新選組の本を読む ~誠の栞~

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 青木直巳『幕末単身赴任 下級武士の食日記』 

幕末の江戸における食文化の解説書、一般向けの教養書。
紀州藩士・酒井伴四郎の日記から、当時の下級武士の日常生活を読み取る。
史料の解題・解説書でもあるが、原文引用は少なめで、平易な内容となっている。

予めお断りするが、本書に新選組は登場しない。
しかしながら、彼らの日常生活の一端を知る参考として役立つので、取り上げることにした。

日記を残した酒井伴四郎は、新選組と同時代に実在した、紀州和歌山藩の藩士である。
現存する日記は、限られた期間のみであるものの、多くの貴重な情報が読み取れる。
史料から窺える伴四郎の経歴は、おおよそ以下のとおり。

◆万延元年(1860)… 伴四郎28歳。江戸勤番を命じられ、妻子を残して単身赴任。5月11日に和歌山を出発、大坂や伏見を経由、中山道をたどる。同月29日に江戸着、赤坂紀国坂にある中屋敷の長屋に入る。
◆文久元年(1861)… 江戸勤番を終える。12月3日に出立、同月18日に帰国。
◆元治2年(1865)… 再び江戸へ。2月22日に和歌山発、24日に京都着、3泊する。3月11日に江戸着。4月11~21日は日光へ出張。5月28日、帰国の途に着く。
◆慶応2年(1866)… 第二次長州戦争に従軍することに。5月27日に出発、9日に広島の本陣へ到着。6月25日、長州との戦闘に参加。9月2日の停戦協定成立により、同月4日に引き上げ、10日に帰国。
◆慶応4年(1868)… 4月、京都へ出張する。4月2日に和歌山発。4日に京都着、水落町(京都市上京区)の堺屋に宿泊。16日、帰還を命じられる。
※以後の消息については、史料が現存せず(もしくは未発見のため)不明。

上記の経歴には、新選組の面々と時期的・地理的に重なる部分がある。
伴四郎が江戸に在勤した頃、近藤勇は江戸の道場(試衛館、試衛場)に住まった。沖田総司や山南敬助など門人、永倉新八や原田左之助など食客たちも、そこに集っていたろう。
中山道の旅は、例えば文久3年(1863)、浪士組が京都へ上る際に彼らも体験している。
また、長州戦争に新選組は従軍しなかったが、近藤勇らが長州潜入を試みて広島から岩国の新湊へ赴いたり、山崎丞と吉村貫一郎が周辺で情勢を探索したり、という事実は史料から窺える。
さらに、伴四郎が京都へ行ったのは、新選組が同地を引き払ったわずか数ヶ月後だった。
つまり、新選組の面々も、伴四郎と同じような景色を見て同じようなものを食べた、と推測可能である。

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本書の内容は、下記のとおり。
(※増補版の目次を参考とした。文字色を変えた章や項目は、増補版にのみ掲載されている。)
第一章 江戸への旅立ち
    江戸と勤番侍/食のクロスロード/勤番侍の江戸生活マニュアル/江戸の酒/
    江戸へ出立/雲助の昼飯/道中の名物
第二章 藩邸と江戸の日々
    江戸最初の外食 そば/江戸の飲料水/手土産の菓子折/伴四郎、政変を知る
    伴四郎と叔父様のお仕事/冬支度と名物おてつ牡丹餅/勤番侍と出入り商人/勤番侍の病気
第三章 男子厨房に入る――江戸の食材と料理
    夏にはどじょう/御鷹の鳩/ずいきと長屋のお付き合い/初出勤とご飯のお供桜味噌
    酒の肴にはまぐりを/ぼらの潮煮/風邪を理由に豚鍋/おやつのさつま芋/かしわとすいとん/
    お土産にうなぎ/倹約家の食材 豆腐/料理自慢と五目ずし/自炊の基本 飯炊き/炊事当番
    飯炊きの東西/料理道具をそろえる
第四章 叔父様と伴四郎
    叔父様の食い意地/人参の煮物/伴四郎のやりくり
第五章 江戸の楽しみ
    三味線の稽古/長屋の酒盛り/鮨/大名見物/愛宕山から江戸を見る/江戸見物と名物/
    浅草のおばけと穴子の甘煮/吉原のおいらん道中と両国/清涼飲料/寄席・芝居・虎見物/
    伴四郎のおしゃれと菊見物/家庭料理/庭園都市江戸/江戸異人見物/横浜異人見物/
    銭湯は庶民の娯楽場
第六章 江戸の季節
    和菓子の儀式「嘉定」/七夕のそうめん/季節の味覚 梨/月見団子/食の節目/
    精進落しのさけ/酉の市と雁鍋/寒入りの餅と酒盛
第七章 江戸との別れ
    送別会の日々/伴四郎大変/和歌山へ
終章  伴四郎のその後
    竹の子でご挨拶/伴四郎日光へ行く/節句のおもてなし/はまち料理とやけ呑み/
    第二次長州戦争への出陣/明治直前の京都へ行く

コラム 江戸の味・調味料
    下り物と酒
    陰暦と太陽暦
    勤番侍の燃料事情

食生活を中心とした伴四郎の暮らしぶりや、その背景となった世相・文化などが解説されている。
◆日々の食事… 費用節約のため自炊中心。「男子厨房に入らず」などという、つまらないこだわりはない様子。煮売り屋の総菜を買うこともある。時には外食を楽しんだり、酒食の接待を受けたり。旅の途中や外出先では、その土地の名物を味わっている。
◆藩邸長屋での生活… 食材・飲料水・燃料の確保、衣類の調達、銭湯通い、金銭のやりくり、同僚や出入り商人とのつきあい、余暇を利用した習い事、芝居・見世物・名所の見物。市中や横浜で外国人を見かけた体験もある。
◆勤務の様子… 伴四郎の役職は衣紋方。朝から晩まで長時間の勤務に及ぶ日もあるが、どちらかというと出勤しない日のほうが多い模様。名所見物に出かけたり、昼から飲酒したりするのも、結局は暇だから。
◆周囲の人々との関係… 例えば、宇治田平三は伴四郎にとって叔父・上司・長屋の同居人であるが、彼との生活はかなり気詰まりの様子。せっかく作り置きした総菜をいつのまにか叔父に食べられてしまい、憤慨・落胆する心理も窺える。こうした人間関係は、昔も今も変わらない。
◆当時の世相… 武家社会あるいは庶民の季節行事、風俗や流行、物価。江戸と京坂との習俗のちがい。

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普通に読んでも面白いが、新選組の面々も似たような生活をしていたのでは、と想像しながら読むとなお楽しい。
とりわけ心に残った要素が、いくつかある。例えば――

原田左之助は、伊予松山を出奔する前、藩の命令により江戸に在勤した。
安政2年、16歳の頃からおよそ2年間、三田の松山藩中屋敷にて若党を務めたという。
伴四郎とは藩の違いや身分の違いがあるものの、勤番生活には共通点もあったと推測される。

慶応4年4月、伴四郎は京都へ出張した。
3~4日の短い滞在ながら、京都観光を楽しんでいる。
訪れた場所は、北野天満宮、平野神社、金閣寺、祇園社、知恩院など多数。
その中に、黒谷の金戒光明寺がある。ほんの数ヶ月前まで会津藩が本陣を置いていた場所であり、惜しいニアミスと思った。
また、誓願寺も拝観した様子。幕末期の住職・孫空義天が近藤勇と親しく、近藤の首級埋葬にも関わったという説がある。ただし、真偽のほどは定かでない。

当時、土産や記念の品として猪口(酒器)が好まれた、という話が出てくる。
陶磁器は、地域によるバリエーションが豊かであり、見栄えもそこそこ良い。
中でも、茶碗や皿に比べ小ぶりで邪魔にならない、猪口が適していたのだろう。
ちなみに、「土方歳三の京土産」と称する茶碗のセットが、佐藤彦五郎家に伝わっている。
「景徳鎮の茶器」だそうで、白地に紅色の花が描かれ、美麗なデザインである。
サイズは、大きめの猪口というか、ぐい呑みに近い。
この手の陶磁器が土産に好適とされたことの、ひとつの証左と思える。

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本書の元となったのは、2000年4月から2003年3月、NHK出版『男の食彩』(のち『食彩浪漫』)に連載された「幕末単身赴任 下級武士の食生活」である。これに大幅な加筆・訂正を行い、書籍化された。
2005年、『幕末単身赴任 下級武士の食日記』と題し、日本放送出版協会より生活人新書として刊行。
2016年、『幕末単身赴任 下級武士の食日記 増補版』が、ちくま文庫として刊行。
旧版との違いは、おおよそ以下のとおり。
  • 後から発見・出版された史資料を交えて、新しい章や項目を追加(上記)。
  • 「はじめに」後半の【文庫版によせて】、巻末の「文庫版あとがき」を追加。
  • いくつかの項目名は、若干ながら語句を変更されている。
  • 旧版の誤りを訂正した箇所がある(※著者説明による)。

土山しげるのマンガ「勤番グルメ ブシメシ!」にも触れておく。
原作・酒井伴四郎、協力・青木直巳として、月刊『コミック乱』に連載される短編。
開始当初のタイトルは「幕末単身赴任 ブシメシ!」だったが、途中で解題された。
日記に記された酒井伴四郎の生活を、そのまま淡々とマンガ化しており、視覚的にわかりやすい。
リイド社より単行本(SPコミックス)が第2巻まで刊行されている。

ちなみに、青木直巳のエッセイ「食乱図会」も、同じく『コミック乱』に連載されている。
江戸の旬な食材を毎回ひとつ取り上げ、歴史的に解説しており、勉強になる。

テレビドラマ「幕末グルメ ブシメシ!」は、マンガ版を原作として制作された。
ストーリーはかなり脚色され、独自の展開を見せる。
フィクションの要素が強くなったためであろう、主人公の名前は酒井伴四郎でなく「酒田伴四郎」、所属は紀州藩でなく架空の「高野藩(こうやはん)」など、設定がずいぶん変更されている。
第1シーズンは、2017年1~2月、NHK BSプレミアムにて全8回放送。同年6~7月、NHK総合にて全6回に編集・放送された。
第2シーズンは、2018年1~2月、同じくNHK BSプレミアムにて全7回が放送された。

幕末単身赴任
下級武士の食日記
増補版 (ちくま文庫)
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勤番グルメ ブシメシ!
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勤番グルメ ブシメシ!
おかわり
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