新選組の本を読む ~誠の栞~

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 立って歩いて? 誠メシ! 

しんせんぐルメ 誠メシ!」「ご当地グルメ 誠メシ!」に続いて、新選組と食の話。
しつこいようで恐縮だが、今回でひとまず終わるので、ご容赦いただきたい。

食について語る時、何に目を向けるべきだろうか。
どのような食材をどのように調理して食べるかは、もちろん肝要だ。
ただ、それ以外にも大切なことがあるように思う。

『幕末単身赴任 下級武士の食日記』を読んで、感銘を受けた。
酒井伴四郎がいつ何を食べたにとどまらず、当時の食文化や周辺事情にまで言及しているからだ。
例えば、日本の中で江戸が「食のクロスロード」たり得た理由、そのひとつは参勤交代制にある――という解説など、歴史を理解する上で非常に興味深く勉強になる。

ところで近頃、あるフィクション系の出版物を見かけた。
その中で、新選組隊士らしき人物が、往来を歩きながら何やら食べている。
日常の一コマを描いたものらしく、同様の場面が複数散見される。
新選組を貶す意図はないとわかるし、フィクションにいちいちリアリティを求めるのも野暮と思う。
ただ、その出版物は単純な娯楽作品にとどまらず、史実や時代考証もいくらか重視している様子なので、いささか残念な気分になった。

通常、歴としたサムライが歩き食いをするとは、考えにくい。
庶民ならば、屋台などで立ち食いするし、事によったら歩き食いすることもあるかもしれない。
しかし、サムライは違う。屋外で飲食する場合も、適当な場所に坐るなり、やむなく立っていても歩き回らないようにするなり、注意を払うはずである。

具体例として、実在の人物・江原素六の回顧談を挙げる。
彼は、下級の幕臣に生まれたが、才能によって抜擢され、講武所の砲術方教授、撒兵隊の隊長などを務めた。
維新後は教育者、政治家として活躍し、麻布学園を創立。キリスト者として布教に携わってもいる。

素六が子供の頃、生家は微禄で非常に貧しく、楊枝削りの手内職で家計を支えていた。
ある時、父と楊枝を納品に行った帰り、いなり寿司が食べたくてたまらなくなる。
「小用を足したい」と言い繕って後に残り、道端の屋台でいなり寿司を買った。
そして一口頬ばった瞬間、父に殴られた。先に帰ったと思った父が、いつのまにか見ていたのだ。
さらに帰宅後、母にもひどく叱られた。
空腹でも耐えるのが武士であり、我慢できずに往来で食べるなど卑賤な者の行い、というわけである。

(※参考:司馬遼太郎『歴史と視点』所収「黒鍬者」)

素六は、往来で立ち食いしようとしたため、武士の行動としてふさわしくない、と叱られてしまった。
まして歩きながら食べるなどは、ありえない。
たとえ生活が貧しくとも、サムライにはサムライとして守るべき品格や礼節があったのだ。

新選組について、行儀などかまわない粗野な連中、という見方もあるかもしれない。
実際、永倉新八は、戦いの最中、路上に落ちていた切り餅を拾って呑み込んだ、という体験談を遺した(※『新選組興亡史』)。
ただ、これもあくまで非常時のことで、日常的に拾い食いや歩き食いをしてはいなかったろう。
新選組が武士の精神を重んじる集団である以上、それなりの行動規範があったはずだ。

当時の人々が、どのような社会にどのような意識を持って生活していたか。
実像を知ろう、伝えようとするなら、そうした背景も視野に入れておくことが望ましいと思う。

遺聞 市川・船橋戊辰戦争
―若き日の江原素六
‐江戸・船橋・沼津
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2018/05/10(Thu) || [edit]

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