公の松田謹吾は架空の人物。
新選組が私情を交えず任務のため戦っていても、相手方の心に怨恨を生むことは少なからずあったろう。
実際の沖田は静穏な療養生活のうちに世を去ったが、もしも謹吾のような人物が押しかけてきたらどうなったかと、作者は想像して本作を書いたという。

闘争の日々の果てに、旧時代とともに世を去っていく沖田。
新時代に新しい生き方を感得し、己の運命を切り開こうとする謹吾。
ふたりの若者の姿が、作者の狙いどおり、時代の交代を象徴している。

美味しいものを食べることは、一見何気ない行為のようであるが、人の体と心を養い、時には人生を変えるほどの力を持つ。
そうした「食の力」を、改めて考えさせる物語でもある。

「翡翠(ひすい)
秋田清之助は、旗本の五男坊。沖田総司とは江戸以来の友人であり、その伝手で新選組に入隊した。
ある日、沖田から女への贈り物を見繕って欲しいと頼まれ、清之助は買い物を手伝う。
沖田は、蘭の花を象った翡翠のかんざしを、費用を顧みず特注するのだった。
男ぶりが良く女性関係の盛んな清之助だが、荒物屋の娘・千枝と知り合い、行く末を真剣に考えるようになる。
ところが、油小路事件が原因となって、千枝から拒絶されてしまった。
新選組の伏見移転後、沖田の体調は目に見えて悪化し、清之助もその症状が肺結核と気づく。
まもなく鳥羽・伏見戦争が勃発。戦列を離れた沖田に代わり、清之助は無我夢中で戦うが――


新選組の慶応元年から4年までの動静を背景に、沖田総司の秘めた恋と、秋田清之助の青春を描く。
清之助は架空の隊士。
家を継ぐことなく、これといった志があるわけでもなく、なんとなく生きる目的を求めている若者。
そんな彼も、新選組に在籍したことで、否応なく動乱の渦中に巻き込まれていく。
そして、命の危機と絶望を乗り越えた末、幸福を得る。

沖田は、秘めた恋を成就させることなく、短い生を終えた。
「相手の親に反対された」と本人は語ったが、病気のため自ら身を引いたのではなかろうか。
その目撃者として配された清之助との対比が、際だっている。
沖田ももっと長く生きられたとしたら、いつか悲恋を忘れられる未来があったろう。
そんな日を迎えることなく他界した沖田への哀惜と、それを象徴する翡翠のかんざしが印象に残る。

作者が以前発表した「旅」では、沖田と愛しあった女との間に遺児がいた。(※『沖田総司抄』に収録。)
子孫筋から聞いた話をもとにした作品であるものの、読者の批判的な感想も寄せられた様子。
作者自身も、本作のほうが沖田の本当の恋に近いと思える、とあとがきに記している。

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本書は、『沖田総司哀歌』(1972)、『沖田総司抄』(1973)に続く、作者の沖田総司短編集の3冊目。
昭和49年(1974)、新人物往来社から単行本(四六判ハードカバー)が刊行された。
再版や文庫化はされていない様子で、もったいなく思える。

沖田総司幻歌


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あらすじと各章のタイトルを見ているだけで読みたくなってしまいました。70年代の本っていいですよね。手に入りにくいという点が残念です。

2017/12/01(Fri) |URL|甚左衛門 [edit]

甚左衛門さんへ

本書は版元品切れとなって長く、中古品流通も少ないようです。
ただ、所蔵している公立図書館はそこそこありそうな気がします。
当方の地元には1冊ありました。

2017/12/03(Sun) |URL|東屋梢風 [edit]

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