新選組の本を読む ~誠の栞~

小説 史談 エッセイ マンガ 研究書など

 安部公房『榎本武揚』 

長編小説。戊辰戦争において榎本武揚が果たした役割を、独自の推理を交えて描く異色作。

北海道の厚岸(あっけし)に旅した作者は、旅館の主人・福地から、地元の伝説を聞かされる。
明治初年、船で護送中の囚人300人が叛乱を起こし、この厚岸から奥地へ脱走した。
しかも、その脱走には榎本武揚が関与していたというのだ。
実は、福地には憲兵時代に義弟を告発して獄死させた、という苦い過去があった。
その彼にとって、榎本は心の支えであった。

ところが後日、新たな史料が発見される。
そこに記されていた榎本像は、福地が思い描いていたような時代の落伍者達の救世主ではなかった。

史料によると、箱館戦争終結後、元新選組隊士・浅井十三郎が、獄中の榎本を暗殺しようと企てた。
そして、周到な計画を練り実行に移したものの、失敗したという。
浅井の回想は、北関東から会津、箱館へと転戦していく中で、榎本の言動と、それに疑念を抱き追及する土方歳三の様子を子細に語る。
土方は確たる証拠をつかめないまま戦死。
土方に心服していた浅井は「変節漢」榎本に殺意を抱いたのだった。

しかし榎本は、土方や浅井の疑念が事実であったことを告白して恥じない。
それは、当時の人々を大いに動揺させ、現代の福地にも深い衝撃を与えたのである。


フィクションのはずなのに、ノンフィクションを思わせる展開が巧みである。
真相が明らかになっていく過程がミステリーふうで、つい引き込まれてしまう。

本作は、「忠誠」と「転向(変節)」を普遍的テーマとして扱い、人物を一面的な善悪で判断してはいない。
ただ、こういう榎本を信じて従った人々が、真相を知った時の心理的ダメージは相当大きいだろう。
そして土方は、榎本との対比か、古い価値観にこだわりすぎている。
実際の榎本武揚も土方歳三もこういう人物ではない、これはあくまで虚構だと、思わず自分に言い聞かせてしまった。

読後感は重いが、こういうテーマを考える機会があってよいと思える。

中公文庫から1973年に初版、1990年に改版が出ている。

榎本武揚
(中公文庫)




長編小説の関連記事

COMMENT FORM

  • URL:
  • comment:
  • password:

Trackback

トラックバックURL:https://bookrest.blog.fc2.com/tb.php/24-1138ce20


back to TOP